『……あんた、本当に研究所に戻るつもりか? 飼い殺しにされるよか、47番の話に乗った方が旨みがあると思うんだが』
『……確かに、彼らが独自にコタン(集落)を作ろうとしている話は、悪くはないと思う』
『じゃあどうしてだ? あんたにも直に依頼が来たんだろ12番。俺とあんたなら、奴と合わせて隠密行動は楽々だぜ?』
環境音に紛れて消え去ってしまうような音。
商店街の塵芥に拡散してしまうような体臭。
街並みの壁面に溶け込んでしまうようなその姿。
街の路地に潜むようにして、2頭のヒグマが微かな唸り声で話し合っている。
気配のない2頭のヒグマ――二期ヒグマの筆頭、
穴持たず11と穴持たず12であった。
彼ら二期ヒグマはつい先ほど、研究所から島の地上へと脱走して来たところである。
2頭が話し込んでいる間にも、大通りを抜けて草原や森の方へ走っていくヒグマが、何頭か通り過ぎてゆく。
ほとんどの二期ヒグマにとっては、それは脱走ではなく、研究員が誘導した正規の開放であると認識されていた。
穴持たず47という幻覚能力を有した個体が、研究員の交代の隙を見計らい、出生寸前だった彼らを一斉に手引きしたからである。
その事実と理由は、彼ら2頭を含む一部の例外にしか認識されてはいなかった。
『私にとっては、アイヌ(人間)の元で過ごそうが自分たちで過ごそうが大した違いではない。
むしろキムンカムイ(山の神)としては、礼儀正しくイヨマンテ(熊送り)をしてくれるアイヌにならば、このハヨクペ(冑)くらいくれてやって構わない』
『おう……、そういや神話キチだったなぁ、あんたは』
『何を言っている。我々が「穴持たず」と呼ばれる存在ならば、我々は間違いなくカムイの一柱なのだぞ?』
研究所から脱出し、密かにヒグマたち自身の国を作ることが、穴持たず47を始めとする数頭のヒグマの計画であった。
強大な能力を有した個体である
穴持たず50を邪な者に利用されるのを防ぐことと、自分たちの生殺与奪を他者に握らせないようにすることがその主眼であるらしく、能力を買われた穴持たず11はそれに全面的に賛同していた。
隣のシリンダにて培養されていた穴持たず12にもその話は来ていたようなので、脱走中に2頭で話を詰めるべく彼を誘ったのだが、どうもその思惑は外れてしまったようだ。
穴持たず12は、自分が『神』であることを信じて疑わなかった。
高貴な天上界の生まれである彼にとっては、地上の肉体の有無など、そこに正当な試練と儀礼がありさえすればどうでもいいことらしかった。
『ほら、早くカントモシリ(天上界)での生活を思い出せ。己に誇りを持て。
キミの能力もカムイとしてのヌプル(霊力)あってのものなのだぞ?』
『うぉお……、ヒグマ帝国に続いて、新興宗教でも興すつもりかよあんたは……』
『ははは、起源を思い出せぬキミは笑うかも知れないがね。研究所から出る途中でも、同じ考えを持つ者に何頭か出会ったよ』
呆れ顔で頭を掻く穴持たず11に対して、穴持たず12は穏やかに微笑んだ。
穴持たず11はよっぽど『それは妄想だから目を覚ませ』と言ってやろうかと思ったが、その言葉は、遂に喉の奥に飲み下されたまま出てこなかった。
穴持たず12は、路地裏を出てゆこうと立ち上がりながら語り掛ける。
『そうそう、「飼い殺し」と言っていたが、自分たちのことを番号で呼ぶことほど自主性のないことはないぞ。
私はこれから、「根方の粘液に消える」――“ステルス”と名乗る』
『ああ、アイヌ語かぁ。とことんこだわるなあんた。そういうの嫌いじゃないけどよ』
『ヒグマコタンの彼も、ちゃんと“シーナー”と呼んでやれ』
『それはわかったがよ、ヒグマ帝国のこと、研究所で漏らさねぇでくれよあんた』
『ウタリ(同胞)の善意を踏みにじるような真似はしない。何か助けられることがあれば呼んでくれればいい』
『ははっ、教祖様は忙しそうだし期待しないでおくぜ』
軽口を叩く穴持たず11を後にしながら、穴持たず12は通りの方に歩いてゆく。
そして研究所に戻る方向の曲がり角で、彼は今一度振り返った。
『……良かったら、キミにも何か名前をつけてやろうか?』
『いや、ありがてぇが気持ちだけでいい。俺は隠密だしな。特定されにくい適当なので良いんだ「灰色のクマ」とかよ』
『ふむ、そうか。だが言い方を変えるだけで大分、語感は良くなるぞ』
『そうかい! じゃあ好きに呼んでくれ。舌触りのいい方でな。料理の参考にさしてもらうわ』
勢いをつけて壁際から離れた穴持たず11は、穴持たず12とは逆の路地へ脚を向けて、手を上げる。
『――じゃあな、ステルス』
『ああ、実り多い生あらんことを祈るぞ、“ルクンネユク(
灰色熊)”』
呼び交わした互いの名が風に融けると、もうそこの路地には何者も存在しなくなっていた。
**********
目覚めると葬列があり、耳を澄ますと葬列がある。
水の音の無秩序の上に、星行く幾つもの光が並んでいる。
太い木の枝に腰かけて、瞑目するヒグマがその葬列にいた。
『……ねぇ、ラマッタクペ。ステルスはなんて言ってるのよ?』
彼の耳に、若干苛立ちの混じったようなメスの唸り声が届く。
ラマッタクペと呼ばれたそのヒグマは、眼を開けて微笑みながら振り返った。
『ごめんごめん、ルクンネユクさんとの思い出話を聞いてましてね。本題はもう終わってました』
『はぁ~!? 何アタシを待たせてんのよ、早く教えなさいよステルスの死に際!』
『うん、アイヌラックルとイレシュサポ姫の生まれ変わりに、イヨマンテされたらしいですね。先にカントモシリに帰ってるそうですよ』
『それマジ!? 参加アイヌ側にそんな高位のカムイがいるの!?』
『ええ、ラマト(魂)で直接話しかけてきたそうですから間違いないでしょう』
語り合う2頭のヒグマは、引いてゆく津波の上に聳え立つ、巨木の枝に乗っていた。
ラマッタクペより一段高い位置の枝に寝そべって彼を覗き込むメスのヒグマは、彼の伝えた言葉にニヤリと牙を剥く。
『……面白いわね。ようやくアタシのカムイとしての本気を見せられる相手が出て来たってことね。
もうそろそろ、肩慣らしにも飽きてきたところだったもの』
『うんうん、期待してますよメルちゃん』
『略して呼ばないでよラマッタクペ!!』
『うおおおい!! 貴様ら、話し込んでないでオレを助けろぉおおお!!』
メルちゃんと呼ばれた彼女がラマッタクペに反駁した時、彼らの眼下から必死な叫び声が届いていた。
遥か下の津波の水面で、今にも引き波に攫われそうな一頭のヒグマが、森の木々の間に懸命にしがみついて耐えているところだった。
ラマッタクペは、そのヒグマにつまらなそうな眼差しを向けて呼びかける。
『あなたもカムイの端くれなんですから、それくらい自分でどうにかできるでしょう。さっきから言ってますけど、登ってくればいいじゃないですかこの木に』
『下枝が落とされててどこにも手がかりがねぇんだよ!! オレは成獣で体重増えちまったから登れる訳がねぇ!!
