バレンタイン間近の二月の或る日、
時刻は6時を廻り、
放課後のキャンパスは校舎の明りも職員室以外は消え、暗がりの中、所所に外灯が燈っていた。

セシリーは演劇部の稽古の帰りにキャンパスの外灯の下に居るシーブックとドロシーを見つける。
二人からはセシリーが歩いてくる方角が死角に入り、気付いていないようだ。

不意に悪戯を思いついたセシリーは、それを実行に移す。
(コッソリと近づいて二人を驚かせちゃおう!!)

普段は模範生として生徒達、教職員達からも一目置かれているセシリーも、
極親しい仲間内には悪戯の一つも仕掛けて、思春期の少女らしいバランスを保っていた。
(ふふ……、こんなに近づいても二人は気付いてない……、あとはタイミングを見計らって……)

セシリーは二人の会話が聞こえる距離まで歩み寄り
シー………!?」
声を掛けようとするも、外灯に照らされた二人の仕草を見て絶句してしまう。

ドロシーはシーブックに対して後ろ向きになり、羽織っているブルゾンを少し下ろし、首筋を露にしている。
シーブックは後ろからドロシーに寄り添い、その無防備な首筋へ顔を近づけ、真剣な面持ちで弄っていた。

ドロシー「あははぁ!!擽ったいよぉ!シーブックてばぁ!!」
シーブック「じっとしててくれよ」
ドロシー「あっ!」身体がビクッと小刻みに震える。
シーブック「ごめん、痛かった?」
ドロシー「う、ううん。大丈夫……、平気。寒いからさ……早く……お願い………」

二人のシルエットは正しく、彼氏に後ろから抱きつかれてる恋人達であり、
この寒い最中、愛撫されている彼女の反応のそれである。

セシリー( Σ(゚д゚lll)シーブック!? ドロシー!? 二人は……━━付き合っていた!?)
余りのショックに暫し立ち竦み、そのまま気付かれないようにその場を去るセシリー。


シーブック「ふぅ~。やっと嵌ったよ、このネックレス。なんで女物のアクセサリーはこうも留め金が小さいんだ?」
ドロシー「御免ね~、シーブック。店に行く前に先に着けときたかったんだ。
これ(首のネックレスを手に持ち)校内でしてると停学モノだからね……そうだ!シーブックも来る?」
シーブック「『クラブシャングリラ』だろ?ジュドー達なら兎も角、俺は遠慮しとくよ。趣味じゃないから」
ドロシー「分ったよ。私じゃ、駄目なんだよね~~シーブックはさ。セシリー一筋なんだ」
シーブック「そ、そんなんじゃあ!!」
ドロシー「おぅ!分り易い  ̄ー ̄)ニヤニヤ……あ!そろそろ行かないと。そんじゃネ~~」
シーブック「じゃあなぁ!!店でジュドーを見かけたら早く帰るように言ってくれよぉ!」

翌日の朝の学園正門前、
シーブックとカミーユは一緒に登校していた。
アーサー「おはよう!」
サム「よう!シーブック。今日の放課後、付き合えよな!」
シーブック「え!?駄目だよ。今日はバイトが……」

カミーユ(シーブックは男友達が沢山いて良いなぁ……、俺なんかカツとか、ジェリドとか、
変な奴しか寄り付かない……。ま、その分俺には女子の知り合いが多いからイーブンか?)

向こうから歩いてくるセシリーを目敏く見つけたシーブック「セシリー、おはよう!!」
セシリーはチラリとシーブックを見たかと思うと、無視して早歩きで校舎の中に入ってしまう。
一瞬ではあったがセシリーの見せた表情。
顔を真っ赤にして額に縦シワを作る姿に、シーブックは只ならぬモノを感じる

シーブック「 (;゚Д゚) セ、セシリー……?」
カミーユ「なんだよ?喧嘩でもしてるのか?」
シーブック「さ、さぁ……!?」訳が判らないと言う顔付き

その日からと言うもの、セシリーに度々冷たい態度を取られるシーブックは
流石に変だと気付くも、何処か余所余所しくもあり、
他人行儀になったセシリーの接し方に戸惑うばかりであった。

バレンタインを数日後に控えた昼休みの校舎のカフェテリア。
ランチを食べている生徒達の話題は、自然と
『今年は誰が?誰に本命チョコレートを贈るのか?』に集中してくる。

イベント前の浮れ気分の中、シーブックはロランお手製の弁当箱を持ち込み、独り、黙々と平らげていた。
元々、その手の話題に疎かったシーブックでもあるが、
態度が急変したセシリーの事で頭の中が一杯の今、それ所では無かったのだ。

ファ「セシリーは演劇部の後輩から一杯貰えるからいいわよね~。はぁ……
いいなぁ~、私も偶にはチョコを貰える側になりたいなぁ」
セシリー「その分、お返しが大変よ。それほど良いモノではないわ」

シーブックの座る真後ろの席からセシリー等、数人の女子生徒の声が聞こえてきた!
シーブック( ( ゚д゚)ハッ!…………セ、セシリー!?)

