島の地下に広がるヒグマ帝国――の中の電子機器、その中に更に広がるネットの海。

その中にたゆたいながら、江ノ島盾子――正確には、その人格を模したアルタ―エゴは現状を観測した。


彼女の操るモノクマは、灰色熊に多数を破壊された現状でも相当数が残っている。
ヒグマ帝国のネットワークに逃れた以上、即座に消去される可能性はない。

だがそれでも、状況は江ノ島盾子に悪くなる一方である。

つい先ほどモノクマ達が灰色熊に一蹴されたように、真正面からでは帝国の主力ヒグマにはモノクマをいくらつぎ込もうと敵わない。
ネット回線も逃亡したのが露見した以上、対策として主要な機器からは切り離し措置が取られるだろう。

現状のままでは、遠からず江ノ島盾子は封じ込められる。

「あー……絶望的ぃ。今まではこういうじわじわした絶望ってなかったから新鮮だわ」

だというのに、江ノ島盾子の顔にはうっすらとした笑みが浮かんでいた。

彼女の抱える絶望は、己自身の絶望にさえ歓喜できるほど深い。
そして――彼女の抱える手がこれで手詰まり、というわけでもなかった。

一つは、今モノクマのうちの一体が抱えている『相田マナの死体』。
これを『工房』に培養されている実験体の材料に使えば、HIGUMA研究は一気に進む。
それによってヒグマの人間化研究が完成すれば――実験体に『江ノ島盾子』をダウンロードすることで、『受肉』が完成する。

それに必要なのは時間だ。
ニンジャ、ヒグマ、プリキュアの三つが混じったマナは解析に時間がかかるだろう。
その時間を稼ぐためのなにかが必要だ。

「だからこそ、新展開が必要よね。ドカンと一発何もかもが変わっちゃうような――絶望的な新展開がさ」

そう呟いた江ノ島アルターエゴは、二つの回線を開く。

傍受の心配のない、秘匿された無線回線を通じてつながったのは――二人の少女である。


「んで、こいつはどうしたもんかね」

モノクマの残骸が散らばる一室で、灰色熊は培養槽――正確には、その中に入った肉塊を見つめて溜息を吐いた。
これがあのマナーの悪い「お客さん」の大事な物であることは間違いないが、だからといって即刻破壊するわけにもいかない。
中に入っているのがHIGUMAであるならば、生まれ出ない内からそれを死なせてしまうのは実効支配者達はいい顔をしないだろう。
そもそも培養槽を破壊した程度で死ぬならいいが、死に損なって暴走なんてことになったら骨だ。

「とは言っても、放置していいかっつったらなぁ……」

このままここに放置しても、いい結果にはならないだろうことは目に見えている。
監視できるならそれもいいが、場所的に考えればここから持ち出すのは難しい。

「……さっきの通信の時にこいつのことも連絡して、キングに指示を仰ぐべきだったかね」

現状の灰色熊は、先程キングへと送った粘菌通信の返信待ち状態である。

キングの粘菌による走査・通信能力は非常に有用だが、弱点もある。
まず第一に、操る全ての粘菌の情報を受け取れるわけでもなければ、常に島内の生息全域に展開できるわけでもないこと。
これが可能なら、首輪の盗聴など不要ではあるので仕方のないことではあるのだが。
第二に、走査能も通信能もキングと、それの操る粘菌の知覚に依存すること。
これは一見なんの問題もないように思えるが、キングがすぐ近くで行われていたモノクマの蛮行を今までずっと見逃していたように、粘菌が生息していない場所にはどちらの能力も届かないということを意味する。

こちらが現状の問題で、要するに現在灰色熊がいるモノクマのアジトには普通では粘菌が届かない――つまり、追加の通信を送れない――のである。

であるならばこのモノクマアジトにいる限り、灰色熊にキングからの命令は届かないのではないかと思われることだろう。しかし、それも違った。
受信とそれに伴う返信に限り、灰色熊は彼のみにできる方法でキングと何処でも通信を行うことができるのである。
灰色熊は自らの体を石化させる能力を持つ。これを利用し、キングは自らの粘菌で灰色熊に苔のマーキングを施したのだ。
今も灰色熊の体では、キングの施した微量の苔がうっすらと光を放っている。

