「───」
オルフェイン大陸、首都ノースファレスから少し離れたとある寒空。
風を切る大きな翼を羽ばたかせる度に、冷えた空気が染みるように痛むも、
とある目的の為にとひたすらに空を飛行し、ある場所へと急行する人影があった。
プライアブル種グリフォン族の、
グリッドである。
グリッド「……見えた」
滑空するように飛びながらも、遠くに見えた中規模の森林を確認してひとり呟くと、
その場所めがけ、その翼を折り込むように畳み一気に急降下していく。
この間にも鋭く冷たい空気が彼の全身を刺すが、その思考は寒気を感じるよりも、
今回出会ってきた様々な人物の顔が流れていくばかりだった。
グリッド「ロンクは大丈夫かな…。ううん、きっと大丈夫。ラトさんも一緒だろうし」
ちょっとした事情で一国の王子と顔見知りであったグリッドは、
とある人物からの依頼を受けて、ちょっとした悪役を演じていた。
それは自分の性格からして余りにかけ離れた役柄であったが、
事情が事情だった為、そこそこ頑張ったつもりである。お陰で彼の助力になった、はず…?
なんて事を考えながら、急降下で眼前に迫った地面から翻るように大翼をはためかす。
グリッド「それにしても、何で
カエデさん達があそこに居たんだろう…?」
彼が降り立った場所は、鬱蒼と生い茂る木々と日陰で降り積もった雪ばかりの森林の、
ほんの少し開けた土地。そこには、いかにもな雰囲気を纏う岩石が鎮座していた。
それを目視しながら思い返し、想像だにしなかった宿屋な面々の登場に面を食らったが、
だからこそと言うのだろうか、妙な安心感である。誰に見られるでもなく、思わず苦笑い。
グリッド「ともかく。 僕は僕で、目の前の事に集中しないとね」
微妙な表情を振り払い、改めて視界の先にある岩石に意識を集中させる。
すると、目で確認することの出来なかった気配が輪郭を浮かび上がらせた。
──漆黒を思わせる黒と紺の剛毛に包まれた、筋骨隆々の獣の存在を。
?『──来タカ、忌々シイ鳥メ』
グリッド「………」
?『コノ日ヲドレダケ待チ望ンダコトカ。
貴様ヲ喰イ千切リ、ソノ魂ヲ噛ミ砕イテヤル…!!』
ビリビリと脳裏に響く、どす黒く濁った敵意の本流。それが理解できる人語で聞こえる。
それの主はより一層その輪郭をはっきり表し、彼の目の前に立ちはだかった。
ヒトより身長の高いグリッドを優に超すその体躯は、威圧的に彼へ影を落とす。
怨嗟籠る唸り声、暗く輝く獰猛な爪、引き剥かれた口から覗く狂暴な牙──。
だが怯んでは居られない。グリッドも大弓と短剣をそれぞれ手に臨戦態勢へ入り、相対の言葉を返す。
グリッド「僕はお前に恨まれるような事はしていない、けど。
だからって危険な存在を野放しにはできない。
──ソルガルム! お前を、封印するっ!!!」
その掛け声で、戦いの火蓋は切って落とされた。
先に仕掛けたのはソルガルム、グリッド目がけてその鋭利な爪を振り降ろす。
黒い閃光が宙を裂き、間髪いれずもう片腕の爪も空を切り刻んだ。が、それは命中せず、
グリッドは先読みをしたかのように低く後ろへ跳んだステップから、素早く構えた大弓から矢を放つ。
放たれた矢は眩しい輝きを放ち、疾く正確にソルガルムの胴体中央へと深く突き刺さった。
ソルガルム『ッグァ!!』
グリッド「っふ──!!」
目を眩ますような輝きを放つ矢を喰らい、ソルガルムは半歩下がり怯んだ。
その隙を見逃さなかったグリッドは体制を立て直しながら、同じ箇所へ輝く矢を何本も射抜いていく。
的確かつ無慈悲に同じ場所へ注がれる輝く矢に激しくのけぞるも、
ソルガルム『ガァァアアアッ!!!』
振りほどくように放たれた激しい咆哮が、更に自らを狙って飛来する何本もの矢を一瞬で弾き飛ばす。
それと同時にその影がスウッと伸びグリッドを囲む。そこから煙でも立つように何体もの影が立ちはだかった。
