キラーおなまう 4話
2日目
「……ここは……?」
半日程経ったであろうか、少女がうっすらと目を開けた時、ゆにゅん達は歓喜の声を上げた。まだ楽観はできないものの、どうにか峠は越えたのである。
しかし少女の方は、徐々に頭の中が鮮明になってくるにつれて、逆に気が気では無くなっていった。
目の前には見知らぬ人間が4人。彼女は思い出す。ゲームのこと、家族のこと、そして、そのために殺した、優しかった男の人、ゆとまうのことを。
彼女は唐突に大声を上げて暴れ出した。
「うわぁぁぁぁ!やめろ!離せ!私の、私のPDAは!絶対に私は生きて帰るんだ!殺されて、殺されてたまるかぁぁ!」
「落ち着け!まだ安静にしていなければダメだ!」
JJJに一喝されると同時に、両腕の辺りに鋭い痛みが走る。更に酷い頭痛、吐き気。彼女は再度ベットの上に倒れこんだ。
「まだ熱があるんだ、動かずにじっとしていろ」
少女は自分の両腕を見た。自分の身体にあるべきはずの部分が無くなり、そこには包帯が幾重にも巻かれているだけだった。
彼女は、自らの両腕が鮮血をともないながら宙を舞っていく光景を思い出した。頭の中がごちゃごちゃになって、ついに彼女は泣き出した。
「うぅ……なんで……なんで……私を助けたんだ……私はもう一人殺してるんだぞ……お前達の敵なんだぞ……」
ゆにゅん達はその言葉に息を呑む。PDAを2台持っていたことから、まさかとは思っていたが。
少女のすすり泣く声だけが響いていた。しばらくして、ゆにゅんが唐突に口を開いた。
「僕はゆにゅんって言うんだ、君は?」
「そっか……。僕はおわたちゃんが、人を殺すような子には見えない。だから、何か理由があるんだと思うんだ。良かったら、教えてくれないかな」
「私は……私は……」
おわたと名乗った少女は、嗚咽を漏らしながらもその理由を語った。
自分には十数人もの家族がいる。妹や、娘である。それは主に、細胞分裂したり、売春し妊娠した末にできた子だったりした。彼女達の身体は不完全なものも多く、彼女達を養うにも、そして治療を受けさせるためにも、莫大な金が必要であった。
「だから……私は……あの子達のために……ゆとまうさんを殺したんだ……。私以外にあの子達を守れる人はいないんだ……」
「おわたちゃん……」
珊瑚とさくらはそう呟いて顔を伏せる。JJJも聞いていられないと顔を背けた。ただ、ゆにゅんだけが、おわたの瞳を見据えていた。
「だったら、いいんじゃないかな」
「え?」
「そのゆとまうさんという人を殺したおわたちゃんの罪は消えない。でもそのためにも、だからこそ、おわたちゃんは生きていなきゃいけない。
おわたちゃんの首輪の解除条件は?」
「え……き、『K』だけど……」
マークは「K」、解除条件は、5台のPDAの収集。ゆにゅん、珊瑚、さくら、JJJのもの、そして、おわたが殺した、ゆとまうという男のもので、5台。
ゆにゅんは後ろを振り向く。他の3人も同意するかのように頷いた後、自らのPDAを差し出した。
「おわたちゃん、これを使って、首輪を解除するんだ」
「え、で、でも、こんな簡単に……それに私、人を殺してるのに……」
「おわたちゃん、これでいいんだ。それが、君の家族のためにも、そしてゆとまうさんのためにも一番いいんだ」
「うぅ……」
おわたは再度泣き出した。
「ありがとう……ごめんなさい……ごめんなさい……」
場違いな、気の抜けた電子音が辺りに響いた。
おわたの首輪は、外れた。
「それで、これからのことなんだが」
切り出したのはJJJである。彼の話を纏めるとこうである。
これ以降おわたを連れて行くのは難しい。熱は下がりきらないだろうし、感染症の危険もある。歩くことも不可能だ。万が一襲われれば一溜まりもない。だから、もうすぐ進入禁止エリアになる3階の戦闘禁止エリアまで、送っていきたいという。
幸いPDAの探知機能を起動してみると、PDAの数はまだ13、自分達を示す4階の6個のPDAを除けば、4個の纏まりと2個の纏まりが6階、独立して動く一つが5階にあった。そして、3階への階段に近づくためには、今ゆにゅん達がいる4階の通路を絶対に通らなければいけない構図になっていた。
そこで、JJJとさくらで、おわたを3階の戦闘禁止エリアまで送り届け、ゆにゅんと珊瑚で、この3階の階段へと続く通路を見張ることに決まった。
おわたも当初は、ゆにゅん達を残して一人安全なところにいることはできないと渋っていたが、結局その提案を呑むことになった。
「おわたを一人3階に置いていくのは多少不安ではあるが……。ゲーム終了まであと一日とちょっと。感染症の恐れもある」
「大丈夫!いざとなったら口で薬を塗ったり、包帯を巻いたりしてみせるよ!」
現に彼女は、無理をするなと言われながらも、無くなった両腕の代わりに口や足を使って包帯を巻く練習をしていた。
各々がこれからのことに備えて武器や非常食などを用意している。
「珊瑚、ちょっとこっちに来てもらえないか。今後のことで少し話したいことがある」
JJJに呼ばれた珊瑚は部屋の奥の方にいき、おわたもベットに体を横たえている。残ったのはゆにゅんとさくらだけだった。
さくらはゆにゅんのハゲの頭を、また撫でていた。
