ある日檻の中ヒグマNo.118はその歌を聞いた


 ヒグマ帝国のさらに地下
 帝国の発電機として使われている示現エンジンの近くにあるヒグマ解体場で
 今も鉄がこすれ合う音がヒグマの死を告げている
 穴持たずNo.118 解体ヒグマによるヒグマの解体の風景だ

 彼の腕は工事用のパワードアームと一体化している
 自動羆人形の技術をヒグマに活かせないかと考えたお遊びの研究
 ヒグマとサイバネの細胞癒着の実験
 その最初にして最後の実験体が彼No.118だ

 手術は成功した
 パワードアームの威力は高く通常のヒグマを難なく指で引き裂くことができる
 だがNo.118はその後一度拒絶反応を後発し生死の境をさまよった
 トラウマで彼は毎夜うなされることとなった
 暴れてヒグマを数匹殺したため個室牢に隔離されたが まだうなされた
 そのとき現れたのが桜井である

 桜井純
 眼鏡をかけたSTUDYの女性研究者
 彼女はNo.118を落ち着かせるため子守唄や童謡を歌った
 母性でも愛情でもなく実験体への措置としての行為 しかし綺麗な歌だった
 穴持たずNo.118は歌声に聞き入り癒された

 桜井はその後 彼がもっとも聞き入った「森のくまさん」を
 ヒグマを一番落ち着かせた歌としてヒグマたちの記憶にインプットしたが
 それは「森のくまさん」が一番最後に歌われた歌であり
 彼が最高にリラックスしていたからに過ぎないということには最後まで気づかなかった

 No.118は彼女に母性のような愛情を抱き
 次に歌いにきてくれるのはいつだろうかと楽しみにしていた

 だが
 今日の朝No.118が目覚めると
 彼女はヒグマ帝国によって殺害されていた

 量産ヒグマが檻にやってきて
 No.118は檻から解放されヒグマ帝国の配属となった
 破壊する力に長けていた彼は異分子ヒグマの解体係に任命された

 彼は楽しみを失った からっぽのこころで ヒグマを解体し続けることとなった

 No.118はヒグマを解体する
 解体するのは主に自然発生の量産品の中からたまに出る不良品のヒグマ
 または上の帝国で不祥事を起こし解体場に落とされてくるヒグマである

 ヒグマを解体し肉と骨と臓器に分ける
 骨は鉄より頑丈なので資材として建築班へ
 臓器と肉の大部分は食料班へ
 その前にヒグマをHIGUMAたらしめる改造細胞を専用機械で仕分ける
 進化する細胞「HIGUMA細胞」
 貴重なので採取せよという上からの命だ



 ちなみにこれは艦むすの製造にも不可欠だという話で
 ヒグマ提督はこれらの資材を欲しがるが故に
 仲間がクーデターを企てていると偽の報告をし
 上に仲間の解体申請をすることもいとわなかったらしい
 先ほどなど 街の一部のヒグマが再クーデターを企てているという偽装書
 しかもまだ実効支配者の確認を経ていないものを送ってきて解体を急かしてきた
 書類の確認ミスだろうか 電話連絡のあと送られてきた
 申請書類の解体予定数にゼロがひとつ多かったが No.118は気にしなかった

 ヒグマ提督の行為にも艦むすにもNo.118は興味が無かった
 新たな命を作り出すことができるヒグマ帝国も 
 死者を蘇らせることは現状不可能であるとモノクマが結論したからだ

 あらかた解体は終わった
 穴持たずNo.118は解体場備え付けの休憩ルームに入り
 彼専用となっている冷蔵庫を開けた
 中には奇跡的に喰われず残っていた桜井の死体が
 比較的きれいな状態で保存されている

 もう一度彼女の歌が聞きたいNo.118だったが
 それを叶えるほどの知性も力も彼は持ち合わせていない
 彼の両手は壊すための機械 彼は壊すことしか出来ないヒグマなのだ