貴様らはどうやってそんな高さまで登ったんだ!? とにかく助けろ!! 助けてくれぇ!!』
2頭が乗っている木の枝は、水面から約10メートル程の高さにあった。
その下に、手がかりになりそうな枝や節くれはほとんど存在していない。
津波に襲われ、不運にも回避することならず飲み込まれ、今まで脱出もならずにもがいていたそのヒグマは、由緒正しい北海道大雪山出身、ちゃきちゃきの外来ヒグマである。
海など見たことも聞いたこともなく、HIGUMA細胞を持つわけでもない彼が津波という異常事態に対処できないのは、むべなることだった。
波の勢いに引きずられて島外に流されそうになっていたところ、彼はようやく同類の姿を見つけて十数分前から助けを乞うているのだが、2頭には全く相手にされていない。
喚き散らす彼から苛ついたように目を逸らして、メスのヒグマがひっそりと吐き捨てる。
『うるっさいわねぇ……。だったらさっさと捨てなさいよ、そんな不自由なハヨクペ(冑)……』
『おい聞こえてるぞ!! このクソアマ、貴様こそ死ねっ!! メルちゃんとかアホみたいな名前つけてふざけんじゃねえよバカ!!』
『……あぁん?』
『うわ……ッ』
彼女の呟きを聞きつけ、彼は津波の恐怖と怒りと混乱とをないまぜにして吐き出していた。
メルちゃんと呼ばれたヒグマの表情が変わり、ラマッタクペはそれに絶句して身を竦めた。
彼女は木の枝の上にゆっくりと立ち上がり、冷ややかな目で眼下を睥睨する。
『……おい、アタシの名前がなんだって?』
波に揉まれ睨まれながらも、ヒグマはようやく彼女の注意を引けたことに好い気になり、自分の状況も忘れて、なおも彼女を煽ろうとした。
『アホまるだしなんだよ! そうだ、バカとなんとかは高いところが好きって、貴様それだろ!?
だからそんなとこまで登ってるんだろ、うひゃひゃひゃひゃ!!』
『……そんなに耳と耳の間に坐りたいわけ。ポクナモシリ(地獄)で悔いろ、豚が!!』
彼女が叫んだ直後、哄笑していたヒグマの声が、ぶつりと断ち切られる。
彼の首には、一本の日本刀が突き刺さっていた。
絶命したそのヒグマの背中に、黒く、細い影が降りる。
啖呵を切ったまま仁王立ちしていた彼女が、乱入してきたその影に舌打ちする。
『……ヒグマン、そいつはアタシが相手してたんだけど』
『知ったことか。仕留めたのは私だ、メルセレラ』
絶命したヒグマの首から日本刀を抜き取り、白い眼差しで木の上を見上げた影はヒグマン子爵である。
海上に露出した足場を飛び跳ねつつ獲物を探し回っていた彼は、ここ、島の東の端の森にまでやってきていたのだった。
メルセレラと呼ばれたヒグマは、眼下で今まさに仕留めた獲物へ喰いかかろうとしているヒグマン子爵を見つめ、その口元に歪んだ笑いを浮かべる。
『――このアタシに対して、態度がでかいのよ、エパタイ(馬鹿者)!!』
瞬間、ヒグマンの乗っていたヒグマの死体が炸裂した。
そして森の木に跳ね移るヒグマンの存在位置に、次々と同じような何の前兆もない爆発が襲い掛かる。
『このヌプル(霊力)を崇め、畏れ、敬いなさい! アタシを“メルセレラ(煌めく風)”様と讃えなさい!』
『――ああ、すごいすごい。相変わらず元気なようでなによりだ』
『フン、分かればいいのよ』
爆発によって倒壊する木々を何本か移り変わり、高い針葉樹の樹冠でヒグマンは漫然と彼女へ拍手した。
メルセレラというヒグマはそれを聞くや、得意げな顔であっさりと爆撃を中止する。
『まったく、カムイミンタラ(ヒグマの遊ぶ庭)生まれがなによ。北海道本島のヤツらはヌプルが弱すぎてがっかりするわ。
キムンカムイならキムンカムイらしく、せめて“ヤセイ(天上を背負うもの)”のブラックホールくらい作れても良いのにねぇ』
『……尋常の生き物としては恐らくヤツらの方が正しいのだが。まあ今更どうでもいいな』
ヤセイというヒグマは、STUDYの中で、語感の似通い方からヒグマ(野生)と呼称されていたが、彼の持つヌプル(霊力)は、野生というよりも、次元を異にする天上のものであった。
大パンチ程度の動きで時空を裂き、ブラックホールという名の何かを出現させることができる上、回転しながらの突撃に何故かそれよりも強大な威力を持たせることができるという恐ろしいヌプルである。
その上に彼は、その天上の力により、手を触れずして自他の死体を操作して身代わりにしたり、その気になればゾンビのように死んだまま動き回ることさえできた。彼がその気にならなかったのは、単に早いところカントモシリに帰ろうと思っていたからだけである。
ブラックホールは基本。という認識を島内に広めて外来ヒグマたちの肩身を狭くしてしまった責任は、だいたい彼にある。
メルセレラのリアクションを流したヒグマンは、ラマッタクペの方に尋ねかけていた。
『しかし、お前たちまで外に出てきていたのか。二期ヒグマは番号の定まっている中でも前半の私とステルスしか出ないものだと思っていたぞ。
特に“ラマッタクペ(魂を呼ぶ者)”、お前は有冨の元で死者の計上をする予定ではなかったのか』
『ええ、確かにそうでしたけど。有冨さんのオハインカル(幻視)を被った方が、二期三期の皆さん全員を外に出してましたので。ステルスさんはご存知のようでしたし、逆らう理由もないかと外に出て、メルセレラと様子見してました。
……まあ、その方も、最終的に我々が同調しないことは承知してたんでしょう』
二期ヒグマのラマッタクペは、その名の通り、アイヌ語で『ラマト(魂)』と呼ばれる存在を認識し、干渉することができた。
その有効範囲は、島内に充満する地脈の魔力を吸収することで島全体を覆うまでになっている。
有冨春樹は決して魂という非科学的な存在を信じたわけではなかったが、彼のヌプル(霊力)を『AIMストーカー』のような一種の超能力と捉えて、首輪による参加者の動向把握の補助にしようとしていた。
ラマッタクペはにっこりとヒグマンに向けて笑みを見せる。
『ちなみに有冨さんご本人はその直後にポクナモシリに行かれたようです。今、研究所はどこからか新たにハヨクペ(冑)を得た沢山の穴持たずたちが占拠してるみたいですよ』
『……どういうことだそれは』
『えーっと……、二期ヒグマの脱走時に、シロクマさんの近辺の同胞のラマトが入れ替わってましたから、そこら辺の方々がこっそり反乱の準備でもしてたんじゃありませんかね?』
『お前はずっと黙っていたのかそういうことを』
文字通りの白い眼差しを向けて問いかけるヒグマンに対して、ラマッタクペの笑みは崩れない。
『だって研究員さん方のハヨクペが死んだところで、どうでもいいことじゃありませんか』
『……まあな。結局私にとっての迷惑にはならなかったことでもあるし……』
『それよりヒグマン、あんたが持ってるそのエムシ(刀)は何? すごいヌプルじゃない。
エペタム(人食い刀)かクトゥネシリカ(切り立つ鞘飾り)でも見つけたわけ?』
嘆息するヒグマン子爵に向けて、メルセレラが口を挟んだ。
アイヌに伝わる妖刀・名刀の名を挙げ、眼に興味を光らせて尋ねている。
ヒグマンの代わりに答えたのは、ラマッタクペであった。
『それ、ゴクウコロシさんですよね。エムシ(刀)にハヨクペを乗り換えたんですね』
