—カラン…コロン…——
「いらっしゃい」
イスカンダールから見て左側の扉がそっと開き、控えめにドアベルが響き渡る。
しかし、開きかけた扉自身がドアベルの音に驚いたかのように途中でびくりと止まり、僅かに外界との間にできた隙間からひょっこりと、あどけない顔つきの少女が顔を覗き込ませてくる。
そして少女は、店内を恐る恐る見渡した。
イスカンダールは、一先ず様子見に徹する。
栗色の長い癖っ毛をサイドと後方で束ねた少女は、店内をキョロキョロと見回す最中でうっかりイスカンダールと視線が交錯すると、なんとも気まずそうに無言で会釈してきた。
「人を探しているのかい?」
「あ・・・は、はい。あの・・・お姉ちゃんを・・・」
か細い声でそう答えてきた少女は、イスカンダールに視線を合わせず節目がちだ。
どうやらこれは、中々の人見知りの様子。
「お姉さんか。残念ながら今日ここに来たのは君が1人目だが、不思議とこの店には、なんらか縁のあるお客さんが集まるんだ。ここで待っていたら、見つかるかもしれないよ。良かったら座っていくといい」
「あ・・・はい、それじゃあ・・・」
そのまま開けた隙間から店内にするりと入り込み、なるべく音が鳴らないように静かに扉を閉め、少女は不安そうに胸の前に手を当てながらバーカウンターへ近づいてきた。
「・・・おや、君もピドナから来たのか。縁は続くものだな」
「え、あ、はい・・・。ここ、ピドナのお店・・・ですよね?」
イスカンダールの不思議な物言いに、ピドナから訪れた少女は意表をつかれたような顔で首を傾げた。
「ふふ・・・そうだとも。先日も、銀髪の女騎士が寄ってくれたよ。名前は確か・・・カタリナだったか」
「あ・・・社長も来たんですね」
「・・・騎士かと思っていたが、経営者だったのか。私の観察眼も鈍ったかな」
「あ・・・いえ、カタリナ社長は確かにロアーヌ騎士ですけど、カンパニー経営もしていらっしゃるんです。私も一応、その会社で秘書をやってます」
見知った人物の話が出てきたからか、少女は幾分安心したような面持ちでイスカンダールに言葉を返した。
いい傾向だ。折角バーに来たからには、こうして少しでもリラックスしてもらわねば。
「それは、お勤めご苦労様だな。さて、折角来たのだし何か飲んでみないかね。勿論飲めれば、の話だが」
「あ・・・はい、少しなら飲めます」
まだ少し遠慮がちな様子で上目遣いに頷くと、少女はイスカンダールから差し出されたメニューを開いた。
聞くところによれば、幾つもある次元の中には20歳まで飲酒を禁止している世界などもあるそうだ。
だがピドナを包する世界をはじめ、大抵の世界では幼少のうちから飲料としてのアルコールを飲む習慣がある。
なにしろどの世界でも基本的に飲料としての水はアルコール飲料に比べ腐りやすく、貴重なのだ。
「あの・・・じゃあこれ、お願いします」
少女がメニューから指差したのは、フレッシュフルーツを使った季節のカクテルだった。
「今はピドナは・・・夏か。季節に合った良いチョイスだな。すぐご用意しよう」
そう言ってイスカンダールは慣れた手つきで後ろのボトル棚へ手を伸ばし、何本かのボトルを取り出して目の前に並べた。
そのまま流れるような動作でカウンター下の氷室から新鮮なフルーツを取り出し、そこにナイフを入れていく。
—カランカラン…コロン…——
イスカンダールがカクテルを作っている最中、先ほど少女が入ってきた扉とは反対側の扉が勢いよく開いた。
そして勢いよく顔を覗き込ませてきたのは、これまたなんと、先客の少女とほとんど変わらないと思われる年頃の少女であった。
青い髪を後ろに束ねた姿の新たな少女は、店内をキョロキョロと見渡した。
「あれー? もーリサちゃんここにもいなーい!」
「・・・いらっしゃい」
手は止めないままでイスカンダールが声をかけると、青い髪の少女は臆することなくカウンターの方へと歩み寄ってきて、イスカンダールと先客の少女の前に立った。
