ジャブロー入港の瞬間は、わたしもさすがに興奮した。
森以外なにもないと思われた場所で、なんとその森そのものが移動し、戦艦ドックへの大きな入り口が口を開けたのだ。
「これがジャブローか…」
思わず呟いた。
「艦長より達します。本艦は間もなくジャブローの秘密ドックに着岸します。ドックではレビル将軍がお待ちです。必要最低限の人員を除いて全員、衣服を整えて右舷デッキに整列してください。大至急お願いします。以上です。」
なんとかの有名なレビル将軍が来ているらしい。わたしは
シン・ナガモン、乃人と連れだってデッキへ向かった。
「レビル中将閣下に対し、全員敬礼!」
あずにゃん艦長の号令一下、デッキに並んだクルー全員の挙手の礼が揃う。答礼するレビル将軍の態度も自信たっぷりだ。
ここにいる誰もが、
ブラックハウスを無傷でジャブローまで運んだことを喜んでいた。それはレビル将軍も同じらしい。
ブラックハウスが係留されると、さっそくレビル将軍が艦橋に乗り込んできた。
「ナカノ少佐、実によくやってくれた。来るヨーロッパ反攻作戦を前に、心強い戦力をよく届けてくれた。君たちは3日間ここジャブローに滞在し、補給と休息をしてくれたまえ。人員と武装の補充は明日行われる、今日はとにかく休みたまえ。」
「ありがとうございます。ヨーロッパ反攻作戦ですが、私達はどこから攻撃を?」
「
エルラン将軍の部隊で戦うことになるだろう。それについては後日詳細を教えよう。では、これで失礼する。」
あっという間に帰ってしまった。あずにゃん艦長は敬礼してレビル将軍を見送ると、艦内放送のスイッチを入れた。
「艦長より達します。すでにジャブローの軍港事務所から、下船許可が出ています。各員、下船の際は階級と名前を申告してからドックへ行くこと。当番に当たっている者以外は今日は完全に自由行動とします。明朝0600までに船に戻ること。わたしからは以上です。」
船の各部署で歓声が上がった。皆我先にドックへ下りて行く。当番兵だけが地団駄をふんで悔しがる。
「自由行動だからといって無茶はするな!軍人としてのあり方をわきまえろ!」
下船する者の名前を控えている京が注意するが、焼け石に水だろう。みんな今夜はどんちゃん騒ぎに違いない。
伽藍としてしまった艦橋CICには、あずにゃんとわたしたちパイロットだけが残った。すると、あずにゃんがわたしたちに言った。
「3人にお願いがあります。医務室のスピーカーが壊れているらしいので、軍医さんに下船許可が出たことを知らせに行ってくれませんか?」
「おやすいご用だよあずにゃん。」
わたしは快諾して医務室に向かった。
医務室に近づくと、扉の向こうからただならぬ声が聞こえてきた。
「アッ―――――――!!」
わたし達は驚いて顔を見合わせてしまった。ひとまずドアをノックする。途端に部屋の中は静かになった。今度はいい声が聞こえてきた。
「どうぞ。」
わたし達は部屋の中に入った。中にいた軍医は白衣ではなく、何故か青いツナギを着ていた。ウホッ!いい男。
「何か用か?今患者の集中治療の真っ最中なんだが。」
わたしは面食らってしまった。部屋の中で何が起こっていたのか、およそ明らかだ。集中治療とはね。
「軍医殿、艦長からの伝言で、すでに下船許可が下りていることを伝えにまいりました。お取り込み中に邪魔をして申し訳ありませんでした。失礼します。」
ナガモンが冷静に責務を果たしてくれた。わたし達は医務室を後にした。
扉を閉めて、廊下の最初の角を曲がった瞬間、わたし達は一斉に吹き出してしまった。
「あははははは!あの軍医さん、傑作だね!」
「まったくだ!あんな人が軍の船に乗ってたとは!」
「すごい人ですね!ありゃ下船なんかしないで治療に専念するでしょうよ!」
