未完成の僕たちに(2)




 ◆


 「ふんふーん、ふふふーん……」

 病院に、彼が現れる数分前。
 どこかで聞いたのか、それとも即興で作り出したものなのか。
 そんな事さえ分からないほどに適当なメロディを鼻歌で奏でながら、キングは上機嫌にその足を北方向に進めていた。

 彼の視線がその先に捉えるものは、今やただ一つ。
 それは、D-1エリアに存在する病院。東側のそれに比べ小さいながらも、一方で東側のそれに比べて随分と病院と判断できるだけの質量を保有したまま佇む白亜の建造物であった。
 そしてやがて、彼の足は止まる。

 病院を目と鼻の先と形容できるほどに接近したことと、そしてなによりこれから行うことの仕込みを行う為だ。

 「さぁて、それじゃ早速……」

 言いながら彼がウキウキとした表情で掲げたのは、レンゲルバックル。
 それをそのまま腰に迎え入れるのかと思いきや、彼の目論見は違っていた。
 彼が見つめていたのはバックルではない。その中に収められた、都合18枚のラウズカードだったのである。

 ――どういうことだ?

 キングの脳内に、スパイダーアンデッドの困惑したような声が響く。
 『剣の世界』の存続のために、レンゲルに変身して他世界の参加者を減らすのではなかったのか。
 少なくとも先のキングの言葉をそう捉えていたスパイダーアンデッドは、カードの中で著しい混乱を示した。

 だが、そんな彼の困惑を前に、キングはただ笑う。
 その動揺さえ、自分の計画のうちの一つであったと、そう言うかのように。

 「いや、別にそんな混乱することじゃないよ、カテゴリーA。
 これからやることに君が役立ってもらうってのは変わらないんだしさ」

 キングの考えを読めずひたすら疑問符を浮かべるスパイダーアンデッドに対し、キングはもう取り合うこともせずにデイパックから一つのバックルを取り出す。
 レンゲルバックルによく似た、しかし明確に違う意匠が施された黄色のバックルを。

 ――なんだ、それは……?

 「ん?あーこれね。君は知らないだろうけど、僕たちの世界で未来に作られるかもしれない新しい仮面ライダーさ」

 結構よく出来てるんだよねこれ、と他人事のように呟きながら、キングはそのバックルに一枚のカードを装填しそのまま腰に迎え入れ、ベルトを発生させる。

 「変身」

 ――OPEN UP

 瞬間生じたオリハルコンエレメントが、キングの身体を異なる形態へと変化させる。
 仮面ライダーグレイブ……彼らが知るはずのない未来、或いは存在しえた一つの可能性の象徴。
 しかし、その変身を見届けてなお、スパイダーアンデッドは困惑しか示せない。

 自分を使用するレンゲルでなく、人造アンデッドを動力源に有するそれをわざわざ使う理由が、全く思い当たらなかったからだ。
 だがそんな自分を無視するように、グレイブはレンゲルバックルから全てのラウズカードを引き抜く。
 全てのカード……そう、スパイダーアンデッドの封印されたクラブのカテゴリーAをも含めた、全てのカードを。

 ――なんのつもりだ、それは俺の力だぞ!

 キングの意図が読めないままに、スパイダーアンデッドは彼の行為に対する異議を吐く。
 力への妄執に取りつかれたスパイダーアンデッドにとって、キングのこの行為は同じ世界の存在とはいえ決して看過できないもの。
 だがそんな彼の怒りさえも、グレイブにとってはただの嘲笑の対象でしかなかった。

 「君の力?嫌だなぁ思い上がらないでよカテゴリーA。ラウズカードに封印されたアンデッドは力なんかじゃなくて、言わば僕らの仲間だろ?
 じゃあこんな狭い世界の中でずっと閉じ込められてるのは可哀想だと思わない?」

 ――まさか……貴様……!

