791 名前:ある雨の日に(1/6)投稿日:2006/07/23(日) 01:03:22 ID:???
 しとしとと、静かに雨が降り続けるある日のこと。
 久しぶりの休暇を、アムロは珍しく家で過ごしていた。
 いつもならば、誰か――もちろん女性である――と出かけているところだが、そういうことをするにも疲れすぎていると感じていたのである。
 今日一日は、のんびりと家で過ごして英気を養うつもりであった。
 降り止む気配のない雨のためか、兄弟たちも大部分は家にいて、そのほとんどが部屋に閉じこもっている。
 ネットを巡回中のウッソ、ガロードらや、二人してプラモを作っているコウとアル。
「平和だな」
 居間で横になりながら、アムロは一人呟く。
 実に親父くさいと自覚はしているが、家にいるときぐらい「頼りになる大人の男」という仮面は外していたいのだ。
 そのとき、何気なく縁側の方に首を向けたアムロは、そこにキラが座っていることに気がついた。
 何をするでもなく、ただ庭の方を見て、体育座りしているのだ。
 横顔に漂う沈鬱な気配から、アムロはキラが何か悩みを抱えているらしいと見て取った。
 アムロはため息を吐きながら立ち上がった。腰が重いが、弟が悩んでいるのを放っておくことはできなかった。
「どうした、キラ」
 後ろから声をかけると、キラは大きく身を竦ませてから振り返った。驚きに見開かれた瞳が、アムロを見て少し和らぐ。
「ああ、アムロ兄さん。いたんだね」
「それはこっちの科白さ。どうした、浮かない顔をして」
「うん、ちょっとね」
 歯切れの悪い返事である。
 話しにくいことらしい、と推測したアムロは、数秒考えたのち、微笑みながら言った。
「なんだ、また例のフレイとかいう女の子に追い掛け回されるのか。いいかキラ、男は甲斐性と言ってだな、ちょっとうざったい女でも優しく受け止めてやるのが」
「違うよ」
 キラは叫び声でアムロの話を遮る。どうやら違ったらしいと判断して、アムロはまた少し考えて、言った。
「じゃああのラクスとかいう子か。確かに身分の違いというのは大きいが、大丈夫だ。
 既成事実を作って後は野となれ山となれ」
「だから違うってば! そういうのじゃないよって言うかそれまともなアドバイスじゃないよ」
「分かってるさ、冗談だ」
「本当かな」
 疑わしげに見上げてくるキラに、アムロは笑みを返した。

792 名前:ある雨の日に(2/6)投稿日:2006/07/23(日) 01:05:08 ID:???
「本当だとも。悩みの元は、これだろう」
 アムロは、キラの隣に置いてあった雑誌を拾い上げる。
 若者向けの雑誌ではなかった。もちろん、漫画雑誌でもない。
 世界情勢やら地球環境を云々しているような、非常に真面目な雑誌である。
 アムロがぱらぱらとめくると、途中のあるページの端に皺が寄っていた。
 よほど熱心に読みこんだらしい。かなり、開きやすくなっている。
「世界を取り巻く情勢、か」
「この国は平和だけど」
 キラは沈んだ声で言う。
「戦争で苦しんでいる人たちが、今も世界中にたくさんいるんだ」
「ああ」
「人類は……僕たちは、どうしてこんなところまで、来てしまったんだろう」
 アムロはキラの隣に座った。
 雨が戸にはめこまれたガラスを叩く音が、静まり返った家の中に小さく響き渡る。ウッソの家庭菜園に植えてあるトマトが、降りしきる雨に葉を重く垂れさせているのが見えた。
「アムロ兄さん」
「なんだ」
 庭の方を見たまま、アムロは返す。キラはしばらく迷っていたようだが、やがて意を決したように話し出した。
「僕にも、何かできることはないのかな」
 アムロは無言で先を促した。キラは、何かに憑かれたように喋り続ける。
「僕にはフリーダムがある。きっと、平和のために何かできることがあるはずなんだ」
「つまり、ガンダムで出て行って戦闘を止めさせる、と」
「そう」
「敵味方全部撃墜してか?」
「ううん、僕は人殺しがしたいんじゃない。そうだ、MSの武装だけを破壊して、手足も切り落とすっていうのはどうかな。そうすれば、きっと戦闘は続けられなくなるし」
 アムロはため息混じりに首を振る。キラは顔を強張らせた。
「僕の腕じゃ無理だっていうの。確かに僕はNTでもないし、ドモン兄さんみたいな格闘能力もないけど、MSの扱いだったら」
「世直しのことを知らないんだな」
 唐突に、アムロは言った。

793 名前:ある雨の日に(3/6)投稿日:2006/07/23(日) 01:06:00 ID:???
「革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるから、いつも過激なことしかやらない。
 しかし革命の後では、気高い革命の心だって、官僚主義と大衆に呑み込まれていくから、
 インテリはそれを嫌って、世間からも政治からも身をひいて世捨て人になる」
 キラは数秒、アムロの言葉について考えている様子だったが、やがて言った。
「僕の言っていることが夢みたいなことだって、そう言いたいの」
「そうだな」
「そりゃ、すぐに戦争を止めさせるまではいかないかもしれないけど、
 ずっと続けていれば、その内皆諦めて」
「問題はそういうことじゃない。キラ、お前だって本当は分かっているんだろう」
 アムロが真正面から見据えると、キラは唇を噛んでうつむいた。
「武器を奪えば戦えなくなるなんてのは、あまりにも短絡的すぎる。
 戦争が起きるのには原因があるんだ。戦う者それぞれの心に、戦う理由や感情もある。
 それを理解する気もない第三者が横から割り込んで、勝手に武器を壊した上に戦争を止めろと言ったところで、誰が納得する。
 戦争が止まるどころか、新しい火種を植え付けるだけだ。エゴだよそれは」
 淡々とした口調で、アムロは言う。キラは黙って聞いていた。
 だが、こんなことは本来、キラより小さな子供だって分かることなのだ。
 キラだって、自分の言っているやり方が無茶なことぐらいは理解しているのだろう。
「それでも」
 キラはアムロに背中を向けた。
「それでも、守りたい世界があるんだ」
 小さく呟き、雨の音を背景に去っていくキラの背中が、アムロにはやけに小さく感じられた。
「守りたい世界、か」
 アムロもまた小さく呟き、雑誌の表紙をちらりと見下ろした。
 それからしばらく、止まない雨を無言で眺めていた彼に、声をかける者があった。

794 名前:ある雨の日に(4/6)投稿日:2006/07/23(日) 01:06:52 ID:???
「折角のお休みだっていうのに、アムロ兄さんも大変ですね」
 振り向くと、ロランがいた。夕飯の材料と思しき野菜や肉類が入った買い物袋を手に提げ、微笑んでこちらを見つめている。
「なんだ、帰ってたのか。雨に濡れなかったか」
「ええ、途中でグエン様とお会いしたので、乗せてもらったんです」
 親切なお方ですよね、というようなニュアンスの口調である。アムロは顔をしかめた。
「変なことされなかっただろうな」
「なんですか急に」
「何もされなかったならいいが」
 ロランはきょとんとした。アムロは内心ため息を吐く。この弟は、自分が変態からどういう目で見られているのか、いまいち気付いていない節があるのだ。
 アムロは一つ咳払いをして、話題を変えた。
「それよりも、聞いてたのか」
「ええ。すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど」
 申し訳なさそうに言ってから、ロランはちらりと階段の方に目をやる。キラの部屋は二階にあるのだ。
「世界平和を願う心が、間違っているとは思いませんけど」
「若いんだろうな。自分の理想と現実の差に苦しんで、焦って。そうやって、つい結論を急いでしまうんだ」
「それに、気が優しいですからね、キラは」
「ああ。その上、優秀だからな。世界中のあらゆる問題に責任を感じてしまったり、
 自分なら解決の手助けができるんじゃないか、するべきなんじゃないか。そう考えてしまうのも、仕方がないと言えば仕方ないことさ」
 ロランは少し心配そうな表情を浮かべた。
「大丈夫でしょうか。あまり、思いつめなければいいんですけど」
「心配ない。キラは少し急ぎすぎているが、まだ人類に絶望しちゃいないんだ。
 その内、周囲の人間と協力しながら、現実的な範囲で自分が出来ることを見出していけるようになる。
 あいつにはたくさんの友人がいるし、何よりも、家族がついているんだからな」

795 名前:ある雨の日に(5/6)投稿日:2006/07/23(日) 01:10:02 ID:???
 そのとき、不意に階上が騒がしくなって、二階から不機嫌そうな顔のシンが降りてきた。
「アムロ兄さん、キラ兄になんか言った? いつにも増して難しい顔してるんだけど」
「別に、なんでもないよ」
 慌てたように言いながら、キラも上から降りてくる。シンは半眼で、階段の下からキラを見上げた。
「どうせ、またなんかどうにもならないようなこと考えてたんだろ」
「そんなこと」
「キラ兄は真面目すぎるんだよ。ちょっと頭がいいからって、すぐ何でもかんでも自分でやろうとするしさ」
「別に僕は、そんなつもりじゃ」
「もっと単純に考えようよ、単純に。そういうわけで」
 と、シンはロランの方に向き直った。満面の笑顔で、手を突き出す。
「ロラン兄さん、メシ!」
「あのねシン」
 ロランが呆れた口調で言うと、シンは笑いながら腹に手を当てた。
「いいじゃん。腹減ったんだ。腹減ったときはメシを食う。当たり前のことでしょこれ」
「シンは単純すぎだよ。キラみたいにとは言わないけど、もうちょっと考えて」
 ロランの小言が始まると、シンはすかさずそっぽを向いて口を尖らせる。
「ケッ、どうせ俺はキラ兄みたいに頭良くありませんよ。単細胞で悪かったね」
「そうやってすぐ拗ねるんだから……今から作るから、座って待ってなよ」
「そうこなくっちゃ。ほら、キラ兄も早く座れよ」
 居間のテーブルに座ったシンが、キラを手招きする。階上から少し迷う気配が伝わってきたが、やがてキラもゆっくりと降りてきた。

796 名前:ある雨の日に(6/6)投稿日:2006/07/23(日) 01:12:31 ID:???
 その直後、家の各所から扉の開く音が一斉に響き渡り、慌しい足音がいくつも近づいてきた。
「あー、腹減った
「メシまだ、メシ」
「ちょ、シンナー臭いよコウ兄さん」
「仕方ないだろ塗装中だったんだから」
「だけどもう少しで完成なんだよね」
「キャプテン、どう思う」
「何らかのアクシデントが発生して壊れる可能性が85.679%と思われる」
「ジュドー兄さん、この間もらった回路のことなんですけど」
「ただいまー。あーあ、ビショ濡れだよ」
「今帰った。風呂は沸いているか」
「お、なんだ、今日は皆揃ってるみたいじゃないか」
「任務了解。速やかに食卓に着く」
 外に出かけていた弟たちも帰ってきて、家の中はたちまち騒がしくなる。
 その喧騒を背中に聞きながら、アムロは一人微笑んだ。
(キラ。守りたい世界があるのは、お前一人だけじゃないんだぞ)
 賑やかな笑い声の中に、キラの明るい声が混じり始めた。
 アムロは、食卓からは見えない、それでもいつでも取り出せるような場所に、キラの読んでいた雑誌をそっと置く。
 ふと外を見ると、雨はほんの少しだけ、小降りになってきたようだった。


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最終更新:2019年03月05日 14:08