『ああ、やはりそうか。どうも能力が奴に似通ってるとは思っていたが』
『へぇ~、良いわねゴクウコロシは、そんなカッコいいハヨクペになれて。さすが“ゴクウコロシ(飲みながらの糞)”なんて名前なだけあるわ』
『……お前らの肉体に対する価値観は未だによく判らんな』
アイヌ語では、生まれて間もない赤子には、『糞』や『尻の穴』や『名無し』などの、汚物や存在否定を意味する名前を付けて、魔除けの効果を持たせるのが一般的だった。
STUDYの中でも、その能力の高さから上位個体と認識されたゴクウコロシは、その高いヌプル(霊力)の損耗を名称によって防がれ、実験開始時の穴持たず代表格として招聘されるまでになっていた。
あらゆるエネルギーを飲み干して消化し、そのまま排泄することも可能なゴクウコロシの能力はまさに名が体を表していたと言えるだろう。
ヒグマン子爵はメルセレラの話を切り上げて、改めてラマッタクペに尋ねかける。
『とにかく、お前がここにいるのなら、聞きたいことが2点ほどある。
一つは、“
巴マミ”という者の魂が確実に死んでいるかどうか。
……もう一つは、デビルのように腕から刃を出す、凶悪な霊力持ちの存在の動向だ』
『知り合いでなければ名前がわかるわけでもないんですが……、どんな特徴の子ですかその巴マミさんというのは』
『うむ、身体的特徴では意味がなかろう……西洋かぶれのような言葉を使う少女だったな』
『あー、ついさっきカントモシリに帰ってましたねそんなラマト(魂)は』
ラマッタクペは、眼を細めて虚空を見上げた。
『「提督……どうか武運長久を……私……向こう側から見ているネ……」とかなんとか、殊勝そうなことをおっしゃってましたが』
『末期の思念などどうでもいい。本当にそいつは巴マミの魂だったか? 得手とした得物はなんだった?』
『砲撃のようです』
『よし。巴マミだ。間違いない』
ヒグマン子爵は、樹冠の上で満足げに頷く。
『獲物の討ち漏らしは私の沽券に関わるからな』
『……ですが彼女、新しいハヨクペが出来たらすぐにアイヌモシリ(地上)に出てこれるというヌプルをお持ちのようですよ。その様子だと、止めを刺すのにだいぶ難儀されたんですね』
『ああ。だが、もう一度見つけたらもう一度殺すまでだ』
ヒグマンは、さも当然というようにラマッタクペの言葉を受けた。
一方でラマッタクペは、尋ねられた二番目の項目について頭を捻っている。
一番目の項目よりも、内容がだいぶ漠然としていた。
『……そして、デビルさんのように腕から刃を出す、シヌプル・ウェンカムイ(強大な霊力の悪神)ですか……』
『
黒騎れいという参加者を狙っていた時に、そいつが現れた。あからさまに危険な気配を放っていたために撤退したが、少なくとも、そばを通った制裁は一撃で斬り殺されていた。
この島で狩りを行なうにつけてかなりの障害になると思ってな』
『ん~……わかりませんねぇ。この島にはラマト(魂)を食べて自分のヌプルにできる方々もかなり来ているようですから。もう食べられているのかも知れませんね』
『……なんだと。そんな輩までいるのか』
『そうよ。だからアタシたちは、今の今まで様子見に徹してたってわけ』
驚くヒグマンに対して、メルセレラが口を開いた。
枝の上に寝そべる彼女が爪を打ち振ると、水面から、先程絶命した首のないヒグマの死体が空中に浮きあがってくる。
メルセレラはその死体を掴んで引き裂き、その半分を突風に乗せてヒグマン子爵に放り投げた。
『腹ごしらえでもしながら情報交換しましょうよ。アタシもそろそろ動きたくてしょうがないわ』
『ええ、ちょっと状況を整理しましょうか。ヒグマンさんも、知りたいでしょう?』
『……ああ。予定されている実験と、あまりに事態が異なってきているようだからな』
北海道生まれの正しいヒグマの死体を喰らいながら、三頭のキムンカムイが語り合っている。
**********
『……だいたい、現在この島にいる方々は、5つの勢力に分けられると思います』
ラマッタクペは目を細めながら、正面のヒグマンに向けて掌を開いた。
1つ目の勢力は、島からの脱出を望む参加者である。
『深夜からの6時間で44名。一時期、外から新たに人がやってきましたが、これまででさらに16名の方が亡くなって、残りの参加者は31名ですかね。
アイヌという意味だけでなら、参加者じゃない方がもう何人かいるようですけれど』
『……相変わらず凄まじい精確さだな。有冨も首輪などに頼らずお前をもっと活用しておけば良かったものを』
『僕の計測が正しくても、僕が正しいことを言うとは限りませんし。それに、ラマトから自己申告してもらわないと名前まではわかりませんから』
ヒグマンからの感嘆に応えて、ラマッタクペは笑う。
当初の実験の趣旨としては、彼ら参加者の相手をするのがヒグマたちの役目であった。
頭数としては十数頭と、参加者より大分少ない数が予定されていたが、ヒグマン子爵を始めとして、誰も人間如きに遅れをとるようなつもりはなかった。
それがなぜか、ヒグマン子爵が把握している限りでも、当初は外に出る予定ではなかった二期ヒグマの制裁が殺害されている。
参加者は当然の如く減っているものの、同胞までもがかなりの数減っているのはどういうことだろうか。
その疑問に、ラマッタクペが答える。
『その原因の一端は、「ヒグマコタン」にあります』
2つ目の勢力は、ステルスが『ヒグマコタン』と呼称した、研究所を乗っ取ったヒグマたちである。
『穴持たず46のシロクマさんを筆頭にして、恐らく二期ヒグマ5名で発足した勢力ですね。
今は研究所を乗っ取って、地下で居住区域を拡大しながら、新たなハヨクペを作っては潰ししているようです』
『彼らがお前たちまでをも外に出させたわけか。その目論見の主眼はどこにある?』
『キムンカムイだけのコタン(国)を作ろうと思ったんでしょうね。そのために、参加者のアイヌを穴持たず80番までのヒグマで掃討してもらおうとしたとか。
実際、キムンカムイはかなり返り討ちになってますよ――』
一期ヒグマでは既に9体が死亡するか捕食されるかしており、生存しているのはデビル、
メロン熊、穴持たず6の3体しか残っていない。
『二期でも、まず解体が7体殺してて、ヒグマコタンに5体行ってるんでしょ』
『そうだったな。となるとメルセレラの言うとおり、元々の二期は28体だ』
『亡くなってるのは17名です。生き残ってるのはルクンネユク(灰色熊)さん、ヒグマンさん、
くまモンさん、ミズクマさん、僕とメルセレラ、ハヨクペの変わった方が4名ですかね。
あと誰でしたっけ、あの名前がついてないに等しいあの――』
『“穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ”か?』
『ああ、それです。割と近場にいますよ彼。イメルカムイ(雷神)の子供かなにかと同行してるようです』
『その呼び方ひどいわよね。あいつ、他のものに名前つけるセンスは割と良かったんだから、早いところ自分で名前を決めちゃえば良かったのに』
ラマッタクペたちが話題に上げたのは、『
デデンネと仲良くなったヒグマ』のことである。
