陽が中天に差し掛かろうとしている。
 薄い水面を熱し、生物の肌を焼くその日差しの照り返しの中に、一際冷えた声が響いていた。

「ええ……私達は、あなたに力を差し上げます。
 大丈夫ですよ、私にはよくわかります――」

 長い黒髪の少女が、うっすらと笑みを浮かべて、ボートの中で顔を上げる一人の男へと歩み寄ってゆく。
 巨大な艦砲を背負い、艦橋を模した髪飾りをつけたその少女は、ヒグマの血肉で形作られ、旧日本海軍の軍艦の魂を宿した戦艦・扶桑である。
 強い意志の炎を双眸に燃やす男の首筋に、彼女は今まさにその手をかけた。


「――あなたの絶望が」


 たおやかな指先で扶桑が手繰るのは、その男の名――『駆紋戒斗』と刻まれた首輪だった。
 大した時間もかからずに、その首輪は彼の首から外れ、ボートの中に軽い音を立てる。
 駆紋戒斗という男はその首輪に目を落とし、そして彼女を訝しげに睨みつけた。


「……おい。なんだこれは。俺が求めているのは戒めの解放などではない! 力だ!」
「え!? ええ……、それは解っています。あなたに力を与えるには、まずヒグマ帝国に行かないとならないんです。
 ですから、そんなに焦らないで下さい」


 駆紋戒斗の剣幕に扶桑はたじろいだ。
 しかし口から血を吹きながらも、彼の燃えるような語気は全く衰えない。

「……ヒグマ帝国? なんだそれは。まずお前たちが何をやっているのか説明しろ!
 あの研究者に説明されたことなら、聞けば思い出すかもしれん」
「ああ……、説明し直さなきゃならないわね。少なくとも、有冨さんから説明はされてない事柄よ」

 そんな彼の問い掛けに応じたのは、扶桑の負う巨大な艤装に跨っている黒髪の少女だった。
 穴持たず696という番号を持つ彼女は、戦刃むくろという少女を模って製作されたHIGUMAである。

 彼女は、駆紋戒斗の目覚める前に語った事項を今一度復唱した。


 STUDYが製作したHIGUMA・穴持たずが反乱を起こし、結果研究者たちはほぼ全員死亡し、主催者組織は潰滅した。
 そして穴持たずたちは自分たちの仲間を爆発的に増殖させ、地下の研究施設を乗っ取り『ヒグマ帝国』を名乗っているのだと。

 曰く、彼等はヒグマを全生物に対する優越種だと考えており、この実験を通じて最終的にはヒグマ以外の全生物を支配するつもりであるらしい。

 しかしその中でも穴持たず696や扶桑は、『ヒグマ帝国』の中で製作された者ではあれど、彼らとは敵対する派閥の者として、ヒグマ帝国に共に対抗してくれる者たちを勧誘しているという。
 扶桑たちは、参加者の首輪を外したり、ヒグマ帝国にはない『ヒグマを人間にする技術』などをその報酬としているのだった。


「元人間だったあるヒグマの一人は、こんな言葉を残してもいます。
 『人間はヒグマに勝てない。ならばどうするか。なってしまえばいい、ヒグマに』。と」
「フンッ……そうか。それならば、早く案内しろ。行くぞ」

 戒斗は穴持たず696の説明を聞くや、彼は早くも自分の乗る木彫りの舟のオールへと這い寄っていく。
 本当に理解したのか分からない程の高速の納得は、語った穴持たず696本人すら面食らうものだった。

「えっ……、そうすぐに無理をするのはよした方がいいのでは。見たところ骨まで痛めている……」
「なめ……るな……!!」

 目を丸くする扶桑の言葉に反駁し、彼は力を振り絞って舟の中に姿勢を正した。
 そして彼が見つめ直すのは、自分の隣に先程からずっと同船していた一頭のヒグマと、その肩に乗っている小さな黄色い生物である。


「……それで、お前も一体何者だ」
『あ、ああ……、ええと、俺はこのフェルナンデスを守ろうと思っている、ヒグマだ』
「彼はね……、『穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ』。そして、こっちのポケモンが、デデンネという種族のフェルナンデス。
 フェルナンデスは参加者なんだけれど、意気投合して、彼はこの子を守ろうとしているというわけ」
「フンッ……そうか。わかった。ならば行くぞ」

 デデンネと仲良くなったヒグマの唸りは、穴持たず696によって訳されて駆紋戒斗に伝えられた。
 そして戒斗はあいかわらず、本当に理解したのか分からない程の高速で納得し、隣の水面に立つ扶桑を顎で促し始める。
 困惑を未だ解ききれないヒグマや、その肩で唐突な事態の連続に震えっぱなしのデデンネなどは、既に彼の視界にはなかった。

 穴持たず696はとんとん拍子に話の進む彼の態度に半ば呆れながらも、間もなく南中しようかと空に昇る太陽を振り仰ぐ。
 日差しのせいか蒸し蒸しと暑くなってきた気温に、彼女は制服の胸元と裾をつまんで風を通した。
 自分の跨る扶桑を促して、浅く冠水した廃墟の街並みを北西の方角に進んでゆこうとする。


「ええ……まあ、そうですね。行きましょうか。そろそろ第二回放送も流れますし。
 向こうの製材工場は人けが少ないので、そこから地下に降りましょう」
「そうだ……。早く行け。でかい口を利くだけの強さを早く見せてみろ」
「その必要はありませんね! 何故ならば彼女たちは、あなたに対して多大なる隠し事や偽り事をしているからです!」


 しかし、そうして行軍を始めようとした彼らのもとに、遠くから一際朗々とした大きな声が届いていた。
 振り向く彼らが見たのは、廃墟の中をこちらへ進んでくる、実に4頭ものヒグマの姿。
 その中でも先頭に立っているヒグマは、水面の上を浮かぶようにして、駆紋戒斗へ前脚を広げながら微笑みかけていた。

 駆紋戒斗はそのヒグマの言葉で、隣の穴持たず696をきつく睨みつける。


「……オイ、どういうことだ……?」
「……ラマッタクペ……。厄介な奴に……」


 超高校級の軍人の姿を模した少女は、糸目に笑みを張り付けて近づいてくるそのヒグマへ向け、口中で強く歯を噛み締めていた。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


 戦刃むくろ。
 穴持たず696が模っているのは、超高校級の軍人とされたその少女の肉体である。
 彼女は、自分たちにむけて近寄ってくるヒグマの集団の戦力と目的を即座に分析しようとした。


 まず、こちらに真っ先に声をかけてきたヒグマ、穴持たず44『ラマッタクペ』。
 アイヌ語で『魂を呼ぶ者』と自称している彼は、死者や周辺の生物の魂を認識する能力を有しているらしかった。
 穴持たず696が江ノ島盾子より受け取ったデータでは、有冨春樹は彼の能力を、首輪による死者のカウントを補助する目的で使う予定だったらしい。
 しかし彼は、便宜上『キムンカムイ教』と呼ばれる怪しげなヒグマ内の宗教組織に属しているらしく、実験前のSTUDYによる能力検査でも、どうやら全力を出していなかった節がある。
 そもそも本当に、彼の能力は魂という不確かな存在を読む能力なのか定かではない。
 学園都市の超能力者の判定をベースにしたSTUDYの検査ではその実力を測り切れていない可能性は非常に高く、その上今までのデータ上、彼自身は表立った行動をほとんどしておらず、さっぱりその思惑がうかがえない。

 穴持たず696は直感的に、このヒグマが危険な相手であると認識していた。


 そしてラマッタクペの背後にいるのは、穴持たず45『メルセレラ』。
 『煌めく風』という洒落た名前を自称する自信家の雌ヒグマであるが、データ上、彼女の能力は、身の回りの空気を数度温めることができるというだけの、実につまらないものである。
 噂によれば、職員の弁当を温め直したり、ヒグマ同士の親睦会で前座を務めたりしたらしいが、眉唾だ。
 ラマッタクペと同じく『キムンカムイ教徒』の一員であるらしいが、有冨春樹は取り立てて彼女に評価らしい評価をしてはいない。

 穴持たず696の経験上でも、自分の力を驕る者は決まって大した実力を持ってはいない。彼女のことは頭から外しておいてもさほど問題はないだろう。


 問題は、そのメルセレラの隣で膝丈の水をざぶざぶと歩いて渡ってくるもう一頭の雌ヒグマと、更に彼女から間隔を開けて、気配を消すようにしてにじり寄ってくる浅黒い雄ヒグマだった。

