その夜、コウはシーマの自宅に招かれ
シーマが用意した手料理を食べながら、二人きりの夜を過していた。
チャイナドレスでドレスアップしたシーマと、
カジュアルだが趣味の良いジャケットを羽織ったコウは
会話も弾み、非常に良いムードで食事を続けていた。
シーマ「味はどうだい?」
コウ「すごく美味しいですよ」
シーマ「フフフッ……もっとジャンジャン食べなよ!ボウヤの為に作ったんだからさ」
食事が終わると二時間程…ワインを酌み交わしながら、会話を楽しんでいると
時計の針が深夜零時を指す頃になり……
コウは腕時計を見た「あ、もうこんな時間だ…」
シーマ「まだ、酔いのくちだよ。もう少し、付き合いな…」
コウ「え……でも、家族も心配するし…電車も無くなるから……」
シーマ「フフフッ……ここに泊まっていけば良いじゃないさ。アンタとアタシの仲だろう?」
(ドキドキドキドキ……)
コウ「そうですか…?それじゃ、お言葉に甘えて泊まらせて貰うかな?」
「本当に?」シーマの発した声は裏返っていたが
咳払いをすると、元の落ち着いた声色に戻り
「…わ、私は…後片付けをするから……ボ、ボウヤは家にでも連絡しとくんだね」
(ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……)
シーマの顔は耳まで真っ赤に染まり、心臓が口から飛び出しそうな勢いで鼓動を奏でていた。
「シーマさん…パジャマ、これしかないんですか?」
コウはシャワーを浴び終えて、リビングに戻ってくると
恥ずかしそうに熊さん模様のパジャマを着て立っていた。
シーマ「ボウヤの為に買っておいたんだ。似合ってるじゃないか…」
コウの着ているパジャマは普段、シーマが好んで着ているお気に入りのパジャマの柄と同じ
男モノのペアルックになる。イザと言う時の為にシーマが前もって買っておいたモノだ。
「そうですか…?けど、可愛いですよね。この熊さんの柄とか」
コウは自分の着てるパジャマを掴んで熊さんのプリントの部分を指した。
シーマ「そ、そう思うかい?私も…このパジャマの柄は、気にいってるんだよ……」
コウ「ええ、可愛いと思いますよ」
思いを寄せていた相手、コウが自分の家に来てくれて、それを手料理でもてなし
二人だけの時間をゆっくりと楽しむと…今日はこのまま、朝まで一緒に過す。
そのような夜を迎えられるとは……
シーマはハヤる気持ちを抑えてシャワーを浴びると
熊さん柄のパジャマに着替えてコウが居るリビングへと向かう。
シーマ「お待たせ…」
コウ「あの、シーマさん…僕、ソファーで寝ますよ。だから毛布かなにを貰えたら……」
シーマ「何、水臭い事言ってんだい?……ベッドに…、来なよ」
(ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……)
「え?そ、そうですか……やっぱり、そうですよね…」
コウは少し照れながらも、意を決したように言葉を振り絞る。
「……そろそろ寝ましょうか?」
シーマ「そ、その前に…」
(ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……)
コウ「何です?」
シーマ「あのさ……」
(ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……)
コウ「やっぱり、僕じゃ…シーマさんにとって、役不足…ですよね?」
シーマ「や、違うよ!そんなんじゃないよ!!……前に、私が風邪で寝込んだ時に…
ボウヤがしてくれた事を…もう一度、してくれやしないかい?」
(ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……)
コウ「え…?」
シーマ「(小声)…だからさ、ボウヤが……その、私を……してくれただろう?」
(ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……)
