『もう日も暮れてくるな……』

 廃墟と町の境にある寂れた食堂で、ヒグマがぽつりと唸った。

デデンネ……」
『どうすれば良いだろうか。この場にしばらく腰を落ち着けて周囲の様子を窺う手もあるだろうが……』

 赤みを強め傾く日差しの中に眼を細め、彼は目の前の黄色いねずみと互いに見交わした。
 その相手であるデデンネは、後ろ足でぽりぽりと頬をかきながら気のない返事をするのみだ。
 その時、生きている者がそのふたりしかいないこの食堂の会話に、ふと涼やかな声が立つ。

“論外ですわ。こうしている間にも、ヒトのみならず、ヒグマも他の生物も、ことごとく殺されてゆきます。手をこまねいている暇があるのなら、動きましょう”
『ああ……。お前ならそう言うんだろうな』

 デデンネと仲良くなったヒグマが視線をやった先には、頭のない少女の死体が横たえられている。
 しかし彼の目にだけは、そこに座る、亜麻色の髪をした小学生の女の子の姿が見えていた。
 円亜久里――。
 参加者にして、年若き身ながら伝説の戦士プリキュアでもあった彼女の生前の容姿と言動を、彼だけは無意識のうちに推測して五感に捉えている。
 実質、彼と彼自身の良心との対話だ。
 無力感漂うつぶやきへ釘を刺す彼女の言葉に、彼はがりがりと頭を掻いた。

 その片脚には、すうすうと安らかな寝息をたてる、小さな赤ちゃんが抱かれている。
 亜久里が母親代わりとして育てていた彼女、アイちゃんは、今ようやく寝付いたところなのだ。
 彼やデデンネの呟きに混じる気だるさは、ミルクを飲ませたりあやしたりと、ふたりして八方手を尽くして子守に悪戦苦闘していたからに他ならない。

 彼としても、この何十分かの間、何もしていなかったわけではない。
 主にアイちゃんやデデンネや自分のための食料を探すために、この食堂で死んでいるおばさんや亜久里の幻覚にサポートされながらさらに中を探索していたのだ。

 食堂なだけあって、粉ミルクやクルミの他にも、食材は大量にあった。
 電気は止まっているものの、業務用冷蔵庫の中の生鮮食材は保冷されていてまだ無事だった。
 冷凍庫はさすがに氷が溶けており、アイスクリームなどの状態が厳しいが、それでも食べられないわけではない。
 十数人が数日過ごせる程度の食材が取りそろえられている上に、円亜久里という新たな話し相手がいるのだから、彼としてもこの場に居着きたいくらいの甘えは出てくる。
 深夜から戦いの連続だった彼にとっては、ここはある種オアシスにも等しかった。

 なお連れのデデンネは、死体に囲まれている薄気味悪いこの食堂にとりたてて思い入れはない。

『……にしてもなぁ、外に出るとして、このあと、アイちゃんはどうすればいいのだ。
 どう面倒みれば良いのか見当もつかんし、そもそもフェルナンデスとお前とアイちゃんを全員連れていける方法が思いつかんぞ』
“私の体が動けば良いんですが……。もとより私は死んだ身。
 私のことをおいてでも、アイちゃんや島の方々のために動いてください”
『そんなことを言うな……!』

 彼は忌々しげに吐き捨てる。
 ここにいるデデンネやアイちゃん、そして円亜久里は、もはや彼にとって、憧れていた家族のようにしか思えない。
 その家族を置き去りになど、彼はしたくない。一度目を離してしまえば、この島ではいつなんどき食べられてしまってもおかしくないのだ。既に死体である円亜久里などはなおさらだ。

 その上、そもそもヒグマである彼では運べるものも限られてくる。
 二足歩行して、やっと何か抱えられるか。四足歩行するならば銜えるしかない。
 仮にそれでアイちゃんなどを運んでいても、その状態では不意に戦闘になった場合何もできない。

『俺はミルクも持ち運べんし……人間の赤ん坊って他に何を食うんだ。潰したレバーとか?』
“うーん……、レバーペーストはアイちゃんにどうでしょう。
 それにそもそも火を通さないと……。レバーはいろいろ怖いですし”

 食堂から離れてしまえば、今後アイちゃんの世話をできる見立てもほとんどゼロになる。
 狩った獲物の肉を食わせるなどという野生動物そのものの育て方は、ヒトの赤ん坊、しかもこれほど幼い子には厳しい。
 せめて自分の胸から乳が出ればいいのに、と、ヒグマの父は呻くしかなかった。

『……難儀だな』
“難儀ですよ、子育ては”

 今日も夕暮れは少し、滲んで光る。
 薄赤く、そしてすべてが金色に染まってゆく景色を窓から見やり、彼は溜息をつく。

『誰か、一緒にいてくれる者が、他にもいればいいんだが……』

 ぽつりとそう呟いた時、ふと彼は自分の体に違和感を覚えた。
 初めはかすかに肌がぴりぴりとするようだったその感覚が、徐々に明らかな灼熱感を伴って内に浸透してくる。
 何か、外から熱気が流れ込んでくるようだった。

『何だ!? 熱い……!』
「デネ!? デデッ!?」

 一緒にいるデデンネにもその熱気は感じられているようだ。
 既に早くも、それは食堂の小屋が焼け落ちるかと思うような熱さに変わっている。

『火事か――!?』

 焦った彼は、デデンネを肩に乗せてアイちゃんを銜え、急いで食堂の扉を体当たりで開けた。
 開けた扉から、炎が流れ込む。

 ――いや、そう見えただけだ。

『な、あ……!?』

 実際には、彼の目の前にはただ夕暮れの寂れた町が広がっているだけで、その遠くを、一人の少女が通りがかっているのみだった。
 その少女の歩みが、彼の瞳に差し入るように焼き付く。

 さざ波立つ汀を聖女が歩んでいくかのような、一枚の絵画のような風景――。
 しかし彼の目は同時に、全く違う景色を見てもいた。
 燃え盛る劫火を踏みしだく魔女。荒れ狂う怒りの奔流――。

 その少女は開け放たれた扉の前に佇む彼に気づくと、穏やかな風のようにも、地獄の溶岩のようにも聞こえる声で問うていた。

「……そこのヒグマ。……何をしてた」

 真っ赤な、燃える炎のような髪をした少女だった。
 いや、一括りにされたその髪には実際に炎が沸き起こっているようにすら見える。
 爛々とした彼女の眼光に射竦められて、彼は身じろぎもできない。
 少女は彼がヒグマだということに怖気づきもせず、その彼へ炎を曳いて歩み寄ってくる。

 熱気が、彼の全身を値踏みするかのように撫でた。
 彼の頭を占めていたのは、畏怖だ。
 何かあまりにも神聖なものの前に、汚れた身で躍り出てしまったかのような。思い当る節も無い畏れと悔恨が心に浮かんできてしまう。
 この少女の怒りを買ってはならない――。
 そんな直感が、彼の肌をぴりぴりと焼いていた。

 だがしかし、開け放った食堂のドア越しに、彼の背後にはあるものが見えてしまっていた。
 頭を砕かれて死んでいる、円亜久里の遺体だ。
 歩み寄っていた少女は、その死体に気づき眼を見開く。
 彼女の視線は直後に、彼の銜えるアイちゃんの姿に釘付けとなる。

 その視線の動きから、彼には少女の思考が手に取るように解った。
 恐怖が彼を占める。
 少女の髪の毛が逆立ち、爆発のような怒声が響いていた。

「その子を……、殺したのか、あんた……!! そして、その赤ちゃんを――!」
『ヒィ――!!』

 殺される――。
 そう考える間もなく、恐怖で彼の体は躍り上がっていた。
 身を翻し、デデンネとアイちゃんを守るように、抱えて走り出す。

 だが彼が逃げ出そうとした瞬間、突然彼の首には蛇のような多節槍が絡み、その穂先が鼻先に突きつけられていた。

「待てよ」

 燻るように重く熱い呟きが、彼の耳元にあった。
 小屋の遙か前方にいたはずの少女が一瞬にして、逃げる彼の背後に出現していたのだ。
 背中に取り付かれ全身を槍に絡められた彼は、動くことなどできない。
 絶句するしかなかった。

