——カラン…コロン…——

「いらっしゃい」

 イスカンダールから見て左側の扉がそっと開き、控えめにドアベルが響き渡る。
 入ってきたのは、短い銀髪の、美しい顔立ちをした女。
 しかしてその美貌に似合わず使い込まれた軽鎧を身に纏っており、その佇まいにはどこか気品めいたものがある。戦士、というよりは騎士の佇まいだ。
 飲み屋らしくラフな気持ちで来店したつもりなのだろうが、見ればまるで立ち姿に隙がない。これは、かなりの手練れだろう。
 女は軽く店内を見回すと、そのまま空いていたカウンター席に座り、ゆっくりと酒瓶の並べられた棚を見渡す。
 このイスカンダリアは店の規模こそ小さいが、各地世界から集めた品揃えには、そこそこの自信があるのだ。イスカンダールは、どうぞコレクションをご覧あれ、とばかりに彼女の視線のため、少し離れてみせた。

「・・・見たことのないボトルが多いのね。おすすめのウイスキーなんか、有るかしら」
「勿論だとも。どんな味わいが好みかね。あんたは・・・そう、ピドナから来たのか。とすると味わい的にはルーブ、スタンレー、ウィルミッシュ、あとはピドナブレンデッド・・・さて、どのあたりかな」
「そうね・・・じゃあ、ルーブ系のシングルモルトに近いものがいいわ」
「ほぅ、若いのにクセが強いタイプがお好きか。では、いくつか出してみよう」

 ルーブ産のウィスキーは、ピートが強く単一蒸留されたタイプのウィスキーが多く、銘柄によってキャラクターが異なる。実に、酒好きが好む味わいだ。
 無論、そのままルーブウィスキーを出すような愚行はしない。そこはイスカンダールの小さな拘りだ。ここに揃えられた各地世界のボトルから、異なるもので好みに合うものを提供するのが、信条なのである。
 とはいえこの女性客の趣向に合いそうなものだとすると、自ずと選択も限られてくるというもの。

「・・・この辺だな」

 そういって、三本ほどのボトルを棚から取り出し、女性の前に並べる。

「こいつらは、何れもオイゲンシュタットという街で作られるものでな。あんた、見たところ騎士だろう。オイゲンシュタットも伝統ある騎士の街で、同時に酒造りも盛んでな。いい具合にクセのある銘柄が多いんだよ」
「オイゲンシュタット・・・聞いたことのない街ね。というか、私が騎士だって分かるのね。その目利き、マスターも大分腕が立ちそうね」
「ま、ご時世柄、荒事に巻き込まれることもあるからな。自分の身を守れる程度には、な」

——カランカラン…コロロン…——

 先客の女性が入ってきたのとは、反対側。今度はそちら側のドアベルが、少し荒めに店内へ響く。
 その軽快な音と共に扉から入ってきたのは、またしても女性だ。今日はレディースデイというわけか。

「おや・・・なんだか随分と洒落たところに入っちまったねぇ。あたしじゃ場違いか?」

 入ってきたのは、これまた先客とは対照的に筋骨隆々の、如何にも戦士といった出たちの女性だ。
 頭部に特徴的な双角型の装飾を身につけた姿は、そう、たしか・・・バルハル族の特徴だったか。

「いいや、お前さん好みな酒も、ちゃんとここには用意があるさ。折角来たんだ、ゆっくりしていくといい」
「そうかい、じゃあそうさせてもらうよ」

 女はそのまま近くのカウンター席に腰掛ける。
 といっても、店内は広くないので、先客女性と席は二つほどしか離れていない。
 結果、いつだってどちらからともなく、ここではお客同士の会話が始まるのである。

「おや、シュタットウィスキーじゃないか。あんた中々渋いの飲むんだねぇ」
「・・・貴女は、これを知っているのね。初めて飲んでみたけど、結構好みの味だわ」

 二人が一言二言の会話をしているうちに、手早くもう一人の客のドリンクを用意する。まだオーダーをされたわけではないが、バルハル族が飲むのは、これと決まったものがあるのだ。

「とりあえずあんたには、こいつからだろうな」
「お、なんだ、よく分かってるじゃないか。あんた、腕利きのマスターだね」

 そういって女が手に取ったグラスには、一見して水のような、透明な液体が入っている。

「そちらは何を?」
「あぁ、こいつはウォッカさ。あたしらが飲む酒っていったら、大抵これなんだよ」
「へぇ、ウォッカを好む・・・。ということは、寒冷地のお生まれ?」
「あぁ、あたしはバルハラント生まれだよ。あんたは?」
「私は、ロアーヌ侯国の生まれよ」
「ロアーヌ・・・知らない国だね。ま、あたしは最近までバルハラントから出たことなかったからね、知らない土地の方が多いんだけどさ」

 そういって笑いながら、女は手にしたグラスを一気に呷る。容易くウォッカを飲み干した女は、もう一杯を指の仕草で所望した。それに応えてイスカンダールは即座にグラスへウォッカを注ぎ足す。

「うん、美味いね。でもこいつは、バルハラント産じゃない。どこで作られたやつなんだい?」
「ユーステルムという、ガトと同じく雪深い街で作られたものさ。聖王三傑と呼ばれる、嘗て世界を救った勇士の一人が生まれた街だ」
「へぇ、そいつはいいね。是非ともその勇士に肖りたいもんだ」

 そう言いながら女は、軽々ともう一度グラスの中身を豪快に呷る。
 その飲みっぷりに先客の女性が感心した様子でいると、女は再びもう一杯を所望しながら、先客へと少し身を寄せて話しかけた。

「ところであんた・・・見たところ相当強いね。どうだい、あたしと一つ手合わせしないかい?」
「確かに多少は腕に覚えはあるけど・・・でも、遠慮させてもらうわ。これでも騎士の端くれだから、母国と誇りの為にしか、剣は振るわないことにしているの」

 思わずイスカンダールも、軽く口笛を吹く。これは上手い躱し方だ。誘った女も、それならば仕方ないね、と即座に引き下がった。

「じゃあ、折角だから飲もうじゃないか。あたしはシフってんだ」
「私は、カタリナよ。酒席のお誘いなら、よろこんで」

 そういうと二人は、軽くグラスを掲げてから傾け、そして互いの故郷や酒の好みなどの他愛もない話を始めたのだった。
 イスカンダールは暫し二人の会話に耳を傾け、時折隙間に口を挟み、そうしてゆっくりと夜は更けていった。



登場したお酒(架空物)
  • シュタットウィスキー
ロマサガ1・ミンサガ舞台であるマルディアス世界の都市、オイゲンシュタットで作られるウィスキー。原材料となる大麦麦芽を乾燥させる際に泥炭で燻すことで、独特のスモーキーフレーバー、いわゆるピート香がつく。

  • ユーステルム産ウォッカ
穀物を原料とした蒸留酒。無色透明で雑味がないことが特徴。最近は様々なフレーバーを足したフレーバーウォッカなども数多く出回っており、若い世代を中心にそちらも人気が高いようだ。



最終更新:2023年06月06日 12:18