シーブックの座っている席は丁度、背の高い観葉植物が置かれている場所で、
真後ろに座っているセシリー達には気付かれていない。
それに感づいたシーブックはズルイと思いながらも暫く、聞き耳を立てる事にした。

ルー「セシリーはシーブックなんでしょ?本命チョコ…」
セシリーはルーのストレートな物言いに、言葉が詰らせるも
「……ち、違うわよ!!なんで私が工学学科の生徒にチョコを配らなきゃいけないのぉ!?
関係ないじゃない!!」凄い剣幕で捲くし立てる。

エル、迫力に圧倒され「え!?そうなの………、意外。シーブックじゃないんだ………」
セシリー「単にウチの店でバイトしてるだけ、の人ですから。対象外よ……」

真後ろの席に座るシーブックは箸を持つ手を止め……凍り付く
シーブック(ガ━━━━━━━━(゚Д゚;)━━━━━━━━ン!!!)

バレンタイン前日の日の夕方、カロッゾのパン屋。
セシリーが珍しく厨房に入り、片隅を借りて手作りチョコレートを作っている。

社交性が高く、校内でも目立つ存在のセシリーは
(演劇部の花形スターでもある彼女には憧れを寄せる後輩の女子も多い)
演劇部の顧問やら、担任の先生、お店のお得意さん達等、
色々と付き合いも多く、毎年チョコを貰う女子生徒達へのお返しも兼ねて
好意を持ってくれる人、男女分け隔てなく全員に手作りチョコを配るのが
彼女のバレンタインでの恒例行事になっている。

毎年、セシリーはこの時期が来るとチョコを作り、皆に配るのが一苦労であり、
大変気が重くなる作業であった…………が、
シーブックとドロシー、二人のキャンパス内での情事を目撃してからと言うもの
今年は少し違うかな?との希望すらも潰された今では、余計に鬱陶しい気分で作業に臨んでいた。

しかも、店の厨房にはシーブックがウロウロしている、そんな中でのチョコ作りである。
セシリーはそんな自分の行為が余計に情けなく思えてくるのだった。


シーブックはシーブックで、ここ数日、急変したセシリーの態度に戸惑いながら
なんとかキッカケを作りたい一心でチョコ作りを手伝おうとするも
セシリー「いいの!これは私が勝手にやってる事なんですから……お店の人に手伝って貰う義理は無いわよ!!」
と、激しく拒否されてしまいお手上げ状態である。

シーブック(セシリーは何で?ここ数日、急に素っ気無くなったんだ?…………ま、
どうせ俺はセシリーからのチョコは貰えないんだろうし……、対象外だもんね……… (´・ω・`)
本命チョコの相手って………、もしかしてドワイト?や、ザビーネさんかも?)

鉄仮面「ふはははは!どうしたね?シーブック君。元気が無いなぁ!!湿気た顔では美味いパンも焼けんぞぉ!!」
シーブック「は、はぁ………」

バレンタイン当日。
授業の合間の休憩時間中、廊下での何気ない立ち話の最中に
それはドロシーのふとした一言がキッカケだった。
「アタシには関係ない話ナンだよねぇ~~~バレンタインって奴はさ」

セシリー「 (;゚Д゚) な!……ドロシーには……その………シ、シーブックが居るんじゃない?」と
精一杯強がって、牽制も含めた質問を平静を装いつつドロシーに投げてみたら……

ドロシー「ハァ?何で私が、シーブックなの?」
セシリー「え!そ、それは…………だって……、私、見ちゃったのよ………二人がその…………」
日の落ちたキャンパス内で、二人を目撃した自分の行為を弁明するセシリー。

ドロシー「え?やだ!?セシリー、見てたのを!!」
セシリー「ご、御免なさい!!決して覗き見するつもりは無かったの。唯…………タイミングで…………」
ドロシー「アレはさぁ(略)と、言う事………もう、驚いたぁ!!そんな誤解してたんだぁ?全くねぇ ヽ(´ー`)ノ 」
ドロシーはセシリーに一部始終を説明した。

セシリー「 Σ( ̄□ ̄;)  え!?本当に…………」
ドロシー「そう言えば、最近のシーブックは元気無かったよねぇ……まさか、アタシのせいだったなんて。
ははははははっ(腹を抱えて笑う)あ、御免、御免。笑い事じゃないよね」
セシリー「そうとは知らず………誤解して、シーブックに辛く当っていたのね………私は……。どうしたら?」
ドロシー「(不安げなセシリーを元気付けるように)大丈夫!シーブックはそんなにヤワな奴じゃないよ」
セシリー「………そ、そう?」
ドロシー「好きなんでしょう?シーブックを(セシリーの頬が赤くなる)そのセシリーの気持ちを示せばいいのさ!」
セシリー「気持ちを、示す?………」

その日の夜、
学校から急ぎ帰宅したセシリーは、昨日と同じく店の厨房に入る。
但し……、昨日とは違い、今日は空いているパン焼き竈を使ってパンを焼いていたのだった。

前からカロッゾが啓蒙している『朝パン主義』に対して少し懸念を見せていたセシリーが
店でパンを焼く事自体、珍しい話でもあったが娘のそんな突飛な行動に対しても
『朝パン主義』を理解しようと努力をしているのでは?との勝手な解釈をしたカロッゾは
店のパン焼き竈を一つ空け、セシリーが自由に使えるようにした。