「……ここにマミさんがいたら、こう言ってくれるんだろうな」

 動けぬ彼をよそに、少女は独り言のように呟く。

「……完成版、『絶影(テルミナーレ・ファンタズマ)』」

 幻影の断絶――。
 かつて彼女が巴マミと訓練していた中で、技名の候補として提案されていたそんなイタリア語。
 それはもともと、魔法で作った分身を見せているうちに回り込み、分身を消すと同時に姿を現すことであたかも瞬間移動したかのように見せかけるだけの確実性に乏しい幻覚だった。
 しかし今、彼女が行なった魔法の原理はそれと根本から異なる。

 肉体をアルター粒子に分解し、異なる座標に再再構成する――。

 エイジャの赤石と共鳴し、それをソウルジェムとしてしまった今の彼女だからこそできる、完全再生と瞬間移動を両立させた技法は、彼女の脳裏に、つい先ほどまで一緒にいた仲間の姿を強く思い浮かばせるものだった。

 彼女が切なく絞り出したそんな声音に、彼はようやく、その少女の正体に思い至る。
 怒りと熱気を帯びていない状態での、慈しみが滲むようなその声は、つい先ほど、彼が脳裏に推測していた声質そのものだった。

『お前……! 佐倉杏子か!』

 彼は唸った。
 赤髪のポニーテール、小柄ながら伸びやかなその背格好、口元に覗く八重歯。
 彼が捕食した脚から想像した姿とほとんど一緒である。
 だがそれでも、彼女の周りを取り巻いてちらつく、この意志を持った炎のようなイメージは、明らかに彼の想定を逸していた。
 これも、自分の身を再生できるという者の為せる業なのか――。
 杏子から溢れる幻のような炎と、突き付けられる槍に狼狽えながらも、彼は少女へ、懸命に自分の身の上を伝えようとする。

『ラマッタクペから聞いた! お前は飢えた者に自分の体すら供する心優しい娘なのだと!
 やめてくれ! 俺は敵対するつもりはないぃ!!』
「……何か言ってるのか。何かあたしに伝えたいのか」

 次の瞬間には彼を斬り殺すかとすら思えた佐倉杏子は、その唸りに、ふと声の険を薄らがせた。

    @@@@@@@@@@

「ぐるるるるぁああぁぁ!! あるるるぅううぅおあぁ!!」

 必死に何かを訴えているそのヒグマの声は、佐倉杏子にはこんな唸り声にしか聞こえなかった。

 彼女は、穴持たず47・シーナーに仲間ごと蹂躙された後、彼を追って北側に向かいながら、魔力を溢れさせて道を辿っていた。
 半径数十メートル以上に垂れ流した濃厚な魔力の波に触れたものを探知しつつ、敢えてあからさまに居場所をわからせることで、少しでも情報を集めながら敵を誘い出そうという目論見だった。
 余りにも濃厚かつ膨大な彼女の幻惑の魔力は、見る者触れる者の感覚に、炎のようなイメージを抱かせている。
 先程からそのヒグマたちが感じていた熱気は、その幻覚によるものだった。

 何かを訴えるヒグマの声だけが響く中、その張り詰めた空気に耐えられなくなって、目を覚ました者がいた。

「……あぁぁぁ~~~ん!! やあぁぁぁぁ~~~ん!!」
「その赤ちゃん……」

 先程まで寝息を立ててヒグマの前脚に掻き抱かれていた赤ん坊が、ぐずり始めてしまっていた。
 ヒグマの全身を絡めて槍を突き付けたまま、杏子は驚きで目を見開いた。
 怒りと復讐心に染まっていた杏子の心が、鎮まってゆく。
 あたりや杏子の全身に溢れていた炎のように熱い幻覚は、少しずつ薄らいで、消えた。

 ヒグマが、赤ん坊が、そしてそこに一緒に抱えられている大きな黄色いねずみが、杏子を見つめている。
 静かに思いを巡らせた。

 この赤ん坊は、あたしの剣幕で、目を覚ましてしまったのだ。
 今までヒグマに銜えられても穏やかに眠っていたこの子が。
 母親が殺されていたようにすら見えるのに。
 なぜ、この子は今まで安心していたのだ。
 そしてなぜ、このヒグマはこの赤ん坊やねずみを抱え直した?
 明らかに逃げるには不向きで、不自然に過ぎる状態なのに――。

 彼女の脳裏に、思い出される言葉がある。

『……存在には、「不可能なもの」「可能なもの」「必然的なもの」の三種があります。
 如何に幻覚といえど、相手が望まぬ「不可能なもの」を見せてしまっては心身を支配下に置けるはずがありません。
 相手が実際に感じてきた「必然」を見つめ、その相手一人一人に合わせる細やかな調整が必要なのです』

 その言葉は、まるで教師のように、真っ黒なあのヒグマが杏子へ語り掛けていたものだった。
 この一見理解不能な一場面では、その一人一人の心を理解してやらねば、真実が見えてこないことは明らかだった。
 その真実は、ヒグマへの怒りと復讐心という幻覚だけに燃えていては絶対に見えてこない。

 杏子は思い返す。
 自分は何も、ヒグマへ復讐しにこの島を巡っていた訳では無いのだ。
 ただ、助けられる限りの人を助け、脱出する。それだけの目的だったはずだ。

 相手が実際に感じてきたものを見つめる――。
 そう、彼女は念じた。

「……あんたは、その赤ちゃんとねずみを、助けてたんだな。
 ……で、あの女の子は――」

 杏子は意識を集中させた。
 そのヒグマの発するうなり声の規則性。彼の身動き、わずかな表情の変化。
 この場の状況、漂う臭いの粒子一つ一つ。
 色、声、香、味、触――。
 そこから推論される過去の来歴、未来の様相。
 自身の感じるありとあらゆる情報をすべからく精細に、杏子は自分の胸の中に記した。

 そして彼女は自分自身に幻覚を見聞きさせる。

 ――このヒグマの声が、自分には理解できるのだと。
 声もなく語り、姿なく触れる、有り得たはずの「必然」と「可能」に、杏子は自分の魔力を同調させていた。

「……円亜久里。そうか、第一回放送で呼ばれた子だな。その赤ちゃん――アイちゃんの母親がわりで……。
 島の外から助けに来た仲間が洗脳された? マジか、そんなことがあるのか……!」
『お、お前、俺の言葉が、わかったのか!?』
「ああ……、ようやく……。あたしにも『聞こえた』よ」

 彼女の耳には、ようやくそのヒグマの唸り声が、意味のある言葉として聞き取れていた。
 唸りの微妙な発音や音程の違い、規則性から文法と単語が推測され、自身の魔力で脳内に声として組み立てられる。
 物事を正しく知覚しなければ使うことのできないその幻覚を、杏子は確かな手応えを以て自得していた。

 ヒグマの全身に絡めていた槍を外す。
 彼らの来歴は信じがたかったが、理解できない訳でもない。
 ヒグマにも仲間意識や心情があるのなら、幼子を慈しみ守りたい気持ちが生まれるのも当然だ。
 彼の体は、よく見れば全身傷だらけだ。
 この子らを守るために必死に戦い抜いてきたのだということが、手に取るようにわかった。