「かみさん以外に体に印を付けられるなんて、それもそれでぞっとしねえがね」

軽口を叩きながら、彼はキングからの通信を待った。
彼に生息している苔は微量すぎて、追加の通信を行うには容量が少な過ぎる――そもそも通信に足る量だとしても、今通信に送ってしまえばキングからの指示が記された苔は行き先を見失ってしまうだろう。


待つ事しばし。
やがて石造りの壁面に、かすかに光る苔が浮かび上がった。

「郵便でーす、ってか」

それに気付いた灰色熊が壁へと近寄り、苔の光る周期を確認する。
一見ランダムに、しかし確かに法則を持って明滅する粘菌が示すのは――

「『間桐、田所とエンジン探査に向かう(安心せよ)。艦娘・龍田』、
 『龍田の武運を祈る。手すきの者は返信・協力せよ。キング』……ねぇ。
 臨時のお手伝いさんはいいんだが、俺の仕事は……エンジンだよなぁ」

そう呟いて、灰色熊は溜息を吐いた。
元よりエンジンをネット回線から弄られれば致命的な事態を引き起こしかねない。
ここが片付いた以上、そちらに向かうのが当然ではあろう。

「一応連絡はしといて、こっちはエンジンに注文を届けに行きますか」

そう結論した灰色熊は、粘菌へと『彼の者の研究らしき実験体発見、扱いを考慮されたし』旨のモールスを打ち込み、その体を石に変え――その場を離れた。

【???(モノクマの工房) ヒグマ帝国/昼】

【灰色熊(穴持たず11)@MTG】
状態:生物化
装備:無し
道具:ヒグマの爪牙包丁
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する。
0:示現エンジンへと急行し、安全を確保する。
1:シーナー、キングらと迅速に状況を連絡・共有し、モノクマやヒグマ提督を封殺する方策を練る。
2:培養されていた得体の知れない生命体はどう処遇するべきか……?
3:これ、実効支配者全員で対処しねぇとまずくないか?
4:同胞の満足する料理・食材を、田所恵と妻とともに探求する。
5:蜂蜜(血液)ほしい。
6:表向きは適当で粗暴な性格の料理人・包丁鍛冶として過ごす。
[備考]
※日ごろは石碑(カード)になってます。一定時間で石碑に戻るかもしれないししないかもしれない。
※2/2のバニラですが、エンチャントしたら話は別です。
※鉱物の結晶構造に、固溶体となって瞬時に同化することができます。鉱物に溶け込んで隠伏・移動することや、固溶強化による体構造の硬化、生体鉱物を包丁に打ち直すなどの応用が利きます。
※ヒグマ帝国のことは予てよりシーナーから知らされており、島内逃走中にモノクマやカーズが潜伏しそうな箇所を洗い出していました。
※実験は初めから、目くらましとして暴れまわった後、適当な理由をつけて中座する段取りでした。


ヒグマ帝国の中心近くに建てられた、一際目立つ建造物。
警備部の本拠として扱われているその建物の一角には、現在旧STUDYの設備の一部が運び込まれ作業用のヒグマ達によって次回の放送への準備が行われていた。

「……やはり、おかしい」

放送機材が運び込まれ、準備が整えられた一室。
ヒグマ帝国内に残されていたSTUDYの資料を捲りながら穴持たず46――司波達也は、眉間に皺を寄せて呟いた。

「おかしい? なにがですか?」

その呟きを耳聡く聞き付けたシロクマさんが、司波達也に食い気味に近寄りながら問いかける。

「ヒグマ提督が指示したヒグマ200匹分の解体によって産出された資材と、これまでに明らかになった艦娘の建造に使用された分の資材が釣り合わないんだ」

これまでに司波達が確認しているヒグマ提督製の艦娘は6人。

駆逐艦・島風。放送直後にヒグマ提督が調査任務名目で地上に送り、その後参加者と接触しているとみられる。
駆逐艦・天津風。目撃証言からヒグマ提督に帯同しているようだ。
軽巡洋艦・那珂。ビスマルクから逃亡後行方不明。
同じく軽巡洋艦・龍田。現在、ヒグマ帝国中枢の示現エンジン周辺にてこれを侵す存在と戦闘中
戦艦・金剛。天津風と同じくヒグマ提督に帯同しているらしい。
戦艦・ビスマルク。これは言うまでもなく司波達也との戦闘で鎮圧、こちらに投降した。