二期ヒグマは脱走の際に番号が解らなくなり、名前を自己申告するかたまたま特徴的で名づけられた者以外は大多数が適当に呼ばれることになっていたのだが、中でも彼の呼ばれ方の適当さは群を抜いていた。
彼自身があまり他のヒグマと交流を持たずに引っ込んでいたのがその原因の一部ではあるのだが、そのゼロに等しい呼称は、密かに他のヒグマたちに哀愁をもたらしていた。
『三期も大概ですよ。1名は実験開始前に死んでますし、あの兄弟は4名仲良く耳と耳と間に坐ってます。それに穴持たず59はまだ島に帰って来てません。ここにいるのは3名ですね』
『ああ……案の定死んだかあいつらは』
『まぁ、己のヌプルも他者のヌプルも把握せずにトゥミコル(戦を)したところで勝てるわけないのよ』
メルセレラが嘆息するのは、クラッシュ・ロス・ノードウィンド・コノップカの4名についてである。
彼らは仲良く技の妄想にふけるばかりで、ただでさえ出生から実験までの間の時間が少ないというのに、デビルたちのような先達に稽古を申し込んだりすることもなく、独自に行動していた。
ヒグマン子爵やメルセレラのようなそれなりの実力を持ったものから見れば失笑ものの行為だったわけだが、彼らは最期までそれに気づくことはなかった。
『外来の皆さんに至っては酷いものです。隻眼2さんと李徴子さん以外の19頭は全滅ですよ。
まあ、そのうちの1頭はたった今頂いているわけですが』
『むしろ生き残っている方が奇跡的だな。他の奴らはどうやって死んだのだ?』
『ああ、そのうち2頭はアタシが肩慣らしに使ってたわ』
メルセレラが指を上げると、木の葉に隠されていた枝の股が風に顕わとなる。
そこには、食い尽くされたヒグマの骨が溜められていた。
『ここら辺をぶらついてたら、身の程も弁えずサカヨカル(喧嘩を吹っかけてくる)ヤツらに次々出会ってさ。
このメルセレラ様のヌプルを見せるまでもないヤツらばっかりだったから、後半はラマッタクペに譲ったわ』
『ええ、僕も1頭ほど仕留めさせて頂きました。ですが問題なのは、残りの内10頭は死んだのではなく、同一の人物にラマトを食べられていることです』
『……先程おまえが言っていた奴か。誰だかわかるか?』
『それが第3の勢力にも関わってくるんですよねぇ……』
ラマッタクペは、ヒグマン子爵の問いに溜息をついた。
顔を上げて、彼は細めた眼でひっそりと呟く。
『何者かにラマトごと乗っ取られた、穴持たず6さんですよ』
**********
『ははははは、どうした。畏れるな! モンスターはモンスターらしくあるのだ!』
島の北部を西から東に、赤黒い物体が疾風のように駆け抜けていた。
振り向けば、それが通り過ぎた痕は一面の祭りだ。
茂みの虫も、岩根の花も、水の引いた森の中は赤黒く枯れ果てている。
津波を避けていた鳥が、悲鳴を上げてその赤黒い流れに吸われた。
血管のような毛並みを振り立てて、その巨大な物体は、どろどろとした自分の体躯全体で笑う。
静脈血のような粘液が、4メートルはあろうかというその巨躯を巡り、辺りのものを吸い尽くしているのだ。
その怪物の目の前を走っていたのは、北海道本島生まれの一頭のヒグマであった。
穴持たずとしての飢えはあれど、ただの一生物に過ぎない彼女は、当然の如くその奇怪な化け物に恐怖した。
しかし同時に、彼女は、自身が逃げたところでその化け物からはとても逃げきれないことも理解していた。
そして彼女は、せめてかすり傷でも相手に与えるべく脚を止め、爪を振り、結果、瞬く間にその化け物に融合されていた。
『フフフ、さぁこれで、私の体調は万全というものだ。
一方のところ人間よ、化物を倒す準備はできたかね?』
英気を養い、食後の軽い運動を済ませた一頭のカムイが、茶目っ気たっぷりに木漏れ日の中で呟いた。
【H-2 森 昼】
【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9・穴持たず71~80)】
状態:化け物(吸血熊)
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:また私を殺しに来てくれ! 人間たちよ!
1:求めているのは、保護などではない。
2:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
3:天龍たち、
クリストファー・ロビン、ウィルソン上院議員たちを追う。
4:満たされん。
[備考]
※
アーカードに融合されました。
アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの
支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。
※再生しながら、北部の森一帯にいた外来ヒグマたちを融合しつくしました。
**********
『第2勢力のヒグマコタンよりよっぽど問題なんですよね、そういう無差別な方って。
ヒグマンさんなんかは、別にいつだってヒグマコタンに下ればいいだけなんですから』
『……その無差別殺戮者たちが、第3勢力というわけか』
『そうです。皆さんシヌプル(霊力が強大)ですよ。外からやってきてついさっきまで、南方で激しい戦いをしていたオマッピカムイメノコ(愛の女神)がいたんですが、苛烈でしたねぇ、彼女のヌプルは。
僕やメルセレラでも敵ったかどうか……』
ラマッタクペが3つ目の勢力として挙げた無差別殺戮者には、以下の4名がいた。
北方の森でヒグマの魂を蹂躙している、穴持たず6の冑を被ったケモカムイ(血の神)。
同じく北方で、札の中に魂を閉じ込めて使役しながら生物を食い荒らすニッネカムイ(悪神)。
島の南西から、広範囲の霊力を吸い尽くさんとしているシランパカムイ(樹木の神)。
そして、ほんの少し前まで島の南東で激戦を繰り広げていたオマッピカムイメノコ(愛の女神)。
『ラマッタクペ、なぜその女だけは過去形で言う。まさか、お前たちでも分の悪い輩が、何者かに斃されたとでもいうのか』
『そのまさかですよ。彼女は最後、F-6の位置から地下に落ちて、ヒグマコタンに降りたらしいんですがね。そこで、ヒグマコタンの何者かにラマトを捕食されたようなんです』
『残念だったわ。アタシと同じカムイメノコなんだから、せめて話くらい聞きたかったんだけど』
彼女は、島の外からやってきて、ヒグマ7、穴持たず14と共にもう一度島の外に出ていた。
再び島に戻ってきた時、彼女の魂は、ラマッタクペでも理解が困難なほど歪んでいた。
巫女のような彼女の霊力が高じすぎて、イコンヌプコアン(憑りつかれる)されたのではないかとも思える。
ヒグマ帝国には、その少女の魂を解きほぐし、溶かし尽したヒグマがいるのだ。
『……多分ですけどね。有冨さんのオハインカル(幻視)を被っていた、モシリシンナイサム(国の異なる側:北海道の怪物の一種)の穴持たずさんが防衛にあたったんだと思います』
『いなくなった二期ヒグマの一頭か。なるほど。その単騎以外のヒグマ帝国はどのような勢力だ?』
