キラーおなまう 1話
「……ゆにゅん、ねぇゆにゅんってばぁ」
毎夜必ず見る光景だった。それなのにゆにゅんは、それが夢だとはすぐにはわからなかった。
少女が、心底楽しそうにゆにゅんに笑いかけていた。
「ねぇゆにゅん、なんで手つないでくれないの?」
「え、だって恥ずかしいじゃん……。知り合いに見られたりしたら」
「ゆにゅん照れてるの?」
「べ、別に照れてる訳じゃないよ!」
少女は悪戯っぽく笑う。しかしその笑みは、ゆにゅんにとっては天使の笑みだった。こんなハゲの自分を好きになってくれた、唯一無二の女性……。
「ふーん、そんなこと言うんだぁ。だったら、私だけで先に帰っちゃおうかな」
そう言うと、少女はすっとゆにゅんの傍らを通り抜ける。彼は思わず、あっと手を伸ばした。
少女が振り返る。満面の笑みで。
「うそだよっ、ゆにゅん。今日はゆにゅんのためにいっぱいおめかししてきてあげるから、先に帰ろうと思ってたんだよ。
じゃあねゆにゅん。また5時に、いつもの場所でね。デート遅れないでよね」
ゆにゅんは幸せだった。この上ない幸せの中にいた。そして、彼は考えもしていなかった、……この幸せが唐突に終わることなど。
だから彼は少女が帰った後、自らの傍らを足早に通り過ぎていく男のことなど、別に気にも留めなかったのである。
ゆにゅんは刺すような頭の痛みで目を覚ました。彼は全く見覚えのない場所にいた。灰色の壁で覆われた、窓もない、扉が一つあるだけの無機質な小部屋である。ふと首に違和感を覚え触れてみると、そこには金属製の強固な首輪。床を見ると、自らの傍らには液晶部分のついた小型の電子機器……PDAが無造作に置かれていた。
訳がわからないと思いながらも、ゆにゅんは自らの身に何が起こったのかを探るため、記憶の糸を辿ってみた。
そうだ、外を歩いていたら、唐突に後ろから誰かに口をふさがれて……
誘拐された。第一にゆにゅんはそう思った。しかし、それにしては見張りもいないし、自らの身体は縄で縛られているという訳でもない。
ゆにゅんは唯一の手がかりである、自らの傍らに置かれていたPDAを手にとった。液晶画面には、大きくトランプの「A」のマークが描かれていた。そしてその上には、「ルール」「機能」「解除」の3つの文字。ゆにゅんはその1つ、「ルール」の部分を指で押した。
(同人版「キラークイーン」を知っている者は読み飛ばしてよい。ただし本編とは違い、最初から1~9まで全てのルールが参加者全員のPDAに記載されている)
①参加者には爆発物付きの首輪が付いている。
PDAの解除条件に表示された条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外すことができる。
条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪は15秒で爆発する。
②(参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる云々。先程の注釈により、このルールは「
キラーおなまう」では存在しない)
③PDAは全部で13台存在する。
13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時に参加者に1枚ずつ配られている。
この時のPDAに書かれているものがルール1で言う条件にあたる。
他人のPDAに書かれた条件で首輪を外すことは不可能で、読み込ませると爆発する。
あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。
④最初に配られる通常の13のPDAに加えて一台のジョーカーが存在している。
これは通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。
ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、他の13のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。
制限時間などは無く、何度でも別のカードに変える事は可能だが、一度使うと一時間変更はできない。
さらにこのPDAを接続して判定をすり抜けることは出来ず、また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAはその数に加算されない。