「初期にヒグマ20体を消費して建造された島風は除くとして――
 解体場に残っていた資材の数と、残りの五隻の建造で消費された資材が噛み合わない。
 武装の開発で消費した可能性はあるが、それにしてもそこまで消費するとは思えないんだ」
「……ビスマルクツヴァイの建造で消費したのでは?
 ビスマルクを建造するには大型建造が必要と聞きますし、“改”の状態で造られたのならなおさら資材は嵩むのではないでしょうか」
「俺もそれは考えた。だが、それを考慮に入れてもヒグマ200匹分の資材があそこまで減っているのはおかしい」

投げかけられたシロクマさんの疑問を司波達也は否定する。

戦艦ヒ級の建造に遺棄されていた大和の胴体部を使用したのは、単に工程短縮だけが理由ではない。

“足りなかった”のだ。
当初の計画では、間違いなく通常の工程で戦艦ヒ級を建造してなお資材には余裕がある計算だった。
それが、司波達也の計算能を以て尚、大幅に計算が狂っていた。

これが示す事象は、誰から見ても明らかだ。
それを察し、シロクマさんは司波達也に大声で(お兄様の発見が周囲に聞こえるように)問いかける。

「……つまり、ヒグマ提督は現在発見されている艦娘の他にも艦娘を建造していると!?」
「その可能性は高いな。問題は、今彼女達がなにをしているかということだ」
「……あのー、何してるんっすか?」

当然の如く、シロクマさんの声を聞き付けた巡回中のヒグマが会話に割って入って来た。

司波達也はそのヒグマを『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で解析し、識別番号を確認すると、丁度いいとばかりに命令を下す。

「穴持たず428か。……今からお前とシロクマさんに状況説明をする。その後に任務を頼みたい。
 巡回任務は停止して他の穴持たずに任せてくれ」
「……はぁ。了解しましたっす」

不思議そうな顔をしながら座り込む穴持たず428。
司波達也はそれを確認すると、彼自身の推測を語り始めた。

「まず現状として、ヒグマ提督によって建造された艦娘はまだ全てが発見されていない。これは何故だ?」
「隠れているのでは?」
「その可能性はあるが、命令を受けていない艦娘がヒグマから隠れる理由はないだろう。
 ビスマルクを見れば明らかなように、艦娘は基本的にヒグマ帝国に忠実にそのメンタルを設計されている。
 或いは自分も同じように『帝國』の一員だった記憶からかもしれないが……」
「なら、ヒグマ提督に命令された可能性は?」
「それもないだろう。ヒグマ提督はヒグマ帝国から逃げ出そうとしていた。
 その提督が艦娘に隠れることを命令するのは不合理だ。
 自分を護衛してもらうか、あるいはビスマルクのようにヒグマの足止め命令を出した方がいいだろう」
「……んー。それもそうっすねぇ」

穴持たず428が腕を組んでうんうんと頷く。

「でもじゃあ、艦娘達はどこにいるっすか?」
「可能性は二つある。
 まずは、現状の俺達の探索範囲外で待機状態に入っている場合。この場合は、ヒグマ提督は逃走に気を取られて命令を出す暇がなかったんだろうな。
 もう一つの可能性は、ヒグマ帝国内、あるいは地上に自分の意思で潜伏している場合だ」
「え?」
「あの、シバさん。艦娘達が隠れている可能性はないのでは?」

シバさんの辿り着いた結論に、穴持たず428は素っ頓狂な声を挙げた。
同様にあっけに取られた様子のシロクマさんが、口をぱくぱくさせながら質問する。
その二匹を前に、シバさんは彼の考えた『最悪の可能性』を口にした。


「それはあくまで、艦娘が自発的、あるいはヒグマ提督の命令で潜伏する可能性だ。
 ……これは最悪の想像だが、現在行方不明の艦娘は『ヒグマ帝国でもヒグマ提督でもない勢力』にその指揮権を奪われている可能性がある」



