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地中海、血に染めて その3

クリミア半島のセバストポリでは、ダールトン率いるジオン公国軍残党――今やその全員がキシリア親衛隊を名乗っていた―― が、出撃を前に仲間同士の最後の挨拶を交わしていた。すでにギルフォード率いる別動隊はクリミアを発進し、東へと脱出していった。
報告によれば黒海北東地域には連邦軍部隊はさほど存在せず、別動隊の脱出行はおおむね順調であった。
ダールトンは最後の晩餐になるかもしれない夕食を長年苦楽を共にしてきた参謀達と、オデッサで初めて会った士官達と共に食べていた。
クリミア半島のあちこちでは兵士達が最後のばか騒ぎにはしゃいでいるだろう。
ダールトンはセバストポリ要塞内にあった酒保をすべて開放し、今夜の内に食料庫を空にするよう命じていた。
もはやクリミアに公国軍が舞い戻ることはあるまい。後に残しておくことはない。

そして翌朝、U.C.0079、11月14日。ダールトンは無線を介して自らが率いるすべての兵士達に語りかけていた。

「思えば、今時独立戦争の開戦以来、我々は常に最前線に立って戦ってきた。そして今、我々は最大の試練の時を迎えようとしている。残念ながら、諸君ら全員を無事に連れて帰ることはできないだろう。敵の戦力は圧倒的である。我々が目指す二海峡にも連邦軍の大部隊が展開し、我々の行く手をはばんでいる。だが我々は万難を排し、鋼の意思でスエズへとたどり着く!いかなる障害に遭おうと、決して歩みを止めるな!倒れた仲間は見捨てよ!たとえそれが肉親であってもだ!一人でも多く生き残るために、自分の身は自分で助けるのだ!
奮い立て!キシリア様の騎士たちよ!!苦難の時を乗り越えて、永久の栄光を我らの手に掴むのだ!」

ダールトンはそこまでは熱っぽい口調で叫んでいたが、突然トーンを落として言った。

「名誉の戦死などいらん。ただ生きてスエズへたどり着け。今や勝つというのは生き残ることだ。自らの魂を失わずに生き残ること。それが我々にとっての勝利と心得よ。蛮勇はいらん。臆病者と罵られようとも、とにかく生き残れ。我々はすでに多くの死を目にしてきた。今は生き残る者が必要だ。」

そして彼は再び熱い口調で語り始めた。

「険しい道こそが、我々を偉大なる高みへといざなうのである!昨日から学び、今日のために生き、明日に希望を持て!勇敢なる我らキシリア親衛隊こそ、ジオンの最終勝利を確約するものである!
ジィィィィク・ジオン!!!!」

ジーク・ジオンの叫びがあちこちで起こり、それらは一体となってクリミアにこだました。その響きの中で、最初のドダイが大空へと舞い上がっていった。ドップが、ガウが、そして鹵獲したミデアがそれに続き、戦士達はついに死の行軍へと出発していった。
ダールトンは専用のグフカスタムをドダイの上に立たせ、巨大なジオンの旗を掲げて次々と飛び立つ戦士達を見送っていた。
彼らは皆敬愛するダールトンに覇気に満ちた言葉をかけていった。

「スエズでお会いしましょう!閣下!!」
「閣下、自分がいるからには大型MAに乗った気でいてください!」
「やりとげてみせます!」
「オールハイル・キシリア!ジーク・ジオン!」

ダールトンは戦士達の声に旗を振って答え、彼らの士気を鼓舞した。しかし、内心では後ろ向きな思いにとらわれていた。
このわいわい言ってる兵隊たちの多くは、明日になればもう生きてはいないだろう。それも、自分の下した突破命令のために。
しかし、残酷な戦争はダールトンに苦悩する時間さえあたえなかった。彼のグフが乗るドダイも離陸し、黒海上空へと繰り出していった。
しかし彼のグフはジオンの旗を高く掲げたままだった。空気抵抗が強烈だったが、彼はこの旗を捨てる時は自分が死ぬ時だと決めていた。
彼はグフを器用に操作してどうにか姿勢を安定させた。これで旗の空気抵抗にも耐えられる。
今や彼のキシリア親衛隊は、嵐のような勢いで二海峡を目指していた。

† † † † †

黒海から見て最初の海峡であるボスポラスの畔に、かつてオスマン帝国の首都として栄えた街、イスタンブールがあった。
その中心から少し外れたところに、「壮麗王」スレイマン一世が建立したスレイマンモスクがある。
今ここには、ジオン残党を撃滅するための作戦司令部が置かれていた。
スエズ奪還作戦を目前に控えた連邦軍にとって、クリミアの敵がジオンアフリカ方面軍に合流する事態はなんとしても避けねばならなかった。
撃滅作戦の指揮はコーニェフ将軍がとっていたが、彼は自分の指揮下にある全部隊に「捕虜は不要」と通達してあった。
彼は敵がクリミアを発進したとの報告を聞くや否や、全部隊にボスポラスへの集結を命じた。
報告によれば敵輸送機につく護衛はごく僅かであるらしい。
ならば、二つ目の海峡であるダーダネルスに敵が到達する前に、このボスポラスで総力をもって公国軍を壊滅させてしまえ。
彼はそう判断したのだった。連邦の陸・海・空軍からなるボスポラス海峡封鎖部隊は、隣の機体や船と肩を接するほどの距離にまで密集し、砲門をそちらから公国軍がやってくるであろう北東の空に向けていた。
敵が視界に入るや否や、史上稀に見る密度の弾幕が展開されることであろう。連邦の兵士達は、その時を今や遅しと待ちわびていた。

