ある日曜の朝7時、アムロは兄弟全員を叩き起こし、ある一枚のチラシを示した。
アムロ「みんな、聞いてくれ。俺たちは兄弟でチームを作り、この大会で優勝する。いや、しなければ
ならない」
休みぐらいゆっくり寝かせてくれよ、とでも言わんばかりに目をこすったり、うなだれたりしていた
兄弟達の多くが寝ぼけまなこをあげると、アムロの持っているチラシには「サッカートーナメント大会、
参加者募集中」という文字が大きく躍っていた。アムロは続けた。
アムロ「このところの騒動やなんやかんやの補償や修理で、うちの貯金は尽きてしまったんだ。この大会の
賞金であろうことか生活費を稼がなきゃならん。」
ジュドー「サッカー大会? そういや、ビーチャたちに誘われたな。確か賞金百万円とか何とか……」
ジュドーがまだ目をこすりながら言った。
ロラン「副賞の全自動大型洗濯機も必要なんです。このところ洗濯機の調子が悪くて。無理させてきま
したからね」
ロランがアムロの後を継ぐ。アムロとロランの間ではすでに話が通じているのだ。
カミーユ「しかし、賞金百万円なんて、まるで『稲○卓球部』の卓球大会みたいだな。あれは50万だったっけ」
カミーユはあくびをかみ殺しながら呟いた。
ガロード「でも、なんでサッカー?」
ガロードの問いにシーブックが答える。パン屋のバイトのおかげで早起きには強い。頭ももうだいぶ働いて
いる。
シーブック「ドモン兄さんの格闘大会も近々にはないから臨時収入は見込めないし、それに俺たちは運動神経
は結構いいほうだからじゃないか」
ウッソ「そういや、僕やジュドー兄さんはよく運動部に誘われてるよ。ヒイロ兄さんなんか
引く手あまた」
ウッソが続けたあとにアムロは頷き、
アムロ「シローは警察官でコウは大学のラグビー部。ドモンに至ってはプロの格闘家だ。カミーユは空手を
やっているし、ロランやシーブック、ガロードだって運動は得意なほうで体力には自信あるだろ」
ドモン「しかし、いくらなんでもそう簡単にいくのかよ、アムロ兄さん」
ドモンの言葉に兄弟達の多くは同意するところがあるようで、異議を唱えるものはいない。アムロはそんな
兄弟達をぐるりと見回すと、強い語調で言い切った。
アムロ「金が無い。優勝するしかないんだよ、この一ヵ月後のサッカー大会で」
しばしの沈黙の後、いつものように淡々と、ヒイロが口を動かした。
ヒイロ「サッカー大会での優勝……任務了解」
それをきっかけに、次々と兄弟達が口を開く。
ジュドー「まあ、お金が無いっていうなら、やるしかないってことみたいね。いっちょやりますか」
シーブック「しかし、いきなりサッカー大会か。なんとー、て感じだよ」
コウ「ラグビーの技術を生かして頑張るか。今回は俺が主役さ、なんてね。どうせ地味な役割だろ。それもいいさ」
シロー「大会の日、非番にしてもらえるかな」
アル「シロー兄さんがだめだったら、僕が出るよ」
シロー「アルは流石に無理だろ。大丈夫、ちゃんと休みにしてもらえるようにするさ。応援頼むぜ」
アル「僕だって、この前の体育の授業で一点決めたんだ。応援なんてごめんだよ」
ガロード「よし、まずは食うことからはじめるか」
俄然やる気になってきた兄弟達だったが、たった一人だけ、キラは妙な空気を抱え込んで、アムロを
問い詰めた。
キラ「なんで、僕のことは言ってくれなかったんだよ。コーディネーターの僕なら主力として……」
アムロとロランは気まずそうに顔を見合わせると、すまなそうにキラに言った。
アムロ「キラ、コーディネーターはいわば反則扱いで、試合には出れない
ルールなんだ」
ロラン「で、でもそのぶん練習ではみんなのことを充分鍛えてもらって、ね、キラ、泣かないで」
