私は目下、戦争に駆り出されていた。
学徒動員とは、このようなことをいうのか。
「――丸太足りません! 早く持ってきてください!!」
「マスター! お願いねぇッ!!」
――いや、戦争のセの字も知らないただのJKの感覚なので、実際はこんなものじゃないんだろうが。
「智子さん遅いよ! 何やってんの!!」
「
黒木智子、小径のでいい! 数を運べ!!」
「ぜぇ……、ぜぇ……」
背中から複数のイケメンに声を掛けられている――。
という、普段なら狂喜するシチュなのにも関わらず、私にはもう、喜ぶ体力はなかった。
ここは製材工場という名の、戦場の最前線。
私が今何をしているかというと、そこで、軍人さんたちの使う武器を必死こいて供出しているわけだ。
解りやすく言えば、この場に溢れている丸太を、地下から逃げてきた穴で防衛戦を繰り広げているヒグマたちの元へ届けているんだ。
「早くしてよ智子さん……! その丸太、僕が運んでたのより細いだろ!」
その私の脇を、弱冠5歳のクソガキである
クリストファー・ロビンがずかずかと通り過ぎ、罵声だけを後に残して工場の中に消えていった。
「ク、クソぉ……。てか、あいつが、丸太、運べることの方がおかしいんだよむしろ……」
ロビンは、私より背の低いへちゃむくれであるにも関わらず、私の顔くらいある太さの丸太を軽々と曳いて運んでいくのだ。
野球選手ってのはこんな化け物ばっかなんだろうか。
「と~も~こ~さぁん、走りなよ……! 腕より細い丸太運べないでどうすんのさぁ!」
そして早々と、ロビンは工場から戻ってくる。
丸太を両手で携えるその姿は、吸血鬼相手にサバイバルしてますと言われても違和感がないほど堂に入っていた。
うるせぇクソガキ。私だってもう何往復も丸太運んでんだ。
早く吸血鬼でもヒグマでも潰して来いよ畜生め……。
「そ、そんなこと、言わないで、て、てつ、だって、よ……」
脳内で毒づいたものの、思考と裏腹に、体は正直だった。
放送禁止レベルのアヘ顔を晒しながら、私は恥を忍んで去りゆくロビンの背に声をかける。
でも、ロビンは振り向かない。
私の喘ぎが、聞こえてない。
会話が、続かない。
それどころか、会話が、始められない。
肺活量が足りなさ過ぎて、ほとんど声帯が震えてないんだ。
この際、処女膜からでもいいから、他人に届く声が出て欲しい。頼むから。
ようやくたどり着いた地面の大穴では、二頭のヒグマ――、
グリズリーマザーとヤスミンが、その崩落した地下へと大量の丸太を突き込んだり投げつけたりしていた。
既に、敷地周囲に散乱していた分は粗方放り込んでしまっている。
「そらぁッ!!」
「ぬぁっ――!?」
「伏せろぉぉおおお――!!」
グリズリーマザーがその青い毛を振り立たせて突き出した丸太は、地下からの追手が投げ上げてきた魚雷を叩き落とし、空中で爆発させていた。
「あぁ、マスター、ありがとうね! 悪いけどまだまだ先は長いよ!」
「ひゃ、ひゃいぃ……」
「有難う御座います黒木智子さん……。ちょうど、この程度の細さの弾体が必要でした」
私がやっとの思いで運んできた丸太は、隣にいたヤスミンの手にひょいと奪い取られる。
軽々と担ぎ上げて、丸太を投げ槍のように耳元へ掲げ上げた彼女の姿は、場違いながらかなり絵になっていた。
古代ローマの彫刻のような、途切れることのない曲線で描かれる研ぎ澄まされたプロポーション。
簡素でありながらチラリズムに満ち溢れた純白の白衣の隙から、対照的に野生を感じさせる獣毛としなやかな筋肉が、うねりを持って流れ出す。
全身のしなりを以って放たれた丸太は、矢のように地下へと奔っていた。
「龍田提督! 秘蔵っ子の『46㎝三連装砲』、到着しましたぁ!!」
「よぉし、撃っちゃいなさい!!」
その丸太は、どうも彼らの最大装備であるらしいクソでかい主砲の口に、ぴったりと突き刺さる。
瞬間、ちょうどぶっぱなされようとしていたその大砲は、コルク栓のようにハマり切った長い丸太を貫ききれず、盛大に暴発していた。
周りにいた彼らは、その爆発で一気に吹き飛ばされる。
「いぃやぁだぁあああわぁあああ!! あぁぁあ、お洋服がぁああああ!! 許さないわよヤスミンちゃんんんっ!!」
「あなたは被服を一切纏っていないではありませんか! それは『お洋服』ではなく『毛皮』と表現するべきです!!」
中ボスクラスであるらしいヒグマは、甲高い声を上げながら、負傷から逸早く体勢を立て直す。
龍田提督と呼ばれたそのヒグマとヤスミンとが、地下と地上で激しく叫び合った。
「んまっ! アチシのこのお洋服を傷つけていいのは、龍田さんだけなのよぉおぉ! 百合を解さぬ石頭めぇ!!」
「あなたはオスでしょう! 恋愛の内容を『百合』と形容する際は、女性同士のものに限って用いるべきです!!」
「やぁねぇこれだからお医者さんはぁ!! カラダはオスでも心は乙女なのよぉぉおおおおぉぉぉっ!?」
「『GID(Gender Identity Disorder)』でお悩みなら、患者としていらして下さい!!」
叫びながらヤスミンは、そいつに向けて立て続けに丸太を投げつける。
オネェ口調に反してムキムキの筋肉ダルマのような相手のヒグマは、「イヤイヤ」をするようにちょびちょびと爪を打ち振って、その数本の丸太全てを引き裂いていた。
くねくねと身を捩りながら、その龍田提督とかいうヒグマは、配下らしい50頭ほどのヒグマに一斉に指示を出していた。
「あぁもうムカツクぅ~!! みんなぁ! 仰角ギンギンにオッ勃てなさぁい!! あのクソアマに、タップリ高角砲のタマぶっかけてやるのよぉおお!!」
「ほぎょぉおぉぉぉぉおぉぉぉ!! イクよぉおぉぉおぉぉ!!」
「ひぃっ!?」
「危ない、マスター!!」
地面の穴に身を乗り出していた私の体がグリズリーマザーに掠め取られた直後、その穴から大量の銃弾が雨あられと噴き出してくる。
凄まじい奇声を発しつつ、絶頂に至ったかのように、ヒグマたちが一斉に高角砲の弾幕をお見舞いしてくるのだ。アブナすぎる。
色んな意味で、私たちを追ってきたこのヒグマどもは危険すぎた。
「この銃弾をスペルマに見立てているのでしょうか……? 一回のイジェキュレーションのスペルマ数に匹敵するほどの弾薬を彼らが有しているとは、到底思えませんけれど」
私たちと共に穴の横へ即座に引っ込んでいたヤスミンは、目の前を通ってゆく下ネタ塗れの弾丸に向け、平然とそう呟いていた。
そのどこかずれた価値観の彼女へ、グリズリーマザーは苦笑と共に声をかける。
「そういうのって、お医者さんの間じゃなんて言うんだい?」
「そうですね……。『オリゴスペルミア(乏精子症)』?」
クフクフと声を立てて笑いを漏らす彼女たちの元へ、神父の声がかかる。
「埒が開かないなら、一度、これを試してみてもいいのではないか?」
「ああ……、それね。ほとんど、あんたの注文で作ったようなものだから、いらないなら良いよぉ使っても」
「それならば遠慮なく振る舞ってやってくれ」
腹黒愉悦神父の
言峰綺礼が、聖職者らしからぬ外道な表情とともに持ってきたのは、午前中に、私も熊汁と共にぶっかけられた味覚破壊麻婆だ。
寸胴鍋に大量に余っているその激辛の液体を受け取ったグリズリーマザーは、弾幕の間隙を縫って、穴の下へ一気にその中身をぶちまけていた。
「皆さん、ランチでもいかが~?」
「ぎゃああああぁぁああぁぁあ!?」
「眼がぁ!! 眼がぁアアアア!!」
人間より遥かに鋭敏なヒグマの五感に、煙幕弾のように降り注いだそれは効果抜群だったようだ。
視覚は爛れ、聴覚は詰まり、嗅覚は麻痺し、味覚は壊れ、触覚は焼け付く。
文字通り五感でその料理を味わうことになった彼らの攻勢は一気に崩れる。
ランチではなく乱痴気のように統制の崩れた地下へ、ロビンの運んでくる丸太を、ヤスミンが一気呵成に突き込んでゆく。
その躍動感溢れる活劇に、私は興奮した。
グリズリーマザーの柔らかい毛皮に守られたここは、最高の特等席だ。
私には関係ないし。
安心して傍観できるし。
背の毛のそそけ立つような戦いも、遠巻きに見れば、この上ないエンターテイメントだった――。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「……智子さんさぁ、観戦に回るのは早いよ。今は7回裏の攻撃くらいの正念場なんだから、さっさか運ぶ運ぶ!」
「い、痛い痛い!! やっ……、み、耳、引っ張んないで……!」
そんな束の間の安息から、労働の場へ即座に私は連れ戻された。
相変わらずロビンは手伝ってくれず、その背中に声をかけるタイミングも、私は逃していた。
……そういえばアメリカは自主性を重んじるから、身体障碍者にも極力自分で身の回りのことをしてもらうんだってさ。
知るかよ。構ってくれよ。
言峰神父は言峰神父で、遠巻きに私をチラ見してくる割には、自分からは全く手を出そうとしてこないし。
あれは絶対、私を視姦してる。私がひいこら言う姿を見て楽しんでるに違いない。
クソッ。
みんなクソじゃないか。
クソッ。
なんだよ、このクソ野郎どもはよ――。
「……はぁ」
そこまで考えて、私は首を横に振った。
工場に山と積まれた木材を前にして、私は溜息をつく。
思いを新たに、聖杯戦争を勝ち抜いて成長するんだと意気込んでは見たが、なんだこのザマは。
10分ももってないぞ意気込み。それどころか、いつもの自己主張できない自分に逆戻りじゃんか。
いや、戦闘中だからっていう言い訳はできるけどさ。
それだってちゃんと自分から向かい合っていかないと、今後、このヒグマ島で生き残ることなんてできないだろ。
……なにしろ、恐ろしいことに。
私がグリズリーマザーの背中で抱いた興奮は、きっと、言峰神父と同じ感情だ。
自分に関係の無いところから遠巻きにドタバタを眺めて、愉悦を感じる。
そして騒動の渦中で慌てふためく奴らを見下して、自分の詰まらない優越感とプライドを保つんだ。
そんな自分、もう嫌だ。
明日も、同じ自分だなんて。
待っても、去っても変わらないなら――、自分から動くしかない。
うん、そうだよ。ちゃんと働こう。私はニートじゃないし。
せめてあの5歳児のお子ちゃまには馬鹿にされない程度にはさ!