「北東正面に敵戦闘機を確認!最大望遠でモニターに出します!」

司令部のオペレーターが叫び、コーニェフの正面モニターに黒海の様子が映し出される。
その水平線ギリギリのところに、羽虫のように小さな点がいくつか、かろうじて確認できた。

「よし、全部隊に通達。司令部の命令があるまで発砲は厳禁、敵を引き付けてから一斉に射撃を開始してこれを殲滅する。」

コーニェフが自信たっぷりに言い、その指示が各部隊へと連絡される。その間にも敵の姿は接近しつづけていた。
すでにガウの大きな姿はその輪郭がはっきりと見えていた。敗残の部隊とはいえ、敵の輸送機の数は予想より少なかった。
空軍総出で行ったクリミア半島絨毯爆撃が効いたのかもしれない。

「正面の敵、ガウ攻撃空母8、ミデア輸送機6、ドップ20、ドダイに乗ったMSも20、さらにマゼラ・トップが15です!」

レーダーによる計測結果が知らされ、コーニェフはニヤリと笑った。

「ふん、これだけの部隊でよくも我々に向かってくるものだ。もっと手強いかと思っていたが、これでは向こうからやられにきてくれたようなものではないか。口ほどでもない。」

「航空隊からの報告で、コアファイター戦闘中隊二個が、後方のダーダネルス上空に待機しているそうです。」

副官がコーニェフに告げると、コーニェフはますます勝利を確信するようになった。
それもそのはず、彼の指揮下にはオデッサ作戦に参加したばかりの50機近い GMと、海峡を埋めつくすほどの戦艦群、戦闘機を中心とした航空部隊、そして無数の対空砲があったのである。
これら雑多な編成の「コーニェフ追撃軍」は、追撃作戦の総司令官コーニェフ将軍のもと、陸海空の各部隊が独自の司令部をもちつつも、あくまでコーニェフの意思にそって連携をとりあって戦うという、全く新しい形の部隊であった。

「敵部隊、更に接近!距離、20000!!」
「予定通り10000を攻撃距離とする。敵が8000まで近づく前に全てを終わらせろ!」
「距離、15000!」
「全部隊、攻撃用意!」
「12000!」

コーニェフがまさに攻撃を命令しようとしたその一瞬前、突如として海峡に浮かぶ戦艦の一隻から爆発が起こった。

「何事だぁ!」

コーニェフが叫ぶが、何が起こったか誰にもわからない。

「敵部隊が一斉に回頭!我々の予想進路から外れて行きます!」

オペレーターがそう言った瞬間、新たに二隻の戦艦で爆発が起こった。
船の下から突き上げられるような爆発で、二隻のうちの一隻は一瞬で真っ二つになった。即座に艦隊の司令部がコーニェフ司令部に通信を入れてきた。

「敵の潜水艦がいます!これは魚雷による攻撃です!」
「構わん!敵の航空機に対して、全部隊攻撃を開始しろ!!」

コーニェフが艦隊の報告をかき消すような大声で叫んだ。刹那、ボスポラス海峡の両岸に展開する無数の対空砲が一斉に火を吹いた。
その数は500を越えていた。射撃の瞬間、海峡の両岸全体に雷が落ちたような轟音がとどろいた。
その衝撃で、海峡に展開していた艦船の聴音ソナーがほぼすべて故障した。
彼らは見えない潜水艦を探すため、ソナーの感度を最大にまであげていたのである。
事実、ソナー係の兵士の何人かは、突然の爆音に鼓膜を破られ失神していた。
そして味方に損害を与えたこの砲撃は、敵に対してはほとんど効果がなかった。
攻撃距離10000に合わせて調整された砲弾は、回頭した敵編隊のはるか手前で爆発し、キシリア親衛隊が受けた被害はわずかにドップ4機の撃墜だけであった。

「ええい何をしている!対空砲部隊、各個に敵編隊を狙え!観測班は各隊に情報を送れ!」

コーニェフが激怒しながら叫んだ。その時、海峡の反対側、小アジア岸の丘の頂上に、突如として真っ赤な旗が翻った。
それは間違いなくジオンの旗であった。

「あれはなんだ!?観測班はどうした!」

その旗のたもとに、観測班の拠点があるはずだったのだ。しかし、そこに立っていたのは一機のグフカスタムであった。

「高射砲、戦艦、MS、そして戦闘機か。よくもこれだけ集めたものよ。」

海峡を封鎖した連邦の大部隊を前に、グフのパイロットはそう呟いた。このパイロットこそ、ダールトンであった。
彼は少数のMSを率いて編隊に先行し、海峡から少し離れた場所に降下してここまで進出してきたのだった。
途中には連邦のGM数機が警戒に立っていたが、練度の低いただの連邦兵など、ダールトンと百戦錬磨の部下達の敵ではなかった。
彼は海峡を見下ろす丘にあった連邦軍の観測所を破壊し、たった今ジオンの旗を掲げたのだった。

コーニェフは突如現れた敵のMSに驚愕した。どうしてこんな所まで侵入されているのだ?いや、理由はわかる。
コーニェフがこの大部隊を隠すためにばらまいたミノフスキー粒子が裏目に出たのだ。
しかし、対岸の部隊にはこの敵を報告することが全くできなかったというのだろうか?だとすれば、対岸の部隊は全滅したと判断するべきだろう。20機近いGMを、この敵はすべて葬ってきたというのか。