 開ききった瞳孔をぼんやりとした笑みに据えてやって来る紫色の毒々しい毛並みをした雌ヒグマは、穴持たず57として登録されている者だ。
 彼女はトリカブトのような猛毒のアルカロイドを全身から分泌しており、大抵の生物は彼女に数秒も触れてしまえば中毒を起こして死んでしまう。
 そのため50番台のヒグマの中では彼女は特にSTUDYの中で危険視をされていた。

 対処するには、遠距離からの行動が欠かせない。もし何かをしてくるようなら、扶桑に当たってもらわねば――。
 そう考えて、穴持たず696は最後の一頭のヒグマを見やる。


 ほっそりとした体躯に、爛々とした白い眼を持つそのヒグマは、穴持たず13『ヒグマン子爵』と呼ばれている。
 強靭な脚力とその体躯によって、空気を蹴って空を駆けるかのように見えるほどの機動力を持ち、その上で爪による攻撃力も毛皮による防御力も失っていないという、こと肉弾戦においては数多くのヒグマの中でもかなり高い戦闘力を有した者である。
 しかも今の彼は、両手に一本ずつ、よく研ぎ澄まされた日本刀を所持していた。
 武器を用いた戦闘の記録はデータに残っていないが、彼の立ち振る舞いからして、それらを使いこなせていないとは思えない。

 唸り声一つ立てず、ラマッタクペら3頭の背後から静かに近づいてくるその姿は、穴持たず696をして得体の知れぬ恐怖を感じさせるに十分だった。


 ――なにより、ラマッタクペたちの動向はモノクマですらほとんど捉えていない。一体、何が目的だ……?

 唯一、ヒグマン子爵の夜間の動向は伝え聞いているが、ラマッタクペたち3頭のいたI-5エリア周辺では、なぜか潜伏させたモノクマロボットが次々に謎の攻撃により破壊され、ほとんどその様子を探ることができなかった。

 穴持たず696は、その現象をラマッタクペが引き起こしたものだと考えている。
 現に彼は、水面上に浮遊するなどという謎の現象を起こしているではないか。
 正体の不透明な能力、真意の不透明な笑顔、目的の不透明な声掛けで近寄ってきたそのヒグマは、最大限の警戒をしてしかるべき相手であった。


「アハハ、そんなに警戒しないで下さい。僕はあなた方のどなたにも、危害を加えるつもりはありませんよ?」
『……ラマッタクペじゃあないか。どういうことだ? お前もヒグマ帝国について何か知っているのか?』
「ええ、ええ、知っていますとも。ヒグマコタンでお亡くなりになった何百頭ものキムンカムイたちから、色々なことを聞いておりますから」
『ああ……、なるほど。確かにそういう能力だったなお前は』


 笑いかけるラマッタクペたちと、穴持たず696たちのボートとは、既に十数メートルほどしか離れてはいなかった。
 ラマッタクペとは顔見知りであるデデンネと仲良くなったヒグマが、彼に向けて問いかけている。
 ラマッタクペはその位置で水面上の空中に停止し、彼と穴持たず696を交互に睨んでいる駆紋戒斗に向けて微笑みかけた。


「まずですねぇ……、あなたはこんな何の根拠もない話をする見知らぬ人物をそう易々と信用してはいけません。
 口では甘いことを言っていても、実際のところ何をたくらんでいるのか分かったものではないのですから」
「……それはあなたも同じでしょう! 危害を加えないと言って……、何が目的なの、あなた!」
「アハハ、簡単なことです。僕は、あなた方に道を説こうと思っているだけですよ。早い話が布教です」
「布教……」

 穴持たず696の鋭い詰問に、ラマッタクペは相好を崩したままそう答える。
 真意を測りかねる穴持たず696を置いて、間断を挟まずに彼は駆紋戒斗に向けて再び呼びかけた。
 『こっちのみずは甘いぞ』とでも言うように手招きをしながら。


「力が欲しいのですよね、あなたは。ならば、その力はこのような他者に求めてはいけませんよ?」
「……確かに、弱い者ほど人目を偽る。この女どもが隠し事を弱みとして持っているのなら、こいつらは力を持つ強者ではないということになるな」

 ラマッタクペの言葉に、戒斗はより一層きつい眼差しで扶桑と穴持たず696を睨みつけていた。
 穴持たず696の首筋に、うっすらと冷や汗が浮く。
 彼女の思考は、波立つ浅い水面のようにぐるぐると渦を巻いた。

 この問答の様子は、駆紋戒斗のみならず、デデンネと、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリに見られている。
 ここで扶桑と共に穴持たず696がラマッタクペらを攻撃することは簡単だ。
 しかし、彼らのうちメルセレラと穴持たず57は大したことはないとはいえ、ラマッタクペの底は知れず、ヒグマン子爵は扶桑にも互角の勝負をする可能性がある。
 その上、まかり間違って駆紋戒斗らの気がラマッタクペに靡いてしまったならば、それは折角勧誘した貴重な人材を逸することを意味する。

 その事態を避けるためには、ここで弁舌を揮おうとしているらしいラマッタクペを論破する必要があった。


「……言ってみろヒグマ。この女どもは一体何を隠しているというのだ」
「実のところ、あなたに対しての餌として提示された『ヒグマの力』は、彼女たちに属するものではありません。
 もともと主催のSTUDYコーポレーションの技術ですので、その施設をそのまま引き継いだヒグマ帝国の方が行使には長けているでしょう。
 また、『ヒグマの人間化』なんて技術はまだ机上の空論にもなっていません。実験素材集めの段階ですよ。これは『確かな筋』からの情報ですけれどね」

 ラマッタクペは、駆紋戒斗とデデンネと仲良くなったヒグマに向けて、滔々とそう嘯いた。
 彼はモノクマが殺害した2頭の『穴持たずカーペンターズ』の魂から情報を得ているのだ。


「……いいえ。そんなことはないわ!」

 対して、穴持たず696はそのショートカットの黒髪を振り立たせて即座に反論を展開する。

「私たちは、ヒグマ帝国の更に地下に専用の実験施設を設けて研究を進めているわ。
 だから、ヒグマ帝国より、技術も設備も数段上を行っている。『ヒグマの人間化』ももうすぐ実行に移せる。ほら、よく見て。私はどう見ても人間の姿でしょう!?」
「……なるほど。確かに人間にしか見えんな。ヒグマの圧倒的な力を有しているようには思えん」


 しかし、必死の彼女の言葉に返ってきたのは、駆紋戒斗の冷え切った返答だった。
 彼の発言に乗っかるようにして、ラマッタクペは笑みを深める。

「ねぇ、そうでしょう? 二足歩行して人語を話しているキムンカムイである僕たちの方がそれらしいですよね?」
『ぬ……、ぬう……。確かに、ラマッタクペの言うことももっとも、か……?』
「あなたまで! ……いい? このヒグマたちを信用してはダメ。彼らは今までの発言に何の証拠も提示してはいない!」
「それはあなただって同じでしょう? いくらでも口から出まかせを言い出せる」

 首を捻る穴持たず34だった気がするヒグマカッコカリに、穴持たず696が焦って呼びかけるも、すぐさまその言葉はラマッタクペに塗りつぶされる。
 彼はデデンネと仲良くなったヒグマに微笑みかけて、あまつさえウィンクすらしてみせた。


「ね? どうです? 顔見知りのキムンカムイの言葉と、ポッと出のよくわからないアイヌの言葉、どちらが信じられますか?」
「あのヒグマを信じてはいけないわ! 研究所でも底を見せないでのらりくらりと立ち回ってきたヒグマなんでしょう!?」


 戦刃むくろを模した体で、穴持たず696は必死に叫んだ。
 汗に湿る制服を振り向けて見やるラマッタクペの後ろでは、なおも3頭のヒグマが眠ったように沈黙を守っている。
 さっぱり目的がわからない。
 まさか本当に布教――、つまりは自分の仲間を増やそうとしているのだろうか。
 穴持たず57とヒグマン子爵は、そうして『キムンカムイ教』に転向した者で、教祖の説法を黙って見守っているだけなのか。

 ならば本格的にこの舌戦は、この3名の戦力の勧誘合戦である。
 もっと魅力的な情報を提示して、彼らをこちらに引き寄せなければならない。
 そう考えて、穴持たず696は自分の跨る扶桑の肩を叩いた。

