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七日目

――――――

衣擦れの音と獣のような息遣いと、身体に食い込む爪が本能を煽る気がした。
体液のにおいが満ちた部屋では、興奮という要素を直接頭の中に注いでいるようで、一歩間違えれば引き返せなくなるような。
指一つ一つの動きにさえ敏感になり、窓から漏れた光が肌を舐める。
手のひらに転がる露を掬うように指を絡め、そっと口づけた。
彼女が頷いたような、頬を赤らめて顔を隠す。
そのまま、濡れそぼったそこに高ぶった自身を押しつけ、体重を全部預けた……――


「――っうわあああ!」

ガタン!と勢いのいい音と衝撃に目が覚めた。
ソファーでうたたねをしていたつもりが、いつの間にか眠り込んでいたらしい。窓から朝日が刺していた。
覚え違いでなければ、今日は館の野球大会があるはず。寝坊していないかと携帯を確認したが、どうやらアラームが鳴る前に起きたらしい。
まあ、どう考えてもあの夢の所為だが…。
思い返すだけでも顔が熱い。しかし気のせいでなければ、局部にモザイクがかかっていた、ような。

「AVなんて久しく見てないんだが、な…」

ふと感じる下半身の涼しさに絶望すると共に、貴彰がレベッカさんの家に泊まっていることに感謝した。

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10/06 17:01 Windows(PC)
[30]たかあき
29
――――――



受験テストの日、出会った一目ぼれの人の為に合格した第一志望を蹴ってまで入った滑り止めの学校。
クラスではうまくなじめず、自分から彼に話しかけることもできず、昼休みは一人で色のない弁当に箸を刺していた。
窓際の隅っこで一緒に食べてくれる太陽も、今日は雲と雨粒にかき消されていた。
本当に行きたかった学校を捨ててまで、僕は何を考えているのかと疑問で埋め尽くされていく。
半分絶望のようなものに押しつぶされそうな時、彼は話しかけてきてくれたんだ。

「…さん、…さん!」
「…え、あっ、はい」

ぼーっとしていた僕に、彼は声をかけてきた。弁当は進んでいないままだ。
あの愛しい声にびっくりすると同時に、胸が高鳴る。

「今日は日直だったよね、先生が日誌渡し忘れたって」
「あ、ありがとうございます」
「お弁当、一人で食べてるの?」

彼はまるで初対面の人と会話するような余所余所しさを少し含めて話しかける。
まともに彼の顔も見れない僕は、失礼と知りながらも過去の日誌のページをめくっていた。

「色のないお弁当で、女の子らしくないですけどね…あはは」

乾いた笑しか出てこない。何を喋っても彼にこの気持ちがばれる気もしないし、むしろ嫌われたほうが楽なんじゃないかと思うくらい胸が苦しかった。

「お母さんが作ってくれてた頃はもっと可愛げがあったんですけど、最近は僕が作ってて。でも僕は煮物とか、そんなしかうまく作れなくて」

きっと彼は、こんな茶色いお弁当の持ち主より、サラダとかハンバーグとかふりかけご飯とか、可愛らしいお弁当を持ってくる女の子のほうが好きに決まってる。
段々惨めに感じてくる頭と吐き気が混じって、大好きな人なのに早く席を離れてくれないかと思い始めてきた。恥ずかしくて仕方が無かった。

それでも彼は僕の斜め先を歩くんだ。
僕のお弁当から煮物を一つ摘みあげ、たった一言こう言った。

「美味しいじゃない、俺は素敵だと思うけどな」

魔法にかけられた気分だった。初めて自分の作った料理を褒めてくれる人だった。
恋人がいるのに、何でこんな他の女に優しくしてくれるのか、よくわからないけど、その一瞬で幸せで幸せで仕方なくなって、「ありがとうございます」の返事もうまく言えなかった。
涙がこぼれそうになって、つい俯いてしまった。そこから先は本当に恥ずかしくなって何も覚えていない。

蒼斗さんはそのことを覚えてくれているかわからないけど、あなたのおかげで私は自分に自信が持てたんです。

今日はそんな蒼斗さんの、初めての野球大会。
とてもいい天気ですので、いい試合ができそうです。蒼斗さんに勝ち星をあげられるよう頑張ります。
隣で寝ている貴彰さんは蒼斗さんの面影が微妙に残る顔立ちをしていて、少し複雑な気分になった。

身支度を終えたあと、taさんから電話があった。レベッカさんから連絡がくるとすっかり思っていたが、貴彰から先に行ってろというメールが来たこともあり、彼女に野球大会が行われるという会場へ案内してもらうことにした。
どこかの河川敷で開催されるのかと思えば、連れてこられたのは中庭だ。