「艦隊はあのMSを狙え!陸の味方に当てても構わん!このままでは対岸の味方が全滅するぞ!」

コーニェフは立ち上がってグフを指さし、大声でどなったが、艦隊からの応答はなかった。

「コーニェフ将軍、艦隊の旗艦が撃沈されました!艦隊は未だに敵潜水艦の魚雷攻撃を受け続けています!」
「なんだと!?」

海峡の水面は、今や地獄絵図と化していた。次々に放たれる魚雷に対し、密集し過ぎた艦隊は避けることもできずに被害を増やし続けていた。
小型艦はどうにか反撃を開始していたが、すでにソナーが壊れている水上艦は潜水艦に対してほとんど無力であった。
闇雲に放たれた連邦軍の爆雷が敵潜水艦を捉えることはなく、逆に味方の船に損害を与えることもあった。

空中へ弧を描くようにして発射された爆雷は、起爆震度の調整も射出角度もでたらめであり、水面に着水せずに味方の船の甲板に落下したのである。
そして仮に水面に落下しても、そこには沈没する船から脱出した水兵たちがいた。
彼らの頭上に降り注いだドラム缶ほどもある爆雷は運の悪い水兵の頭蓋を砕き、直撃を受けなかった水兵たちも続いて起こった爆発の巨大な水柱に巻き込まれて命を落とした。
その側では転覆した戦艦がその赤い腹を見せて燃えており、その内部では脱出できなかった船員たちが迫り来る水位に絶望していた。

それでも何隻かの戦艦が、コーニェフの命令通りその砲身をグフへ向けていた。
ダールトンは部下を振り向くと、「続け!」とだけ叫んで丘を駆けおりていった。
ダールトンのグフと3機のザクからなる決死隊は、すでに兵士たちが逃げ出した対空砲陣地を蹴飛ばしながら海峡へ向かってきた。
ようやく旋回を終えた戦艦の主砲が火をふいたが、丘の上に立ったままの旗が吹き飛んだだけだった。

「こちら側のGMを対岸に送れ!」

コーニェフは無意味な命令を下していた。GMを送ろうにも、両岸を繋ぐ橋はすでに戦いのために落ちていたのである。増援の出しようがない。
そうこうしている内に、ダールトンの決死隊は丘を下りきり、ついに海峡に浮かぶ艦隊に襲いかかっていた。
まだたくさんいた無傷の戦艦に飛び乗ったザクが、その手に持ったヒート・ホークで艦橋を叩き斬る。
ダールトンのグフは戦艦には構わず、次々に戦艦に跳び移って対岸を目指していた。
ゼロ距離まで迫ったザクとグフに対し、艦隊は全くの無力であった。
すでにグフは海峡の半分を渡りきり、こちらの岸に展開していた砲兵隊は恐れをなして逃げ出し始めた。

「艦隊はなにをしている!敵はたったの4機だぞ!GMを海岸に前進させろ!砲兵には射撃を続けさせるんだ!!ぬおっ!?」

コーニェフのいる司令部のすぐそばに、戦艦の放った砲弾が着弾した。激震が司令部を襲い、屋根裏からほこりが降り注いだ。

「くそっ!どこを狙ってるんだ!」

司令部要員の一人が毒付いたが、これはやむを得ない事態であった。
海峡を埋め尽くしている戦艦の多くは、ヒップギグと同じフェンダー級であった。
正確には重巡洋艦に分類される船であるが、短期間に次々と大量生産されたために、「週刊支援戦艦」とさえ呼ばれた代物だった。
だが、戦艦は量産できても、それに乗る優秀なクルーを用意するのは、短期間では不可能だった。
基礎訓練さえ不十分な水兵たちに操れた戦艦群は、このボスポラスに到着するまでにも多くの事故を起こしていたのである。

「艦隊にこう言え!狙うならMSではなく輸送機編隊と潜水艦にしろとな!編隊はどうしてる!?味方のコアファイター戦闘中隊は?!」
「艦隊とはすでに通信できません!旗艦は沈没、艦隊司令部がどうなったのかまだ報告はありません!」
「敵の輸送機編隊、黒海海上を周遊中。もう一度ここに戻ってくるようです。コアファイター戦闘中隊二個はまもなく到着します!」
「コアファイターは敵編隊に向かわせろ!敵の護衛はわずかだ!二個中隊もあれば十分だろう!」
「敵のMSがこちらの岸に上陸しました!」

見ると、ダールトンのグフが海峡のヨーロッパ側に上陸していた。GM数機がただちにこれを取り囲むが、ダールトンは全く動じなかった。

「死にたい奴から前に出ろ!MSの格闘戦がいかなるものか、しかとその目に焼き付けよ!!」

しかし、GM達はその手に握った100mmマシンガンを乱射した。

「腰抜けどもめ!」

ダールトンは銃弾をあっさりかわすと、手近なGMに襲いかかった。
ダールトンはシールドの裏からヒート・サーベルを抜くと、GMを袈裟に斬りつけた。
GMもマシンガンを捨ててビーム・サーベルを抜こうとしたが、パイロットが不慣れ過ぎた。
彼はあっと言う間に目の前に迫ったグフに圧倒され、ビーム・サーベルを取りこぼしてしまった。
次の瞬間、グフのヒート・サーベルが一閃し、GMの首と胴は別々に崩れ落ちた。
他のGMはその光景を前に恐慌状態となり、先を荒らそって逃げ出そうとした。
だがダールトンはグフのヒートロッドでGMの一機を捕まえ、強力な電撃がGMを襲った。
GMの持っていたマシンガンが暴発し、他のGMが穴だらけになって倒れた。
ヒートロッドに捕まったGMはじたばたと暴れたが、ついに頭部の回線がショートし、火を吹きながらも動かなくなった。