 ニタニタと笑いながら、思ってもいないようなことを吐くキング。
 彼の言葉は未だに要領を得なかったが、しかしスパイダーアンデッドは一つの可能性に思い至る。
 だがそれは、まさしく今まで自分がバックルの中で行ってきた暗躍を全て無に帰すような、自分に対する冒涜そのもので――。

 「ってことで、まぁ頑張ってきてねカテゴリーA。君もアンデッドなら、正々堂々バトルファイトに臨まなきゃ」

 ――やめろぉぉぉぉ!!

 次の瞬間、スパイダーアンデッドが思念で思い切り叫ぶのさえ無視して、グレイブはその手に持ったカードを思い切り振り撒いた。
 その手を離れ、重力と風に捲られて不規則に落ちていく、7枚のハート、9枚のクラブ、1枚のスペード……計17枚のラウズカード。
 仲間とさえ言ったはずのそれらにはしかし最早目をくれることもなく、グレイブは最後に手に残ったカードを勢いよくグレイブラウザーに滑らせた。

 ――REMOTE

 電子音声が響くと同時、カードそれぞれに向けてラウザーから光の線が伸びる。
 グレイブでさえ目を眩ますような圧倒的な光量が収まれば、そこにいたのはもうただのカードの山ではなかった。
 蜘蛛や蔓や海月や蛾……それらを含めた都合17体の恐ろしい異形の怪物たちが、狭いカードの中に封印されていた鬱憤さえ晴らそうとするかのように蠢いていた。

 「アハハ!思ってた通りやっぱ最高!」

 そしてそんな光景を前に、グレイブは一人場違いなまでに笑う。
 彼が今歓喜の声を上げているのは、仲間を開放できたことに対する達成感からなどではない。
 アンデッドという種族そのものが自分にとってはバトルファイトの敵に過ぎないのだから情などわくはずもなかった。

 それに何より、ジョーカーや仮面ライダー如きに負け封印されたアンデッド共に、この殺し合いで今更キングが大きな期待を抱くはずもないとしても、当然のことだった。
 なれば彼がここまでの興奮に包まれているのかと問われれば、答えは一つ。
 彼らがいることでこの病院に齎されるだろう、最悪の混沌を想像したためだ。

 こんなところでいつまでも引きこもっている臆病者を彼らが無残に引き裂くのを見て、仮面ライダーが絶望する未来を。

 「少しの間ここで待っててよ、すぐに合図するからさ」

 そうした混沌への期待に抱いた愉悦も冷めやまぬ中、キングはそのまま変身を解きアンデッドの集団に命令する。
 かつてスペードスートのカテゴリー10である、スカラベアンデッドを思いのままに操った能力の応用。
 生まれながら強力な洗脳能力を持つキングの力を以てすれば、解放されてすぐの理性を失ったアンデッドなど、上級であっても一括りに操ることなど容易い。

 故に、アンデッドたちは忌々しいだろうカテゴリーKに反抗することさえ許されず、そのまま次なる彼の指示を待つこととなった。

 「……ん?」

 と、そんな折、キングは自分の言うことに従うことなく自身に鋭い視線を向け続ける一つの影を視認する。
 だがその姿を視界に収めるまでもなく、キングはなぜそれに対して自分の能力が効かなかったのか、理解していた。

 「あー……お前のこと忘れるところだったよ」

 どことなくうんざりした口調で、キングはそのアンデッドに向き直る。
 恐らくはこの場で唯一、ジョーカーでさえ言いなりに出来るだろう自分の洗脳に一切影響されないだろう存在、別世界に存在するもう一人の自分自身。
 つまりはそう、スペードスートのカテゴリーK、コーカサスビートルアンデッドに。

 「グオォ!」

 封印からの解放を経た影響か、それともキングとは明確に別次元の存在である為か。
 そのどちらかは不明ながら、コーカサスは言葉さえなくキングに向けて破壊剣オールオーバーを思い切り振り下ろした。
 自分自身が翳す自分への暴力。ソリッドシールドさえない今、最早その直撃はキングでも耐えられるはずがない。

