「ただの映画には超興味ありません。この世界に低予算短時間芋俳優安設定のC級映画があるなら私のところに超来なさい、以上!」
「お前は一体何を言ってるんだ」
「憂鬱なんですよ超憂鬱」
今日も今日とて絹旗最愛と浜面仕上は場末としか言いようのない映画館に来ていた。例によって他の人気は全くない。
二人は薄汚い席の中列に並んで座っている。間にはビッグサイズのポップコーンが置かれていて好きに摘めるようになっていた。
妙にテンションが高くなっている絹旗に対して浜面は不機嫌である。恋人と部屋でいちゃついているところを呼び出されたので無理もない。
「ったく、憂鬱なのはこっちだぜ。せっかく滝壺が飯作ってくれてたのによ」
「あれ、彼女調理なんてできましたっけ。どうせ解凍食品の超盛り合わせじゃないですかね。最近のは出来がいいですし」
「お、お前男のロマンをなんだと思ってやがるんだ! 滝壺はなあ、指を絆創膏だらけにして恥ずかしそうに料理を出してくれるに決まってるだろうが!」
「さすが浜面思いこみが超キモイです」
一応前方のスクリーンでは今も映画が上映されているが、既に駄作を通り越して見るのが拷問の域に達する程のチープさ加減なので二人はもっぱら雑談に興じていた。
互い違いにカップに腕を突っ込んでポップコーンを囓る。二人で1カップなのは(主に絹旗の)カロリー調整のためだ。前日にケーキを食い過ぎたらしい。
絹旗がわざわざ浜面を呼び出して映画に繰り出したのは断じて甘い理由などではなく、ただの憂さ晴らしだった。
「それで超聞いてくださいよ浜面。絹旗さんなんですが、最近職場の雰囲気が超最悪なんです」
「職場って言うとあれか、壊滅した組織を集めて作った新チームだったか? 明らかにやばい気がしたんだが」
「流石にサボりも超限界でしたね。それで2,3仕事をこなしたんですが、流石の絹旗さんもストレス超溜まりまくりですよ」
「そりゃ殺し合った相手といきなり組めって言われても無理があるわな」
「いやそういう問題じゃなくてですね、純粋に相性が超悪いんですよ。心理測定は援交だかで超勝手に抜けるし、死角移動はあらゆる意味で超ウザいし、筋肉女は超空気読まずに仕切ろうとするし」
「なに、援交だと! あ、あのクレーン女けしからんな……どんなことやってるんだろうな」
「さすが浜面反応するところのキモさが尋常じゃないです」
少女に軽蔑しきった目で見られて浜面はゲフンゲフンと大袈裟に咳をして誤魔化した、誤魔化せたらいいな。
「つーか全然バラバラに思えるんだが、一体何を目的にした組織なんだ?」
「さあ? ホントに寄せ集めてみたって言うか、最近かなりのチームが壊滅したんで超急場凌ぎの何でも屋って感じですかね」
「あー、上のやることも結構適当だな」
「電話の向こうに『なんかさー、劣化『グループ』目指してみましたって感じだよね、あは☆』って言われましたよ超腹立ちます」
罵ってむしゃむしゃとポップコーンを頬張る絹旗。こいつはこいつで苦労してるんだろうな、と浜面は少しだけ同情した。
つまりストレス発散のために浜面を呼び出して趣味のC級映画鑑賞をしているというわけだ。それを思えば少しは許せないでもない。
おや?
「つーかお前友達いないのか?」
「何超失礼なことほざいてるんですか突然。確かに休みがちですが、学校ぐらいは通ってますよ。超名門です」
「いや、映画見るなら同い年の女と見りゃいいだろうに。何でわざわざ俺を呼び出すんだよ……はっ!? いや、俺には滝壺が」
「まずその超侮辱な想像を抹消してくださいできれば脳ごと。あっちの知り合いを呼べるわけがないでしょう。自分が特殊だってことぐらい超自覚しています」
「あー……そういやそうか。わりい」
絹旗最愛は学園都市の暗部に蠢く有象無象に属する身である。自分もまた(かつては)一員である浜面は思い至らなかったことを一瞬真剣に恥じた。一瞬だけ。
「C級映画鑑賞なんて趣味に、曲がりなりにも名門校の女子を付き合わせられるわけないじゃないですか。浜面なら超使い減りしないですし」
「俺は耐久消耗材かっ!? ああもう、一瞬だけ殊勝に思って損した!」
「浜面ごときに同情される程超落ちぶれているつもりはありません。超心外です」
映画が終わり照明が戻ったが、二人は変わらず雑談を続けた。どうせ次の映画が5分もすれば始まるし、前の映画は品評にも値しない出来だった。
「ところで浜面は今何やってるんですか? 滝壺さんにバニーを着せるとか超言ってましたが」
「そりゃお前が勝手に言ってただけだろうが。それに俺は、まだ滝壺にバニーを着せるつもりはないぜ」
「まだとか超肯定じゃないですかね。っていうか、それじゃ何時なんですか?」
「決まってる」
そこで浜面仕上はふっと笑った。大切なことを心の真ん中に据えた、男の顔だった。
「滝壺を表の世界に戻してやった時だ。その時俺は、あいつにバニーを着てもらう」
一瞬の沈黙。絹旗は、曰く言い難い奇妙な表情を見せた。
「なんですかその、超重大な決意っぽく語られた超キモイ発言は。っていうか、単に滝壺さんから超拒否されてるだけじゃ?」
「馬鹿っ! モチベーションを高めるために敢えて目標設定してるだけだ。俺と滝壺はラブラブなんだよ!」
「焦り方が超怪しいんですが。どんな調子かは超知ってますよ、同じ部屋に住んでますし」
現状、滝壺理后と絹旗最愛は同じ部屋に寝泊まりしていた。
元はと言えば滝壺が入院中、絹旗が彼女の部屋をセーフハウス代わりに使っていたのだが、滝壺が退院したあともそのまま居着いている。滝壺自身の要望だった。
絹旗は外出している時間が多いので、部屋を訪ねてくる浜面とは居合わせたりすれ違ったりと様々だ。浜面と滝壺が二人でいる時に帰ってくることもある。
「こっちが仕事で超疲れた体を引きずって帰ってきたら、部屋でギシアンやってるのって超殺意が湧きますよね」
「ちょ、おま、見てたのか!?」
「浜面。一つ忠告しておきますが、コスプレ趣味は健全とは超言いかねますよ」
「余計なお世話だよコンチクショウ!」
顔を真っ赤にして喚く浜面と、恥ずかしげもなく続ける絹旗。
浜面仕上は恋人との情事を覗かれて開き直れる程すれてはなく、逆に絹旗最愛の表情は世間話のそれと全く変わっていない。
人生経験というよりも元々の性格の差が出ているようだった。話題は猥談に転がっていく。
「でも超正直、滝壺さんはあまり気持ちよさそうに見えませんでしたけどね」
「あ、ああ。それはな……やっぱ俺って下手なのか……ってなに言わすんだよ」
「どうでしょうね。単に感度が低いだけなのかも。女の子の体は超繊細ですから」
「じゃあ前戯をもっと丁寧にやるとか?」
「滝壺さんは超病み上がりなんですから、時間掛けると先にバテませんかね。というかそもそも、そういうこと超やらせるなって感じですが」
「し、仕方ねえだろ。滝壺が可愛いんだし、こっちは男なんだからよ」
「男の性質と浜面のキモさに対して私は超区別が付きません。まあしばらく控えたらどうですかね。愛し方ってのは色々あるという説もあるそうですし」
「そうか……まあそうだよな……仕方ないよな」
断腸、といった様子で浜面が目を閉じて自分を納得させる。幼子を捨てる母親のような真剣さだった。絹旗の視線が白い。
さておき、と彼女は話題を戻した。猥談終了。
「それで浜面は結局今何してるんですか。ニートですか? 超ニートですか?」
「ちげえよ。とりあえず今は色々考えながらだな……」
「それをニートと言うんですよ。明日になったら超本気出すんですよね?」
「違うっつってんだろ! 昔の伝手辿って、色々話を集めながら、稼げる話を幾つか進めてる。先立つものは必要だしな」
「それって要するに超犯罪ですよね。アンチスキルに捕まって留置所に超ぶち込まれても引き取りませんからね」
「そんなへま、するわけないだろ?」
今まで十二回もぶち込まれたことは秘密だ。浜面も暗部の端にいる男。どうせまともなところで働けない。
そんな浜面に、ふと少女は提案をした。
「ふうん……それじゃあ浜面、こっちのチーム手伝いませんか?」
「は? 例の敗残チームのことかよ」
「はい。私の推薦ということで下部組織に超ねじ込めば楽勝ですよ。何しろ雰囲気が超最悪なんで」
「おいおい、そんなに俺のアシストが恋しいのかよ」
ふっと髪をかき上げる浜面。一方絹旗は塩気でべたついた手をウェットティッシュで拭っていた。あ、小指の爪が伸びてる。
「戯れ言はさておき。浜面って信楽焼の狸みたいで、そこにいるだけで超笑えるんですよね」
「俺のはあんなに垂れてねえっ」
「だから反応するところが超キモいです。アイテムの時も、浜面が来るまでは超ギスギスしてましたし」
「へえ、そうだったのか? そんなにチームワークは悪くなさそうに見えたけどな」
「麦野さんが超サドで、ブレンダさんを使いっ走りに。ブレンダさんは滝壺さんに陰で超八つ当たりして、私は離れたところでノータッチという状況でしたよ」