その様はいかにも残酷だった。肉食獣に捕食される無力な草食動物。そんな風にも見えた。
グフのモノアイがコーニェフのいる司令部を睨み付けた時、彼は初めて恐怖を覚えた。

「や、奴を止めるんだ!GM全機で一斉にかかれ!」

コーニェフは声を裏返しながら叫んでいた。20機近いGMがダールトンを包囲し、3機がグフに一斉に斬りかかった。
だが、グフはGMのビームサーベルをかわしながらジャンプし、GM部隊を飛び越えてイスタンブール市街に迫った。
コーニェフの顔が真っ青になった。こっちにくるつもりか!
その時、コアファイターの編隊がようやく飛来した。

「よ、よし。あいつらには敵のMSを攻撃させろ!もう敵編隊には構うな!」
「コーニェフ将軍?!正気ですか?!」

コーニェフの余りに自分本位な命令に副官が唖然として反論した。

「黙れ!あれをやらねばここにいる全員が死ぬぞ!」
「敵編隊を見逃すのは命令違反ですぞ!」
「それがどうした!リビアには第4軍団が待ち構えておるのだ!どっちみち奴等に未来はない!コアファイターは何をしている!さっさと攻撃せんかぁ!」

コーニェフの凄みに圧倒されたオペレーターがコアファイター部隊にグフを攻撃するよう伝え、コアファイターの編隊がグフ目がけて急降下してきた。
ダールトンはコアファイター編隊を一瞥すると叫んだ。

「攻撃が単調過ぎるのだ!」

グフの左手前椀部に取り付けられた三連装バルカン砲がコアファイターに向けられる。
教科書通り目標に向かってまっすぐ降下していたコアファイター編隊は端から次々に叩き落とされ、燃え上がった機体がイスタンブールの街並みに激突した。

しかしこの間に、別のコアファイター編隊がグフの背後から襲いかかろうとしていた。
編隊長機のパイロットがトリガーを引こうとしたまさにその瞬間、彼の機体はバラバラに砕け散ってしまった。
黒海方面からドダイとドップが突入してきたのである。
最良のタイミングで突っ込んできたドダイの上では、マシンガンを持ったザクが残るコアファイターを次々に撃ち落としていた。
ドダイはそのまま地表近く降下し、乗っていたザクがイスタンブール市街へと飛び降りた。

ドップの編隊はすでに瀕死になっている水上艦艇に攻撃を加え、海面に流出していた重油が引火しボスポラス海峡は文字通り火の海となった。
その中では船から脱出した水兵たちが生きながらにして焼かれ、あるいは真っ黒な煙にまかれて水中深く沈んでいった。
そして炎を掻き分けるようにして、艦隊を散々痛めつけた公国軍の潜水艦二隻が大胆にも水面に浮上して通り抜けようとしていた。
だが、連邦軍の艦隊にこれを攻撃できるものはいなかった。
水兵たちは完全なパニックに陥っており、それを指揮するはずの将校はすでに脱出をはかっていた。
ドップは動ける戦艦を集中的に攻撃し、潜水艦の進路から敵を排除しつつあった。

コーニェフはスレイマンモスクを取り囲んだザクに度肝を抜かれ、完全に戦意を失っていた。
彼はつい先ほどまで圧倒的な優勢に立ち、このボスポラスで敵を殲滅するはずであった。
だが、実際に殲滅の浮き目にあったのは彼の部隊だった。
艦隊はほぼ全滅し、砲兵は高射砲を捨てて逃げ出し、コアファイターは次々に撃墜され、GMは半分がやられて残りの半分はすでに武器を捨てて投降しようとしていた。
コーニェフの副官は懸命に増援を呼ぼうとしていたが、すでにコーニェフは諦めていた。
彼はふらふらと司令部を出ると、モスクに向けてマシンガンを構えるザクを見上げて両手を上げた。生き残るにはこれしかない。
コーニェフの見上げた空を、敵の輸送機編隊が地中海方面へと脱出していく。

「よし!中の者にも出てくるように言え!」

ザクのパイロットの声が響き、コーニェフは司令部にもう一度入ろうとした。その時、遥か遠くで砲撃の音が聞こえたような気がした。
次の瞬間、空気を切り裂くような轟音が迫ってくるかと思うと、ザクの背後で巨大な爆発が起こった。
ザクは爆風にあおられ、体勢を崩して倒れてきた。

「うわあああああああ!!!!!!」

コーニェフの真上にザクの巨大がのしかかり、彼の姿は見えなくなった。
直後、さらに多くの砲弾が飛来し、イスタンブール市街に降り注いだ。

「これは何事だ!?」

ダールトンは機体を走らせながら叫んでいた。砲弾は無作為に発射され、ボスポラス周辺のいたるところに着弾していた。
降伏したGMのパイロットが並べられていた所でも一発が炸裂し、後には何も残らなかった。