私は息を整えて膝を叩き、ちょっと太めの丸太に手をかけた。
それでも、ロビンや言峰神父の運んでいる奴よりはだいぶ細いけど。
私だって人並みのことはできるんだってところ、見せてやんよ――!
そう思った時、急にひょいっと、丸太の反対側の端が持ち上げられた。
「あ――、ありがと、手伝ってくれるんだ……!」
ロビンに違いない。
きっと、私の頑張っている姿を認めて、感銘を受けたんだ。
そう思うと途端に嬉しくなって、張りのある声が出た。
そうして私は、丸太を持ち上げている、逞しい男の腕の先を見上げる。
――そこには、何もなかった。
「……へっ?」
空中に、何者とも知れぬ男の腕が浮いていて、それが丸太を掴んでいる。
そいつはずるずると丸太を引っ張り、私の体ごと、その空中の何もない空間に引きずり込もうとしていた。
「ひやぁぁああぁあぁっ――!?」
慌てて丸太から手を離し、尻餅をついたままわたわたと後ろに下がる。
男の腕は、まるで亜空間に飲み込まれるように空中に消滅し、それに握られた丸太も、続けざまに飲み込まれて消えた。
私の物語も、徐々に奇妙な冒険になってきたなとは思っていたが。
これじゃあまるで、バニラアイスのクリームだ。一口で丸呑みにされて、まるっと消滅だ。
こんなものに、もし、私が飲み込まれていたら――。
――粉微塵になって、死ぬ。
「ぎゃああああああああっ!! お、おばっ、おば、お化けぇぇええええっ!!」
「うるさいなぁ智子さん。どうしたの一体」
私は生涯最高と思える速度で工場の中を走り、そのまま、丸太を渡して戻ってくる途中だったロビンに縋り付いていた。
心底鬱陶しそうな目で見下ろしてくるロビンへ、私は必死に後ろの方を指さして示す。
「おばっ、おばっ、けが、でたぁ……! おば、けがぁあ……!」
「へー、叔母さんに毛が生えたんだ。そりゃ良かったね」
「ちげぇよぉ!! おば、お、お化けだよぉお……」
「……お化けぇ?」
茶化してくるロビンに言い返す言葉さえ震えていた。
思い返すだに恐ろしく、腰が抜けて、涙で顔はぐちゃぐちゃだった。
その様子に、流石に只事でない雰囲気を感じ取ってくれたのか、ロビンはデイパックの中に手を差し入れつつ、ゆっくりと製材工場の奥へと足を進めていく。
「……どこにいたの、その、『お化け』ってやつは」
「あ、あっち……、あっちの丸太の、山……!」
5歳児の背中に縋り付きながら、私はぶるぶると震えていた。
情けないとは思うが仕方ないだろ、怖いんだから……!
ロビンは私が例の『腕だけ男』を目撃した付近までやってきて、きょろきょろと辺りを見回した。
「……何もいないじゃないか。見間違いじゃない?」
「い、いたんだよ!! 絶対いた!! あ、亜空間に隠れて、地下とか壁とかをくり抜きながら襲ってくるんだよ!!」
「はぁ? 何言ってるんです。そんな馬鹿げたモノがいるわけないじゃないですか」
「こ、この島じゃ無いって言いきれないだろ!!」
漫画の知識を活かして必死にアピールするも、ロビンは「やれやれ」と肩をすくめるだけだった。
呆れと面倒くささを綯い交ぜにしたような視線で鼻を鳴らし、彼はスタスタと歩き出してしまう。
「そんなヒグマがいてもおかしくはないですけど、それならあのヒグマさんたちが気付いてるでしょ」
「あ、あ、あの、げ、幻覚ヒグマとかだって、いたじゃないかぁ!!」
「そのヒグマの部下がいるんだから直接訊きなよ」
「グ、グリズリーマザぁ――!!」
ロビンが立ち去りながら工場の外を指すや、私は即座に後ろを向いて、外の穴の元に走っていた。
息を切らして青い毛皮に縋り付いた私を、グリズリーマザーとヤスミンは、困ったような視線で見下ろしている。
「……もしシーナーさんがいらしていたとしたら、私がいる時点で、まず私に詳細の確認をなさるはずですよ。
あの方は、向こうから危害を加えて来ようとする者以外に対しては、極めて理性的ですから。突然あなたに襲い掛かるようなことは決してありません」
既にロビンとの会話を耳に入れていたヤスミンは、淡々とそう語った。
グリズリーマザーが私を抱きしめて、ふかふかと頭を撫でてくれる。
「マスター……、一体何を見たんだい? アタシが一緒に居てやれればいいんだが……」
目下防衛戦の最中であるグリズリーマザーたちは、当然、ここから離れるわけにはいかない。
地下のヒグマたちも、体勢が乱れたとはいえ、依然として追撃を諦める気配はない。
隙を見せたら、また大口径砲なり爆弾なりでこちらに攻め込んでくるんだろう。
穴の縁を崩されて、昇って来られてしまう。
「……霊の類ならば、私がなんとかできるかも知れんな」
困惑する私たちに声をかけたのは、言峰神父だった。
運んできた丸太をごろごろと転がし、彼は私に向けて微笑んだ。
「私の洗礼詠唱は、霊体にならば相当に効力を示すぞ。どちらにせよ、一旦はこの製材所で休息するつもりだったのだ。
お化け狩りのついでに見回りさせてもらおうじゃないか」
「……神父さん、僕だけに丸太運び押し付けるつもりですか? 大人として恥ずかしくないんですか?」
ちょうど丸太を運んできたロビンが噛みつくが、言峰神父は涼しい顔。
完全に、私を口実にして重労働をサボる気だ。
それでもいいから、早くあのお化けを何とかしてほしい。
「はっはっは、何を言っているのだ少年。女性のエスコートくらいできないと、将来困るぞ?」
言峰のその言葉に、ロビンは苦々しく口を歪ませた。
そして、言峰神父に吐き捨てるように叫びを投げて踵を返す。
「……神父にエスコートを訊くくらいなら、ヒグマに訊いた方がマシだよ!!」
その苛立ったようなロビンの足取りをニヤニヤと見送った後、言峰はそのまま私に振り向いた。
「……では、行こうか、黒木智子よ」
「う、うん……」
私は言峰神父に腕を掴まれて、工場の中へ引っ張られていった。
言峰は、たいそう愉悦を感じているようで、ご満悦だった。
ロビンが立ち去る間際の、赤みの差したような頬が、私の脳裏には強く残っていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
製材工場の間取りを、脳内でマッピングしてみる。
大体、工場自体は東西南北に約100メートルの正方形をした平屋だ。
それがほぼ1エリアを占める敷地の真ん中へんに建っている。
工場への入り口は東西南北全てに、フォークリフトや車なんかの入れる大きなものが一つずつ開いている。
私たちが追手のヒグマどもと交戦しているのは、その北端だ。
ちょうどそこは、直近に『製材場』区画があって、切り出された丸太が、サイズや種類別に山になっている。
今、製材場区画と言ったが、この工場の内部はどうも4つのブロックに仕切られているみたいだ。
製材場、加工場、乾燥場、製品置き場の4つ。
だいたい北から順に25メートル幅でその区画が縦に並んでいると思っておけば間違いないだろう。
そして、乾燥場の余った端、場所で言えば東南東の隅で東入り口の隣の位置に、それなりの広さの休憩室があった。