 しかしキングは身動ぎ一つすることはなく、故にコーカサスの剣はそのまま彼の身体を真っ二つに切り落と――せない。
 あと一ミリ、ほんの少し腕を動かせればキングを下すことが出来ただろうその寸前で、しかしコーカサスはもうまんじりとも剣を動かすことは出来なくなっていた。

 「なに驚いてるんだよ。当たり前だろ?お前は僕なんだから」

 キングが軽薄な笑みを浮かべそう吐き捨てるのに対し、コーカサスはなおも困惑しか返せない。
 どうにかキングを下そうと衝撃波を放とうと一歩退いたかと思えば、しかしそれを為すことも出来ないまま、コーカサスは苦し気な声をあげてその身を粒子状に分解させていく。

 「グアァ……!?」

 自分自身がどうなっているのか、一切の理解が追い付かない様子でコーカサスが呻く。
 だがもう一人の自分が上げる無声の抗議を前に、キングはただ愉悦の表情を漏らすだけ。
 瞬間、彼がひとたび腕を大きく広げると、次の瞬間にはもうコーカサスの身体はキングに吸収され、まさしく”2人は1人になっていた”。

 ――キングの身に何が起こったのか、一切の理解が追い付かないものもいるだろう。
 だがこれは、決してこの場で初めて起こった事象ではない。
 これと同様の事例が起こったのは、かつてディケイドが訪れた『龍騎の世界』におけることだった。

 ライダー裁判の発端となるATASHIジャーナルの編集長、桃井玲子の殺害をはじめとして、龍騎の世界で暗躍していた、鎌田という男。
 ライダーバトルの結果で裁判の判決が決まるその世界において、光夏美に自身の殺害に関する罪を擦り付けようとした、許されざる悪である。
 結局は彼の犯行はタイムベントで過去に戻った士により阻止され、夏美に関するライダー裁判が起こることもなくなったものの、大事なのはそこではない。

 今ここで重要なのは、彼が過去に戻った際に起こった事象、そして彼の本当の正体である。
 果たして鎌田の真の姿とは、『剣の世界』に存在するハートスートのカテゴリーK、パラドキサアンデッドであった。
 ディケイドの影響か、或いは鳴滝の手引きで世界を渡った彼は、桃井にある時その人ならざる正体を桃井に知られた為に、口封じの意を含め彼女を殺害したのである。

 そして士たちのタイムベントに紛れ同じく過去に戻った鎌田ともう一人の(本来その時間にいたはずの)鎌田との間に起こった事象とは、二人の鎌田が……過去と未来の鎌田が一つになるという奇想天外なものだった。
 どういうことだと頭を抱えたくなる気持ちも分かるが、しかしここまでは前提、本題はここからだ。
 その本題とはつまり、なぜ鎌田は一切の理由なく過去の自分と融合したのか、という問いである。

 タイムパラドックスの解消?なるほど一理あるかもしれない。
 鎌田の語られざる能力?確かに彼の能力には不明瞭な点も多く、否定しきることは出来ないだろう。
 だが、ここでは敢えてこれらの理屈を否定しよう。

 ではなぜ、二人の鎌田は融合したのか?
 その答えはずばり、“鎌田がアンデッドであったから”だ。
 どういうことか、それを説明するには、アンデッドというものがどういった存在なのかを今一度理解する必要がある。

 『剣の世界』に存在する怪人アンデッドとは、つまりそれぞれのアンデッドがそれぞれの生物の始祖であり、またそれぞれの種にとっての英雄と言っていい。
 彼らはそれぞれバトルファイトにおいて勝ち残ることで得られる報酬、自身の種の繁栄を望み、その座を巡って戦いあう、言わばそれぞれの種が選んだ精鋭たちの集まりなのだ。
 と、ここまでを踏まえたうえで問おう。

 “もしもどれか一つの種が、バトルファイトに参戦できるアンデッドを二人輩出したとしたらどうなる?”