「中庭でやるんですか?」
「いえ、違いますよ。もうすぐで黒猫さんがくると思うので待っててください」

はあ…、と返事をして、10分くらい後に手をひらひらと振りながら猫さんはやってきた。傍には、神 長門さんがいる。
「おはようさんにゃー」と挨拶をしたと思えば、ポケットからリモコンのようなものを取り出し、スイッチを押した。
それと同時に大きな音がし、地下へ続く階段が中庭の中心にでてきた。

「そいじゃ、行くにゃー」

何事もなかったよう黒猫さんと長門さんはその階段を下りていく。
あの綺麗な中庭に地下があるとか、まさかそんなところで野球大会をするとか、まさか。
俺が目を白黒とさせてると、「こまかいことはいいんだよー」と言ってtaさんは手を取ってその怪しげな段を下りて行った。

まあ、結果としてはそのまさかであったわけだ。
長い階段の先には、スポーツをするには充分といったようなフィールドが広がっていた。

「え、えっと、地下にこんなところあったんですね」
「そうなんですよー。私も最初はびっくりしましたよ。あ、そういえばこの館自体、猫さんの土地とかなんとからしいですよ」
「え」
「あ、じゃあ私はそろそろ自分のチームのとこ行きますね。蒼斗さん、頑張ってくださいね!」

とんでもない発言をされた気がする。
この館自体が黒猫さんの土地とか、もしかしてあの人ってすごいお金持ちの人だったのだろうか。
まさかな、ともう一度黒猫さんの顔を想像したら、あの耳がない横顔を思い出して、少し寒気がした。

「ああああおおおとおおおっ!!」

行き成りでかい声が聞こえたと思えば、貴彰が駆け寄ってくる。ものすごい勢いで。

「うおりゃああああっ!!」

どこぞの仮面ライダーと言わんばかりの蹴りを向けてくる。
身を後ろに引くと、先ほどと変わらぬ勢いで貴彰が地面に突っ込む。慣性の法則に従ってそのまま転がっていった。「アーシアー!」と声が聞こえたが、気にしないことにする。
そのまま振り返り、自分のチームを探そうとした刹那、背中に大きな衝撃が走った。

「げふっ!」
「ふはははは! 背中が甘いぞ蒼斗くん! そして、通りすがるだけよ! 今日の大会は頑張ろうなー!」

ひらりとした赤いスカーフをなびかせ、ごついベルトの彼女が倒れた俺の側を通り過ぎていった。彼女も同じチームなのか…、とある意味絶望した。


暫くすると、それぞれ東西南北でチームが集まったようだった。
ユニフォームまで用意されているから驚きである。
試合は、以前教えてもらった通り、taさんが住む西館対アークさんの住んでる北館、俺の住んでる南館対東館の組み合わせだ。
東館は強豪と言われていたが、掃除を逃れる為にも、優勝商品の為にも負けるわけにはいかない。

「そういえば、野球といっても全員が全員スポーツ経験者じゃないけど、そういうのは考慮されてるの?」
「ああ、それは大丈夫ですよ。とりあえず野球っぽいことしてればいいんです。私も漫画くらいでしか知識ないですし」
後ろで貴彰とレベッカさんの声がする。言われてみれば、俺も今まで野球だなんてそんなやってきた覚えもない。
「まあ、ピッチャーとかはやりたい人がやればいいんですよー」と聞こえたが、そこらへんは重要なポジションなんじゃないだろうか。なんだか、深く考えたら負けな気がしてきた。

そのまま二人は会話をし続ける。
「そういや、野球大会に参加するメンバー=住んでる人の数ってわけじゃないでしょ流石に。そのあたりはどうしてんのさ」
「あー、それはですね、基本参加したい人メインで大会が構成されてるんですよ。後の見学とかの人は、自分の棟が掃除当番になろうがどうなろうがお任せします的な」
「なるほど。じゃあ、2chで言うROM専みたいな感じね」
「まあそんなとこです」

暫くしてから、俺の所に貴彰がやってくる。レベッカさんは知らない人とお喋りをしているようだ。貴彰が迷惑をかけたことに謝りたかったのだが、とりあえずはこいつの体調の心配だ。

「おはよ蒼斗。よく寝れた?」
「おはよう。体調はもうどうなんだ? レベッカさんに迷惑はかけなかったか?」
「もう大丈夫―。俺が彼女に迷惑かけるわけないだろ」
「さあどうだか…。ところで、先攻後攻はいつ決まるんだ?」
「なんか、仮面ライダーみたいなベルトした人がジャンケンしに行ったからそれで決まるんじゃない? 多分あの人がうちの棟のキャプテンだよね」

