いい機会だし、巴マミの話をしなければならないと思う。
わたしにとって、まどかの次に身近だった魔法少女の話を。

こう言うと意外に思われるかもしれないが、私は彼女を高く評価している。
いや、尊敬すらしていたと言っていい。

私の魔法少女としての戦いがまどかと共にあったのは言うまでもないが――
その陰に彼女があったのは、それも言うまでもない事実なのだから。

現在の見滝原において、もっとも古い魔法少女。
それは決して、軽んじていいものではない。
彼女は間違いなく、私が今まで見てきた中で最も高い実力を持つ魔法少女と言っても過言ではないのだ。
そしてだからこそ、私は――正確には“前週の私は”――彼女を警戒していた。

2週前の世界。
魔法少女の真実を知り、狂乱した彼女は――佐倉杏子を撃ち、その場にいた魔法少女を皆殺しにしようとして、まどかに殺された。
その経験から前週の私は彼女を警戒しできるだけ近づかなかったし、近づかせなかったのだ。
結果から言えば、それは間違いだったと思う。
あのイレギュラーな世界で私が後手に回った原因は間違い無くそれだったし――あの結果を引き出してしまった原因も、同じものだ。

だから――私がまどかを救いたいと願うなら。
彼女も、彼女への私も、変わらなければならない。



魔法少女になってから、ずっと考えていたことがある。

――私は一体、何者なのだろう?

あの日、私が直面していたのは――間違いなく、“絶対的な死”だった。
それを魔法少女となることで無理矢理踏み倒した私は――

もしかして、まともな人間ではなくなってしまったのではないだろうか?

その疑問は、言葉にはならなくても頭の中でずっと渦巻いて、私の中に煙のような不安として生きていた。
魔法少女として戦っていた私が友人を作らなかったのは、戦いに巻き込みたくないという気持ち以外にもその不安が関係していたように思う。

それでも今までは、魔法少女としての使命を胸に抱いて迷わずに騙されていられた。
でも、もう駄目だ。
嘘という甘美な毒で建てられていた城は、真っ二つにされて崩れ去った。
そこに残っているのは、空虚な夢の残骸だけだから。



落ち着け、落ち着けよジャン・キルシュタイン
ここで暴発しちまったら、死に急いじまった野郎と変わらねぇ。

俺の後ろには、三人の仲間がいる。
リンとクマ、そしてアケミ。
三人分の判断と命を預かってるんだ。
短絡的な判断で、それを危険に晒すわけにはいかないんだよ。

そう。俺は、指揮を任されたんだからな。

怒りを丁寧に殺す。頭を冷やして、状況をじっくりと観察する。
正中線から真っ二つにされた女の子と、それを囲むように野郎が二人にヒグマが一匹に――鉄みてえな物でできた小さい巨人みてえな奴が一匹。他の奴は影も形も見えねえ。
一見した限りじゃ、犯人はこいつらしかいない。
――だが、少しだけ違和感がある。それがなんだかわかるまでは、『赤』はなしだ。

言っとくが、人間と一緒にいるからいいヒグマだとか、そんなお花畑みてーな判断基準じゃねーぞ。
元々ヒグマだって、俺達をこの島に連れてきた野郎が持ち出しやがったんだからな。

俺が気になってるのは、こいつらも死体も綺麗すぎることだ。

タマネギ頭の子供の死体の時も思ったけどよ、ヒグマだぞ?
殺した相手はグシャグシャに食っちまうもんじゃないのか?
少なくとも、最初に偉そうに殺し合いを説明されてる時に現れたヒグマは反抗した奴を頭から食ってたし――アケミの時だって、そうだった。