† † † † †

ダールトンらが突然の砲弾に忙しく対処していた頃、イスタンブールの北西10kmの地点に、オデッサからやって来たビッグ・トレー級とビッグ・フォーク級、それぞれ二隻が全力で射撃を行なっていた。
そしてその前方には、イスタンブールへ向かって全力で進撃するGM、61式、ホバートラックの一団がいた。
一台のホバートラックの荷台で、一人の男が興奮した様子で大声を張り上げていた。

「他の部隊に遅れをとるなぁ!ひたすら全速前進だ!進めっ!進めぇ!!」

その男、死神旅団を率いるミケーレ・コレマッタ中佐は、イスタンブール市街へ突入しコーニェフ将軍ら高官を救出し、さらに降下した敵のMS部隊を撃滅するよう命令を受けていた。
死神旅団はオデッサ作戦終了後も最後まで敵の掃討任務についていたのだが、クリミアの公国軍が脱出する素振りを見せると、バルカン半島を南下しイスタンブールへ向かうことを指示されたのである。
コレマッタの上官は、この任務が成功した曉には彼を大佐に昇進させることを約束していた。
旅団の兵士達は長い戦いに疲れきっていたが、彼らに鞭打つのを躊躇するコレマッタではなかった。

「気合いを入れろ貴様ら!この任務が終わったら勲章をくれてやる!!」

コレマッタは尚も叫んだ。と、その視界に炎上するイスタンブール市街が飛び込んできた。

「見えたぞ!旅団このまま前進!!一気にファーストダウンだッ!!!!」

すでに全力で走っていたはずの旅団にターボがかかり、市街の外壁が一気に迫ってくる。
その城門から、連邦軍の車輌が慌てて脱出してきていた。
その多くは砲兵隊のもので、大砲を引いているものなど皆無で溢れんばかりの兵士たちが車のあらゆる出っ張りに必死でしがみついていた。
コレマッタはその先頭の車輌を呼び止め、旅団にも停止するよう命じてから市内の様子をきいた。
完全に動転したようすの砲兵中尉が、コレマッタの質問に答えた。

「いきなり敵のMSが現れたんです!艦隊も次々にやられて、追撃軍は総崩れに!そこへきてこの砲撃です!勝てるわけありません!」

彼はこの砲撃が敵のものだと思っているらしい。無理もない。
市街から脱出しようと必死に駆け回っていた彼らの真上に、この砲撃は襲いかかったのだ。

「貴様らは何故反撃しなかったのだ?」
「目の前まで敵が来たんです!高射砲になにができるって言うんですか!」
「どんな状況だろうが、兵隊には死ぬまで戦うことができるのだ!例え相手が18mの巨人であろうと!」
「そんな無茶な!うわっ!!」

大地が震え、砲兵中尉もコレマッタも体勢を崩した。市街に目をやると、砲弾の連続直撃を受けた外壁の一部が崩れ落ちていた。

「よぉし突破口が開いた!GMはあの穴から突っ込め!61式はこのまま進んで門をくぐって市内に突入しろ!」

コレマッタが叫んだが、戦車隊の隊長が異論を唱えた。

「門へ至る道は脱出してくる味方の車輌でいっぱいです!進めませんよ!」
「逃げようとする腰抜けどもなど踏み潰してしまえ!さっさと行かんかぁ!」

戦車隊の隊長はやむ無く砲塔のハッチに潜った。一度言い出したら聞かない旅団長なのはもうわかりきっていた。

「全車輌、街道沿いに前進!門をくぐってイスタンブール市街にはいる!行くぞ!」

61 式の車列が唸りをあげ、街道上に乗り上げた。逃げてきた車は慌ててハンドルを切り、街道から外れて刈り入れが終わったばかりの畑に突っ込んだ。
乗っていた負傷兵が畑にぶちまけられ、それを脇目に戦車が進んだ。GM部隊はすでに外壁の穴にとりつき、市街へ入ろうとしていた。

「ビッグ・トレーに砲撃を前に伸ばすように伝えろ!我が旅団はすでに、イスタンブール市街に突入せり!」

コレマッタが無線手に叫び、彼の乗るホバートラックも前進を再開した。

† † † † †

その頃ダールトンたち決死隊は、立て続けに落下する砲弾に少しずつ機体を削られつつもどうにか無事でいた。
海峡を封鎖していたはずのコーニェフ追撃軍は今や完全に壊滅し、キシリア親衛隊の輸送機編隊はほとんど無傷でボスポラスを通過していた。
今度はダールトン達がここを脱出する番だった。
しかし、砲弾が無作為に飛来するこの状況で、ドダイが彼らを回収できる可能性はゼロに近かった。
ダールトンはやむなくイスタンブールから西へ突出して、砲弾が降って来ない場所で回収してもらうことに決めた。
海峡周辺一帯には激しい砲撃がくわえられていたから、そこから離れる以外に道はなかったのである。

「市街を通り抜けて行くぞ!ついて来い!」

ダールトンは部下にそう命じ、グフを走らせた。だが、その行く手にまたしてもGMが立ちはだかった。

「ええい!忙しい時にッ!!お前たちは先に行けっ!」

ダールトンは部下にそう告げると、グフを敵のGMに向かって突進させた。

「グフが突っ込んでくるぞ!奴を撃て!」

GM 小隊の隊長が叫び、ダールトンのグフに100mmマシンガンの弾丸が集中した。
ダールトンはシールドで弾をはじきつつ、尚も敵に肉迫していくが、機体は無傷ではすまなかった。
いくつもの弾丸が機体をかすめ、一部のパーツをえぐりとっていく。
しかしダールトンはそれに構わず、一機のGMに向かって走った勢いのまま体当たりをかけた。
GMのほうは目の前にグフが迫っても最後までマシンガンを撃ち続けたが、体当たりを受けてふっ飛ばされた。
仲間のGMがビームサーベルを抜いてグフに踊りかかるが、ダールトンはこれを難なくかわした。
お返しとばかりに、ヒートサーベルを突き出すが、GMのパイロットも伊達にオデッサを戦い抜いていなかった。
GMはギリギリのところでヒートサーベルを避けると、シールドをグフに叩きつけるようにして体当たりしてきた。