 答えは明確単純、明らかな不平等が生じ、バトルファイトそのものの均衡が崩れることになる。
 なれば公正な戦いを望む統制者が、そもそもどういった条件であれ(勝利すれば全てを滅ぼすことになる破壊者ジョーカーを除いて)同一のアンデッドが同時に存在できないようにしていたとして、さして不思議ではないだろう。
 ……説明は長くなったがつまりは、鎌田が一つになったのも、今キングが一つになったのも、統制者が仕組んだ調整機構の表れだったということだ。

 さて、細かい理由はともかくとして、結論として今ここで起こったことは二つ。
 参加者に支給されていたスペードスートのカテゴリーKがキングと一体化したこと、そして――。

 「うん、やっぱり思った通り、だね」

 自分自身もコーカサスアンデッドへとその身を変えたキングは、呟く。
 先ほどまでは見る影もなく破壊されていたソリッドシールド。
 もう一人の自分を吸収することで完全に復活したそれを、満足げに見つめながら。

 別にエクシードギルスにこの盾を壊されてからもその不在を強く意識することはなかったが、ソリッドシールドは元来からこの身に備わった能力である。
 それに、このバトルロワイアルに途中参加したことによるアドバンテージの一つ、参加者の正確な場所の把握が既に意味のないものになってしまった今となっては、一つでも戦力を増やしておくことは決して無駄ではなかった。
 レンゲルバックルと合流できればこうなったかもしれないと思ってこそいたが、こうまで上手くいくとキングとしても今後が怖くなってしまうような心地である。

 「ま、僕ならこんなの使わなくても面白い遊びは山ほど出来るけどね」

 その身を再び人間のものに戻したキングは、最早不要な入れ物と化したレンゲルバックルを投げ捨てる。
 スパイダーアンデッドがまた封印されれば使えるようにこそなるが、自分の楽しい時間を終わらせかねないアイテムなど一つでも少ない方が良い。
 バイバイレンゲル、と一言だけ呟いた彼は瞬間、病院から響く喧噪の声を聞いた。

 まさか先客がいたかと思ったが、何のことはない。恐らくこれは戦いの音ではなく、ただ暇を持て余してはしゃいでいるだけのようだ。
 であればこれから、自分がそんな退屈な時間をぶちこわしてやろうではないか。
 自身がこれから崩壊させる集団の、その最期の安息の声をただ煩わしく感じながら、キングはその場に似合わぬほどに気怠げな表情で病院へと足を進めた。


 ◆


 キングの合図を受けて現れたモンスターの数は、すぐわかるだけで10数体といったところか。
 先ほどまで三人しかいなかったはずのこのロビーは、今や魑魅魍魎跋扈する地獄変と化していた。
 流石の仮面ライダーも緊張を高める中、キングは一人場違いな余裕を浮かばせる。

 「どう?驚いた?僕が無策でこんなところに来るわけないじゃん」

 「……このモンスターたちは、一体なんだ。大ショッカーの手先か?」

 「いや、違うよ。こいつらは僕が操ってるだけ。このカードを使ってね」

 名護の問いに対し、案外素直にキングは懐から一枚のカードを取り出す。
 その絵柄や細かい情報は未だ得られなかったが、しかし名護にはそうしてキングが表にその札を露出しただけで十分だった。

 「総司君!これを使え!」

 まるでその瞬間を待っていたでもいうのか、懐から素早く一枚のカードを取り出した名護は、ブレイドにそれを投げつける。
 真っ直ぐに飛んできたカードを危なげなく受け取って、ブレイドはそのままそれをラウザーに滑らせた。

 ――THEEF

 それは、名護が持っていたラウズカードの中の一枚、カメレオンシーフのカード。
 敵の持つカードを奪う効果を持つそれを受けて、キングの手に握られていたカードは呆気なくブレイドの手に渡る。