私が例の『腕だけ男』を目撃したのは、製材場区画の東端、細い方の丸太が置いてある山だ。
なお、ロビンは西の方の太い丸太を持っていっているので、出入口から先は全く分かれ道である。
軽く身長を超える高さの丸太の山が幾つも連なっているので、通路を兼ねたようになっている山の間に入ってしまえば、隣の山の方を見やることは一切できなかった。
「……ここか。なるほど、確かに、何らかの魔術が行使されたような気配がうっすらと残っているな……」
「ま、魔術、なのか……?」
言峰神父は丸太に向けて屈み込み、そこで興味深げに呟いていた。
霊魂やお化けやスタンドの類ではないのか、と、なんとなく私は少し安心する。
「魔術を使う英霊も山ほどいるからな。これだけではなんとも言えん」
「うっ……! う、うん……」
そしてその安心感は即座に叩き壊された。
丸太の山に沿って移動しつつ、言峰は独り言のように呟いている。
「少なくとも、もうこの近くにはいないな。直近で魔術が行使されれば、私にも認識できるだろうが……」
「ひっ……、ちょ、ちょ、ま、お、置いてかないで……!」
一人でずかずかと歩いて行ってしまう言峰に、私は必死に追いすがった。
エスコートという話はなんだったのか。
慌てる私を見て楽しんでるのか。
それとも自分の興味に集中したくなったのか。
どちらにせよロクな状況じゃない。頼むから私を守ってくれ――。
「む、待て」
「げふぅ――!?」
そして突如、立ち止まった言峰の鉄棒のような腕が横に差し出された。
走り寄っていた私はちょうどラリアットでも喰らったような形でそこにぶつかり、見事に背中からぶっ倒れてしまう。
「待てと言っただろう黒木智子……。立てるか?」
「うげぇ……、ぐふっ……。痛ってぇ……」
強かに打ち付けた背中と後頭部の痛みで涙が出てくる。
よろよろと起き上がると、ぐらつく視界に眩暈を覚えた。
ほとんど自爆ダメージとはいえ、痛みと怒りとやるせなさで、気力すら萎えそうになる。
言峰は、私を引き起こすだけ引き起こして、第二ブロックの加工場区画側に向けて耳を澄ましている。
「――たった今、ひとりでに向こうの機械が動き出した。誰か、スイッチを入れたモノがいるはずだ」
「う、腕だけ男……ッ! ヤツだよ……!!」
製材場の南端から加工場区画にかけては、何やら呼び方のよくわからない幾つもの大型機械が所狭しと並んでいる。
大体はその内部に、帯ノコだったり丸ノコを備えている、見るからに凶悪そうなものだ。
一番手前にある製材場の機械なんか、『ギャングソー』って書いてある。
丸太を投入すると、その中に何枚も重ねられた帯ノコが一斉に動いて、何枚もの薄板に切り裂いてしまうものらしい。
きっと、ギャングのボスが、組員を処刑で輪切りにした機械がこれなのかもしれなかった。
言峰と一緒に聞き耳を立てれば、確かに、ブーンという低い駆動音が加工場で鳴っている。
そして次の瞬間、パチンと音を立てて、その電源が切られた。
「……行くぞ!」
「ふえっ!? マジで!?」
風のような急加速で、言峰は即座に走り込んでいた。
Fate/zeroのアニメを見た人なら解るだろうけど、切嗣との戦いで見せた、あの低い姿勢の十傑衆走りだ。
本物の武人の走り。
とても私が追いつける代物じゃない。
恐る恐る彼の通った後を歩いて行くと、言峰は加工場の区画で眉を顰めたまま立ち止まっていた。
「……何かを持ち去ったようだな」
周囲には、ノミやカンナ、ノコギリといった、手で持てる大工道具が散らばっている。
先程稼働したのは、その横に据えられている大型機械のようだった。
「この機械は、物色している最中に誤ってスイッチを入れてしまった、ということか……。
あまり、周辺への感覚は鋭くないようだな……」
「あは、は……。そりゃ、そうだよな……、腕だけだもんな……」
冷静に状況を観察していた言峰は、呟く私に向けて振り返る。
「……いや、もしかすると、腕だけではないのかも知れんぞ」
「へ……?」
「黒木智子、その腕の根元には、魔法陣のようなものが存在しなかったか?
もしかすると、これは『第二魔法』か、それに類する強力な魔術の使い手の仕業やも知れん」
第二魔法――。
言峰の説明によれば、それは、並行世界を行き来する魔法なのだという。
限定的には、空間に穴を開けて繋げたり、異なる世界の自分の能力を身に着けたりする武器も実在しているそうだ。
「例えば限定的に、『腕だけを別の空間に移動させる』ような礼装――。そんなものを保有しているのかもな。
わざわざこの工場を物色しているなら、参加者である可能性が高い。接触してみて損はないだろう」
「そ、そうなのか……? 大丈夫って、言い切れるのかよ……」
「ああ。第二魔法関連の由来には、師が詳しかったからな。この相手は英霊やヒグマの類ではなく、人間だよ」
言峰はあっさりと嘯いた。
こいつの言う師とは、自分で後ろから刺し殺した遠坂時臣さんのことである。
よく言ったもんだ。私がアニメ版最後まで見てること教えてやろうか。
それにしても、あからさまに警戒心を1ランク落としたこいつの振る舞いは如何なものだろうか。
言峰は魔術の気配を探りながら、ぶらぶらと休憩室の方にまで足をのばしていく。
こいつは、『空間移動魔術を使う』という点だけで相手を人間だと思い込んだが、それは愚かすぎる。
ネットや漫画で培った私の知識から言わせてもらえば、数々の創作において、時空間を操作する妖物なんて山のように出てくる。
『次元のアギトに臭さ嗅げよ!!』だったり。
『おまえ自身が放つ、殺気の射線』だったり。
『美しく残酷にこの大地から往ね!』だったり。
自分だけの常識で物事を判断するのは非常にアブナイことなんだと、私はそう思う。
――私たちはもしかすると、信じられないほど凶悪な化け物に、狙われているのでは。
「……お、来たか」
「へ……?」
ふと私の前で、言峰が何かに気付いたように私の方を振り向いていた。
「後ろだ、黒木智子」
言峰が顎をしゃくる。
恐る恐る振り向いた私の目の前に、『腕だけ男』がいた。
そして、男の手に握られていたのは。
――大きな斧だった。
「ぎゃああああああああ――!!」
「おい! 大丈夫だ――! どこへ行く!!」
目の前で振り上げられた斧の切っ先を見るや、私は肺を絞り上げて逃げ出していた。
製材工場の奥に、全力で走り出す。
言峰の声が聞こえたが、気にかけている余裕はない。
これじゃジェイソンだ。
13日の金曜日だ。
エルム街の悪夢かも知れない。
殺される。
腕だけの殺人鬼に少年少女が殺されるホラー映画になってしまう。
あれだ。
言峰は、映画の前半で決まって殺される屈強な黒人枠のかませ。
またはしたり顔で怪奇現象に高説を垂れた挙句、常識外のことで驚愕の間に殺される解説役。
逃げなければ。
何としても、最後まで殺人鬼に立ち向かって生き延びるヒロイン枠を確保しなければ――。
そこまで考えて、私はふと思い至る。
――あれ?
――『最初の殺人にパニックを起こして逃げ惑う』のも、盛大な死亡フラグじゃね?