「よかったですねー、おわたちゃん助かって」
「本当に……本当に良かった」
「でも、まだ楽観はできませんよー。それに、私たち4人も生きて帰ろうって誓ったんですからねー」
「ですね……」
珊瑚と、おわたを背中に抱えたJJJが戻ってくる。
ゆにゅんはぎゅっと拳を握った。
「よし、行ってくる」
「お願いします。さくらさん、JJJさん、おわたちゃん、お気を付けて」
「ゆにゅんさん、珊瑚さん……本当にありがとう。2日後、また会おうね!」
こうしてゆにゅんと珊瑚は、JJJ、さくら、おわたの3人の背中を見送ることとなった。
「……ねぇ、JJJさん」
背中から、おわたが声をかけてくる。
「今さ、私が後ろからJJJさんを刺そうとしてるとか、そういうこと思わないの?」
「腕がないお前には無理だろう」
「そうだけど、例えでさ」
現におわたは、そうやってゆとまうを殺しているのである。
JJJは笑った。
「あの二人を見たあとで、そういうことができる奴がいると思うか?」
「……ゆにゅんさんと珊瑚さんだよね。私もそう思う。あれだけ信じ合えるなんて、本当にすごいよ!」
後ろを警戒しつつ歩くさくらも、そうだねーと続いて笑う。
そして、3階の階段まであと少しとなった、その折であった。
「|*'ヮ')nまあ、嘘ですけどねー」
銃声。JJJの右腕が撃ち抜かれる。更にもう一発、足を撃たれ、彼はくぐもった声を出して倒れた。その拍子に負ぶっていたおわたも転がり落ちる。
「ぇ……うそ……さくらさん……?」
「……さくら……お前……!」
さくらの手には、未だ白い煙を昇らせる拳銃。間違いない、JJJを撃ったのはさくらである。
「ごめんなさいねー、でも私もお仕事だからー。このままおわたちゃんが簡単に生き残っちゃったら、つまらないっていう人がうるさいんですよー」
「わ、訳のわからないことを言って……やっぱり誰一人信じられないんだ……自分一人しか信じちゃいけなかったんだ……!くそっ!くそっ!」
「いい顔ですよー、おわたちゃん。でも、皆さんはこういう顔も見たがってるんですよー」
再度ニ発の銃声。銃弾はおわたの両足を貫く。小さな悲鳴。おわたの顔が涙と、そして絶望で歪む。
「そうですよー、そういう顔が見たかったんですよー。ほら、早く逃げないとまた撃っちゃいますよー」
「黙れさくら!」
JJJの声である。彼は、片足から吹き出す鮮血に耐えつつ、何とか立ち上がっていた。
「おわた!這ってでもいい!3階に降りて、右の通路をいけ!そこは進入禁止エリアだ!こいつも追っては来れない」
「JJJさんうるさいですよー、いいところなんで少し黙っていてもらえますかー?」
銃声。今度は左腕が撃ち抜かれた。しかし、それでも彼は倒れなかった。おわたに再度早く行くよう促すと、さくらをギラリと睨み付けた。
「……珊瑚には言いたいことは言ったんだがな、お前にはまだ言ってなかったよ。
さくら、お前男だろ」
さくらの笑顔がわずかに引きつった。
「ヒッキーのあいつらは騙せても、リア充の俺は騙せないさ。まずはそのネカマ喋りをなんとかするんだな」
「……別にJJJさんのことは何も指令を受けていなかったのですけど……
|*'ヮ')n殺しますわー。おわたちゃんは後でいたぶってあげますから、待っててくださいねー」
JJJは片足を引きずってその場から離れる。さくらが笑顔で追ってくる。逃げ切れる訳がなかった。しかしそれで良かった、おわたが3階へ行くまでの時間が稼げれば。
さくらが、すぐにJJJを殺す気が無いのが幸いした。長くいたぶるために、威嚇射撃程度しかしてこなかったのである。その間彼は、なんとか戦闘禁止エリアの部屋に逃げ込むことに成功した。
「いいんですかー?こんなところに逃げ込んでー?おわたちゃん殺しにいっちゃいますよー?」
もちろん、さくらがこう言うことも承知の上だった。本当におわたを殺しにいってしまう前に、自らの命を差し出さなければいけないということも。
JJJが自ら戦闘禁止エリアから出ようとしたその時である。
「まあ、戦闘禁止エリアの外から攻撃すればいいだけなんですけどねー」
そう言うと、さくらは懐から取り出した手榴弾を、部屋の中に投げ入れた。JJJの顔が驚愕に歪んだ。手榴弾は、ころんと彼の足元に転がり……
遠くで爆発音がした。
おわたは泣きながら、両腕の無い身体をまるで芋虫の如く這うように動かして3階への階段を目指していた。
頭の中はごちゃごちゃになっていた。殺してしまったゆとまうのこと、お互い信頼しきっていたゆにゅんと珊瑚のこと、こんなにも簡単に人を裏切ったさくらのこと、それに対し、自らの命をかけて自分を守ろうとしてくれたJJJのこと、そして、自分が守るべき家族のこと。
誰を信じていいのか、誰を信じてはいけなかったのか、そもそも信じること自体がいけなかったのか。何が何だかわからなかった。それでも彼女は這うのをやめなかった。
しかし、そもそも両腕を失った彼女の身体にそれだけの体力は残されていなかった。彼女の意識は徐々に暗闇へと落ちていく。
最後に、彼女は自らに近づいてくる死神の如き足音を、聞いた。
最終更新:2008年09月12日 19:41