刃鳴散らす ◆5ddd1Yaifw




夕焼け空が黒に染まりかけた中、二人の男が対峙する。
一人は年老いた男。身に纏った軽装の鎧、ゴツゴツとした手、傷だらけの顔。
それらと老人が出している威圧があい重なって歴戦の猛者とたらしめている。
老人の名前はゲンジマル。エヴェンクルガ族の生ける伝説とまで言わしめられた誇り高き武士である。
身体を半身前へ出し、腰に差した刀剣の柄に手を当て居合の構えをとる。

「準備は良いか?」
「……ったりめーだ」

もう片方は少年。ブレザーを着崩し、下はスラックスというありふれた日常のどこにでもある服装だ。
それになぜか上から割烹着を羽織って変な雰囲気を醸し出している。
ゲンジマル程の鍛え抜かれた身体つきでもなく、研ぎ澄まされた闘気もない。
だが、不屈。絶対に負けてやらないという強い眼力はゲンジマルに負けずとも劣らず。
少年の名は藤巻。死んだ世界で神々との戦いを続けている者。
左足を前に踏み出し、右足を少し後ろに。右手に持った刀は正面に。

「行くぞ」

ゲンジマルは地を強く踏みしめて前へと駈け出した。そして、藤巻が気づいた時には一足一刀の間合いに在る。
そのままの勢いで抜き放ったショーテルを横薙ぎに振るう。風を切り裂いて迫る一撃を無理に刀で受けずに後方へ跳ぶことで回避する。
初撃への対応としてはまずまず。だが、及第点は与えられない。

「っらああ!!!!!」

初撃のお返しとばかりに藤巻は斜め上からの斬撃を放つがショーテルで刀を軽く弾くことで軌道をそらす。
その隙にショーテルを一閃。銀色の閃光が弧を描く。

「遅いぞ」
「ちっ……!」

藤巻は下段に下ろした刀を無理矢理に軌道を上昇させ、閃光に当てることで自分の命を刈り取る一撃をギリギリの所で乗り越える。
鈍い金属音が二人の耳に響く。金属音が響き終える時には藤巻は次の行動に移していた。
ゲンジマルの右目が眼帯で封じられていることを利用しその死角に回りこみ叩き潰すが如く刀を振り下ろす。
これぞ敵の隙を突いた必中の剣なり。

「温いぞ、フジマキ。そんな浅い策で某を打ち倒そうとは。もっと敵を見ろ」

最も、それが隙でなかったら必中でも何でもないのだが。ゲンジマルにとっては相対する敵が自分の死角から詰め寄ってくるなど知れた事。
なればこそ視界が塞がった部分を攻めてくると分かりやすい。
故に、死角からの一撃を防げるようにゲンジマルは血の滲むような修練を経た。
その結果、目で見えずとも気配のみでどうとでも対応できるようになったのだ。

(畜生……! わかってたけどバケモンだ、このジジイ!)

必中の剣をあっさりと防がれたのにも藤巻はめげずに手首を返して上に刀を走らせる。ガキンと鳴る鈍い音。
続けて刀を後ろに返しての勢いづけた突き。ヒュンと空を斬る軽い音。
やけくそに突きから横へと走らせるといった藤巻自身では意表を付いたと感じられる一撃。何かを斬る感触のない無味の音。

「受けてばかりでは戦いとは呼べんな、そろそろ反撃といこうか」

刀とショーテルが乱雑にぶつかり合う。最も、勢い良く動いているのはショーテルだけであり、刀はそれに合わせて受け止めているだけ。
いや受け止めるのが精一杯なのだ、攻勢に出る余裕がないだけだ。天翔ける剣尖の数々を受け止め、躱すのが今の藤巻にとっては精一杯だ。

(剣先だけを見るんだ! いずれ浮かぶ隙を突いて反撃すれば……!)

今は耐え忍ぶ時。その考えが甘えだと知らずに。
不意に腹部に衝撃がかかった。蹴撃が突き刺さる。その勢いのままに後ろに転がっていった。

「攻撃は剣だけではない、もっと全体を見ろ」

藤巻は腹部に走る痛みを気合で抑えながら立ち上がる。このまま蹲っていてはやられるだけだ。
攻めなければと心中で考えながら、手に持った刀を両手持ちに変えて迫り来る刃を受け止めた。
ガンガンギンギンと嫌になるくらいにぶつかる刃に「ああ、耳に響いてうるせえ」と愚痴りながらも必死に喰らいつく。

「くそっ! くそっ……!」

しかし口から出る悪態とは対照的に藤巻の刀は押されていく。
突き刺し、唐竹割りと様々な剣技でゲンジマルを打ち倒そうと躍起になるが全ては跳ね返される。
勝てない。諦めという四文字の言葉が頭をかすめる。

(ふざけんなよ、何勝手に諦めようとしてやがるんだ!)