『頭数でも相当ですよ。数えるのが面倒なんですが、新たに地下で、1000頭くらいはキムンカムイのハヨクペを作ってます。さっき、200体くらい潰してハヨクペを作り直したりしてましたけど』
『……もうそいつらだけでいいんじゃないか?』
ヒグマン子爵は、ラマッタクペから提示された明らかに桁の違うその数に、呆れながら空を仰ぐ。
その数のヒグマたちが外に出てくれば、参加者を食い尽くし、その無差別殺戮者を屠るのも造作もないのではないかと彼には思えていた。
しかし、ラマッタクペとメルセレラは揃って首を振る。
『たぶんダメね。頭数だけはいても、たぶんそいつらのほとんどは外来のやつらと同じくらいよわよわよ。
研究所のアイヌみたいな繊細なハヨクペの調整はどうしたって無理でしょうから、同じ数なら、ミズクマちゃんでも放り込んでおいた方がマシよ』
『それにですね。ステルスさんくらいにしか正体を明かしてなかった彼らヒグマコタンは、多分4つ目の勢力に警戒しているんですよ』
『4つ目、か……。それは一体なんだ?』
『ヒグマンは、こんなやつらに気付かなかった?』
寝そべるメルセレラが水面に目をやると、そこから、ボロボロに破壊された一塊の機械が舞い上がってくる。
小爆発を何度も叩き込まれたように破損が著しかったがその姿は、半分が白く、半分が黒く塗り分けられた、クマ型の小さなロボットのようにも見えた。
『ラマト(魂)が感じられない、機械でできたハヨクペです。イメル(電気)を動力にして動いてるようなんですが、どうも島全体に、これが数えきれないほどいるみたいなんですよね』
『アタシのヌプルで空気の温度差を感じられてなかったら、危ないところだったわ。どこもかしこも監視されて、おちおち食事もできないもの』
『……研究所の職員でもなく、参加者でもなく、ヒグマでもない何者かが、こいつを操っているのか』
『ええ。ヒグマコタンにも侵入しているようなので、その分彼らは慎重になってるんでしょ……っと』
ラマッタクペは突如言葉を切ると、眦を顰めて島の西の方へ顔を振り向けていた。
その視線は、僅かに地下の方へと傾いている。
彼は暫くそのままの状態で地面を睨み、そして苦々しく吐き捨てた。
『キムンカムイが2頭、殺されました。そして――、どうするつもりですか、そのハヨクペを……』
**********
「クレイ、大丈夫かそっちは」
「うん、下水管からの漏洩もないし、応急処置としてはなんとか良いかな」
エリアF-6の地下、ヒグマ帝国の端にて、微かな苔の明かりの中で2頭のヒグマが天上の補修を行なっていた。
キュアハートの襲撃によって破壊された地上の商店は流石に復元できなかったが、クレイとモモイの2頭はありあわせの資材でなんとか、地上での歩行にも耐えられる程度の舗装を完了させている。
「それじゃあ一端切り上げて、ツルシインさんとこにでも合流するか? 地上から木の根が生えてきて大変みたいだし」
「そうだね……。ルーツストップの施行だけでも一大事だろうし。この子を持っていって、腹ごしらえしてもらおうか」
クレイは、瓦礫の脇に安置されていた少女の体をそっと抱きかかえる。
コンクリートの台車を押して先行するモモイの後について、彼はその華奢な死体をじっと見つめていた。
相田マナという名だったその少女は、血に汚れ、手足を折られて、ただの軽い骨肉となってクレイの胸に収まっている。
「ねえ、モモイ。この相田マナって子は、本当に、どうしてこんなことになっちゃったんだろうね……」
「あぁ? ……今更考えても仕方ねぇだろうけどよ。この子もこの子なりに、自分の存在意義を見出そうとしてたんじゃねぇの?
それがたまたま、俺たちとぶつかっちまったってだけ……」
生まれて間もなく、訳も解らぬまま戦いに放り込まれたという点で、相田マナの境遇に、彼らは自分たちを重ね合わせていた。
年端もゆかぬ身の上で、伝説と謳われた力を手にしてしまって、その力の使い道を必死に模索しようとしていた――。
クレイとモモイが、ツルシインの手ほどきを受けて、安定した職場で生存の意義を見つけられたのはこの上ない幸運だろう。
対する相田マナは、戦いの果てにその意義を見出し、そしてその手段と目的を、わずかに狂わせてしまった。
もし、ヒグマ帝国に生まれていなかったら、穴持たずカーペンターズに所属していなかったら、ツルシインやシーナー、シバといった指導者に恵まれなかったら――。
恐らく彼らの運命も意識も、相田マナ同様、大きく狂ってしまっていたかもしれない。
モモイは台車を押しながら、上を見上げてなおも呟く。
「……なんつうか。この子自身もシーナーさんも言ってたが、せめて有り難く食べさせてもらって、眠らせてやるのがせめてもの供養なんじゃねえのかなぁ……」
がらがらと、台車の車輪の音だけが暫く道に響いていた。
返事のない相方を訝しんで、モモイはふと振り向く。
「クレイ……?」
彼の視線の先で、相田マナの桃色の髪が、トサリと軽い音を立てて地に落ちていた。
クレイの眼は驚きに見開かれ、その口元から一筋の血が流れている。
「モモイ……、逃げ……!」
「クレイッ!?」
台車を放り出したモモイの視界の中で、クレイの背中から、ひょっこりと一頭のクマが顔を覗かせた。
匂いを一切感じさせない、無機質な黒白のクマが、作り物めいた笑顔でモモイに笑いかける。
「ただ食べて眠らせるなんて勿体ない。絶望的に勿体ないよ、こんないい素材をさぁ!!」
「貴様ッ!! 新手の
侵入者かっ!!」
黒白に塗り分けられたロボットのクマ――
モノクマは、クレイの心臓から腕を引き抜いて、モモイに躍りかかる。
モモイはその突撃を躱しつつ、台車の中の余剰コンクリートを掬い、モノクマに向けて叩き付けていた。
フライアッシュを主成分とした超速乾性のコンクリートは、ヒグマの膂力を以てようやく練り切れるほどにまで早くも硬化を始めている。
モノクマはその泥の砲弾を真っ向から受けて壁に叩き付けられ、その衝撃で飛び散ったコンクリートにより、完全に壁へ固定されていた。
「クレイ! しっかりしろ!! 侵入者の動きは封じた!!」
「……駄目だ、モモイ、まだいる……」
壁面でもがくモノクマを他所に、モモイは倒れ伏すクレイの元に駆け寄っていた。
クレイは目の光を落としながら相田マナの元に這い寄り、彼女を守るようにしっかりと掻き抱いている。
辺りを見回すモモイの元に、周囲から気配も感じさせず、更に5体のモノクマが飛び掛かっていた。
「無駄無駄無駄無駄無ダムだよ~ん!!」
「ふ、ざ、け、る、なっ!!」
逃げ場もなくモノクマに襲い掛かられたモモイは、瞬間、その場で旋回していた。
その爪により、突き出されてたモノクマたちの腕がことごとく切断される。
「あれっ!?」
「『カットアンドダウン工法』!!」
勢い余ったモノクマたちの体を毛皮で受けたモモイは、そのまま彼らの脚部を手刀で切断する。
手足を順に削ぎ切りにされて地に落ちたロボットたちは、身動きもままならず、次の瞬間にはその頭部を破壊されて機能停止していた。
ツルシインが直伝した、建造物の迅速・安全な解体工法の一つがこれである。
「『穴持たずカーペンターズ』を舐めるなよ!! 俺には、ツルシインさんから貰ったこの名前と技術がある!!