『ある日……檻の中……オレは……出会った……』

 人の言葉を喋れない彼はヒグマ以外には意味を成さぬその雄叫びで
 また「森のくまさん」のメロディを歌いはじめた
 なお 音はかなり外れている




ビスマルク。早速だけど、君に任務を与える。
 解体場に行って穴持たずNo.118に話を聞いてくるんだ。弁明がなければ、殺していい」
「分かったわよ。分かったから睨まないでってば!
 私、あのアトミラール(ヒグマ提督のこと)が規律を破ってるなんて知らなかったんだから!」
「ああ。だから君は殺さない。
 だがNo.118は規律を破ったヒグマ提督に加担し、帝国民を意図的に大量解体した可能性がある。
 君の大嫌いな規律を軽視する輩の仲間かもしれない。だから君に任せる。判断は自分でしろ」

 クッキー工場跡地に二匹のヒグマと一人の艦むすがいる。
 その中、ヒグマの片方、穴持たずNo.48シバさんは、
 般若もかくやという“静かな怒り”の顔をして、
 気絶から目を覚ました艦むす、ビスマルクを正座させた後で任務を命じているところだった。

 ビスマルクを作ったヒグマ、“ヒグマ提督”はもはや明らかに黒だ。
 艦むすの建造自体は違法ではないが、
 実効支配者に未連絡での勝手かつ異常数のヒグマ解体申請、
 さらにそれを自分で艦むすの建造に当てると言う私利私欲しか見えない行動。
 そして今回の地上への逃亡……どこをとっても帝国に害をなすとしか思えず、早急な処罰が必要である。

 提督は捕獲してヒグマ牢へ。
 だが参加者へ重大な情報を漏らしたり逃がす手助けをする(していた)ようなら処刑。
 艦むすは帝国側に付くならば問題ないが、寝返らないようならば轟沈させることもあり得る。
 というのがシバさんの判断であった。

 しかしヒグマ提督からの連絡をもってヒグマを解体した穴持たずNo.118についてはグレーだ。
 普通なら200体の解体申請に眉を顰めてこちらに報告するはずだが、
 何かの手違いの可能性もある。彼もまたヒグマ一派なのかどうかを判断するには材料不足。



 ゆえにシバさんはNo.118のところにビスマルクを送り込むことに決めた。
 状況を話したところ、規律にうるさいビスマルクはこちら側に付いてくれたのである。

「Gott.行ってくるわ」
「健闘を祈るよ。と言っても、いっぱしの改造ヒグマに君が負けるとは思えないが。
 ……いや、待て。それともう一つ、君に頼もう」
「何?」

 クッキー工場から出ていくビスマルクにシバさんは任務を付け加える。

「おつかいさ。こちらでの艦むす建造資料は見たかい?
 ヒグマ提督は全資材を使ってかなりの艦むすを作ったようだが、
 使用資材には端数が出たようだ。解体場にはまだ資材とHIGUMA細胞が少しばかり残っている。
 定期的に不良ヒグマも供給されているし、君が着くころにはまた建造可能な量が溜まっているはずだ」
「それを取ってくればいいの?」
「シバさんも艦むすを建造するんですか?」
「いや、俺が建造するのは艦むすではないよ、シロクマさん」

 疑問が二方向から上がった。
 ビスマルクと、ここまで彼をじっと見つめていたシロクマさんだ。
 そのクエスチョンに対し、劣等生は“怒り”を内に込めた静かな笑みで返事を返した。

「艦むすでは、ない? では何を建造するのです?」
「少し前にもう一つ報告があったろう、シロクマさん。
 連絡用クルーザーに乗って逃げたヒグマたちが粛清されたという事案だ。
 そしてそのクルーザーだが、沈没したものが先ほど島近くの海底から引き揚げられたらしい。
 俺はその船の残骸をここへ持ってきてもらう。そして、建造材料に加える」
「船の残骸……沈んだ船の……ま、まさか」

 ビスマルクがシバさんの狙いに気付き、震えた。

「まさかあなた。“深海棲艦”の作り方を知っているって言うのっ!?」
「ああ。というか、思いついた。
 やり方は、ここに残っていた艦むすの建造研究冊子の情報を応用するだけだよ。
 もちろん自分なりに、多少のアレンジは加えるけれど」
「……!!」
「実効支配者があまり会場に出張りすぎても、よくない。
 帝国内部から今回のように裏切りが出る可能性もある以上、やはり俺は地下に留まるべきだ。
 しかし相手は艦むす。ならば、その対抗策には何を使えばいいか? 答えは簡単だ」