 杏子から溢れていた炎は、鳴りを潜めている。
 もう彼女に敵愾心は無く、ある種の親近感と愛おしさがあるだけだった。

「……ごめんなぁ。あたし怖がらせちまったね。ほら見てみ? べろべろべろ~……、ばぁ!」
「うぅ、あーい! きゃはっ! きゃっ、きゃっ!」

 槍を収め、修道服の裾を正して屈み込んだ杏子は、そうしてヒグマに抱えられた赤子に笑顔を見せる。
 泣き止んで笑い返すアイちゃんの声に、一帯の緊張は、穏やかにほどけて行った。

「……あの胡散臭い宗教ヒグマから聞いてるみたいだけど。あたしは佐倉杏子だ。
 アンタがあいつらみたいに殺したくなるクソヒグマじゃなくて良かったよ。
 この子たちを助けたいってんなら協力できるかも知れない。よろしく」
『ああ、こちらこそ! こちらは既にお前に助けられているのだ。ずっとお礼をいいたかった。
 これほどまでに喜ばしい出会いは無い。
 面と向かって言うのもアレだが、お前の脚はとても美味だった! おかげで戦いの疲れが癒えた』
「本当にアレなお礼と褒め言葉だな」

 興奮気味なヒグマの唸りに、杏子は苦笑する。
 自分の血肉が旨いと褒められても、喜んでいいのかは非常に微妙なところだ。
 そこは置いておいて、とりあえず杏子は彼と同行する心づもりを決めた。
 人間の赤ちゃんを助けようとしてくれていたヒグマだ。協力しない方針が考えられない。

 一方で彼の心中は、佐倉杏子と出会えた喜ばしさと共に、彼にアイちゃんと円亜久里を託してきたラマッタクペの底知れぬ行動にわずかに寒気を覚えてもいた。
 今となっては、ラマッタクペが自分を試していたとしか思えない。

 もし仮に、彼があの時、杏子の脚と一緒に円亜久里とアイちゃんを食べてしまっていたなら、全てを理解した杏子に今、彼は一刀両断とされていただろう。
 その分岐に進まず、この杏子との出会いをほとんどベストの状態で拾えたのは、彼の実力なのか運なのか。
 いずれにせよ、あの時少しでも選択を誤れば、予期できぬほどの未来に確実な死が待っていたことは確かだろう。
 あの人間の姿をしたヒグマたちに誘われた、あのボートの上でもそうだ。
 幸運を拾い成長するか、死か。そんな分岐を、ラマッタクペは素知らぬフリと笑顔で突き付けてくる。
 やはりあいつは油断できない――。
 そう感じた。

「で、あんたの名前は?」
『あ――、俺の名前か……。すまん、わからんのだ』
「……無いわけじゃなく、わからないのか? 自分の名前が?」
『あ、うむ……。あると、信じたい……』

 話の中で杏子から振られたそんな問いに、彼は口ごもる。
 それは彼には答えられない問いだ。彼だってそれを探し続けているのだから。
 その悩みを説明することすらなかなかに難しい。

 杏子は、答え辛そうな彼の様子を見て、質問を脇に振る。

「それじゃ、こいつの名前は」
『フェルナンデスだ』
「デデンネ」

 そちらならば、彼は堂々と答えられる。何せ彼が名付けた名なのだから。
 一方でデデンネは唐突に出現したこの炎の匂いのする女を品定めしつつ、はっきりと主張する。
 両方の言い分を聞きとって、杏子は首を傾げた。

「……デデンネって言ってるけど」
『ま、あ……、それはそうだが……。フェルナンデスはフェルナンデスだ!』
「そもそも何語だよそれ」

 彼がそう呼びたいだけであって、別にこのデデンネの名前はフェルナンデスではないのではなかろうか。
 そう思い至って、杏子は呆れた声で問う。
 彼は明らかに意気消沈した。

『わからんのだ……。自分の名前もわからん俺には、名付けなど無理だったのか……』
「いやそういうわけじゃなくてだな。何かしら意味はあるんだろうし……」

 その様子に、杏子は慰めるように声をかけて思考を巡らした。

「きっとそれは、あんた自身が無意識に思ってる何かと、関係あるんじゃねぇの?」
『そう……、なのだろうか』
「ああ、マミさんなら、きっとあんたの名前がわかるよ。
 ほむらが生き残ってたみたいだから、きっとどこかにいるはずだ。必ず」

 外国語の命名とくれば、巴マミの十八番だ。
 シーナーから暁美ほむらの生存情報を耳にしたことで、佐倉杏子は、マミもまた生き残っているだろうと確信していた。
 杏子の師でもある彼女と巡り合えれば、心強いことはこの上ない。

「とにかく、マミさんを探すにしても、ここから動かなきゃ始まらねぇ。
 あんたたちがここに留まってた理由は? そのアイちゃんの世話?」
『それもあるが……、あと亜久里だ。彼女も連れていくには、どうしても俺だけでは無理だった』

 食堂の中に戻りながら、彼は最大の懸案事項を杏子に打ち明けた。

「なるほど……、こりゃ、酷い……。大口径の銃で一撃……。
 こっちも殺されてやがるし……」

 杏子は亜久里や、奥のおばさんの遺体の前に近寄り、十字を切り祈った。
 その様子を見守る彼に、亜久里の幻覚が朗らかに声をかける。

“良かったですね。これで人々を助けに向かえます”
『かといって、お前をこのまま連れていけるのか……。それこそさっきみたいなことになりかねん』

 彼は不安げにその幻覚と杏子を見比べる。
 この会話も、一般人には彼の不気味な独り言としか聞こえないだろうし、そもそもヒグマ語がわからなければただの唸りだ。
 こんな凄惨な状態の円亜久里を持ち運べば、佐倉杏子との出会い頭のようにまた誤解されることはほとんど確実だと思われる。

「……いや、聞こえるよ。大丈夫だ」

 円亜久里の死体が、その時虹色の粒子となって霧散する。
 そして次の瞬間、その粒子が凝り固まった空間には、一人の少女が軽やかに降り立っていた。

「……これが、あんたの本来の姿だよな」
「はい、ありがとうございます」
『な!? な――!?』

 頭部を失い死んでいたはずの円亜久里が、生前の凛々しい姿でそこにいた。
 突然の事態に狼狽する彼に対し、振り向いた杏子は、手ごたえを感じたように力強く頷く。

「白井さんがやってたことだからな、『魔力でできた肉体』は……。
 あたしたちの意志が残っている限り、それは滅びねぇ」

 彼女の思い、意志、魂と表現しても良いだろうそんな思念は、杏子の身にも感じられる程濃厚にそこで残留していた。
 プシュケーだ。
 そのため杏子が自分自身に見せている幻覚には、彼女の声も姿も明確に描けていた。
 ソウルジェムに感じるその声なき声に応えることは、今の杏子には簡単だった。

「実感できた。これがあたしのアルター能力ってやつだ。
 ……あたしの幻惑魔法を、実体化できる力」
「聞いたことがあります。『精神感応性物質変換能力』――、神奈川県に生じたロストグラウンドの新生児の約2%が身につけるという、あらゆる物質を分解し再構成できる能力ですね。
 あなたの力は、その中でもかなり強いのでは。私など、もはやアン王女のようにプシュケーを転生させるしかないと思っていました。感謝します」

 赤いワンピース姿の亜久里は、アルターでできた自分の腕や頬をつまみ、その全く違和感がない手触りに感服している。
 佐倉杏子が身につけたアルター能力は、そんな実体ある幻覚を生じさせる、千変万化のものだった。
 自分の肉体も、他人の声も、それを正確に思い描くことさえできれば創り出せる。
 融合装着・自律稼動・具現・アクセス型の全ての分類に当てはまり得るそんなアルター能力は、本土でも橘あすかの『エタニティ・エイト』くらいしか確認されていない希少なものだ。