「連邦にも多少は骨のある奴がいるようだな!だが!!」

ダールトンは繰り出されるシールドをキッと見つめると、ヒートサーベルを真一文字に一閃した。
シールドが真っ二つに割れ、それと同時にGMの腹部から火花が散った。ヒートサーベルの剣先はGMの機体をもかすめていたのだ。
コックピットを切り裂かれたGMは真後ろにのけぞって倒れた。GM小隊の隊長は判断を迫られた。敵は一機を残して街の外へ離脱していった。
残されたこのグフ一機相手ならば、GM小隊には十分勝ち目があると思った。だが、このグフは強敵だった。そのパイロットはエース級だ。
このままではGM小隊は全滅する。退却するべきか…?
その時、無線からコレマッタのやかましい声が聞こえた。

「GM小隊!街の城門前に敵を誘導しろ!!61式の待ち伏せであいつを撃破する!」

見ると、少し離れた街の一角にホバートラックが停車していた。その荷台でコレマッタらしき人物が拳銃を握った手を盛んに振っている。
ホバートラックについていけばいいらしい。小隊長が部下を振り返ってみると、すでにもう一機のGMがグフの餌食になっていた。
ヒートロッドに腕を引き抜かれ、悲惨な状態になった GMが地面に転がる。
グフのモノアイがこちらを睨んだ時には、小隊長はすでに走り出そうとしていた。

小隊には隊長の他にさらにもう一機のGMがいたが、その一機は隊長の命令を待つこともなくホバートラックに続いて走っていた。
イスラム風の建物が続く旧市街を駆け抜け、廃墟ばかりの地区を通過する。街の外壁が見え始め、城門がぽっかりと口を開けていた。
ホバートラックとGMが全速力でそこを通過する。
門の陰には死神旅団の61式部隊がすべての砲身をやや傾けて獲物がワナにかかるのを待っていた。
門を出てすこし行った所で、ホバートラックが停止した。GM小隊の二機もそのそばに立ち止まり、門を振り返る。
市街から門に至る広い道路を、先ほどのグフが走ってくるのが見えた。小隊長は思わず「よし!」と叫んでいた。
そのまま門をくぐってくれれば、61式の砲弾をたっぷりくらわしてやれる!

だが、グフが門に差し掛かるほんの一瞬前、ダールトンを機体を大きくジャンプさせた。
グフの巨体が跳び上がり、機体は門の上に立って死神旅団を見下ろした。
すでに西に傾いた太陽がその傷だらけの機体を朱色に染め上げ、グフはまさに死神のような形相でそこにたたずんでいた。

「悪魔かッ…!」

小隊長は自分でも気付かないうちに呟いていた。
グフは足元の61式部隊を一瞥すると、シールドに取り付けられた75mmバルカンをゆっくりと構えた。
何台かの61式のハッチが跳び跳ねるように開き、クルーが必死に飛び出してきた。
その瞬間、グフのバルカン砲が唸りをあげ、膨大な数の弾丸が戦車隊に降り注いだ。
脱出を図ったクルーたちは身体をずたずたにされ、最終的には戦車隊全体が爆発を起こして巨大なひとつの焔と化した。
グフは今度はあっけにとられているコレマッタ達を睨んだ。
コレマッタの目が見開かれ、その口がパクパクと魚のように開閉するが、なんの言葉もでてこない。
その時、突如としてGMの小隊長機がグフに向かって走り始めた。小隊長の一か八かの賭けだった。
この敵に背を向けても、逃げおおせることはできないだろう。それならば、戦って自分の手で血路を開くしかない。

「うわぁあぁぁあああああ!!!!」

小隊長は悲鳴のように叫んで、GMのビームサーベルを引き抜いた。
グフも再びヒートサーベルを構え、GMの最初の一撃を見極めるかのように姿勢を低くした。
GMはビームサーベルを腰だめに構えると、足元からすくい上げるように門の上のグフを斬りつけた。
グフは門から飛び込むような姿勢でジャンプしこれをかわすと、そのまま地面で前転して素早く背後を振り返った。
GMはすでに第二撃を繰り出していたが、ダールトンはこれをシールドで容易く防いでいた。

