【冬の街の雑踏】
とある街の路傍に、そのまりさは居た。
「まりさはかりがじょうずなんだぜ! だからにんげんさんはまりさをかうべきなのぜ!」
まりさは叫ぶ。
自分の能力を最大限アピールし、人に庇護を求める。それはなぜかと言えば、既に季節は冬で、まりさは温かな寝床も豊富な食料も持っていなかったからであり、どうにか人に取り入って同情を誘い、あわよくば飼ってもらおうとした。もしかしたら、飼ってはもらえなくても、パン屑やなにかはもらえるかもしれない。そんな魂胆がまりさの胸中にあった。
「まりさはすごいしゅんそくなのぜ! まちでいちばんはやいゆっくりはまりさなのぜ!」
まりさの言うことが本当かどうかは、実際のところはわからない。しかし、まりさ自身は本当にそうだと思っている。
路傍から昇る必死の懇願を聞いて、一人の青年がまりさに近寄る。
「ねえ、まりさ。きみは足が早くて、狩りが上手なんだよね?」
まりさは歓喜した。この場所で声を嗄らして叫び続け、数時間が経っている。努力が、報われようとしている。
「ゆっふん、そうなんだぜ! まりさはすごいゆっくりなんだぜ! にんげんさんはまりさをゆっくりさせるのぜ!」
その言葉を耳にした青年は、突然、まりさを引っつかむ。当惑するまりさを尻目に、服の内から小さなナイフを出して、まりさの底部を勢いよく切り裂いた。
「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! なにしてるのぜぇぇぇぇ!?」
白銀のナイフに黒が絡む。冷たい地面に餡子が落ちる。
「うるせえんだよクソ畜生が。人がお前みたいなゴミを『ゆっくり』させる? 笑わせんなよ。甘いのは中身だけにしろ。あ、これは俺がもらっといてやるからな」
青年はまりさの帽子を奪い、立ち去った。
まりさは泣いた。足が動かない。命の次に大切な帽子が奪われた。いくら泣き叫んでも、青年は振り返らない。道を行く人々は汚物そのものを見る目つきでまりさを眺める。
寒い。寒い。寒い。帽子。食料。住み処。人。死。
まりさにはもう、なにもできなかった。猛烈な寒気が、まりさを侵食していく。
数時間後、路傍に黒ずみ冷えた饅頭があった。絶望を叫ぶ声は、雑踏のなかに霧散していた。
完
最終更新:2012年04月01日 13:16