あっという間に囲まれるグリッドだったが、焦りもせず彼はその大翼で一瞬にして空中へ羽ばたく。
更に間髪いれず輝く矢を数本握り、宙返りの体制からその矢を大弓で撃ち放つと、
降り注いだ矢の輝きにソルガルムの影は1体残らず掻き消され、同時に身体にも何本も輝く矢が突き刺さる。
ソルガルム『──────ッ!!!』
叫び声だとは到底思えない金切り声が周囲を裂き響き渡り、
ソルガルムは力が抜けたようにガクリと膝を付き、ゆっくりとその身を地面に伏した。
グリッドは上空からその様子を眺め、それ以上の変化が無い事を確認すると、一呼吸置くのだった。
グリッド「……ふぅ」
あまりに一瞬で、あまりにあっけなさすぎる程の、絶対的な圧勝。
それもそのはず、グリッドは今回戦う相手の情報を事前に予習し、準備を周到に行ったからだった。
彼の依頼主はソルガルムの特性から弱点まで、その全てをグリッドに伝えており、
更にその弱点を突くのに便利な光属性の魔法矢を自前でストックまでしていた。
先のノースファレス国での戦闘で、その影への対処法もある程度覚えてもいたのもあり、
囲まれてもなお全く焦ることなく対処し、勝利を盤石なものに仕上げた。
グリッド「よし。それじゃあ改めて強固に封印しておかないとだね」
そして愛用する肩掛け鞄から、氷のように透き通った岩の欠片数個を取り出す。
依頼主は最終的にソルガルムの封印までグリッドに頼んでいたようで、
注意事項からその手順まで、事細やかに綿密に伝えていたのだった。
魔法には多少精通しているが、流石に封印まで確実に行える自信はなかったグリッドは、
ゆっくりと地面に降り立ち、手順を改めて確認する。
グリッド「この封印石をソルガルムの周囲に等間隔に並べて……うーん…?」
ソルガルム「………──」
多少のミスが強固な封印を弱くしてしまうのでないか、という不安がグリッドを悩ませる。
そんな頭をひねらせる彼を、彼の影が揺らめき──牙となって襲いかかり、
グリッド「──はっ!!」
それは光を宿した短剣にいとも容易く斬りへし折られ、グリッドに届くことはなかった。
隙と油断を付け狙うような陰湿な性格と、これも事前情報にあった通りのことで、
近距離戦の苦手な彼でも、あらかじめ構えているのだから対処できて当然の事。
悩みながらも神経をとがらせていた彼には、一切通じる事のないあがきであった。
改めて氷のような岩の欠片、封印石を倒れ込んだソルガルムを囲むように設置し、
グリッド「あとは術者が強く魔力を込めて、対象が完全石化すれば完了、かな」
確認を込めてそう呟くと、ようやく自らに課せられた依頼が無事終わる事を思う。
──これで目的の物が手に入る。グリッドは意気込んだついでに、
つい肩掛け鞄の中にある「あるもの」を手に掴んで取り出し、感慨深く眺めるのだった。
*
楓「わっふーっ!!ヾ(>ヮ<*ノシ」シュバシュババッ
ルクス「わっ、わ、楓さん速い、速いですから!置いてかないでくださいっ!」
一方その頃。
ノースファレス国から離れたとある森林を、2人の影が急いでいた。
かたや枝や木の葉で雑然とする木々の間をワイルドかつスルスルと抜けていくウルフ族の楓と、
かたや木の根や生い茂った低木などに悪戦苦闘しながら、何とか追いつくドラゴン族のルクスだった。
先刻までこの二人は、国の一大事を前に頼まれごとをやり通そうとしていたのだが、
どうにも腹の虫が収まらず、仲間たちの助言を背にグリッドの後を追うことを決意。
彼が向かい降りて行った森の中心部へと向かっている最中である。
ルクス「楓様、何故そのように、森を自由自在に駆けまわれるのです…っ!?」
楓「わからん! けどなんかたのしいぞー!n(゚ヮ゚*n」ピョイーン
道なき悪路に苦労するルクスを余所に、まるで猿かのように木々を跳び移っていく楓。