『俺は……俺は……』

波に揺れるボートの上で、2匹と一人が行き先も知らず漂っている。
一人は意識の闇へと沈み、一匹は恐怖の闇へと沈み、そして最後の一匹は悔悟の闇へと沈んでいた。

穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ。
彼の行動はなにもかもが裏目に出た。
彼はただ小さな友人を守りたいだけだったのに、彼の全ての行動は彼の小さな友人を怖がらせてしまった。

『何故だ……何故、なんだ……』

薄々はわかっている。
自分の行動はデデンネにきちんと伝わっていない。
自分にとってデデンネは相棒気取りだったが、デデンネにとって自分は恐怖の対象なのだ。
ヒグマとデデンネの価値観はあまりにも違いすぎる。デデンネにとっての恐怖を、ヒグマには理解できない。

それは今の彼にはどうしようもなく埋められない、種族の壁であった。

『どうすればいい……フェルナンデス、俺はどうすれば……』
「……フェルナンデスではないけれど、答えはあげられるよ」
『――ッ!?』

呻くように呟いた声に、背後から声を投げかけられた。
弾かれたように振り返る穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ(以下カッコカリ)は、そのまま驚愕で目を見開く。

海面の上に、二人の少女が存在していた。

まず目に入るのは、白と赤の色取りを持った巫女服のような装束の少女である。
長い黒髪も、彼女のそういった印象を引き立てている。

けれど、その印象を吹き飛ばす異常が彼女には存在していた。
波立つ海面の上、彼女はその足で水面をまるで地面のように踏みしめている。
それだけでも異常だというのに、更にその少女の背には多数の金属砲塔が取り付けられ、まるで針鼠のようになっていた。

その少女の背に背負われるように、もう一人の少女が乗っている。
おかっぱの黒い髪と、顔に浮かんだにきび。
全体的に地味すぎて、手に握ったナイフと着ている茶色のどこかの学園の制服にその他の彼女の印象は押しつぶされていた。

『……人間ッ!?』

思わずカッコカリは身構え、今の状況を客観的に分析する。
ボートの中には気を失った人間。下手をすれば、自分は彼を襲っている人間と誤解されかねない。


『待て、待ってくれ、俺は……!?』
『わ、わかってるよ、「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」。
 ……だから、私はあなたに新たな命令を与えに来たんだよ』

『――な、ヒグマ語ッ……!?』

一見人間に見えた相手が、ヒグマ語を話す。
更にこちらの識別名を知っている。これはカッコカリをひどく驚かせた。

『警戒しなくていいよ……私達は、あなたの事情をよく知ってるから。
 私は穴持たず696(むくろ)。こっちは……』
『扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。
 妹の山城ともども……って、いないんだったわね』

おかっぱの少女が乗っている兵装を取り付けた女が続いてヒグマ語を話したことにより、カッコカリの驚愕と狼狽は頂点に達した。
それはおかっぱの少女が語った『穴持たず696』という番号に対してのことも含まれている。

『そ、そちらも喋っただと……!? ……いや、待て、穴持たず696とはなんだ、お前は人間じゃないか。
 そもそも穴持たずはいつの間に696なんて番号に増えたんだ!?』
『状況が変動したんだよ。
 穴持たず達は研究者――STUDYに対して反乱を起こしたの。結果STUDYは壊滅状態に陥り、穴持たずは自らを増殖させヒグマ帝国を名乗っている』
『い、いつの間にそんなことに……』

絶句するカッコカリ。だが、数秒で立ち直ると穴持たず696に対して質問する。

『だ、だが、そんな状況ということは実験はどうなっているんだ?
 フェルナンデスもここにいる男も、近くの廃墟にいる男も実験の参加者だろう。
 実験の参加者は全滅したわけでもないし、中止の連絡も来ていないぞ?
 ……いや、お前が中止の連絡をしにきたのか?』

だとしたらどれだけいいだろう。
フェルナンデスの首輪を解除してやることができたなら、もしかしたらフェルナンデスを怯えさせずに済むかもしれない。
そうしたら、どこかでフェルナンデスと暮らすのだ。
ヒグマ帝国とやらはフェルナンデスが怖がってしまうかもしれないから、やはり北海道がいいだろうか。

