76 名前:アル、空を飛ぶ(生意気にも前書きです。)投稿日:03/03/28 03:06 ID:???
新しいネタを書いたんですが、ちょっと
趣向を変えて小説っぽくしてみました。
そのため地の文がほとんどなんで、読みにくいかもしれませんがご容赦ください。
加えてヒップヘビーをネタに使ったんですが、俺はあんまり飛行機に詳しくない
んで、誤りがあるかもしれないんですが、大目に見ていただけるとありがたいです。
ヒップヘビーそのものの描写も間違っているかもしれませんし。
そういう点での突っ込みはどうぞよかったらやってください。じゃ、いきます。
77 名前:アル、空を飛ぶ1投稿日:03/03/28 03:08 ID:???
初春の暖かな日差しを浴びながら、3機の複葉機が颯爽と風を切って飛んでいる。機体
後方に二枚の優雅な翼を持つクラシックなスタイルのプロペラ機、ヒップヘビーだ。3機
のヒップヘビーはまるでそれ自体が意思を持ち、飛行を楽しんでいるかのようにエンジン
を唸らせ、鮮やかな青空を力強く舞う。
そのうちの一機の前部座席には、
ガンダム兄弟の末っ子、アルが乗っている。もちろん
アルが操縦を担当しているわけではない。ヒップヘビーには二つの座席があり、操縦桿が
あるのは後部座席だ。そこに乗り込んでいるアルの兄、ロランがこの機体を操っているの
である。
前部座席のアルは、風よけのゴーグルの中で茶色の瞳をいっぱいに見開いて、初めて飛
ぶ空に心躍らせていた。兄弟のモビルスーツに乗せてもらったことはあるものの、それと
はまったく違う種類の新しい感動と興奮が、今アルの全身を快く震わせている。自分が大
気を割っている感覚、体に響くエンジンの振動、他のどんなことでも得られないであろう
格別の開放感。
「ロラン兄ちゃん、
なんかすごいよ!とにかくすごい!」
とにかく伝えようとした感動は、風を切るプロペラの音にかき消されたように思えたが、
なんとか兄に届いたようだ。唸る機体と空気の合間をぬって、ロランの返事が返ってきた。
「今からもっとすごいことをするから、しっかりつかまってるんですよ!」
もっとすごいこと。それが何なのかアルにはっきりと分かるまえに、機体は急上昇を掛
けた。上がっている、アルがそう思った次の瞬間、目の前の天と地が逆転しており、さら
に地上に垂直な視界に変わる。心臓が大きく一拍を刻み、すぐに先ほどまでと同じような
光景が広がる。ことが終わって、ようやくアルにも何が起こったのか分かった。ロランは
ヒップヘビーを宙返りさせたのだ。
「どうです~、びっくりしたでしょう~~~」
大声を出そうとしたせいか、やけに間延びしたロランの声が耳に入ったとたん、アルは
思いっきり叫び返した。
「宙返りやるんなら、やるって言ってよ! でも最高だよ、最高!ほんとにすごいや!」
宙返りの興奮醒めやらぬまま、しばらく気ままに大空を旋回していたアルとロランの
機体の左手に、一機のヒップヘビーが近づいてきた。操っているのはロランが使用人として
仕えているハイム家の次女、ソシエだ。こちらのほうを向いて、大声で呼びかけてくる。
「ロラーン、3機で競争しなーい?」
ソシエ機の向こうには、ソシエの親友のメシェーの機体も伺える。メシェーはアルと
ロランに向けて右手の親指を立ててみせた。アルも左手を大きく振って答える。
そもそも今回アルが空を飛ぶことができたのは、もともとはソシエとメシェーのふたり
のおかげだった。
メシェーの家はヒップヘビーのようなクラシックな飛行機の整備工場と、その飛行場を
経営している。そこに飛行機の操縦技術を習いに通い始めたのがソシエ。彼女は自分だけ
では寂しかったのか、お気に入りの使用人であるロランにも同じように操縦を習うように
勧めた。その結果ヒップヘビーやブルワンといった機体を操縦できるようになったロラン
が、学校が春休みで退屈していたアルを飛行場に連れてきてくれたのだった。
空中であらためてそのことを二人に感謝しながら、アルはソシエの競争の
申し出を受けるよう、ロランに頼んだ。
「競争か、楽しそうだね。ロラン兄ちゃん、やろうよ」
「よーし、いいですよ」
ロランはそれを受けて軽やかに機体をソシエ機と完全に並行な位置まで滑らせ、速度を
合わせた。ソシエ機を挟んで向こう側のメシェーも、鮮やかにロラン機と同じ動作をして
みせる。
3機のヒップヘビーが横一直線に並び、準備は整った。アルの胸も期待に高鳴る。ソシエ
が左前方に見える、街で一番高いビルを見やりながら叫んだ。
「あと7秒で通過するあのビルがスタートラインだからね! そこから一番早く工場に着
いたものが勝ち。いくわよ!」
「了解!」
ソシエ以外の三人が一斉に答えを返してすぐ、スタートの瞬間が訪れた。ビルから工場
までは一直線で距離もあまりない。エンジンを全開にふかして、3機のヒップヘビーは一
気に空を駆け抜けようとする。同じ機体であるから基本的に性能の差は無いし、調子の良