「きゅぴ! きゅぴらっぱ~!!」
「あはは、アイちゃん、ただいま戻りましたよ。今まで怖い思いさせてごめんね」

 蘇った亜久里の姿に驚いたのはヒグマだけではない。
 彼に抱えられていたアイちゃんも、驚きと共に喜びの声を上げ、彼女の胸に飛び込んでいた。
 頭を撫でられながら、寂しさを癒すように顔を深く亜久里の胸に埋めているアイちゃんを見て彼は、やはり赤ん坊は母親に抱かれるのが一番なのだろうなと、しみじみそう考えていた。

『……いや、なんと言えばいいのか。すごいな。思った通りの利発そうな顔だ、亜久里』
「思った通り……?」
「ふふ、杏子さん、彼もすごいんですよ。あなたよりも遥かに早く私の姿を見聞きし、人ならぬ身でここまでのことを成し遂げていたのですから」

 まるで亜久里の素顔を知っていたかのような、感慨深げな彼の口振りに杏子は首を傾げる。
 亜久里の指摘に辺りを見回すと、彼が食堂でいままでやって来たことの痕跡が杏子の眼に留まる。
 ミルクの作られたボウル、集められた食材、アイちゃんの世話の跡などの数々を見回し、杏子は察した。

「……なるほど。マジか。あの哲学者か仙人みてぇなヒグマだけでもねぇんだな、そういうのって」

 この食堂にある物の配置から、既に死んでいた者の来歴や思考まで、このヒグマは凄まじい洞察力と共感力で把握していたのだろう。
 自分に足りていなかったものを、こんなところで出会うヒグマたちが身につけていたのだということを目の当たりにし、杏子はひらすら感心するしかなかった。
 あの仙人のようなヒグマにどうして自分が敗北したのか、その理由が恐らくこういうところにあるのだ。
 悔しさや怒りというよりも、杏子はもはや純粋に驚嘆と敬意を覚えるだけだった。

「もう大分冷めてしまいましたね。新しく調乳しないと」
「まかせな。あんたらの傷も癒してやる。何かしら食って、少し休みなよ」
『おお、そうか。すまないな』

 アイちゃんを抱えてミルクの様子を見る亜久里に、杏子はウィンクして応える。
 ヒグマにも、こんな尊敬を覚える者がいるのだ。
 幼児を助け、死者の声に耳を傾け、子供たちのためにひたむきに健闘する。
 そんな姿勢は、自分の父親の姿にも重なる。
 魔法少女衣装の上から幻覚でできたエプロンを纏い、杏子はにっかりと笑った。

「……久々だよ。こんなに他者(ひと)のために動けることは」

 食堂の厨房に立って見回せば、ヒグマ、デデンネ、アイちゃん、亜久里と、種族も年齢もまるっきり違う一行がそこにいる。
 だがその一行は、ほとんど家族のように見えた。
 血を分けたわけでなくとも、それは家族だった。

 杏子は聖書の一節を思い出す。

 血と肉は、まことの食べ物である。
 そしてその血と肉は、あらゆる周りの人に分け与えることができ、彼らに命を与えることができる。
 だから、遺伝的な血の繋がりがなくとも生物は、己の血肉を与えて家族を迎えることができるのだ。

 ここでいう血と肉は、物質的なものではない。
 もはや人間をやめ、魔法少女としての身からも外れ、神に背き呪いの枷に自身を嵌めた杏子であっても、それは与えられるものだ。

『ありがとう、出会ったばかりなのに、こんなにしてもらえるとは』
「いや、良いのさ。
 ――朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。
 よく言われたもんだ」

 ヒグマの声に、アルターでできた杏子は笑顔で答える。
 アルター粒子の体にも、その血と肉はある。
 朽ちないまことの食物はそして、この目の前にいる家族にもあった。
 彼らには命があった。
 死すら乗り越える永遠の命に満たされたこの異種族の家族に、杏子は自分も入りたいと、そう思っていた。

「お、冷凍たい焼きがいい感じに解凍されてんじゃん。こっちは魔法で焼いといて……」
「……杏子さん、頼れるお姉さんみたいですね」
「デネ」
「きゅぴ」
『ああ……、そうだな』

 手際よく軽食の準備を進めてゆく杏子の様子は、一行に同じ感想を抱かせた。
 実際に姉でもあった杏子は、こうして家族を思わせる者たちのために尽せることを、心から喜び楽しんでいた。
 そうして明るくなった彼女の心が周囲に溢れ、幸福感漂わせる雰囲気として充満しているのだ。

 それは彼女の魔力だ。それが彼女の血肉だ。
 家族たちと多くの人のために流されて、罪の赦しとなる、そんなまことの血肉を、彼らはこの食堂で肌身に感じている。
 死に溢れ津波に蹂躙された陰鬱な空気はそこにない。
 全てが杏子の感じる幸福の余波で上書きされ、気分の浮き立つような感情しか湧いてこないのだ。

 ヒグマは思った。
 自分が父、亜久里が母、フェルナンデスとアイちゃんが子供たちならば。
 ああ、まさしく佐倉杏子は、家族を下支えし、その仲を取り持つ、頼れる長女のようだ。と。
 彼女の笑顔は、そんな幸せな妄想を、彼に抱かせてくれるものだった。

    @@@@@@@@@@

『少し見ないうちに、だいぶ食い物を狩り獲ったようだな。羨ましい限りだ』

 そんな空気を切り裂いたのは、外からかけられた鋭い唸り声だった。
 冷蔵庫に入っていたものや缶詰を物色して即席のフルーツパンチを作っていた杏子が、即座にその手を槍に持ち替え、入り口に向けて構える。
 そしてフロアで振り向いた一行の目に映ったのは、二本の刀を携えた細身のヒグマだった。
 デデンネと仲良くなったヒグマの眼が見開かれる。

『ヒグマン……! お前も無事だったか! 良かった、安心したぞ』
『ああ、血の神(ケモカムイ)は北東の崖に突き落としてきた。あとは知らん。
 その幼子(おさなご)どもはそうだとして……。おい、そこの赤毛の女もお前の獲物か?』

 そのヒグマは、彼が先程ヒグマードとの戦いで共闘してもいた、ヒグマン子爵であった。
 ヒグマン子爵は、亜久里や杏子から警戒した視線を向けられているのも気にせず、何臆することも無く食堂の中に踏み込んでくる。
 槍をヒグマン子爵に向けたまま、杏子は低い声でデデンネと仲良くなったヒグマに問う。

「……こいつは?」
『ヒグマン、子爵と呼ばれている者だ。つい先ほどまで同行して、共闘もしていた』
「……その割に、洒落にならない殺気を放ってるんだけどな?」

 先程まで幸福感に染まっていた場の空気は、一瞬にして緊迫感で張り詰めている。
 杏子の魔力が、歩み寄ってくるヒグマン子爵を気圧すように密度を高めているのだ。
 だが食堂の中ほどまで歩んできたヒグマン子爵は、せせら笑うように口を裂きながら、白く光るその双眸で杏子を睥睨してくるのみだ。
 そしてデデンネと仲良くなったヒグマに向けて、冗談めかしてこう言う。

『獲物でないなら、その女の肉でも少しばかり狩らせてもらいたいところだ』
『ああ、そうだったのか。どうだ杏子、脚の先でも食べさせてはやれないか』
「おいちょっと待て。どうしてそういう話の流れになる」

 当然のように自分が食べられる流れになったことへ、杏子は慌てた。
 だが逆に、デデンネと仲良くなったヒグマはさも意外そうに首を傾げる。

『お前は飢えた者に自分の体を食べさせてくれる優しい娘なのだと聞いたが……』
「そんなアンパン男みたいな気楽さでホイホイ食われてたまるか!」

 杏子は額に手をやって溜息をつく。
 一体ラマッタクペは自分のことを彼に何と言って紹介したのか。やはりあの宗教クソヒグマはろくでもないヤツに違いない。
 と、杏子は今一度唸った。