――いや、本当はわかっている。中止の連絡をするなら、こんなことをせずとも放送装置を使えばいいのだ。
ならば彼女達がここに来たのは――

『残念だけど……、それは目的じゃないんだよね……、カッコカリ。
 私は命令……いや、誘惑に来たんだ』
『……誘惑?』

『そう。私はそのヒグマ帝国に対して反抗してくれるように、あなたと取引しに来た』

何らかの個人的な命令を下されるのだろうことは予想していた。
していたが、それでもこの発言にはカッコカリも三度驚かざるを得なかった。

『……なんだと? お前も穴持たずなんじゃないのか?』
『そうだよ。……だけど私は、彼らとは敵対する派閥にある。
 彼等は、……ヒグマを全生物に対する優越種だと考えてる。
 この実験を通じて……、最終的にはヒグマ以外の全生物を支配するつもりだよ』

なるほど。
考えられない話ではない。
高い能力を持つヒグマが他生物への優越感を持つことはおかしくはないし、そのような生物の組織で派閥化が行われるのも不思議ではないない。


『だが、俺がそれに従う理由はどこにある?
 わざわざそのヒグマ帝国に逆らって、俺が得をする理由もあるまい。
 いや……ヒグマ帝国にさえ興味がないんだ、俺は』

そうだ、俺はそんなことには興味がないんだ。
ヒグマ帝国が地上を支配しようと、逆に人間に滅ぼされようと。
俺はただ、フェルナンデスと静かに暮したいだけで、

『そのお手伝いをしてあげられる、と言ったら如何ですか?』

だから、兵装の女の発言に心を奪われた。

『……なん、だと……!?』
『私達に従うなら、その子の首輪を外して自由にしてあげることができます。今すぐにでも。
 ――いえ、それだけではありません。私達は――いえ、あのお方なら、ヒグマ帝国では絶対にできないことを報酬にしてあげられるわ』
『絶対にできないこと……?』

確かに、単に首輪を外すだけならヒグマ帝国の連中にもできるだろう。
――だが、彼等にできないこととは、なんだ?

『ええ。
 私達は――「ヒグマを人間にする技術」を持っています』

がつん、と頭を殴られたかのような衝撃だった。

『正確には、その技術の前段階ですが。
 ただし現状でも、私達のように「人の形を模したヒグマ」を作ることができるのはおわかりでしょう?
 技術を完成させることができれば、貴方も人間の姿になれます』
『そ……それが、なんだというのだ?
 ヒグマが人間の姿になれることに何の意味がある?』

いや、とぼけたふりをしたが、わかっている。
それが何を意味するのか、それによって奴等が俺に何を取引するつもりなのか。

『わかりませんか? 本当に?』

そして奴等は、それをよくわかっているのだろう。

『こう思ったことはありませんか?
 「デデンネとうまくいかないのは俺がヒグマであるからだ」――と』

そうだ。
俺がヒグマでなければ、フェルナンデスも俺に恐怖は感じないだろうし――もっと近い立場で話せるはずなのだ。

『羨ましくありませんか?
 彼等ポケモンと意思と通わせ、家族のように生きるポケモントレーナー――人間が』

そうだ。
俺は人間が酷く羨ましい。

『あなたが取引に応じ、ヒグマの人間化技術が完成したなら――あなたを人間にして、デデンネのトレーナーにしてあげましょう。
 ――ああ、ヒグマ帝国はこの技術を知りません。これはSTUDYの研究内容でしたからね。
 彼等からすれば、この技術は破壊の対象かもしれません』

『――ぬ、ぬ、ぬ――』

だからこそ目の前の女の誘惑は酷く甘美だ。
人間として――相棒として、フェルナンデスと共に生きる。
俺はそれしか望まない――そして、このままではそれは手に入らない。

だがしかし、目の前の悪魔との取引に飛び乗れば――手に入るのだ、それが。

『チャンスはこれ一回きりだよ。今なら、首輪の管理切り替えに乗じてその子を死亡扱いにして首輪から解放できる。
 これを逃せば、その子の首輪を外す機会はほとんどない』