 今は記憶を失いヒグマとして生きているものの、
 もともとは優れた魔法研究者であったシバさんにかかれば、
 STUDYや彼らから生み出されたヒグマ提督の研究を応用することなど赤子の手を捻るようなものである。

「――“戦艦ヒ級”を作る。
 それをヒグマ提督への手向けとしよう」
「……わ、分かったわ。私たちにとっての敵を仲間にするのは少し気が引けるけど。
 じゃあ改めて。戦艦ビスマルク、抜錨!出撃するわ!」
「ああ。頼む」

 作戦を肝に銘じたビスマルクがクッキー工場から出発した。
 ビスマルクを見送ったシバさんの後ろで感動したシロクマさんは人知れず歓喜していた。
 隙のない作戦立案。圧倒的速度での研究成果の応用。
 そしてそれを突き動かしている尖った“怒り”の感情。
 これが彼女が求めた兄の姿だった。



「そ、それで。シバさんは今から何を」

 歓喜に震えながら妹は兄に問うた。兄は答えた。

「ここでゆっくり材料を待つよ。
 今回の件について、シーナー氏やキングヒグマと情報を共有しないといけないし。
 『あの方』にも色々と報告する必要があるだろうし、ね。
 まだ、ヒグマ提督も俺たちを警戒して目立った行動は起こさないだろう。久しぶりに、小休止さ」
「そうですか。で、では……少しデッキの調整に付き合ってもらえませんか?」
「デッキ?」

 シロクマさんはそそくさとオーバーボディから紙束を取り出す。
 ヒグマの間でのもう一つの流行り、遊戯王カードのデッキであった。
 ここまでずっと忙しく時間が取れなかったが、
 これで兄と遊ぶのが彼女の楽しみだったのだ。もちろん私的以外の理由もある。

「【氷結界】です。地上のデビルヒグマはおそらくデュエルでしか殺せないでしょう? 備えておきたくて」
「なるほど。でも、俺はデッキなんて持っていないが?」
「それは安心です。シバさんの分もすでに作っておきましたから。これです」

 もう一つ、兄のために作った最強のデッキをシロクマさんは取り出した。

「【魔導】でございます、シバさん」

 それは――兄に慣れてもらおうとシロクマさんが取り出したデッキは、
 遊戯王OCGでも有数のチートカード《魔道書の神判》が積みこまれた、所謂チートデッキである。




 那珂ちゃんが解体場に到着した時、その場にはヒグマの鳴き声が響いていた。
 なんとなく、悲しそうな鳴き声。
 どうもメロディがついていて、歌かなにかのようだったが、すごく下手だったし、
 休憩室の扉をひとつ挟んでいるためにどんな歌詞かもいまいちよく分からなかった。
 もたもたしていても仕方がないので、那珂ちゃんは扉を開けてあいさつした。

「やっほー! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ♪ ってうわ何それ!? 死体!?」
『……誰だ』
「あっ。えっと……『それって何?』
『……答えなければならないなら、答えるが。あまり答えたくはない』

 何なのか聞いたが、芳しい反応は返ってこなかった。
 那珂ちゃんが見たのは冷蔵庫の「中身」。死体だった。
 比較的綺麗な女性の死体。メガネをかけていた。扉はもう閉じられている。
 どうしよう? 普通に気になるしもう少し訊いておくべきか?
 とも思ったが、自分の任務を果たすのが先だと那珂ちゃんは思い直して、やめた。

『じゃあいいや。えっと、那珂ちゃんは伝えに来たの! 提督からの伝言!』

 那珂ちゃんはヒグマ提督からNo.118の元に送られた伝令なのだ。

『こんな感じだったかなー。オホン!
 ――No.118くん、ごめんね! 発注数ミスってたのかな!
 でも発注数通りに解体する君も正直どうかと思ったよー。どうすんのこれ。
 とりあえず僕は地上に逃げることにしたけど、君がどうするかは知らないよ。
 多分シーナーさんたちは激おこで君を殺しに来ると思うから逃げた方がいいよ! 以上!』
『……』
『あれ、言葉間違ってないよね! マネも上手くなかった!? 反応鈍くない?』
『いや……奴にもほんの少しだが、他のヒグマを心配する心があったのかと、感動していた』