「あのー、ここにこーんな感じの、気が強そうなお嬢様風の女性って来ませんでしたー?」
少女はなにやら身振り手振りで人物像を表しながら、イスカンダールへと喋りかけた。
「いや、今日はそんな感じのは来てないな。君は・・・ほう、コハン城から来たのか。旅の途中かな?」
「あーおじさん、あたしのことケイ州人ぽくない田舎者だと思ったんでしょー。まぁその通りなんだけどねー」
少女はころころと表情を変えながらイスカンダールに相対すると、そのまま「動き回って喉渇いちゃった」と言って目の前の椅子に腰掛けた。
「一応ここはバーなんだが・・・君はイケる口なのかい?」
「うーん普段あんまり飲まないけど、ちょっとならイケるよー?」
青い髪の少女はそう言いながら、にっこりと笑顔を作る。
百戦錬磨のイスカンダールには、既に分かっている。このタイプは、実際はかなりの酒豪で間違いない。しかも、強かに酔ったふりを巧みに使い分けられるタイプであろうと見た。
「そうか。今ちょうどこちらのお客さん用に桃を使ったカクテルを作っているんだが、君も桃で何かどうかね」
「桃!好き!あたしも飲みたーい!」
「よし承った。少し待っていてくれ」
ちょうど取り出した桃は半分を使うところだったので、もう半分も使えるのは鮮度管理的に店としてもありがたい。
とはいえ同じカクテルでは芸がないので、別のものを作るとしよう。
そうしてイスカンダールが別のボトルなどを用意している間、新たな客の登場にすっかり人見知りを発動して固まっていた先客少女に対し、全く当たり前の流れのように青い髪の少女は話しかけたのであった。
「あなたはここの人?この店よく来るの?」
「あ、いや違くて・・・あの、お姉ちゃんを探してて・・・」
「えーそっちも人探しー?あたしもだよ!あたしが探してるのはお姉ちゃんじゃないけどー」
少女2人の会話が繰り広げられていく中、今日の来客は随分と若いなぁ等とイスカンダールは考えながら、半分に切った桃をすりおろしていく。
「あたしセシリア。あなたは?」
「私は・・・サラ・・・」
「サラね、よろしくー!ってかサラ、メグダッセで会った子にちょっと似てるね!サラもカイコウ族なのー?」
「かいこう・・・? 私は、シノンの生まれだけど・・・」
「シノン? 知らない場所!どんなところなの?」
すりおろした桃と絞ったレモン汁に、シュガーとグレナデンシロップをほんの少量シェイカーに入れ、氷を詰めて蓋をする。
カシャカシャと店内にシェイク音が響き渡ると、たかだかそれ一つにも少女2人は好奇の視線や歓声を上げてくれるのだから、なんともバーテンダー冥利に尽きるというものだ。ここは、しっかりと魅せてやらねばなるまい。
イスカンダールはいつも以上に提供所作に気を配りながら、少女2人の他愛のない会話にそれとなく耳を傾けた。
「会社とかすごーい! あたしらなんて全員農家だよー。あ、リサちゃんだけはお嬢様だけど」
「私も、秘書やる前は実家で農場やってたよ」
「マジで!一緒じゃん!」
シェイクした中身を背の高いフルートグラスに注ぐと、グラスの半分ほどが満たされる。あとは仕上げだけだが、先に今度は青髪の少女、セシリアの分のカクテルの用意だ。
大きめのボウルに残り半分の桃とラム酒、生クリームを注ぎ、ここにもシュガーを少量足してから氷を適量入れていく。
あとはこれをミキシングするだけなのだが、イスカンダールの知る限りではリージョン世界などに専用の器具があるものの、あいにくとこの店には用意がない。どうにも、あの大きな音が苦手なのだ。
なので小規模のウィンドカッターを手のひらに生み出し、ボールの中身を切り刻みながら混ぜていくことで代用するのである。
「えートムさんみたいなお兄さん超いいなー。あたし達にはそういう知的お兄さんキャラいないんだよねー。ぎりガブリエルあたりかなぁ?」
「うん、トムは本当にすごいの! あ、でもセシリアのとこのレオナルドさんは、私たちの中にはいないタイプですごくカッコイイと思うよ。うちだと一番近いのは、お姉ちゃんかな・・・?」