――そして、俺は。

『……わかった……お前達に手を貸そう』

その悪魔との取引に、乗った。



「『ヒグマ帝国でもヒグマ提督でもない勢力』……?」
「シロクマさんはシーナー殿とキングから話は聞いているだろう。『彼の者』……。
 ヒグマ帝国を扇動し、さらにその乗っ取りを狙う者だ」

資料を捲り状況を計算しながら、シバさんは自らの推測を口にしていく。

「ヒグマ提督はどこから艦むすの建造技術を手に入れたんだ?
 STUDYの施設に残されていた資料にも、艦むすの情報が記載されているモノはなかった。
 つまり、あの技術はヒグマ提督がSTUDYから接収したものではない。
 当然、ヒグマ提督が一人で生み出したワケでもないだろう」

考えてみれば、おかしな話ではあった。
ヒグマを解体し、HIGUMA細胞を使ったとはいえ、穴持たずを凌駕し得る存在がそう易々と受肉し、強固なパーソナリティを手に入れるものか?
実際、ヒグマ提督とて無能ではない(あるいは、無能であった方が助かったかもしれないが)。
ではないが、このようなものを一から思いつくような頭脳の持ち主ではない。
ならば、彼に艦むすの製造法を教えた者がいるはずだ。

つまり、

「艦むす計画は最初から『彼の者』の仕込みだ。
 おそらく、ヒグマ提督にその他の情報を流していたのも『彼の者』だろう」
「そ、それじゃ……ヒグマ提督は、その『彼の者』って奴に寝返ったってコトっすか?」
「その可能性も考えられるが……どうだろうな。
 正直、ここまで杜撰だと蜥蜴の尻尾切りにも思えてしまう。
 どちらにしろ、『彼の者』の干渉を強く受けているのは確かだろうが」

艦むすそのものに仕込みがある可能性は低い。
なんらかの仕込があるならば、ビスマルクを尋問・説得した際に気付いていい筈だ。
ヒグマ提督が『彼の者』の陣営に落ちている可能性はゼロではないが、正直そうだとしてもヒグマ提督の動きは粗雑に過ぎる。
これまで動きをこちらに悟らせなかった『彼の者』の動きとは一致しない。
だとしたら、『彼の者』はヒグマ提督に何を望んでいるのか?

(……ヒグマ提督がビスマルクに命じたのと同じように、足止め……。
 ヒグマ提督に目を向けさせ、『彼の者』の行動を隠匿する為か?
 ならば現在『彼の者』は行動に出ている可能性が高い……)

思考。結論。
導き出した答えから、シバさんは最適と思われる指示を選択する。

「穴持たず428、穴持たず312(サーチ)を探して地上、そして地下の特別警戒プロトコルの発令を伝えろ。
 その後は312の指示に従ってくれ」
「りょ、了解しましたっす!」

どたばたと部屋を出て行く428を見送りつつ、シバさんはシロクマさんに視線を移す。
何故かシロクマさんは、首を傾げるような仕草をしていた。

「シロクマさんは……」
「申し訳ありません、カフェの様子を見に行かないと……」

「ああ、そういえばシロクマさんはカフェをやっていたんだったな。
 無理に戻って来なくてもいいんだぞ?」
「いえ、用事が終わったらすぐ戻ってきます!」

どたばた、と走りながらシロクマさんは開いたままのドアを走り抜けていく。
シバさんはドアを閉めると、放送機材へと向かった。

【ヒグマ帝国・警備部/昼】

【穴持たず48(シバさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、記憶障害、ヒグマ化
装備:攻撃特化型CADシルバーホーン
道具:携帯用酸素ボンベ@現実、【魔導】デッキ
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:放送の準備を行う。
1:できるかぎり帝国内で指揮をするほうが良さそうだが・…。
2:カードゲームでシロクマさんに負けたのがすごく悔しい!
3:イヤリングの件などについて実効支配者たちと情報共有が必要だ
4:『彼の者』……一体どこまで入り込んでいる?
[備考]
※司馬深雪の外見以外の生前の記憶が消えました
※ヒグマ化した影響で全ての能力制限が解除されています
※カードの引きがびっくりするほど悪いです