しかし、ロランのなぐさめも空しく、やっぱりキラは泣き出してしまった。
キラ「な、仲間はずれ、だ。
うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ」
アムロ「前途多難ってことの暗示か? やれやれだな」
アムロはふっと、溜め息を吐いた。
朝食が終わると、アムロは一枚の大きな紙をテーブルの上に広げた
アムロ「じゃあ、今のところのポジションを発表する。ちなみに長兄の俺はプレーイングマネージャー、
つまり選手兼監督だ」
FWアムロ
FWカミーユ
MFジュドー MFウッソ
MFヒイロ MFロラン
DFガロード DFシーブック
DFシロー DFコウ
GKドモン
リザーブ FWアル コーチ キラ
カミーユ「4-4-2か」
アムロ「これは今のところだから、変わるかもしれないが、不動のポジションだけは告げておく。まず、
ドモン、お前はキーパーだ」
ドモン「ああ。俺のこの手が(以下略」
ジュドー「格闘家はキーパーと、『キャ○テン翼』の時代から決まってるのね、やっぱり」
ガロード「わかし○づ君、な」
アムロ「シローとコウ、センターバックには体格が欠かせないから、ウチじゃお前たちだ」
コウ「ああ。こりゃ、責任重大だな」
シロー「スパイクがはき潰れるまで止めつくしてやる」
アムロ「ヒイロ、お前には相手の攻撃の目を潰してもらう。豊富な運動量に加え、当りの強さも必要な
いちばん体力的にキツイ役割だ。お前は背は低いが、身体能力ならドモンにも負けない。頼むぞ」
ヒイロ「任務了解。相手には中盤での自由は与えない」
アムロ「ジュドーやウッソ、ガロードはまだ体ができてないから、比較的プレッシャーの少ないサイドで
プレーしてもらう。ただ細かいポジションはまだ決定じゃないけどな。以上だ」
アル「ちぇ、僕はやっぱり控えじゃないか」
ロラン「アルは秘密兵器です。スーパーサブってやつですよ」
アル「嘘つき。まぁ、応援がんばるよ」
キラ「僕なんか、選手としての登録も無理。……いや、もう泣き言は言わないよ。しょうがないからね」
第一回のミーティングを終えて、兄弟達はそれぞれに期待や不満を抱えていた。そんななか、ジュドーは
ある重要なことに気が付いた。
ジュドー「あのさ、ユニフォームはともかく、試合の時のスパイクはどうすんの」
アムロ「それなんだが、そろえる金も無い。だから、お前らの学校からなんとか都合してくれないか。古く
なったのをもらってくるとか、借りるとか。なんとか試合の一週間前には揃えたいんだが」
アムロは情けなく言うしかなかった。ジュドーは渋い表情を作る。
ジュドー「そんなにうまくいくわけないじゃない。どうすんのさ」
ガロード「ロラン兄、ここはひとつグエン卿のところに行って……」
言いかけたガロードに、ゴツリ、とシローのゲンコツが落ちる。
シロー「ロランに体を売らせる気か!」
カミーユはシローをなだめて嘆息した。
カミーユ「そこまではグエン卿も要求しないよ。でも、あの人に借りを作るのは恐ろしいな。いや、ロラン
ディアナ様に頼めば……」
ロラン「そんな物乞いみたいな真似、できません!」
にべもなくロランは突っぱねる。そこらへんは強情だ。シーブックはヒイロのほうを伺ったが、こちら
も当然の如く、断固拒否の文字を顔に刻印している。リリーナに頼むこともできなそうだ。
コウ「まいったなぁ。シーマさん、いや、だめだ。あのひとも借りを作ったら怖い……」
何の打開策も浮かばないまま、兄弟達が顔を寄せ合っていたそのとき、ある聞きなれた大声が突然
ふってきた。
ギム「小生、話は立ち聞きしていた。今日は日曜にしてはやけに朝食が早かったが、そういうことか」
