ローラの異変から2時間後、再び治験は開始された。
アムロが退職と引き換えに会社から取り寄せたプログラムをインストール、動作設定の細部調整を
完了すると、ロランを飲み込んだ人体再構成カプセルは再起動した。自己診断プログラムの異状なし
の報告を確認すると、ナナイ自らの操作で治療プログラムを走らせたのだった。
「それにしても・・・」
カプセルを見つめながら佇むアムロはつぶやいた。
弟たちの大部分はサイコフレームルームへ戻り、祈りを続けている。鼻血を噴いたコウはシーマに連れられて
医務室へ行った、はずだが二人が行ったのは別の場所のようだった。
うぶな弟が人知れぬ場所で年増女に何をされようが知ったことではなかったが、アムロはとある出来事を
思い返していた。それは、後からやってきたシーマ、ソシエ、シャクティをこのカプセルの前に連れてきた時のことだった。
「アムロさん、この中にだれかいます、ロランさんとは別の・・・誰、あなたは・・・ロランさんに何をっ、
やめて、あなたは一体、・・・まさか、らる・・・ぁ・・・あぁっ!!」
シャクティがいきなり訳のわからないことをわめきだし、突然悲鳴を上げて気絶した。
その場に居合わせたウッソに抱えられてまっすぐ医務室に運ばれていったが、その時彼女が言ったことが気になって仕方が無かった。
「ロランとは別の誰かなどと、そんなはず・・・自分にしか理解できない世迷言を言う癖があるとウッソは言っていたが・・・」
何か腑に落ちないものを感じ、アムロは彼女の言葉を反芻してみた。
「「あなたは一体、まさか、らる・・・ラる・・・ラル・・・」もしや!?」
彼はある確信を持って断言した。
「もしかして
ランバ・ラルの亡霊!?」
因みにその時、その名の人は女房のハモンと共に居酒屋で焼き鳥を焼いていた。
一方、医務室。
ウッソの介抱を受けてベッドに寝かしつけられたシャクティは、やや苦しげに眠っていた。
「うぅ、はぁはぁ、うぅ・・・」
「どうしたんだろ、急に・・・ここに来る前事故にあったって聞いたけど、頭でも打ったりしてないだろうな。」
ウッソが心配する傍で、彼女は悪い夢にうなされているように寝息を乱してうめいていた。
「うぅ、だめ、もう、食べられない・・・うぅ、だめ、ウッソ、カルルマンと同じ・・・祖・・チン・・・」
「・・・いや、大丈夫だなこりゃ。当たり所は良かったんだ、多分。」
そういってそっぽを向いてしまい、ウッソは一人ごちた。ゆえにその時彼女の漏らしたかすかな声は
耳に届かなかった。
「あぁ、アムロ・・・時・・が・・・み・・える・・・」
治験再開から10分後、サイコフレームルームを抜け出してカプセルの前にやって来た者がいた。
ソシエだった。しょんぼりした表情でアムロの前に立つと、詫びてここに来た理由を述べた。
「ごめんなさい、本当はみんなと一緒にロランのために祈らなきゃならないのに、駄目なんです。
このままロランが液体のままになったりとか、得体の知れないものになってしまったりとか、そんな悪いイメージしか
イメージできなくて・・・又ロランに迷惑かけそうで・・・」
ここのところの失敗続きと、かかる事態の急変の為にすっかり弱気になっているソシエだった。
そんなことはない、元気を出して、と彼女を慰めると、アムロはただ静かにカプセルを見つめていた。
彼女もそれに倣い、祈るように見つめた。
しばらくそのまま沈黙が続いたが、やがてソシエが口を開いた。
「実は一つ、気になることがあって、なんだか居ても立ってもいられないんです。」
「・・・まさか、シャクティの?」
「エ、アムロさんも!?」
思わず向き合う二人。同じ不安を抱えていることを確認しあうと、内に貯めていた物を吐き出すかのように
彼らは話し合った。