「お前ちゃっかりしてんな。つーか滝壺が一人損じゃないか、それ」
「だから滝壺さんは浜面に感謝してたんですよ。ブレンダさんが土壇場で裏切ったのも超そのせいだったのかも」
女性が集まった時の生々しさにおののく浜面。ちなみにブレンダが使いっ走りにされていたのは、彼女だけ強能力(レベル3)だったからである。合掌。
ともあれ、提案に対して浜面は考えた。
暗部組織に所属するということは、いうまでもなく命の危険に晒される。アイテムが壊滅した一連の抗争でも、彼は幾度も死にかけた。最大の危機は言うまでもなく『あれ』だが。
今の浜面には守るべき存在がいて、彼はどう足掻いてもただの無能力者(レベル0)である。自分から危険に近づくことなど断じて避けるべきだった。
しかし確かに絹旗の言う通り、表に出られない浜面が金を稼ぐならどうしても裏家業になるし、それなら危険に近づいているということは変わりない。
勿論危険の大小には差があるだろう。暗部組織に荷担した方が危険は大きいに違いない。が
「一応聞くが、その新チームにはぶち切れて襲いかかってきそうな超能力(レベル5)はいないよな?」
「超いません。何を心配してるかわかりますが」
「それなら……まあ、いいぜ。ヤバいことになったら直ぐ引っ込ませて貰うならな」
絹旗はその返答に、意外そうな顔をして目を丸くした。
「いいんですか? 自分で言っておいて超なんですが、滝壺さんのこともあるでしょう」
「滝壺のことを何とかするのにも、そういうところに近い方がいいかもしれねえだろ。それに」
絹旗最愛という飄々とした少女が、浜面仕上というろくでもない男に『助けを求めてきた』のだ。
滝壺のことに関しても、彼は絹旗に大きな借りがある。ある種の友情(戦友じみたもの)も感じている。放っておけるわけがなかった。
……とはいえ、そんなことを正面切って言えるような間柄でもない。
「それに、なんですか? 見返りに超キモい期待をしてるなら滝壺さんに超チクりますが」
「バニーも似合わないガキに用はねえっ! そうだな……あのクレーン女って華奢だけど色気があって結構」
「浜面殺す超殺す」
「何故っ!?」
有無を言わさず絹旗のアッパー一閃で浜面の体が中列から最後列まで吹き飛んだ。
学園都市は今日も平和である。
「あー、疲れたー」
「超お疲れさまです、浜面」
絹旗最愛と浜面仕上は場末としか言いようのない映画館の座席に座り込んだ。例によって他の人気は全くない。
二人は薄汚い席の中列に並んで座っている。間にはビッグサイズのポップコーンが置かれていて好きに摘めるようになっていた。
ぐったりと座席に沈み込む浜面に、けろりとした絹旗。同じ修羅場を潜ってきたにしては、性別年齢が逆転したような差である。
今日は以前に約束した通り、浜面は絹旗の仕事をアシストするために同行した。新チームの方に話は通っていたらしく、割とあっさり受け入れられた。
与えられた仕事自体は『何かしようとしている組織があるから探して潰せ』というオーソドックスなもので、チームの個々人が能力を発揮して滞りなく済んでいる。
それでどうして浜面が疲労困憊なのかと言うと、バラバラになろうとするメンツを繋ぎとめていたからだ。
「まー仕事自体は周囲でお膳立てして私が超突っ込むだけでしたけどね」
「そのお膳立てが大変だったんじゃねえか。一応、あの手塩って女がリーダーなんだから従えよ」
「いやー彼女は正直、リーダーに超向いてないですよ。あの中で大人だから立候補して、それが特に拒否されなかっただけです」
「確かに責任感の固まりって感じだったな。あいつ絶対アンチスキルだぜ、スキルアウトとしての勘が言ってる。車盗む時滅茶苦茶睨んでたしな」
「用事がすんだら戻しとけと超言われてましたよね浜面」
「黄泉川のバカと言い、なんでアンチスキルの女ってのは頭が固くて背が高くてジャージなんだ?」
「それは超偏見です。でも、他の三人が超個人主義なのに一人だけ統率主義だと痛々しいですよね。超空気読めって感じです」
浜面は手塩と名乗った女性のことを思い浮かべる。刃物のように鍛えられた体を濃紺のスポーツジャージに包んだ姿は軍人か格闘家という風情だった。
少なくともジャージの着こなしに関しては滝壺をも上回る逸材に違いない。一言一言を区切るように喋る女だった。話し方も滝壺に似ている。
「というか作戦立案も正直疑問なんですよね。私は盾なんだからもっと超突っ込むべきなのに、過小評価されてるんでしょうか」
「いや、ありゃお前のことを気に掛けてたんだろ」
「私を? 何故ですか。チームだけの繋がりですし、頑丈さなら超自信がありますよ」
「お前が確かに化け物だってことは知ってるが、ガキを突っ込ませるのに心咎める人間もいるんだよ。アンチスキルなら尚更だろ」
「あ、あーあー。そういうことですか。超謎が解けましたよ」
ぽむ、と手を合わせる12歳を見て、浜面はこの少女が今までどれだけ年齢に合わない扱いをされてきたのか考えかけて、やめた。
代わりに、ぽんぽんと絹旗の頭を優しく叩く。即座、低い弾道のストレートが浜面を4座席分横に吹っ飛ばした。
「ちょっと! 髪にポップコーンやら体液やら精液やらが超付くじゃないですか!」
「ご、ごぼっ! ちょ、ちょっと待て。最後のはついてねえ! 手ぐらい洗うわ!」
「だから否定の仕方が超キモイんです」
ハンカチと消臭スプレーで髪を掃除しだした絹旗の横に、腹を押さえながらよろよろと浜面が戻る。何故戻るのか。
しばらく二人はお互いの作業に専念した。片方は髪整える作業。もう片方は呼吸を整える作業。その間に上映されていたショートフィルムが終わる。例に洩れず駄作である。
会話を再開したのは浜面だった。空気を変えるために、最も下らない話題を選ぶ。
「そういや、あの死角移動って奴は……なんでずっと俺の後ろにいたんだ?」
「人の背後を取らないと落ち着かない習性らしいです。喋りも相まって超ウザイですよね」
「逆ゴルゴかよ。何が悲しくて男を背負って打ち合わせしなきゃいけないんだ」
「文句言わないでください。浜面が来るまでは手塩さんが背負ってたんですよ。裏拳と肘で吹っ飛ばしたことも一度や二度じゃありません」
「そこまでして背後に執着するのかよ。馬鹿なのかマゾなのかどっちなんだ」
「私の分析では前世で背後霊だったに超違いありません」
「それ前世って言うのか? つーか……まさかとは思うが、俺を呼んだ理由ってのはあいつを背負わせるだけじゃ」
「この映画基本的に駄作ですけど、端々で見られる出来の良さが更に悲惨さを煽ってますよね」
「あからさまに話題を逸らしやがった!」
二人ともずっと正面を向いたまま喋っているので、絹旗の目が泳いだことを浜面は確認できなかった。とはいえ態度で明白である。
よほどその頭をチョップしてやろうかと思ったのだが、また反撃で吹き飛ぶことは目に見えていたので我慢した。命拾いしたな、と心の中だけで捨て台詞を吐いておく。
ついでに最後の一人について話を変えた。
「そういや、あのクレーン女途中からいなくなってたんだが」
「ええ。彼女、自分の役目が終わると超帰っちゃうんですよね。チームワーク超皆無ですよ」
「まあ、お前や他の奴らみたいに直接戦う訳じゃないからな。根城を突き止めた時点でやることは終わってるし、いいんじゃねえの?」
「別に私としてもそれでいいとは思いますが。やけに心理定規の方を持ちますね。褒められたのが超嬉しかったんですか?」
浜面の起こした『奇跡』を知っていたのは(少なくとも当事者が浜面だと認識していたのは)新チームの中で心理定規だけだった。
そのせいか彼女はやけに浜面に対して好意的で、多少の因縁もある彼としてはひどく対応に戸惑った。鼻の下を伸ばしていただけともいう。
剥き出しになった華奢な肩と、幼さの残る端正な顔立ち。強調された胸は(大きさだけなら手塩の方が上だろうが)色気というものを完璧に制御し放出していた。
それらを思い出してだらしなく鼻の下を伸ばす浜面を、絹旗は携帯のカメラで動画として余すところなく撮影すると保存した。光量増幅装置付きの優れものである。
保存した動画をメールに添付し『他の女を思い出して鼻を伸ばす超浜面』と題名して滝壺理后の携帯に送る。1分ほどの間を置いて、浜面の携帯が鳴り出した(マナー違反)
『はまづら、他の女性って、誰のこと』
「うおおおおおっ! 滝壺どうしたんだいきなりっ!?」
携帯を取った浜面は電話口からの淡々とした、しかしどこか悲しげな声に、必死の弁解を余儀なくされた。それをまるで映画のように鑑賞する絹旗。次の上映まであと3分はある
「例えば、例えばだ! 滝壺、お前が和食だとしよう。御飯、味噌汁、焼き鮭、煮物、漬物と揃った日本の味だ。美味いさ、そりゃ最高だよ。けど、けどな。お前が和食だとしたら、あの女は洋食!