「まぁレオはねー、いいんだけど、でもリサちゃんいるしなー」
ミキシングされたら、あとはグラスの支度だ。入れ物は、フルーツカクテルには定番のまんまるとしたグラスを用意する。そこに注ぎ込んだら、完成だ。
ここで、先ほど作っておいたフルートグラスにもシャンパンを静かに注ぎ、こちらも完成。
「さぁ、お待たせしたな。どうぞ」
「わーめっちゃ美味しそう!」
「あ、ありがとうございます」
2人の前にコースターとグラスを置くと、少女たちは目を輝かせながらグラスを手に取る。
こういう表情や反応でドリンクを飲んでもらう瞬間が、バーテンダーの醍醐味の一つだと言っても過言ではない。
「うわ、美味しい!」
「・・・!!」
反応もまたそれぞれ対照的で、こういうところにも個性が出るのだなぁとなんだか親目線でイスカンダールは口の端を釣り上げる。
「ねーねー、サラのもちょっと飲ませて!」
「うん、じゃあセシリアのもちょっとちょうだい?」
「ふふ、2人とも随分仲良くなったんだな」
ドリンクを交換し合って飲む2人に、イスカンダールは顎に手を当てながら話しかけた。
「だって年も同じようなものだし、なんだか周りにいる人も結構似てるっていうかね!」
「うん、ユリアン以外にも緑髪の人がいるなんて知らなかったよ。ジェロームさん、だっけ?」
そう言いながら笑い合って話を続ける2人に、イスカンダールも時折ツッコミやウンチクを混ぜながらしばしの時が流れる。
そうして2人のグラスが空いた頃、タイミングよく両方の扉が同時に、カランコロンと音を立てて開いたのだった。
一方から現れたのは、長身に眼鏡姿の、知的な印象を受ける青年だ。服装こそ質素なものだが、それでもわかる程の品の良さが、立ち居振る舞いの中に見て取れる。
そしてもう一方はこれまた対照的な、強面で精悍な青年だった。間違いなく昔はワルだったであろう空気を纏いつつも、どこか達観したような印象を同時に受ける不思議な青年である。
「トム!」
「レオ!」
2人の少女は同時に立ち上がり、現れた男の名を呼ぶ。
どうやら、迎えが来たようだ。
「サラ、こんなところにいたのか。探したよ」
「おいセシリア、なにやってんだ。リサも探してたぞ」
2人の少女がそれぞれの扉から現れた青年の元へ駆け寄ると、ふっと青年2人の視線が直線上で交わる。
トムと呼ばれた青年が柔和な笑みを浮かべながら会釈すると、レオと呼ばれた青年はなぜか一瞬眉間に皺を寄せたものの、そのままこちらも軽く会釈を返す。
「サラ、また会おうね!」
「うん・・・セシリアも、またね!」
少女2人は自分の頭上で繰り広げられたその視線の交差などつゆ知らず、手を振りあいながら再会を願って言葉を交わした。
そして程なくして両方の扉が閉まり、一気に店内が静まり返る。
「・・・ふふ、なんとも慌ただしいものだな」
イスカンダールは1人で肩をすくめながらそう呟くと、カウンターの上のグラスを回収しようと手を伸ばした。
するとそこで再度扉が開き、先ほどの眼鏡の青年が1人で店の中に入ってきた。
「連れがごちそうさまでした。お手数ですが、こちらの住所に後日請求書を下さい。お連れ様の分も含めて当社が持ちますので」
そう言ってカウンターに名刺を一枚置くと、青年は颯爽と去っていった。
イスカンダールはその名刺を手に取ると物珍しげに表と裏を眺め、そして懐に仕舞い込みながら後片付けを再開するのだった。
登場したお酒
ロマサガ3世界のリブロフで作られた桃を贅沢に使い、レモン汁、シュガーシロップ、グレナデンシロップを交えてシェイク。その後グラスに注いでシャンパンで仕上げるシンプルなロングカクテル。シャンパンを静かに注げば、美しい二層ができる。
同じくリブロフ産の桃を使い、ラム酒、生クリーム、シュガーシロップ、氷の全てまとめてミキサーにかければ完成。氷の量で硬さを調節して、好みの仕上がりでどうぞ。
最終更新:2023年07月29日 16:17