所持数としても破壊数としてもカウントされない。
⑤進入禁止エリアが存在する。
そこへ侵入すると首輪が警告を発し、無視すると爆発する。
また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上に向かって全域に広がり始め、最終的には全てが進入禁止エリアとなる。
⑥開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし10億円の賞金を山分けする。
⑦一部に戦闘禁止エリアが存在する。
この中で誰かを攻撃した場合、首輪が爆発する。
⑧開始から6時間は例外的に、全エリアを戦闘禁止エリアとする。
過失や正当防衛は除外。
※「キラークイーン」本編から引用
ゆにゅんはルール中の「殺す」等の文言を見て更に困惑した。ルールは全て現実離れしたものばかりである。これは何かの冗談なのだろうか、性質の悪い悪戯か何かなのだろうか、としか思えなかった。
その折である。ゆにゅんはドアの向こうから小さな足音がするのを聞いた。徐々にこちらに近づいてきている。自らを誘拐した犯人のものだろうか。だとしたら、一体何故こんなことをしたのか問い詰めたい。そう思ったゆにゅんは、タイミングを見計らった後、意を決してドアを開けた。
「きゃっ!」
「え、き、君は……?」
そこにいたのは、どうみても犯人とは思えない少女だった。それも、先程まで夢に出ていた、あいつと同じくらいの年頃の・……。ゆにゅんは自らの胸がズキリと痛むのを感じた。
少女は、突然目の前に現れた男に対し恐怖し、床に尻餅をついて怯えていた。ゆにゅんは必死に彼女にかけるべき言葉を探した。
「ぼ、僕はゆにゅん。君は……?」
「……あ、あなた……犯人じゃないの……?」
「そうだよ、君と同じ、ここに連れてこられたんだ」
「……そ、そうなんだ……よかった……」
彼女はようやく、わずかにだが緊張を解いた。そして、震える唇でこう言葉を紡いだ。
「わ、私の名前は……珊瑚です」
しばしの時間が経過した後、少女……珊瑚が平静さ取り戻したのを見計らい、ゆにゅんは彼女に話を聞いてみた。
珊瑚の方も、ここに連れてこられた経緯、連れてこられてからの経緯はゆにゅんと変わりないようだった。首には強固な首輪、そして傍らにはPDA。そのPDAを見せてもらうと、ただ一つのものを覗いては、機能やルール等の内容もゆにゅんのものと全て同じであった。
ゆにゅんは軽く溜息を吐いた。結局、手がかりらしい手がかりは見つからなかった。
「珊瑚さん、だっけ。ここにじっとしていても仕方ないから、とりあえず他の誰かを探しにいこう。僕達と同じように誘拐された人がいるかも知れないし、もしかしたらこの性質の悪い悪戯を仕掛けた犯人が見つかるかも知れない」
「は、はい」
珊瑚は頷きながらも、ぽーっとゆにゅんの顔を見ていた。彼はそれに気付く。
「さ、珊瑚さん?僕の顔に何かついてる?」
「あ、いえ、ゆにゅんさんみたいに頼りになる人に会えて良かったって。もし、私がゆにゅんさんに会えずにこの場所でたった一人だったと思うと、怖くて……」
本当にゆにゅんさんに会えて良かった、と一粒の涙を携えて呟く珊瑚。ゆにゅんは顔を赤らめる。
その時、唐突に辺りに爆発音が響いた。
穏やかだった二人の雰囲気が一気に緊迫したものに変わる。
「ゆ、ゆにゅんさん、今のは……」
「行ってみよう、ここからあまり遠くはないはずだ」
案の定、その場所はすぐにわかった。爆煙とその匂い、そして、ゆにゅんが今までに嗅いだこともないような、何やら奇怪なものが焼ける匂いがそこからしていたからである。
最初に着いたのはゆにゅんであった。その後ろから来た珊瑚は、大きな悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。
そこには、ゆにゅんと同じように立ち尽くす一人の青年と、そして、首から先のない、男性の死体が……。
ゆにゅんが恐る恐る辺りを見回すと、死体から数メートル離れた床に、その首は転がっていた。見ているだけでも恐ろしい程の、断末魔の表情を浮かべていた。
首と胴体を合わせても恐らく149cm程しかない、小柄な男性だとゆにゅんは思った。
最終更新:2008年09月09日 14:14