ドルン。
と、耳元で何かの駆動音が鳴った。
「ア――……」
私は知った。
本当の恐怖というモノを感じた時に、ヒトは言葉なんて出なくなるんだってことを。
ヂュイィィイイィィィイィィィィ……。
と、無慈悲な鳴き声を上げて、私の頭上には、チェーンソーの刃が振り上げられている。
『腕だけ男』は、その手に明らかな殺意と凶器を掴んで、私の前の空間に出現していた。
テキサス・チェーンソーだ。
わたしのぼうけんはここでおわりだ。
死ぬんだ――。
死ぬ間際に、走馬灯や思い出なんて、蘇ってこなかった。
私はただ、次の瞬間に迫り来るであろう、肉と骨が抉り裂かれる激痛を想像して、背筋をぶるぶると震わせているだけだった。
それだけで心臓は止まり、私の息は咽喉で凍っていた。
ヂュイィィイイィィィイィィィィ……。
そしてチェーンソーはゆっくりと――。
――空中に飲み込まれて消えた。
最後に、うっすらと宙に浮いていた赤い魔法陣が消えると、そこにはもう何も残ってはいなかった。
「……まったく。大丈夫だと言っただろうが黒木智子。君に気を取られたおかげでこの魔術師と接触できなかった。
向こうは私たちの存在に、気づいてすらいない……!」
その奥から、言峰綺礼が明らかに苛立った様子で私の方に歩いてくる。
工場の中ではもう、どこかで丸太が動いたり、機械がついたりするような音はしなかった。
「は……へ……」
止まっていた心臓と息が解凍されると、血液がサーッと下に落ちて、へなへなと私は床にへたり込んでいた。
全身から力が抜けて、動けない。
眼の力も緩んで、立ち眩みのような暗い視界へ、ひとりでにぼたぼたと涙が零れ落ちていた。
「……粗相の始末くらい、自分でするのだな、黒木智子」
私の傍までやってきた言峰綺礼は、私の様子を一瞥した後、呆れたように目を逸らしていた。
吐き捨てられたその言葉と共に、私は下に視線を落とす。
私の下腹部から、体温が溢れていた。
じょろじょろと音を立てて、スカートの下から、私の女子力が黄色い水たまりとなって工場の床に広がっていく。
腰の前から尻の奥までを温もりで覆い、抑止力を失った女子力は止め処なく、無慈悲に漏れていった。
ふとももを伝ってすべての女子力が流れ出した後の私は、抜け殻だった。
サナギを破って、美蝶々になろうとしていた私は、サナギのままですらいられなかった。
変態しようとして失敗し、どろどろの液体になった後、殻に開いた穴から溶け落ちてしまったのだ。
その余りにも冴えない現実を、私は立ち去ってゆくアニメキャラの背中を見ながら、気化熱で冷えてゆく下着の裡に思い知った。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「――龍田提督ぅ! もう弾薬がないわよぉ!」
「困ったわぁ……、魚雷も破壊されてるし……」
「キーッ!! やってくれたわねヤスミンちゃん!! アチシのタマを全部搾り取るなんて、この淫乱!!」
「その表現は、比喩だとしてもご自身に使った方がより適切だと思われますが」
工場外の戦場では、ようやく地下からの攻勢が止まったところだった。
相当数の武装を保有していた第七かんこ連隊の猛攻を、グリズリーマザーとヤスミンはなんとか凌ぎきった形になる。
「このメスグマ!! メスヒグマ!! 覚えてなさいよ!!」
「ああ、それなら適切です。罵倒としては有効でないでしょうけれど。またのご来院をお待ちしております」
別れの挨拶と共にヤスミンが投げつけた丸太を叩き落とし、龍田提督と呼ばれるヒグマが率いる部隊は、補給のためにぞろぞろと撤退を始めていた。
彼らに手を振るヤスミンに対して、隣からグリズリーマザーが呆れた顔で視線を投げる。
「……ヤスミンちゃん、呼ばなくていいからね」
「敵ではなく患者として、ご来院頂ければいいのです」
「あー、やっと試合終了した?」
そこにやって来て息をついたのは、クリストファー・ロビンである。
投げ槍のようにまとめてきた丸太をガラガラと穴に落として、彼は大きく伸びをした。
地下ではその時、先程の
艦これ勢と入れ替わりに、何やらよくわからない大量のヒグマたちがぞろぞろとやってくる。
「みんな!グリズリーマザー達が逃げた穴から丸太が沢山落ちてきたぞーーー!!!」
「おお!!でかした!!」
「みんな!!丸太を持て!!突撃じゃぁぁぁ!!!!」
彼らは、さもその現象が当然であるかのように、戦闘の形跡も新しい空間に何の疑念も抱かず、ヤスミンの投げていた丸太や、ロビンが落とした丸太などを嬉々として拾い上げてゆく。
そして彼らは、穴の縁にいるグリズリーマザーたちに気付かず、どこへともなく引き返して行った。
クリストファー・ロビンは、眼下の彼らを呆れながら見下ろした。
「……何もなく、ひとりでに地上の丸太は落ちてこないよ、きみたち」
「何も見えてはいないんですね、嘆かわしい……」
「艦これ勢の上の奴らは物を解ってるからこそ、下の奴らを馬鹿なままにしておくんだろうねぇ……」
「まぁなんでもいいや。追撃は暫く来ないだろうし。ようやく落ち着けるよ」
ヒグマへの感想を切り上げて、ロビンは製材工場の中へ眼をやった。
「……智子さんは、大丈夫かね」
彼の溜息に、ヤスミンとグリズリーマザーは顔を見合わせた。
彼女たちの耳は、言峰綺礼と黒木智子の会話を、余さず捉えている。
「……まぁ、肉体的には大丈夫なはずだけど」
「精神的に、ですね……」
三者三様に視線を交わし、彼らは工場の中に急いだ。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
鏡に映っている、自分の貧相な姿。
それを少しずつ、結露する湯気で覆い隠す。
「うっ……、ぐすっ……」
休憩室奥のシャワールームは、かろうじて私の心を壊さない程度に、すすり上げる声を水音で打ち消してくれた。
――自分の漏らした尿を、自分のスカートで拭き取る。
その行為は、私の人生最大の恥辱と言ってもよかった。
思い出したくもない。
そんな姿を見られたのだ――と考えると、恥ずかしさで頭が爆発しそうだった。
泣きながらシャワールームに駆け込む下着姿の私を、先に休憩室にいた言峰は、鉄面皮の下に押し殺した薄笑いで見送っていた。
結局、全ては私の思い込みと、勘違いだった。
自分だけの常識で物事を判断していたのは、言峰ではなく私だった。
言峰の愉悦がどうとか、性格破綻がどうとかじゃなく。
こんな結果を招いてしまったのは、やはりきっと、私自身のせいだ。
デイパックの中にあった石鹸で洗う体は、相変わらず、血色も成長も芳しくない。
ゆうちゃんとか。
地下で見た布束という女とか。
同年代の女子には、私より遥かに綺麗でスタイルもいい奴らがあんなにもいるのに。
どうして私はこんな、身も心も弱くて貧しいんだろうか。
それどころか、いくら人種の違いがあるとはいえ、私の体力も覚悟も、5歳児のロビンに遥かに及ばない。
外の戦闘は、決着したようだった。
シャワールームから窺える脱衣場の外が、にわかに騒がしくなる。
――きっと言峰は、私の情けない失態を、べらべらとしゃべくるんだろう。
それどころか、グリズリーマザーたちの耳なら、もう事態の大半は把握しているのかも知れない。
呆れ。
落胆。
失望。
ヒグマたちやロビンの蔑んだ表情が目に浮かぶかのようだった。
「何故だ……? どうしてだ……?」
独り言が。
独り言が。
独り言が、止まらん。
「なんでだよ……。なんで私が頑張った時は、いつも……、いっつも、裏目に出るんだよ……」
シャワーの飛沫を撥ねて鏡を叩いても、鏡は割れてくれない。
そのままずるずると滑った掌が、その奥に私の蒼白い顔を拭い出す。
真っ黒いクマだらけの酷い目元。
白目勝ちで凶悪な三白眼。
張りのない肌。
整えたこともない眉毛。
濡らさないように後ろにまとめ上げた髪も、はたして似合っているのかいないのか。
「鏡よ、鏡……。私は、いけてるか……?」
自問した答えは、解り切っている。
「……知らない。そんなん、知らない……」
――いかんせん、私には、何が綺麗で何がモテるのかの、判断基準すらないんだ。
冴えない自分を凝視することに耐えられなくなって、私は目を瞑る。
ともすれば見つめただけでゲシュタルト崩壊に襲われて吐いてしまうほど、今まで私は、自分を観察してこなかった。
そのツケの極地が、このザマだ。
勘違いで恐怖し。
人前で失禁し。
その衣服を一人洗う。
ヒグマに殺されなかっただけマシ?
ヒグマに殺される恥と、人前で漏らす恥の、どちらが大きいかねぇ?