ウルフ族というのはこう言った場所が得意であるとは知識としてあるものの、
彼女のそれは一つ次元が異なるように思うルクスだった。…その身体の一部分からは目を逸らしつつ。
ルクス「ともかく、その小包だけは無くさないでくださいねー!?」
楓「(>ヮ<*ゞ」ビシッ
あまりに森を縦横無尽に跳ぶもので、心配になったルクスが小包の事を伝えるも、
跳びはねながらも、器用に跳躍しながらルクスへ敬礼ポーズを向ける楓。
ルクス「あはは…。っと、状況把握はしっかりしないとですね──」
苦笑いを漏らしつつ、ルクスは移動しつつ足元を疎かにしないリソースを残し、周囲の探知を始めた。
彼女の白い両角に走る赤いラインがぼんやり発光し、その知覚を自分を中心に拡大していく。
──この先数百メートル先に2つの存在を確認、うち1つがグリッドだと認識された。
その後すぐにもう一方が魔物だと認識され、それがソルガルムだと判別、情報を更新する。
しかしその状況は、既に双方が会敵しており、戦闘が開始されている可能性を示唆していた。
むやみに突入するのは危険だと判断したルクスは、前を跳ぶ楓に伝わるよう声を上げる。
ルクス「恐らくですが既に戦闘が始まっています、先行する楓様は十分にお気を付けて!」
楓「おっけー! でもグリッドのことだから、もうおわってるんじゃないのー?」
ルクス「そういうフラグのような発言はお控えください! …でも、確かに」
陽気に返事をした彼女は、呑気に彼が勝利を収めている事を疑わない。
だが実際の所、ルクスもそうなのではないか? と踏んでいる節はあった。
グリッドの弓術は非常に秀でており、右に出る者はいないと断言できるが、
だがあくまで、彼自身の総合的な戦闘技能はそれほど高い訳でもない。
彼自身もそれを重々理解しているようで、一対一の近接戦を避ける傾向にある。
そんな彼が独り率先して行動する。つまり、勝利への目測がついているのだろう。
その方法についてルクスは思案するも、中々思い付かず…、
ルクス「……あ、ソルガルムの反応が微弱になりましたね」
移動しながらも机上の空論を並べている内に、反応の1つが弱々しくなっていた。
何より現場へ近づく程に感じていた戦闘の気配も今ではすっかり止んでおり、
楓の言う通りグリッド独りだけで事が済んでしまったのだろう。…何だか微妙な気分。
楓「さすがはグリッドだなー!(゚ヮ゚*ゞ」スタッ
ルクス「やはり、私たちが出る幕はなさそうですね…」ムスッ
楓「ルクス…なんだかふまんそう(>ヮ<;」
ルクス「そ、そんな事は…なくもないですけど////」
どうやら気分がすっかり言動に出てしまったのか、立ち止まり待っていた楓が気にかける。
何だかんだ言いながら、苦戦していたグリッドの元に駆け付け、
3人で体制を立て直した上での華麗な勝利を決め込むつもりだったルクス。
それを楓にツッコまれたような気分になってちょっと気恥ずかしくなりつつも、
二人で木々の間を抜け、目の前に広がる少し開けた空間に踏み入る。
楓「グリッドー!!ヾ(゚ヮ゚*ノシ」ガサッ
グリッド「……──Σわぁっ?! いたっ;」
真っ先に駆けだしたのは楓で、倒れた魔物を前に立っているグリッドの元へ駆け寄った。
彼の反応が若干鈍かったが、それも込みで相当驚いたのだろう、仰け反り尻もちをつく。
ふとそこでルクスはある事が気になったのだが、それよりまず、
ルクス「ご無事でしたかグリッド様」
グリッド「ルクスさん? それに楓さんまで…。どうしてここに…?」
楓「まーいろいろだよねー?(゚、゚*」
ルクス「そうですね…色々理由はありますけれども」
驚いて転んでしまったグリッドにルクスが手を差し伸べ、応じた彼を引っ張り上げる。
結局起きあがった身長差でグリッドを2人が見上げる形なってしまうも、
ルクスは少し拗ねた──という感情をなるべく隠すように彼へ言い放つ。