どっちがいいとか、そういう問題じゃないんだ。タイプが違うんだよ!」
『つまりはまづらは、私に飽きたからその女性を食べたの?』
「違う! そうじゃない、そうじゃないんだ! 俺はもちろん和食しか食べないさ。和食一筋だ! 米は日本人の魂、毎日食べたって飽きるもんか。
けど、ショーウインドウのビーフステーキを見て、唾が出ちまうことはあるかもしれない。それは体の反応であって俺の意志じゃないんだ!」
『はまづらの、意志じゃない』
「そう、そうなんだよ! 出ちまうもんは仕方ない。けど俺はそんな店には入らないし、和食しか食わない。滝壺だけで十分なんだよ、な? わかったか? わかってくれたか?」
『――――わかった』
「ああ、ありがとう。愛してるぜ、滝壺」
『私も、愛してる、はまづら』
携帯を切った浜面はやり遂げた男の顔で額の汗を拭った。キラキラと汗がスクリーンの光に反射して輝く。そんな浜面を横からジト目で非難する絹旗。
「なんとかなったか」
「いや超なってませんから。何なんですか今の言い訳、超キモいんですけど」
「うるせえな。お前こそいきなり何滝壺に送ってるんだよ! 恩を仇で返す気か!」
「べっつにー。ただ、滝壺さんの知らないところで超デレデレしてるってのは不義理じゃないんですかね。大体彼女の能力でデレデレさせられてたってことは考えないんですか?」
「うっ、そ、そりゃそうか……」
心理定規(メジャーハート)は人の心の距離を自在に調節できるテレパスである。そう考えれば、敵であるより味方である方が恐ろしい能力とも言えた。
またあの扇情的な恰好は、能力の発動を誤魔化すための一種の擬態なのかもしれなかった。実際、浜面には彼女の魅力だったのか能力の作用なのか分からない。
一気に頭を冷やして警戒心を再燃させた浜面に満足そうに頷いて、絹旗はふと気になったことを聞いてみた。最早映画など全く見ていない。
「そういえば、滝壺さんが和食で心理定規が洋食なら、私は超なんなんですか?」
「んー? そうだな。デザートじゃね? ショートケーキあたりで」
適当に答えてから、しまった!と浜面は身構えた。先程デリカシーのない例えと評されたばかりである。アッパーで最後列まで吹き飛ばされてもおかしくはない。理不尽だが。
が、攻撃は来なかった。
ガードのために身体の前で固めた腕から恐る恐る顔を出すと、絹旗は視線を逸らして斜め下を見ていた。映画の途中でなければ、頬が僅かに染まっていることにも気づけただろう。
「へえ……そうなんですか。浜面に取って私は超デザートですか。食事のついでに超軽く食べられちゃうような存在なんですね」
「いや、例え、例えだからな? あくまでただの」
しばらく気まずい沈黙が訪れる。それから逃れるための道具は都合よく、二人の前にあった。無言で映画に見入る。
超絶陳腐な駄作だった。厳粛な音楽と共にスタッフロールが流れる段になって、絹旗がポツリと呟く。
「まあ、チームには誰か貧乏くじを引く人が必要ですからね。超偶々今回は私だっただけですよ」
「そうかもな……」
浜面は、アイテムのメンバーであった金髪碧眼の少女を思い受けべた。彼女が、あんな死に方をしなければいけなかった人間だとは今でも思っていない。願わくば、絹旗があんな風にならないように。
目を閉じて、流れる厳粛な音楽に合わせて黙祷する。フレ……フレ……
「あれ? なあ絹旗。アイテムの4人目のあいつって何て名前だっけ?」
「ブレンダさんのことですか? 超薄情ですね浜面」
「あれ、最初の二文字『フレ』じゃなかったっけ? いやそうだ、間違いない」
「え、超そうでしたっけ?」
「フレ……フレ……フレンド!」
「なんか超友達っぽいですね。えーと、たしか…………スレンダーさんでしたっけ?」
「細めの方向でスタイルよさそうな名前だな」
しばらく二人で頭を捻るが、結局共に納得する答えは出なかった。あばよ、フレ……なんとか。お前は悪い奴じゃなかった。
「まあ貧乏くじを引く役目は、これからは浜面が背負ってくれそうなので超安心です。私は元々変人に振り回される立ち位置じゃありませんし」
「おま、またか、またかよ!? そういえばアイテムの時もお前は一人我関せずって顔してたな!」
「超当然です。それが私のスタイルですから」
素知らぬ顔でそっぽを向く絹旗に、浜面は自分が嵌められたことを知った。つまりそのために彼を新チームに引き込んだのだ。
怒りに震える浜面だったが物理的な攻撃は強能力(レベル4)たる彼女には完全に無意味である。せめてもの意趣返しに口撃に出た。
「そうそうさっきの例えだけどよ。お前がケーキだとしても、クリームの代わりに使われてるのはどう考えてもニトログリセリン」
「浜面超アッパー!」
≒浜面を超殺すアッパー。
浜面の体はセリフの半ばで盛大に吹き飛び、最後列を飛び越えて壁に叩きつけられた。
学園都市は今日も平和である。
「よお、待たせたな」
「人を呼び出しておいて待たせるとは超いい度胸していますね浜面の分際で」
この日、絹旗最愛と浜面仕上は場末としか言いようのない映画館で待ち合わせていた。例によって他の人気は全くない。
浜面は薄汚い席の中列に並んで座る。間にビッグサイズのポップコーンを、好きに摘まめるように置いた。
今回は、いつものように絹旗が浜面を映画に引っ張り込んだのではなく、浜面の提案で映画に来ていた。とはいえ色気のある話ではない。
正確には、相談したいことがあるという彼の申し出に、絹旗が勝手知ったる映画館を選んだのである。
「わりいわりい。出かける前に滝壺に捕まっちまってよ。誤魔化すのに時間かかっちまった」
「超反省している気分がありませんね。というか今の会話、超不倫してる間柄みたいで超キモいです」
「仕方ねえだろ、滝壺にできる類の相談事じゃねえんだからよ」
「そこで何故私なのかが超疑問なのですが、まあいいでしょう」
満更でもなさそうな顔で絹旗がポップコーンを齧る。むしゃむしゃ。
一方の浜面は表情を引き締めて深刻な顔になった。相談ごとを頭の中で纏めているのだろう。
そんな浜面の様子を見て、絹旗もやや態度を改めた。
滝壺に相談できないことと言えば、滝壺自身の体質のことか、新チームのことか、或いは彼の古巣のスキルアウトのことか。いずれにしろ少々厄介な事態かもしれない。
「滝壺のことなんだけどよ……」
「はい。なにか、体調の超問題ですか?」
「こう。最近滝壺とする時に、妙に声をあげるっていうかアクションが大きくてな」
「超ちょっと待て」
絹旗が手をかざして浜面の言葉を止めた。彼女の窒素装甲(オフェンスアーマー)なら、この状態から浜面を座席から引っこ抜いて遠投できる。
そして返答次第では座席の端までそうするつもりだった。
「それはいわゆる夜の情事とか、格闘技じゃないのに裸になってくんずほぐれずとか、超ぶっちゃけSEXですか?」
「そうだぜ?」
そうした。
何をいまさら言ってるんだ、的顔をした浜面の顔面を絹旗は空気越しにむんずと掴み、座席の端まで放り投げた。
どごんっ!と左側の方で音がしたが、絹旗は構わずスクリーンを眺める。そこそこ名作ではあるのだが、飽きるほどに見た映画だった。ふあ、と欠伸を漏らす。
クライマックスに差し掛かる辺りになって、よろよろと浜面が戻ってきた。首がおかしな方向にねじれている。
「お、お前な……いきなりしやがるんだ」
「それは超こっちのセリフです。何いたいけな少女に超猥談持ち掛けてるんですか」
「いや、いたいけっつうか物理的に痛い……OK降参だ参りました」
「大体、そんなことは浜面の超ろくでもない知り合いに相談すればいいじゃないですか。超いるんでしょう」
「ああ、いるにはいるけどな。あれはダメだ」
浜面は沈痛な表情で首を振った。既にオチを予期している絹旗は白眼で待機している。
「そんな相談してみろ。絶対仲がこじれるようなこと吹き込まれるぜ」
「超何故です」
「俺だったらそうするからだ」
「超麗しい友情を超ありがとうございます」
予定通りに絹旗の白眼ジト目が突き刺さったが、浜面はどこ吹く風だった。HAP(浜面後で殴るポイント)+1。
さておき、絹旗は思考を切り替えて考える。あまり認めたくはないことだが、この男には新チームのことで借りがある。それに一応滝壺に関わることでもある。
少し迷って、彼女は相談に乗ることにした。問題があるとするならば。