十把一絡げの屑鉄如きで、この帝国に立ち向かえると思うなっ!!」
「へ~ぇ、じゃあ百とか千とか、那由他ならどおかな~」
「!?」
瞬間、辺りへ叫んでいたモモイの脚に鋭い痛みが走った。
見下ろせば、彼の脚は、いつの間にか出現した更なるロボットに貫かれている。
そして更に、上から横から後ろから、彼の体には数多のモノクマが襲い掛かっていた。
気配もなく、匂いもない、機械の襲撃者の全容を、彼らは把握することができなかった。
「く、おおおっ!! ク、クレイぃいいい――!!」
まるで、蟻か蜂の群れに包まれているかのように、全身を白黒のだんだらに埋め尽くされたモモイは、断末魔を上げながら、ふらふらと数歩よろめいて死んだ。
嬲り殺しにされた彼からモノクマたちが退くと、そこには、ただの茶色い毛皮の塊とミンチのようなものが残っているだけだった。
相方の無残な死骸を見つめながら、クレイは相田マナの体を懸命に胸の下に隠し、歯を噛み締める。
「――どうして……。お前はこの子の体を求めるんだ……」
「え~? どうしてって、絶望的に面白そうだからね~。いやぁ見ごたえあったよシーナーくんと彼女の戦いは」
クレイは侵入者の乾いた笑いを聞きながら、破れた心臓からどんどんと流れてゆく温もりの中に、再び真っ赤な炎が燃え上がるのを感じた。
彼は、もはや動くのもままならなくなった肉体を捨て去るように、胸の奥から、ありったけの呪いと怒りを込めて、そのロボットへ魂をぶつけていた。
「死者を弄ぶ愚か者め!! 地獄の釜の底に落ちろ!!
誇りを蔑ろにするお前になど、マナさんの霊力の一分も扱えるものか!!
肉体が滅びようと、魂が滅びようと、思いの力は不滅だ!!
俺が死んでも、お前は必ずやこの報いを受けるぞ――!!」
最後の息を絞って、クレイは眦に怒りを灯したまま絶命した。
その周りに群がる大量のモノクマは、彼の様子を笑いながら、その下から相田マナの死体を引きずり出していた。
「ふ~ん、良いこと言うじゃん。思いの力は不滅って。それまさに今のボクだもんね~。
うぷぷぷぷっ。来るなら来てみてよ、報いちゃん~」
モノクマは再び、どこぞへと消えながら、伝説のプリキュアの肉体を運び去ってゆく。
「……シーナーくんをも圧倒するこの肉体を鋳型に、HIGUMA細胞の人間化を進めれば、間違いなく絶望的な殺戮者ができるよね~。うぷぷぷぷっ!!」
安らかだった相田マナの死に顔には、クレイの血液で、涙のように赤い線条が伝っていた。
【穴持たず90(クレイ) 死亡】
【穴持たず101(モモイ) 死亡】
【F-6の地下・ヒグマ帝国の隅っこ 昼】
【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:相田マナの死体
[思考・状況]
基本行動方針:『絶望』
0:キュアハートのデータを鋳型にしてHIGUMAの人間化を進めようかな~。
1:灰色熊クンには後できつい『オシオキ』をしてあげなきゃね。
2:前期ナンバーの穴持たずを抹殺し、『ヒグマが人間になる研究』を完成させ新たな肉体を作り上げる。
3:ハッキングが起きた場合、混乱に乗じてヒグマ帝国の命令権を乗っ取る。
[備考]
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1~14までです。
※江ノ島アルターエゴ@ダンガンロンパが複数のモノクマを操っています。 現在繋がっているネット回線には江ノ島アルターエゴが常駐しています。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
※ヒグマ帝国の更に地下に、モノクマが用意したネット環境を切ったサーバーとシリンダーが設置されています。 サーバー内にはSTUDYの研究成果などが入っています。
※クレイ、モモイの2頭が、崩落したF-6の地面を応急的に修復しました。
**********
『クレイさんと言うのですね……。あなたの憂い、しかと受け取りましたよ……』
『一体何があったのよ、ラマッタクペ』
『ええ……。たった今、例のオマッピカムイメノコ(愛の女神)のハヨクペがこの第4勢力の機械に持ち去られました。
どうやら、HIGUMA細胞で彼女をかたどって、そのヌプルを我が物にしようとしているようですね……』
ヒグマン子爵、メルセレラ、ラマッタクペの3者は、一様に苦い顔をした。
実験動物として作成された彼らにとっては、理不尽に利用されるだけの作られた存在というのは、程度の差こそあれ気持ちのいいものでは全くない。
ヒグマン子爵が、その白い瞳を光らせてラマッタクペに尋ねかける。
『……おい。肉体が同じならば、同じ魂が宿るものなのか?』
『さぁ……? 僕としてもそんな事例の体験はありませんので。碌なヌプルもない小動物のラマトが降りて来ても、タチの悪いウェンカムイ(悪神)のラマトが降りて来ても驚きませんよ』
『ハヨクペをいじるのはまだ良いわよ。でもね、彼女のラマトを辱めるような行為だけは許せないわ……』
『ああ、もしかすると、ヒグマンさんの言うウェンカムイも、その機械の手の者かも知れませんね。
その機械がラマトの小さい動物の集合体を作ったりしていたなら、ミズクマの娘さん方と同じく、僕には周囲の小動物に紛れて感知できませんから……』
腕を広げるラマッタクペの横でメルセレラは歯噛みしていた。
ヒグマン子爵は、暫く沈思したのちに、刀を携えてすっくと立ち上がる。
『決まりだな。その第4勢力とやらは他の全てのヒグマと参加者にとっての敵だ。
狩りを続けるにしても、最大の障害となる。おまえたちもそいつに対抗する時期を見計らっていたのだろう。その機械の本体を見つけて叩くぞ』
『へ……? なんでですか? まだそんなことする必要はありませんけど』
毅然としていたヒグマン子爵は、ラマッタクペから返ってきた素っ頓狂な言葉に耳を疑った。
ラマッタクペは、眼を細めたままヒグマン子爵にへらへらと笑いかけている。
『この実験……というか戦いは、最終的に生き残った者勝ちなんですよ?