コウ「よく聞こえないんですけど」
シーマ「ああ~、もう!鈍いね!!私をお姫様抱っこ、してくれただろう?アレをもう一度して
私をベットまで運んで……欲しいんだよ…」
(ドックン、ドックン、ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……)
前に(
part7スレ208)シーマが風邪をこじらせて、自宅で寝込んでいる時
コウがシーマの自宅に見舞いに来た際に、コウにお姫様抱っこをされてベッドまで運ばれている。
シーマの中では、その時の記憶が今も鮮明に色濃く残っていた。
一見すると坊ちゃん顔のやさ男風のコウだが、大学のラグビー部で鍛えたその若い逞しい身体に
包まれてお姫様抱っこをされた自分……熱にうなされながらもコウの温もりをシーマは、忘れていなかった。
少しの沈黙の後でコウが口を開いた。
「……いいですよ」
シーマ「いや、御免よ……今のは、忘れてくれていいよ………え?今、いいって……?」
「ええ……少し、照れくさいけど…」コウは優しく微笑む。
「ほ、本当……?じゃあ…」
シーマはコウの首に両腕を回すと、身体を預けるようにコウへもたれ掛る。
コウの腕がシーマの身体を包み込み……
ピュイーーーーーーーン!!……──wwヘ√レvv~──wwヘ√レvv~──wwヘ√レvv~─wwヘ√レvv~───……ブチッ。
辺りが暗闇に包まれると
「姐さん!!会議の時間です」突拍子も無く部下のコッセルの声が響く。
シーマ「会議?」
コッセル「そうですぜぇ…そろそろ先方もみえる頃かと……」
シーマは事務所の自分の机に座っている。自宅には居なかった。
時間も深夜でもなく、今は昼間で
側に居るのはコウでは無く、部下のコッセルだ。
今までシーマが見ていたモノ、居た場所はVRゲームのヘッドセッド越しに見ていた仮想現実で
シーマの頭の中で作り出されていたファンタジーの世界での出来事であった。
『ベター・ザン・ライフ』の名で売り出されたこのゲームはユーザーの願望をそのまま反映させる
仮想空間を構築するゲームで中毒性の高い、危険なゲームとして社会的な批判も出ているものである。
最近のシーマは、仕事の合間に『ベター・ザン・ライフ』をプレイする事に嵌っており
コッセルや、部下達は仕事に支障をきたす場合はシーマの機嫌が悪くなるのを知っていながら
仕方なく外部から強制終了スイッチを入れる日々が続いていたのだった。
「チィッ!!折角、いいとこだったのにぃさぁ!!」
現実に戻ったシーマは被っていたヘッドセットを取り、床に投げ捨てる。
コッセル「あの…姐さん!時間が…」
「わかってるよぉ!!……直ぐ行く。待たしときな」
シーマは椅子にもたれかかると溜息をついた。暫く呆けていると…自分の頬を伝う涙に気付く。
(涙?……ボウヤの事で?……まさかねぇ……)
その日の夜の兄弟宅
ロランが夕食の支度をして、他の兄弟達は居間でTVを見ながら夕飯を待っている。
アル「コウ兄さん未だ帰って
来ないのを~?」
ロラン「未だみたいですよ…練習が長引いてるんでしょうね」
アル「え~…繋ぎ目の消し方、教えてくれるって…約束してくれたのにぃ…」
ブォォォォオオオン!!ブォォォォオオオン!!ブォォォォオオオン!!
ジュドー「暴走族かな…?音が段々と近づいてきてる」
ガロード「ウルセーよ…ったく」
ドモン「近所迷惑だ!俺が一言、言ってくる!!」
ロラン「ら、乱暴はいけませんよぉ…」
ドモン「口で言って分らん奴は、拳で教え込むのが1番手っ取り早いんだ」
ロラン「そ、そんな……」
ジュドー「いいんじゃないの?近所迷惑なんだし、この際ドモン兄さんに〆て貰うのも」
ガロード「俺も賛成!」
ロラン「二人とも、煽るような事を言うもんじゃないですよ……あれ?ドモン兄さん?」
ロランが二人に気をとられていた隙にドモンは外に出ていってしまった。
同時刻。兄弟宅周辺にて
ブォォォォオオオン!!ブォォォォオオオン!!ブォォォォオオオン!!