恥の文化である日本人の私には、耐えらんねぇよ、どっちも……。
「……マスター。お茶、ここに置いておくよ」
脱衣所から、グリズリーマザーの声がした。
「落ち着くまで、そこにいていいからね。向こうで、みんな待ってるから」
それだけ言い残して、彼女の大きな影は、静かに休憩室の方へ立ち去っていた。
シャワーを止めてドアを開けてみると、脱衣所の洗面台の上に、湯気の立つマグカップが一つ、置いてある。
体を拭き、タオルの中に、洗って絞ったパンツとスカートを挟み込んだ後、私はそのカップを手に取った。
ほとんど透明で澄んだそのお茶は、パッと瞼を開かせるような、爽やかな香りに満ちていた。
「……なんかの、ハーブティーか? これ……」
顔を近づけて湯気を吸い込むと、レモンのような柑橘系の芳香が鼻に広がる。
そして、気管から肺腑の奥までスッと、雪に裏打ちされたかのような清涼感が吹き抜けた。
口をつけていた。
日照りに雨を仰いだように、砂漠に水場を見晴らしたように、私はそのカップを呷っていた。
甘い。
蜂蜜の甘さだ。
レモンの香りがするのに、全く酸味はない。
ただ香気が。
湯の温かさと同時に、風雪の涼しさを持って、私の口の中に遊んだ。
水ぬるむ春のような、雪解けの味だ。
草木が芽吹き、小動物が
目覚め、静止の冬から立ち上がる時の味だ。
力を漲らせるような温もりと、身を引き締めるような冷たさが同時に、私の全身と心中に広がっていた。
飲み干して見上げた顔が、洗面台の鏡に映る。
「……行こう」
蔑まれようと。
会話できなかろうと。
私は、ここにいる私なんだ――。
――私になれ。私。
映っている自分の姿を、私はさっきより2秒だけ長く、見つめられた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「……社交不安障害、ですね」
「そういう病名がつくのかい、マスターは」
休憩室の片隅で、ヤスミンがやかんに湯を沸かしながらそう答えていた。
グリズリーマザーの方に振り返り、彼女は言葉を繋げる。
「人間では今時、そう珍しいものでもありません。誰しも人前で緊張してしまったり、あがってしまうことはあります。
ですがそれを繰り返して、その失態の後に訪れる疎外感への不安のあまり、どんどんと他者との交流を避けたり、突飛な行動に走ってしまうようになるのならば、それは問題です」
「……何をしてやるのが、一番いいのかねぇ」
ティーポットの中に、屋台から持ち出してきたレモンバームとペパーミントをブレンドしながらグリズリーマザーは問うた。
製材工場休憩室の窓からは、東の入り口から乗り入れた灰熊飯店の屋台バスが見える。
艦これ勢を撃退した後、屋台を乗り付けたグリズリーマザーたちは、お茶の用意をして休憩室に上がり込んでいた。
豊富な香草や薬草が自前で手に入っているのは、この島が北海道であることの強みの一つである。
お茶の準備が成されている間、クリストファー・ロビンは、設えられているソファーで言峰綺礼と向かい合い、彼の語る事の顛末を静かに聞いていた。
途中で放送が鳴っていたが、この場の人員大半の予想通り、反乱したヒグマが放送室になだれ込んで放送をジャックしていた。
今更、起こってしまった事は仕方がない。
問題は、これからどのように事態に対処していくかである。
それを考えるにつけ、言峰の苛立ちはますます深まっていた。
「……と、このように。彼女の予想外の狂乱により、私たちは参加者と接触できる貴重な機会を逸してしまったというわけだ」
「……ふぅん」
ロビンはじっとりと、一方的に語り続けた言峰の顔をねめ上げたまま、黙っていた。
グリズリーマザーの言葉に、ヤスミンが答えている。
「普通に接してあげることが一番でしょう。生憎、SSRIなどの薬は持ち出して来ていませんし。
このまま、あなた方との関わりが認知行動療法のようになれば、それが最大の治療だと思います」
「認知行動療法?」
「患者さんの改善すべき状態を一つ一つ認識してもらって、どう行動を変えれば良くなるのかを自覚してもらうんです。
彼女は恐らく、親しい人とは話せる、選択緘黙の気があるようですので、結局は、あなた方が彼女と親しくなってあげて、同じように、彼女の言動を受け入れてくれる朋友を作る方法を教えてあげることですね」
「なるほどねぇ……。とにかく、気分を入れ替えてもらわなきゃね」
会話をしながら、5つのマグカップに、澄んだ色のハーブティーが淹れられていく。
そこに突然、クリストファー・ロビンが声を投げた。
「ああ、智子さんに持ってくなら、これも使ってあげて」
「――なんでしょう?」
ロビンの放り投げた物体を振り向き様に受け取ったヤスミンは、その小さな壺の中身を見て驚愕する。
「これは……、ハニーの蜜ではありませんか。あの時、回収していたのですか」
「何かしら役に立つだろうと思ってね。落ち込んだ時は、甘いもの食べるのが一番さ。プーも僕も、そうしてた」
「ヤスミンと言ったな、その蜜には、何か特殊な効能があったりするのか?」
続けて言葉を投げてくる言峰綺礼に応じつつ、ヤスミンはグリズリーマザーに壺を手渡した。
「特殊、という意味では特には。ですが、通常の蜂蜜に比してカロリーが高く、抗菌物質やビタミンに富み、ハニー由来の免疫グロブリンなども含まれているはずです」
「なんでもいいよ。とりあえず体に良いってことだろ」
追い払うように手を打ち振るロビンの仕草に合わせ、グリズリーマザーは各人のカップに蜜を溶かし込んだ。
黒木智子のものには、特に多めに。
各人にマグカップを配って、グリズリーマザーはシャワールームの方へ立ち去った。
「……へぇ、なるほど。良い香りだね。もう一戦続投する気力が湧きそうな感じ」
「うむ……。悪くない香りだ。このささくれた気分を鎮めてくれるようだ」
「……ハニー……」
クリストファー・ロビンと言峰綺礼は、同じハーブティーを飲んで互いに異なる感想を抱いた。
その気配を感じ取ったヤスミンは、同胞を思い出しながら、壁にもたれたままに呟く。
「……このハーブの組み合わせは、そのどちらの作用も、起こし得ますから」
「そうか」
「なるほどね」
――その体感は、あなた方の心身の状態で、変化するだけなんです。
二人の返答に、ヤスミンはハーブティーの甘みと共に、言葉の後半を飲み込んでいた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
グリズリーマザーが戻ってきたタイミングで、言峰はマグカップの中を干し、ロビンたち3名の元へ向き直った。
「……さて、もう皆わかっていることだと思うが。我々は参加者と接触する機会を一つ逃した。黒木智子の所為でだ。
あの少女にはどうにか、聖杯戦争に勝ち抜けるような心身の実力を、早急に身につけてもらわねばならない」
「それは違うんじゃないかな」
言峰が重々しく言い放った提言へ、間髪入れずにロビンが反駁していた。
「焦らずとも、参加者に出会える機会はまた来るはずさ。わざわざこの工場まで探りに来てるっていうなら、あっちは相当に状況の余裕がある。
それになにより、機会を逃したのが智子さんの所為だっていうのが、そもそも大きく間違ってるよ、神父さん」
「……なんだと?」
全員から自分の意見に賛同がくるものと頭から思い込んでいた言峰は、その言葉に眉を顰める。
少なくとも、黒木智子に成長してもらわねばならないという点では、全員がその思考を一にしているはずであった。
唯一言峰が他者と異なる点としては、時臣を始末した後の遠坂凛へ画策していたように、言峰がその教育指導の主導権を握り、智子の信頼と尊敬を一身に受けて安定した立ち位置を確保することを考えていた点である。
しかし、そんな考えを、言峰はおくびにも出していない。違和感があるはずはない。
――それではなぜ、この少年はこんなにも恨みがましい目で私を睨むのか。
「……まず、その男の人の存在に気付いたのは智子さんのお蔭だ。同じ魔術師といいながら真っ先に気付かなかった自分の未熟さを、あなたはまず気に掛けた方が良い」
「ぬ……。だが、それは話に関係ないぞ」
「ええまだありますとも」
5歳児とは思えぬ、威圧感に満ちた瞳を座らせて、クリストファー・ロビンは言葉を続ける。
「……次に、あなたは結局僕たちに戦闘を押し付けて、一人で楽な傍観席に行きましたね? 参加者と接触する機会うんぬんなんて、完全にあなたの後付け理由じゃないですか。気付いてもいなかったくせに」
「……そうですね。丸太が足りず、危うく何度か魚雷の着弾を許しそうになったことがありました」
「放られた魚雷に一回、『活締めする母の爪』を真名解放する羽目になったからね」
「……」
言峰の行動には、マイナス点しかない――。
と、ロビンはそう言っているようであった。
前線に立っていたヤスミンとグリズリーマザーの談を聞いても、言峰の欠けた穴は相応に大きかったことが窺える。
ここから実際問題として言峰に下される評価は、
『適当な口実をつけて楽な仕事に逃げた挙句、なんの成果も挙げず、失敗を他人のせいにする信用ならぬ男』
という甚だしいものだった。
マグカップを握り込む言峰の手が震える。
彼は目尻を引き攣らせて、極力静かに言葉を紡いだ。
「……いや。よしんばそうであったとしても、最終的に機会を失ったのは、完全に黒木智子の失敗であろう。どう考えても私は悪くない」
「いいえ。違いますね。悪いのはあなただ。言峰綺礼神父」
「……お、お、おまた、せ……。ただいま、あ、上がりまし、た……」
ロビンが即座に言峰へ返事をしたその時、黒木智子が脱衣場からおずおずと歩み出てきていた。
洗った制服の代わりに、工場の作業員が来ていたらしいぶかぶかのツナギに身を包み、彼女は怯えた小動物のように姿を現す。
彼女の、余りにも奥ゆかしい小声の挨拶は、グリズリーマザーとヤスミンにしか聞こえなかった。
智子のことに気付かぬロビンは、同じく気づかぬ言峰へ、最後の発言を突き付ける。
「極め付けに……! 智子さんを泣かせたのも、参加者と接触する機会を逸したのも、全てはあなたの行ないの所為だ!!