 彼女はハッとして、頭を捻っているヒグマと駆紋戒斗の方に向き直る。


「あ、あの……、私は江ノ島さんとむくろさんの勢力に属している、ヒグマ提督によって作られたんです。この力強い主砲なんかも、私たちの技術ですから……」
「わかりやすい嘘をどうも。あなた方の工廠は、現在ヒグマコタンに所属している数少ない研究員の生き残りの、布束砥信特任部長が設計したものです。
 また、そこで作られたあなた方の存在は、ゲームの情報を丸写ししてきたものですので、全く以てその『エノシマさん』とかいう方の手柄ではありません」
「う゛っ……」
「僕らはヒグマコタンにいるルクンネユク(灰色熊)さんとも知り合いですし、話をつけてあげられないこともないですよ~?」


 即座にラマッタクペに咎められ、扶桑は絶句してしまった。
 一体ラマッタクペは、どこまで情報を認知しているのか。
 その糸目の奥は全く窺い知れない。

「だ、ダメよ……! 実際のところ、ずっと外にいたこいつらはヒグマ帝国とも私達とも、なんのコネクションもないんだから……!」
「鳴き声だけが小煩い弱者の話など聞くか! もういい。
 勝つか負けるかで話を決めた方が良いんじゃあないか? 強い奴ならば、それで証明される」

 穴持たず696の訴えに、駆紋戒斗がしびれを切らしたように叫んでいた。


「アハァ。それも一理ありますかねぇ~? いかが致しますかアイヌさん?
 この人畜無害な僕に戦いを挑んで、無駄に時間と信用を消耗なさいます?」


 ラマッタクペの白々しい笑顔を受けて、扶桑と穴持たず696は、今や滝のような汗をかいていた。
 心理的に追い詰められているのもさながら、緊張のせいか異様に暑い。
 じりじりと照り付ける太陽は、その時、その高度で正午を知らせていた。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


『ピーンポーンパーンポーン♪ 参加者の皆様方こんにちは。定時放送の時間が参りました』
「ああ、まあ少しこの無駄話は置いておいて、貴重な情報ですから皆さんしっかり放送を聞いておきましょうか」

 ちょうどその時、あたり一帯に第二回の放送が響き渡っていた。
 ラマッタクペは、扶桑や戒斗らの声を抑えて、涼しい顔で南の街の方へ顔をやる。

『只今の脱落者は~……』

 次々と呼ばれてゆく参加者には、つい先ほど首輪の外されたデデンネや駆紋戒斗の名前もあった。


 ――あの子と、シロクマさんは上手いことやったみたいね。


 穴持たず696は、その放送でそんなことを思う。


 ――この調子だと全く信用ならんな。


 駆紋戒斗は、その放送でそんなことを思う。

 そもそもが、戒斗たち参加者は自分たち人間の人数も、外に出てきているヒグマの総数も性質も知らされてはいない。
 それではこの6時間ごとに喚き散らされる名前の羅列にどれ程の信憑性があるというのだ。
 それこそ、うるさいだけの時間の無駄。

 黒髪の女たちや、この饒舌なヒグマたちの言っていることもそうだ。
 実際のモノや力を見てみなければ、確かなことは何もわからない。
 このヒグマが言ったように、何の根拠もない話をする見知らぬ人物をそう易々と信用してはいけない――。


 その時、駆紋戒斗はふと自分が見つめる糸目のヒグマに違和感を覚えた。

「ちょっと待て――……」

 彼の呟きに、耳ざとくラマッタクペは顔を振り向ける。
 能面のような笑顔だった。
 こめかみから汗が零れ落ちる。

 暑い。

 戒斗は震えながら、その言葉を口に出した。


「今……、さっきまでの会話を、『無駄話』と言ったな……?」


 島内放送の大音声は、その呟きをほとんど掻き消すかのようだった。
 ラマッタクペが笑みを深めるのと、放送が終了するのとはほとんど同時だった。


「はい♪ ぜ~んぶただの無駄話ですよ。あなたたちが逃げる時間を潰すためのね」
『ピーンポーンパーンポーン♪』


 チャイムの音が終わった時、駆紋戒斗は自分の胸が火のように熱くなっていることに気付く。

「……ぐぷっ――」

 口の中に鉄の味が上って来て、知らず知らずのうちに彼はボートの中に大量の赤い液体を吐き出していた。
 そして耳元に哄笑が響く。
 それは僅か数十分前に、嫌というほど聞いてしまっていた、ある強者の声であった。


「――グハハハハハ!! よぉ、また会ったなぁ、梨男!!」
「き……さ、ま……ッ!!」
「アハッ、アハハハハッ!! イーハハハハハハハッ!!」


 駆紋戒斗の胸板にサーベルを突き刺して高らかに笑う男――。それは、仮面ライダー王羆こと、浅倉威と呼ばれている男であった。
 辺りには彼とラマッタクペの笑い声が響く。
 特にラマッタクペは、今まで溜めてきたものを全て吐き出すかのように、空中で笑い転げている。


「だぁから言ったじゃないですかぁ!! 『こんな何の根拠もない話をする見知らぬ人物をそう易々と信用してはいけません』って!
 実際のところ何をたくらんでいるのか分かったものではないのですよ! この僕みたいにねぇ!!」
「ひぃ――っ」


 誰も気付かぬ間に襲撃してきた突然の人物に、デデンネと仲良くなったヒグマ、および扶桑は混乱と狼狽にたたらを踏んだ。
 特にボートに乗っていたヒグマの方は勢い余って船べりから転落し、サーベルに吊られる戒斗を残して水面に飛沫を上げる。
 その中で唯一、超高校級の軍人の精神を持った一頭の穴持たずだけが、高速で現状を理解した。


 ――ラマッタクペは、浅倉威がこの近辺に潜伏していることを初めから知っていて、私達を足止めしたのだ。


 自分たちの視線を、流暢な弁舌で浅倉威とは反対の方向に固定し、彼の姿を目視させなかった。
 それでもなぜ、自分たちは誰一人としてその彼の襲撃に気付かなかったろうか?
 扶桑も私も、ヒグマとして作られた者であり、穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリはなおのこと歴としたヒグマだ。
 襲い掛かる浅倉威の臭いや音も当然あったはずだ。

 ――だからこそ、ラマッタクペは放送まで議論を引き延ばして足止めした。

 初めから、彼は駆紋戒斗ら3名がどんな反応をしようがどうでも良かったのだ。
 今までの話はラマッタクペ自身の言う通り、ただ浅倉威が放送の騒音に乗じて、近くの者に襲い掛かれるタイミングを作るための弁舌だったに違いない。
 ホラ話に頷く私たちはさぞかし滑稽に見えたことだろう。


 ――だが、なおそれでも、なぜ自分たちは彼の臭いに気付かず、そして浅倉威は自分たちに気付いた……!?


 穴持たず696の首筋から、脇の下にかけて大粒の汗が流れる。

 ――暑い。

 そこでようやく、彼女は気づいた。


「――メルセレラ!?」
「それと、僕は危害を加えるつもりはないと言いましたが――、それはあくまで『僕』の話ですので!」


 戦刃むくろの顔が驚愕に歪むと同時に、ラマッタクペが哄笑の中で叫んだ。
 その視線と叫びに反応するように、今までラマッタクペの後ろで瞑目を続けていたヒグマが眼を開く。


「――飽、き、た」


 そのヒグマ、穴持たず45メルセレラの鋭い視線と、穴持たず696の視線が交錯した。
 瞬間、彼女は自分の胸元に、チリッ、と、ほんのわずかな熱感を覚える。

「グッ――!?」

 その反応は、戦刃むくろとして幾多の戦場を潜り抜けてきたが故の、ほとんど第六感と言っていいような反射だった。
 彼女は、扶桑の背に跨っていた自分の体を、利き腕側――右前方に身を守るようにして屈みこませていた。


 直後、熱感からコンマ数秒も開けずに、先程まで彼女の肺があったはずの空間が爆発した。


「――ぎ、ぐぅっ……!?」
「あぁ、綺麗に当たんなかったわ。でもま、この程度か」


 戦刃むくろの、反応に取り残された左の上腕が、ほとんど吹き飛んでいた。
 解放骨折して僅かな筋肉でしか繋がっていないその爆傷は、肉が焼け焦げてしまっていてほとんど血も出ない。
 ほんの一瞬で、微小な空間の空気が優に数万度にまで熱せられて爆発的な膨張を起こしたのだろう。