 いずれにせよ、このヒグマン子爵というヒグマが、何か食いに来たというだけなのであれば話は簡単だ。
 デデンネと仲良くなったヒグマと共闘していたというのならば、今後も協力はできるのかも知れない。
 そう考えて、杏子は槍を納めてそのヒグマへ皿を差し出した。

「食うかい? たい焼きとかフルーツとか、あるもんならいくらでも喰わせてやるけどよ」
『クク、面白いことを言う』

 カウンターから差し出された、焼き立てのたい焼きやフルーツ缶の盛り合わせを前にして、ヒグマン子爵は肩を震わせて笑う。
 直後、ヒグマン子爵は持っていた日本刀を抜き放っていた。
 「羆殺し」の一閃が、差し出された料理を皿ごとごっそりと消失させる。

『こちらは甘いものが喰いたくて来た訳では無い』
「てめぇ……」

 杏子は怒りに震えた。
 手に残った皿の破片を見つめ、彼女は自分の感情を必死に抑える。
 食べ物を粗末にする者は、杏子にとって紛れもない悪だった。
 「羆殺し」の能力でその料理を食い落したヒグマン子爵は、傍目には杏子の好意を根こそぎ消し飛ばしたようにしか見えない。
 それでも、デデンネと仲良くなったヒグマから紹介された者だからと、杏子は今すぐヒグマン子爵に飛び掛かり刺し殺したい衝動に、抗うしかなかった。

 その一連の様子に痺れを切らし、横から円亜久里が毅然と宣言する。

「立去りなさい、子爵よ。欲に任せて動くだけの者とかかずらっている暇はありません」
『ああ、そうさせてもらおう。私の場合、獲物を仕留めたいだけだからな』

 彼女の胸では、アイちゃんが身を縮めて恐怖に震えている。
 このヒグマは人間をただの獲物としか見ていない。それが如実に伝わってくるのだ。
 亜久里や杏子のような胆力がなければ、恐らく一般の人間は殺気だけで動けなくなってしまうだろう。

 ヒグマン子爵は羆殺しを収め踵を返し、去り際に顔だけ振り向いて杏子に唸りを投げた。

『女……、あの羽根と骨の男と同じ空気を得たな。狩っても無駄な者に付き合うつもりはない』
「何……?」

 狩っても無駄な羽根と骨の男――。
 そう聞いて杏子に思い浮かぶ者は一人しかない。
 朝方にカズマと共に戦った半裸の男、究極生命体カーズだ。

 そしてヒグマン子爵は続けざまに、鼻をひくつかせながら笑っていた。

『……だが、あの黒髪の女の匂いがする。すぐ最近まで一緒にいたな?
 あの時は逃がしたが、そちらを仕留めに行った方が良さそうだ』
「れいのことか――!?」

 その言葉に、杏子は厨房のカウンターを飛び越えて食堂のフロアに降りる。
 杏子は思い出した。
 究極生命体カーズとの戦闘になる直前、確かに、襲われる黒騎れいの近くからビル群を跳んで去っていく黒い何かがそこにはいたのだ。
 視界の端をよぎっただけのその存在を、その時は気に留めることは無かった。
 だが今思い返せば、あの跳び去っていた黒い生き物は、このヒグマン子爵だったとみて間違いない。
 黒騎れいは、カーズに襲われる直前まで、ヒグマン子爵にも襲われていたのだ。

『そうだ、黒騎れいとかいう名前だったか……。あの時の狩りは水入りになっていたのだ。再開させてもらうとしよう』

 ヒグマン子爵は、黒騎れいよりも遥かに先にカーズの存在とその危険性を察知し、狩りを中断して立ち去っていた。
 佐倉杏子から漂う黒騎れいの臭いに、ヒグマン子爵はそれを思い出し、改めて探し出し狩り殺すつもりでいる。

 友を殺しに行こうとしているヒグマン子爵に、杏子は思わず飛びかかりそうになった。
 だが次の瞬間、彼女はハッとしてうつむく。

「……行ったところで無駄さ。もう誰も、いやしない」

 佐倉杏子の一行は、シーナーに蹂躙された。
 黒騎れいは、杏子の目の前で、白井黒子の放った『伏龍・臥龍』のミサイルを受けて跡形もなく消え去ってしまっていたのだ。
 もはや、あの戦場にヒグマン子爵が赴いたところで、生きている者は誰一人見つからないだろう。
 杏子の沈鬱な呟きを聞いてしかし、ヒグマン子爵はなおも嘲るように笑う。

『そうか? 確かにお前の全身は血と死の臭いにまみれている。だがその血は全て男のものだ。
 あの女が本当に死んだと、お前は本当にその目で見たのか?』
「……!」

 それは、杏子にとって完全に予想外の言葉だった。
 カズマの血、劉鳳の血、狛枝凪斗の血――。
 あの場には数多の血が流れ、杏子はその血の全てにまみれてきた。
 だが確かに、杏子はそのひとりひとりの血液を嗅ぎ分けられている訳ではない。
 ミサイルの爆発とともに消え去ってしまったがために、そして彼女の前であまりにも多くの者が亡くなってしまったがために、杏子は黒騎れいもあの場で死んでしまったのだろうと、そう思いこんでしまっていただけだ。
 黒騎れいが本当に死んだのかは、確認できていない。

『やはりな。では、私が先に確認させてもらおう』

 見落としていた事実に気づき黙り込んでしまった杏子の様子に、ヒグマン子爵は確信を得た。
 食堂の外へ踏み出し立ち去ろうとするヒグマに、杏子は急ぎ追いすがる。
 黒騎れいが生きている確証はない。しかし、彼女を見つけ殺そうとしているこのヒグマを、野放しにすることはできなかった。

「――ッ! 行かせるわけねぇだろ!!」
『そう言われて待つわけもないだろう?』

 ヒグマン子爵が食堂の入り口から踏み切り、空中へ大きく跳び上がる。
 その時、既に杏子は手に持った槍を大きく振りかぶっていた。
 にわかに切って落とされようとする戦いの火蓋に、食堂の一行は狼狽した。

「お待ちなさい!」
『杏子、おい! やめておけ!!』
「――かしこで神は弓の火矢を折り、盾とつるぎと戦いを打ち砕かれた!」

 振り抜かれた杏子の手から、猛烈な勢いでヒグマン子爵に向けて槍の穂先が放たれる。
 投げられた勢いのままに槍は節を伸ばし、その切っ先に炎を灯して走った。

「槍のサビにしてやるよ!!」

 炎を帯びた槍が根本から炸裂するかのように裂け、幾十にも分かれた槍がそのまま狙撃するようにヒグマン子爵を狙う。
 しかしヒグマン子爵は空を踏んで跳びすさりながら、無造作にその手の刀を振るった。
 ヒョン、ヒョンと軽い音を立てただけで、羆殺しは杏子の投射した槍の穂先を全て飲み込み消し飛ばしてゆく。

『料理も確認も攻撃も、甘すぎるな――』

 他愛もない彼女の攻撃を、ヒグマン子爵はせせら笑う。
 だがその時、ヒグマン子爵を追って杏子が飛んでいた。
 その姿は一瞬にして消失し、飛び退るヒグマン子爵の背後に出現する。

『――何ッ!?』
「チャラチャラ踊ってんじゃねぇよッ!!」

 アルター化を利用した瞬間移動、『絶影(テルミナーレ・ファンタズマ)』の奇襲が、ヒグマン子爵を捉える。

 彼女の槍が延び、幾多もの節が展開され、鎖で繋がった多節棍のように変貌する。
 空中で振り向こうとするヒグマン子爵へ、杏子は炎を上げるそれを鞭のように振るう。
 蛇のように疾った槍の穂先は、ヒグマンが振り抜いた剣先をまるで生き物のように掻い潜った。
 そしてカウンターのように、その一閃は彼の前脚から「羆殺し」を弾き飛ばしていた。