どう考えても、智子さんは、悪くないッ!!」
「……ロ、ロビン……?」
彼の言葉に、黒木智子の胸は、一瞬締め付けられるようだった。
壁際に身を寄せるグリズリーマザーたちと、ソファーで口論になっているロビンたちを交互に見やり、彼女は一気に血の昇ってくる頭で、どうにか事態を把握しようとしている。
「……面白い。言ってみろ、その理由を」
「あなたが、自分のいいように事態を進めて楽しもうとする気質の人だとは薄々思ってましたけどね。
結局あなたのしたことは、『智子さんの慌てる姿を見てやろうとちょっかいを出したけれど、思った以上に事が大きくなって傍観者じゃいられなくなったために興が冷め、全責任を智子さんに擦り付けて逃げた』ってことでしょうが」
「……ふざけるのもいい加減にしろよ、少年。私の行動のどこに、そんな要素がある」
互いに怒りを抑えられていないような震えた会話に、ついにロビンがソファーから立ち上がる。
「『後ろだ、黒木智子』――! この発言が、あなたの邪悪の全てを表現しているッ!!」
「――!?」
全く予測していなかったポイントをやり玉に挙げられ、言峰は困惑した。
ロビンはそのまま、指先を言峰に突き付けて語る。
「……智子さんがそれで後ろを振り向けば、恐怖に耐えられなくなることは、わかりきっていたはずだ。
その慌てぶりを見て楽しもうとしていたら、予想外の反応をされて楽しむどころじゃなくなった。そういうことでしょう」
「フッ……。何を言うかと思えば。それならば他に、どうすれば良かったというのだ」
ロビンは、自分より遥かに年長かつ屈強な言峰を、燃える氷のような視線で見くだしていた。
本当にわかってないのか――。
と、噛んだ奥歯に、悲しみの響きすら湛えて、彼は豁然と言い放つ。
「男なら――! 自分よりか弱い女の子を、守るものだろうが!!」
休憩室の内部は、暫くロビンの叫んだ残響に満たされていた。
「その魔術師の腕が現れたら、まず自分が彼女の前に入って、静かに交渉すれば良かったんだ。
斧? チェーンソー? そんな凶器を見て怖がらない女の子がいたら教えて欲しいくらいですよ。
何がエスコートですか。笑わせる。どうせ奥さん子供もいないクソ坊主の言うことだ。
神の愛とやらにばっかかまけて、人を愛することのなんたるかも知らないんだろ。
自分だってお母さんから生まれて来たくせに子供をいじめるとか。
あなたになんか、智子さんを任せなきゃ良かった――」
頭上から注がれる少年の罵倒を、言峰は俯いて聞いた。
飲み干されて乾いた言峰綺礼のマグカップの底に、一粒の水滴が零れていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
私は、脱衣場の扉の隙間から、二人の様子を見つめていた。
熱気を帯びたロビンの言葉は、私を擁護してくれていた。
蔑んだり。
疎外したりするものじゃない。
ただありのままの私を、守ってくれるものだった。
「――妻子なら、いた」
「あぁん? なんだって?」
「妻子なら、いたッ――!!」
その時、顔を上げて叫んだ言峰の掌で、マグカップが粉々に砕け散った。
その握力のままに拳を握りしめ、血の滴る双拳を下げたまま、彼もソファーから立ち上がる。
ロビンと言峰の両者が立ち上がれば、その身長差は明らかだった。
上から降り注ぐのは、今度は言峰の言葉だ。
「ああそうとも。私は妻を愛そうと努力した。だが結局、私は愛のなんたるかなど、理解できなかった。
子供が生まれたのは奇跡だった。だが私に愛想をつかしたんだろう。結局妻は自殺したよ!!」
「――っ」
ロビンはたじろいだ。
自分が知らず知らずのうちに、言峰の心の地雷を踏み抜いてしまったんだと、察したんだ。
『言い過ぎた』と、ロビンは顔でそう語っていた。
――私は知っている。
言峰綺礼の奥さんの名は――、クラウディア・オルテンシア。
アルビノという虚弱体質で、長くは生きられなかったんだ。
言峰は人を愛せないし、美しいものを美しいと思えない、性格の破綻したクソ野郎だけど。
それでも、言峰は彼女を愛そうとしたし、彼女は最後に、「貴方は私を愛しています」と告げて、死んだ。
言峰が、本当は人を愛せるんだと、証明するために。
――言峰はその時、「どうせ死ぬのなら、私の手で殺したかった」と、考えてしまった。
だから彼は、その時の自分の思いと記憶を、封印した。
でも本当はその思いは、本当に彼女を愛していたからこそ、抱いたものなんじゃないかと――。
私は、そう思った。
「……はぁ。もう、どうとでもなれ。こんなクソ神父の思い出話を引き出してもつまらんだろう。
私を論破して気が済んだなら、さっさと代案でも立てろ、少年――!!」
言峰はどっかりとソファーに倒れ込み、背もたれに大きく身を預けて、仰向けになってしまった。
「あぁ――」
私はそいつの、思いっきり引き結ばれた口元を見て、思った。
こいつも、私と同じなんだ。
サナギから美蝶々になろうと、どうにかもがいていた人間なんだ。と。
醜いイモムシから、やっとの思いでサナギになり、その先に待つ未来を夢見た。
それがこいつの場合、サナギから目覚めて脱皮した後の自分は、進化せず、変態もできず、変わることなくただぶくぶくと肥大した、イモムシのままだったんだ。
溶け落ちて抜け殻になるより、それはきっと、もっと恐ろしいことだっただろう。
醜くて、汚くて――、そんな自分を押し隠そうとしながら、こいつは生きてきたんだ。
イモムシの自分を出してしまえば、目に映る愉悦の先に帰ってくるのは、その先の者たちの怨嗟だ。
イモムシの私も、このままでいたらきっと、この言峰と同じ末路をたどるだろう。
それどころか、私の場合はもっと悪い。
こいつは、その自分を押し隠して、ひたすら信仰と戦いに打ち込めるだけの気力があったからこそ、中身が外道でも外面だけは立派な地位を保ってこれた。
でも、私の場合にはそれすらない。
中も外も、ただのクズのままで終わってしまう。
そんなのだけは、御免だ。
――こいつを、反面教師にしよう。
絶対に、言峰のようにだけはならない。
と、私はそう、心に誓った。
「――あれ、智子さん、上がってたんだ。そのポニーテール、可愛いね」
「はえ……?」
その時、収まりの悪さに辺りを見回していたロビンが、私の姿に気付いていた。
そして真っ先に掛けられた言葉に、私は驚いた。
『ポニーテール』、『カワイイ』だ。
濡らすと乾燥に手間取るから制服のネクタイで上げただけの髪だったけれど、こいつは、すぐさまそれに気付いた。
そして、それをカワイイ、と――。
私のことを、かわいいと、言ってくれた。
「……さっぱりしたかい、マスター」
「う、うん……」
「こっちきて座りなよ。今、神父さんと今後の予定を話してたところだから」
「お、おう……」
話してたというか、一方的に叩きのめしていたように見えたのは私だけだろうか。
グリズリーマザーとロビンに招かれ、私はソファーに座り込む。
反対側のソファーで大の字になっている言峰は、一瞬頭を持ち上げて私を見た後、また後ろにもたれかかってしまう。
「……世間では、そういう格好をカワイイと言うのか? 私にはわからんな……」
おう。そうだろう。
私もこと装いに関しては、世間一般と美的感覚が真逆のお前に評価してもらうつもり無いんで。
ごめんな。
「……とにかくねぇ、おもらしの一つや二つで恥ずかしがらなくていいよ智子さん」
「ひえっ……!? き、きい、たの、か、よぉ……」
「僕も最近までおねしょしてたしね。よくあるよくある」
「う、あ、そ、そりゃ、お前はだって、5歳かそこらだろ……」
「何歳とか、そういう枠にはまった評価で話すのはやめようよ」
案の定、言峰は私の失態の全てを語り尽くしたらしかった。
それでも、ここにいる者はみんな、私のことを蔑んだり、していなかった(約1名を除く)。
他人のことを蔑むのはきっと、自分に自信が無いからだ。
ここにいる者は全員、自分の存在に自信を持っているんだろう(約1名を除く)。
みんな私が、お手本にすべき、者たちなんだろうな。きっと。
「……とりあえず落ち着いたところで、お互いに物資の確認でもするかい? 予定の話し合いといったら、まずそれだろ」
「私はこのカソックとパーカー以外に、何もない! あとは預託令呪9画のみ!」
グリズリーマザーの発言に、言峰は仰向けになったまま、投げ遣りにそう叫んでいた。
ウケ狙いなのか。
それとも単に苛立っているのか。
さもなくば装備品の無い自分を嘆いているのか。
唐突過ぎて、誰も言峰の叫びに反応を返せなかった。
痛い。
かたわらが、痛い。
まるで新年度の自己紹介の時に浮きまくった自分を見ているようだった。
グリズリーマザーが、その時の担任の教師のように、進行に困って目を泳がせている。
「――あー、えぇと。じゃ、言峰さんはそういうことで。マスターは?」
「私……か」
私が持っているのは、ちょっとした食べ物や地図なんかの基本的な
支給品。
それに大量の石ころと、グリズリーマザーの聖遺物にあたるんであろうカードだ。
令呪も持ち物に入るのなら、まぁそれもだけど。
「あぁそうそう。智子さんにはこれがあったよね。投石用の石ツブテ。
良かったらちょうだい? 持ってるボールがほとんどないんで」
「お、うん……。わ、私が持っててもどうしようもないし……」
テーブルに出した支給品をロビンが掠め取るのは、私が返事するより遥かに早かった。
遠慮の無さで言えばネモ以上かもしれん。
「少年……。人のものを取っておいて、自分は何もせんのか。それこそ、人間としてどうなんだ」
「やだなぁ神父さん。そんな低レベルなこといちいち口に出すと器が知れますよ」
ロビンの行為に、仰向けのままに言峰が口を挟む。
しかし、当のロビンはさらっとその言葉を流して、支給品を広げ始めた。