「言っておきますが、私はそういう経験が超ありませんから一般論しか述べれませんよ」
「いや助かる。ありがとよ」
深々と頭を下げる浜面を目の当たりにして、ああこいつは滝壺のことになると本当に真剣なんだと絹旗は思う。アホだけど。
(もしも私だったらどうしたでしょうね)
ふと絹旗は思い出す。少し前に新チームでの仕事で、心理定規に言われたことを。
『あら、貴方達、いつの間にか食い違っちゃってたのね。ふうん』
最初の言葉は二人に向けて。後の言葉は絹旗だけに向けて。
『10単位差か。ま、頑張りなさいな』
心理定規(メジャーハート)は他人との心の距離を読み取るテレパスである。
そこで言う食い違いとは即ち『浜面→絹旗』と『絹旗→浜面』間の心理距離に差があるということだ。そして絹旗への、面白むような哀れむような表情。
(鬱陶しい女です)
自分でもわからないあやふやなものを数字として突きつける女。絹旗が心理定規に抱いたものは、かつてのリーダーと同じ感情だった。
ともあれ、相談が始まる。
「その前に浜面。一つ超確認したいんですが、滝壺さんの体調もありますし、そういうことは控えるように超決めませんでしたっけ?」
「いや、俺も我慢してたんだけどよ。滝壺がいいって言うから……俺も溜まってたし」
「浜面ごときに超セクハラされてますよ私。滝壺さんからってのは浜面の超脳内妄想じゃないんですか?」
「バカ言え。滝壺のあの恥らった視線、軽く震えながら囁く声、耳まで赤くした顔色、俺は全て脳に焼き付けたぜ」
「感動的なキモさですよ浜面。超(スーパー)浜面3とかそんな感じで」
あの無表情淡白無気力と三拍子揃った滝壺理后が自分から性行為を誘うとはちょっと想像がつかない。だからこそ浜面も相談してきたのだが。
「それだけじゃなくてな。実際にしてる時も、こう……」
「何ですかその超キモい手の動きは」
「いや、滝壺の様子をうまく表現できるかどうか不安でな。よし」
浜面は何かを思いついたように頷いて、座席を思い切り倒して仰向けに寝転がった。足は開き気味に放り出している。
突然の奇行に絹旗はドン引きである。
「大体こんな感じだったな……よし絹旗。足の間に入れ」
「ちょっと超なにしてるんですか超何させようとしてるんですかキモい超キモいです」
「状況を再現してるんだよ。別に変なことはしないから、ほれ」
「うう、超なんでこんなことに……」
ちょっと半泣きになりながら絹旗が浜面の足の間に入る。窒素装甲パンチで吹き飛ばせばいいだけなのだが、あまりのキモさに思考停止に陥ったらしい。
体勢としては正常位。ただし男女が逆である。ちなみに浜面は大真面目な顔をしている。変態だ。
「で、前の滝壺はこんな感じだな」
浜面は両腕を体の横に揃え、顔を横に倒して眼を閉じた。どうやら滝壺の様子を再現しているようだ。絹旗は相談に乗ったことを心底後悔している。
「浜面、もう細かいことはいいませんが、腰を細かく動かしてるのは超なんなんですか」
「言うのか言わないのかどっちなんだ。いや、単に振動をだ」
「超聞きたくありません! うう……」
「だからどっちなんだよ。まあいいや。で、最近の滝壺はこんな感じだな」
言って、浜面は両手を伸ばして絹旗の首に回して引き寄せ、同時に両足で絹旗の腰を挟み込んだ。視線はばっちり合っている。
体勢としては絹旗に浜面がしがみ付いてぶら下がる格好になっている。体格差があるのでかなり余り気味だが。
「~~~~~~っ!?」
「どうだ、全然違うだろ? それに前は声もあんまり出さなかったのに、最近はあんあんとだな……絹はべふほっ!?」
轟音。
ノーモーションで男に打ち下ろしの右(チョッピングライト)がぶち込まれた。浜面の体が一瞬深く沈みこみ、座席のばねで跳ね上がる。そこに今度は左のフックが炸裂。
ひとたまりもなく、浜面の体は向かって右に吹き飛んだ。悲鳴と共に座席を飛び越え、ほぼ減速せず側壁に激突。大の字に張り付いた体は、一瞬後床に落ちた。
普通だったら死んでいてもおかしくはない。が、超能力者(レベル5)を相手に生き延びた男は頑丈にできている。
「はー―っ、はー―っ、はー―っ……」
脅威を目の前から排除した絹旗は、ふらふらと自分の席に戻った。スプレー缶を取り出して火照った頬を冷やす。背もたれに頭を預けて真っ暗な天井を見上げると、頭に上った血が降りてくるのを感じた。
思考を整理する。議題は滝壺について。
絹旗は耳年魔の類である。性交の体験はない。なので条件は推定のものになる。
しかしそれでも、話に聞く滝壺の豹変は納得しかねた。
いわゆる性交と言うものは(男は最初かららしいが)回数を重ねるごとに快感を得られるものらしい。だからこそ浜面は下手なりに悩み努力しているのだろう。
それなら単純に慣れたということだろうか。否。彼には残念な話だが、おそらく滝壺は人よりも感度が鈍い。それは図らずも現場を目撃してしまった絹旗の感想だ。
理由は度重なる体晶の使用による感覚の鈍化によるものかもしれないし、単に生まれつきの性質なのかもしれなかった。
性交時に常に受け身を貫く、いわゆるマグロ状態なのも、結局はあまり気持ち良くないからだろう。滝壺にとって性交とはサービスであり、楽しむものではないのだ。
とはいえそれは浜面を愛していないという訳ではない。むしろ逆だ。愛しているからこそ『我慢』できる。
愛しているからこそ努力し、愛しているからこそ我慢する。
(超陳腐な悲劇ですね。お互いに超愛しているからこそ傷つけあう)
それが二人の間にある唯一の空隙なのかもしれなかった。
(……)
思考を戻す。
長々と推論したが、結局妥当な結論は一つだ。
息も絶え絶えで戻ってきた浜面に絹旗は結論を話した。
「演技じゃないですかね」
「ぜえっ、ぜえっ、お前絹旗……何?」
「浜面のテクニックがいきなり超上達したとか、滝壺さんの感度がいきなり超上昇したとか、そんな可能性よりは滝壺さんの演技だと考えた方が超妥当だと思います」
「いや、まず何よりさっきの仕打ちについて弁明はないのかよ」
「超うっさいですよ浜面。いつまでもそんなことを気にしてるから浜面なんです。せっかく私が超答えてあげてるんですから大人しく浜面しとけばいいんです」
「一体俺の名前はどういう動詞かつ形容詞なんだ……で、えーと。演技だと?」
「普通に考えれば超そうじゃないですかね。心当たりはないんですか?」
「…………」
浜面が考え込む。滝壺がそんな演技をする理由を。
絹旗も考え込むが、それは浜面が考え込む理由とは違う。その場所は既に通り過ぎている。
滝壺にとって性交とはサービスである。要はそれをちょっと過剰にしただけに過ぎない。それは浜面にとっては認め難いことなのかもしれないが。
問題は何故それが今なのだということ。何か、そうしなければいけない理由でもあったのだろうか。
二人して黙りこみ、傍目には映画に集中しているように見えていた。そんな時、不意に絹旗の携帯が着信を知らせる(マナー違反です)
「もしもし」
『きぬはた』
「なんでしょう、滝壺さん。そちらからかけてくるなんて超珍しいですね」
『ごめんなさい、きぬはた。いま、何してる?』
「映画観てますよ。10分単位のショートフィルムなんですが、今日は超外れの日みたいです」
『はまづらも、一緒?』
「いえ? 何が悲しくてあんな超浜面と一緒に観なきゃいけないんですか。初見のラーメン屋で唐辛子大量に使うぐらいの超愚行ですよ」
咄嗟嘘をついたことに意味はない。体をかがめて、隣の男に内容が聞かれないようにする。
『でもはまづらは、最近きぬはたと、よく映画観てるって言ってた』
「いやー、それはあれです。世の中には一人で観るには超拷問の超C級というものがありまして。そういう時の超生贄程度には役に立ちますよ」
『でも、きぬはたは最近、はまづらと仲いい』
「超名誉棄損で訴えていいですか?」
『寝言で、はまづらの名前、何回も呼んでた』
「――――そ」
れは
「うわあ、初めて自分のこと超キモいって思っちゃいましたよ。その後、超殴るとか超殺すとか言ってませんでしたか?」
「そういえば、言っていた気がする」
言ってたのか。
その後、帰る時間と夕食について簡単な打ち合わせをした後、絹旗は携帯を切った。直後、頭を抱えてしゃがみこむ。
(超私のせいですか――――!?)