コウ「わぁぁぁあああああああ!!!!....(;´Д`)」
シーマ「ほうらぁ~…お待ちよぉ…ヽ(`Д´)ノ 」
騒音の原因はシーマカラーのオープンカーのエンジンが唸りを上げている為だった。
コウが帰宅するのを見計い罠を張って待っていたシーマとその一派は
ターゲットであるコウを捉えると、シーマのオープンカー他、数台の車が
狩猟の如く獲物(コウ)を追いまわしていた。
「ハァ…ハァ…ハァ……」
(家が見えてきた…なんとか、家にさえ逃げ込めれば……)
コウの目前に自宅の灯りが見える。あと100mといったところだ。
あと、もうすこしでシーマの車を振り切れると思われたが
「逃がしゃぁ~しないよぉおお!!!」
シーマの駈るオープンカーは兄弟宅に突っ込むような勢いで逃げるコウを追い越すと
衝突ギリギリでハンドルを切り、車体をスピンさせて玄関の前に横付けで車を止める。
「Σ(゚Д゚;) そんな?……」
コウはシーマの車に回り込まれ、進路を塞がれて足が止まった。
前方はシーマの車が道を塞ぎ、後ろからはシーマの部下の載るワゴン車が追いかけてきている。
コウは完全に追い詰められる恰好になった。
シーマ「今だよぉおおお!!コッセルぅぅうう!!」
ワゴン車の助手席から身を乗り出したコッセルがバズーカ砲を構えて
コウに向けて射出すると同時にコウの頭上にワイヤーネットが展開。コウの上に降り注ぐ。
「くそ……こんなの…」
コウがワイヤーネットの中でもがいていると車から降りたシーマは
必死にワイヤーから逃れようとするコウに近づき、コウの頬から首筋を撫でながら自分の方に引き寄せる。
シーマ「可愛いねぇ……」
コウ「な、なんでこんな事するんですかぁ!」
シーマ「そんなの決まってるじゃないかぁ……ボウヤはワタシの……」
コウ「僕はアナタの何にでも無いですよぉ!」
「何を?……まぁいいさぁ……おやすみ、ボウヤ…」
シーマの表情が一瞬、険しいもの変わると、コウの首筋に手の平を押し付ける。
「な……に………」
コウは首筋にチクリとした痛みを感じると腰砕けになり、ぐったりとその場に倒れてしまう。
シーマの指にはめられている指輪から突き出た注射針はコウの首筋から麻酔薬を注ぎ込んでいた。
麻酔の効いたコウはネットワイヤーに包まれたままラッセルに担がれてワゴン車に放りこまれる。
「仕事は終わった!みんなぁ!ズラかるよぉおおお!!!」
シーマ達一行は爆音を残しつつ、その場から速やかに撤収していく
この手の仕事には手馴れているようだ。
その一部始終を玄関前で呆然とした顔付きで見ていたドモンの後ろから
ロランが様子を見に玄関から出てきたところだった。
「……暴走族、帰ったみたいですね……ドモン兄さん?」
ドモン「コ、コウが…目の前で狩られていった……」
ロラン「狩られた?……」
コウが麻酔から目覚めると、そこは見知らぬベッドの上だった。
衣服はコウが寝ている間に着替えさせられたようで、熊さん模様のパジャマが着せられていた。
ベッドの横には大きな熊さんのヌイグルミが置いてあり、
部屋全体を見回すと部屋の色調はパステルカラーで統一されている、えらく少女趣味な部屋だ。
「おや……やっとお目覚めかい?」寝室にシーマが入ってきた。
シーマもコウと同じ熊さん模様のパジャマを着ている。コウの前で仁王立ちになると
「さぁ、続きをしようじゃないか……」
「続き?……」
「そうさぁ…あの時の続きをさぁ……しようってんじゃないかぁ……」
シーマはベッドに座るコウに対して、身の乗り出して迫った。
「何の事ですか?」
「………」
「大体……僕を拉致して何する気なんです?……あの時の続きって……何を?」
コウはベッドから降りてシーマと少し距離をとる
「そんな……ボウヤはさ……、イイって言ってくれたんだよ?」
「だからぁ……」
「あの時は、ワタシに微笑んでくれたじゃないかぁ……」
「それがぁ!!訳分んないんですよぉ!!」
コウは堪りかねて怒鳴ってしまう。
コウ「すいません……怒鳴っちゃって……けどシーマさん、変ですよ。
さっきから訳が分らない事を言って……僕には何がナンだか……」
何時もならばコウに反論する隙すら与えない勢いで自分のペースに持ち込むシーマであったが
今はコウの話を静かに聞いていた。コウは少し変だな、と思うも言葉を続ける。
「あの……と、兎に角ですね……やり方が何時も、何時も、強引過ぎるんですよ!