さっきは、言い過ぎたことに対する反省の色が多少なりとも見えたのだが、既にロビンの中でそれとこれとは別になっているらしい。
私には、目をつぶったまま震える言峰が、心中で悔し涙でも流してるんじゃないかと思えてきた。
「さーて、なんでも取っていっていいよー智子さん。ここら辺のボールはダメだけどー……」
なんでも、と言っておきながら、ロビンは取り出していく傍ら、手榴弾、砲丸、野球ボールなんかはサッとテーブルの隅にまとめてしまう。
その他に出てきたのは、何かの手甲や、銀色のものものしい鎧。
「あ、智子さんにはこれが良いかも知れない。ちょうどポニーテールだし」
なんでも取っていっていいよ、と言っておきながら、最終的にロビンは、デイパックの片隅に明らかに邪魔なものとして追いやられていた何かを私に押し付けてきた。
そのパッケージは、どうやらアニメのサントラのようだった。
絵柄は、パンストみたいなアメリカチックのデフォルメキャラで、2チームの女の子たちが楽器を手に、コンサート会場で競っているようなイラストになっている。
「ん……!? こりゃ、『マイリトルポニー』!?」
「あ、やっぱり知ってた。智子さんこういうの好きそうだモンね」
正確なそのタイトルは、『My Little Pony Equestria Girls: Rainbow Rocks - Original Motion Picture Soundtrack』。
私の記憶が正しければ、これは日本でも放送されたアメリカ発のポニーのアニメ『マイリトルポニー』の、その公式擬人化映画。そのサウンドトラックが焼かれたCDというわけだ。
「……やっぱアメリカだと、これ有名なアニメなのか!?」
「ん? 僕はイギリス人だよ。もっと言うとスコットランド人だけど」
丸一日枯渇していたアニメ分が思わぬところから補給され、私は興奮した。
ロビンは私の思い込みをやんわりと訂正しながら、CDのパッケージを叩く。
「まぁ、ロンドンでもグッズは見かけるよ? 女の子向けだからたまにしか見なかったけど、森のみんなみたいで可愛いとは思う。
でも、支給品にもらったところで困るから、あげるよ」
「いやぁ……火曜日の朝7:30とかから始まるから、見てるといつも学校遅刻寸前でさぁ……」
日本語版スタッフは、一体何を考えてそんな放映時間にしたんだろうか。
幼女だって、見てたら小学校に遅刻するだろうに。
「このさぁ、レインボーダッシュってヤツの声質が私とそっくりなんだよ。アテレコできんじゃねとか思って、こいつの出てる回はつい最後まで見ちゃうんだよね~……」
「うん、確かに似てる。でも智子さん、性格はダッシィと正反対だよね」
「うっ……」
興奮して語り始めていた私は、ロビンの発言に硬直してしまった。
レインボーダッシュっていうのは、速さ自慢のペガサスのキャラクターだ。
なんか気象管理士の地区長かなんかの、結構立派な職業についてる。
声は似ているけど、自分の実力に確固たる自信を持ってるところとか、ちゃんとした職業についてるところとかは、私と全然違う。
私は、私だ。
それでも、こいつみたいな自信が、少しでも私にあればいいのに――。
そう思いつつ漫然とめくっていた歌詞カードに、レインボーダッシュのソロ曲があった。
豊富でクオリティの高い歌が有名なマイリトルポニーだけど、たぶんこれは、このキャラの初のソロ曲のはずだ。
タイトルは『Awesome as I want to be』。
声が似てるから、私でもたぶん歌えるはず――。なんだが、本国版のためか、歌詞は全部英語で書かれていた。
幸いにも、大体の意味は私にも解る程度の簡単なものだ。
きっと、ロビンも知ってるこいつをプロっぽく歌ってやったら、さぞ尊敬されるに違いない――。
「あのさ、『アウェソメ・アズ・アイ・ウォント・トゥ・ビー』ってどんな曲よ。お姉さんがキャラボイスで歌ってやってもいいんだぜ!?」
「はぁ? 何を言ってるんですか智子さん?」
メロディさえ分かれば――、と思って問うた言葉に返ってくるのは、ロビンの不可解な二度見だ。
すっと、彼は歌詞カードのタイトルを指さし、そしてこみ上げるように笑いで震えてくる。
「智子さん……。このタイトル、『オーサム・アザイ・ワナビー(夢見てたくらいサイコー)』って読むんですよ。
なんですか『アウェソメ』って……。こんなのも読めないとか……。アウェソメ……。あおイソメみたいな……。
Awesomeが読めないのが許されるのは、エレメンタリースクールまでですよね……、クククククッ」
「……う、うっ、うるせぇな!! そ、そんなの日本の文科省に言えよ!! そんな英単語習ってないもん!!」
私は顔を真っ赤にして立ち上がっていた。
ガキでもわかる英単語を、読み違えていた。
これは間違いなく私のせいじゃなく、日本の英語教育の低レベルさのせいだ。
頼むから、外国のガキに馬鹿にされるような英会話を日本人にさせないで下さい、お願いします。
「聞きました言峰さん? 可愛い智子さんを引き出すなら、これくらい平和な環境下でやらないとダメですよ?」
「……留意しておくよ、少年……」
赤面の叫びをスルーして、ロビンは向かいの言峰に笑いかけていた。
言峰は心底嫌そうな顔で言葉を飲んだ。が。
この意味するところはつまるところ。
……私はずっと、この言峰とロビンに弄ばれていただけというわけだ。
「ふぇっ……、ふえぇ……」
顔を覆って、ソファーにへたり込んでいた。
恥ずかしいけれど、なんかカワイイと言われたからそれはそれで良いような気がしてきて、面映ゆすぎて爆発しそうだった。
何も言わずぽふぽふと頭を撫でてくれるグリズリーマザーの手が、気持ちよかった。
「んで、あとはこのクッキーみたいなので、僕の支給品はお終いですね」
何事もなかったかのように支給品整理に戻ったロビンが最後に取り出したのは、一枚のクッキーだ。
今まで状況を静観していたヤスミンが、そのクッキーを見てピクリと反応していた。
「……それは」
「あ、ヤスミンさん、これなんだか解るんですか? クッキーにしては色も臭いも生々しくて、あんまり食べる気にならなかったんですけど」
「スフェア培養されたHIGUMA細胞の塊ではありませんか……!? まさか凍結乾燥して状態を維持しているとでも……」
ヤスミンはロビンからそのクッキーを受け取って眺め回し、そして何度か頷いた。
「……間違いありません。これは私たちヒグマの体を構成している幹細胞だけを、純粋に培養したものです。
このような形で保存する技術があったとは、驚きましたね……」
「え……、じゃあ、もしそのクッキーを食べたら、ヒグマになっちゃうとか……!?」
ヤスミンの言葉に、私は恐ろしい想像をしてしまい、思わず身を引いていた。
私の呟きを聞いたヤスミンは、暫くきょとんとした後、急に相好を崩してクフクフと笑い始める。
「……面白いことを言いますね智子さん。確かに、水分さえあればこれは細胞としての機能を取り戻すでしょう。
ですが、人間がこれを食べたところで、人間は人間のままですよ。ジンギスカンを食べたら羊になりますか?」
「いや……、でも、病気みたいに、なるかも……」
「なるほど。腸管から細菌やアメーバのように感染し、臓器などに停滞する――。可能性はゼロではないでしょう。
ですがそれは身体からすれば異物ですし、だからこそ免疫応答・炎症反応が発生し病気となるんです。
もし、このHIGUMA細胞に、遺伝子操作や免疫調節などもなしに適合してしまうのなら――」
ロビンにクッキーを返しつつ、ヤスミンは私に微笑んだ。
「――きっと元から、その『人』は『ヒグマ』だったんですよ」
彼女の言葉を受けて目を落とした私の膝には。
公式で『人』となった『ポニー』のアニメが置いてある。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「――むっ」
その時突然、黒木智子の隣でグリズリーマザーが耳をひくつかせ、顔を上げていた。
その動きにヤスミンが反応する。
「あら、グリズリーマザーさんにも聞こえましたか」
「ああ――、実を言うとさっきも一度聞こえたんだが。ヤスミンちゃんにも聞こえたとなると聞き間違いじゃないね」
「ええ。先ほど12発、今4発――。位置は南南東に数百メートルというところでしょうか」
両者で話す雰囲気には、緊張感が漂っていた。
言峰綺礼も起き上がり、ロビンもクッキーを仕舞いながらそのヒグマたちの動きに注目する。
ヤスミンが彼らに振り向く。
「今、遠くで、明らかに戦闘が発生していると思われる大口径の砲音が聞こえました。
私たちのような者が、同じく艦これ勢相手に戦っているのかも知れません」
「……なんだと。ではすぐに向かってやるべきではないか」
「ほら神父さん、見ましたか? 参加者と接触する機会なんて、すぐに来たじゃないですか」
勢いよく立ち上がった言峰に、ロビンはソファーから鼻持ちならない得意顔で見上げてくる。
こめかみに浮かぶ青筋を気合で押さえつけ、言峰は鼻息も荒く休憩室の外に歩み出していった。
「そぉうだな……! すぐに来たからすぐに行くぞ!! それでいいな!!」
「は~い、神父さん♪」
ロビンはマグカップのハーブティーを干して、朗らかな声で立ち上がる。
肩を怒らせて真っ先に灰熊飯店のバスに乗り込んだ言峰に、ヤスミンが追いすがっていた。
「キレイさん……。掌、手当て致しましょうか」
「ああ……、これか。すまない、頼む」
マグカップを握り砕いていた言峰綺礼の掌は、血塗れだった。
ヤスミンはそこからマグカップの破片を取り除き、ミズゴケで血を拭き取った後にヒグマの体毛包帯で巻いた。
「……おいおい。これはヒグマ用のではないのか? 大丈夫なのか?」
「……それはご自身がヒグマになるなどと思っていらっしゃるがゆえの問いですか?
あなたにも免疫機能があるんですよ? HIGUMA細胞が生着するわけないじゃないですか」
「それではなぜこれを使う」
「ヒト-HIGUMA間の異種細胞においても、創傷治癒サイトカインのオーソログが保存されていますので。人間の傷の治りも早いのです」
「……半分以上意味が解らなかったんだが。まあいい」
整然とした手つきで言峰の手に包帯を巻きながら、ヤスミンは暫くして、ふと低い声で囁いた。
「……私が問診すれば、あなたにも相応の精神疾患が見つかると思うのですが。希望なさいますか?」
包帯を切り、ヒグマの毛皮で保護された自分の手に目を落として、言峰は返す。
「……見つけたところでどうなる。末期がん患者に余命を告知してトドメを刺すのか?」
「……彼女のように、治療法は、有るかも知れませんよ?」
顔を上げた言峰の眼に、バスへジャンプで飛び乗ってくる少年、ロビンの姿が映る。
運転席に座るグリズリーマザー。
そして彼女の後ろに着座する、赤いリボンのポニーテール。
――よくよく見ればそのリボンはネクタイで、青い衣服は丈の余ったツナギなのだが。
その少女は、装いと共に心境も新たにして、バスの進行方向を見据えているようだった。
溶け落ちたプライドで、羞恥の殻をかなぐり捨てた黒木智子のその姿を見て、言峰は両手をきつく握りしめた。
「……よしんばあったならあったで。ヒグマなどの世話にはならん……ッ!」
「……そうですか。それでは」
ヤスミンは彼の返答を聞き、静かに言峰の元から立ち上がった。
「……あなたが私たちの味方である限り、私はあなたの味方ですので」
それだけを言い残して、ヤスミンは最後部の座席から振り向く。
「ヤスミンちゃん、そっちの何かは終わった!?」
「ええ。キレイさんの手掌を治療していました」
「よし、それじゃ行こう。いつでも投石はできるようにしておくから」
「うん……。頼んだ、グリズリーマザー……!!」
「それじゃあ出すよぉッ!!」
全員の着座を見届け、グリズリーマザーが屋台バスを稼動させた。
走りゆくバスの振動を感じながら、言峰の表情は晴れなかった。
ただ彼の心中には漠然と。
――クリストファー・ロビンは、邪魔だな。
という、率直な感想が立ち上っていた。
【F-3 街/製材工場 日中】
【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り、《ユウジョウ》INPUT、魔球修得(まだ名付けていない)
装備:手榴弾×1、砲丸、野球ボール×1、石ころ×96@モンスターハンター
道具:基本支給品×2、ベア・クロー@キン肉マン、ロビンマスクの鎧@キン肉マン、ヒグマッキー(穴持たずドリーマー)
[思考・状況]
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
0:智子さん、麻婆おじさん、ヒグマたちと情報交換し、真の敵を打倒する作戦を練る。
1:投手はボールを投げて勝利を導く。
2:苦しんでいるクマさん達はこの魔球にて救済してやりたい
3:穴持たず9にリベンジし決着をつける
4:その立会人として、智子さんを連れて行く
5:後々はあの女研究員を含め、ヒグマ帝国の全てをも導く
[備考]
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンはまだ魔球を修得する可能性もあります
※マイケルのオーバーボディを脱がないと本来の力を発揮できません
※ヒグマ帝国の一部のヒグマ達の信頼を得た気がしましたが別にそんなことはなかったぜ。
【黒木智子@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
状態:ネクタイで上げたポニーテール、気分高揚、膝に擦り傷
装備:令呪(残り3画/ウェイバー、綺礼から委託)、製材工場のツナギ
道具:基本支給品、制服の上着、パンツとスカート(タオルに挟んである)、グリズリーマザーのカード@遊戯王、レインボーロックス・オリジナルサウンドトラック@マイリトルポニー
[思考・状況]
基本思考:モテないし、生きる
0:グリズリーマザーと共に戦い、モテない私から成長する。
1:ロビンやグリズリーマザー、ヤスミンに同行。
2:言峰は反面教師にする。
3:ビッチ妖怪は死んだ。ヒグマはチートだった。おじさんは愉悦部員だった。最悪だ。
4:どうすればいいんだよヒグマ帝国とか!?
※魔術回路が開きました。
※グリズリーマザーのマスターです。
【グリズリーマザー@遊戯王】
状態:健康
装備:『灰熊飯店』
道具:『活締めする母の爪』、真名未解放の宝具×1、穴持たず82の糖蜜(中身約2/3)
[思考・状況]
基本思考:旦那(
灰色熊)や田所さんとの生活と、マスター(黒木智子)の事を守る
0:マスター! アタシはあんたを守り抜いてみせるよ!
1:あの帝国のみんなの乱れようじゃ、旦那やシーナーさんとも協力しなきゃまずいかねぇ……。
2:とりあえずは地上に残ってる人やヒグマを探すことになるかしら。
[備考]
※黒木智子の召喚により現界したキャスタークラスのサーヴァントです。
※宝具『灰熊飯店(グリズリー・ファンディエン)』
ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:4~20 最大捕捉:200人
グリズリーマザーの作成した魔術工房でもある、小型バスとして設えられた屋台。調理環境と最低限の食材を整えている。
移動力もあり、“テラス”としてその店の領域を外部に拡大することもできる。
料理に魔術効果を付加することや、調理時に発生する香気などで拠点防衛・士気上昇を行なうことが可能。
※宝具『活締めする母の爪(キリング・フレッシュ・フレッシュリィ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:1~2人
爪による攻撃が対象に傷を与えた場合、与えた損傷の大きさに関わらず、対象を即死させる呪い。
対象はグリズリーマザーが認識できるものであれば、生物に限らず、機械や概念にまで拡大される。
【言峰綺礼@Fate/zero】
状態:健康、両手の裂傷をヒグマ体毛包帯で被覆
装備:令呪(残り9画)
道具:ヒグマになれるパーカー
[思考・状況]
基本思考:聖杯を確保し、脱出する。
1:黒木智子やヤスミン、グリズリーマザーと協力体制を作り、少女をこの島での聖杯戦争に優勝させる。
2:ロビン少年に絡まれると、気分が悪いな……。ロビカスだな……。
3:布束と再び接触し、脱出の方法を探る。
4:『固有結界』を有するシーナーなるヒグマの存在には、万全の警戒をする。
5:あまりに都合の良い展開が出現した時は、真っ先に幻覚を疑う。
6:ヒグマ帝国の有する戦力を見極める。
7:ヒグマ帝国を操る者の正体を探る。
※この島で『聖杯戦争』が行われていると確信しています。
※ヒグマ帝国の影に、非ヒグマの『実効支配者』が一人は存在すると考えています。
※地道な聞き込みと散策により、農耕を行なっているヒグマとカーペンターズの一部から帝国に関する情報をかなり仕入れています。
【穴持たず84(ヤスミン)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:ヒグマ体毛包帯(10m×9巻、8m×1巻)
道具:乾燥ミズゴケ、サージカルテープ、カラーテープ、ヒグマのカットグット縫合糸
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため傷病者を治療し、危険分子がいれば排除する。
0:帝国の臣民を煽動する者の正体を突き止めなければ……。
1:エビデンスに基づいた戦略を立てなければ……。
2:シーナーさん、帝国の皆さん、どうかご無事で……。
3:ヒグマも人間も、無能な者は無能なのですし、有能な者は有能なのです。信賞必罰。
※『自分の骨格を変形させる能力』を持ち、人間の女性とほとんど同じ体型となっています。
最終更新:2014年12月25日 23:45