彼女の中で線が繋がってしまった。つまり『絹旗が寝言』→『滝壺が危機感』→『サービス演技』という流れだ。
滝壺と絹旗は同じ部屋で暮らしている。寝言云々も有り得るだろう。そして滝壺理后はその手の鎌をかける人間ではない。
意外だったのは、滝壺が絹旗を脅威と捉えて対抗してきたことだった。どこか捨て鉢なところがあり、その手の執着心はかなり薄いと思っていただけに。
やはりそれだけ浜面との関係が大事であり、そして不安だったのだろう。これで絹旗も第三者ではなくなってしまった。
そこまで考えたところで今度は浜面の携帯が鳴る(マナー違反です)来た!
『はまづら』
「お、おお滝壺じゃねえか。どうした」
『はまづら、いま、何してる?』
絹旗は素早く手を伸ばして浜面の携帯に手を添えた。能力を使用し、窒素の層で携帯電話に伝わる周囲の背景音楽を変調させる。同じ映画を観ているとバレないように。
何事かと見返した浜面に、絹旗は身振り手振りで誤魔化すことを要求した。貴方に届けこの思い、でなければぶっ殺す。
「あ、えーとな。昔の知り合いと久しぶりに駄弁ってたんだよ。スキルアウトの時のな」
(ふう)
『はまづら、何か私に、隠してることない?』
(超直球キター!)
安堵も束の間、ど真ん中を貫かれて傍から聞いていた絹旗が凍る。だが意外にも、この対応は浜面が危なげなくこなした。
「なんだよ、隠してることって。俺がバニー好きだとかそういうことか?」
『それは、知ってる。はまづら、私の知らないところで、危ないことしてそうで、心配』
「大丈夫だって。自分の身の程ぐらい弁えてる。変なことには顔は突っ込まねえよ」
……思えば、絹旗の新チームの手伝いをする時点で、浜面は滝壺に隠し事を抱えているのだ。嘘をつくことに対する心構えは既にしていたのだろう。
そうさせたことに絹旗は後悔していないが、後ろめたい気持ちにはならざるを得なかった。だが、同時に薄暗い何かもある。
『はまづら、何かあったら、私に言って欲しい。私は、大能力者(レベル4)だから』
「おいおい、今のお前は……」
『私の『AIMストーカー』は一度記録したAIM拡散力場の持ち主を徹底的に追い続ける。例え太陽系の外に出たって私はいつでも検索・捕捉できる』
「なんでそこで唐突流暢に能力説明!? 俺は正真正銘の無能力者(レベル0)だし、滝壺お前能力使えないだろ!」
『じゃあ、私の『AINOストーカー』は一度記録したはまづらを徹底的に』
「怖えよ!」
(滝壺さんが超壊れてますね……)
背筋に冷たいものを感じて、絹旗は映画館の中を見回した。能力を使わなくても尾行は出来る。
当然、二人の他に座席の人影はない。が、最後列の向こうにある防音扉が今小さく開いていたような……気のせいだろう。
ともあれ浜面も、滝壺もいくつか軽い約束事(できれば今日の夕食に行く等)をした後、携帯を切る。ふう、と同時に溜息が漏れた。
珍しく、本当に珍しく絹旗が殊勝な顔をして浜面に小さく頭を下げる。
「超一応ですけど浜面には謝っておきますね。色々私のせいで超面倒なことなったみたいですし」
「いきなり謝られても超キモいぞ絹旗」
下げた頭でそのままヘッドバッドをかます絹旗。胸元に頭部直撃した浜面はその場で声も出せずに悶絶した。
そんな男を見下ろして、絹旗は深くため息をつく。それは諸悪の根源である自分に対する嘆息だった。
(それにしても、超どうしてこんな浜面ごときを、私は)
寝言で呼んでしまったのか。寝ていた時の自分を殴りたい。そうでなければ、こんな馬鹿な相談の当事者になることもなかったのに。
それでもどうしてか、絹旗最愛は憂鬱ではなかった。
今日も学園都市は平和である。
「おやすみなさい、きぬはた」
「超お休みです、滝壺さん」
学園都市の第18学区にある1LDKのマンションで、二人の少女が就寝の挨拶を交わした。
部屋の主である滝壺理后はシングルのベッドに、居候の絹旗最愛は脇のソファベッドで毛布を被っている。お互いの距離は2m程。服装は滝壺が就寝用のジャージ、絹旗がストライプのパジャマだ。
本来絹旗はリビングで寝ているが、たまには一緒に寝ようということでソファベッドを部屋まで持ち込んでいた。かなりの重量だが、絹旗の能力を使えば一瞬だ。
部屋の内装は滝壺らしく殺風景なものだが、所々にぬいぐるみや化粧品の類が置いてあるのは絹旗が持ち込んだり寄贈したものである。
滝壺がリモコンで消灯すると、すぐに部屋を夜の帳が包み込んだ。学生の街である学園都市の夜は静かだ。
「…………」
「…………」
沈黙。小さく呼吸をする音だけが部屋の中を反響する。
そうして30分も過ぎた頃。
ふと、シングルベッドから囁くような声。
「きぬはた、起きてる?」
「…………超起きてますけど、なにか?」
ソファベッドから返答。もぞりと寝返りを打ったようだった。
暗闇の中。滝壺は天井を見上げて、絹旗はシングルベッドに背を向けて、途切れ途切れに話をする。
「きぬはたは、はまづらのこと、好きなの?」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
「……よく、わかりません」
「うん」
「別に、あいつが好みかって言われれば、むしろ嫌いな面の方が超多いんです。超馬鹿だし、超アホだし、超不細工だし、超スケベだし」
「うん」
「そこは超否定しないんですか」
「私も、はまづらは頭は良くないし、あまりかっこよくもないし、ちょっとHすぎると思う」
知らないところで恋人にボロカス言われる浜面。
「でも、それでもはまづらは、私にとってのヒーローだから」
「……麦野さんを倒したのは、超偶然以外の何物でもないと思いますよ。それを当然として扱うのは、浜面には超重すぎます」
「超能力者(レベル5)を倒したからじゃない。私にとって、はまづらがヒーローなのは、私が本当に困った時に、助けに来てくれるから」
「…………」
滝壺が淡々と言葉を紡ぐ。その声音に誇らしさはなく、どこか暗いものだった。絹旗は体を丸めたまま、奥歯を噛んだ。
「やっぱり超わかってないじゃないですか。浜面は無能力者(レベル0)だし、精々車泥棒が超関の山だし、そんな風に思ってたらいつか超死にますよ」
「わかってる。けど、それでも私ははまづらを信じてる」
「そういうのを超妄想だと言うんです」
「本当は、私がはまづらを守らないといけないのに。私は大能力者(レベル4)なのに」
大能力者であることなどこじつけだ。そんなことを抜きにしても、滝壺理后は浜面仕上を守りたいと心底願う。
けれどもそれは不可能だ。能力が使えず副作用に苦しむ滝壺では物理的に不可能なのだ。
故に、滝壺にできることは信じることしかない。ネガティブな信頼。あとは精々、足手纏いにならないように自分を見捨てる程度だ。
だから
「だから……私が浜面を好きになっても超許してやる、ですか?」
「もしも、きぬはたがそうなら。私は、とても悔しいけれど、とても安心できる」
「……ふっ、くくくくくく……滝壺さんも超難儀なことですね」
絹旗が毛布の中で噛み殺すように笑う。
絹旗最愛が浜面仕上を守るのならば、それは滝壺理后にとって受け入れるべきことなのだ。自分の感情よりも、ずっと。
合理的な判断ではある。そもそも人を好きになることが、合理的であればだが。
「でもそれじゃ、私が浜面のことを好きだろうってのも、滝壺さんの超願望じゃないですか」
「きぬはたは、はまづらのことが、嫌いなの?」
「嫌いじゃないです。けれど、好きかって言われると超わからないです。だって合理的な理由は超何もないのに」
「ないのに?」
「……一緒にいても超気楽なんです。誰かと一緒に何かをしたいって思えたのは超初めてなんです」
絹旗最愛は12歳にして学園都市の最暗部に生きる少女である。
その人生の前半はモルモットとしての過酷すぎる能力開発に費やされ、失敗作の烙印を押された後は裏の仕事に回された。
そのこと自体を絹旗は何一つ悲観していない。彼女は若干12歳にして、既に熟年サラリーマンのような達観を得ている。
仕事は仕事として、余暇で趣味を楽しめればそれで生きていけると割り切っているのだ。そして彼女はその趣味を、他人と関わらず一人で映画を見ることに定めた。
絹旗はその能力が示すように、自分の心を守る強固な殻を備えている。
「私は一人で生きてきたし、一人で生きていけるんです。でも、浜面と一緒に映画を見るといつもより超楽しいんです」
「うん」
「これが友情だって言うのなら、超不本意だけど納得もできるんです。恋人としては欠点多すぎですけど、友人としてなら浜面だっていいところは超あるんです」
「うん」
「でも……浜面には滝壺さんがいると思うと、そういうところを見ると、そういう相談をされると……胸が超痛むんです」
「……うん」
いつしか絹旗の語る声には嗚咽が混じっていた。その表情を滝壺が見る術はない。絹旗が泣く姿など、誰も見たことがない。
明日になれば毛布に染みこんだ涙も乾いているだろう。けれど今だけ、彼女は年相応の少女になっていた。
誰もが忘れているかもしれないが、絹旗はまだ12歳の少女なのだ。
どうしてよりにもよって浜面仕上だったのか、その理由すら少女にはわからない。
ただ、それを自覚した時は既に先約済みだった。だから痛みに耐えることしかできなくて。
「超卑怯じゃないですか。私がそこにいてもおかしくなかったのに、滝壺さんばっかり超卑怯じゃないですか」
「私も、きぬはたのことが、ずっと羨ましかった。私にきぬはたみたいな力があれば、はまづらを守れるのにって、ずっと羨んでた」
隣の芝生は青く見える。
しばらく部屋に沈黙が戻った。絹旗の嗚咽が小さくなっていき、消える。
お互い、この奇妙な現状のことを考えていた。少しでもボタンが掛け違えばこうはならなかっただろうに、どんな偶然なのだろう。
「……超冷静に考えると浜面ごときを美少女二人が取り合ってるなんて超正気の沙汰じゃないんでしょうね」