ルクス「詳しい事を何も伝えてくださらず、お独りで事を解決しようとする、
その誰か様にご用事があって、追いかけてきた次第で御座います」
楓「ルクス、やっぱりちょっとおこってる?(>ヮ<;」
グリッド「あはは…それは多分僕のなんだろうね…(^◇^;」
ルクス「…っは! い、いえっ別に怒ってるだとか、そんな事はなくてですねっ////;」
が、結局取り繕っても、感情が先行してしまいついつい突っぱねた台詞になってしまった。
恥ずかしそうに眼前で両手をブンブン振るルクスと、珍しい楓の苦笑いを前にして、
グリッドこそ恥ずかしいような、申し訳ない気持ちになっていた。
グリッド「……ごめんね、本当なら事前に話しておけたなら良かったんだけど」
楓「なぁなぁグリッド、いまもってるものってなんだー?」
グリッド「えっ、あ、これは、その…」
けれど、こればかりは自分でやらなければ意味のないことだから──。
…と彼が喋ろうとした直後に、目ざとい楓がそれの存在について尋ねる。
横で顔を何度も横に振り冷静さを取り戻したルクスも、それが最初から気になっていた。
唐突な楓の登場で驚き尻もちをついたグリッドが、身を呈してまで庇ったもの、
今もなお大切そうに手の内に収まっている、その≪小さな木箱≫を。
その正体に興味を持った楓に、思わず焦ったグリッドは、
『──コノ瞬間ヲ待ッテイタ』
その瞬間、僅かに意識を乱してしまった。
暗く蠢くように響いた声と同時に、彼の手にあった木箱は鋭く伸びた黒色に掠め取られ、
同時にとある地点から伸びていた黒色、その影に足元を雁字搦めにされてしまう。
気付けば身動きが取れない状況になっていたグリッドに、大きな影がのそりと近づく。
『油断ヲ シタナ』
揺らめく影は再び大きな獣へと成形され、その顔は歪なまでの笑みを浮かべる。
まるで舌舐めずりをするように緩慢な動きで彼へより近づき、眼前まで迫った。
その影の手に収まっている、小さな木箱をわざとらしく見せつけながら。
グリッド「ソル、ガルム……ッ!!」
焦りか、それとも怒りか、グリッドは今までにない形相で相手を睨むも、
圧倒的不利が覆る状況でもなく、ソルガルムはその口を歪ませニタニタ嘲笑い続ける。
その間も彼の手は必死に小さな木箱に伸びるも、届くはずもなく──、
ルクス「その手の物を離しなさいっ!!」
楓「がるるるるーっ!!!」
魔力弾による閃光と思い切りのよい質量の塊が、ソルガルムに突っ込む。
だが質量こと楓のタックルはするりと抜け、魔力弾はいとも容易く回避されてしまう。
ルクスは避けられる前提で更に魔力弾を精製して即時発射を試みるも、
その隙を、足元から湧いて出てきた謎の影によって邪魔されてしまう。
それは他でもない、この大陸へ来るときに何度も戦ったあの影の魔物だった。
ルクス「くっ…!」
ソルガルム『……邪魔ダ』
心底鬱陶しそうな声を上げ、ソルガルムが大雑把に片腕を振りかぶる。
直後、ルクスの前に立ちふさがった影の魔物が瞬間収縮し──音もなく破裂した。
反応するより早く強い衝撃がその身体を襲い、声を出す間もなく彼女を弾き飛ばすも、
咄嗟の判断で戻ってきた楓が、その吹き飛んだ身体を全身で受け止める。
だがその勢いは止める事ができず、二人揃って背後の樹木に強く叩きつけられしまう。
ルクス「かはっ──!?」
楓「うぎゃぅっ!」
グリッド「ルクスさん楓さんっ!!!」
グリッドの心配する叫び声も虚しく、二人はぐったりと地面にへたり込んだ。
その視界を遮るように、ソルガルムが彼の視界の端からぬらりと現れると、
風が駆け抜け、同時にグリッドの頬に一閃、雫が滴る。
ソルガルム『ソノ血ノ記憶ニ 墜チロ』
その血の雫が彼が落とした影へと静かに滴り落ちた時、
視界はせり上がる漆黒に奪われ、世界は暗転した。
*
グリッド「ん…う…」
