308 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十四の一投稿日:2006/12/23(土) 04:04:32 ID:???
『それで、どっちが美味しかったの?』
「ドゥガチ社長さ。まだまだ俺の腕じゃかなわないよ」
シーブックは笑って肩をすくめた。画面の中のベラもにこりと笑う。
ここはマザー・バンガード。戻ってきたF91を着艦させ、地球に戻る最中である。
念のためにシーブックはF91のコクピット内に残っているが、もう戦うべき敵はいない。いや、そもそも敵は宇宙には存在しなかったのだ。
「確かに力は俺の方が上だけど、ドゥガチ社長はバランスを知ってる。どうしても味の劣る素材で並以上のパンを焼くってことは、素材を理解して、美味しさを引き出すと同時に焼き加減の工夫もしなければいけない。俺は素材の優良さに乗っかってきたからね…」
『だけど、すっきりした顔してるわ』
「納得いったからかな。見事に負けたから。良いパンを食べさせてもらったって思えたし、俺も俺なりのパンを焼いたし」
『まるで試合後のガンダムファイターみたいね、そのコメント
「そ、そうかな」
思えば自分はドモンの師匠である東方不敗に世話になったことがある。無論ファイターの精神論も聞かされた。
カロッゾの朝パン主義といい、実は自分は毒されやすいのだろうか、と思う。
『結局、今回の騒動はマスコミの誤情報ってことで片付けられるのね』
「ン… 仕方ないさ。ジュピターそのものを潰すなんて大それたことは出来ないし、キンケドゥがカロッゾパンと関係ないって知らしめたんだから…」
『関係ない、ね』
ベラが、今度は含みのある笑みを浮かべる。シーブックもまた。
「ああ、そういやこれで君の家族は全員俺のこと知っちゃったんだよな」
『ナディア母さんはまだだけどね… びっくりしたわよ? ドレル兄さんにいきなりしゃべっちゃうなんて』
「ああでもしなきゃ信用されないと思って、さ…」
はにかむシーブック。
これで自分の正体を知っているのは何人になったのだろう。ドレルに教え、ドゥガチに教え…あの様子ではヒイロやプリベンターの面々も知っていると考えて間違いない。
意外に秘密でもなくなってきたな、とシーブックは苦笑する。
それでもヒイロ以外の兄弟には……特にシローには話すことは出来ないが。
『シーブック?』
「ン… なんでもないよ」
答えて、シーブックは頭の後ろで腕を組み、大きく伸びをした。
自分はまだキンケドゥを続ける。リィズを救うまでは、ずっと。だが、それが終わったら?
他のみんなはどうだろう。それぞれの目的を果たした後は、どうするのだろう。
(いつかは終わること…か。これも青春の一つの形なのか?)
以前読んだアウトロー漫画を思い出す。やけに美化されていたが、一つの集団にある仲間意識と友情はよく伝わってきた。
もっとも、今自分がやっていることは、不良どころか完全に犯罪であるのだが……


309 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十四の二投稿日:2006/12/23(土) 04:06:03 ID:???
『シーブック、通信が来てるわよ』
「どこから?」
『ご兄弟から』
「えっ!?」
と驚くのが早いか、モニターには兄弟達の顔、顔、顔。
『シーブック! 勝負するなんて言って、まさか宇宙に行ってるなんて! 一言それくらい言ってください、心配したんですよ!』
「ご、ごめん、ロラン」
『ずるいぜシーブック兄! ジュピターに行くんなら俺も誘ってくれよ!』
「ええっ!?」
『こらシン、お前じゃ穏便な勝負も流血沙汰になるだろ』
『うっ』
『お、カミーユ兄貴、大人しくなっちまって』
『しーっ、平和だからいいだろ』
『……ガロード、コウ兄さん、聞こえてるよ』
『げっ!!』
『まあまあ、落ち着けカミーユ。シーブック、話はついたのか?』
「あ、うん、アムロ兄さん。しばらくマスコミは騒ぎ立てるかもしれないけど、じきに収まるだろうし。それにジュピターのパンも、アレルギー物質除去されるって」
『それでも俺、買いたくねぇよ、シーブック兄』
「今度は大丈夫だよ、ジュドー」
『兄さん、自信満々だね。どうして?』
「そりゃあキラ、パン職人にはパン職人の誇りだけじゃない、食べる人に美味しく食べてもらいたいっていう熱意があるからね。ドゥガチ社長は、少しだけ見失ってただけなんだ」
『熱意かぁ…』
「そういうこと」
『シーブック兄さん、パンの交換できないのかな? シャクティが、買い込んだパンが全部食べられないなんてあんまりだって言ってるんだけど』
「できるんじゃないかな。それだけの量が生産できれば、だけど」
『足りない分は兄ちゃんが焼けばいいんだよ』
「お、おい、アル…お前今さらっと凄いこと言ったぞ」
『それじゃあセーラちゃんのスポンジケーキも兄ちゃんに焼いてもらえばいいのかな』
「こらシュウト! それじゃセーラちゃんのケーキじゃなくて、兄ちゃんのケーキになっちまうじゃないか!」
『あ、そっか』

ひとしきり笑う兄弟。
笑いながら、シーブックは思う。

俺は一人じゃない。
一人じゃなくてよかった。
兄弟がいてよかった。友人がいてよかった。仲間がいてよかった。
様々な個性がいて、自然に自分が受け入れられている。長所も短所もひっくるめて笑いあえる。
これは至極幸せなことなのだ、と思った。

310 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十四の三投稿日:2006/12/23(土) 04:07:05 ID:???
マザー・バンガードは地球に降りていく。
大気圏を突きぬけ、雲を突きぬけると、日昇町は白一色になっていた。