「他人から見ればそうかもしれないけど、私は後悔していないし、浜面にもさせたくない」
「その決意にだけは負けます。物理的には超完勝ですけど、精神的には超完敗です」
もぞもぞと、絹旗が体を返してベッドの方に向ける。
また、しばらく静寂。
次に沈黙を破ったのは滝壺だった。
「きぬはた、取り引きしよう」
「薄々予想は付きますがどんなですか」
「はまづらを半分あげるから、はまづらを守って」
「……あのですね、ケーキじゃないんですから超簡単に分けないでください」
「でも、そういうことだから」
「滝壺さんは超そんなのでいいんですか」
「私には選択の余地がない。私だけならはまづらのために死ねればいいけれど、それじゃはまづらは幸せになれない」
幸せ。
絹旗は、不意に出てきたその言葉に面食らった。なんだろう、それは。そんなものには一度たりとも触れたことがない。
同時、得心したこともある。幸せになるという、そんな得体の知れないものを背に付けているから、滝壺はこんなにも強いのだ。
いつか自分もそれを求める時が来るのだろうか。
あるいは、いつの間にか求めていたからこそ、あんな男のことを好きになったのだろうか。
「……わかりました。けれどもう一つ超問題があるんですが」
「なに」
「これ超私達だけの話し合いですから。当の浜面の合意が取れてません。拒否されることも超考えられますよ。というか普通そうなります」
「ああ」
絹旗の指摘を、滝壺は鼻で笑った。いや、淡々とした調子なのは終始変わらないのだが、何故だか絹旗にはそう思えた。
「そんなの、バニースーツ着て迫ればすぐ落ちるから」
「……うわあ。恋人にそんな風に超見切られていることに同情すべきなんでしょうが、浜面なら超有り得そうで困ります」
バニーか、バニーならなんでもいいのか。
「はまづらも、きぬはたのこと、女の子として意識してる。だから」
「あああ、超すみません滝壺さん。泣かないで」
「泣いていない」
「それじゃ一緒にバニーでも着ましょう。なんか我ながら超有り得ない提案ですけど」
「一緒に?」
「いや、だって流石にその……超怖いですし」
毛布を被って顔を赤らめる絹旗最愛に
見えないながら、滝壺理后はくすりと笑って頷いた。
次の日。
恋人に呼び出されて部屋を訪れた浜面仕上を待っていたのは、赤と白のバニーだった。
「ぱんぱかぱーん。超おめでとうございます。浜面は浜面の分際で世界一ラッキーな男に選ばれました。幸運残量はこれで超マイナス突破でーす」
「はまづら、これからもよろしくね」
「ぶふっ!? おおおおなんじゃこりゃー! 天国か! 俺は死んだのか!? 誰か頬をつねってくれー!」
「リクエストに答えて、浜面超ストレート!」
≒浜面超愛してるストレート
浜面仕上は鼻血の尾を引きながら盛大に宙を舞った。
学園都市は今日も平和である。
「……うう」
「どうかしたの? 窒素装甲」
仕事中。
その日絹旗の属する新チームは路肩に止めたワンボックスバンの中で待機していた。
今日の彼等に課せられた任務は保険的なもので、少し離れた建物で行われている評議員の会談でなにかあれば駆けつける、けど多分なにもないよという微妙なものだった。
なので全体的にだらけた空気が漂っている。心理定規などは真っ先に帰ろうとした程だ。
車内にいるのは浜面仕上、手塩恵未、絹旗最愛、心理定規の四人である。死角移動は現地偵察に出ている。
浜面は運転席で、ハンドルに両腕をもたれさせて通りの景色をぼんやりと眺めている。手塩は死角移動と連絡を取りながら生真面目にタイムスケジュールを確認していた。
心理定規は退屈そうに携帯を操作し、絹旗は映画のパンフレットを眺めながら時折頭を押さえている。その表情は憂鬱そうである。女性陣は三人とも後部座席にいた。
絹旗の様子に気付いた心理定規が、からかうように声を掛ける。
「頭が痛むみたいだけど、二日酔いかしら。能力の不調なら先に言って頂戴ね」
「いえ、新しく試したピルが超合わなかったみたいです」
弛緩していた車内の空気が凍り付いた。
手塩の手から携帯電話が滑り落ちて軽い音を立てる。
絹旗が車内を見回して硬直した面々を見回す。あ、と失言に気付いて手を押さえるが後の祭りである。
最も早く再起動したのは手塩だった。
「ど、どういう、ことだ、絹旗!」
ドン!と床を踏み抜きかねない勢いで手塩が振り向き、絹旗に迫る。押し殺したような冷静さなど見る影もない。信じていた教え子が万引きをした瞬間を目撃した担任教師のような顔をしていた。
「お、お前は、まだ中学生、だろう。いや、去年までは、小学生、だっただろう!」
「え、ええまあ」
「そ、そんな歳で……した、のか?」
「おおおおおおおおお落ち付け手塩!」
お前が落ち着けという勢いで浜面が運転席から身を乗り出してくる。正直キモい。
「さ、最近の中学生は進んでるって言うし、恋人がいたって別に不思議じゃないだろ? 別にいい……」
「いいわけが、あるか!」
手塩が内装を力任せに殴りつけた。強化FRPの壁にびしりとひびが入る。人間凶器だ。
浜面はその鬼気迫る雰囲気と危機感に勢いを削がれて黙り込んでしまった。へたれである。それに元々罪悪感もあった。
「日本国刑法における、性交同意年齢は、13歳以上。それ未満では、例え合意があっても、強姦とみなす」
「まあまあ落ち着いてくださいね、手塩さん。自分が嫁き遅れそうだからと言って若い子に嫉妬しなくてもね」
突然手塩の背後に現れた死角移動は、即座に鉈のような裏拳一発で床に沈んだ。
「ましてや、経口避妊薬だと。あんなものを、成長期に口にしていたら、どんな副作用があるか、わかるものか」
「そ、そりゃそうだが……」
手塩のトーンが下がる。だが込められた熱は変わらない。怒りを押し殺した口調のまま、じっと絹旗を見据える。
脇にいた浜面が胸を突かれたように呻いた。対して、見据えられている絹旗はやる気なさげな半眼だ。
「絹旗、お前がしている、というのなら。その相手を、教えてくれ」
「教えたら超どうするんですか?」
「半殺しにして、留置場に、叩き込む」
浜面が無言でのけぞった。手塩の目は本気の炎で燃えている。例え相手が評議員であろうがやる気だ。いっそ全殺しになるかも。
絹旗は小さく溜息をついて、パンフレットに視線を戻した。
「超お断りします」
「どうして、だ」
「私が勝手にやってることです。超余計なお世話です」
「絹旗。お前はまだ、子供だ。感情も、未成熟だ。一生を決める、決断をするには、早すぎる」
「超笑わせないでください。薬漬けにしてこんな仕事させておいて、今更超子供扱いですか?」
「それ、は」
「確かに私達が法律云々に拘るのもおかしな話ですよね。正直逮捕されなければそれでいいというかね」
再度死角移動が手塩の背後に現れて茶々を入れる。手塩は背筋を駆使して、死角移動の顔面に自分の後頭部を叩き込んでダウンさせた。めこし。
「それと、これとは、話が違う。仕事の責任は、私が持つ。だが、お前はまだ、自分の責任を取れる、年齢ではない」
「はん」
今度こそ絹旗は鼻で笑った。パンフレットをその場に置いて席から立ち上がる。30cm以上の身長差と二倍以上の年齢差がある手塩を、真正面から睨め上げた。
「なんだか私が超いいように騙されていると思いたいみたいですけど」
右手を掲げて握りしめる。轟、と空気中の窒素が集まり車内に風が巻き起こった。
「超逆です。この大能力者(レベル4)『窒素装甲』絹旗最愛が、浜面仕上を力で超奪い取ったんです。そこのところを勘違いしないでください」
沈黙が落ちる。
…………
………あ
ぎぎぎぎ、と首を軋ませながら(イメージ音)手塩が運転席に振り向く。ひい、と浜面が小さく悲鳴を上げた。
正に悪鬼羅刹の形相だった。めちゃくちゃ怒ってます。
「浜面、貴様、そこまで、クズだった、とは」
「待て待て待て待て待て待て落ち着け手塩!」
だからお前が落ち着け、という勢いで浜面が首を振る。構わず、手塩の鉄拳が固く握られた。宣言通り半殺しにするつもりだ。全殺しかも。
残り数秒で男は弁明を余儀なくされる。ここが命の別れ目だった。
「別に俺はロリコンってわけじゃねえんだ! そもそも俺は色気のある大人の女性が好みであって、全てバニーが、バニーが!」
「浜面超ふざけんなキーック!」
手塩より先に、座席を飛び越えてきた絹旗の蹴りが浜面の腹部に突き刺さった。胃液を吐き出しながら後方のフロントガラスに叩きつけられる浜面。
びしりとフロントガラスに真っ白なひびが入り、直後に枠から外れて彼の体ごと車外に吹き飛んだ。ゆうに5mは滞空し、地面に叩きつけられる。
「ま、待て、浜面。貴様には、叩き込むべきことが、山程ある!」
一瞬呆気にとられた手塩が車外に飛び出すと、路上を転がっていた浜面が慌てて立ち上がり逃げ出した。つくづく頑丈な男だ。
ちなみに絹旗は別に逃がそうとしたわけではなく、単にむかついたから蹴りを入れただけである。
ワンボックスバンに残されたのは絹旗と心理定規だけとなった。死角移動は例によっていつの間にか姿を消している。
「やれやれ、これじゃ超仕事になりませんね。迷惑掛けてすみません。あと、心配してくれて超どうも」
「え、ああ、うん」
絹旗がパンフレットを拾って席に戻り、ふとドレスの少女に聞いてみた。
「ところで心理定規は、何処のピル使ってますか?」
「え、ええっ!?」
それまで黙っていた心理定規が、何故か携帯電話を取り落としかねない勢いで狼狽した。不審に思った絹旗だったが、すぐに自分で納得する。
「ああ、超もしかしてゴム派ですか? 確かに成長に悪影響でそうですし」
「え、ああ、うん、まあね」
「でもあれって気持ちよさが超いまいちじゃありません? それに浜面は中出しの方が超喜ぶんですよ」
「ぶふっ、こふっ! ……そ、そうなの?」
「え、もしかしてですね。心理定規さんその能力と外見でまだ経験が」
PANPAN!