貴彰の指差す方向を見ると、確かに運営のテントの側で通りすがりの彼女がジャンケンをしていた。それはもう見ているだけで暑苦しいくらいに。
激しいジャンケンの末、ガッツポーズをしていたところを見ると、勝ったのだろうか。
にこやかな表情で帰ってきた通りすがりさんの言葉は、「後攻だ!」だった。

「だって、最初に打ったり走ったりしちゃ疲れるだろ?」
そう、いい笑顔をする彼女に何も文句は言えない気がした。

1回の表。チームごとに列を作り、礼をする。相手チームの円陣からは、まるで負ける気は1ミリもないといったような声が聞こえてくる。
「今年でもしかしたら野球大会がなくなるかもしれないですから、向こうも頑張りたいみたいですよ」とレベッカさんは言う。

「野球大会がなくなるって、掃除班決めがなくなるってことですか?」
「いえ、こう何回もやってるとすごい強い人とか、慣れてきちゃう人とか、差が開いちゃうじゃないですか。なので、何回おきにか種目を変更してるんですよ」

なるほど、色々と考えられているようだ。
片手にぴったりとはまるグローブをはめ、ポジションへとついた。俺はサード、貴彰はファースト、レベッカさんはピッチャーという具合だ。
野球は学校の授業ぐらいでしかやったことがない。このチームの中で本格的な経験者が多くいるとは思えないが、さっきレベッカさんが言った通り、慣れてきたという人がいてもおかしくはない。一度だけ深呼吸をした。
黒猫さんの「プレイボール!」という宣言があたりに響いた。

レベッカさんの投げる球はいい音を立ててキャッチャーのミットに吸い込まれていく。因みに、キャッチャーは通りすがりさんだ。最初の一人は三振で過ごせた。レベッカさんの表情はここからじゃ上手く見えないが、かすかに覗ける横顔は自信に溢れ、真剣そのものであった。
二人目のバッターは、打ってきたがぼてぼての球だったので、状況は特に変わらなかった。
と、次にバッターボックスに立った人物を見て、レベッカさんは顔をしかめた、んだと思う。
そのレベッカさんの目線の先にいるショートヘアーの女性は、まるで2死という状態は全く関係ない、といったような余裕さをその表情から見せつけていた。

通りすがりさんのサインに頷き、レベッカさんが振りかぶる。
打者の彼女は、真っ直ぐ視線を逸らさず、そのままバットを振った。

「Wryyyyyyyyyyyyyyyyyy!!」

威勢の良い声と共に、スカン!とボールがレベッカさんの後ろを越えていく音が聞こえる。
しまった、という表情でレベッカさんが振り返る。球はセンターの方まで悠々と飛んでいき、フライを取りこぼす。
その間に、ボックスに立っていたあの打者は一塁を越え、二塁にまで走り抜けてくる。
俺の後ろ側にいるセンターが二塁に向かってボールを投げるが、丁度彼女がベースを踏んだ直後だった。
最初の打者二人で、一瞬だけ一番強い所と対戦ということをすっかり忘れさせられたような気がする。この人がチームの軸なんだろうか。
少し考え込んでしまって、今は試合中だとはっとする。すでにボックスには次の打者が立っていた。
次は4番打者だ。きっと、一番打率の良い、飛ばす人を持ってきているはず。それは、わりと背の高い女性で、長い黒髪と鋭い目つきが威圧感を嵩増しさせているように思えた。
レベッカさんが振りかぶる。ボールはキャッチャーミットの斜めに飛んでいき、ファール。
次の投球で、その人はバットにボールを当てて走り抜けて行った。

結局、この回は2点取られてしまった。「三番と四番バッターには気を付けた方がいいみたいだね」と貴彰が言う。

「あの二人が関東土下座さんとMKⅡさんですよ。すいません、僕ピッチャーなのに、2点も…」
「そんな、レベッカさん、謝らないでくださいよ。まだまだ試合は始まったばっかなんですから」
「そうだぞLv.57! 私が2点どころか10点は取り返してやるからな!」

そう通りすがりさんが胸に手を当てて、自信満々に言う。ただ、とそのまま続ける。
「あまり気負う必要はないが、君はエースなんだ。経験上その場に立たされていると考えるかもしれないが、君が狂えば皆ひっぱられてしまうんだからな」

「勿論、わかってますよ。頑張りますから、僕」

返事をしてから、レベッカさんは通りすがりさんの防具を外す手伝いをし始める。
次は俺たちの攻撃の番だ。


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最終更新:2012年12月28日 11:02
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