こんなんじゃ僕だって……あの、シーマさん?……続きって何の続きなんですか?」
「……どうして、どうしてなのさ……ボウヤはあんなに優しかったのに…現実は……」
シーマはコウの質問には答えずにボソボソと独り事を呟いている。
「シーマさん?」
「………」
コウは俯いたまま顔を下げて体育座りをしているシーマを覗き込んだが
シーマからは何時ものような生気が感じられない。
ゲーム『ベター・ザン・ライフ』のように上手くいかない現実に、シーマは打ちのめされていた。
薄々は感じていたものの、現実に接したコウの素っ気無さから
ここ暫くゲームを介して見ていた夢が醒め、寝起きの悪さで身体が強張っていた。
「……僕の服、返して下さいよ。着替えたら帰りますから」
「そうかい…分ったよ……」
シーマはダルそうに口を開く。
引き止めるでもなく、大人しく引き下がるシーマの反応はコウにとって意外なものだった。
シーマの無気力さに怖さを感じたものの、気が変わらない内に
この場所から逃げないと何時又、強引に迫られるものか…と、急いで服を着替えたコウは
「じゃ、僕、帰りますから…」
との言葉を残して、玄関に立ったコウは部屋を出る前に後ろを振り返った。
が、そこにシーマは居なかった。何時もなら、こっちが嫌になる程迫ってくるのにな…との
淋しさがコウを過った。
バタン……
コウがドアを開けて出ていった音が部屋に響く。
シーマはベットルームから動かなかった。大きなクマのヌイグルミを抱きかかえ呆けている。
(現実とゲームの区別ぐらい……アタシだって、ついてたさ……けど、少しは期待したくもなるじゃないか…
ボウヤは……ゲームじゃ、優しかったんだよ…優しかったんだから……)
シーマのマンションから出たコウは肌寒さを感じた。
春といっても午前零時を廻っているこの時間では未だ寒さを感じる。
特に風が強く寒い日だった。
今の時間だと家に帰る電車も無いし…駅前まで歩いて
始発まで時間を潰せる店を探して……と考えるコウの頭には
先ほどからシーマの淋しげな横顔が脳裏にチラりと浮かんできた。
(大体……いつも強引で、僕の都合なんか考えないあの人が悪いんだよ……なんだか、淋しそうだったけど……
なんだろう?……いつもと少し違うっていうか……)
コウは来た道を引き返し、マンションへ向けて歩きだしていた。
クマのヌイグルミを抱いて、ダルそうにベッドで寝転んでいたシーマに
チャイムの音が聞こえてきた。
シーマは何も考えずにインターホンに出ると…
「…はい?」
「すいません、コウです……」
「へ?……」
シーマはきょとんとした表情でインターホン越しにコウの声を聞くと
マンションのオートロックを解除していた。
コウはシーマの部屋の玄関にあがり、少し照れ臭そうにしながら
「……えと、ですね。深夜で…もう電車も無いですし…
良かったら、なんですけど……始発が出るまで、この部屋で待たせて貰えたら……と」
それを聞いたシーマは一瞬、息を呑むも
「も、勿論だよ!さ、あがんな…」
コウの腕を引き寄せ、部屋に招くシーマにコウは慌てて
「わっ!あ、あの勘違いしないで下さいね。そのやらしい意味じゃなくて……」
「ま、いいさ……それでも…ね」
シーマに腕を引っ張られる形で、居間のソファーに座らされたコウは
隣りに座り込んだシーマとは、少し距離をおきつつも、悪い気はしなかった。
「で、朝までどうするつもりなんだい?」
「え?……そうですね……。あの、お茶でも飲みましょうか?……」
「お茶?……」
(本当にボウヤなんだからさ……)と少し呆れたシーマではあったが
「そういえば…この前、シャクティっ娘に貰ったひまわりコーヒーがあるけど、飲むかい?…案外、癖になるよ」
「へぇ、シャクティの…いいですね。それ、下さい」
シーマは台所に立つと、湯を沸かしてコーヒーを入れる準備をしていると、後ろからコウの声が聞こえてくる。
「シーマさん…」
「なんだい?」
「シーマさんが台所に立つ姿、なんか意外だなって……何か、手伝いましょうか?」
「いいよ。ボウヤは座ってな……」
それからコウとシーマはひまわりコーヒーを飲みながら、他愛の無い話をして朝まで過す
二人にとって、それは幸せな時間だったと言える、一晩の出来事だった。 (終)
最終更新:2018年11月13日 23:41