キラーおなまう 2話



 149cmの首無し死体が転がる部屋には、続々と人が集まり始め、死体を覗けば、7人、が今この場にいた。各々驚愕の声を上げたり、泣き崩れたりしている。性別も年齢もバラバラであるが、ただ一つ共通しているのは、全員が首輪をつけている、ということであった。

 重苦しい沈黙が流れる中、最初に動いたのは、ただ一人死体を無表情で眺めていた年齢不詳の男であった。彼はそのまま一言も喋らず部屋を出て行こうとする。

 ゆにゅんの口が咄嗟に動いた。

「ま、待って下さい!一人でいくのは危険です!」

「……ここにいる方がよっぽど危険だ」

 重たい口調であった。男が初めて口をきいたのである。しかし彼の足が止まることはない。何とか出て行くのを止めようと必死になったゆにゅんは、とにかく言葉を紡ごうとする。

「あ、あの、えっと、ぼ、僕の名前はゆにゅんと言います。この人は、珊瑚さん」

 彼の口から出たのは、自己紹介の言葉であった。自分と、そして泣き崩れて喋れない珊瑚の分。それを聞いて、何故か男の足が止まった。何やら考え込んでいるようである。

 ゆにゅんにつられてか、一番最初からこの部屋にいた青年が、

「……jrです」

と自らの名を呟いた。

 更につられて、珊瑚と同様に泣き崩れていた一人の少女が不意に、

「ぅっく……ぇっく……|*'ヮ')nちくわー、さくらと言います」

と、笑顔を見せて名乗った。

 残りは、最初に部屋を出て行こうとした男を含めて三人である。しばしの沈黙が続いた後、唐突に一人が下品な笑い声を上げた。この中では飛び抜けて柄の悪い男であった。

「いぬいだ。ほら、ぼっちゃんもお名前言えまちゅかー?」

「ぼ、ぼっちゃんじゃない!お、俺はRSTだ!」

 いぬいと名乗った男に挑発され、最年少と思われる少年も自らの名を答えた。

 残るは最初に部屋を出て行こうとした男だけである。彼は全員の名を聞いて満足したかように顔を上げると、

「……うへーだ」

静かに言い、部屋を出て行った。

 ゆにゅんは彼を追いかけようとするが、それを止めたのはjrである。

「やめなよ、ゆにゅんさん。あの人の言っていることは正しい。これでこのゲームが本物だということがわかった。だとしたら、ここにいるのは危険だ。

 申し訳ないですが、俺も一人で行かせてもらいます。皆さん、健闘を祈ります」

 うへーに続いて部屋を出て行くjrを、ゆにゅんは止めることはできなかった。

「お、おい!どういうことなんだよ!このゲームが本物ってどういうことだよ!」

 状況についていけていないのか、RSTが一人騒ぎ立てる。いぬいはそれを見て嘲笑した。

「わっかんねぇかなぁ。この149cmの死体を見てみろよ。馬鹿なこいつはな、このゲームのどれかのルールを破って、それで首輪が爆発しておっちんだって訳さ。

 こえぇなぁ。あとちょっとで、ルール8の6時間の戦闘禁止が解かれるんだぜ。ぼくちゃんもせいぜい殺されないように気をちゅけるんですよー」

 いぬいはそう言い残して部屋を出て行く。RSTは、半分目に涙を溜めて地団太を踏んだ。

「くそっ!あいつ!絶対に殺してやる!殺してやる!」

「待って!RSTくん!君まで一人で行ったら……」

「うるさい!くそっ!お前たちだっていずれ殺してやるんだからな!」

 RSTもいぬいの後を追って出て行ってしまった。

 残ったのは立ち尽くすゆにゅんと、泣き崩れる珊瑚、そしておろおろと視線を泳がせているさくらと名乗った少女だけ。幸い、さくらは部屋を出て行く様子は無さそうであった。

 ここにいても仕方ない、何より、こんな死体が転がっている場所に長くはいたくない。ゆにゅんはさくらと共に泣きじゃくる珊瑚に手を貸しつつ、各々のプレイヤーにとって転機となった事件の起こったこの部屋を去った。




 ゆにゅん達が移動してきたのは、戦闘禁止エリアと呼ばれる部屋であった。入る時に、首輪がそう警告してくれた。ここなら6時間の戦闘禁止が解けても襲われることはない。

 さくらは既に平静さをだいぶ取り戻していた。どうやら天然系なのか、あまり物事を深く考えないタイプらしい。

 対して珊瑚は、いつまで経っても泣くのをやめなかった。当然だ、あんな現実を見せられて、普通の女の子が耐えられる訳がない。しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。これからのことについて、話し合うべきことはたくさんあるというのに。

「ゆにゅんさんの頭ってツルツルで可愛いですねー」

「え、ちょっとさくらさん?」

 唐突に、さくらがゆにゅんのハゲの頭に触れてきた。つるつるつるつるーと変な歌を歌いながら、撫でたりぺちぺちと叩いたりする。

 ふふ、とゆにゅんの隣からかすかな笑い声が聞こえた。珊瑚が目に涙を溜めながらも、笑ったのだ。

「ふふ。私も初めてみた時から、ツルツルで可愛いなぁって思ってました」

「待ってよ珊瑚さんまで……」

「可愛いですよねーつるつるつるつるー」

 ゆにゅんの頭を撫でながらハゲの歌を歌っていたさくらが、少しだけ表情を変えた。優しい微笑みだった。

「さっきみたいな怖い顔、ゆにゅんさんには似合いませんよー。珊瑚さんの泣き顔だってそうです。大丈夫ですよー、この3人ならなんとかやっていけますよー」

 その時ゆにゅんは、さくらがただの天然系ではないことに気付いた。この人は、深く優しい心を持った女性なんだ、と思った。




 ようやく場が収まってきた後、ゆにゅんは本題に入った。これからのことである。先んじて、彼には珊瑚とさくらに伝えておかなければいけないことがあった。

「珊瑚さん、さくらさん、これを見て欲しいんだ」

 ゆにゅんは自らのPDAを二人に差し出す。受け取った二人は、驚愕した。そこに描かれていたマークは「A」。解除条件は、「Q」の殺害。そしてゆにゅんは気付いていた。珊瑚と一番最初に会って、PDAを見せてもらった時、彼女のマークは、自らのターゲットである「Q」であったことに。

