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なまえをよんで◆R34CFZRESM



 わたしは何もなかった。
 わたしにはお父さんもお母さんも初めからいなかった。
 わたしは虚無から生み出された人形でしかなかった。

 そう、人形だ。
 立華奏という少女の姿と記憶だけを与えられた人形。
 肉の体を持って生まれただけで、そこに『わたし』という個(魂)は存在しない人形のはずだった。

 なのに『わたし』は『立華奏の記憶』を他人の記憶としか認識していない。
 本当にわたしが彼女のコピーであるならばわたしも彼女のように振る舞うはずなのに。
 持たされた記憶と『わたし』という個我のズレ。
 ならばわたしはいったい何者なの?わからない。

 記憶の奥底にかすかに刻みこまれた言葉。
 立華奏の記憶でない『わたし』の唯一の記憶。


 「あるがままに生きよ」それはわたしを生み出した存在がわたしに向けた言葉だった。


 ひとり大海に小さなボートで投げ出されたわたし。
 ボートを陸地に繋ぐ自我という名の舫は初めから切られていた。
 大海を彷徨うわたしがすがれるものは立華奏の記憶と――彼女が生み出した分身の記憶だけだった。

 怖いから。
 わたしが何者かということを考えなくて済むから。
 それだけのために他者を襲った。
 そして最初にわたしが襲った人を助けたのは本物の立華奏だったのはなんとも皮肉めいたことだろう。
 彼女はわたしと違う。それを再認識させられて、そして音無結弦に出会った。

 彼はわたしを完全にをハーモニクスによって生み出された存在と勘違いをしていた。
 当然だろう。本物の立華奏ですらもわたしをハーモニクスの分身と認識していのだから。
 でも、それならそのほうがわたしも都合がよかった。
 ハーモニクスの分身らしく振る舞えばいい。そうしたほうが余計なことを考えなくていい。


 『わたし』は凶暴な『分身』だから。
 そういられていれば歪な形で生み出されたからっぽの人形でなくなるのだから。




 ■




 夕闇が広がる森の中で少女は木の根に腰掛けている。
 赤い瞳は何も語らずただ膝を抱えてたまま、眼前の作業を見つめていた。

「ふぅ、これでよし」
「マッチもライターも無しで火を点けるなんてすごいじゃない。こんな原始的な点け方テレビしか見たことなかったわ」
「火ぐらい点けられて当然だろう。まあ火打ち石があったほうが火は起こしやすいがな」

 ぱちぱちと音を立てて燃え広がるオレンジ色の炎が少女の顔を染める。
 これから夜にかけて森の移動は危険が伴うと判断したオボロが下手な移動を避け、完全に日が暮れる前に野営の準備をしようと提案したのだった。
 もちろん同行者である可憐も瑠璃もオボロほどのサバイバル術に長けているわけでもないので、素直にオボロに従った。

「ところで可憐、その『まっち』や『らいたあ』とやらは一体なんなんだ? 火打ち石の一種か?」
「「はぁっ?」」

 可憐と瑠璃は二人同時に素っ頓狂な声を出す。
 色々と時代錯誤な雰囲気を持つ男であったが、まさかここまで現代の常識が通用しない人間とは思いもしなかった。
 言われてみればオボロとかつての仲間らしき女もまるで時代劇の世界から抜け出してきたような古めかしい装束を纏っていたことを可憐は思い出していた。

「なんやぁオボロ、マッチもライターも知らんなんてどんだけトゥスクルとかいう国は遅れとんねん」
「なにおぅっ! おまえトゥスクルを……兄者の國をバカにする気か!」
「だって車も電車も飛行機も知らんなんてありえへんやろー」
「ぐぬぬ……」

 オボロは島――否、この世界が自分の知っている常識とあまりにかけ離れてた世界であることを薄々と理解していた。
 まず目の前の少女の着ている服がそうだ。こんな作りをした服など見たこともいたことがない。
 そして材質も正体不明である。木綿とも麻とも違った材質で作られている。
 強いて言うなら絹に近い質感を持っているが、もっとよく手触りを確認しようとしたら可憐に殴られた。

(こういうのは兄者の分野だな……俺にはさっぱりわからん)

 新しい技術の開発は義兄のハクオロの分野である。
 彼は痩せた土地だったヤマユラの里を豊かな土地と変え、さらには秘伝とされた鉄の量産をも成功させた。
 一体彼の知識はどこからを由来をしているのか、根っからの戦闘屋であるオボロには皆目理解しがたいものであった。

