ハルヒと親父 @ wiki
保健室へ行こう5
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haruhioyaji
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保健室へ行こう4から
「あの人、三年でしょ? どうして白衣なんか着てるの?」
「知らないの? 保健室の先生のコレよ、コレ」
「えっ! あの、ぼーとした?」
「そう。しばらくずっと保健室登校してたらしいわよ。中で何やってたか、知らないけど」
「で、『彼氏』の仕事着を、これ見よがしに着てるんだ? すごーい」
階段の上から振ってくる声。さっきすれ違った一年生らしい。聞こえてないと思ってるのね。
めんどうくさいし、いつもなら放っておくところだけど、今日のあたしは機嫌が悪い。寝坊したせいで、朝の分のキス、してないしね。
立ち止まって、お腹に力を入れて声を出す。階段にちょうど反響するくらいの大きさで。
「な・ん・か・用?」
凍り付く3人組の表情が、見なくてもわかる。
数秒遅れて返ってくる声。
「「「い、いえ、あの、すみません、失礼します!!」」」
ばたばたと廊下を駆けて、どこかへか散っていく。
「……ったく、言いたいことがあるなら直接来なさい。ま、黙って聞いてやる気もないけど」
「知らないの? 保健室の先生のコレよ、コレ」
「えっ! あの、ぼーとした?」
「そう。しばらくずっと保健室登校してたらしいわよ。中で何やってたか、知らないけど」
「で、『彼氏』の仕事着を、これ見よがしに着てるんだ? すごーい」
階段の上から振ってくる声。さっきすれ違った一年生らしい。聞こえてないと思ってるのね。
めんどうくさいし、いつもなら放っておくところだけど、今日のあたしは機嫌が悪い。寝坊したせいで、朝の分のキス、してないしね。
立ち止まって、お腹に力を入れて声を出す。階段にちょうど反響するくらいの大きさで。
「な・ん・か・用?」
凍り付く3人組の表情が、見なくてもわかる。
数秒遅れて返ってくる声。
「「「い、いえ、あの、すみません、失礼します!!」」」
ばたばたと廊下を駆けて、どこかへか散っていく。
「……ったく、言いたいことがあるなら直接来なさい。ま、黙って聞いてやる気もないけど」
「こんな時に限って、保健室は無人。……どこ行ってんのよ、あのバカ。職務怠慢よ。……心をすりむいた女生徒が、こうやって来てるっていうのに……」
後ろ手に保健室のドアを閉じた。
「『彼氏』、『仕事着』、ねえ」
ここはあいつにとっての『仕事場』で、あたしはこの学校の『生徒』の一人でしかない。その他大勢のうちの一人。
あいつはバカで鈍くてものぐさだけど、あいつのあたしに向けられた気持ちを、あたしは一度も疑ったことがない。
外面的な支えや証拠は、この白衣くらいしかないけど、これを着て自分を抱きしめれば、あいつの匂い、あいつの体温、あいつの腕や胸の感触、そんなものすべてを思い出せる。あたしの中が、あいつの存在で満たされる。
でないと、あたしは、自分勝手で我がままで孤立していて、世界のどこにも受け入れられないという思いが、よみがえる。あたしの外へと、流れ出そうとする。
後ろ手に保健室のドアを閉じた。
「『彼氏』、『仕事着』、ねえ」
ここはあいつにとっての『仕事場』で、あたしはこの学校の『生徒』の一人でしかない。その他大勢のうちの一人。
あいつはバカで鈍くてものぐさだけど、あいつのあたしに向けられた気持ちを、あたしは一度も疑ったことがない。
外面的な支えや証拠は、この白衣くらいしかないけど、これを着て自分を抱きしめれば、あいつの匂い、あいつの体温、あいつの腕や胸の感触、そんなものすべてを思い出せる。あたしの中が、あいつの存在で満たされる。
でないと、あたしは、自分勝手で我がままで孤立していて、世界のどこにも受け入れられないという思いが、よみがえる。あたしの外へと、流れ出そうとする。
あたしは、涙を拭うより先に、部屋の入り口に戻って鍵をかけた。涙腺をふさぐよりずっと簡単で確実に目的を達成できるから。
あたしは白衣の袖で涙を拭い、そのままベッドに腰掛けた。足を振り上げ、背中からベッドに落ちるように倒れる。そのまま横になって眠りたかった。
「……しわになるわね」
時折、自分の中の現実担当の勤勉ぶりにいらだつ。どれだけ闇を抱えても、あたしは平気な顔して、一日の大半を埋める義務をひとつ残らず片付けるだろう。狂うのは、その後だ。そして次の朝が来れば、あたしはまた同じ一日を繰り返すことができる。うんざりする。
「しわにならなきゃ文句ないでしょ」
あたしは白衣を脱いでベッドの上に放り投げた。
続いて制服を脱ぎ、きれいにたたんで、ベッドの脇にあるカゴのようなものの中に並べた。これでよし。
あたしは白衣に再び袖を通す。