「今度はこちらの番だ!」

ダールトンはヒートサーベルを槍のように突き出した。だが意外なことにGMは身体を思いきり曲げてこれをかわした。

「やるではないか!」

ダールトンは若干の嬉しさを感じていた。量産型にしては珍しく骨のある相手だ。MS戦はこうでなくては。
余裕を見せるダールトンに対して、コレマッタは戦いをハラハラしながら見守っていた。
彼はもう一機のGMに小隊長を援護するよう命じたが、パイロットは頑として聞かなかった。しかし、逃亡もしなかった。
コレマッタの目の前で敵前逃亡をしたところで軍法会議が待っているだけだ。
GMは100mmマシンガンを構えたまま、グフに照準をあわせようとしていた。
だが、激しく前後を入れ替えながら戦う二機のMSのうち、グフだけを狙い撃つなど、達人技以外の何者でもなかった。
そうして射撃を戸惑っている間に、小隊長機の旗色はどんどん悪くなっていた。攻撃の姿勢は果敢だったが、相手の力は圧倒的だった。
小隊長機はグフのヒートロッドにシールドを奪われ、ビームサーベルを構える姿も今や無防備に見えた。
グフが再びヒートサーベルを構え、小隊長のGMに突進して来たとき、彼はついに最期だと思った。
グフは目の前に迫り、そのヒートサーベルが振り下ろされる―――かと思われたその瞬間、横合いから一本のビームサーベルが突き出され、グフの斬撃は寸でのところで止められてしまった。

「!?」

ダールトンも、コレマッタも、そしてもちろん小隊長も、突然の出来事に絶句していた。グフと小隊長機のすぐ横に、新たなGMが現れていた。

「助太刀するぜ。死神旅団さんよぉ。」

そのGMのパイロットと思しき声が聞こえた。新手のGMはグフの機体に素早い回し蹴りをきめ、グフは二、三歩よろめいて後退した。

「貴様、何者かぁ?!」

コレマッタが叫び、そのGMがグフの真正面に歩みでる。

「通りすがりの傭兵だ。ホントはアフリカまで行かなきゃならんが、強そうな奴がいたもんでな。」

パイロットの声が答えると、今度はダールトンの声が聞こえた。

「…貴様、名前は?」
「サーシェス。アリー・アル・サーシェスだ。」

夕日が戦場を染めていた。両者の機体の濃厚な影が地面に不気味にのびていた。

「サーシェスか。その名前、覚えておこう。」
「別に覚えなくていいぜぇ?あんたは今日ここで死んじまうんだからよォ!」

サーシェスのGMが地面を蹴り、反射的にグフがシールドを構える。
サーシェスはそのシールドに自分の機体をぶつけ、同時にグフの腕に斬りかかった。
グフは腕を振り上げてこの斬撃を抜き、逆にGMの頭部に斬りかかる。
途端にGMがシールドを突き飛ばすようにして後ろに下がり、グフの攻撃も外れた。

「やるじゃねぇか。」

サーシェスはそうこぼすと、コレマッタとの通信を開いた。

「旅団長さん、聞こえるか?」
「私はコレマッタだ!!」
「ヒトヨンマルロクフタロクマル。」
「はぁ?」
「今言った座標に砲撃を要請しろ。そこまで敵を追い込む!」

サーシェスはそう言うなり接近してくるグフの突きを横っ飛びにかわし、イスタンブールの市街地を背にすると、サーベルを手早くマシンガンに持ち替え、グフに射撃を集中した。

「そこのGM二機!ボサっとするな!お前らも俺に続け!」

サーシェスは死神旅団所属の二機にそう叫ぶと、イスタンブール市街に向かって走り出した。残されたGM二機も後に続いた。
突然の援軍に戸惑いつつも、今度は勝てるかもしれないと思ったのだろう。GM二機は街の外壁を飛び越え、市内に姿を消した。
残されたダールトンは背後を振り向いたが、コレマッタの乗るホバートラックは遥か遠くに走り去っていた。

「ふん…」

ダールトンはしばらくそこに佇んでいたが、夕日が地平線に沈むのを見届けると、意を決したように市街に入って行った。

† † † † †

イスタンブール市内はひっそりと静まり返っていた。
道端に転がった重症の連邦兵が苦痛にうめく声をあげるすぐ横を、ダールトンのグフの巨大な足が通り過ぎてゆく。
すでに視界は藍色から漆黒へと変わろうとしていた。その中でグフのモノアイはギラリと光り、逃げ出した獲物を探している。
一歩踏み出すごとに左右を見渡し、警戒に隙はない。また一歩踏み出したとき、グフの真横のビルが突然崩壊した。
ダールトンは反射的にグフを後退させ、何が起きたかを見極める。粉塵舞い上がる中に、確かにMSの腕らしきものが見えた。
その先には鈍く光る刀身、ビームサーベルだ。

「待ち伏せのつもりか!甘いッ!!」

ダールトンは機体を走らせ、瓦礫だらけのビルに向かってヒートサーベルを突き出した。
刹那、サーシェスのGMが廃墟から跳び上がり、グフを飛び越して目抜き通りに着地し、角を曲がって建物の陰に姿を消した。
足音は遠ざかってゆく。ダールトンはゆっくりとグフを歩かせ、角の向こう側を慎重に伺う。狭い通りが続いているが、GMの姿はない。
ダールトンがグフを進ませようとしたその時、彼の機体は背後からマシンガンの斉射を浴びてしまった。
見れば、死神旅団の二機が並んでマシンガンを乱射している。ダールトンはひとまず角を曲がって射撃を避けた。
グフの損傷は軽微だが、弾丸は間断なく飛んでくる。

(片方がマガジンを変える時がチャンスだ…今に見ていろ…)

ダールトンはそう考え、どちらかのマシンガンの弾が切れるのを待ったが、そうは時間がかからなかった。
小隊長機の弾が切れ、GMはマガジンを交換しにかかった。その瞬間、ダールトンはグフを突進させていた。
もう一機のGMは射撃を続けていたがそれには構わない。シールドで凌ぎながら一気に間合いを詰める。