まぁ、とにかくいい男だった。この船が女性クルーばかりなのを少し疑問に思っていたが、少し謎が解けた。
男性クルーには艦内にも危険が付きまとう。
「真面目な話、軍じゃよくあることさ。」
ナガモンがこの話を締めくくるように言った。わたし達は船を下り、ジャブロー内の散策をすることに決めた。
† † † † †
ジャブローのある区画には、戦火から逃げてきた避難民が押し寄せていた。
ジャブロー周辺ではジオンの偵察部隊が神出鬼没の襲撃を繰り返していたからだ。
そしてジオンは、ごったがえす避難民の中にも紛れ込んでいたのである。
今まさにジャブロー内への避難が認められた、1台の馬車があった。馬車には一組の男女が乗っている。
男のほうは白髪に不精ヒゲ、そう年をとっているわけではない。女のほうはフードを被っている。
その女が、下を向いたまま隣に座る男を肘で小突いた。
「ルルーシュ、なんでここまで変装しなきゃならないの?」
「ルルーシュじゃない、今はロレンスだ。だいたいカレン、お前の紅の髪は目立ちすぎる。それくらいでちょうどいい。」
「カレンじゃなくて今はホロでしょ!自分だって間違えてるじゃない。」
そう、
黒の騎士団の指導者ゼロことルルーシュは、
紅蓮弐式のパイロット、カレンをともなってジャブローへの潜入を試みていたのである。
彼らの狙いは一つ、ジャブローに入港したと思われる連邦の新造戦艦を見つけ出し、あのMSごと爆破することである。
だが避難民に化けたところで、ジャブローの中を自由に行き来できるはずもない。作戦は困難を極めるだろう。だがやらねば規がすまない。
スザクは一命をとりとめたが重症だ。あのMSを許すわけにはいかない。手綱をとるルルーシュの拳が強く握りしめられる。
ルルーシュとカレンは馬車から下りると、とにかく歩き始めた。
基地内の区画の境にあるゲートでは、武装した連邦軍兵士が避難民を見張っている。
ルルーシュとカレンがそこに差し掛かると、兵士は銃を二人に向けて構えた。
「どこへ行く?この先は許可あるもの以外通れない。」
「あ、ちょっとトイレに…」
「トイレなら向こうにあるだろう。そっちを使え。」
「あっちは全部使用中で、妻がどうしても間に合わないと。」
ルルーシュの勝手な、しかもいい加減な言い訳に、カレンは恥ずかしいやら怒りやらで顔を赤らめた、うつ向いてしまった。
もっとましな言い訳はなかったの?
「ふむ、ではすぐに戻るのだぞ。通れ。」
なんと連邦兵はこの言い訳を信用し、ルルーシュ共々カレンを通してくれた。
確かに、連邦軍の中枢であるジャブローにジオンが潜りこんでいるなどとは、彼らは夢にも思うまい。
ルルーシュとカレンが隣の区画に入ると、廊下の角の向こうから突如銃声が聞こえてきた。二人はギクリと身を強ばらせる。
まさかもう侵入がバレたのか?二人は恐る恐る廊下の角を覗き見た。二人は思わず息を飲んだ。
その先は広い空の倉庫のような場所で、なんとジオン兵が一列に並べさせられていた。彼らの足元には別の兵士達の死体。
血だまりが床一面を犯している。
そこから少し距離を置いた反対側にはライフルを持った連邦軍兵士の群れがいた。次の銃声が響き渡り、ジオン兵達は地面に崩れおちた。
「あいつら!一体何を!!」
思わず飛び出そうとしたカレンの肩を、ルルーシュががっしりと掴んだ。
「落ち着け!見つかったら厄介だ!」
「放して!!あいつら、捕虜を虐殺してる!」
「俺達も殺されるぞ!」
「でも…!」
つい大声を出してしまったカレンの口を、ルルーシュは手のひらで封じた。しかし、遅かった。
「そこにいるのは誰だ!」
連邦軍兵士の一人が二人の声に気づき、こちらに近づいてくる。
まずい、もしジオンと気づかれなくても、虐殺の目撃者と判れば口封じのために殺されるかもしれない!