 無聊に半眼となるメルセレラの視線に目を合わせるも、穴持たず696にはもう彼女の喋り声はほとんど聞こえていなかった。
 小規模とはいえ直近で強烈な爆風を受けたことにより、戦刃むくろは激しい耳鳴りに苛まれ、感音難聴を呈していたのである。
 またそれは、その真下にいた扶桑にとっても同様であった。


「きゃぁぁっ! やだ、砲撃!? どこから!?」
「あー、つまんない。第4勢力の刺客が参加者と話してるらしいと期待してみれば、ものの見事にラマッタクペに引っかかってこれだものねぇ。肩慣らしにもならないわ」


 メルセレラの呆れた視線の先で、扶桑は巫女のような服を宙に遊ばせて、予兆の無い突然の爆発に我を失って狼狽するのみである。


 ――先程から感じていたこの異様な暑さは、日差しのせいではなく、メルセレラの能力だった。


 穴持たず696は耳鳴りの激痛が響く脳内で、必死にその結論を導き出した。
 自分たちの周りの気温のみを上げることで気圧を高め、強制的にここを『風上』にする。
 そしてそれ以外の全方位を『風下』に作り変えることで、浅倉威に自分たちの臭いを流し、また同時に自分たちから浅倉威の臭跡を遮断した。

 最初から計算され尽くしていた作戦であった。


 ――彼女の能力が、こんなにも強いなんて、情報にはなかった。
 ――一体、何がメルセレラをしてここまでの強者に成し得たのか。


 その答えを呈示するように、ラマッタクペが哄笑を止めてその場で高々と諸手を振りあげていた。


「あなた方はみなカムイなのです! 自らの内なるカムイを知ることで我々はこの強大なヌプル(霊力)を手に入れました!
 あなた方が信じるべきは、顔見知りでもポッと出のアイヌでもない! 他でもない自分自身だったのですよ!」
「ハッハッハ、面白い場面ばっか作るもんだな。見世物にゃあ良いなァお前ら」

 その悦に入った口舌に笑って応じるのは、襲撃者である浅倉威ただ一人だった。


 心臓を貫く彼のベアサーベルを押さえながら、駆紋戒斗は薄れゆく意識の中で考える。

 ――俺の敵は、強者を背中から撃つような奴だ。

 だが、今、俺を背中から貫いたこの男は、果たして俺が敵として見られる相手だっただろうか。
 俺は、ついさっきの戦いでも、この男にあしらわれるだけだった。
 奪い取り、踏みにじる。それが本当の勝利。
 それならば、この行為はこの男にとって、ただ弱者を狩り獲った行為にすぎないのではないか。
 襲撃に気付かない間抜けな獲物を一撃で歯牙にもかけず仕留める。
 弱い奴が消え、強い奴が生き残る。それは当然のルールだ。

「そこの茶髪のアイヌさん! 来世ではカヌプ・イレ(己の名を知ること)から始めることですね!
 キムンカムイが強者であることを認められる感覚は正しいものですが、それでもあなたは、他者に流されず自分を信じるべきでした! カントモシリに帰ってもお元気で!」

 ヒグマがそう言って笑っていた。
 その言葉を聞いて、俺の顔にもひとりでに笑みが浮かんでしまった。
 自嘲だ。


「――ああ、自分で言っていた、こと、だ……」


 『いつだって最後に頼れるのはお前自身の強さだ』と、俺はずっと人に言い聞かせていたはずだ。

 見知らぬ他人を頼り、なおかつその力を『奪う』のではなく『恵んでもらう』――。
 そう行動してしまった時点で、俺は、弱者になっていたのだなぁ……。

 次は、トランプマジックでも、極めてみるか――?


 そう思考して、仮面ライダーバロンの名を冠していたその青年は静かに末期の息を吐いた。


【駆紋戒斗@仮面ライダー鎧武 死亡】


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


『さ、さっきのヒグマ人間……! フェ、フェルナンデスはやらせんぞぉ!!』

 駆紋戒斗が息を引き取って浅倉威への抵抗をやめた頃、その脇の水面でようやくデデンネと仲良くなったヒグマが起き上がった。
 瞬間、満面の笑みを浮かべるラマッタクペの背後から、黒い影が飛び出してくる。


「……ギィ――ル」
「ヒグマン子爵――!!」


 穴持たず696が辛うじて目で追うその高速の生物は、今までずっと息を殺していた穴持たず13・ヒグマン子爵であった。
 二本の刀を口にくわえている彼は、浅倉威の襲撃に乗じてメルセレラと共に攻撃に転じるつもりなのかも知れない。
 穴持たず696は耳鳴りを抑えつつ、股下の扶桑を叩いて、飛び掛かってくるヒグマン子爵へと注意を振り向けさせた。


「敵襲――ッ!!」
「はっ、ひゃいぃ!!」


 扶桑は自らも激しい頭痛に襲われながら、目前に迫るヒグマン子爵に照準を定めようとする。
 しかし、ヒグマン子爵は彼女の手前の水面に着水するや、ほとんど真横に向けて勢い良くステップを切っていた。
 その跳躍が向かう先は、駆紋戒斗を殺害した浅倉威――ではない。


『退け! 「まだいる」ぞッ!!』
『なっ――! ヒグマン!?』


 その男の目前を掠めて、ヒグマン子爵は両前脚でデデンネと仲良くなったヒグマを勢いよく連れ去っていた。
 まさにその男へ攻めかかろうとしていた彼は勿論、ヒグマン子爵を狙い撃とうとしていた扶桑も、その謎の行動の意味を図りかねた。

 その中で、穴持たず696が再び扶桑の肩を叩く。


「いいから撃ちなさい!! もうここの全員、敵よ!! 斉射ッ!!」
「は、はい!! しゅ、主砲の火力だけは、自慢なんだから――ッ!!」


 そして扶桑は、自分の誇りである6基12門の大口径連装砲を、この場の敵全てに向けて撃ち放っていた。
 第一、第二砲塔は、跳び去ってゆくヒグマン子爵と、デデンネと仲良くなったヒグマに向けて。
 第三、第四砲塔は、舟の上で駆紋戒斗の死体を吊るす浅倉威に向けて。
 第五、第六砲塔は、向こうのラマッタクペ、メルセレラ、穴持たず57に向けて。
 そうして激しい爆音と共に射出されたその大火砲の衝撃は、遺憾なくその威力を発揮した。


「――ぐぉ、ばッ……!?」


 それは彼女の背に跨っていた、戦刃むくろの体に――。で、あったが。

「へっ――、なっ、むくろさん!?」

 自分の背から紙屑のように吹き飛び彼方の水面に叩き付けられる穴持たず696の姿へ振り向いて、扶桑は理解不能の事態に瞠目する。


 戦艦扶桑が欠陥品と呼ばれた主因は、むしろ彼女が誇りとしていた主砲それ自体にあった。

 竣工当時、世界の最重武装艦であった彼女は、ドイツのケーニヒ級戦艦のように砲塔がボイラー室を挟む配置で作り出されている。
 その配置に6基12門もの砲塔を並べてしまったため、彼女の砲塔の間は、第一煙突、ボイラー、第二煙突、艦橋などの重要部位が軒並み挟み込まれることとなっていた。

 ――これが、彼女の重大な欠陥なのである。

 彼女がその自慢の砲塔を用いて側面への一斉射撃を行なってしまうと、この不適切な大口径砲の配置により、その爆風と衝撃は艦橋を傷つけ、甲板の乗組員を容易く吹き飛ばしてしまう程であった。
 この主砲によって引き起こされた障害はこの一点に留まらないのではあるが。

 艦娘となっても残っていた自分の最大の汚点に扶桑は愕然と絶望する。
 そしてともすれば、これから更に彼女の汚点は、次々と明るみに出てくるのかもしれなかった。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


 ヒグマン子爵は、扶桑の主砲のうちその2基が自分に向けられた時、口に咥えた刀の一本をその手で掴んでいた。
 そして、デデンネと仲良くなったヒグマを抱えながら半身を振り向け、その連装砲が火を噴くと同時に、彼は居合抜きのように虚空へ抜刀を繰り出していた。