だったら他の勢力が適度に潰し合って弱まったところを叩くべきじゃありませんか。
まずすることは、参加者やヒグマコタンの面々に、第3第4勢力と争ってもらうよう煽ることですよ』
『おまえは……、同期が死んでも、獲物が盗られても、どうでもいいのか』
『そうですよ? だってハヨクペの生死なんて、高貴なラマトを持つ僕たちには関係ないんですから』
中天に登りゆく日差しを背後から受けて、細く笑うラマッタクペの体は神々しい輝きを放っていた。
『ハヨクペなんて、せいぜいこの教えを広めるのに便利な道具、というだけの存在ですよ』
『……ようやくわかった。5つ目の勢力というのは、お前らか。
ステルスが可愛く思えるほどの、ご立派な教祖ぶりだなラマッタクペ』
『はい。どうもありがとうございます』
ヒグマン子爵の苦々しい皮肉に、ラマッタクペは深い笑みを湛える。
5つ目の勢力。
それは、ラマッタクペ自身を始めとして、メルセレラ、ステルス、ゴクウコロシ、ヤセイなどの、自身を天上界の魂を持つものだと信じているアイヌ語の名前を自称する集団――、言うなればキムンカムイ教の教徒たちであった。
ヒグマン子爵が見聞きする限り、彼らはほとんど肉体の生死に頓着しない。
彼らは自分たちの魂の来歴を思い出せば霊力が高まるということを説き、事実、ステルスのそうした導きで能力を開花させた者たちがラマッタクペやメルセレラである。
ステルスは取り立ててその教えを無理強いする立場ではなかったのだが、ラマッタクペとメルセレラの様子を見るに、彼らはその思考を、ヒグマはおろか人間や全ての生物に拡大して押し付けているようだった。
――根本的に狂っているのか、ラマッタクペ。
ヒグマン子爵は噛み締める牙の端にその思念を吐き捨てて、汚らわしいものを見るような眼でラマッタクペを見つめていた。
彼らは、表面上は同胞を気遣っているように思えるが、その認識の根源が、ヒグマン子爵たちとは決定的に異なっている。
彼ら自身としては、誇りと礼節を以て殺されるのなら、肉体は捨てても一向に構わないのだ。
重要なのは、その高い霊力をいかに活用し、その魂の尊厳を他者に認めて貰えるかなのだ。
『……おい、ならば。お前の行動方針は、一体なんなのだ』
『アタシの目的は勿論、この圧倒的なヌプルを以て、このメルセレラ様を全てのキムンカムイやアイヌに崇めさせることよ!!
あんただって例外じゃないのよヒグマン!!』
『お前には訊いていない。私はラマッタクペに尋ねている』
得意げに立ち上がって指を突き付けるメルセレラの言葉を、ヒグマン子爵はにべもなく一蹴する。
無体な仕打ちに、メルセレラは頬を膨らませた。
ヒグマン子爵の白い視線が、糸目の奥の表情を窺わせないラマッタクペに突き刺さる。
彼は依然として飄々とした笑みを湛えて、その視線を霧のように躱すだけだった。
『……メルセレラの言った通りですよ。僕は彼女のお付きとして、彼女への崇拝を集める手助けをするだけです』
『よくもまあそんなことを言えたものだ。口では取り繕えても、体臭からは野心がだだ漏れだぞ。
腐れた魂を肥やすのはいい加減にして、現実を見ろ、馬鹿者が』
『はぁ……?』
『わ、ラマッタクペ……』
ラマッタクペの眦が吊り上がる。
一変した彼の雰囲気にメルセレラが慌てた瞬間、ヒグマン子爵の体が唐突に地面へ向けて落下していた。
『ぐおっ――!? ――ガボッ!?』
『自分のラマトの由来さえ思い出せないあなたが、分かったような口を利かないで下さいますかぁ?
折角のヌプルを腐らせてるくらいなら、この場でイヨマンテしてあげましょうか僕が』
『ちょっと、ラマッタクペ……。ヒグマンなんだから加減しなさいよ』
ヒグマン子爵の肉体は、全身に不可解な荷重がかけられ、津波の引いてゆく水面下に叩き付けられている。
もがけども、指先の一本にまで強烈な重圧がかかっており、水中からの脱出が出来ない。
溺れてゆくヒグマン子爵の姿を冷めた眼で見下ろしながら、ラマッタクペはメルセレラの静止も聞かず、霊力を解く気配もない。
『生き物のラマトは、天上に向かうものと、地下に向かうものの二種類がありましてねぇ。
普段はその均衡が保たれているので安定しているのです。ですが、それをちょっと崩してしまえば、あなた方のハヨクペはいとも簡単にラマトに引っ張られて、自分からその方向に移動しようとしてしまうんですよ』
水中のヒグマン子爵に向けて、ラマッタクペは現在引き起こしている現象についてつらつらと説明を加えていた。
彼が外来ヒグマを仕留めた際に行使した能力も、これである。
暫く水面下であぶくを吐いていたヒグマン子爵は、ついに息をしなくなり、身動きを取らなくなった。
『うわー、ついに耳と耳の間に坐らせちゃったわけ? もうちょっと話し合えば良かったのに』
『――いや、生きてらっしゃいますよ、まだ』
驚くメルセレラの言葉を受けて、ラマッタクペは口の端を吊り上げて笑った。
その瞬間、辺りの海水が、轟音を立てて一気に消滅していた。
クレーターのように削れた地面の底を強く蹴って、体にかかる重圧を振り切り、ヒグマン子爵の体が一転して樹冠の遥か上空へ跳ね上がる。
『それほどまでに見たいなら、とくとご覧に入れよう――』
打ち振っていた羆殺しと正宗を片手に纏め、ヒグマン子爵の右腕が上空で大きく振り被られる。
その様子に、ラマッタクペは興奮したような笑みを見せ、メルセレラは幻滅したように手で顔を覆った。
『そうですよ、素晴らしいヌプルをお持ちじゃないですか、あなたも――!!』
『大惨事にしないで欲しいんだけどねぇー……』
『ぬおおおおおおおおっ!!』
ヒグマン子爵の腕は上空で途轍もない大きさに肥大化し、空を覆うほどの面積となったその掌が、風を切ってラマッタクペたちに振り下ろされる。
周辺の木々ごと、直径10メートルほどの空間をことごとく押し潰したヒグマン子爵は、再び一瞬のうちにその巨大化した腕を元に戻し、地面に降り立っていた。
見上げる彼の視線の先では、先程の攻撃を容易く回避したらしいラマッタクペとメルセレラが宙に浮いている。
メルセレラは全身の毛並みを上昇気流に逆立たせ、ラマッタクペは重力を無視しているかのような軽やかな足取りで、ゆっくりとヒグマン子爵と同じ地上に降り立ってきていた。
再び、海水の水面が彼らの足元を埋めてゆく。
『あなたは、関村さん方がおっしゃっていたように、そのエイコンヌ(呪術師)のヌプルをお持ちなのですよ。
早いところその事実を認めて、思い出したらいかがですか?』
『私は自分の由来を、そのような馬鹿げた妄想に求めるつもりはない! 私は、私自身のものだ!!