「そんなことはどうだっていい。もうすぐ日が落ちる。夜の森は危険だ――特にこのような状況はな」

 この状況――いつ、新たな襲撃者が現れるか。
 夜の森でお互いが鉢合わせする可能性は低いが用心に越したことはない。
 同行者がトウカやカルラなら多少の夜間の強行軍もものともしないだろうが可憐と瑠璃という非戦闘員を二人も抱えた状態では無理はできない。
 移動中に奇襲を受ければとても二人を守り切れる自信はなかった。

「だからってのんびりキャンプとは悠長なことで。男なら二人とも守ってみせると言ってみなさいよね」
「ほんまや、オボロって意外と根性無しやなあ~」
「ふん、おまえたちは夜の奇襲を知らんのだ。数百人の大部隊がたった十数人の部隊の奇襲によって壊滅した例なんてごまんとある」
「なによそれ……まるで見てきたみたいに」
「見てきたじゃない。実際に経験してるんだよ。ま、俺は夜襲をかける側だけどな」

 普段はトゥスクルにおいて歩兵部隊の指揮を執るオボロだが、本来得意とするのは少人数の遊撃隊を率いた奇襲・後方攪乱・待ち伏せ戦術による非正規戦である。
 中でも夜襲はオボロがもっとも得意とする戦術であった。

「大部隊ほど少人数による奇襲は効果的だからな。兵の練度が低い部隊はそれだけで戦闘にならんよ。そして俺はそれが一番得意な戦法だからな。だからこそ奇襲・夜襲の恐ろしさがわかる」
「ねえ……オボロってどこかの国でゲリラ部隊にでもいたの……?」
「なんだぁ? その『げりら』とやらは」
「あーもうっそんなことも知らないの!? だから、あなたのそういう戦い方のことよ!」
「ほう、おまえの國でもそういう戦い方は一般的なのか」
「まさか、私の知らないどこか遠い国の話よ」
「なに? ならばおまえの國に戦はないのか?」
「あるわけないでしょ。私が生まれるずっとずっと前――もう60年以上前にあった戦争で最後よ」

 オボロは可憐にそのことについて詳しく聞いた。
 可憐や瑠璃の國はかつて世界を二つの陣営に分けた大きな戦に参加したこと。
 そして同盟国が次々と降伏してゆく中、最後まで戦い敗北したことを。

「そうか……それは心中を察するな」
「どういうことよ」
「おまえたちは勝った國の人間から奴隷のような扱いをされているんだろう?」
「いや、全然」
「なにぃっ!? そんなことがあり得るのか? ううむ……」

 聞けば聞くほど可憐たちの世界の常識はオボロの常識の範疇を超えている。
 皇ではなく民が國を統治するなど理解すらしがたい概念である。
 考えれば考えるほど知恵熱が出そうだった。

「……この話はもうやめよう。頭が痛くなってきた」
「そやそや! ウチも可憐の言ってることが難しすぎるで!」
「あなたたち……」

 はぁっとため息を可憐は吐いた。
 少なくともこのオボロという男が日本人で、日本人からは想像もできない戦乱の地の出身であることは十分に理解できた。
 何度も見た戦闘技術、そしてそのメンタリティは日本人のそれとは到底思えなかった。
 なら――何故自分も瑠璃も日本人でない彼の言葉が理解できているのかという疑問が浮かぶが深く考えないことにした。

 可憐はふと視線に名無しの少女の姿が目に入った。
 皆の輪に入らず隅のほうでちょこんと膝を抱えて座っている銀髪の少女。
 可憐たちを襲い、オボロと戦うも彼の説得に応じ戦いを止めた彼女はあれから一言も言葉を発することもなく、無表情な赤い眼差しを可憐たちに向けているだけだった。

(もう……襲われることもない……よね? なら……)

 少し怖かったが、彼女は戦いを止めたことを信じて可憐は少女に声を掛けた。

「ちょっとあなた。いつまでもそんなとこに座ってないで……その、ちょっとは皆の輪に入りなさいよね」

 少女の瞳が僅かに揺れる。そしてややあって無言で頷くと、少女は可憐たちの間に入ってきた。




 ■




 じっと炎を見つめていたわたしは可憐に呼ばれ、みんなの輪に入った。
 揺れる焚き火は篝火のように闇を明るく照らし出し、みんなの顔をオレンジ色に染めている。
 わたしは無言で焚き火を見つめている。話したくないわけじゃない。ただ何を話せばいいかわからないだけ。
 そんな空気に痺れを切らしたオボロがわたしに話しかけてきた。