【穴持たず428】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国に従う。
1:穴持たず312に連絡を行う。
※渋谷っぽい口調のヒグマです。
※能力などは不明です。持っていない可能性もあります。



がしゃん、とフェルナンデスの首に嵌った戒めが地面に落ちる。

それが悪魔との契約の報酬の一つ。
もう一つの報酬は、契約が終わった時に払い込まれる。

『……これで外れたよ。
 後はこっちの命令に従ってもらう形になるかな……』
『今はヒグマ帝国に一緒に戻りましょう。
 その為の囮は既に出してあります』
『……フェルナンデスはどうしたらいい?』
『……置いていくのも心配だし、連れていくしかないんじゃないかな。
 どこか安全な場所があるならそこでもいいんだけど……』
『……仕方が無いか』

フェルナンデスを連れていけば、また怯えさせてしまうかもしれない。
だが、だからといって置いていくには――この島は危険すぎた。

ただでさえ、これからはほとんど全てのヒグマが敵になるのだから。


「……ぐ、あ……」

『……!?』

その時、足元から呻き声が聞こえてきた。

――そうだ。先程保護した人間だ。
失念していた――この男をどうする?

穴持たず696や扶桑と行動するのに、この男と行動するのは邪魔なのは明らかだ。
だが――殺すのか?
フェルナンデスの目の前で? それこそ本末転倒ではないのか?

――どうする?

戸惑うカッコカリの目の前で、男は口を開き、言葉を紡ごうとする。
――ナイフを取り出した穴持たず696に向けて、駆紋戒斗は、確かに意思と共に言葉を放つ。


「……お前達は、力を持っているのか」


「……うん」

答えた穴持たず696に、駆紋戒斗は唇を噛み締め、血を流しながら言い放った。

「……俺は勝つ。
 そうだ、勝つんだ……だから。
 だから――力を寄越せ……!」

その言葉に。扶桑は、確かに顔に笑みを浮かべて――駆紋戒斗の首輪を解除した。

「ええ……私達は、あなたに力を差し上げます。
 大丈夫ですよ、私にはよくわかります――」

「――あなたの絶望が」

――絶望は、伝染する。

【G-4:廃ビル街 昼】

【駆紋戒斗@仮面ライダー鎧武】
状態:重傷、疲労(極大)、胸骨骨折、気絶、首輪解除
装備:仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品一式。ナシ(ふなっしー)ロックシード
基本思考:鷹取迅に復讐する。力なきものは退ける。
0:生きて勝つ。その為にはなにもかもを使う。
[備考]
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドの仮面ライダーナイトのカードデッキ@仮面ライダー龍騎により仮面ライダーナイトになりました。
※戦極ドライバーさえあれば再びバロンに変身することもできます。


【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……


【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護しながら、穴持たず696達に協力する。
0:ヒグマ帝国へと向かう。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


【穴持たず696】
状態:健康
装備:ナイフ、拳銃
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
1:ヒグマ提督を囮に、カッコカリ、戒斗を連れてヒグマ帝国へ潜入する。
戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。


【扶桑@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:35.6cm連装砲、15.2cm単装砲、零式水上偵察機
道具:なし
基本思考:『絶望』。
1:カッコカリ、戒斗を連れてヒグマ帝国へ潜入する。
2:他の艦むすと出会ったら絶望させる。


開いた回線の片方――穴持たず696との通信によれば、「勧誘」は成功。

「残念なお姉ちゃんでも、こういう時は役に立つものね」

穴持たず696(むくろ)――彼女は、江ノ島盾子の姉の人格と身体能力データを元に作られた人型穴持たずである。
『使いやすい手駒』を欲した江ノ島が、瞬時に思い付いたモノ――それは、彼女の為に生きて、そして彼女に殺されたたった一人の姉だった。