 那珂ちゃんは提督を悪く言われた気が少ししたが、
 なんとなく的を射た言葉のようにも思えて何も言うことが出来なかった。
 少し沈黙。するとNo.118は那珂ちゃんにこう告げた。

『返答だ。伝言は確かに聞いた。だがオレは、逃げない』
『えっ』
『ここに居たら巻き添えになるだろう。お前こそ、今すぐ逃げた方がいい』
『……なんで逃げないの? その、「中身」を守りたいの?』
『それもある。だが……そもそもオレはからっぽだ。
 生き延びてまでやりたいことも無いし、唯一の望みはもう叶わぬ願いだ』

 No.118は寂しそうな調子で、言った。

『せめて彼女のように綺麗な歌を歌ってみたかったが、オレは音痴だしな』
『え……ちょ、ちょっと待ちなよ! まだ諦めるには早いんじゃない?
 こうなんというかほら、世界って広いしさ……? 大海を知らぬのことわざだよ?』
『ならば知ってみろ』

 ギュイン。穴持たずNo.118が備え付けている両腕のパワードアームが駆動音を発した。
 那珂ちゃんは本能的恐怖を感じバックステップで後退、
 しかし狭い休憩室内ではそれ以上は後ろに下がれず、すぐに距離を詰められた。
 アームが、壁に触れた。
 と思ったら、
 ばきりばきりばきりばきりばきり。
 那珂ちゃんの後ろの壁がふと気づいたときには“解体”されていた。

『わ、う、わ!!??』
『この通りだ。アームのパワーをオレは制御できない。
 扉も、冷蔵庫も足で開け閉めするしかないし、食事はすべて犬食いだ。
 全くなにが実験は成功だ。死体をここまで運ぶのにオレが、彼女を何度壊しかけたと思う!
 ……オレは誰も癒すことなどできやしないんだ。壊すことしか。できんのだ』

 がおおん、と大きく鳴きながらの悔し涙じみた言葉だった。
 確かに。比較的きれいではあったが、那珂ちゃんがみた「死体」は……。

『ヒグマさん……』
『分かったら逃げろ。オレとてヒグマ、怒れば周りなど見えなくなるぞ。
 それに提督の元に帰るのもやめておけ。ヒグマ帝国は強い。奴もじき粛清される』
『て、提督は負けないって!』
『本当にそう思っているのであれば、お前こそ井の中の蛙だ。
 帝国はヒグマの共同体という名の一個の個。
 ヒグマの未来のためであればなんでもする。一匹の欲などすぐかき消される――』

 那珂ちゃんにNo.118が告げたその瞬間だった。
 その場に、新たな乱入者がやってきた。

「あら。那珂じゃない。ってことは……そっちのヒグマも“お仲間”と見ていいのかしら?」

 穴持たずNo.118と那珂ちゃんは同時に休憩室の入り口を見た。
 ビスマルクがそこに立っていた。
 此方に向かって、凛とした敵意を砲身という形で向けていた。
 那珂ちゃんは一瞬仲間が来たと思ったが、セリフ的に違うと分かったあと、しまったと思った。
 これって普通に、仲間同士の会合だと思われちゃうパターンだ!

「ビ、ビスマルクちゃん……どしたの? 工場の前に残ったんじゃ」
「ええそうね。でもその後気付かされたわ。帝国側のほうが“正しい”存在だってことにね」

 いちおう聞いてみたが予感は当たっていたらしい。まずい。
 軽巡の那珂ちゃんでは超弩級戦艦のビスマルクに勝てる要素は何一つないのだ。
 しかも横のヒグマは死んでも構わないという。ってことはこれ……ガチで解体されちゃうパターンだ!