ぼんやりと、まるで宙に浮かんでいるような落ち付かない感覚。
そんな定まらない無意識の中、ふと遠くで響くような音が聞こえてくる。
『──どうして、このような事をするのです!』
酷くやつれた悲痛な音色で、何者かを糾弾する声。
辛く苦しい気持ちが自らの心に染み渡るようで、思わずグリッドの意識は覚醒する。
そして同時に、自分の置かれたおかしな状況が目に飛び込んできたのだった。
空は日の光も入らないような分厚く黒く広がる曇天、音を立て降りしきる大雨。
周囲はどこか大きな街の中だったが、その建物は今も火の手を上げ、損壊している。
濡れた路面と焼け焦げた匂い、同時に微かに鼻を掠める死の香りが、彼の心を掻き乱す。
グリッド「何で、一体僕は……」
?『──ン? 何故、オ前ガ何故“此処”ニ居ル?』
グリッド「うわぁっ!?」
焦心に駆られるグリッドの視界に、ぬうっと大きな影が遮って入る。
あまりに唐突なソルガルムの出現に思わず大きく仰け反り、濡れた路面に足を取られ転倒。
同時にこの隙を狙われる、と慌てて体勢を立て直そうとするが、
対するソルガルムは襲いかかる素振りも見せず、違う方向を見ている事に彼は気付いた。
釣られるようにグリッドもその視線の先を追うと…。
『どうしてこんな…酷い事を…!』
『……貴様ラハ食事ヲ摂ル時、ソノ理由ヲ考エタリスルノカ?』
無残にも半壊した街並みをバックに、何者かがソルガルムと対峙していた。
先程から聴こえている、怒りの籠った声を上げているのは若いグリフォン族の女性。
身体の至る所に出来た切り傷から血が溢れ、力なく跪いている。
それに相対し、破壊の限りを尽くした事を平然と詭弁で置き換えるソルガルム。
…そう、グリッドの横にもソルガルムが居る。2体もソレがこの場に存在している。
グリッド「え、な、何で……!?」
ソルガルム『安心シロ、アレハ単ナル“記憶”デアッテ今ノ俺デハナイ』
御本人曰くただの記憶であって、2体同時に相手をする訳ではない…らしいが、
だからと言ってグリッドが現状を飲み込める訳でもなく、混乱した目を白黒させた。
その間にも、記憶だとされる目の前のやり取りは続いていく。
『此処ハ丁度良イ狩場ダ。ソンナ場面ニ巡リ会ッタナラ、狩リヲスルノハ当然ノ事ダロウ?』
『そんな身勝手な理由で…私たちの大切な家族を殺したというの……?
そんな理由で、貴方に私たちの大切な場所を滅茶苦茶にしたっていうのっ!?』
血だまりに項垂れるグリフォン族の女性が、全身を震わせながら絶叫した。
その魂の叫びが、相対しているソルガルムに届いたかは定かではなかった…が。
グリッドに響いたその音が、この状況が、とある仮説を組み立ててしまう。
グリッド「この光景……≪魔物討伐戦≫…?」
魔物討伐戦。それは数十年前、ノースファレス国を陥落寸前に追い込んだ事変だった。
当時から国を悩ませていた難敵ソルガルムを大規模部隊で討伐する手筈だったが、
その計画が漏れていたのか、討伐前日に突如としてソルガルム側が城下町を襲撃、
そこで暮らしていた国民の4割が戦死するという悪夢のような出来事が起きた。
この事変を切っ掛けに国を挙げての一大事業、今日の魔物狩猟祭が開催されるようになる。
…というのが通説で、グリッド自身は魔物討伐戦に関しては知識でしか知りえなかったが、
今目の前に広がる光景が、まさにその情景そのものだった。
ソルガルム『オ前達ハソウ呼ンデイルノカ。マア知ッタ事デハナイガ』
グリッド「そ、そん、な……」
グリッドの横に居るソルガルムは心底どうでもいいという顔をしているが、確定なのだろう。
この、ただの記憶と言うにはあまりに寒々しく、苦しく、陰鬱とした空気感は、
此処にいるだけで彼の精神をじわりと蝕み、その呼吸を早く、細くしていく。
そして、ふとその視線が移した先にあったのは誰とも知らぬ、血に濡れ横たわる亡骸。