キラ「今はあなたなんかにかまっている暇はないんですけど」
宿敵の登場にいきなり嫌味をかぶせようとしたキラを無視して、ギンガナムは胸を張って宣言した。
ギム「小生も、この家にはずいぶんとお世話になっている。そう、小生
ギム・ギンガナムが一肌脱ごうと
いうのである。ユニフォーム、スパイク、
その他の必要品すべて、さらに練習場所の確保まで、我が
ギンガナム家が賄おう」
ロラン「本当ですか!?」
カミーユ「おい、何をたくらんでいるんだ」
椅子から腰を浮かして喜ぶロランを制して、カミーユは疑いのまなざしをギンガナムに突きつけた。
ギム「ふっ、日ごろの礼だよ。しかし、まあ、確かに交換条件があるのである!」
アル「いったい、何?」
当然の権利を主張すべくギンガナムは再び宣言した。
ギム「小生もチームに入れるのである。ポジションはセンターフォワード。もちろんスタメン、という
よりエースとして扱うのである!そして、チームの名前はFCギム・ギンガナム!」
横暴な要求に、兄弟達は一瞬沈黙。そののち、一気に反撃に出た。さらにはそこから、エースは自分だ、
というカミーユとジュドーの言い争いやら、自分もFWにしろ、とガロードが言い出したりして、収集が
付かなくなる。最後にはロランが一喝して、なんとか静けさを取り戻すことができた。アムロは、そのとき
になってようやく口を開いた。
アムロ「ギンガナムさん、いいですよ、その条件。ただ、エースとかはこっちで決めさせてもらいます」
ギム「む、まぁ、小生の実力ならエース間違いなしだから、公平にやってもらえればよいのである」
アムロ「それは約束します。ウチは勝たなきゃなりませんから、私心なんて入れてる場合じゃないんでね」
そう言うと、アムロは右手を差し出した。ギンガナムもその手を握り返す。交渉成立だ。
アル「じゃあ、チーム名はFCギム・ギンガナムなの!?」
キラ「というより、その男のチーム入りを認めるの!? アムロ兄さん」
アムロは鷹揚に頷いた。素早く目を見交わしたロランが、不平を言い出す他の兄弟をなだめる。
ロラン「まあ、スパイクが無ければ話になりませんし、チーム名なんてどうでもいいじゃないですか」
カミーユ「カミーユ・ユナイテッド……」
ジュドー「レアル・ジュドー……」
ガロード「ACティファ……」
ギンガナム加入に関してはそのほかにも様々な疑問が提出されたものの、最後にはアムロが、
アムロ「みんな、俺が監督だ。つまり、決定権は俺にあるんだ」
の一言で強引にねじ伏せた。
実はアムロ(とロランも)はギンガナムの加入を心底歓迎していた。昨日ロランととりあえずの
ポジションを決めた時、二人はまずディフェンスを優先した。ドモンはキーパー、ヒイロは潰し屋と、
最も身体能力の高い二人をディフェンスのためのポジションに配置し、兄弟のなかでは体格のいい
コウとシローでCBを構成する。最悪の場合0-0でPK戦に持ち込み、ドモンのセービングで勝利する、
という勝つよりも負けないための考え方である。だが、もちろんできれば90分以内に点を取って
勝ちたい。そのためには、攻撃時に皆がボールを放り込むターゲットになれる、大きくて強いFWが
欲しかったのである。ギンガナムの体格ならば、それが可能だ。ギンガナムの加入はまさに的確な
補強だったのである。加えて、兄弟の中でもウッソはフル出場するのはきついだろう。アル以外に一人、
交代要員が出来るのもありがたかったのだ。
しかし、今回のギンガナム加入劇は、チームの結びつきに影を落とすかもしれない。それが、アムロ
とロランの唯一にして最大の気がかりだった。
続く
最終更新:2018年11月21日 22:54