心理定規の背後に出現してなにか言おうとした死角移動は、蠅でも追い払うかのように心理定規が発砲したことによって即座に姿を消した。
はだけた太股からガンマン並の抜き打ち(しかも背後照準)を披露した心理定規は、呼吸を落ち着かせて絹旗との会話に戻る。
「まあ、そういう気遣いは男の方にさせるべきでしょ」
「超女王様っぽい意見どうも」
「それにやっぱり成長期にホルモン剤はね。せめて市販品じゃなくて、体質に合ったものを病院で処方して貰いなさいよ」
「私の年齢でピル処方してくれなんて超降りるわけありません。R指定映画見るのとは違うんですよ」
「それじゃ電話の向こうに医者でも紹介して貰いなさいな。あっちにしても今妊娠なんて困るでしょ」
「うーん、あの女に知られるのは超嫌ですが仕方ないですかね。しかも何となくですが、超逆切れしてきそうだし」
それで話は一段落した。ぼろぼろになった車内に沈黙が戻る。
しばらくして、おずおずと心理定規が尋ねる。
「ね、ねえ。本当に……してるの?」
「超してますけど? 貴女なら能力でわかるでしょう。ああ、数字は超言わないでくださいね」
「まあ、三角関係に持ち込んだのはわかってたんだけどね。ちょっとその、入るとは思わなかったから」
「流石に体格差があるんで超きっついですけどね。それでも最近はイケるようになりましたよ」
同性ならではのあっけらかんとした絹旗の返答に、心理定規は誰にも聞こえない声量でぶつぶつと呟きだした。
「……大丈夫負けてない負けてない。あんな行為は手段でしかないし、私は能力で結果だけを先取りできる。だからそんなの必要ないし負けてなんかない……」
「?」
そんな心理定規を不思議に思いながら、絹旗は手塩の落とした携帯を取って現場に連絡を入れてみる。予定通り会談は終了したようだ。
現在チームは絹旗のせいで壊乱状態である。出番がないのは僥倖だった。
一方その頃。
手塩の追跡から命からがら逃げ切った浜面は路地裏で一息ついていた。ぜえはあ、と壁に両手をついて呼吸を整えている。
不意に、背後から声。
「お疲れさまですね、浜面君」
「どおっ!? な、なんだ査楽かよ。脅かすな」
浜面と死角移動は意外と仲がいい。歳が近いのもあるが、どちらも雑魚で変態気味なシンパシーがあるからだろう。ちなみに浜面がバニーフェチで死角移動がうなじフェチである。
「少々見損ないましたね。あなたは大人の色気というものに対して飽くなき追求をしているものと思ったのですがね」
「おい査楽。さっきも言ったが、俺は元々ロリコンじゃねえぜ。ただ」
「ただ?」
「ロリバニーも悪くない……!」
「なるほどね。バニーという要素を組み込むことでロリコンでさえ許容するというわけですね。感服したね」
≒バニーならなんでもいい。
うんうんと頷いて、死角移動は自分の携帯電話を浜面に手渡した。既に通話状態となっている。
「ところで私の知人に話をしたら君に一言言いたいことがあるそうですね」
それだけ伝えて死角移動は文字通り姿を消した。訳もわからず浜面は携帯を耳に当てる。
『くたばれ幼児性愛者! 貴様にテスカポトリポカの裁きあれ!』
『僕は断じてロリコンではありませんが言わせて貰いましょう。花は触れずに愛でるもの、蕾の内に手折るとは言語道断!』
「な、なんだ?」
通話口から聞こえてきた、激高した少女の声と怒りを押し殺した青年の声に首を捻った直後。
第三学区の病院から発射された不思議な光が着弾し、浜面を周囲諸共吹き飛ばした。
その日の夜
ぼろっとした浜面とジャージ姿の滝壺、ワンピースの絹旗は三人並んで繁華街を歩いていた。たまには外食、ということで食事をした帰りだった。
浜面を二人が挟むような位置関係となっている。ふと浜面が呟いた。
「しかし俺達、他人から見たら、どう見えるんだろうな」
「超美人姉妹とその下僕ですかね」
「新婚夫婦と、その子供」
「どっちもかなり無理があるなあおい」
ばちばち、と滝壺と絹旗の間で視線の火花が散った。浜面がげんなりした顔になる。
というのも、さっきからすれ違う人間の視線がびしばし浜面に突き刺さっているのだった。
美少女二人を連れたアホなチンピラ、しかも片方が12歳では無理もない。
と、絹旗がにやりと笑って甘えるように浜面の首にぶら下がった。今日は『絹旗の日』だ。
「うおっと。いきなりぶら下がるなよな」
「えへへ」
「……」
滝壺が零度の視線で浜面を見る。周囲からの視線も急激に冷えつつあった。ロリコンだ、間違いない。
うげ、と浜面が状況を理解して顔を強張らせた。変態であることは自覚していてもレッテル貼りはごめんである。
が、その願いは直後に絹旗が木っ端微塵に打ち砕いた。耳元で囁き。
「今日は私の日ですからね。どんなプレイが超いいですか?」
「……」
「立った。はまづらが立った」
「うおおっ!」
車椅子少女風に滝壺が表現するが、もちろんそんなロマンチックなものではない。主に下半身的に。
とっさ前屈みになる浜面だったが、その拍子に更にまずいものを見つけてしまう。
「うげっ!? 手塩と黄泉川じゃねえか。あの二人知り合いだったのかよ」
「どうしたの、はまづら」
「あ、ホントに手塩さんじゃないですか。今見つかったら浜面超殺されますよ」
「誰のせいだ……! いいか、慌てず騒がず静かに速やかにこの場を離れろっ!」
一方、浜面の覗いた居酒屋の中で、手塩恵未と黄泉川愛穂と(浜面からは見えなかったが)月詠小萌は酒をかッ食らっていた。
「まったく、最近の子供は、どうなってるんだ。色気ばかり、無駄について」
「あははー、仕方ないじゃんよー! それが青春だからじゃん!」
「でも確かに、先生の教え子も最近浮ついてて大変ですよー。特に上条ちゃんなんか、いつボートに乗りそうか心配です」
「しかも、なんだ。あんな小さい子に手を出すとは。別に悔しいわけではないが、世の中、何か歪んでるぞ」
「そうじゃんそうじゃん! うちで居候してた奴も小さい子にしか興味ないじゃん! 世の中何か間違ってるじゃんよ!」
「なんかすごい僻みを感じますがー。確かに、そんな人たちがたくさんいるなんてけしからんですねー、全く」
「「お前が言うな」」
「ふえー!?」
居酒屋から離れた浜面たち三人は、相変わらず繁華街を歩いていた。既に絹旗はぶら下がるのをやめて、普通に三人並んで歩いている。
なんの捻りもなく帰る途中だったが、ふと絹旗が薬局の前で足を止めた。
「あ、そういえば滝壺さん。買ってもらったピル、超合わなかったんで補充はもういいですよ」
「そう、わかった。他の、買う?」
「いえ、伝手で医者に処方してもらおうと超思います。あ、そういうわけで浜面。しばらくは口だけになっちゃいますけど、いいですか?」
「……あのよ、絹旗」
絹旗が浜面と性行為を行う頻度は、高い。
基本的に一週間のうち、三日が『滝壺の日』で、三日が『絹旗の日』であり、日曜は『二人の日』と言う割り当てになっている。
滝壺はあまり直接的な接触をしない。『滝壺の日』も、ただ静かに一緒にいることが多かった。性交はせいぜい、一週間に一度だ。
対して『絹旗の日』では、余程疲れた日以外は性交を行っていた。大抵は絹旗から求めるパターンで、その行為は情熱的だった。
それまで浜面は、罪悪感を抱きながらずっと快楽に流されてきたのだが。