大体よ、コイツが人を食わないヒグマだったか、今から食うところだった、ってことにしたって、おかしいだろ。
どうやったらこんなに綺麗に人間を真っ二つにできるんだよ?
野郎の方はどっちもひょろい体格して、そんな力仕事ができるようには見えねぇ。
ヒグマの方は確かに腕からブレードを生やしてるが――途中から折れちまってるし、あれを使って斬ったにしては刃が綺麗すぎだ。
真っ二つにされて死んでるのは確かだし、よしんばこいつらにそれが可能だったにしてもよ。
女の方が抵抗したらもう少し死体は壊れるもんじゃねーのか?
不意打ち、って可能性はあるけどよ。この状況でどうやって不意打ちするんだ?
周りじゅう海じゃねぇか。アケミの時みたいに、視界が悪い訳でもない。近付かれたら普通は気がつくだろ?
それとも避難するまでは一緒で、騙し打ちでもしたのか?
ヒグマがいてどうしてそんなことをする必要があるんだよ。

つまりこいつらがこの女の子を殺した犯人なら、だ。
このヒグマが人の死体を食わなくて、
こいつらが人間の体を綺麗に真っ二つにできて、
女の子に不審がられもしなくて、
抵抗される事もなく殺せた、ってことだ。

――こいつらが犯人になる可能性を並べるほどに、現実離れした状況になっていくのはなんでだろうな。

わかってるさ、有り得ないなんて言わねえ。
“有り得ない”ことなんて、これまで何度も経験しちまったからな。

だから、こいつらへの扱いはまだグレーだ。
これからの質問で、きっちりと見極めてやる。

「おい、聞こえなかったのか? そこの女の子を殺したのは、てめぇらかって聞いてるんだ」
ブレードを突き付けながら、もう一度聞く。
白いシャツの奴とヒグマは狼狽えてるようにも見えるが、一見しただけじゃ演技でも見分けはつかねぇな。

「そ、そんなこと……」
「ないってか? なら、その女の子は誰が殺したんだよ」
駄目だな。白シャツの奴はビビってる。
俺にビビってるのか、それともその他の事にビビってるのかはわからねぇが、まともな答えは聞けそうにねぇ。
だからまともに話ができるなら、もう片方の黒服の野郎に――

「殺したのは俺達ではない。
 だが、この少女が殺されたのは俺達の不徳の結果だ……」

――は?
なんだ、おい。
今、ヒグマの口が開いて、そこから人の言葉が聞こえた気がしたんだが。
俺の聞き間違いか?

「……喋るヒグマに出会ったのは初めてか。
 俺の名は穴持たず1『デビル』。こちらは碇シンジ球磨川禊だ。
 ……そして、この少女の名前は巴マミ。俺の母と……呼びたかった女性だった」
――本当にヒグマが喋ってやがる。中に人とか入ってるわけじゃないよな?
というか、『母と呼びたかった』ってなんだよ。
そりゃヒグマと人間なら親子じゃねぇだろうが。

『デビルちゃんの言う通り マミちゃんを殺したのは僕達じゃないよ』
『……いや 死なせたも同然なのかもしれないけどね……』
『だとしたら マミちゃんには謝っても謝り切れないな』
――クマガワって奴は、何故か知らねえが無性に胡散くせえな。
そういう性分なのかもしれねぇが、正直ホイホイと信用したくねえタイプだ。
となると、

「……それだけ言われて、はいそうですかって信じると思ってんのか?
 そこのヒグマ、何が起こったか説明しろよ」
一番まともに会話できそうなのがヒグマってのはどういうことだ、おい。



「……なるほどな」

こいつらの話を総合するとこうなる。
デビルとクマガワ、イカリとトモエは一緒にここに津波から避難していた。
そこに海の上を走って跳んでここまでやって来た人型のヒグマが、刀とやらを使って遠くから女の子を真っ二つにして去っていった、と。

――少し前の俺なら頭から否定してたとこだな。
生憎、今の俺はこの島で「なんでもあり」加減を経験しちまって、その辺は麻痺しちまってるが。
魔法なんてのがある以上、遠くから相手を斬る技なんてのがあってもおかしくはねぇさ。