 『羆殺し』。
 高橋幸児によって命名されたその刀が、超音速で進んでいた扶桑の4発の砲弾を、中空で『べろり』と、跡形もなく飲み込んでいた。


『邪魔をするな――、豆鉄砲が』


 そうして振り抜いた日本刀を抜身で持ち、片手にはデデンネと仲良くなったヒグマを抱えたまま、ヒグマン子爵はそのまま水面を蹴ってその場から跳び去っていった。


 対して、同様に砲火を向けられた時、ラマッタクペは依然として胡散臭い糸目で微笑んでいたし、メルセレラはつまらなそうな表情で空を見上げていたし、穴持たず57はあいまいな表情で佇んでいるだけであった。
 そんな彼らに向けて飛んだ4発の砲弾は、今度は『何か』に着弾したのか、しっかりと爆発して煙を巻き上げる。
 しかし、その煙が晴れても、彼らは先程と全く変わった様子もなく佇んでいるだけであった。


『――汚い風ね』


 ただメルセレラが、忌々しそうにそう吐き捨てるのみである。

 彼女は砲弾の進路途中の空気を強熱し、彼女たちの遥か手前で弾丸を爆破していたのであった。
 弾薬の破片や衝撃波を高圧の風で受け流せば、たかが艦砲のミニチュア如きで彼女たちが傷を負うことはあり得ない。

『期待外れもいいところよ』

 メルセレラはそう言って項垂れた。


 最後に、浅倉威に向けて放たれた砲弾であるが――。
 これはなんとか、全弾が人間の肉体に命中し、それを爆発四散させることに成功していた。
 しかし依然としてボートの上には、ヒグマのような毛を生やした浅倉威が笑っている。


「クハハハハッ!! ちと喰うには焼き過ぎたなァ! 見た目の割に不便なコンロだな、女!!」


 震えて立ち尽くす扶桑のもとに、爆散した人間の顔が転がってくる。
 ぼちゃん。
 重い音を立てて浅い水に飛沫を立てたそれは、扶桑が先程触れたばかりの、浅倉戒斗の首だ。

 浅倉威は、ベアサーベルから駆紋戒斗の死体を投げ飛ばして、砲撃に対する盾にしていたのであった。


「い、いやあああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「――俺の獲物を吹き飛ばしてくれた分、お前らの肉を喰わせてもらおうかぁ!!」


 そして、扶桑が驚愕の叫びを上げる視線の向こうにいた浅倉威は、一人ではなかった。
 いつの間に増えたのかやってきたのか、そこにいるのは、全く同じ姿をした3人の浅倉威。
 異常事態の連続に思考停止してしまった扶桑に向けて、彼らは容赦なく襲い掛かってゆく。
 竣工当時は戦艦最速だった23ノットという扶桑の最大速力は、今やヒグマにも劣る鈍足である。
 これも、積み過ぎた砲塔のせいでボイラーのスペースを十分に取れなかったが故のものだ。

 甲板型の盾と、その巨大な艤装によって防御を試みるも、近接戦闘の技術も武装もない彼女は見る間に切り立てられてその衣装を赤く染め上げていった。

「ひぃっ!? ひぃやぁああ!! 沈んじゃう! 嫌ぁ! いやぁああ!!」
「グハハハハハッッッ!!! 本当に最高だな! ヒグマってのは!」


 ラマッタクペは、そんな敵方の様子をにこにことしながら見やり、扶桑を攻めたてる浅倉へ声をかけていた。

「キムンカムイへの賛辞をありがとうございます! それでは我々はそろそろお暇致しますね!」
「おい、折角の祭りなんだから混ざれよォ!! 俺たちの獲物になぁッ!!」

 扶桑を斬りつけていた浅倉のうち一人が、その声にサーベルを振りあげて向かってくる。
 ラマッタクペは微笑んだまま、隣のメルセレラに振り向く。


「ほらメルちゃん。いい遊び相手じゃないですか?」
「……ケレプノエ。もう面倒だから、あなたが遊んでやって。あと略すな」
「はいー、わかりましたぁ」


 メルセレラは更に隣の穴持たず57の肩を叩き、前に進みださせる。
 浅い水面をてくてくと歩く彼女に向けて、浅倉威は水飛沫を立てて走り寄っていた。


「グハハハハ……は、がっ……?」


 しかし彼の歩みは、穴持たず57・ケレプノエの5メートルほど手前でもつれる。
 のぼせたように千鳥足を踏んで水面に倒れた彼は、そこの海水を飲み込んでしまい更に悶えた。

「あぎっ……ある……っ、ぷめっ……!?」
「……どうなさいましたかー? 大丈夫ですか?」

 口から泡を吹き涎を垂れ流し、浅倉威の一人は真っ青な顔になり水面でもがき苦しんだ。
 その彼に、ケレプノエは心配そうにそっと触れる。


「へぎっ!」


 その瞬間、浅倉威は瞳孔を見開き、ぐねぐねと体を捻じって死んでしまった。
 ケレプノエは、動かなくなったその男をぼんやりと見た後、メルセレラに振り向いて問いかける。

「……この方はどうなさったのでしょうかー?」
「カントモシリ(天上界)に帰ったのよ。良いことしてあげたわね」
「そうでございましたかー」
「ええ、じゃあまぁ、そろそろ行きましょう。ここに居てもつまらないわ」
「そうですね。布教も潰し合いも出来ましたし、次に行きましょう!」

 粛々と立ち去ろうとする3頭のヒグマたちに、一連の顛末を見ていた残る浅倉の一人はニヤリと笑いかけた。


「ククククク……。見れば見るほど面白れぇなァ! 次は水のねぇところで喰ってやるぜぇ!!」
「そうですか! あなたが僕たちをイヨマンテしにいらっしゃる時を楽しみにしてますよ! それではお先に失礼いたします!!」
「じゃあね。このメルセレラ様を崇めなさいよ」
「さようならー」


 ラマッタクペは浅倉の笑顔にすがすがしい笑顔で返し、水面の上に浮かんだままメルセレラとケレプノエを引き連れてその場から立ち去っていった。


【浅倉威No.3@仮面ライダー龍騎 死亡】


【F-4 街の東端 日中】


【ラマッタクペ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『ラマッタクペ・ヌプル(魂を呼ぶ者の霊力)』
道具:無し
基本思考:??????????
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つける
1:次はどこに行きますか? 北のF-3にも南のF-5にも沢山アイヌがいますよ!
2:キムンカムイ(ヒグマ)を崇めさせる
3:各4勢力の潰し合いを煽る
4:お亡くなりになった方々もお元気で!
5:ヒグマンさんもどうぞご自由に自分を信じて行動なさってください!
[備考]
※生物の魂を認識し、干渉する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、魂の認識可能範囲は島全体に及んでいます。
※当初は研究所で、死者計上の補助をする予定でしたが、それが反乱で反故になったことに関してなんとも思っていません


【メルセレラ@二期ヒグマ】
状態:健康
装備:『メルセレラ・ヌプル(煌めく風の霊力)』
道具:無し
基本思考:このメルセレラ様を崇め奉りなさい!
0:手近なところから、アイヌや他のキムンカムイを見つけて自分を崇めさせる。
1:とにかく早いとこ自分と対等にヌプル(霊力)のぶつけ合いができる相手の所に行きたい
2:アタシをちゃんと崇める者には、恩寵くらいあげてもいいわよ?
3:でも態度のでかいエパタイ(馬鹿者)は、肺の中から爆発させてやってもいいのよ?
4:ヒグマンはヒグマンで勝手にすれば?
[備考]
※場の空気を温める能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その加温速度は、急激な空気の膨張で爆発を起こせるまでになっています。


【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』
道具:無し
基本思考:キムンカムイの皆様をお助けしたいのですー。
0:メルセレラ様のお手伝いをいたしますー。
1:ラマッタクペ様はカッコいいですー。
2:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
3:お手伝いすることは他にありますかー?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について、ほとんど自覚がありません。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


「オラッ! オラッ! どうしたぁ!! 反撃も出来ねぇのかよそんな装備おぶっときながらよぉ!!」
「いやぁ……! こんなのっ……!! 山城、やましろぉ……!!」

 ラマッタクペたち3頭が立ち去った頃、扶桑はもはやリンチと言っていいほどの絶望的な戦いの渦中にあった。
 彼女は水面に身を屈め、傷ついた体を亀のように丸めて、盾や艤装で頭部や体幹を守っているものの、それは浅倉の雨のような剣戟でどんどんとひしゃげ、へし折れ、傷ついていく。