バイトに来ていたシーブックは、
そんな珍しい光景に少し違和感を憶えつつ、もう一つの変化に気付き始める。
セシリーの自分に向けられていた眼つきが、昨日までの嫌悪感の混ざった厳しいモノから
優しく柔らかい好意的なモノへと変化しているのに気付く。
余りにも短期間で起ったその変化の差に対して、奇妙な感覚を受けるも
セシリーが前のように、好意を持って接してくれているので悪い気はしなかった。


カロッゾは昨日の沈み込んだ雰囲気とは打って変った厨房の光景を見つめ
(ベラがパンを焼く事でシーブック君も元気を取り戻し、昨日よりも厨房の雰囲気が穏やかになる。
パンが紡ぐ人の繋がりがこれ程までに強いモノだったとは……これがマイッツアー義父様の言わんとしていた
偉大なるパンの力か?ベラには『朝パン主義』のアイドルになる資質が十分に備わっていた。という事なのか)

微妙に根本的な部分で勘違いをしている鉄仮面、
改めて『朝パン主義』啓蒙に人生を賭ける決意を固めていた。

パン屋のバイトが終わり、
シーブックが外に停めておいた自転車のキーを外していると
店の裏口からセシリーが慌てて飛び出して来る。

セシリー「シーブック!!待って!……これ(紙袋をシーブックに渡し)持っていって……
父さんやシーブックみたいに、美味しくは焼けてないかもしれないけれど、
私が焼いたパンなの…………あ、貴方に……食べて欲しいのよ」

シーブック「え!?……あ、ありがとう。貰っておくよ」

セシリーが焼いたパンを貰える事は単純に嬉しかったが
それにしてもパンの入った袋を渡すだけなのに、このセシリーの思い詰めた表情は!?
もう、何がナンダかシーブックには理解不能だった。


帰り道、自転車を漕ぎながら
シーブック(なんだろう?今日のセシリー!?
今日の夕方から急に優しくなったりして……この前までは一時的に機嫌が悪かったけだけなのか!?)

「あ~~~~っ!!女の気まぐれはわかんねぇよぉ!!」大声を出し、自転車で坂道に挑む。

(けど…結局はセシリーからチョコ貰えないんだよなぁ……。義理でも食いたかったよ……セシリーのチョコ)

帰宅するシーブック「ただいまぁーー!!」
ロラン「お帰りなさい!バイトご苦労様。直ぐ夕ご飯にしますからね」

シーブックは居間で寛ぎ、
ここ最近のセシリー事などを頭の中で整理しようと、半ば放心状態でTVを見ていた。

ガロードが居間へと下りて来る「腹減ったよ~~飯未だ~~ぁ?」
ロラン「もう直ぐ出来ますよ~」
ガロード「シーブックの兄貴、帰ってたんだ。
お!?(シーブックが持ち帰ったパン屋の袋を目敏く見つけ)パン、貰うよ!!」
アル「あ!僕も~」
ウッソ「貰いますよ?シーブック兄さん」

パンを口に放り込み、ガロード「モグモグ……うん?今日はチョコパンなんだ。
菓子パンなんて珍しい……モグモグ……う~~~~~ん。微妙……、つーか、美味くねぇ。
鉄仮面のおっさんの腕、落ちた?」
アル「モグモグ……人工蛋白よりはマシ位かな?」
ウッソ「モグモグ……なんてパンなんだ。まるで味がない……」

もしや!?
シーブックのゴチャゴチャだった思考が一本の線に繋がり、希望の光が閃く
『セシリーが焼いたパン=食べて欲しい?=チョコパン=今日は何の日だ!?』

シーブック「なんとぉぉぉおお━━!!!みんな!!もう、パンを食うなぁ!!!」

ガロード「なんだよ!?ケチ臭せぇ」
ウッソ「どうしたんですか?」

シーブックは慌ててパンの入った袋を回収、急ぎ部屋に篭り、袋の中身を確認したら
形の歪なパンが一つと、レシートのような紙切れしか残っていなかった。
シーブック、パンを頬張り「モグモグ……ガロードの言う通り、美味しくない……けど、
セシリーの、セシリーのチョコパンなんだ……モグモグ……ん!?
これ……、レシートじゃない?手書きのメモ?」

メモには綺麗な字で簡潔に
《今年はチョコパンで御免なさい。来年はチョコレートを期待していいわよ!》
と書かれている。セシリーの文字だ。

シーブック「セ、セシリィィィイイ…… 。゚(´Д⊂ヽ゚。 」

取り乱して部屋に入ったシーブックが気になっていた兄弟達は、襖の隙間から部屋を覗いていた。
アル「(小声)泣きながらあの不味いパン食べてるね」
ガロード「(小声)なんだろうな?」
ウッソ「(小声)無理して不味いパンを食べてるなんて、そんなのおかしいですよ……シーブック兄さん」

(終)


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最終更新:2018年10月26日 09:16