その瞳の緩く深く開いた暗い瞳孔と、グリッドの視線が不意に結ぶ。
グリッド「───ッ!!!」
何も映っていないのに、確かにそこに映っていた、深い深い絶望という感情。
自ら体験した訳でも、実際そこに居た訳でもない。それでも、その生き地獄のような光景は、
グリッドの感受性豊かな心境を一瞬で引き裂き、その身体と精神をおかしくしていく。
鼓動が速くなる。それなのに息が出来ず、思考は徐々に鈍っていく。どこか、遠くなっていく。
…それもそのはず、彼は横に居たソルガルムに首根を掴まれ、宙へと持ち上げられていた。
ソルガルム『……ソウダ、ソノ感情ダ』
ソルガルムが何かを言っている。
ソルガルム『確カニ俺ハ、コノ後コイツニ封印サレタ。ヤタラ強固ナ封印術ダ』
しかしグリッドにその言葉は半分も届いておらず、
ソルガルム『ダカラ俺ハ何年モ“力”ヲ蓄エ、待ッタ。貴様ラヲ絶望ニ叩キ落セルマデ』
例え聴こえていなくとも、それは喋り続ける。
ソルガルム『俺ヲ封印ナンテシタ貴様ラ全テニ、俺ガ味ワッタ以上ノ絶望ヲ味アワセル為ニ』
………。
ソルガルム『全テノ奴ラヲ 絶望デ溺レサセ 殺ス為ニ』
*
?「……ス……クス……!」
朦朧とする意識の中、遠くから響くような声がする。
?「…クス、ルクス…!おきてよー!」
それが自分を呼ぶ声だという事に気付いルクス。
何とか意識を覚醒しようとすると、今度は身体のあちこちから鈍い痛みが飛んでくる。
その苦痛に顔を顰めながら、せめてと必死に重たい瞼をあけると、
?「あ…おきた!ルクスだいじょうぶ? n(>、<。n」
必死に自分を呼んでいた声の主、楓が視界に飛び込んできた。
ぎゅっと瞑られた目元には僅かに涙の粒が浮かんでおり、相当心配させたのが伺えた。
痛みで軋む身体でゆっくり上体を起こすと、掠れ声が出てしまった。
ルクス「ア……ケホッ…ンんっ…、…大丈夫です、何とか…」
楓「それならよかったー…。なかなかおきないから、しんぱいしたよー」
声の調子を戻そうと咳払いする度に腹部が鋭く痛み、こちらも思わず涙目になるも、
咄嗟に行っておいた自己診断の結果、重要な体内器官に異常は認められず、
外傷も、全身強打による捻挫のような症状のみという判断になった。
これだけで済んだのは、影の爆発による衝撃から身を呈して庇ってくれた彼女のお陰なのだろう。
ルクス「ありがとうございます楓様。ところで楓様の方は…」
楓「わたしはへーきへっちゃら!♡(゚ヮ<」
一方の楓もルクスに訊かれて、仁王立ちしながら平然とピースサインを見せてくる。
この様子なら本人の言うように無事だと判断できた。本当に頑丈な人だと思わず感心。
ルクス「良かったです。お陰であのお二人を心配させずに済みそうですし…」
楓「あぶないことはしないでね、っておこられちゃいそうだけどね(゚ヮ゚;」
ルクス「あはは…; っと、まずは戦況把握をしなければ──!?」
しかし同時に、ルクスは脳裏で自分を心から心配してくれる人の姿が浮かんでいた。
実際お互い軽傷で済んだが、楓にも言われた通りものすごく怒られてしまいそう。ごめんなさい…。
なんて考えは一旦置いて、ルクスは改めて周囲がどうなっているか周辺探知を行おうと、
──目の前の光景に、一瞬全ての処理が止まってしまった。
何故なら、森の中の切り開かれた空間のそのど真ん中に、
綺麗な球状でありながら、黒く異質で大きな塊が鎮座していたのだった。
ルクス「な、あれは一体…!?」
その大きさはかなりの物で、背丈の高いあの二人はすっぽり入る程。
まるで降り注ぐ太陽光すら吸収するように、そこに存在する異様な黒い物体を前に、
思わず止めてしまった思考を再始動させ、改めて周囲探知を行ってみる。
するとその漆黒の球体内部から、それぞれグリッドとソルガルムの存在を感知。
…一体何故あの二人があの物体の中に? もしかして何か…?