 これも、彼女の出自に由来する欠陥の一つであった。
 主砲以外を疎かにし、装甲を簡略化した彼女と同世代の戦艦は、敵戦艦の砲撃を受けると即座に戦力を失う事が、彼女の就役直前のジュットランド沖海戦で判明していた。
 彼女は防御に徹することもままならないのである。

 だが流石に、立て続けに甲板を斬りつけていた浅倉威のベアサーベルも刃がこぼれ、ついには根元から折れてしまっていた。
 扶桑は一瞬安堵するも、事態はその程度では収まらなかった。
 彼女の体は水中から差し込まれた浅倉威の手で掴み上げられ、防御を固めていたその体勢を崩されてしまう。


「が、は――ッ!?」
「ククク、俺のサーベルまで折ってくれるとはよぉ、どうしてやろうかなぁ、お前」


 喉元を両腕で締められながら宙に持ち上げられた扶桑は、浅倉威を振りほどこうと必死にもがいた。
 しかしそこへ、ラマッタクペとの挨拶を終えたもう一人の浅倉威がしずしずとやってくる。


「切り刻んで装備をバラしてやろうじゃねぇか。何か使えるかも知れねぇ」
「おっ、そりゃいいな。お前のサーベルまだ切れるか?」
「ハッハッハ。鈍ってるかも知れねぇが、良いんだよ抉りゃあ」
「ひぃぃっ――!!」


 もう一人の浅倉が取り出したベアサーベルの輝きに、扶桑は息を詰めてもがく。
 絶望に囚われた彼女の目には、もはや何の救いも映らない。

「それなら――」

 だが、そこにふと静かに、少女の吐息が流れていた。


「――よく切れる、安物ナイフはいかが?」


 刹那、飛電のように一陣の剣風が彼らの間に割り込んでいた。
 サーベルを差し出していた浅倉威の手首が、血しぶきを振って宙に舞う。

「ぐぉ――ッ!?」
「フーゥ――」

 そのまま数歩後ずさった浅倉へ、なおも笛のように細い吐息が肉薄する。
 黒髪の少女が縦横に揮うナイフの光芒は、かまいたちのように浅倉の皮膚に赤い線条を刻み、翻って今度は扶桑を吊し上げるもう一人の浅倉の腕に迫った。


「ちぃっ――!」
「どこ行ってたのかと思ったぜぇ!!」


 二人の浅倉が距離を取って構え直したその中央で水面に身構える少女は、戦刃むくろ――、他でもない、先程扶桑の砲撃の反動で吹き飛ばされた穴持たず696その人であった。

「む、むくろさん……!」
「……合図したら撃ちなさい。今度は反動の来過ぎない程度でね」

 海水の中に尻餅をついて震える扶桑に対し、彼女は眼だけを背後に振り向けて呟く。
 対する二人の浅倉は、一斉に酷薄な笑みを浮かべて、再び彼女のもとに迫った。


「「ハッハッハ、こいつはどうだぁ!?」」


 ――ストライクベント。
 ――スイングベント。


 一人の浅倉は切り落とされた右腕の切断面から回転怪獣ギロスの頭部を作り出し、もう一人は手に電気を帯びた鞭を取り出す。
 左右から迫る彼らの攻撃に、戦刃むくろは瞬間、木の葉のように宙を舞った。


「――疾ッ」


 向かって右側から突き出されたストライクベントを左の後ろ蹴りで撥ね上げ、同時に左から迫る鞭をナイフの一閃で断ち落とす。
 腰に溜めた捻りを一瞬で解放しながら反転した彼女は、右手のナイフを振り向き様に投擲し、そして千切れかけた左腕を躊躇なく振るっていた。

「――吩ッ!」
「ガッ!?」
「ウオッ!?」

 ナイフは腕を跳ねあげられた浅倉の大腿に過たず突き立ち、千切れ飛んだ戦刃むくろの左腕は、鞭を切られてつんのめったもう一人の顔面を強打していた。


「今よ!!」
「は、ハイッ!!」


 そのまま後方に宙返りして扶桑の背に降り立ち、戦刃むくろは彼女に向けて檄を飛ばしていた。
 扶桑は即座に二人の浅倉から全速後退しつつ、その砲塔のうち2基を、それぞれに向けて構えていく。


「――主砲、副砲、撃てえっ!」


 もがく二人の男に向けて放たれた砲弾は、水面に大きな水柱を上げて爆発する。
 水煙の収まったあと、その廃墟の街にはもう、先程の浅倉威たちは存在しなくなっていた。

 扶桑は艤装の壊れ服の破れた身に血をにじませながらも、その様子にほっと息をつく。


「よ、よかった……。助かった……」
「……安堵するには早い。早くこの区域から離脱して。またどこから何が襲ってくるかわかったものじゃないわ……」


 その時、即座に指示を飛ばしてくる穴持たず696の声が異様に荒いことに扶桑は気づく。
 首を背に振り向けてみれば、千切れた左腕の傷口を服で縛っている戦刃むくろの顔は紙のように青白く、その額には脂汗が浮いていた。


「む、むくろさん!? だ、大丈夫ですか!?」
「……おかげさまで全然だいじょばないわ。あなたの砲撃で飛ばされた時、衝撃で肝臓が破裂したみたい。素晴らしく痛くて泣きそうよ」
「ひっ……! も、申し訳ありません……!!」

 震えた声で恐縮しきる扶桑を、戦刃むくろは頭上から思い切りはたいた。
 青ざめた顔に息を上げながらも、彼女は扶桑を冷静に急き立てる。


「泣き言も謝罪も反省も後回し。早く転進なさい。歴戦の軍艦よりヒグマン子爵の方がよっぽど撤退が上手いなんて話にならないわ……」
「は、はいぃ……!」


 力尽きたように背にしなだれかかった穴持たず696を載せて、扶桑は目に涙を滲ませながら、浅い水面をひた走りに走った。 


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


『おい! ヒグマン! 降ろしてくれ! 一体どうしたというんだ!?』
『さっきの男以外に、あと二人の人間が私たちに襲い掛かろうとしていた!!
 全部ラマッタクペが計算していた! あの場に居ては無事では済まなかったぞ!!』


 ヒグマン子爵がようやく止まったのは、海岸も近い深い森の中だった。
 ようやく地面に降ろされたデデンネと仲良くなったヒグマは、肩で息をするヒグマン子爵を怪訝な表情で見やる。

『……お前は、あいつと同行していたのではないのか? いや、それよりも、ラマッタクペたちは何を考えてそんなことを?』
『やつはこの島の、自分たち以外の全ての勢力を均等に弱体化させようと謀っている。メルセレラはまた別の事を考えているようだが……、あの様子では救いがたい』

 ヒグマン子爵は、ラマッタクペから伝え聞いた、この島で起こっている事態と各勢力の動向をかいつまんでデデンネと仲良くなったヒグマに教えた。


『……ラマッタクペが言っているのは基本的に本当のことだろう。だが、やつが真実を語っている時ほど信用のならないものはない。根が狂っているからな』
『同じ培養液から生まれた同胞でも、躊躇なく殺しに来る……。やはりそれも、生き抜くためには必要なことなのだろうな……』


 デデンネと仲良くなったヒグマは、午前中の自分の行動を振り返って項垂れる。

 フェルナンデスと名付けたこの小さな友と出会い、彼の心は生まれて初めて花開いたかのようだった。
 それでも、夜間に出会った外来のヒグマを、フェルナンデスと共に生き残るために殺害し、そして奇妙な渦を巻く文様を持った怪物との戦いでフェルナンデスを恐怖に陥れてしまった。
 その後も、フェルナンデスの気持ちを惹こうと奮闘するも、それらは全て空回りに終わってしまった。
 行き倒れに与えた薬も、死線から折角救い出した参加者も、魂を売る思いで結んだ契約も。

 全ては、この友フェルナンデスと共に生きるためだったというのに――。


 気づけば、彼はヒグマン子爵に向けて、自分が今までに為してきた空回りの数々を、吐き捨てるように語っていた。
 ヒグマン子爵はその細い体を立ち木に凭れさせながら、口を挟むこともなく静かにそれを聞いていた。
 デデンネと仲良くなったヒグマは、その彼の様子を見てふと自嘲気味に笑った。


『……笑い話にもならんか。フフ……。一体俺はどうすれば、良かったんだろうな……』
『そんなつまらんことを後悔したところで何の意味もなかろう。今後の生存率を下げるだけだ。
 敢えて言うならば、その黄色いやつの心境を察することは、この島での戦いを生き抜いてからにすべきだということだけだ』