ただ、それと信じるかどうかは別問題だ。
その人型のヒグマってのが女の子だけ殺してこいつらには手を出さなかった理由は聞いたが、それが正しいかなんて誰も証明できねぇからな。

とはいえ、言われたことが正しいかって考えたら何を聞いてもしょうがねえってのも事実だな。
ここは一旦保留にして、離れてリンにこの後の動向を観測してもらうのも手か?
悠長ってのは否めねぇが、会話した感じ即刻対処する必要があるとも思えねぇしな。
そろそろ津波も引くってクマも言ってたし、その後の行動で仕掛けるか決めても――

『ねえジャンちゃん 考えに耽るのもいいけどさ』
『僕達から意識を外していいの? 一応尋問してるんでしょ?』
「うるせぇな。言われるまでもねぇ、不審な動きをしたら即ぶっ殺してや……、?」

気がつくと、クマガワが女の子の死体に近寄って何かやってやがる。
人差し指を血の海から引いて――、文字でも書いてるのか?
クマガワはこっちが視線を向けたのを確認すると、書いた血文字を指差している。

読めってのか?
声に出さずに筆談っつーのは、何か事情があるのか――それとも、俺の気を引く為の芝居なのか。
前者なら下手に突っぱねれば交渉決裂ってことになりかねえが、後者なら気を散らすのは危ねえよな。
となると、こういう対応かね。

「悪いが、俺にはお前らをまだ信用できねえ。
 ヒグマなんか連れてる奴等に対して安心しろ、ってのが難しいのはわかってんだろ」
筆談がブラフじゃなけりゃ、口に出されると困る事情があるんだろう。
ならそこには乗りながら、要求自体は突っぱねる。
相手に交渉する気があるなら、遠まわしに意図を聞き出すのもアリだ。

『そう言われると困るんだけどね……』
そう言いながらも、クマガワはこっちの意図を悟ったのか血文字をやめて、死体を探り出し――あん?
何か探してんのか?
クマガワの手は帽子を取ると、それについてた宝石を――って、ちょっと待て。

「おい、それ、ソ――」
『こっちとしても 彼女の死体をどうにかしてあげるくらいはしたいんだけどさ』
『今の状況じゃ それもできないな』

こっちの台詞を遮ったクマガワは、口許に人差し指を当てて黙るようにこっちに促す。
――「黙ってろ」ってのは、そういう事情か?
何に対して黙ってるのかはわかんねぇが――まあ、いいさ。
それのことがわかってるなら、少なくともこの女の子を殺したのはお前らじゃないんだろうからな。

手に握ったサイリウムを折る。
色は――緑。





「うーん……つまり、デビルも現状については深くは知らない、ということクマ?」

――まさか、ヒグマと会話することになるとはクマ。
ジャンがヒグマを相手に緑の信号を送って来た時も目を疑ったけど、ヒグマが人の言葉で喋り出した時は耳を疑ったクマ……。

「ああ。そこを確認する為に、一度地下へ戻ろうと思っていたところではあるしな……。
 有冨達が作った“穴持たず”についても、ナンバーの近い連中はともかく後期の連中になると把握はし切れていない。
 度々抜け出している者もいたとはいえ、名目上我々は実験動物だったわけだからな。
 ――いや、もしかすると有冨たちでさえ、全てを把握していたわけではなかったのかもしれぬ」
「……それって、どういう意味クマ?」
「……この程度なら話しても構わんか。
 俺はその時島を諸事で出ていた為、聞いた話でしかないが……実験の数週間前、数十匹の穴持たず達が一斉に脱走したことがあったらしい。
 最終的に全員が研究所へと戻されたが、脱走したヒグマ達のデータは散逸してしまったようだな」
「……はぁ?」

なんじゃそりゃ、だクマ。
鎮守府に例えたら、艦娘が脱走――は、まあほぼ有り得ないからともかく。
所属している艦娘のデータさえ管理できていない鎮守府なんてありえないクマ。
杜撰ってレベルじゃないクマ。