 「うわー、正義の味方が泥棒なんて、とんだスキャンダルじゃん。恥ずかしくないの?」

 「あぁ、恥ずかしくはないな。それに、これでお前はモンスターを使役出来ない」

 「……もしかして、こいつらをミラーモンスターみたいなもんだと思ってる?
 違うよ、こいつらを操ってるのは僕自身の能力。そのカードはあくまで最初にこいつらを解放するためだけのものさ」

 「解放……?」

 キングの言葉につられてその手の中のカードを見たブレイドは、見覚えのある形式で書かれたクラブの10の文字を読み取った。
 更にその下にはREMOTEの字が読み取れ、このカードがアンデッドを解放し使役するというリモートテイピアというものだということが理解出来た。
 そして同時、先ほど一条から聞いた話の中でこのカードを始めとしてクラブのカードを使うライダーが西側にいたことを、彼らは思い出していた。

 「まさか……今はお前がレンゲルを!?」

 「う~ん、まぁ正解かな。本当はもうちょっと複雑だけど、おまけで当たりってことにしてやるよ。
 あ、あとついでに教えておくけど、召喚制限の1分を待っても無駄だよ?首輪をしてない僕が召喚したこいつらは、そんな制限無視できるんだ」

 まさにゲームを楽しむような口調で、キングは長々と話し続ける。
 心底腹が立つ外道だが、今は彼に圧倒的情報アドバンテージがあるのは疑いようがない。
 ここは苛立ちを押さえて話を聞くべきかと、翔太郎は何とか自分の先走りそうになる思いを押さえつけた。

 「おい、解放だけがそのカードの力で、こいつらを操ってるのはお前の能力ってことは、お前を先に倒したらこいつらが野放しになるってことか?」

 「お、いいとこ目付けるね、その通りだよ。僕を先に倒したら、こいつらは全員自由になって会場を徘徊して、手あたり次第参加者を襲うだろうね」

 キングの答えを受けて、翔太郎は歯噛みする。
 雑魚は無視して全員でキングを叩く、という戦法が通用しないようにあらかじめ手を打ってあるということだ。
 恐らく、ここにいるアンデッドの一体一体は、ここまで生き残った仮面ライダーであれば問題なく対処できる強さであろう。

 だが、参加者には変身制限が存在する以上、この数が鎖もなく解き放たれるのは避けなければならない。
 恐らくはそこまで読んでこいつらを解放したのだと思うと、なるほどこれは世界を無茶苦茶にするという狂った目的のためには素晴らしいプレイングだと認めざるを得ないだろう。
 何度目ともしれない嫌悪感を敵に抱いた翔太郎を相手に、キングはなんともわざとらしく何かに気付いたように声を上げた。

 「あっ、そういえば言い忘れてたけど、解放したのはこいつらだけじゃないから。
 他の連中は僕が操ってるわけじゃないから、もうこの近くの誰かを襲ってるかもね?」

 「なッ……!」

 三人の動揺を前に、キングは不気味に頬を吊り上げる。
 元々混沌を望むキングにとって、それはある種当然の行動だ。
 彼の行動原理からすれば当然の行為ではあるが……しかしそれでも怒りを抑えることは出来なかった。

 ただ理不尽な暴力が、誰かに向いているという事実だけが、仮面ライダー達を焦燥に誘う。
 そして同時、そんな最悪の作戦を今このタイミングで自らキングがわざわざ明かした。
 それが意味するところは、つまり必要な時間稼ぎは大体出来ただろうという一つの確信から来るものだと、そう理解するほかなかった。

 「放たれたアンデッドはそれぞれクラブのA、9、ハートの7、8の四体!
 さぁ君らは止められるかな?」

 「……無駄話は終わったかよ?それじゃそろそろ行かせてもらうぜ」

 「それはこっちの台詞だし。――行け!」

 彼らが悠長に会話を出来ていたのも、最早それまでだった。
 キングの指示が飛ぶと同時、三人に向けてアンデッドの波が襲いかかったのである。
 だがその波が彼らに到達するより早く、翔太郎はその懐より“切り札”を取り出した。

 ――JOKER!

