244 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 一の一投稿日:2006/12/23(土) 02:02:38 ID:???
――十二月、某所――
「どうしてあなたがそっちに!?」
「私は私が主と定めた者のために働くのみだ」
「じゃあ、僕らを裏切るっていうんですか!
カロッゾパンは、セシリーさんはどうするんです!」
「……グッドラック」
X2のバスターランチャーが火を噴いた、と見えた。
衝撃。コクピットの壁に体を激しくぶつけた。レッドランプが明滅。ゾンド・ゲーの腕が吹き飛んだと知る。
次いでもう一撃。回避行動。衝撃でコクピット天井にぶち当てられる。機体の両足が飛ばされたと知らされる。
そして自由落下。
(キンケドゥさん…!)
墜落。
その思惟の閃きを最後に、少年の意識は闇に落ちた。
245 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 一の二投稿日:2006/12/23(土) 02:04:27 ID:???
シャン、シャン、シャン…
窓の外から、鈴の音が響いてくる。
シーブックは
カロッゾパンのカウンターで、ぼんやりと窓の外を見つめていた。椅子に腰掛け、カウンターに肘を立て、生気のない目を窓の外に向けている。
もう今年も十二月。ということはパン屋にとっては一番のかきいれ時のはずだ。去年のこの時期はひっきりなしに届くケーキ予約の対応に追われていた記憶がある。
なのに、今年は一向に予約が入ってこない。
(みんな
キースの店に行っちまってるのかな)
そう思うが、すぐに打ち消す。確かに菓子パンに関してはライバル店のドンキーベーカリーに軍配が上がるが、
カロッゾパンにもそれなりの固定客がついているはずだ。それだけの品質と信用はあると、シーブックは自負している。
客もいない、店長カロッゾは日昇町パン連盟定期会議とやらに出張中、セシリーは演劇部の何がしかで留守。
アンナマリーは親が倒れたとかで実家に帰っているし、ザビーネはここ数日姿を見せない。パンの修行と言って休んでいるのだ。本来ならこの時期に休むなどご法度だが、カロッゾはパンへの姿勢を高く買う漢である。ザビーネの情熱を評価し、休みを与えていた。
店には自分一人。過労を覚悟こそすれ、こんな状況は予想外だ。パンが売れないので追加のパンを焼くこともできない(売れ残ったら無駄になる)。
暇なのだ。
シャン、シャン、シャン…
ゴォォォォ……
「ふわぁぁ…」
大欠伸。
窓の外から涼やかな鈴の音。ストーブの炎の心地よい低音。絶妙なハーモニーが眠気を誘う。
初めは何とか耐えていたが、そのうち欠伸すら出なくなる。まぶたが重くなる。
シーブックはいつの間にか、まどろみの中に落ちていき…
246 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 一の二投稿日:2006/12/23(土) 02:05:27 ID:???
――キンケドゥさん!
「トビアっ!?」
ニュータイプの能力が捉えた叫び。一気に眠気が吹き飛んだ。
慌てて携帯電話でトビアを呼び出してみる。
『電波の届かないところにいるか、電源が入っていません』
通じない。
シーブックは急いで外に飛び出した。どこからトビアが助けを求めたのかと、感覚を研ぎ澄まそうとするが上手くいかない。F91のバイオコンピューターの助けを借りていれば詳細なダウジングも可能なのだが…
「くそ、肝心なときに!」
自分の力に苛立ちを覚えるが、愚痴ったところで状況は変わらない。
とりあえず、妙なプレッシャーのある方向へと駆けていく。
ブロロロロロ……
シャン、シャン、シャン…
だが、それほどいかないうちに、プレッシャーは向こうからやってきた。
車のエンジン音が近づいてくる。悲鳴を上げているように思える。
それに被さって聞こえてくる鈴の音。本来ならクリスマスシーズンを代表する心地よい音色であるが、シーブックには世界を乱す物の怪のように感じられた。
思わず身構えるが、思い直して道路脇に退く。
いくら体を鍛えていようと、車の前に立ちふさがるような馬鹿な真似はしない。兄ドモンなら普通にやってそうだが。
247 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 一の四投稿日:2006/12/23(土) 02:08:46 ID:???