「わ、分かった! 那珂ちゃんも寝返る! だから殺さないで!」
「ピンチとなればすぐ寝返るようなやつは信頼できないわね。帝国には必要ないわ」
「そんな!
 ビスマルクちゃんだって寝返ってるのに!?」
「私はきちんと敗北し、捕虜となってから所属を変えるという正しい手順を踏んでいるから問題ないの。
 それと……まだそちらの殿方から返事を聞いていないわね?」

 ビスマルクはNo.118のほうに照準を合わせた。
 No.118は沈黙したままだ。ビスマルクは宣言した。

「沈黙は反抗とみなす。答えなさい。あなたは、敵?」
『……』

 穴持たずNo.118は答えなかった。代わりに腕を勢いよく、前に突き出した。

「!! Gut! 言葉はいらないってわけね!」
『……逃げろ、ナカチャンとやら』

 パワードアームの致命的威力を察知したビスマルクはエンジン逆噴射で解体場まで一旦引いた。
 すぐに四門の砲台から砲撃を休憩室に浴びせる。
 No.118はそれらの砲弾をアームの一撃で消し飛ばした。白煙が辺りを覆う。
 那珂ちゃんは目の前で起こった衝撃波、呼びかけられた言葉、
 すべての状況を理解するのに少々時間を要した。

 視界が晴れると目の前のヒグマはその機械の腕で、
 那珂ちゃんの後ろの壁を指していた。
 先ほど壊した壁、その先には、おそらく彼が掘ったのだろう横穴が続いていた。

『逃げろ。その道の途中に……彼女の落とし物がある。
 オレの手では拾えなかった。できれば拾ってやってくれ。そして海に出ろ。
 ミズクマが動いていなければ、それでお前は自由だ』

 穴持たずNo.118はそれだけ言うと、休憩室から解体場へゆっくりと歩き出した。
 那珂ちゃんは二十秒ほどその場に立ち尽くしたあと、
 解体場から聞こえた爆音と獣の断末魔めいた叫び声に足を突き動かされ、忘我状態で横穴を駆け出した。
 逃げた。
 もつれた。爆音が遠ざかり始めたところで、石につまづいて那珂ちゃんは転んだ。

「きゃっ! ……ん?」

 そしてその時、目の前の地面に落ちていたものに気が付いた。
 ぽつりとその場所に落ちていたのは。

 白い貝殻の小さなイヤリングだった。

「イヤリング……?」

 そこで那珂ちゃんはようやく我に返る。そうだ、このままじゃ追われてしまう。
 イヤリングを掴んで起き上がり、主砲から砲弾を背面に撃ちだして、
 いままで走ってきた通路を崩壊させた。これで少しは時間を稼げるだろう。

 でも、じゃあ何をすればいいのだろうか?
 那珂ちゃんにはそんな未来のビジョンなど存在しなかった。

 逃げろ、自由だと言われても那珂ちゃんは艦むすである。
 艦とは道具であり、提督に使われる存在だ。
 今回那珂ちゃんは提督の「穴持たずNo.118に伝言をする」
 という使命のためだけに作り出されたので、
 それが終わったら提督の元に帰って新たな指示を受けようと思っていた。



 しかしもう提督の元に帰ることは難しそうだ。
 ということは自分の頭で、娘の部分で考えて行動しなければならないのだが。

「提督ぅ……那珂ちゃんは、お仕事がなくちゃ、動けないよ……」

 ――ある日森の中でくまさんに出会ったあの少女は、
 イヤリングを拾ってもらったあと、果たしてどこに向かったのだろう? 

 那珂ちゃんはとりあえず横穴をとぼとぼと歩き始めた。
 向かう先に何があるのかすら分からないままに。


【ヒグマ帝国 秘密の横穴/昼】


【那珂@艦隊これくしょん】
状態:健康、パニック(小)
装備:無し
道具:白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国
基本思考:逃げる
0:艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!
1:お仕事がなくちゃ動けないよ…
2:ヒグマさん…
3:とりあえず横穴を進んでみよう
※秘密の横穴がどこに続いているのかは不明です




「遺言はあるかしら?」

 ビスマルクは四門の38cm連装砲のうち一門に軽微なダメージを負いながらも
 毅然とした態度を崩さず相対するヒグマの顎を撫でて語りかけた。
 薄い呼吸を続けながらヒグマはビスマルクを睨む。
 ヒグマ――穴持たずNo.118のパワードアームはすでに両方とも彼の腕から吹き飛ばされ、
 のみならず彼は腹に大きな穴を空けており、体中にいくつもの裂傷が刻まれていた。