そんな会話を横目に――というか囮にしつつ、ジャンと球磨川は筆談してるクマ。
首輪に付いた盗聴機。言われてみればまあ、当然ではあるクマ。
ジャンが「盗聴機ってなんだ?」とか言いだした時は頭を抱えたけど。

――前から思ってたけど、ジャンの知識って妙にブランクがあるクマ。
サイリウムの使い方も知らなかったし。

それはともかく。
デビルと適当な会話をしながら、球磨川が――この名前、球磨と被って微妙に呼びづらいクマね。あとで適当なあだ名をつけるクマ――メモにペンを走らせる内容を横目に確認しておくクマ。

“僕の能力――『大嘘憑き』なら マミちゃんの肉体の欠損を『なかったこと』にできる”
“この会場の中では死をなかったことにはできないけれど マミちゃんはまだ死んでいないからね”

巴マミ――ほむらと同じ、ソウルジェムを持った魔法少女。
ジャンは「こいつらがソウルジェムのことを知ってるなら肉体を壊した時に一緒に壊してる筈」って判断してたし、球磨もそこにあんまり異議はないけど。
ほむらと彼女は、なにか繋がりがあるクマ?
今のほむらには、流石にそれは聞けないクマ。

“そんな能力があるって信用はどこですればいいんだ?”

“そこは実際に使って確認してもらうしかないね”
“君達が望むなら 今ここで軽く試してみても構わないよ?”
ジャンの突き付けたメモ用紙に、球磨川がペンで返答を書き入れる。

“いや、必要ねえ。そんなすぐにバレるでまかせを言う意味もねえだろうしな”
“さっきも書いたが、こっちにもソウルジェムだけになった魔法少女がいる”
“その能力で、そいつも助けてくれるとありがたいんだが”
そう。球磨川の言ってることが真実なら、ほむらの魔力の回復を待たなくても体を元に戻してあげられるクマ。
予定よりも大分早い帰還になるけれど、またほむらの顔が見られるなら――

“勿論それはできるよ”
“ただ 今すぐとはいかないな……マミちゃんもね”
期待していたところに思いっきり冷や水をかけられたクマ。

“そいつはなんでだ? 魔法少女みたいに、そいつを使うには魔力みたいなものが必要なのか?”

“そういうわけでもないよ 僕の問題じゃない”
“どちらかというと 彼女達の方に問題があってね”
“マミちゃんも君達の言うところのほむらちゃんも 肉体が壊れたことで首輪が外れてるんだよ”

……あっ。
今、自分達の首に嵌まっている首輪。それは主催者達にとって、参加者を管理する手段だクマ。
それがないってことは、主催者からすれば危険人物以外の何物でもない……大量のヒグマを差し向けられたり、最悪球磨達の首輪を爆破されるってこともあり得るクマ。
ジャンの方も、「それがあったか」って顔をしてるクマ。
……というか、これはかなりマズくないクマ?
球磨達、ほむらが生きてるって会話を作戦会議とかでやっちゃってたクマ。

“なるほどな。だが、それならどうする? 能力を使わないにしたって、アケミとトモエの体は再生してくだろ”

“そうだね。だから、それより前に手を打つ必要がある”

“どうやってだよ?”

“これから僕達は 急いである場所に行かなきゃならない”
“唐突に首輪からの通信が途切れても不自然ではない場所 他の参加者と出会ってもマミちゃんやほむらちゃんの情報がバレない場所”
“そこは――”

『ジャンさん! クマっち!』
球磨川の筆記を遮るように、ジャンの持ってるトランシーバーから声が聞こえた。

――リンちゃんは万が一に備えて空中に待機させてたけど、一体何があったクマ!?

「リンちゃん、どうしたクマ!?」
慌ててジャンのトランシーバーに声をかける。
空中から何かを察知したとしたなら――もしかしてデビル達を襲った『人型のヒグマ』クマ!?

『空を飛んでる女の子が、二人……戦ってる!』


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最終更新:2014年08月02日 17:37