「やっぱり、そういうのは……しばらくやめないか?」
「ピルですか? まあ、確かに体には悪いかもしれませんけど」
「ゴムにする?」
「頻度的に滝壺さんはそれでもいいんでしょうが、私の場合は数が超足りるかどうか……それに浜面中出し超好きだし」
「少しは恥じらいってものを取り戻してくれ」
繁華街のど真ん中での会話である。
「いや、薬のこともあるんだが……やっぱああいうのは、もう何年か、経ってからでいいんじゃないか」
「はまづら?」
「浜面まで手塩の言うことを超真に受けるんですか。そんなに法律違反が超怖いんですか?」
「そりゃ怖えけどよ。そうじゃなくて……やっぱ、色々お前には早すぎるっていうか」
「私の処女膜超破って、あれだけ超中出しして、一体今更何言ってるんですか!」
絹旗が浜面の襟元を掴んで凄まじい力で引き寄せる。とっくに能力は発動していた。
往来で一触即発の空気で睨み合う二人を、滝壺の淡々とした声が止めた。
「はまづら、きぬはた。帰ってから話そう。みんな見てる」
「……ああ」
「……ふん」
滝壺の部屋に帰ってきた三人は、居間で改めて向かい合った。
「って、なんでバニー着てんだよ! 滝壺まで!」
「超説得用です」
「きぬはたばっかり、ずるいから」
テーブルを囲った二人は何故かバニースーツに着替えていた。絹旗が赤い生地に黒ストッキング、滝壺が白い生地に生足である。
浜面は早くも自分の理性がぐらぐら揺らぎ出すのを感じていた。バニー最高。
くそう、ここで絹旗に襲いかかったらこの先もずるずる続いちまうに決まってる。そういう策かどうすればいい。そうだ滝壺に襲いかかればいいじゃないか。愛してるぜ滝壺!
「たきつぼー!」
「きゃっ♪」
「ちょっと滝壺さん、今日は超私の日ですよっ!」
結局gdgdである。
で
「くそう、バニーだ、全てバニーのせいなんだ……」
「この期に及んでそんなこと言ってるから浜面は所詮超浜面なんです」
「大丈夫。私は、そんな押しに弱い浜面を、愛してる」
浜面が椅子に座り、滝壺はひざまずいて股間を奉仕し、絹旗は腹の上に乗って口づけを交わすという構図になった。
くちゅくちゅという水音が居間に響いている。絹旗が執拗に浜面の口の中で舌を動かす音だ。
「ぷはっ……子供だからダメって、こんな興奮しておいて説得力が超ないんですよ」
「いや、俺の問題じゃなくてよ……手塩も言ってたけど、まだ責任持てる歳じゃねえだろ?」
「何言ってるんですか。浜面が、超責任取ればいいだけの話ですよ」
「そ、そういう問題か?」
「はまづら、胸でしてあげるね」
「お、おおっ。いいな……」
「うう、超いい話の時に私にはできない技を」
滝壺が胸をはだけて一物を挟んで揉みほぐす。バニーでやると、まんまぱふぱふである。
滝壺の胸の大きさは標準よりやや大きく、何より柔らかかった。絹旗も発育は良い方だが、立派に貧乳の部類である。
鼻の下を伸ばす浜面の手をむんずと掴んで、自分の股間に持っていって弄らせる絹旗。
「それに、んっ……将来超後悔するかもしれないなんて、大人も子供も、変わりません……はあっ。そこ、いいです」
「ここか?」
「はい……うくっ。それなら、浜面が私を後悔させないように、超頑張ってくださいよ……う、あっ」
「はまづらは、甲斐性なしだから、そういう期待はしない方がいいかも、きぬはた」
「最近滝壺がやたら俺に対して辛辣なんだが、本当に俺達付き合ってるんだよな?」
「私ははまづらの、正妻だから、甘えるのはたまでいい」
確かに、絹旗は明らかにデレ期に入ったというか甘えてくるのが多いのに対して、滝壺との付き合いはあまり変わっていない。
激しく対抗するのかとも思ったが、それぞれに役割を分担して浜面に接している節があった。
「妻といえば結婚は超どうしましょう? 私もウェディングドレスは超着たいですよ」
「私とはまづらが結婚して、時期が来たら離婚して、はまづらときぬはたが結婚。最後は私に戻して欲しい」
「俺の関与していないところでなんつう家族計画! てか俺はオプションかよ」
「超幸せ、が抜けてますよ」
「幸せ家族計画」
基本的にこの手の話題で浜面の発言権は薄い。別にないがしろにされているわけではなく、単純に二対一になることが多いからだ。
それをないがしろにされているというのかもしれないが。
「ん、滝壺……そろそろ」
「わかった。出す?」
「今日は私の日ですから、最初は私に超入れてくださいよ!」
「ああ、入れるぜ絹旗」
絹旗が後ろに体をずらし、降ろす。対面座居の姿勢。切り込みの入ったバニースーツの股間部分に、浜面の怒張が突き刺さった。
ずぶ、ずぶ、と狭い秘裂を押しのけて進む浜面。大分尺を余らせて、ごつんと一番奥を突き上げた。かは、と息を漏らす少女。
ぎゅうぎゅうと締め付けてくる絹旗の胎内はとてつもなく気持ちいい。明らかに体格が違うのだ。そこで浜面はふと気付いた。
「やべっ、いつもの癖でそのまま挿れちまった」
「い、いいですよっ。今日はピル飲みましたし、生の超中出しでっ」
「いや、けど……うおっ!」
ごりごりと腰を捻らせて、絹旗は子宮口に先端を擦らせた。たまらず呻き、絹旗の腰を掴んで動き出す浜面。
「ほらっ、こんな超気持ちいいのに、今更ゴムとかつけれるんですかっ。超スケベの浜面のくせにっ」
「そ、そりゃ、気持ち、いいけどよっ」
「つまりきぬはたは、中に出させるしか能のない女?」
手持ち無沙汰になった滝壺が横から茶々を入れるが二人とも聞いていない。絹旗は浜面に全身でしがみつき、夢中で口付けを交わしている。
むっと来た滝壺は絹旗の後ろに回って衣装の内側に両手を突っ込み、両方の乳首を摘んで引っ張った。小さな乳房が餅のように伸びる。
「きぬはた、本当に小さい。将来が心配」
「やあ、いやあっ。超引っ張らないでくださいっ」
「(ぶっ)」
「あ、はまづらが鼻血を吹いた」
なにかツボに入ったらしい。レズ行為が好きだという話はなかったはずだが、バニー同士だからだろうか。
猛然と腰を動かし、少女の奥をがつんがつんと突き上げる。あっという間に絹旗はびくびくと絶頂に至った。
「あっ、あっ、イッてます、超イッてます! 超愛してます浜面っ!」
「俺も、俺も出るっ」
「な、中にっ、中に超ぶちまけてくださいっ!」
「おおおおおおおおっ……!」
一番深いところで浜面が射精を開始する。胎内に打ち付けられる熱い感覚に、絹旗はびくびくと震え、気を失った。
人形のように弛緩した絹旗を抱きしめて、浜面が余韻に浸る。
が、すぐさま滝壺の上気した顔が横から出てきて唇を奪った。
「はまづら、次は、私の番だから」
「お、おう。勿論」
「きぬはたを、あんまり責めないで。多分、不安なだけだから」
「ん……こいつが?」
「歳の差とか、はまづらからの愛情とか、そういうのが不安だから。甘えたり、深い繋がりを、求めるの」
「……それじゃ。俺がちゃんと絹旗を……その、愛してやればいい、ってことなのか」
「勿論私も、だからね、はまづら」
滝壺がバニースーツに包まれた体を押しつけてくる。控えめな彼女にしては珍しく興奮しているらしい。
避妊方法を工夫する以前に、まず回数を減らすべきだと浜面は思った。隔日でこれでは身が持たない。
けれどそれは、結局幸せな悩みなのだろう。
学園都市は今日も平和である。
最終更新:2011年04月03日 05:48