 ガイアウィスパーが、高らかにその名前を宣言する。
 その声を受け、アンデッドの視線が一斉に翔太郎に集まっていく。
 まるで、それと同じ名前の忌むべき死神を想起しているかのように。

 多くの憎しみを込めた視線を感じながら、しかしそれさえも振り切って彼は思い切りドライバーにメモリを差した。

 「変身!」

 ――JOKER!

 ロストドライバーに収められたメモリが翔太郎の戦意に応えるかのように再びその名を叫ぶ。
 それと同時生じた紫の粒子が彼を包めば、そこにいたのは最早ただの人間ではない。
 仮面ライダージョーカーの名を持つ、愛する街を、人々を守るため戦う孤高の戦士がそこに現れていた。

 「さぁて……っておわっ!?」

 戦闘準備を整え、敵に対峙しようと気障なポーズを構えたジョーカーは、しかし次の瞬間壁さえも打ち砕くスピードで吹き飛ばされていた。
 見れば、解放されたアンデッドのうち、特に活きのいいサイのアンデッドが、鬼気迫る勢いで彼に突っ込んでいたのである。

 「翔太郎ッ!」

 ブレイドの焦燥を含んだ声が、響く。
 常人であれば致命傷は避けられない攻撃を不意打ち気味に食らったジョーカーを心配してのことだったが、彼はそこまで軟ではない。

 「ってぇな!いきなり何しやがん――」

 「ガアァッ!!!」

 突然の攻撃に怯みつつもすぐさま立ち上がり、そのまま軽口の一つでも叩こうとして、それよりも早く到来したアンデッドの群れを前に、その余裕さえ消え失せた。
 変身さえしていない名護もいるというのに、何故自分に対してだけここまで攻撃が集中するのだと不条理に怒るジョーカー。
 だがそんな呑気な思考を続けることさえ出来なくなるほどに、敵の攻撃は苛烈を極めていく。

 幾ら歴戦の彼と言えど、流石に攻撃を捌けなくなるという、まさにその瞬間。
 ジョーカーの視界を覆っていた魔物の群れが、突然に晴らされた。

 「大丈夫か、翔太郎君」

 「なんだか災難だったね」

 「名護さん、総司、サンキュー。助かったぜ」

 ブレイドと、イクサへの変身を終えた名護が、自身の救援に現れたのである。
 新たに現れた戦士を前に、流石にジョーカーのみを妄信的に襲うことは出来なくなったと判断したのか、アンデッドたちもまたそれぞれに狙いを定めなおす。
 未だ高みの見物を決め込むキングを、チラと横目で見やりながら、彼らは戦いの渦に飲み込まれていった。


 ◆


 数分前、最初にキングの接近に気がついたのは、実は一条と共にロビーから離れた病室にいた翔一であった。
 彼は瞬間、それまで浮かべていた柔和な表情から一変、突如虚空を睨み付け、何かを察したかのように険しい表情を浮かべたのである。
 まるで、彼が元の世界でアンノウンの出現を察知したときのような。

 この能力の原理は、翔一にも分からない。
 アギトの力がそうさせるのか、或いは翔一の誰かを守りたいという思いがそれを可能にするのか。
 だがそんな些末な事象の究明よりも大事なのは、それを感じるのは決まって人ならざる者が誰かを傷つけようとする時なのだということを、翔一は知っていた。

 「……」

 目の前で眠る一条を見る。
 この場に彼を一人置き去りにはしていくことに抵抗はあるが、それ以上に仲間の身には一刻を争う危険が迫っているかもしれない。
 どうするべきかと頭を悩ませていた翔一の元に、何か感情を込めた喧騒の声が届く。