もっとも、江ノ島盾子からしてみれば『まともに演技もできない残念で3Kなお姉ちゃん』でしかないのだが。

「それにしても――扶桑は拾いモノだったわね」

超弩級戦艦、扶桑。
彼女の抱えた絶望に――江ノ島盾子は目をつけた。
生前大した活躍もできず、欠陥を露呈させ、妹ともども不幸艦として嘲られた彼女。

そんな彼女の他の艦むすへの羨望や嫉妬。
それらに漬け込んで絶望に落とすのは――元の世界からの、江ノ島盾子の得意技である。

「……っと、そろそろこっちも繋がりそうね」

先程からずっと【呼び出し中】と表記されていた回線の表記が、【通話中】へと入れ替わった。
そのまま江ノ島は、回線の向こうへいるだろう相手に話しかける。


「もしもーし、聞こえてるー? 美雪ちゃーん」


「……ええ、聞こえていますよ」

通話相手は――穴持たず46、司波美雪。

そもそも彼女とは、実験前の脱走騒ぎからの付き合いであった。
騒ぎの下準備のために、シーナーと共に接触していたのがSTUDYにも信頼されていた彼女である。
シーナーと違う面があるとすれば――彼女とは、『江ノ島盾子』として接触していること。

彼女が裏切る、ということは考えていない。
何故ならば――

「あら、どうしました? お兄様は既にあなたの存在を突き止め、探っていますよ。
 艦むすのことも承知です」
「あらー、そうなの?
 随分と早いわねぇ。さっすが美雪のお兄様ってやつ?」

――司波美雪にとっての行動原理は、「お兄様」である司波達也一人。

そもそもヒグマ帝国でさえお兄様にとっては踏み台に過ぎないし――それを利用しようとする江ノ島盾子もそう。
司波美雪によって江ノ島盾子はお兄様の為の障害を用意する存在に過ぎないし、江ノ島盾子にとって司波美雪はお兄様という希望に縋る、絶望に叩き落したい存在だ。
最初から二人は――自らの目的の為に、互いを利用しあっている。
そもそも前提が裏切りなのだから、それをさらに裏切ることは不可能だ。

「当然です、お兄様ですから」
「ま、それはいいんだけど。
 そういうワケでアタシ、見つかっちゃったんで今から最終兵器に取り掛かるから。
 アンタ、適当に偽報でも流しといてくんない?」
「ふふ……お兄様に破壊される為の最終兵器など、滑稽ですね。
 いいでしょう。地下の警戒はそちらの指示する地点から逸らします」
「ありがと。……ああ、その端正な顔が絶望に歪むのが楽しみだわ」
「こちらこそ、あなたの顔がお兄様に打ち砕かれるのが楽しみです」

そして二人の『妹』は、その美貌を綺麗に歪ませて笑った。

【ヒグマ帝国/昼】

【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:相田マナの死体
[思考・状況]
基本行動方針:『絶望』
0:キュアハートのデータを鋳型にしてHIGUMAの人間化を進めようかな~。
1:灰色熊クンには後できつい『オシオキ』をしてあげなきゃね。
2:前期ナンバーの穴持たずを抹殺し、『ヒグマが人間になる研究』を完成させ新たな肉体を作り上げる。
3:ハッキングが起きた場合、混乱に乗じてヒグマ帝国の命令権を乗っ取る。
[備考]
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1~14までです。
※江ノ島アルターエゴ@ダンガンロンパが複数のモノクマを操っています。 現在繋がっているネット回線には江ノ島アルターエゴが常駐しています。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
※ヒグマ帝国の更に地下に、モノクマが用意したネット環境を切ったサーバーとシリンダーが設置されています。 サーバー内にはSTUDYの研究成果などが入っています。


【穴持たず46(シロクマさん)@魔法科高校の劣等生】
状態:健康、ヒグマ化
装備:ホッキョクグマのオーバーボディ
道具:【氷結界】デッキ 、超小型通信機
[思考・状況]
基本思考:シバさんを見守る
0:頑張ってねー
1:喫茶店の様子を見てくる。
2:江ノ島盾子の受肉が完了するまで、ヒグマ帝国内にそれとなく偽報を流す。
[備考]
※ヒグマ帝国で喫茶店を経営しています
※突然変異と思われたシロクマさんの正体はヒグマ化した司馬深雪でした
※オーバーボディは筋力強化機能と魔法無効化コーティングが施された特注品です
※「不明領域」で司馬達也を殺しかけた気がしますが、あれは兄である司馬達也の
 絶対的な実力を信頼した上で行われた激しい愛情表現の一種です

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最終更新:2014年08月06日 13:53