 ヒグマン子爵は木立から身をお越し、その白い眼差しをヒグマの肩で震えているデデンネの方に向けた。
 近寄ってくるその不気味な黒いヒグマに、デデンネは身を竦ませる。


「デ、デデンネェ……」
『ヒ、ヒグマン……、フェルナンデスが怖がっている。睨まないでやってくれ』
『怖がって当然だ。こいつがお前を怖がっていることも当然だ。怖がらない方がおかしい。
 生き抜くという打算のために手を組んでいるだけだろうお前たちは。それで必要十分だ』
『い、いや、ヒグマン。俺とフェルナンデスはそんなんじゃ……』
『相手を適切に怖がれ、馬鹿者。敵の本質を見誤ると、お前もこの黄色いのも死ぬぞ』


 ヒグマン子爵はなおも、身を縮めるデデンネに顔を寄せてゆく。
 デデンネはその体を微かに帯電させるものの、畏れに屈したのかついにそれを放電することはなかった。

『……それでいい。私もお前たちを助けたのは打算だ。ラマッタクペたちといるよりか幾ばくかマシだからな』
『ヒグマン……』
『その黄色いのはお前の獲物だろう。狩りの時に、お前は自分の狙う獲物の気持ちを考えるのか?
 そんなことは仕留めて喰った後ですればいいことだ。この場合は生き残った後で、だがな』

 意気消沈してしまったデデンネと仲良くなったヒグマに、ヒグマン子爵はなおも言葉を続けた。
 俯く彼の顔を、ヒグマン子爵はその前脚で無理矢理上に持ち上げる。


『いい加減にしろ!! 「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」などという不名誉な呼び名に甘んじているお前が、どうして他人の心配などできるんだ!!
 人間だろうがヒグマだろうが、他者と完全に意思疎通できるなんて幻想があるものか!!
 まず自分をしっかり持て! 自分の行なった行為に信用がおけないようでは身の破滅だぞ!! ラマッタクペのとこに一回入信してくるか!? ああ!?』


 苛立つヒグマン子爵を、デデンネと仲良くなったヒグマは瞠目して見つめていた。
 ヒグマン子爵は舌打ちとともに彼の顎から爪を離す。

『……ラマッタクペの言葉は、あいつが信用ならなければならない程、当を得ている。
 まず信用しなくてはならないのは、自分自身の性能だ。お前もその黄色いのも、それぞれに自分を信じればいい。私もそうする』
『そうは言っても……、俺は一体どうすれば……』
『さっき話したように、最も危険な敵は奇怪なロボットが中心の第四勢力だ。先ほどの機械を身に着けた女たちもその一員だろう。やつらがこの島をもっとも混乱に陥れている元凶だ。
 私は、自分の安全を確保しながらやつらにゲリラ戦闘を仕掛けて戦力を削ぐ。それが最も、私や他のヒグマたちの生存率を高める行動だろう』


 ヒグマン子爵は自分の行動方針を滔々と告げてデデンネと仲良くなったヒグマの反応を伺った。

『……で、お前は?』
『……』

 顎をしゃくったヒグマン子爵の問い掛けに、彼は沈黙でしか答えられなかった。

 ポケモンと意志を通わせ、家族のように生きるポケモントレーナー。
 『人間』という目前にちらついた幻影が、彼の頭からはいつまでたっても離れなかった。

 ラマッタクペの言う通り、彼女たちについて行ったところで人間になれる保証はどこにもない。
 ヒグマン子爵の言う通り、人間になったところでフェルナンデスと真に親しくなれる保証はどこにもない。
 それどころか、こんなところでうじうじと思い悩んでいたら、いつまたその隙を突かれるか解ったものではない。
 そりゃそうだ。

 しかしそれでも、彼は自分の隣にいる小さな友と、分かり合いたかった。


 ヒグマン子爵は、彼の様子を暫し見つめて、呆れたように空を仰ぐ。

『ラマッタクペがお前を覚えていなかったのも当然だな。私があいつだったら、お前を「ヤイェシル・トゥライヌプ(自分自身を見失う者)」と呼んでいるところだ。
 ほら、トゥライヌプ(見失う者)。自失しているところ悪いが、ちゃっちゃと後ろに下がれ』

 そして彼はそのまま抜身の刀を構え直し、森の北方へ顔を振り向けながらデデンネと仲良くなったヒグマを追い立てていった。

『な、なに……? どうしたんだ? 何があった?』
『良く嗅げ。血臭が濃い。まだ距離があるとは思うが、ラマッタクペがこの近辺に第三勢力のケモカムイ(血の神)とやらを探知している。打倒を狙うにしても、より奇襲に適した位置取りに移るべきだ』
『なんだと……? 無差別殺戮の勢力がまだ……!?』


 森の中で、ヒグマン子爵は枝の上を少しずつ南西の方へ飛び移って行く。
 その後を必死で追い始めるデデンネと仲良くなったヒグマに、ヒグマン子爵はニヤリと笑いかけた。


『フン、どうだ? 自失も後悔も配慮もしている暇はないだろう? 他者が何を考えているか解ったものではないんだ。
 「したいこと」と「するべきこと」を別けて考えねば、お前は何もできぬまま死ぬぞ?』
『……!』


 『自分自身を見失う者』と名付けられてしまったそのヒグマは、不安と共に肩のデデンネを見やる。
 デデンネは依然として震えたままだった。
 その表情に、彼は胸にとげが刺さったような痛みを覚える。


 ――ああ、俺はまだ、この不名誉な名を払拭できないな……。


 ただどんなことがあっても、この友だけは守ろう。
 その決意だけを新たにして、ヤイェシル・トゥライヌプは細い影のあとを追従した。


【H-3 森 日中】


【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……


【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する。
0:行動方針の定まっているヒグマンの後を追う
1:フェルナンデスだけは何があっても守り抜く。
2:俺はどうすればいいんだろうなぁ……。
3:「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」とか「自分自身を見失う者」とか……、俺だってこんな名前は嫌だよ……。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:『血の神』とやらの実力を見極め、敵いそうなら殺害。厳しいようならば即座に撤退。
1:狙いやすい新たな獲物を探す
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:この自失奴を助けてやったのはいいが、足手まといになるようなら見捨てねばならんな。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


 廃墟群から、未だ機能を保っている街並みの方に入ると、そこの水位は粗方下がってきているところだった。
 火山灰のぬかるみの中を漕いで、扶桑は基礎の底上げされた手ごろな家屋に立ち入る。
 石壁と金属屋根でできた気密性の高いその一軒家へ、二重ガラスの窓の鍵を打ち破って中へと入っていった。

「むくろさん……! 大丈夫ですか!」
「……もうちょっと何か建設的なセリフはないの?」
「す、すみません……」
「……他の艦娘たちを絶望させると意気込んでたくせに、あなたが真っ先に絶望に沈んでたらどうしようもないでしょうが」

 扶桑の背から寝室のベッドに降ろされた穴持たず696は、そう呟きながら、覗き込む扶桑の額にデコピンを喰らわせた。

「ひゃん!? そ、そんなにされると、弾薬庫がちょっと心配です……」
「左様ですか。予想以上に脆いわねあなた……。もろもろね……」

 目に涙を浮かべる扶桑をよそに、ベッドに腰掛ける穴持たず696は、制服の裾をまくりあげて自分の腹部を見やる。
 そこには皮下に赤黒い内出血の跡が広く刻まれており、触れるに熱感と痛みが著明だった。
 扶桑は、自分の砲撃の反動で傷つけてしまった彼女の痛々しい姿に、ひたすら平身低頭する。


「申し訳ありません……。私のせいでこんな……! やっぱり私は、不幸艦なんだわ……!」
「……バカなこと言わないで。運のせいにするな。この失態は、全部あなたと私の実力不足。及び、その不足をきちんと把握できていなかったことに由来するのよ」


 穴持たず696は戦刃むくろの脚で、ベッドの下に土下座する扶桑の顎を上向ける。
 左腕が千切れ、腹部を痛め、蒼褪めた顔に苦痛から脂汗をしたたらせていても、戦刃むくろの声音は泰然としていた。

「……音に聞く西村艦隊とかいうのはこんな情けない輩の集まりだったわけ? 同じ軍人として反吐が出るわ。
 自分の性能も把握できていないなら、いっそのことキムンカムイ教にでも入ってくればいいのよ。バカらしい。ヒグマたちの方がよっぽど利口だわ」
「すみません……」