「……っと、貴方ヒグマ語しか喋れないんだっけ。じゃあヒグマ語で聞くべきかしらね。
 もう一度聞くわ、『遺言はあるかしら』
『ない。もう十分だ』
『そう。じゃ、尋問に移るわね。ヒグマ提督がどこに逃げたか、詳細位置は知ってる?』
『知らん』
『那珂をどこへ逃がしたの? 提督の元に返したわけじゃないんでしょう』
『さあな。あいつが決めることだ。オレはもう、知らん』
『ふうん……ま、尋問しても無駄だってのはなんとなく分かってたけどね』

 ビスマルクはヒグマを地面に叩き付けた。

『でも無駄よ。貴方の企みが何だかは知らないけど。今この島から外に出ることは出来ないし、
 仮に外に出て自由になったとしても、戦うために作られたのが艦むすだもの。
 またどこかで戦う羽目になるだけ。結局は檻の中。なら、正しい方に付いて戦うのが、兵器としての正解だわ』
『フン。正しい、か……正しさとは何だろうな、艦むすの少女よ。
 おびえるヒグマを解体しながらオレはずっと考えていたよ。
 この島を今、外から俯瞰で眺めた時に……もっとも正しいと言えるのは、
 どういう行動、どういう意思なんだろうかとな』
『正しいかどうかは誰かが決めることじゃないわ。勝った方が正しいの』



 それが戦争よ。とビスマルクは言った。
 それもそうかと穴持たずNo.118はある種納得したように言った。
 ビスマルクは容赦なく介錯の砲撃をヒグマに浴びせた。
 彼は動かなくなった。


【穴持たずNo.118(解体ヒグマ) 死亡】


「作戦終了。帰還したわ……って何?
 どうしたのよ貴方たち、ずいぶん落ち込んで」
「どうしてだ……理論値では俺が勝つ確率の方が高いのに……」
「どうしよう……まさかシバさんに、こんな弱点があったなんて……」

 ヒグマ解体場から帰還したビスマルクはカードの束を眺めて落ち込むシバさんと
 そんなシバさんを見て落ち込むシロクマさんという奇妙な光景に出くわした。
 聞いてみれば彼らは、
 遊戯王のデュエルをしてデッキ調整をしたらしいのだが、
 シバさんが圧倒的なまでの引きの悪さで連敗に連敗を重ねたのだという。

「サーチカードが豊富な【魔導】で事故るなんて普通ないんですけどね」
「くそっ。もう一回だシロクマさん! 次こそは俺が勝つ!」
「待ちなさいよ。そんなことより、材料持ってきたんだから建造しなさいよ。
 っていうかこんな戦時中にカードゲームで遊ぶって、あなたたち規律が緩んでるんじゃないの?」

 遊戯王をただの遊びと捉えているビスマルクは怪訝な顔をした。
 この認識の差異についてはシロクマさんが丁寧に教えることで事なきを済んだが、
 今度はビスマルクも遊戯王に興味を持ってしまった。
 資料庫からデッキカタログを持ってきて、なら【巨大戦艦】とか使ってみたいわねと目を輝かせる。

「まあでもそれは後の話ね。任務の結果報告が先」
「ああ、頼む」

 ビスマルクは任務の結果をシバさんに逐一報告した。
 曰く、穴持たずNo.118に会いに行くと、彼とヒグマ提督の部下である那珂が密談していた。
 ヒグマ帝国民の解体についてはとくに弁明などなく、いきなり殴りかかってきたので応戦。
 無力化は難しいと判断しNo.118については殺害。
 那珂はひそかに作られていた経路を使用し逃亡していた上、
 ある程度は追ってみたが道が塞がれており、これは時間がかかりそう、報告が先と判断した、と。

「ま、No.118は黒で良かったと思うわ。
 冷蔵庫に無断で自分用の食糧を確保していたようだし」
「食料?」
「帝国の研究員みたいだったわね。クーデター起こしたって聞いたけど、その時のかしら?
 メガネかけてた……女の人」
「桜井研究員!? 彼女の死体が、そんなところに!?」
「わ、どうしたのシロクマさん」