ここで膝を屈し倒れてしまったら、それこそ本当に負け犬と成り果ててしまう。
戦う。同じ四文字だけど意味合いは真逆。
血を這いずりまわろうとも乗り越えなければ胸を張って誇れないから。

「負けたくねえっ!」

藤巻はショーテルの斬撃を後ろに大きく跳んで躱すことでゲンジマルから距離を離す。
ただ我武者羅に戦っていては体力が無駄に消費されるだけだ、ならば自分の全身全霊をかけた一撃でケリを付ける。
だが、藤巻が持ち合わせている技術は既に使い果たしている。それらを使用したとしても当然返り討ちに合うのが関の山だ。 

(あれを、やるしかねえか)

藤巻の脳裏に浮かぶのは天使との戦いでゲンジマルが解き放ったあの神速の抜刀術。
たった一度見ただけの技。それは神の業とも言える剣技。その剣技を模倣して全てを賭けようというのだ。
紛い物なれど、万が一の確率で一撃を入れられるかもしれない。
しかし、それができるのか。藤巻の拙い腕で。
ライブに負ける程度の戦いしかできないこの剣技で。

(出来る出来ないじゃねぇ……やるんだよ、必ず! それぐらい出来ねえでこっから先、生き残れるか!!!)

成功したとしても相対するゲンジマルはそれ以上の超絶技巧の剣技で打ち破ることだろう。
だが、それがどうした。何もせずにただ朽ち果てていくのを待つのは御免だ。
刃鳴散らすこの戦場で刃の輝きを失わないように。

「前へ進むためにも」

鞘に刀を戻し、見様見真似ではあるが構えを取る。
ゲンジマルも藤巻の心意気に何かを察したのか同じく鞘にショーテルを戻し抜刀の構えで防衛の意を示す。

「勝つんだ、絶対に」

トン、と地面を強く踏みしめる音が鳴った。
前へと、ゲンジマルの元へと弾丸の如き速さで駆け抜ける。
幸いのことにゲンジマルは藤巻を迎え撃つ態勢を崩さず、その場からは動いていない。
そして二人の距離が近づき、互いの鞘から剣閃が解放される。
斬光が二つ、空を凪いだ。

「某の勝ちだ」

幾多の戦いを生き抜いてきたゲンジマルに藤巻の刀が突き刺さることはなかった。
藤巻の持っていた刀は弾き飛ばされ、遥か後ろの地面に突き刺さった。
無論、それを取りに行く隙をゲンジマルが与えてくれるはずもなく。

「……俺の、負けだ」

勝者はゲンジマル。藤巻は敗北を認める他なかった。完全なる敗北。
手を抜いていたゲンジマルにすら勝てない。
頭の中でグルグルと回る強い無念と同時にどこかすっきりとした感情が藤巻にはあった。

「少しは気が晴れたか?」
「……ああ」

この剣劇の発端は藤巻から持ちかけられたものだった。
放送が終わり、幾許かの静寂の後に藤巻が突然言ったのだ。

「ジジイ……俺と戦え」

ゲンジマルは承諾。だが藤巻は無手であり相手には到底ならない。
そこで武器を余分に持つゲンジマルからは日本刀を渡された。
なぜ先ほどの戦いで使わなかったのか、と聞いたが命を殺めたこのショーテルを使うことで自分の中にある覚悟を定めると言われ藤巻はさらにゲンジマルとの差を感じてしまった。

(やっぱ遠い……ジジイの背中にはまだ追いつけねえ)

その時の藤巻はなぜだか知らないが無性に暴れたい気分だった。
その起因には放送で呼ばれた仲間達だということは自身でもわかっていた。
ガルデモのボーカルで皆の盛り上げ役だったユイが死んだ。
無駄に筋肉を見せたがる馬鹿だったがすごくいい奴な高松が死んだ。
麻雀をやったり、時には一緒に悪巧みをしたりしていた悪友であるひさ子が死んだ。
よく飯をたかられたり、たかったりの日常を共に過ごした松下が死んだ。
得意分野のパソコンを駆使して戦線をサポートしていた竹山が死んだ。
いつも自分の横で笑って仲良くやっていた大山が死んだ。
こんな屑な自分と仲良くしてくれた友達が消えていく。
手から零れ落ちていく幸せだった日常の欠片。
このやりどころのない喪失感を何かにぶつけたかった。
結果、ボロクソに負けてしまったが思考は少しクリアになった。

「気にするな。某も良い発散になった」

ゲンジマルも藤巻には当然見せないが、放送を聞いて衝撃を受けた。
孫であるサクヤの死。盟友たるディーの放送は真実だと信じている。
悲しくない、といえば当然嘘にはなるが、同時に安堵もしているのだ。
自分の手で孫を殺さずに済んだことに。とは言ってもゲンジマルには殺す覚悟はあった。
言葉通りこの戦いはゲンジマルにとって良い発散となったのだ。

「フジマキ、迷いは晴れたか」
「……全然全くこれっぽっちも解決してねえよ。だけど、迷いを抱えたままでも突き進む。もう、後悔したくねえし」
「ふむ……だがその前に一つ」
「何だよ」
「正しい抜刀術を教えてやる、あのような見様見真似な中途半場なものでは様にならん」
「けっ……勝手にしろよ」

何かを成せる力を得る、大切な日常の欠片をもう零さない、殺す覚悟は本当に自分にはあるのか。
それらの願いと迷いを抱えて藤巻は前を向く。もう、奈々子の時のような後悔だけは絶対にしないと心に刻みつけて。



【時間:1日目午後6時30分ごろ】
【場所:F-8】


藤巻
【持ち物:防弾性割烹着頭巾付き、手鏡、日本刀(銘付き)、水・食料一日分】
【状況:健康。このジジイの正体を見極めてやる+迷いを抱えたままでも突き進む覚悟】


ゲンジマル
【持ち物:ショーテル、水・食料一日分】
【状況:健康。契約を守る】

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最終更新:2011年07月13日 02:50