『ぐぉ――!?』
「もらったぁ!!」

 蛇のような槍は、そのまま空中のヒグマンの背後に回り込んで襲いかかった。

    @@@@@@@@@@

『血走れ』

 だがその瞬間、ヒグマン子爵の体は空中で旋回する。
 地上から見たその有り様は、あたかも大輪の薔薇が開花したかのようにも見えた。
 その花弁のように、突如として数十枚にも及ぶ真っ赤な刃が、ヒグマン子爵の周囲に出現し放出されていたのだ。

 それは捕食した言峰綺礼の肉体から、彼が正宗に吸わせていた血液だった。
 水を吸収し放つ性質を持つその刃から吹き出した幾重にも及ぶ血のカッターが、彼に迫っていた槍を佐倉杏子の肉体ごとみじんに刻む。
 血飛沫を上げて、ぼたぼたと杏子の各部位が地面に落下していた。

『杏子ォ――!?』
「デデンネェ!?」

 一瞬にして全身を寸断され細切れの肉塊となった佐倉杏子の姿に、デデンネと仲良くなったヒグマたちは絶叫した。
 食堂からまろぶように走り出し、赤い池の中に沈む彼女の前で吠える。

『ヒ、ヒグマン! 何も殺すことは……! 殺すことはなかっただろう!!』
『……お前にはこれで殺したように見えるのか』

 しかし着地したヒグマン子爵は、弾き飛ばされた「羆殺し」を拾い上げつつ、苦々しく唸るのみだ。
 彼が白い眼で睨む間にも、細切れにされた杏子の血肉は、彼らの目の前で蠢き始めていた。

「……これがあたしの体。これがあたしの血である」

 真っ赤な血の海となっていたその一帯に、その時突然、小さな火が灯った。
 そしてそれは、まるで溢れ出た血液の全てが石油であるかのように、すさまじい早さで燃え広がり始める。

『な、なんだこれは――!?』
「お前たちと多くの人のために流されて、罪の赦しとなる……」

 デデンネと仲良くなったヒグマが、思わず身を退く。
 彼らの目の前で、杏子が存在していたその一帯が灼熱の業火に包まれていく。

「よく考えてください。佐倉杏子の魔力で作られた私がまだここにいるんです。
 強い意志でできた肉体は……」

 その時遅れて、食堂からアイちゃんを抱えた円亜久里が歩み出てくる。
 彼女は燃え盛る炎を真っ直ぐに見つめて、確信に満ちた強い口調で言い放った。

「――その思いがある限り、決して滅びません!!」

 もうヒグマやデデンネたちが近づける熱さではない。
 燃え盛る血の炎の中から、その時すっくと人影が立ち上がる。

「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、お前たちの内に命はない」
『やはり、な……』

 ヒグマン子爵は、構えたままじりじりと後ろへ距離を取り始める。
 炎の中に立っていたのは、五体の揃った姿で爛々と眼を光らせる、佐倉杏子だった。

「あたしは命のパンである。あたしの肉を食べ、あたしの血を飲む者は、永遠の命を得、あたしはその人を終わりの日に復活させる」
『……だから相手したくなかったのだ。羽根と骨の男といい血の神(ケモカムイ)といい、殺しても死なぬ者との戦いなど、こちらに何の利も無い』

 杏子の怒りが、炎の姿をとって幻覚となり、それが実在の熱さを伴って周囲に溢れかえっている。
 熱風のように唱えられるヨハネ福音書第6章の文言と共に、紅い修道服の端々から、全身に穿たれた傷痕から、目から耳から語る口から、氾濫し続ける膨大な魔力の炎。
 それは姿さえ違えど、あたかも先の黒い仙人のようなヒグマが道に敷き詰めた、溶ける黒金の毒水の有様にも似ていた。

「あたしの肉はまことの食べ物、あたしの血はまことの飲み物だからである。
 あたしの肉を食べ、あたしの血を飲む者は、いつもあたしの内におり、あたしもまたいつもその人の内にいる!!」

 そして杏子から溢れ出す炎は、次第に渦を巻いて凝り固まってゆく。
 燃えるようなたてがみ。太く張りつめた四本の脚。
 それは大きな一頭の馬の姿となって、佐倉杏子をその背に跨がらせる。
 その姿には、彼女の胸に刻まれた、あの男の面影があった。

 遠い場所へ旅に出て帰らぬ人の、声が、言葉が、今も彼女の胸で熱さを伝えている。
 その思いを、面影を、杏子の幻覚は全き有様を以て顕現させる。

「輝け、もっと、もっとだ――!!」
『さらばだ! 貴様などと戦っていられるか!』

 十字に刻まれた杏子の右手の傷が開く。
 駿馬のたてがみが渦巻き、熱風を伴って、周囲に溢れ出した炎の魔力が彼女たちを包んで火災旋風のように燃え盛る。
 ヒグマン子爵は早くも空を踏んで一散にこの場を逃れようとする。
 猛火を纏った巨大な炎の馬はそして、この島で彼女と戦い続けてきたあの男のように、爆音のような嘶きを上げた。
 その吼に乗せて、杏子も叫んだ。

「行くぜカズマァァァァァ――!!」
『なっ――』

 その突進は、宙を踏んで逃げるヒグマン子爵の想定していた速度よりも、遙かに速かった。

    @@@@@@@@@@

 爆轟のような炎の噴流がヒグマン子爵を飲み込もうとしていた。
 炎の馬に乗った佐倉杏子の突進が速すぎるために、彼はそれを避けることができなかった。
 その刹那、ヒグマン子爵は全力で叫ぶ。

「ウオオオオォォォォォォ――!!」

 空気が、歪んだかと見えた。
 その時、何らかの漆黒が風を切って上空より降り注ぎ、吹き上がってくる炎の馬を強かに叩く。
 それは半径10メートル程度の空間を悉く圧砕し、猛火も馬も佐倉杏子も、その全てを目下の地面へと押し潰していた。

 佐倉杏子とその馬は、熱を帯びた血飛沫と化して、深い血だまりから四方に飛び散った。
 ヒグマン子爵はその様子へ二度と振り向くことも無く、すぐさま廃墟の建物へと飛び移り、見送る者の視界の外へと消えていった。

『杏子! お前、大丈夫か!!』

 押し潰された杏子の血だまりへ、デデンネと仲良くなったヒグマと亜久里が駆け寄ってくる。
 血だまりの中では、熾火のように微かな炎が燃えていた。
 その炎に熱せられてぶくぶくと血液が沸騰し、徐々に蒸発してゆく。
 そうして凝り固まってゆく赤は、次第に人の形となり、赤い修道服の少女の姿となって固着された。

「ちくしょう……、取り逃がした……」

 肉体を再々構成した杏子は、うずくまったままヒグマン子爵の去っていった方角を見上げ、悔しげにそう呟いた。

『くそ……、またもやこの力を使うことになるとは、忌々しい……』

 そのヒグマン子爵は右前脚を抑え、建物から建物へと飛び移りながら、忌々しげに吐き捨てている。
 彼の肉球は焼けただれ、破れた毛皮から血のにじむ肉が覗いていた。
 杏子の突撃を叩き落とした、あの一瞬の接触だけでも、彼女の放つ熱は相当のダメージを彼に与えていたのだ。

『佐倉杏子――。あやつが追ってくる前に、黒騎れいの肉が残っているかだけでもさっさと確認したいところだ』

 ヒグマン子爵はそうして、黒騎れいの体臭が最も強く残っていたある地点を嗅ぎつけて降り立つ。
 何やら即席の墓地が作られているその場所は、先程の食堂から大して離れてもいない。
 追いつかれる可能性の濃厚さに舌打ちしながらも、彼は獲物の動向を探るように、その地点をよくよく検分し始めた。