 自分の罵倒にも言い返す言葉がない扶桑を暫く睨みつけ、穴持たず696はベッドから勢いよく立ち上がった。


「……ま! こんなところでのんびりしている暇はないわ。カッコカリも駆紋戒斗も手に入れられず、まんまと嵌められたまんまじゃ盾子ちゃんに顔向けできない」
「む、むくろさん!? そんな急いで行かれたら体が! 暫く手当てして休んだ方が……」

 戸惑う扶桑の胸を軽くはたいて、戦刃むくろは寝室から立ち去ろうとする。
 扶桑の手を無事な右手で引きながら、重傷を負っているのが信じられない程の快活さで戦刃むくろは歩き出してゆく。


「いい? 邪魔者を殺すにしても仲間を引き込むにしても、盾子ちゃんが行動を始めている以上時間は少ないの。やることを決めたらきびきび動きましょう」
「で、でも、私、こんな姿じゃ……作戦続行は無理では……」
「あなたを修理するにしても、さっさと決めて動くべきでしょうが」


 その言葉に、扶桑は再びボロボロの衣服に目を落として沈黙してしまう。
 戦刃むくろは、その彼女を見つめて、悲しそうに溜息をついた。


 ――もう、あなただけが頼りなのよ。私の体はもう持たない……。


 穴持たず696が触れる自分の腹部は、筋肉全体が反射により異様な硬さを呈していた。
 筋性防御と呼ばれる腹膜炎の所見である。
 交通事故さながらの砲撃の反動を受けて破れた肝臓から、腹腔内に大量の血液と胆汁が漏れ出して炎症を起こしているのだ。

 もってあと数時間だろうか――?

 本来ならば早急に手術が必要なその病状を治療する手段が、今の彼女たちには存在しない。
 ひたすら死を待つのみの穴持たず696に残されたできることは、扶桑を奮起させ、死ぬまでに少しでも妹である江ノ島盾子へ貢献させることだった。


 戦刃むくろは、扶桑の襟首を掴み、顔を寄せていた。

「……大破が何よ。武装の欠陥が何よ。頭ン中が大破してなければどうだってやりようはあるでしょう。
 何が扶桑よ。自分の名を知りなさい。日本の代表がそんな情けなくてどうするの? 見返してやりたいとは、思わないわけ?」
「ま、負けたくない……です……」

 息を詰める扶桑から手を離せば、彼女はそのまま廊下の床に泣き崩れてしまう。


「伊勢、日向に……、あのヒグマたちにも……、負けたく、ない……」
「……この世には長所となり得ぬ短所はなく、短所となり得ぬ長所もないわ。
 ……ある立派な軍人の言葉だけどね」


 子供のように泣きじゃくる扶桑の背を擦りながら、穴持たず696は、自分の体調を悟られぬよう、細く細く息をついた。


【F-4 街(とある住宅) 日中】


【穴持たず696】
状態:左腕切断、肝臓破裂、失血多量、腹膜炎
装備:拳銃
道具:超小型通信機
基本思考:盾子ちゃんの為に動く。
0:早急に行動方針を定めねば……。
1:扶桑を奮起させる。
※戦刃むくろ@ダンガンロンパを模した穴持たずです。あくまで模倣であり、本人ではありません。
※超高校級の軍人としての能力を全て持っています。


【扶桑@艦隊これくしょん】
状態:大破
装備:35.6cm連装砲、15.2cm単装砲、零式水上偵察機
道具:なし
基本思考:『絶望』。
1:……空はあんなに青いのに。
2:他の艦むすと出会ったら絶望させる。


    ⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿


「ハッハッハ、危なかったなァ!!」
「最後は所詮刃物よりは鏡だな!!」


 誰もいなくなった廃墟の街の水面に、突如バイクに乗った二人の同一人物が現れていた。
 ヒグマのような毛を生やした浅倉威が、ライドシューターと呼ばれるそのバイクでミラーワールドから帰ってきたところであった。

 扶桑の砲撃が着弾する寸前、水面を鏡として裏側の世界に逃れた彼らは、辛くも致命傷を避けていた。

 落ちている戦刃むくろの左腕や駆紋戒斗の生首を拾い上げては、彼らは水の引いたところを探して火を焚き、早速それらを調理して喰らおうとし始める。


「だがこれじゃあ足りねぇよなァ」
「次はあの女たちを追うか。靴跡の形も解りやすそうだったしよ」

 鼻をひくつかせる浅倉威の嗅覚には、扶桑が燃料として消費した大量の重油の臭いが西に向かっていると、過たず感じられていた。
 ライドシューターの燃料で着火して、一人が戦刃むくろの腕を焼き始めた時、もう一人の浅倉が思いついたように手を叩く。


「おお、そだ。毒殺されたみてぇなもう一人の俺も、焼けば喰えるんじゃないか?」
「おっ、そりゃあいいな。じゃあ持ってきてくれ」
「おうよ」

 捻じ曲がったような体勢で死んでいるもう一人の浅倉威の周りは、既に水が流れて毒素が散逸していたようだった。
 毒のせいかその死体は気持ち膨らんでいるようだったが、近づいても浅倉の足がもつれたりはしない。
 そのため、安心して二人目の浅倉威は自分自身の死体に触れ、抱え上げようとする。
 その時だった。


「――なっ」


 浅倉威の死体が、木端微塵に爆裂していた。


「うがアアッ!?」
「お、おい、どうした! もう一人の俺よ!!」


 浅い水面に悶える二人目の浅倉威の皮膚には、至る所に炸裂した肋骨や骨盤の破片が突き刺さり、そこに飛び散った死体の血液や糞便が汚染を加えていた。

 ――大便の菌で傷口を化膿させ対象の戦力を削ぐ、死体爆弾。

 それを仕掛けたのは他でもないメルセレラであった。
 ケレプノエが殺害した死体の腹腔内の気体を、ギリギリ張り裂ける寸前まで熱膨張させ、また腸内細菌の発酵・腐敗反応の速度を早めることで、直後に触れる者がいれば、その僅かな刺激で爆裂するように仕向ける。
 そんなブービートラップを、ラマッタクペの一行は抜け目なく仕掛けていたのだった。


 一人目の浅倉威は、苦悶するもう一人の自分自身の姿を震えながら見つめ、ヒューと口笛を吹く。


「……やはりやるなぁ、ヒグマは。人間なんかよりよっぽど面白れぇじゃねえかよ!!」


 そう叫んで、彼の口は嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべていた。


【G-4:廃ビル街 日中】


【浅倉威No.1@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ダメージ(中)、左大腿に裂傷、ヒグマモンスター
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎、ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、ガイのカードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:基本支給品×3、戦刃むくろの左腕、駆紋戒斗の生首
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
2:北岡ぁ……
3:大砲を背負った女とその背中にいた黒髪の女を追って喰う
4:密集している参加者たちを襲う
[備考]
※ヒグマはミラーモンスターになりました。
※ヒグマは過酷な生存競争の中を生きてきたため、常にサバイブ体です。
※一度にヒグマを三匹も食べてしまったので、ヒグマモンスターになってしまいました。
※体内でヒグマ遺伝子が暴れ回っています。
※ストライカー・エウレカにも変身できるかもしれませんが、実際になれるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※全種類のカードデッキを所持しています。
※ゾルダのカードデッキはディケイド版の龍騎の世界から持ち出されたデッキです。
※召喚器を食べてしまったので浅倉自体が召喚器になりました。カードを食べることで武器を召喚します。
※カードデッキのセット@仮面ライダー龍騎&仮面ライダーディケイドはデイパックに穴が空いたために流れてしまいました。
※ミズクマの特性を吸収しました。ただし分裂する為には一体ごとにヒグマ一体分のカロリーを消費する必要があります。
※ヒグマを捕食するごとに「能力の吸収」か「自身の複製の製造」のどちらかを選択出来るようになりました。

【浅倉威No.2@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダー王熊に変身中、ヒグマモンスター、分裂、右大腿に刺創、体前面に死体爆弾による爆傷
装備:カードデッキの複製@仮面ライダー龍騎、ナイフ
道具:なし
基本思考:本能を満たす
0:一つでも多くの獲物を食いまくる
1:腹が減ってイライラするんだよ
[備考]
※ミズクマの力を手にいれた浅倉威が分裂した出来た複製です
※ユナイトベントを使えば一人に戻れるかもしれません

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最終更新:2014年09月10日 12:56