インターネット上のあちこちに点在するといわれる自宅警備島では、島内に住まう人々同士でさえも言語交流は疎ましいものとなっていた。
しかしそれでも全く言語交流がなかったわけではなかった。
時々島内の人は狂ったかのように「ドゥフフ」「ゴポォッ」「ヌゥフフ」「セヤナ」といった気色悪い感嘆詞を放っていることや「ヒナダオオイタンダアレ」など冗長な挨拶表現、
未だに判読に至っていない「シャチクォツ」「ルーピー」「ザイニチ」「ギギギ」「クンツォ」といった、わずかながらも知能があることを示すような単語で必死に目をそらしながらも会話しているのが観測された。
島内の人は目をそらさずに流暢かつ円滑に会話をすることができて、言語以外の交流もさかんな人たちを「リヤジュウ」と呼んでいた。
島外の人たちに対しては村八分の態度が大きく露出し、理由なく島外の人間が島内の領域に進入してくることを堅く拒んだ。
彼らは島外の有識者らによって「テイヘンニート」「ジタクケイビイン」「ムショクドーテイ」などと呼ばれた。
多くの人はそう呼ばれる彼らを忌み嫌っていたが、物好きなレッドネックが彼らの言語を研究し始め、彼らは確立した言語を持ち、話していることを明らかにし、
これはグールティーヴィー(guulutiivi)と名付けたのである。
驚いたことに、自宅警備島では身分制度が存在しないにもかかわらず、住民によって勝手に位置づけられた「ジョウジャク」「ジョウキョウ」という2種のカースト制度があり、これによって言語知識やなまりが分化していることが判明した。
例を挙げると、逃避行為を「ホンキダス」と呼ぶジョウキョウ派がいれば、「ラナウェイ」と呼ぶジョウジャク派がいたし、足立区を「アダチク」と呼ぶジョウキョウ派がいれば、「アシリツク」と呼ぶジョウジャク派もいた。
島外の言語学者や一般市民らからは「野蛮な田舎者の使う最強のだっさくて汚いダーティーラングエージ言語」と捉えた。
近年になって自宅警備島の移民とネイティヴの住民は増加の一途をたどり続けており、人口が増加しつつも陰険である雰囲気と交流の疎ましさは相変わらずである。この島は独立したばかりで、島外からのこの島の正式名称は「負界」と呼ばれ、島外は「充実界」と呼ばれている。
充実界もまた人口増加の一途をたどるが、ビッチハイクが原因とする風俗面による治安の悪化や、セイキマツオオツという健全児童根絶運動が始まっていて、負界での生活よりも生活を安定させることが難しくなっている。
ついには難民も発生し、負界へと難民受け入れを申請する人が急増しつつあり、10代から20代か30代から40代あるいは50代から60代または70代から80代もしくは90代から100代の年齢層に多く見られている。
guulutiiviは負界ではまだ正書法は確立していないものの、唯一の公用語であるため難民はこの言葉を覚えることに苦労する。
今では充実界と負界との距離はより離れていき、次第には充実界と負界との接触は失われていき、人類は滅亡するだろうと香山リカはチラシの裏に書いて勝手に予想している。
時系列でみる自宅警備島の言葉の変化
BC 660 「ヘンタイ」これが最初に観測された言葉である 後にレッドネックや4chへ輸出
BC 100 「オッパイ」「ウンコ」「チンコ」「マンコ」といった単語が観測され、学者間で卑語ではないのかと白熱した議論が後を立たなくなる
1970年 「ヤバ」「チョー」「ナウイ」などいったどんくさい言葉が観測される
1980年 「コウムインワロタ」「カチグミ」「キューテーシュッシン」「バブルハジメタ」といった、表の社会への興味を示す言葉が観測される
1990年 「マジデ」「キモイ」「グロイ」「ヘイセイ」「ユトリ」といった、感情的な言葉が観測され、ただでさえ知能がないのにやっと感情が芽生えたことを示す言葉が見つかり笑いの的に
2000年 「パケシ」「ブラクラ」「テレホーダイ」「ダイアルキューツ」「モエッ」「ロッリ」「ショッタ」「ペッド」「テンガ」「ケンジャ」「ヤマジュン」「ヤオイ」など、ようやく感情の次に文化が芽生えたことを示す言葉が観測され、わりと世界中から注目を集め始める
2010年 「あうあうあー」「ぱしへろんだす」「マジキチ」「メンヘラ」「シンガタウツ」「ボッチ」「モウシニタイ」といった、長らく充実界で生活した難民が移民してきてこれらの言葉を輸入し、瞬く間に負界中に広まったことにより表の世界の情勢を言葉という形で負界に影響する
2012年 「フキンシン」「ハタラキタクナイデゴザル」「マケカナトオモテル」「ネオニート」「ロイヤルニート」といった長大語が観測され、負界の語彙はこれより爆発的に増加してくる
coming soon...?
最終更新:2012年08月16日 23:27