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【猫と饅頭】

【猫と饅頭】

 放課後。
 俯いて家路についていたときだった。

「ゆっくりしていってね!!!」

 電柱の陰から、なにかが飛び出してきた。それは奇妙な丸い物体で、人語を操っている。言うなれば、人間の頭部そのままだ。弾力のありそうな肌は饅頭っぽい。
 生首饅頭はなにが楽しいのか、ぴょんぴょんと跳ねて近づいてくる。

「おねえさんはゆっくりできるひと?」

 答えに窮する。いきなり生首に話しかけられて戸惑わない人はいないだろう。ゆっくりできるひと、の定義もよくわからない。
 まあ、無視をするのも気が引けるし、とりあえずはこの生物を観察してみようという興味が湧いた。

「多分、ゆっくり……できるひとだよ。ねえ、あなたのお名前はなんていうのかな」

 生首はにへらと笑った。

「れいむはれいむだよ! ゆっくりできるおねえさんはいいひとだよ!」

 生首にいい人と言われてもなんだかなぁ。

「れいむ、ね。私の名前は中野梓だよ」

 喋る生首饅頭に自己紹介をする女子高生、私の名前は中野梓。

「ゆゆーん! あずさおねえさんだね!」

 梓お姉さんか。悪くない。兄弟姉妹のいない私にとって、お姉さんなんて呼び方は新鮮で魅力的な響きに聞こえる。

 話を聞くと、れいむは自分を飼ってくれる人を捜しているらしい。

 うちの両親はいつも帰りが遅いし家を空けることもしょっちゅうあるから、寂しさを紛らわす意味でれいむを飼うことにした。
 ……別に、お姉さんと呼ばれたくて家に招いたわけではない。

―――――

「「ゆっくり! まったり! みんなだいすきゆっくりらいっふぅー!」」

 れいむが私の家にきて数日が過ぎた。食事やトイレの躾は言えばできたから問題ない。なにより活発で騒がしく、寂しさを感じさせないれいむの存在は、私のなかで大きくなっていた。
 今日も一緒に唄って遊んでいた。曲名は「ゆっくりライフ」。生きる喜びと楽しさを伝える歌……はおおげさだけど、意味合いとしてはそんな感じだ。

「おうたはゆっくりできるね!」

「そうだね。れいむはうたがじょうずだね」

「ゆわーい! おねえさんにほめられたよ!」

 跳ね回って喜びを全身で表す。
 今はもう見られないあの人のはしゃぐ姿と、儚く過ぎ去った日々を思い出す。

 少しだけ、涙がこぼれた。

―――――

 平沢唯は、不慮の事故で亡くなった。誰もが自らの耳を疑い、そして否定した。唯が、唯先輩が、唯ちゃんが、お姉ちゃんが死ぬはずがない。
 安らかな眠りも、別れの言葉もなく。死んだという事実だけが私たちを打ちのめした。
 太陽を失った草木は萎れ、やがて枯れていく。律先輩も澪先輩もムギ先輩も憂も私も、みんな同じように静かに枯れていった。

 唯先輩が亡くなってから、私はほとんど部活に顔を出さなくなった。時間だけが過ぎる。
 いつしか心に空いた穴は塞がった。そう、思い込んだ。いつまでも悲しんではいられない。忘れるのではなく、刻みつける。笑顔を思い出せる、それだけでいいと思った。

 しかし、憂も先輩たちも違った。憂は学校に来なくなり、先輩たちは抜け殻になっていた。

「唯先輩の分まで生きましょう」。そんなことは言えない。私は、無神経になれなかった。

 止まった時間のなかで、唯先輩は悲しく笑っている。

「あずにゃん、元気出して。抱きしめてあげるから」

 体に感じる温もりは、二度と戻らない。

―――――

「おねえさん……? どうしたの?」

「あ、ごめんね。なんでもないよ」

 なんでもないはずがない。でも、私は生きている。生きてしまっている。

「かなしいときは、すーりすーりだよ!」

 れいむが私の体に擦り寄る。ほのかに感じる体温が、ひどく懐かしい。唯先輩がいなくっても、私にはれいむがいる。代用品、なんて言い方は嫌だけど。今はただ、誰かの温もりが欲しかった。

「おねえさんはあまえんぼうさんだね! 」

「うん。甘えん坊だよ。一人じゃ、なにもできないんだ」

「おねえさんにはれいむがいるよ!」

 うれしかった。
 今度、ちゃんとみんなで集まろう。そのときには、れいむも連れて行こう。


―――――

 こんにちは、平沢唯です! 「私」は死んじゃったけど、私はいつでもみんなの近くににいます。
 私は「私」じゃないけど、私なんだよ。たまにでもいいから、思い出してくれたらうれしいな。

―――――

「ゆっくりゆっくり! まったりまったり! あまあまはおかずだよ~!」

「おいおい、なんだよそれ」

「まるで唯ちゃんみたいね」

「あはは、そうだな」

「れいむ、ほっぺにクリームついてるよ。ほら」

「ゆゆーん! みんなだいすきっ! だよ!」


      完

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最終更新:2010年10月27日 23:26
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