 突然シロクマさんが素っ頓狂な声を上げたのでビスマルクは驚いた。

「いえ、その……ビスマルクさん。その死体、イヤリングは付けていませんでしたか?」
「イヤリング? しっかり確認はしてないけど……付けてなかったと思うわよ」
「……ならば敵に渡っている可能性がありますか。……まずいですね」
「シロクマさん。そのイヤリングというのは俺は初耳だな。何かやばいアイテムなのか?」
「いえ、私もよく知らないのですが……対HIGUMA兵器の一つだとかいう話で」
「なんだと」



 シロクマさんが知るところによると、そもそもクーデターをヒグマが行った背景に、
 有冨たちがヒグマを支配すべく対HIGUMA兵器を作り始めたというのがあったらしい。
 自身らがシーナーの五感操作を受けていたことを肌で感じ取っていたのか、
 あるいはヒグマの強さと知性に対抗策を打たねば、
 いつか反逆されて喰われるという思いがあったのかは知らないが、
 スタディはヒグマの野生を科学で支配、操作することをひそかに研究目標の一つに加えようとした。
 結果的にそれこそがヒグマの怒りを買うことになるとは分からぬままに。

「桜井研究員が対HIGUMAのために作ったのがそのイヤリングだとは小耳にはさみました。
 どんな代物なのかは研究班に聞いてみないと分からないのですが……」
「そうか。ヒグマ提督……それにNo.118。厄介な問題ばかりを持ちこんでくれるな」
「シバさんならなんとかできますよ」
「……まあいい。今できることを処理しよう」

 イヤリングの件については次の放送までに実効支配者たちの間で共有するとして、
 シバさんが今対処しなければいけないのはヒグマ提督の件である。
 材料はそろった。あとは建造するだけ。
 建造にかかると思われる時間は――およそ一時間半。
 放送後になる、とシバさんは見ている。

「“戦艦ヒ級”の完成。それに、更地にした地上に建造する×××。
 度重なるアクシデントで混乱を極めたこちらの軍勢も、放送後にはおそらく“整う”。
 革命に伴うごたごたの時間は終わりだ。ここから、戦争は第二フェイズに入る」
「はい。さすがです」
「っていうか、ロワとか実験じゃなくて戦争って言い方なのね……」

 キメ顔で感慨を呟くシバさん、微笑みつつそれを見守るシロクマさん、
 少々呆れながらも戦争というワードに少しばかり気分が高揚しているビスマルク、
 三者三様ながらこれからの未来に想いを馳せ、
 建造装置のボタンを押した。




 ――――建造完了まで   1:30:00




【ヒグマ帝国・研究所跡/昼】

【穴持たず48(シバさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、記憶障害、ヒグマ化
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:「戦艦ヒ級」によってヒグマ提督と彼の艦むすに処罰を与える
1:できるかぎり帝国内で指揮をするほうが良さそうだが・…。
2:カードゲームでシロクマさんに負けたのがすごく悔しい!
3:イヤリングの件などについて実効支配者たちと情報共有が必要だ
[備考]
※司馬深雪の外見以外の生前の記憶が消えました
※ヒグマ化した影響で全ての能力制限が解除されています
※カードの引きがびっくりするほど悪いです



【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、ヒグマ化
装備:ホッキョクグマのオーバーボディ
道具:【氷結界】デッキ
[思考・状況]
基本思考:シバさんを見守る
0:頑張ってねー
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営しています
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品です
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です

【Bismarck zwei@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:38cm連装砲、15cm連装副砲
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:シバさん(ヒグマ帝国)の兵器として勝利に貢献する
0:勝った方が正しいのよ
1:規律はしっかりすべきよね
2:【巨大戦艦】デッキ使ってみたいかも
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです
※ヒグマ帝国側へ寝返りました。

※白い貝殻の小さなイヤリング@ヒグマ帝国は対HIGUMA兵器として
 開発されたもののようですが、効果などは次以降のひとにお任せします。
※残り一時間半で「戦艦ヒ級」が建造される予定です。

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最終更新:2014年05月15日 03:51