概要:ゲームで友人と遊んだ際、友人に手加減されていることを知って激怒。
何故か自分を武将に例えてご高説(笑)を披露。
↓以下本文
例えばさ、俺が初めてやるゲームを一生懸命覚えたとしよう
ある程度覚えて友人を対戦相手としてやる
俺は友人が本気でやっているのかと思って一生懸命本気だしてやったんだよ
でもね、その後友人が「あれ本気だしてよかったのかなー」って言っててさ・・・・でも俺なんだかそれ聞いたらひどく傷つくんだ。手加減してるなら途中からでもいいから言ってよ、そしたら「本気だしていいよ」って言うのに
黙ってるなんてひどいと思う
こちとら頑張って操作覚えたのに友人は気遣い的に手加減したのは分かるんだがああいうのは俺にとっては余計な気遣いだと思う。
だってそうじゃん?例えば歴史の人物で武将同志が戦うとして、片方が手加減でやって片方が真剣にやってるのに手加減してた相手が負けて本気出してる自分が「手加減などして私が喜ぶと思うか?!」的な事を言うだろうね。例えが変なのは気になさんでくれww
そう、手加減っていうのは優しさだと思うかもしれないが時には相手にとって心に傷ができるのだと思うもの
人が真面目にやってるのに手加減なんてするなんて全く持って面白くもなんともない
そういうの、良くないと思う
これ見てる人はいきなり本気でやられたら怒るだろとか言う事をいうだろうね
でも別に俺は怒らないよ?さすがに操作方法教えてくれないでいきなりやってこられたら怒る
だけど教えたうえでやるのならば相手も本気だしてくれないと困るんだよ
なぜかと言うとですね、そこでなぜ負けたかとかはっきり分かる時が見つけられるからなのですよええ
手加減して勝とうが悪いとこ見つからないじゃん
カードゲームだってそう、相手が手加減してわざと負ける。
しかし自分は余裕で圧勝・・・・相手が手加減してわざと負けたこと明かすと自分はつまんないと感じるでしょ?それと同じなんですよ原理が
分かるかな俺の言っていること、つまり原理的にはそういうことなんですね
結構前の記事の発言。
相手の気遣いは、ほぼ常識であるにも関わらず怒る。 さらに武将に例える(笑)
しかも、武将に例えているのは百歩譲ってかまわないが状況が全く違うため例えれてない。
そもそもな話武将に例えるが難しい話である。
彼が事前に手加減なしでいいよといっておけば防げていたのに、言わないのはただの甘え
つまり彼はド低脳
最終更新:2013年09月01日 08:47