 当惑する二人に彼は言った。

「僕のマークは『A』なんだ。だけど僕は、人を殺してまで生き残りたいとは思わない。二人で決めてください。ここで僕と別れてもいいし、なんならそのPDAを握りつぶしてもいいです。僕は向こうにいるから、決まったら呼んでください」

 ゆにゅんは部屋の奥の方へいく。こうすれば二人の会話も聞こえない。二人はどうするだろうか。特に、珊瑚にいたっては「Q」だ。「A」の自分とはいたくないに決まっている。それはそれで良いと思う。しかし……珊瑚にそう思われることを想像すると、何故かゆにゅんの胸は痛んだ。

「……ゆにゅんさん」

 しばらくして、ゆにゅんを呼んだのはさくらである。彼は意を決して近づいていく。

「決めましたぁ、私たちの答えはこれですー」

 さくらはそう言うと、ゆにゅんに「A」のPDAを返した。そして、珊瑚は「Q」の、さくらは「J」のマークが描かれたPDAを取り出した。

「これが私たちのマークです。ゆにゅんさん、私たちはあなたを信用します」

「珊瑚さん……どうして……」

 ゆにゅんの言葉に対し、珊瑚は少しだけ顔を赤らめた。

「ゆにゅんさんが人を騙すような人に見えないですしねー。それに、いざとなったら私が珊瑚さんを守ってあげるから大丈夫だよー。こう見えても私強いんですよー」

 先っぽだけの可愛い小さなジャブをゆにゅんのハゲた頭に放つさくら。珊瑚も俯きつつ、さくらの言葉に同意するかのように頷いた。

「……二人とも……ありがとう……」

 ゆにゅんは思わず目に涙を溜めていた。例え自らの命を投げ出そうとも、この二人を必ず救おううと誓った。




 3人は、1階から2階に上がる階段を目指して進んでいた。

 これからの方針はおおよそ決まっていた。さくらの持つ「J」の解除条件は、「24時間以上行動をともにした人間が、最後まで生存していること」。珊瑚の「Q」は、「ゲーム終了までの生存」が解除条件である。この二つは非常に相性が良い。すなわち、この二人を最後まで守りきれば、二人の首輪は外れるのである。

 問題は自らの「A」の首輪であるが、これは二人にはあまり考えないように言ってある。

「最上階の6階に行けば、このふざけたゲームを仕組んだ犯人がいると思うんだ。そこなら、この首輪を外す方法もきっと見つかる」

 ゆにゅんはこう言って二人を納得させたが、正直自分でも勝算が薄いと思っていた。彼にとっては、自分の首輪は二の次で、二人を無事にここから帰すことが最重要であったのである。

 2階への階段がどこにあるかはすぐわかった。PDAには地図が記載されており、そこに2階への階段も記されていたからである。しかし、何と大きい建物なのだろうとゆにゅんは思った。建物の形が直方体だとすれば、横の長さは悠に1kmを超えているのではないかと思われた。それも、道は一本道ではない。複雑に曲がりくねっている。

 3人が2階への階段に到達したのは、歩き始めてから3時間後のことだった。

「ようやく2階ですね」

「疲れましたぁ」

「そうだね、ここを登ったら、少し休憩しよう」

 3人はそう言って、階段に足をかける。

 その折である、ゆにゅんは、びぃん、という、硬い弦を弾くような音を聞いた。

「みんな伏せて!」

「ゆにゅんさん!?」

 ゆにゅんは咄嗟に後ろの二人を庇いつつ床に倒れこむ。間一髪、彼の頭の上を鋭い何かが通りすぎていった。

「くそ!外した!でも矢はまだもう一発ある!」

 聞き覚えのある声……RSTのものだ。ゆにゅんは階段の上の方を見る。ちょうど曲がり角に隠れるようにして、RSTがボーガンにもう一発の矢を取り付けているのが見えた。

 逃げなければ、と思ったゆにゅんだが、珊瑚とさくらの二人はまだ事態を把握できずに倒れたままである。その間に、RSTは矢の取り付けを終え、再度こちらにボーガンの照準を合わせていた。

「ははは!死ねぇ!!」

 ダメかと思われたその時である。

「この糞ガキ!何やってんだ!」

 突如見知らぬ声。それと同時に、RSTは頬を思いっきり殴られ倒れこんだ。矢は明後日の方向に飛んでいった。

「今のうちだ!早く上がってこい!」

 上の階に男の姿が見える。リア充オーラを漂わせる、イケメンの青年である。

「珊瑚さん!さくらさん!早く!」

 ゆにゅんは二人を促して階段を駆け上る。2階に到達した3人は、そのまま青年とともに通路を駆けていった。

「くそぉぉ!!」

 RSTは矢のなくなったボーガンを4人に向かって投げつけるが、それは虚しく空を切り床に落ちるだけだった。

 走りながら、ゆにゅんは青年に問うた。

「あ、あなたは……?」

「俺か?俺の名は……」

 凛とした声だった。

「俺の名はJJJだ」


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最終更新:2008年09月10日 22:14