そんな教えで穴持たずたちが救えるものか! 勝手にほざいていろ!!』
微笑みかけるラマッタクペに向けて、ヒグマン子爵はそう吐き捨てた。
『……そうでもないわよ。アタシが救った子だって、いるもの』
『なんだと……?』
苛立ちを隠さない彼に、メルセレラが語り掛けていた。
慈母のような眼差しを湛えて、『ほら、そこに』と彼女は顎をしゃくる。
メルセレラの視線の先には、脱力する一頭のヒグマを背負った、特徴的な濃い紫色の毛並みをしたヒグマがいた。
その紫色のヒグマは、森の木々を支えにして、懸命に引き波の中で背負ったヒグマを搬送しているようだった。
『なっ……、穴持たず57か!?』
『あ……、ヒグマン様。メルセレラ様にラマッタクペ様まで!』
紫色のヒグマは、見上げた先に3頭の姿を発見して、安堵したように笑った。
勢いの弱まってきた引き波の中を近づいてくる彼女の姿にしかし、ヒグマン子爵は恐怖したように波を蹴り、近くの木々に飛び移る。
ラマッタクペも自身の体を、水面から浮かせ、水中に残るのはメルセレラだけだった。
メルセレラは、穴持たず57から逃げるように木に登ったヒグマン子爵へ向け、挑発するように笑みを歪ませた。
『言っておくけどね。この子の名前は“ケレプノエ(触れた者を捻じる)”だから。覚えておきなさいよヒグマン』
『ケレプノエ――。アイヌ語で、「トリカブトの女神」の名前か。なるほど、らしいな』
『はい。メルセレラ様からつけていただきましたぁ』
ケレプノエという名の紫色のヒグマは、嬉しそうに笑いながらメルセレラの元まで辿り着く。
そして彼女は背負っていたヒグマを降ろし、3頭に向けて訴えかけた。
『皆様、このオレプンペ(津波)で、本島からいらしたキムンカムイ様がお一方、溺れかけていらっしゃったんです。
HIGUMA細胞のハヨクペを持つわたしが、運んできて差し上げたのですが、皆様で助けてあげて下さいませんか?』
『……ケレプノエ、よく彼の姿を見てみなさい。そのハヨクペは既に死んでいますよ』
ラマッタクペが、彼女の言葉に静かに返していた。
きょとんとしたケレプノエが、背中から降ろしたヒグマを見やれば、そのヒグマは口から唾液を垂れ流し、白目を剥いて息絶えていた。
明らかに、溺水による死亡ではない。
『穴持たず57――、お前の能力は危険すぎる。お前の要らぬ親切でそのヒグマは死んだのだ。自覚しろ』
『え、そうなんですかぁ……?』
ヒグマン子爵が、顔を顰めてケレプノエに指摘する。
しかしケレプノエは、ヒグマンの言っている意味を理解しているのかしていないのか、漫然と首を傾げるだけであった。
彼女の瞳孔は、先程から焦点が定まらないかのように真っ黒に開きっぱなしである。
その紫色のヒグマを忌避するように水面から脱出している男たちを尻目に、メルセレラだけが彼女を優しく掻き抱いた。
ケレプノエに背負われていたヒグマの死体は、引き波に乗って島外へゆっくりと流れていく。
『心配しなくていいのよケレプノエ。このキムンカムイも、あなたのような可愛らしい子に殺されて本望だったでしょう。カントモシリにラマトが帰れるように、送ってあげましょうね』
『はい~。わかりましたぁ。メルセレラ様、大好きですー』
メルセレラの毛並みを抱き返して、ケレプノエは開いた瞳孔で、ふわふわと言葉を返していた。
その様子を苦い表情で見つめるヒグマンの視線の先で、彼女たちの近くの水面が霧のように揺らめいている。
何かが、ケレプノエの体から水中に溶けだしているのだ。
『……研究所で見た時より強くなっているぞ……。水には溶けづらいはずなのに……』
『ええ、ケレプノエのヌプルが強くなったのは、彼女が僕たちの教えで、記憶を取り戻したからなのですよ。島の地脈からヌプルを吸って、彼女の「毒」はその濃度を増しています』
絞るように呟いたヒグマン子爵の言葉に、ラマッタクペが恍惚としたような語調で応じる。
穴持たず57『ケレプノエ』の体細胞は、全身でアコニチンを主成分とした猛毒のアルカロイドを産生していた。
その毒は経皮的にも吸収され、人間ならば僅か数mg摂取しただけで死亡してしまう。
三期ヒグマの中では特に危険な能力を有していた彼女は、長い間、ほとんど外と交流をさせてもらえる機会もなく、いわば箱入り娘として育てられてきた。
ヒグマ同士であっても彼女に触れれば死んでしまうという事実は、穴持たずの中で彼女を孤立させる原因になっていた。
『彼女を救ったのは、メルセレラなのですよ。メルセレラならば、毛並みの中で空気を熱してケレプノエの毒を分解し、触れてあげることができますからね』
ラマッタクペは、水面に抱き合う二名の少女を微笑ましく見つめていた。
その彼に、ヒグマン子爵は再び刺々しく言葉を投げる。
『……それで。世間知らず故に引っ掛けやすいお嬢様を宗派に引き込んで、お前の目的はなんなのだ』
『何度も言わせますねぇ』
ラマッタクペは苦笑して、中空からヒグマン子爵に顔を振り向ける。
糸目の奥で爛々と白い光を湛えながら、ラマッタクペはニタリと笑っていた。
『まずは手始めにこの島から、そしてゆくゆくは全世界で、この最も「高貴な」カムイであるキムンカムイのラマトを崇めさせるんですよ。
そのことに自ずから気づけば良し。気づかないならば、邪魔なハヨクペを殺し、カントモシリに一度帰すことで思い出させることもやむなしですよ』
『……そのキムンカムイの偶像として、メルセレラを据えるわけか』
『え? ああ、メルちゃん? まあ彼女には期待していますよ僕も。彼女がいると「空気が温まり」ますし。アハハハハ』
ヒグマン子爵の鋭い視線をまるっきり無視して、ラマッタクペは自分の放った言葉に大きく高笑いする。
そのまま彼は空中を歩み、両前脚を広げて高らかにその場の3名へ語り掛けていた。
『さぁ、頭数も揃いましたし、そろそろ、愚昧な民草を啓蒙しに行きましょう。
どうします? 北にも西にも沢山、アイヌやキムンカムイがいますよ! どこから参りましょうか!』
『手近なところから、どんどん行きましょう。誰のヌプルが勝っているか、アイヌたちに解らせてやるのよ』
『わたしは、メルセレラ様のお手伝いをいたしますー』
引き波も落ち着いてきた森の中を、3頭のヒグマが闊歩してゆく。
その背後を、大分距離を置いてひっそりと辿るヒグマン子爵に、ラマッタクペが相変わらずの笑顔で尋ねかけていた。
『さぁ、ヒグマンさんはどうなさるんです? 5つの勢力のどれに着いても良いとは思いますけれどね。
聡明なヒグマンさんならば、もうお分かりじゃないんですか?』
『……チッ』
苦々しく舌打ちした牙を噛み締め、ヒグマン子爵は両手の刀をきつく握りしめていた。
【I-5 滝近くの森 昼】
【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本思考:獲物を探す
0:私は、どう去就するべきなのか……。
1:狙いやすい新たな獲物を探す
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。
【ラマッタクペ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『ラマッタクペ・ヌプル(魂を呼ぶ者の霊力)』
道具:無し
基本思考:??????????
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つける
1:キムンカムイ(ヒグマ)を崇めさせる
2:各4勢力の潰し合いを煽る
[備考]
※生物の魂を認識し、干渉する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、魂の認識可能範囲は島全体に及んでいます。
※当初は研究所で、死者計上の補助をする予定でしたが、それが反乱で反故になったことに関してなんとも思っていません
【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』
道具:無し
基本思考:このメルセレラ様を崇め奉りなさい!
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つけて自分を崇めさせる。
1:アタシをちゃんと崇める者には、恩寵くらいあげてもいいわよ?
2:でも態度のでかいエパタイ(馬鹿者)は、肺の中から爆発させてやってもいいのよ?
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。
【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』
道具:無し
基本思考:キムンカムイの皆様をお助けしたいのですー。
0:メルセレラ様のお手伝いをいたしますー。
1:ラマッタクペ様はカッコいいですー。
2:ヒグマン様は何をおっしゃっているのでしょうかー?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について、ほとんど自覚がありません。
最終更新:2014年07月23日 01:04