ブロロロロロ…!
シャン、シャン、シャン…!
(――来る!)
「逃げるな貴様ら! 今日という今日は生活指導でギロチンの刑だ!!」
「おいジュドー! なんでファラ先生が外回りやってんだよ!」
「俺に聞くなよビーチャ!」
「性懲りもなく貴様らは白昼堂々とサボりおって! 私をまた漂流させる気かぁ!!」
「ちょっと、追いつかれちゃうよ! 何手ぇ抜いてンのさガロード!」」
「ふざけんなよエル、さっきからフルスロットルだっての! なんでファラ先生はトナカイソリでコイツに追いついてこれるんだ!?」
「なんとぉ――っ!?」
街中を爆走する一台の改造車と一台のトナカイソリ。
前を見ていなかったのか、影の薄さに気付かなかったのか、暴走車たちはシーブックに気付かず、猛スピードで走り去っていった。
呆然と見送るシーブック。
「何やってんだ、あいつらは…」
シャン、シャン、シャン、シャン、シャン、シャン……… ボンッ
最後に爆発らしき音が聞こえたような気がしたが…気のせいだろうと思う。
トナカイソリがこっそり地面から浮いてたようにも見えたが、目の錯覚だ。そう決めた。
ファラ先生が女性サンタのコスチュームをしていたなんて、幻覚でしかない。
プレッシャーはいつの間にか消えていた。
シーブックは正気に戻ると、携帯電話でもう一度トビアを呼び出してみる。
『電波の届かな』
やはり通じない。
嫌な感じがする。シーブックは携帯電話を握り締めた。
248 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 一の五投稿日:2006/12/23(土) 02:09:50 ID:???
カロッゾパンに戻ると、セシリーが帰宅していた。
店を無人にしていたことに今更気付き、シーブックはしまったという顔をする。店に飛び込み、開口一番セシリーに謝ろうとしたが、彼女はそれを遮った。
「トビアの声、聞こえた?」
虚を突かれた思いがする。しかし考えてみれば、セシリーもニュータイプ、それも自分より物を感じる力は強い。あの声が聞こえていてもおかしくないのだ。
「ああ、聞こえたよ。電話してみたけど、通じない」
「やっぱり…」
返事は暗い。セシリーも電話してみたのだろう。
不安なのだ。それはシーブックも同じである。
トビアはあれで、弟たちと同じくらいタフだ。その彼があれほどの叫びを発する窮地とは何なのか。
「仲間に連絡してみる。キッドならトビアの足跡も掴んでいるかもしれない」
「そうね、彼なら…」
ぽつりと呟くと、セシリーは顔を上げた。二つの瞳が真っ直ぐにシーブックを射抜く。
恐ろしいほどに真面目な目線。こんなときに不謹慎だったが、シーブックは自分の心臓が高鳴るのを自覚した。やはり自分は彼女に惚れているのだな、と漠然と思う。
「ねえ、シーブック」
「な、何?」
「いつまで盗賊を続けるの?」
世界が止まったような気がした。
シーブックは、決めていたつもりだった。
法の外の世界に生きるのはリィズを救うまで、と決めていた。
だがキンケドゥとして活動し始めて、世の中の裏には表には出てこない悪があると知った。
身近な例で言えば、変態そのいちことグエン卿。彼のロラン熱の暴走を影で食い止めた回数はカウントする気にもならない。
世直しを気取る気は毛頭ない。だが、知ってしまったら見過ごせない。
これは正義感というものなのだろうか、と頭の片隅で思いながら、シーブックは口を開く。
「……リィズを救うまでは」
セシリーは少し困ったような顔をして、いつもの表情に戻った。
シーブックはちょっと苦笑いをして、キッドへのメールを送信する。
互いの真意を悟らぬまま、二人はいつもの雰囲気に戻っていった。
窓の外には雪が舞い降りていた。
初雪である。
最終更新:2019年03月22日 21:00