【選別・続――飽食の時代】
親まりさは衝撃に身を震わせた。何が起こっているのか把握する間もなく、体が宙に浮く。
「ゆゆっ! おそらをとんでるみたいなんだぜ!」
そのまま、投げられた。
「ゆぎゃべっ!?」
顔面に鈍い痛みが広がり、餡子を吐き出しそうになる。しかし、餡子を吐くということは人間でいえば内臓をぶちまけることと同義である。まりさは、懸命に口元を引き締めた。
「まりさ、家族はうまかったか」
声が聞こえた。冷たい、氷みたいに冷たい声だ。
本能が言う。逃げろ、ここにいたら殺される。あれには勝てない、と……。
「ま、まりさはむれでいちばんかけっこがはやかったのぜ! ゆっくりしないでにげ……ゆっ!?」
窓から飛び出そうとしたところで、身動きできなくなる。
「おまえの口は飾りか? 会話を成り立たせるところから始めなければならないのか? ……まあ、ちゃんと答えてもどうせ殺すけどな」
―――――
まりさは眼を覚ました。どうやら、あのゆっくりできない人間に眠らされていたらしい。
「起きたみたいだな。目覚めはどうだ?」
良いはずがない、そう言おうとしたところで気付く。
口が、開かない。
「餡子を吐き出してしまうとすぐに死ぬからな。ちょいと細工させてもらった。木工ボンドと溶いた小麦粉、澱粉のりにセメントとアロンアルファ……他にもたくさん使ったなぁ」
まりさの口は、接着剤によって固められたのだった。上唇も下唇も、ぴくりとも動かない。
「口を聞けない口なんか、要らないよな」
「んんんごんむぐぐ……」
「あはは、面白い顔だな。それじゃあ、この辺からいってみようか」
―――――
俺は注射器を手に取った。中には、真っ赤な液体が入っている。鋭い針をまりさの頬に突き刺して、液体を全て注ぎ込んだ。
「んごんぐぐぐ……」
まりさが奇妙なダンスを踊り始める。おかしな表現だが、それは狂った人形を想起させた。
液体の正体は、
「激辛ラー油」だ。
ゆっくりにとって、辛いものはすなわち激物である。唐辛子を食べた赤ゆっくりが破裂した、なんて話もある。
「むぐんごぐぐ……! ごんんん!」
まりさは全身を真っ赤に染めて、ぐねぐねと跳ね回る。見ていて飽きない、自動人形の珍妙なダンス。
ゆぎゃああああ!
からだがあつくていたいんだぜえええ!ゆぎぃぃぃ!
にんげんはまりさにゆっくりさせるんだぜえええ!
ゆがぁぁぁいだいいいいいい!
んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
―――――
「次はこれだな」
まりさは完全に意気消沈していたが、そんなことはどうでもいい。
「口の次は、眼をいこうか」
裁縫箱から、針と糸を出す。暴れないように、針でまりさの底面下部、ゆっくりで言うところの「あんよ」を傷つける。
ぷす、ぷす、ぷす……。針があんよを突き刺すたびにまりさは身もだえしていた。
「んぎゅっ! ぐびっ! ごぶっ!」
ぴくぴくと痙攣し始めたまりさを抱えて、片方の眼、瞼に糸を付けた針を勢いよく刺した。
「んぐぅぅぅーーーーーー!!」
瞼を縫いつけられる痛みは想像を絶するものだろう。まりさは餡子の涙を流していた。
「呪怨にこんなやついた気がする」
そんなことを言いながら、両方の眼を縫った。
―――――
おめめさんがいたいいいい!
ゆわあああ!
まりさのぱっちりおめめさんがみえなくなっちゃったのぜえええええ!
―――――
放置して数日が過ぎた。ぷるぷると動いているから、まだ生きているようだ。
叫び声もあげられぬ絶望の暗闇のなかで、まりさはどんなことを思っているのだろうか。
―――――
ゆんゆんゆゆーん♪
まりさはむれのたいしょうなんだぜ!
ゆんゆんゆゆーん♪
まりさはつよくてかっこいいんだぜ!
ゆんゆんゆゆーん
ゆんゆんゆゆーん
ゆんゆんゆゆーん
ゆんゆん………………。
―――――
生きることに、善も悪もない。俺は生きるために魚も肉も野菜も食うし、あまつさえそれに評価を付ける。うまいかまずいかで、食べるか食べないかを決める。
……もしも食料が何にもなくて、家族を食わねば自分が死ぬ、という状況になったとき。
俺はどうするのだろう。大人しく食われるか、それとも食うか。家族全員、仲良く共に飢え死にするのか。
「家族を食べる」ことに一点の疑問も持たなかったこいつに腹を立てた俺という人間は、はたして立派な人間なのだろうか。
まりさの干からびた死体をちぎって蟻の巣の近くにばらまきながら、そんなことを考えていた。
完
最終更新:2010年10月21日 20:42