その動揺が楓にも届いたのか、彼女がそっと囁くようにルクスに問いかけた。
楓「じつはルクスにききたかったんだー。あれって、もしかして…?」
ルクス「ええ、楓様の想像通りです。しかし一体何が…?」
恐らく、いや確実にあれはソルガルムがグリッドを取り込んだ影の塊だと理解できた。
ただルクスの記憶では影が爆発した衝撃と、庇ってくれた楓の事しか覚えておらず、
どういった経緯でこうなったのか、その対処法をどうすればいいか困惑するばかりだった。
だが手をこまねいている訳にもいかないと、対処法を考えようと、
楓「……とりあえずなぐってみよっか! G(゚ヮ゚」「ちょっ!?」
していた所で既に楓が影の塊めがけて駆けだし、勢いよく振りかぶっていた。
既に声による制止は届かない状況。ルクスが呆気にとられる内に、
楓の妙に勢いが乗ったグーパンが影の塊のど真ん中に直撃──、
した、ように見えた。いや確実に当たっている。ルクスにはそう見えている。
…だが同時に聴こえるだろう打撃音や衝撃音は、一切届かなかった。
僅かに訪れる静寂、その後。
楓「……──いっっっったああぁぁぁっ!!!」
ルクス「楓様!? 大丈夫ですかっ」
楓「いたいよーっ、かべにぱんちしたみたいにいたいっ nn(>、<。」
彼女にしては迫真めいた、痛みを感じさせる絶叫。
慌ててルクスが駆けよりその拳を確認するも、怪我のようなものは確認できなかった。
強いて言うなら、楓がいう通り壁でも殴ったかのよう、拳が若干赤くなっている。
触れる事で呪いに掛かったり、攻撃の威力を跳ね返したりといった事はなさそうだ。
ルクス「とりあえず大した怪我ではないようですね。
でも良いですか楓様、無策で飛びこむような危険な真似は今後──」
ひとまず一安心するも、いきなり殴り掛かるのは流石に軽率だろう。
最初に言わなかった自分も悪いが…と思いつつ、心配が故に、
少しきつめの口調で楓を叱責するべく、ルクスが楓の顔を見ようとする。
だが、逆に楓はルクスの方を見ておらず、既に影の塊を凝視していた。
その表情が、今まで見た事も無いようなものになっているのに気付く。
ルクス「楓様聞いていますか!? この時ばかりは無視されても」
楓「……グリッドのこえがした」
ルクス「…グリッド様の?」
おもむろに立ち上がった楓は憤慨するルクスの横をするりと抜け、
何の躊躇もなく再び影の塊に両手でそっと触れた。
そして、その表情が少しずつだが、徐々に焦りの色合いになっていく。
今まで楓がそんな表情をしたのは数える程もない。
楓「グリッド、グリッド! だめだよ、へんじして!」
それは明らかな、未だかつてない異常事態だった。
あの楓が必死な顔をして、黒い塊にしがみつきながら叫んでいる。
そして同時にルクスの探知でも、グリッドの反応が微弱になりつつある事に気付いた。
ルクス「グリッド様の反応が、もうこんなにも弱く…そんな…!」
楓「グリッド、グリッド!へんじしてよ、グリッド!」
その間も楓は何度も彼の名前を叫んでいるが、触れている影の塊に変化はなかった。
もしかして、この物体に触れている間はグリッドの存在が感知できるようになる?