「なあ、おまえは名前を無くしたと言ったな。それは一体どういうことだ?」
「わたしの……この姿も、記憶も、名前も……借り物だから」
「借り物? それってよくわからないんだけど」
「わたしは……立華奏の姿をした人形だから――」

 わたしは彼らにわたしの出生について説明した。
 わたしがこの『ゲーム』を取り仕切っている翼の男によって創造されたこと。
 そして立華奏の姿と記憶を持たされただけで、数時間前にこの世界に産み落とされた存在であることを。

 みんなの反応は半信半疑だった。でも、わたしの出生について否定する材料が無い以上それを認めることしかできないといった感じだった。

「にわかには信じられないけど、信じるしかないわね……」
「だが、これだけは言える。確かにおまえは名前を無くした存在だ。おまえを立華奏と呼ぶのは相応しくないだろう」

 オボロの言っていることがよくわからなかった。
 小首をかしげるわたしにオボロはさらに語りかけた。

「おまえは、自分のことを奏と認識していないのだろう? そんなおまえを立華奏と呼ぶのはおまえを否定するのと同じだ」
「よく……わからない」
「つまりだ。おまえはおまえ自身であって、他の誰でもない唯一無二の存在として自分を認識してるんだろう? なら、おまえは人形でも空っぽでもないさ」
「???」
「さしずめ。我思う、ゆえに我ありかしら?」
「なんだそれは? 知ってるか瑠璃」
「ウチもそんなん知らんで」
「……デカルトの言葉よ。本当の意味は微妙に違うみたいだけど、というか瑠璃、学校の授業で習うでしょうがっ」

 やっぱりよくわからない。でも不思議と悪い気はしなかった。

「でもさすがにいつまでも名無しの権兵衛はかわいそうやで?」
「そうだな……いずれおまえに相応しい名前が必要だな」

 名前――わたしをわたしたらしめ、他と区別するためのただの記号。
 だけど、そんな記号もわたしが一つの個であることを証明するために必要な物だった。

「あーそれならウチがとびっきり良い名前を考えたでっ」
「なんかすごく嫌な予感しかないんだけど」
「どんな名前だ?」
「トンヌラ!」
「却下」
「じゃあ、まゆしぃや!」
「却下」
「速攻で却下せんといてや! ウチ一生懸命考えたんやで!」
「俺も良い名前だと思うんだが……」
「全っ然可愛くないわよっ。もっと女の子らしい名前を考えるの!」

 みんなわいわいとわたしの新しい名前を考えてくれている。
 こんなわたしのために何かしてくれることが嬉しかった。



『さて、定刻となった。これから、この放送までに命を落とした者達を告げる』



 ふいに夕闇の彼方から聞こえる男の声。それはわたしをこの世界に産み落とした神の声だった。
 淡々と、一切感情の色を見せない声色で名前を次々と読み上げてゆく。
 そして――折原明乃とユズハという名前を読み上げられた瞬間、可憐とオボロの表情が一変した。

「う、そ……でしょ?」

 可憐はへたり込むように地面に崩れ落ちる。
 そしてオボロはというと――

「ユズハ……? そんな……うそだ……ユズハが……ユズハが……死んだ――?」

 うわごとのようにユズハと言う名を呟いたオボロは地面に拳を打ち付け――

「うぉぉぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁッ!! ユズハぁぁぁぁあぁぁああァァァァーーーーッ!!!」

 あらん限りの声を上げてオボロは叫び続けていた。

「ちょ! オボロっ少し落ち着きっ!」
「ユズハがっ! ユズハが死んだんだぞ! これが……これが落ち着いていられるかぁぁぁァ!!!」

 慟哭の叫びをあげてひたすら拳を地面に打ち付けているオボロ。
 その拳は皮が裂け、赤い血が滴り落ちていた。

「もうやめてや! 血が……血が出とんやで!」
「それがどうした……! ユズハが……ユズハが受けた痛みに比べればこんな傷など……! うおおおおお!」

 あまりの取り乱し様に瑠璃も可憐もどうしたらいいか困惑していた。
 わたしは無表情でオボロを見つめている。
 わたしは無意識にハンドソニックを展開するとオボロの首筋に光りの刃を突きつけた。
 突然のわたしの行動に驚愕する瑠璃と可憐。オボロは無言でわたしを見つめていた。