「だがしかし、あのシャクティの言うことだし・・・」
「いいえ、変な子だけど、嘘やでたらめを言う子じゃないわ。」
「ここに来る前に事故にあったそうだが・・・」
「あの子、私を盾にして怪我を免れたんです。頭を打ったりしてないわ。」
「その腹黒さが何か我々を窮地に貶めようと画策する可能性は?」
「有り得ない。確かに陰謀家で強欲で裏で何してるかわからない子だけど、困っている人にとどめを刺すようなことは絶対しないはずです。」
酷い言い様だな、とは思ったが、確かにロランの為に色々してくれた事を思い出してアムロは自らを恥じた。
「そ、そうだな、すまない。では話を変えて、仮にシャクティが何かを見たとして、それは一体何だろう?」
ふと間をおいて考えたソシエが思慮深げに答えた。
「あたし思うんだけど、そもそもあの怪しげな水を飲んだ事が事件の発端でしょ?あの中に呪いやら幽霊やらがいて、ロランに飲まれて憑依しちゃったとか・・・」
そうか!アムロは気づいた。ロランの飲んだ呪泉郷の水は科学的に調合された薬品などではなく、人がおぼれて死んだことによってできたオカルトの産物なのだ。
「そうだ,僕たちは肝心なことを見逃していた。今回のことは非科学的なんだ。それを科学的見地に置き換えて解決できると考えていた。だが非科学的なことに対して科学で事を成しえたことなど
実際ほとんどないんだ。そう、お化けをプラズマで説明なんか出来ないことを忘れていた。」
「そうよ、ロランの体を直すならこんな機械に入れるんじゃなくて御祓い家さんを呼べばよかったのよ!」
「直ちに治験を中止だ。それから祈祷師を呼ばなくては・・・ジュドーの知り合いにそれを生業にした姉妹がいたな。」
「シャクティのお母さんも似たような仕事してるわ。」
「思えばロランの体を一時的に直してくれたのはあの娘だった。その母親ならもっと力が・・・あぁ、こう考えたなら簡単なことだった。なぜもっと早く気づかなかったんだ!?」
「そうさせないように私が仕向けたからよ。」
その時どこからとも無く第三者の声がした。声がしたのはカプセルのインターフォンからで、その声色は、明らかにロランのそれだった。
「ついに解ってしまったのね、アムロ。でも、もう遅いわ。」
だが口調が彼とは違う。ロランに憑依した何かのものだろうか。
「お前は誰だ、ロランの中から出て行け!それに遅いとはどういう意味だ!?」
数瞬の間の後、声の主はゆったりした口調でアムロに語りかけた。
「私が誰だかまだ気づかないの?それとも気づかないように自分を誤魔化しているの?」
「えっ!?」
彼は戸惑った。僕はこの人のことを知っている?知っていて知らないふりをしている?何故!?そうであってほしくない人、そうであってはいけない人、まさか!?
認めたくないが今、ロランの中にいるその人とは、やはりあの人・・・
「そうか、やはり貴方か・・・ら、ララ、ランバ・ラル!!」
「・・・・・・・違いますっ!」
声の主は声高に答えた。
「そうか、それは失礼・・・」
言ってアムロは正直ほっとした。ロランを介して萌え萌えしたりした相手が彼では、死ぬしかない。
「・・・肝心なところでマジボケするのは、14年前と変わらないのね、アムロ。」
「14年前!?まさか君はっ」
心臓発作を起こすほど、胸がキュンッとなる。彼の記憶層から思い出のフィルムがばらばらと散らばり、さまざまな情景の中からある一人の人物が浮かび上がり、
ぼんやりした陰影を作り、やがてはっきりした輪郭を形どり、穏やかな表情を彩った。それは褐色の肌を持ち、緑色の眼差しを向ける美しい少女だった。
そしてその人の名を呼ぶとき、アムロは今度こそ間違わなかった。
「ら、ララァ・・・ララァ・スン!」
最終更新:2019年01月21日 23:29