 これはいよいよ行動しなければいけない時かと一層緊張を高め踵を返した翔一はしかし、後方から響いた小さな声に呼び止められる。

 「津上君……今の音は一体……」

 「あっ、一条さん。起きちゃいましたか」

 「いや、10分そこらであっても、寝られただけありがたい。
 それよりも今の音はまさか……」

 「……はい、そのまさか、だと思います」

 眠りを極めて短く切り上げられた一条はさぞ不機嫌だろうとばかり思っていたのだが、彼の言葉は嘘ではないらしく、顔色や表情は先ほどとは見違えるほどに血色もよくすっきりとしたものであった。
 刑事さんって大変だなぁ、などと場違いな言葉は口に出さず、代わりに翔一はただ彼の懸念に答える。
 そして同時、先ほどとは違う翔一の声音から察せられる状況に、一条の顔も刑事のそれに戻っていた。

 「でも、安心しててください。さっき言ったとおり、頭を使わなかった分だけ頑張ってきます」

 「……あぁ、わかった」

 なんとかその言葉を絞り出したが、実際のところ悔しくないと言えば嘘になる。
 それでも今の自分が戦闘など望めようはずもないのだから、これ以上彼を引き留めても無駄な時間を過ごさせるだけだった。
 そう脳内で理解は出来るものの、こうして事が起こって改めてその事実を突きつけられると些かプライドが傷つくというものである。

 「大丈夫ですよ、きっとすぐに帰ってきますし、それにここは安全――」

 一条の内心を見抜いているのか、どこか拗ねた子供に言い聞かせるような口調で語りながら、ふと窓に目を見やった翔一の瞳は、瞬間見開かれる。
 一応は警戒のために他の部屋と同じくカーテンを開いていたこの部屋の窓の外。
 そこに、壁に張り付きこちらの様子を覗き見る、緑と紫色をした蜘蛛の様なモンスターを視認したからだ。

 「――一条さん、危ない!」

 だが、その見覚えのある存在について因縁を燃やすより早く、翔一はベッドに横たわる一条を引き寄せそこから引きずり降ろしていた。
 蜘蛛のモンスターが病院内に侵入するために、窓を叩き割ろうと大きく拳を振り上げているのが見えたからだ。
 瞬間、翔一が一条をベッドの影で抱きかかえるが早いか、今まで一条が寝ていたベッドに、勢いよくガラスの破片が突き刺さる。

 「大丈夫ですか!?一条さん」

 「いや、問題ない。すまない、津上君」

 流石に今の行動は怪我人相手に乱暴だったかとも思うが、一条は文句の一つもなく礼を言う。
 彼が無理やりにでもこうして守らなければ、自分の身体はガラスの破片でズタズタになっていただろうことを嫌でも理解しているのだ。

 「しかし、一体何なんだ……他の参加者なのか……?」

 「いえ、違います。あいつ、多分小沢さんを操っていたモンスターです」

 「なんだって?ということは、あれもアンデッドという怪人なのか……?」

 小沢がレンゲルという仮面ライダーに変身した時に、一瞬だけ現れた蜘蛛のモンスター。
 その姿と、今襲撃してきたモンスターは、間違いなく同一のものだったのである。
 とはいえ、それが分かったところで、どうして実体化したのかだとか、誰が解放したのかだとか、様々な疑問は残ってしまう。

 だが、関係ない。
 少なくとも自分は頭を使ってどうこうするのは向いていないのは分かり切っているのだ。
 であれば今、無力な人に躊躇なく暴力を振るう怪人に、翔一が示せる行動はただ一つだった。

 ベッドの影から勢いよく立ち上がった翔一は、そのまま今しがた襲撃してきた蜘蛛のモンスター……スパイダーアンデッドに向き直る。
 不意打ちを仕掛けるようなモンスターを相手に、つべこべと会話を交わしている暇もない。
 居合のようなキレで、彼はいつもの構えを取った。