そんな風に考える事も、触れる事に悩むこともなく、ルクスも楓のように物体に触れると、
同時にその部分から暖かいような、冷たいような、波動のようなものを感じる。
その波動は、触れた掌から身体を伝わり、まるで頭に遠くで響くような波形へと変化した。
『────』
まるで、自らを苛むように重く苦悶と悲痛に満ちた、声なき意志。
触れているだけのルクスでさえ、その苦しみと悲しみが心を蝕むようだった。
一体何をしたら、こんな深い悲しみを背負うような事になるのか。
一体何故、そんなことを思い、感じているのか。その答えも出ない内に、
『無駄ダ。ソイツニオ前ラノ声ハ、モウ届カナイ』
二人の背後に音もなくのそりと立つ声が、影となって落ちた。
声の主は他でもないソルガルムの物で、ルクスだけは咄嗟に振り返り、臨戦態勢を取る。
だが、対するソルガルムは二人を襲う素振りも見せず、ただニタニタと笑うだけ。
その表情が含むものに、ルクスの怒りが沸々と腹の底から湧きあがってくる。
ルクス「そ、そんな事ありません! グリッド様は答えて下さるはずですっ!!」
ソルガルム『無理ダ。…イヤ、ソレヲ一番理解デキルノガ、オ前ダロウニ』
ルクス「く……ッ!」
そう、こうして今もなお探知ではグリッドと思しき反応は薄れていく。
背後で楓が諦めず何度も何度も呼びかけるも、現状出ている結果に変化も与えない。
ソルガルム『シカシ面白イ奴ダッタナ。我ノ復讐ニハ一切関係ナイ奴ダッタガ、
少シ“カマ”ヲ掛ケテヤッタダケデ、自ラ精神崩壊ヲ起コスナンテ』
焦りの色を隠せないルクスが余程面白いのか、饒舌に喋り出すソルガルム。
わざとらしいオーバーなリアクションを取りながら、ルクスにその顔を近づける。
その顔はより愉悦に満ち満ちており、まるで幸せの絶頂を思わせるようだった。
ソルガルム『モハヤ自我スラ溶ケ墜チ、全部無クナッタダロウ。
マ、ソレナラ逆ニ痛ミスラ無クナッタダロウ。
何テ幸セナ奴ダ。……ギヒ、ギヒャ、ギヒャハ、ギヒャハハハハァ!!!』
下種の極みに達した汚い嗤い声が、暗い森を抜け、遠くまで響いていく。
それはいつまでも続くように、ルクスと楓の耳を劈くばかりだった。
ソルガルム『──アァ、笑ッタ笑ッタ。 サアテ本来ノ目的ヲ達成スルカ。
オ前ラニ興味ハナイガ、邪魔スルナラ同ジ目ニ合ワセテヤルカラナ』
散々大声で笑い転げ、その笑いのツボから抜けきると、
本来の目的を思い出したかのようで、ルクスにその隙だらけの背中を見せた。
…瞬間、俯いたままのルクスの周囲に膨大な数の魔力弾が一斉に生成され、
その全てがレーザー光のように輝き、同時にソルガルムを貫通──するも、
貫通した胴体は霞み、虚無のように全てをすり抜けさせたのだった。
ソルガルム『ツイサッキ邪魔スルナラドウスルカ、聴イテイタダロウニ』
ルクス「絶対に……絶対に、逃がしませんから……ッ!!!」
ソルガルム『…オッ?』
面倒くさそうに、攻撃してきたルクスに先の事を言い返そうとした所で、
自分の両手両腕にふと光の輪が生成されている事に気付くソルガルム。
それは先程レーザー光を発射した中に紛れさせていたルクスの拘束魔法。
だが魔力が安定せず発動したそれは、振り払えば一瞬で振り払える脆弱なものだった。
ソルガルムは慌てる様子もなくそれを振り払おうと、踵を返したその視線は、
涙を湛えながらも必死の形相で睨むルクスを飛び越え、その先を捕える。
先程から一切の反応をしていなかった「彼女」を。
ソルガルム『──オイ、何ヲ』
気付けばそれは、どういう事か影の塊に馬乗りになっている。
既にアレに対し何をしようと一切問題にならず、全て無駄な行動にしかならない。
そのはず、なのだが……様子がおかしい。
同時にそれは、全力で阻止せねばいけないという焦燥感に駆られた。
何故ならそれが掲げている拳が“尋常でない強烈な輝き”を発しているからだった。
ソルガルム『何ヲシヨウトシテイルッ!!!』
楓「グリッドのