976 名前:戦友ふたり(1/4)投稿日:2006/08/10(木) 23:13:47 ID:???
 その日、時刻は深夜。ロランはいつもどおり家計簿をつけながら、居間のテーブルの前に座ってアムロの帰りを待っていた。
 手を休めて時計を眺めると、時計の短針は既に十二時を回っていた。
「遅いな、兄さん」
 ロランがそう呟いたのと、玄関の方からアムロの声が聞こえてきたのとは、ほぼ同時だった。
「ただいまー」
 何やら、妙に間延びしている、浮ついた声である。いつも厳格なアムロにしては珍しいなと思いながら、ロランは玄関へ向かう。
「おかえりなさい、今日はずいぶん遅かったですね……って、ちょっと」
 玄関先でアムロを出迎えようとしたロランの笑顔は、一瞬で凍りついた。
「おお、ロラン、今帰ったぞ」
 珍しく相好を崩したアムロが、靴を脱ぎながら手を振る。
 足元がふらついていて見るからに危なっかしいが、それ以上に注目すべきは、彼がある人物に肩を貸していることだろう。
 ロランは両手を腰に当ててため息を吐いた。
「どうしてブライトさんも一緒なんですか」

 アムロの言うところによると、今日は残業はなかったらしい。
 では何故こんな時間に帰宅する羽目になったのか。答えは、飲み会をやっていたからだそうだ。
 と言っても、会社の仲間皆で居酒屋に、というような派手な宴会ではなく、ブライトと二人だけで馴染みのバーで飲んでいたとのこと。
「珍しいですね、アムロ兄さんが男の人と二人きりだなんて」
「おいおい、そりゃないぞロラン」
 居間に座り込んだアムロが、ネクタイを緩めながら苦笑する。
「それじゃまるで俺が女たらしのようじゃないか」
「事実でしょう。少しはブライトさんを見習ったらどうです」
「手厳しいな」
 赤い顔をしたアムロが、居間の隅を見やる。そこに、アムロ以上に泥酔したブライトを寝かせているのだ。
 ロランは水の入ったコップをテーブルに置きながら、ブライトを見て微笑んだ。
「ブライトさんは奥さん一筋なんでしょう」
「一応、そういうことになってはいるが」
「なんですか、歯切れの悪い」
「いや、ジュドーがブライトの不倫現場を目撃したとか騒いでいたときがあってな」
「またそんな。見間違いか、そうでなければ面白半分に言っているだけでしょう」
 後でジュドーを叱っておこうと心に決めながら、ロランはアムロの向かい側に座る。

977 名前:戦友ふたり(2/4)投稿日:2006/08/10(木) 23:15:24 ID:???
「それで、どうしてブライトさんと」
「まあ、記念日みたいなものかな」
 コップの水を一口で飲み干して、アムロは遠い目をする。
「別に、今日がブライトと会った日とか、そういう訳じゃないんだが。二人共時間が取れる日と言ったら今日ぐらいのものでな」
「お忙しいご身分ですものね、お二人とも」
「まあな。それで、二人してあれこれと昔話をしていたのさ」
「お二人なら、話すことは尽きないでしょうね」
「そりゃもちろん」
「アムロ兄さんはブライトさんに殴られたこともあるんですよね」
 昔はホワイトベース社という名前だった、今のラー・カイラム社に入社した当時、
 アムロはまだ十五歳だった。中学校を卒業してすぐの年齢である。
 彼がそんな年で働きに出なければならなかった理由は、いちいち説明するまでもあるまい。
 十五歳などまだ子供であり、なおかつブライトも当時は十九歳の若造に過ぎなかった。
 だから、二人が仕事していく上で、多少のトラブルがあったのは当然の話である。
「なんだ、そんな細かいことまで覚えてるのか」
 何かを思い出すような顔で、アムロは頬を撫でる。ロランは頷いた。
「そりゃ覚えてますよ。『会社に嫌な奴がいるんだ。親父にも殴られたことなかったのに』とか散々愚痴ってたじゃないですか」
 そのときのアムロのふて腐れた顔を思い出して、ロランは小さく笑う。アムロもまた苦笑して、照れくさげに頭を掻いた。
「子供だったんだよ、そのときは。だが、懐かしいな」
 アムロは寝ているブライトの方を見て目を細めた。
「お互い若かった。ブライトも俺もまだ社会とかそういうものにどうも馴染めなくてストレスが溜まってたんだな。
 意見がぶつかることなんかしょっちゅうだった。俺は口うるさいブライトが嫌いだったし、ブライトも俺が調子づいているのが気に入らなかったらしいしな」
「それが今ではこんなに仲良しなんですから」
「仲良し、なんて言い方は少し気色悪いな。そうだな、少しかっこつけた言い方をすれば、戦友ってところかな」
 アムロは鼻の下を掻きながら呟いた。気色悪いなどと言いつつ、顔には微笑が浮かんでいる。
「いろいろあったな。早く働きに出たおかげで、俺にも昔とは比べ物にならないぐらいたくさんの仲間が出来たが、
 今になっても変わらずに同じ会社で仕事してるのはブライトぐらいのもんだ」
「兄さんと違って、ブライトさんにはもう奥さんもお子さんもいらっしゃいますけどね」
「だからなんでお前はそういちいち」
「冗談ですよ」
 そうやってしばし笑いあった後、ロランは少し心配になって、まだ寝ているブライトの方を見やる。

978 名前:戦友ふたり(3/4)投稿日:2006/08/10(木) 23:16:28 ID:???
「大丈夫なんですかブライトさん。ずいぶん飲んでるみたいですけど」
「今日は俺より飲んでたからな」
「ストレス溜めていらっしゃるんですね」
「それは俺だって同じさ。まあ、お互いこれからも死なない程度に頑張っていこう、なんて冗談言い合いながら帰ってきた訳だが」
「本当に、身体には気をつけてくださいよ。ブライトさんにも兄さんにも、家族がいるんですからね」
「分かってるよ。さて」
 と、アムロは立ち上がった。
「どうしたんですか」
「いや、実を言うと、家で続きをやろうという計画でな」
「あのねえ」
 さっき身体に気をつけろと言った矢先にもうこれだ。
 さすがのロランも呆れたが、まあ今日ぐらいは思う存分飲ませてあげようか、と思い直す。
「何か、おつまみ作りましょうか」
「いやいいよ、そんなに気を遣ってくれなくても」
「それは僕の台詞です。たまには労わせてくださいよ」
「そうか。悪いな」
「ところでお酒の方は」
「俺の部屋に秘蔵の酒が用意してあるんだ」
「さすがに準備がいいですね」
 二人は笑いあい、そのときはまだ寝ていたブライトを残して、居間から出て行った。

 二人がそれぞれつまみと酒を持って居間に戻ってきたとき、ブライトの姿はどこにもなかった。
「おい、ブライトはどうしたんだ」
「おかしいですね、さっきまで寝てたのに」
 困惑しながら居間を見回したロランは、部屋の隅で目を留めた。
 そこには先ほどまでブライトが包まっていた毛布がきちんと畳まれていて、その上に一枚の紙切れが載っていた。
「書置きでも残して帰ったのか」
「それにしては、物音なんかしなかったんですけどねえ」
 ロランがつまみを作っていた台所は一階にある。玄関の扉を開けて帰ったのなら、音で気付くはずだ。
 不思議に思いながら紙切れを拾い上げる。そこには、簡素なメッセージが残されていた。


979 名前:戦友ふたり(4/4)投稿日:2006/08/10(木) 23:18:07 ID:???
『アムロ、世話になった。
 そろそろ行くことにする。
 弟さんたちにもよろしく言っておいてくれ。
 それじゃあ、な。 
                         ブライト・ノア

「世話になった、だなんて」
「何なんだ、急に改まって。それにしても律儀な奴だな。いちいち気にする必要もないのに」
 手持ち無沙汰に酒ビンをぷらぷらさせながら、アムロはどこかもの寂しげな表情で、ガラス戸の外を見やる。
「いっそ追いかけて無理矢理つき合わせるか」
「止めましょうよ。あんまり遅いと奥さんに心配かけると思ったんですよ、きっと」
「そうか。そうだな。仕方ない、ミライさんに免じて今日のところは勘弁しておいてやるか」
 やたらと不満げな兄に内心苦笑しながら、ロランはつまみの盛り付けられた皿をテーブルの上に置いた。
「これ、とりあえず置いておきますけど」
「ああ。お前を付き合わせる訳にもいかないからな。一人で飲むことにするよ」
「はい。あんまり飲みすぎないでくださいよ」
「分かってるさ。お休み、ロラン」
「お休みなさい、アムロ兄さん」
 自分の部屋へと行く途中、ロランはふと、居間の方を振り返った。
 何故だか分からないが、まだブライトがそこにいてアムロと一緒に酒を飲んでいるような気がしたのだ。
 しかし、当然ながら居間ではアムロが一人、テーブルの前に座っているだけだった。
 気のせいだったか、と思いながら、ロランは外に向かって小さく頭を下げる。
「お休みなさい、ブライトさん」
 そう呟いたあと、ロランは静かに階段を上っていった。

 居間ではアムロが一人、沈黙の中でグラスを傾けている。


link_anchor plugin error : 画像もしくは文字列を必ずどちらかを入力してください。このページにつけられたタグ
アムロ・レイ ブライト・ノア ロラン・セアック

+ タグ編集
  • タグ:
  • ロラン・セアック
  • ブライト・ノア
  • アムロ・レイ
最終更新:2019年03月18日 21:26