肌合いも着心地もよくない。けれど仕切りのようなものが、その分、取り外された気がする。あいつと直接触れ合っている、そんな気持ちになる。
白衣の前をあわせて、ベッドにあがり、布団にもぐり込んだ。もちろん現実逃避だ。あたしの『現実』とやらは、どうせ職員室あたりで油を売っているのだろう。こうしていれば、そのうち帰ってくる。あたしの格好を見てどんな顔をするか、楽しみだ。そう考えると、少しは憂さが晴れるってもんよ。
あたしは白衣の袖で涙を拭い、そのままベッドに腰掛けた。足を振り上げ、背中からベッドに落ちるように倒れる。そのまま横になって眠りたかった。
「……しわになるわね」
時折、自分の中の現実担当の勤勉ぶりにいらだつ。どれだけ闇を抱えても、あたしは平気な顔して、一日の大半を埋める義務をひとつ残らず片付けるだろう。狂うのは、その後だ。そして次の朝が来れば、あたしはまた同じ一日を繰り返すことができる。うんざりする。
「しわにならなきゃ文句ないでしょ」
あたしは白衣を脱いでベッドの上に放り投げた。
続いて制服を脱ぎ、きれいにたたんで、ベッドの脇にあるカゴのようなものの中に並べた。これでよし。
あたしは白衣に再び袖を通す。
肌合いも着心地もよくない。けれど仕切りのようなものが、その分、取り外された気がする。あいつと直接触れ合っている、そんな気持ちになる。
白衣の前をあわせて、ベッドにあがり、布団にもぐり込んだ。もちろん現実逃避だ。あたしの『現実』とやらは、どうせ職員室あたりで油を売っているのだろう。こうしていれば、そのうち帰ってくる。あたしの格好を見てどんな顔をするか、楽しみだ。そう考えると、少しは憂さが晴れるってもんよ。
● ● ●
あたしは目をこすった。校庭にクラブ活動の声が聞こえる。いくらか眠ったらしい。
「お目覚めか」
至近で聞き慣れた声がする。って、ちょっと、キョン!?
「あんた、なんでこんなところにいんの!?」
「何故ならここは保健室で、おれは養護教諭だからだ。……ああ、起き上がるな。『素肌に毛皮のコート』ってのがあるが、『裸に白衣』ってのもすごい破壊力だな」
「!」
なんで下着まで脱いでんのよ、あたし!
「さて、俺は衝立ての向こうに消える。着替えてから出てこい。その後でいい、おれのジョン・スミスにあやまれ」
「み、見たの?」
「見るよりもっとすごい目にあった。自覚しろ、おまえはすごい美人だが、声はそれ以上だ。きっと死体も生き返るぞ。廊下まで聞こえてたんで、どんなに焦ったか。あ、想像はせんでいい。どうやって誤摩化したかも、今は聞くな」
「……あ、あの、声って……」
「俺に言わせる気か?」
「……あんたの名前、呼んだり……した?」
「……した」
「うわああああ」
「気休めに言ってやるが、そういうことすると、よく眠れるって奴は珍しくない。そっちは気にするな」
「そ、『そういうこと』とか言うな!」
至近で聞き慣れた声がする。って、ちょっと、キョン!?
「あんた、なんでこんなところにいんの!?」
「何故ならここは保健室で、おれは養護教諭だからだ。……ああ、起き上がるな。『素肌に毛皮のコート』ってのがあるが、『裸に白衣』ってのもすごい破壊力だな」
「!」
なんで下着まで脱いでんのよ、あたし!
「さて、俺は衝立ての向こうに消える。着替えてから出てこい。その後でいい、おれのジョン・スミスにあやまれ」
「み、見たの?」
「見るよりもっとすごい目にあった。自覚しろ、おまえはすごい美人だが、声はそれ以上だ。きっと死体も生き返るぞ。廊下まで聞こえてたんで、どんなに焦ったか。あ、想像はせんでいい。どうやって誤摩化したかも、今は聞くな」
「……あ、あの、声って……」
「俺に言わせる気か?」
「……あんたの名前、呼んだり……した?」
「……した」
「うわああああ」
「気休めに言ってやるが、そういうことすると、よく眠れるって奴は珍しくない。そっちは気にするな」
「そ、『そういうこと』とか言うな!」
● ● ●
「キョン……」
「なんだ?」
「その……怒ってるよね?」
「どっちかっていうと、持て余してる。怒ってるとしても、おまえにじゃない」
「?」
「……なんで卒業するまでは手を出さん、なんて約束しちまったんだろう、ってな」
約束?
「してないわよ」
「自分と、だ」
「あ、そ」
そこんとこは、馬鹿な誓いを立てた、こいつの自業自得よね。
あたしの方の分は、今日は自重して……手を繋がないでいてあげる。
「なんだ?」
「その……怒ってるよね?」
「どっちかっていうと、持て余してる。怒ってるとしても、おまえにじゃない」
「?」
「……なんで卒業するまでは手を出さん、なんて約束しちまったんだろう、ってな」
約束?
「してないわよ」
「自分と、だ」
「あ、そ」
そこんとこは、馬鹿な誓いを立てた、こいつの自業自得よね。
あたしの方の分は、今日は自重して……手を繋がないでいてあげる。
キスは譲らないけどね。