「教えて……さっきあなたはわたしになんて言ったの?」
「…………」
「『おまえを救ってみせるっ!』なんて大層な口を聞いて、自分はそんな様でいいの?」
「お前に……お前に俺の……ユズハを失った俺の気持ちが解るものか……!」
「ええ、わからないわ。でもあなたもわたしの持つ喪失なんてお構いなしに踏み込んだ。お互い様」
「ぐっ……うおおおぁっ!」
「!?」

 オボロは一瞬の隙をついてわたしを弾くと刀を抜いた。

「ちょっと二人とも! もう止めて!」
「ユズハは……ユズハは俺の全てだったんだ。俺の人生全てだったんだ! それを否定するなぁぁぁぁ!」
「……ばかみたい」

 オボロは完全に逆上してしまっている。
 あれだけわたしに偉そうなこと言って酷い姿だ。
 心がないはずのわたしでも、今のオボロは醜い姿だと理解できた。

 オボロは斬りかかる。
 わたしは難なくそれをかわす。
 我を忘れた太刀筋にガードスキルやディレイを使うまでもない。


 ――空虚な心の刃で、俺の意志を籠めた刃で勝てると思うなっ!


 彼はわたしにそう言った。
 でも今の彼の刃はそんな空虚な心の刃以下。

 交錯する刃、煌めく剣閃。
 オボロの刀が弾き飛ばされ地面に突き刺ささった。
 勝負はあまりにもあっけなかった。

「あなたがわたしに向けた言葉は、たった一人大切な人を喪っただけで消えてしまうほど軽い言葉だったの?」
「そ、れは――」

 がっくりと膝をついて項垂れるオボロ。
 きっとユズハという人は彼にとってかけがえのない人だったのだろう。
 だからこそ、ここまで感情を爆発させられたのだ。
 わたしにはとてもできないことだった。
 そして彼がそこまで想いを寄せることができたユズハという――きっと女性が少し羨ましかった。




 ■




「すまん……俺はどうかしていた」

 少し時間が経って、頭が冷えたオボロはそう口にした。

「もう……気にしてない。それより可憐は……?」
「……大丈夫よ。まだ引きずるかもしれないけど、目の前でみっともない姿晒した男見てたら冷静になれたわ」
「ほんまオボロかっこ悪かったで……」
「うぐ……」

 オボロは言葉に詰まっていた。彼自身もさっきの取り乱し方は相当恥ずかしかったのだろう。
 哀しみと恥ずかしさを押し殺して彼は言った。

「俺は護るべき人がいるかぎりこの力を振るい続けよう……きっとユズハもそれを望んでいる。後悔しないよう俺は俺の信じる道を貫く」
「そう、それはよかったわ」

 名無しの少女は表情を変えること無く言った。

「ねえ、私……あなたの名前を考えたわ」
「わたしの、名前?」
「そう、あなたのオリジナルに負けないほど素敵な名前」

 燃える炎に照らされた可憐は微笑んで彼女の新たな名を口にした。

「篝――」
「か、がり――?」
「そう、篝火の篝。そこの炎のように闇夜を明るく照らす光となってほしい。私たちを護る輝きに」
「みん、なを……護る?」
「そして私たちのように闇夜に惑い怯える人を導く篝火に――」
「……そんな大げさなものになれないかもしれない。きっと名前負けする」
「いいのよ、名前なんて多少大げさなほうがいいの。それに……名前負けしないように頑張ればいいじゃない?」
「うん……わたしは、あなたを護る」
「ちょっと違うわ。私とあなたは友達よ?」

 そう言って可憐は少女に手を差し出した。

「とも……だち……」
「ええ、これからもよろしくね、篝」
「ありがとう……可憐」

 篝と呼ばれた少女は可憐の手を握り返す。
 彼女はもうからっぽの人形ではなかった。
 名無しの少女でもなくなった。


 名前という祝福を受け取った少女は小さな一歩を踏み出す。
 ここから始まるのは篝と名付けられた少女の新たな生きる道だった。




【時間:1日目午後6時45分ごろ】
【場所: F-5】


 篝
 【持ち物:なし】
 【状況:右肩に銃創(治療済み)】

 オボロ
 【持ち物:打刀、水・食料一日分】
 【状況:肉体的疲労(中)】


 姫百合瑠璃
 【持ち物:クロスボウ,水・食料一日分】
 【状況:健康】

 綾之部可憐
 【持ち物:水・食料一日分】
 【状況:健康】

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最終更新:2011年07月22日 18:16