【G-5とH-5の境 墓地/夕方】

【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:それなりに満腹、右前脚に熱傷
装備:羆殺し、正宗@SCP Foundation
道具:なし
基本思考:獲物を探しつつ、第四勢力を中心に敵を各個撃破する
0:撤退だ。
1:さて、黒騎れいは本当に死んだのか?
2:どう考えても、最も狩りに邪魔なのは、機械を操っている勢力なのだが……。
3:黒騎れいを襲っていた最中に現れたあの男は一体……。
4:あの自失奴も、だいぶ自立してきたようだな。
5:これで『血の神』も死んでくれるといいのだが。
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう
※何らかの能力を有していますが、積極的に使いたくはないようです。

    @@@@@@@@@@

 ヒグマン子爵が逃げ去った後で、食堂の前の廃墟の間には、炎と蒸気に包まれて再生したばかりの杏子に一行が心配そうに声をかけていた。

『杏子が無事でよかった……! 気をつけてくれ。
 ヒグマンは容赦しないオスだ。狙った獲物は、必ず一度は殺してのける……!』
「そうか……、そんなやすやすと、他者を殺していけるような奴か」

 究極生命体となり、アルター結晶体ともなり自己を再々構成できるようになった彼女にも、さすがに声には疲弊か無力感のような色が濃かった。
 円亜久里が、彼女を助け起こそうと手を差し伸べる。

「私が言えた義理ではありませんが、もう少し後先を考えましょう!
 この場で戦うより、後を追った方がそんな大けがをせずに済んだでしょうに……」
「あたしはいいんだよ。もうどれだけこの身が砕けようが関係ねぇ。
 ……ただ、もうこれ以上知り合いや仲間が死ぬのだけは、御免だ」

 もはや自分自身のことなど、杏子の気にはかかっていなかった。
 冷めた体で亜久里の手を取りながら、彼女の脳裏に思い出されるのは、またあの黒い仙人のようなヒグマの言葉だった。

『武術と同じく、幻覚にも「力」だけでなく、「技」が必要なのです。
 これで直接肉体に損害を与えたいなら、もっと相手の恐怖と苦痛に共感しなくてはいけません。
 相手を思いやるからこそ、相手を地獄へ突き落とすことができるのです。
 ――これ以上、お手本が必要ですか?』

 今の自分の力では討つことのできなかったヒグマン子爵というヒグマのことを思い、杏子はぽつりと呟いた。

「……自分の中で生きている者――、内面を思い共感してしまった者を、普通、生き物は殺せねぇんだ。
 殺せばそいつの苦痛や恐怖が全部自分に跳ね返ってくる。殺せるのは自分の中に入っていない『幻影』だけ……」

 相手を獲物として見るヒグマン子爵が、その相手の心情を慮ったり、共感する訳はない。
 ただ如何に相手を効率的に仕留めるかにその力の配分を工夫するだけだろう。
 それはシーナーの言葉を借りれば、「技無き力」だ。
 それで殺せるのは『幻影』だけだ。
 だがそんな彼の力に、杏子は敗北した。
 それは杏子もまた、彼の力に対して、力で対抗しようとしていたからに他ならないだろう。

 だが、相手に共感してしまえば、その共感は相手を殺せなくする。
 されど共感しなければ、強大な相手に勝ることはできない。
 己の中に命を持たせてしまった者を殺すことは、自分の心を殺すことと同義だ。

 それを思うと、あの幻覚を見せるヒグマは、一体どれほど強靭な精神を持っているのか。
 敵の全てに共感し、同じ気持ちと感覚を共有しながら、なおもその敵を殺しその苦痛を同時に感じていられるあのヒグマ。
 底知れぬ優しさと冷徹さを同居させたあのヒグマに、自分は復讐を遂げることができるのか――。
 佐倉杏子には、まだそれがわからなかった。

『その、れいという女は、生きているのか……?』
「わからねぇ……。そうだ……、まずそこからだ。
 生き死にの弁別もできないようじゃ端から終わってる……」

 神様の袖を賜っても、エイジャの赤石の力を得ても、カズマや劉鳳や白井黒子や狛枝凪斗の思いを受け取っても、自分の力はまだこんなものだ。
 単なる魔力だけじゃなく、技術――激情と冷静さを心に同居させる技術――を磨かなければ、自分はこの先に進むことはできないだろう。
 杏子はそう感じた。

 だがそれは恐らく、あのヒグマン子爵というヒグマにも言えることだ。

 共感無く、力だけで殺し捕食した血肉に、「命」はない。
 それは朽ちる食物であり、永遠の命に至る朽ちない食物ではないからだ。

 まことのパンは、まことのワインは、己の肉を食ませ、己の血を飲ませた者からしか得られない。
 そうしてまことの食物を食べた者は、いつも己の内におり、己もまたいつもその人の内にいる。
 それが永遠の命に至る朽ちない食物である。

 命なき力が、命ある者を打ち砕ける道理はない。

 もし黒騎れいが、万が一にでもあのヒグマの幻覚と殺戮から逃れられていたのならば――。
 もし彼女が、あれを切り抜け、仲間の死を越えても雲隠れできる何らかの技術と精神力を持っていたのならば。

「……だがもし生きていたなら。単なる力の積み重ねにはもう、れいは負けねぇ。
 あいつはきっと、こんな罪深いあたしより……、強い」

 今の杏子にできることは、忘れないことだ。覚えておくことだ。
 自分に関わり、様々な在り方の思いと愛を注いでくれた人々の全てを刻み、己の血肉を以て引き連れてゆくこと。
 それが人間としての、魔法少女としての、アルター使いとしての復讐者としての究極生命体としての、佐倉杏子が己に科す呪いだった。

『心配してくれてありがとう、杏子……。でも、もうあなたたちに迷惑はかけられない。
 ……自分の行ないを清算するためにも、いつまでも意気地なしではいられないわ。
 一度東に退いたら、私は下水道から地下へ。あなたたちは、大回りしながら慎重に百貨店を目指すのが良いと思う。
 連絡手段があれば一番いいんでしょうけど……。私も地下を探索できたら百貨店に上がるから。それまで別行動しましょう』

 黒木れいという存在を杏子が今もその身に息づかせているなら、彼女が今どうしているのか、はっきりとわかったはずだ。
 それはデデンネと仲良くなったヒグマが食堂の裡で見たビジョンでもある。
 人のみならずその場のあらゆる歴史を覚え、思い出し、忘れない共感力。
 死者の声を聞き、運命を手繰り寄せ、幻を現に変える力。
 そんな『出会いを拾う力』を、杏子はまだ会得しきれていなかったのだ。

 ――手本はこんなにも近くにあったのにな。
 と、杏子はあたりを見回しながら思う。
 デデンネと、彼女と仲良くなったヒグマと、アイちゃんと、円亜久里と。
 そして自分に死を以て教えを与えたあの哲学者と。
 力ばかりが先に肥大していた杏子には見えなかった、玄妙な心の機微が、彼らの内にはあったのだろう。

 なおのこと杏子は、デデンネと仲良くなったヒグマたちと一緒にいたいと、そう思った。
 学ばせてもらいたい。そんな思いは尽きない。
 だがそれでも彼女は、彼らに向けて深く頭を下げていた。

「すまねぇ、あたしはあのヒグマを追う……! そしてれいのことを確認して西に向かう。
 あいつが無事なら……、必ずそちらに向かってるはずなんだ。あたしはもう二度と、見失いたくねぇ……」

 黒騎れいは地下に降りて、百貨店のある西に向かっている可能性が高い。
 彼女の安否を確認し、彼女と相談した当初の予定通りに動くことこそが、本当は一番良かったはずなのだ。
 復讐のために一匹のヒグマを探して勢いだけで奔走することは、その生死にかかわらず黒騎れいのためにも、助けを待つ島のあらゆる生存者のためにもならない。
 杏子は深く恥じ入り、踵を返していた。

「たい焼きとフルーツパンチが、もう厨房に用意してある。あたしの魔力が籠ってるから、食ってもらえれば傷や疲れもだいぶ回復するはずだ。
 あんたらまで危ない目に会わせたくはない。……ここで一旦、別れよう」