『そういえば、今日は夕方から雪だって言ってたわね』
「ああ…そうか」

硝子色の雪がちらちらと舞う。
もう夜だった。闇の中の雪を、今度こそシーブックは綺麗だと感じた。



『シーブック』
「……ん、シド爺さん。どうしたのさ?」
『でかいネタが入ったぞ。今度は本命かも知れん』
「相手は」
『…………(ぼそぼそ)』
「……そいつか…ちょうどよかった」
『珍しく剣呑な声じゃな』
「まあね」


311 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十四の四投稿日:2006/12/23(土) 04:09:19 ID:???
後日。

ジュピターは不祥事を認め、ザビーネへの冤罪も誤認として否定し、責任をとってドゥガチ社長が退陣した。
記者会見でドゥガチ社長は途中まで淡々としていたが、カメラの前で頭を下げるというときになってぶるぶると震えた。
テレビで見ていたシーブックは、礼を拒否するのかとはらはらしていたが、ドゥガチは震えながらもしっかりと礼をした。
『パン業界に頭を下げるのではない! 消費者に頭を下げるのだ!』
そんな叫びを聞いたような気がした。
後にはカリストという双子が社長職についた。
類稀なサイキック能力で経営に指示を出し、売り上げが底辺にまで落ち込んだジュピターをなんとか盛り立てているという。


アレルギー患者は徐々に回復している。有害物質の対外排出が順調で、許容量以内にまで減少できた人々は次々に退院、社会に復帰している。
皆一様に、発作を起こしていたときの記憶がないとか。それでも気がついたときに傍に愛しい人がいたのが嬉しかったようで、カミーユやシンやジュドーは幸せな思いをしたらしい。
ガロードは、カリスが気付いたときはマクダニエルでティファに会っていた。またウッソはカテジナに張り付こうとして、酒楽のお姉様方に拉致された。

カロッゾとザビーネは、正気に戻って帰ってきた。ドモンのヒートエンドが効いたのか、全く今までと変わらない。
ただ、最近ザビーネがアヒャる頻度が高くなっている気はする。
ちなみに、窃盗団が集合したとき、ザビーネは開口一番に謝罪した。特にトビアには念入りに。
「結構真っ直ぐな人だったんですね…」とは、面食らっていたトビアの言。

312 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十四の五投稿日:2006/12/23(土) 04:10:51 ID:???
キンケドゥ疑惑は、マザー・バンガード(シーブック&セシリー)とクロスボーン・ガンダム(ウモン&トビア)の同時出現により、急速に沈静化していった。
マスコミがいなくなるや、各パン屋にはミーハー根性のおばさんたちが詰め掛けてきて、去年並みとはいかずともそれなりの利益を上げている。
ただしクリスマスケーキの売り上げは乏しい。ジュピターのスポンジケーキは捨てざるをえないとしても、同時に買ったデコレーション用オプションは品質的に問題ないため、
消費者の大部分が『やはり今年は自作しよう』と考えたのだ。
カロッゾはクリスマスケーキの在庫がたまり悲しむかと思いきや、『ケーキを作ることで人の絆が深まる!』と逆に感動していた。
大打撃を受けたのはドンキーである。なんとか売ろうと、キースが街中で値下げのビラを配っていた。買い物帰りのロランも手伝っていた。

シローはずたぼろになって帰ってきた。加減を知らないキンケドゥ・ルミナスのムラマサブラスターで、陸ガン部隊を薙ぎ払われたらしい。
「世界が燃えちまうわけだぜ…」とぽつりと呟いていたのを見ると、かなりショックが大きかったようだ。
セーフティーシャッターの導入を真剣に上司に打診したが、予算の関係で実現は難しいらしい。

ヒイロはいつの間にか帰ってきていた。普段通り生活している。シーブックに対しても、変わるところは全くない。
食事中に自分の女装が電波に乗って不特定多数の人間に見られたことを指摘されても、全く涼しい顔で味噌汁を飲んでいた。
だが、ウッソが女装ヒイロの映像を確保したと知るや即データを消去したところを見ると、やはり恥ずかしかったのだろう。

313 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十四の六投稿日:2006/12/23(土) 04:18:18 ID:???
ドモンは引き続きファイト中だ。年が明けるまでは帰って来ないだろう。
途中のハプニングに対しては特に報道されていない。

デュオはミンチから回復するや、さっさと逃げ出した。
さすがに逃げ足の速さを自負しているだけあって、ハリソンを始めとする警察の人々には気付かれなかった。
最近は自爆装置の手入れを念入りにしており、ヒルデが心配しているとか。

ユウはミンチ回復にしばらくかかり、回復した後は警察やアルフやモーリンから説教を受け続けた。
リアクションが全くないので、説教する側もだんだん腹が立ってくるらしい。
結局八時間ぶっ通しで説教され、終わった後もアルフには文句を言われ続けた。
フィリップは何となくユウの行動を理解したが、もちろん弁護はしなかった。

アンナマリーはザビーネがジュピターに行ったと知るや半狂乱に陥り、指名手配となったと聞くや倒れた。
が、全てを知ると元通りになったという。
親が心配なのでもう数日様子を見てから戻ってくるらしいが、おそらく心配されているのはアンナマリーの方であろう。
恋する一途な女の凄まじさを垣間見た気がして、シーブックは震えた。

フランは未だキレたシーブックが頭から離れないようで、彼に会うたびに怯えたような目をしてくる。
いい加減に可哀想になってきたので、シーブックが「あのときはどうかしていた」とフォローを入れると、彼女は目を丸くして走り去っていった。
次に会ったときは元通りになっていた。
それもまた心配なので、「アノー家には手を出すな」と再度釘をさした。
どこまで自重してくれるかは…正直期待していない。

そして…


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最終更新:2019年03月22日 22:05