「あぁ!うわぁあぁああぁあ!」

撃ち続けていたGMのパイロットが絶叫し、グフのヒートサーベルが一閃した。GMはマシンガンごと叩き斬られ、バラバラになって崩れ落ちた。
グフのモノアイが小隊長機を睨み、小隊長は今度こそ死を覚悟した。

「ところがぎっちょん!!」

突然サーシェスのGMがグフの背後から現れ、その腕を切り落とした。
ヒートサーベルと右腕が地面に落ちたが、グフは振り向き様に左腕でパンチを繰り出した。
サーシェスは危うくこれをかわすと、そのままグフの懐に飛び込んだ。グフはそのまま体当たりを受け、少し開けた交差点に吹っ飛ばされた。
その時、遠くに雷鳴のような音がした。グフはどうにか立ち上がろうとしたが、片腕ではそれにも時間がかかった。
ようやく立ち上がりかけたその時、空気を切り裂くような音と共に巨弾がグフの周りに降り注いだ。
直ちに爆発したそれは爆風でグフをもう一度吹き飛ばし、ダールトンは瞬時に意識を失った。
この交差点こそ、先ほどサーシェスがコレマッタに伝えた座標の位置だったのだ。
砲撃はすぐに止み、あとにはスクラップのようになったグフが転がっていた。小隊長機が慎重に近づき、完全に撃破したかを確かめる。
今やグフは両腕と頭部をもぎ取られていた。戦闘力は皆無と言っていいだろう。
だが、そのコックピットハッチが開いた時、小隊長はビクンと驚いてしまった。
見ると、グフのパイロットがもうろうとしながら外に這い出してきていた。
パイロットは倒れたグフの機体の上にゆらりと立ち上がると、黙って小隊長機を睨み上げた。
その顔面には額から左頬にかけて大きな傷がぱっくりと開いており、真っ赤な血が激しく流れ出ていた。
小隊長は鬼のようなその形相に畏怖の念を感じたが、そのパイロットはそのまま失神しグフの上に倒れた。

「そいつを捕虜にしろ!敵の指揮官クラスだ!」

突然コレマッタの声が聞こえて、ホバートラックが姿を現した。
コレマッタは砲兵隊との通信のために後退していたと説明したが、小隊長はそれをまったく信じなかった。
彼はホバートラックの運転手と共に捕虜を捕らえに向かった。
グフから少し離れてそれを見守るコレマッタのもとに、サーシェスが歩みよってきた。

「クリミアから脱出した敵は捕虜にする必要はないはずじゃねぇのか?」

サーシェスが言ったが、コレマッタはとりあわなかった。

「あれはかなりの高級将校だ。捕まえれば私の評判もあがる。戦時に出世するのは容易いが、平時には難しいものだ。」
「あんたも戦争狂いか。俺と同じだな。」

サーシェスはそう言って意地の悪い笑みを浮かべた。つられてコレマッタも得意の皮肉な笑みを浮かべる。

「サーシェスと言ったな。わが旅団だけでもあの敵は倒せただろうが…、まぁ…その、なんだ?…助かった。」
「いいってことよ。それより俺はそろそろ行くぜ?アフリカに行かなきゃならんからなぁ。」

サーシェスがそう言ったちょうどその時、二人の上空に一機のミデア輸送機が飛来した。
ミデアは発光信号を放って街の郊外のほうへ下りていった。

「今のはなんだ?」

コレマッタがきいた。

「俺のお迎えさぁ。勝手に出撃したから探してたんだろう。それじゃあな。」

サーシェスはそれだけ言うと自分のGMに駆け寄り、コックピットにおさまった。
GMはコレマッタのすぐそばを大音響をあげながら駆け抜け、ミデアのいるほうへ走っていった。
コレマッタは耳がおかしくなってしまい、大声でありったけの悪態をついた。

† † † † †

イスタンブール郊外に着陸したミデア輸送機では、機長のノドカ・マナベ中佐がサーシェスを待ちわびていた。
アフリカのリビアへ向かう途中で、サーシェスの GMは勝手に輸送機から飛び出し、イスタンブール付近に降下してしまった。
探し回ってようやく発見したが、すでに行程には多大な遅延が出てしまっていた。
真面目な性格のノドカにとって、この遅刻はまさに万死に値する失態だった。
サーシェスのGMがようやく現れたとき、ノドカは受話器を掴んで思わず叫んでいた。

「アリー・アル・サーシェス!独断先行は厳禁です!」
「いやぁ悪い悪い。」

サーシェスはにやつきながら悪びれもせずに言った。

「とにかく早く荷台に入って下さい!いますぐアフリカに向けて出発します!!」
「はいよ。」

GM が収容され、ノドカのミデア輸送機が夜空に舞い上がる。輸送機は直ぐに地中海に出た。
GMはサハラ砂漠のどこかにいるブラックハウスに届けなくてはならない。
困ったことには、ノドカにはブラックハウスの正確な位置が知らされていなかった。ミノフスキー粒子散布下を縦横無尽に飛び回るブラックハウスの所在は、その上級司令部である第4軍団すら正確にはわからないらしい。
ノドカはまずリビアの第4軍団司令部に向かい、そこからブラックハウスの足取りを追うことになる。配達期限は明日の夕刻。
それまでにでブラックハウスを広い砂漠の中で見つけ出さなくてはならない。
ノドカは彼女のトレードマークである赤の下ぶちメガネをクイと上げた。

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最終更新:2010年12月25日 02:47
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