 絞り出すような声で、杏子は俯いたままそう言った。
 彼女の魔力のイメージは、もう炎のような熱量を持っていなかった。
 それは黒く湿った茨のように、彼女自身を縛って刺し貫いていた。

 俯いたまま振り向くこともなく歩み始めた杏子の背後から、その時鋭く唸り声がかかる。

『杏子!』
「――!?」

 迫る風切り音に、彼女は咄嗟に後ろへ手を翳した。
 その手にパシンと音を立てて受け止められたのは、彼女自身が調理した、まだ温かいたい焼きだった。
 見れば、一旦食堂に戻って出てきたヒグマや亜久里たちが、その手にたい焼きをつまんで歩んでくる。

「その意気や、ブラボーですわ。その志に、私達が追随しないとでもお思いですか?」
『仲間は……、いや、家族は。見捨てられないものな。杏子』
「デネデネ!」
「きゅぴ~!」

 そのたい焼きは、微笑むヒグマが投げよこしたものだ。
 甘くて食べやすいたい焼きに、彼の背でデデンネやアイちゃんも嬉しそうな声を上げている。
 杏子は呻いた。感情が喉をついて、声が上ずった。

「なんでついてくるんだよ……!」
『それはもう、お前と同じ気持ちだからな』

 ヒグマは苦笑した。
 杏子が身に纏う魔力と幻覚は、出会った当初から、彼の共感力に強くイメージを響かせてきている。
 彼にとっては、ころころと変わる杏子の感情が目に見えて、わかりやすいことこの上ない。
 自分を刺し貫くような苦悩と悔恨と寂しさなど、彼が見捨てておけるわけもなかった。

 なおかつ、彼にとって杏子はもう、頼れる姉のような家族の一員に他ならなかった。

「杏子さん、食堂にはまだまだ食材がたくさんありますので……。私では持ち切れませんわ。
 それを皆さんに配るのも、『まことの食べ物』ではありませんこと? その黒騎さんもきっと、お腹を空かしていますよ」

 また、歩み寄ってくる円亜久里は、その手にフルーツパンチの入ったデカンタとグラスを抱えてもいた。
 感極まって言葉も出ない杏子の手にそのグラスを握らせて、亜久里はパインやピーチのふんだんに入った炭酸水をそこに注ぐ。

 デカンタから注がれる、金色に染まる海のようなフルーツパンチの泡に透かして、杏子は夕暮れの陽を見上げた。
 浮かぶ果物が、パチパチとはぜる音楽が、杏子にはふと、降誕祭(クリスマス)の折に集った家族の笑顔に重なる。
 それは駆け抜けていった時をそっと、あの幸せと力と希望に満ち溢れていた時分へと巻き戻す、メロディにも聞こえた。

「……『新しいワインは、新しい革袋に入れるもの』、か。ありがとな、みんな」

 自分を覆っている古い革袋という観念を捨て去り、新たな命のワインを新たな観念に注ぐこと。そうすればその命も観念も、長く保たれることだろう――。
 聖書はマタイ福音書第9章にて、そう説いている。
 杏子の探しているものは、初めから彼女が覚えていた。

 彼は、彼女たちは、違う胸で同じことを思う。

 果てしない道は、一人きりでは行けない。
 引き連れ駆け抜けてゆく人々の思いこそが。
 怨み憎しみ喜び優しさ哀しみ楽しさ、その愛こそが。
 迷う季節の中で足取りを満たす、原動力だと感じた。

 その愛を、出会いを、彼らは忘れない。

【G-4とG-5の境 寂れた食堂/夕方】

【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖を抱くくらいならいっそ家族という隠れ蓑で身を守る、首輪解除
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンのみ
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネデデネデデンネ……!
1:デデンネェ……
2:デデッデデンネデデンネ!!
※なかまづくり、10まんボルト、ほっぺすりすり、などを覚えているようです。
※特性は“ものひろい”のようです。
※性格は“おくびょう”のようです。
※性別は♀のようです。

【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:奮起、顔を重症(治癒中)、左後脚の肉が大きく削がれている(治癒中)、失血(治癒中)
装備:なし
道具:クルミと籠
基本思考:俺はデデンネたちを、家族全員を守る。
0:家族と、共に行く。
1:フェルナンデスと家族だけは何があっても守り抜く。
2:こんなにも俺は、素晴らしい出会いを拾えた……。
3:「穴持たず34だったような気がするヒグマカッコカリ」とか「自分自身を見失う者」とか……、俺だってこんな名前は嫌だよ……。
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。
※無意識下に取得した感覚情報から、構造物・探索物・過去の状況・敵の隙などを詳細に推論してイメージし、好機を拾うことができます。
※特に味覚で認識したものに対しては効力が高く、死者の感情すら読める可能性がありますが、聴覚情報では鈍く、面と向かっているのに相手の意図すら大きく読み間違える可能性があります。

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:石と意思の共鳴による究極のアルター結晶化魔法少女(『円環の袖』)
装備:ソウルジェム化エイジャの赤石(濁り:必要なし)
道具:アルターデイパック(大量の食料、調理器具)
基本思考:元の場所へ帰る――主催者(のヒグマ?)をボコってから。
0:今はれいのことを考えて動く!
1:復讐を遂げるためにも、このヒグマたちのように、もっと違う心の持ち方があるはずだ。
2:カズマ、白井さん、劉さん、狛枝、れい……。あんたたちの血に、あたしは必ずや報いる。
3:神様、自分を殺してしまったあたしは、その殺戮の罪に、身を染めます。
4:たとい『死の陰の谷』を歩むとも、あたしは『災い』を恐れない。
5:これがあたしの進化の形だよ。父さん、カズマ……。
6:ほむら……、あんたに、神のご加護が、あらんことを。
7:マミがこの島にいるのか? いるなら騙されてるのか? 今どうしてる?
[備考]
※参戦時期は本編世界改変後以降。もしかしたら叛逆の可能性も……?
※幻惑魔法の使用を解禁しました。
※自らの魂とエイジャの赤石をアルター化して再々構成し、新たなソウルジェムとしました。
※自身とカズマと劉鳳と狛枝凪斗の肉体と『円環の袖』をアルター化して再々構成し、新たな肉体としました。
※骨格:一度アルター粒子まで分解した後、魔法少女衣装や武器を含む全身を再々構成可能。
※魔力:測定不能
※知能:年齢相応
※幻覚:あらゆる感覚器官への妨害を半減できる実力になった。
※筋肉:どんな傷も短時間で再々構成できる。つまり、短時間で魔法少女に変身可能。
※好物:甘いもの。(飲まず食わずでも1年は活動可能だが、切ない)
※睡眠:必要ないが、寂しい。
※SEX:必要なし。復讐に子孫や仲間は巻き込めない。罪業を背負うのはひとりで十分。
※アルター能力:幻覚の具現化。杏子の感じる/感じさせる幻覚は、全てアルター粒子でできた実体を持つことが可能となる。杏子の想像力と共感力が及ぶ限り、そのアルターの姿は千変万化である。融合装着・自律稼動・具現・アクセス型の全ての要素を持ち得る。

【円亜久里@ドキドキ!プリキュア】
状態:佐倉杏子のアルター製の肉体
装備:アイちゃん@ドキドキ!プリキュア
道具:自分のプシュケー
基本思考:相田マナを敵の手から奪還する
0:佐倉杏子へ協力し道を示す。
1:自分の持つ情報を協力者に渡しつつ生存者を救い出す。
[備考]
※佐倉杏子のアルター能力によって仮初の肉体を得ました。
※プシュケーは自分の物ですが、肉体は佐倉杏子の能力によって保持されているため、杏子の影響下から外れると消滅してしまいます。

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最終更新:2016年11月04日 19:09