し悪しも3機とも似たような具合だった。また、単純な競争なので操縦技術の差もあまり
関係ないだろうとアルは考える。
そうなると勝敗を分けるものは重さだ。すこしでも軽い機体が勝つことになる。二人乗
りのアルとロランの機は当然不利なのだ。かすかではあるが他の二人との差が開いたよう
に見えて、アルは自分の体重が今この時だけでも消えてほしいと願った。
するとアルの願いが届いたのか自分達の機体が加速して、ソシエとメシェーに追いつき、
さらにはほんの少しだが前に出た。当然体重が消えてなくなるなんてことがあるわけもな
い。ロランが何とかしてスピードを上げたのだ。横目でそれを確認したのか、メシェーが
叫ぶ。
「やるねぇ、ロラン。でもあたしが負けるわけにはいかないでしょうが!」
そう叫んだのは、飛行機屋の娘であり、自分が一番ヒップヘビーに触れていると言う自
負があるからだろう。メシェー機が即座にロラン機に追いつき、二機による激しいデッド
ヒートが開始される。唯一ソシエ機だけがスピードを上げることができずに、徐々に置い
ていかれてゆく。
短い間だが抜きつ抜かれつの攻防を繰り広げたロラン機とメシェー機の勝敗は、結局は
わずかな差でメシェーに軍配があがった。二機がスピードを増した理由は同じだったため、
重量の軽いメシェー機がほんのわずかではあるが先にゴール地点に到達したのだ。
すこしの差で苦渋をなめたアルとロランに対して、メシェーは勝利のVサインをしてみせる。
敗者はそれを甘んじて受け入れねばならない。アルはがっかりしながら弱々しく手を振り返した。
続いてすぐにソシエ機もゴールしたところで、三人は空で遊ぶことをやめ、それぞれの
機体を着陸させた。地上ではメシェーの父、ラダラムが缶コーラをもって4人を迎えてく
れている。ラダラムはアルにコーラを手渡しながら訊いた。
「どうだ、空は楽しかったか?」
「うん、もう最高だよ」
満面の笑みでアルがそう答えると、ラダラムは満足したようで、笑いながら飛行帽をか
ぶったアルの頭をポンと叩いた。しかし今回のことは特別で、そうそう飛行機に乗せてく
れないだろうことぐらいアルにも分かっている。
そう思ってアルはすこし寂しい気持ちにはなったが、飛行後の爽快な気分を打ち消すま
でにはもちろん至らない。コーラを口にしながら、アルとロランはふたりで微笑みあった。
飛んだ後に飲むこのコーラは、最高にうまい。
ふたりが飛行帽とゴーグルを外してひと息つくと、メシェーとソシエがそばにやってき
た。二人とも左手にゴーグルと飛行帽を持ち、右手でコーラを飲み下しているが、表情は
対照的だ。すがすがしく微笑むメシェーと不満顔のソシエ。白い綿毛のような髪をかきな
がら、メシェーがロランに話しかけた。
「やっぱりあんたの機械のセンスは特別だね。一番飛行時間が短いのに、もうあたしと同
じことされちゃたまんないよ」
「同じことって何よ?あんたたちどうやったの?」
すかさず隣のソシエが訊く。まだ自分だけが置いていかれた理由が分からないようだ。
アルにも分からない。なぜあの時自分達とメシェーさんの機体だけ速くなったんだろう。
アルは傍らの兄を見やった。
するとロランは相変わらず不機嫌そうなソシエの顔を見てから、すこし遠慮するような
声音で答えた。
「機体の制御を繊細にやったんですよ。エンジンを全開にした分、機体のブレも大きくな
ったんです。だからそれを小さくしてすこしでも空気抵抗を減らそうと」
「そっか。だからあの時僕とロラン兄ちゃんのヒップヘビーが速くなったんだ」
「そーゆうこと。まぁ、分かったところでソシエにはまだ無理だろうけどね」
からかうようなメシェーの口調に、何よ、私だってやればできるわよ。とソシエが噛み
付く。そもそも気付かないのが致命的なんだよねぇ~。悪びれずそう返したメシェーの言
葉に、アルとロランは顔を見合わせて笑った。とたんにボブカットの栗毛を躍らせてソシエが
鋭くロランを睨む。
あ、聞かれちゃったみたいだ。そうアルが思ったときには、すでにソシエのロランに対
する八つ当たりが始まっていた。あんたはウチの使用人のくせに生意気なのよ。とか、分
かったなら私にも教えなさいよね。だとか、とにかくめちゃくちゃなことばかり言ってい
る。
そんなソシエとロランの光景を見ながら、アルは子供なりにそうやってソシエがロラン
に甘えていることが分かった。
「でも、ロラン兄ちゃん鈍いからな。多分気付いてないや。でも今日のロラン兄ちゃんは
かっこよかったな」
「あの鈍ささえなきゃいいんだけどね~。やるときゃやるおとこだし。まぁ、あんたはい
い兄貴を持ったんじゃないの」
アルとしては独り言のつもりだったのだが、いつの間にか隣にいたメシェーに聞かれてし
まったらしい。
メシェーにくしゃくしゃと髪をなでられながら、アルは優秀な飛行機乗りでもある兄を
誇らしく思い、自分が褒められたように嬉しくなった。その自慢の兄は、今は悪くもない
のに女主人に謝っているけれども。
終わり。
最終更新:2018年11月06日 15:10