ルルーシュはそう判断し、その場から離れようとした。だがカレンがテコでも動かない。連邦兵は廊下の角のすぐそこまで来ている。
あと3m…、2m…、1m…!もう駄目かと思われたその時、まったく別の方向から、よく通る叫び声が響いた。
「貴様ら!そこで何をしているか!これは一体何だ!」
ルルーシュがそっとうかがうと、倉庫の向こう側の入口から、一人の女性士官が歩いてきていた。
ルルーシュは知らなかったが、それは京大尉であった。
たむろしていた連邦兵の一人が京の質問に答えた。
「こいつらは連邦軍の後方でゲリラ戦をやったジオン兵の捕虜です。無差別のゲリラ戦は南極条約違反ですので、処刑したのです。」
悪びれもせずそう言った兵士を前に、京の怒りは最高潮に達してしまった。
「南極条約によって罰せられるべきはゲリラ戦の命令を下した人物であり、前線で戦った彼らではない!軍人が命令を守って何故処刑されるのだ!!」
「しかし…こいつらはジオンです。情けをかけてやる必要は…」
「恥を知れ馬鹿者!貴様ら全員軍法会議にかけてやるぞ!」
「この女、大人しく聞いていればつけあがりやがって!」
そう言った兵士は、突然京の躰を押し倒した。
「そういえば最近女の匂いをかいでなかったなぁ…うへへへ。」
「き、貴様何をする!」
「よく見るといい女じゃねぇか。おい、お前らも手伝え!」
その場にいた数人の連邦兵は、京の手足を抑えつけてしまった。
「見ろよこの白い肌。どれ、お味のほうは…?」
「貴様ら、こんなことをしたらどうなるかわかってるのか!」
ついにカレンがルルーシュの制止を振り払って飛び出して行った。
「うへへ、どうなるか教えてもらおうか!」
「こうなるのよ!」
「なにッ?」
京の躰に覆い被さるようにしていた兵士が背後からの声に振り返った瞬間、彼の顔面にカレンの廻し蹴りが炸裂していた。
兵士は吹っ飛ばされ、地面に落ちたときには完全に気を失っていた。
「な、なんだお前は!避難民がここで何を…ぐわぁッ!」
あっけに取られた兵士たちを、カレンは次々にノックアウトしていく。ものの1分で、カレンは兵士達を全員気絶させていた。
「い、一体お前は…」
京が乱された衣服を整えながら言った。
「さては、ジオンだな?」
カレンは京のあまりの勘のよさに仰天した。言い逃れできそうにない。
「言い訳もできなさそうね…」
「いや、言い訳のしようがないのはこちらだ。無抵抗の捕虜を処刑するなど…」
京は地面に横たわるジオン兵の死体を見ながら心痛な調子で言った。
「だがすべての連邦兵がこのような無法者ばかりというわけではないのだ。どうかそれだけはわかって欲しい。」
もちろん、それはカレンにもわかっていた。中にはこの女性士官のように、軍人であることにプライドを持って戦争に臨む者もいる。だが…
「それでも、許すわけにはいかないわ…」
そう言わずにはいられなかった。死体の中にはカレンと同い年くらいの兵士も混じっていた。
彼らの母親は軍からの電報で息子の死を知るだろう。ご子息は勇敢に戦い、名誉の戦死を遂げられました、と。
だがこれが名誉の戦死と言えるだろうか?こんなチンピラみたいな連邦兵に抗うこともできずに殺されて…。
不意に倉庫の外から複数の足音が聞こえてきた。ようやく騒ぎに気付いた者がいたようだ。
京はその音に気づくと目の前の真紅の髪のジオン兵に言った。
「彼らの遺体は私が必ず篤く敬い葬る。今は退いてくれ。この基地の人間に君を引き渡したくない。」
「あなたはここの兵士ではないの?」
「違う、戦艦勤務だ。ここには偶然居合わせた。それより早く逃げろ。彼らのことは私を信用してくれ。」
「わかった。ありがとう。…名前をきいてもいい?」
「京大尉だ。君は?」
「カレン・コウヅキ。」
「さらばだ、カレン。次は戦場で会おう。その時は全力で、な。」
「えぇ。それじゃあ…」
カレンは京に背を向けると、あっという間に走り去った。
残された京は、まず軍帽をとり、戦死者たちに哀悼の敬礼を捧げた。
最終更新:2010年07月11日 13:01