 瞬間、その腰にオルタリングが浮かび上がって、彼の戦意はどんどんと高まっていく。

 「ギシャア!」

 「――変身!」

 待ちきれないとばかりに、狭い病室を気にすることなく敵に目掛け跳びあがったスパイダーは、しかし瞬間翔一の腰から放たれた眩い光に怯み思わず目を覆う。
 その光が晴れたとき、再度拳を振るおうとしたそれは、しかし逆に自身に放たれた黄金の拳のカウンターを受けていた。
 自身が登ってきた窓ごと壁を破壊して、病院の外に吹き飛ばされていくスパイダー。

 小沢が命を落とす遠因と言っても過言ではないそれにこうして一発叩き込めたことに僅かばかり満足感を得て、窓の外に顔を乗り出したアギトは、驚愕する。
 今しがた落ちていったスパイダーが何事もなかったかのようにもう一度登り始めていることは勿論、イカ、植物、蛾をそれぞれ思わせるアンデッドも同様にこちらに向かってきているのだ。

 ……そう、キングが放ち、近辺の参加者を襲う様に指示していたアンデッドたちは、今こうして最も近い場所にいた一条と翔一に狙いを定めたのである。
 元々知性に疎い下級アンデッドばかりがその指示を受けたのもあり、翔太郎たちの懸念に及ばないような距離しか移動をしていなかったのだ。
 だが、恐らくはキングがこれを知ったところで、大した失望は感じないだろう。

 一瞬だけでも仮面ライダーたちの怒りを煽り自分のペースに巻き込めた時点で、彼にはそれで十分なのだ。
 その結果そのものよりも、偽善者の仮面が剥がれるその瞬間こそが彼の望みなのだから。
 ともかく、そんな敵の狙いに気付くはずもないまま、アギトは窓際から離れ一条のもとに駆け寄った。

 「一条さん、ここもちょっと危ないみたいです、だから……一条さん?」

 「……え、あぁすまない」

 アギトの焦燥を含んだ声にようやく応じながら、しかし一条の目は未だ翔一が変じた戦士に釘付けになっていた。
 これが、アギト。一瞬クウガと見間違ってしまうような外見をした、しかし異世界に存在する、出自も何も異なる戦士。
 小沢から話を聞き存在については知っていたはずなのに、こうして直接目の当たりにすると自身の最も知る戦士によく似たその姿にはやはり呆気に取られてしまう心地だった。

 らしくなく数舜呆けた表情を晒した一条に対し、アギトは何を言うでもなく自身に背を向けて屈みこんだ。

 「乗ってください、一条さん」

 「え……?」

 「俺が絶対に守りますから」

 聞きたかったのはそういう言葉ではないのだが、と思いながら、一条はようやく彼の提案を理解する。
 この部屋に一人で残っていても危険だから、戦える自分と一緒に行動していた方がまだマシだ、と言いたいのだろう。
 馬鹿にするな、俺も立つことくらいはできる、と粋がってみたがったが、正直それだけだ。変身を介さなければ、満足に走ることも出来まい。

 であればここで意地を張るだけやはり無駄なだけと、一条は特に反論を講じるでもなく彼の背に飛び乗った。
 自身の体重を苦にもせず立ち上がったアギトの前に、新しく現れたイカのアンデッドがその触手を用いて病室に乗り込んでくる。
 どころかその横から計3体のアンデッドもまた乗り込んできているのだから、それ以上彼が余裕を持てるはずもなかった。

 こんな狭いところでは戦いにもなり得ないと、病室から飛び出たアギトの背を追って、アンデッドの群れが病院の廊下に雪崩れ込んだ。
 それを見ながら、どうやらこれは、いよいよ仲間たちの心配ばかりしていられる状況ではないらしいとアギトもまた気を引き締める。
 仲間の無事を祈りながら、今の自分の使命はこの背に負ぶさる男を守ることだと強く再認識して、アギトは踵を翻し気合と共にモンスターの群れに背を向けて走り出した。


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最終更新:2018年11月18日 17:47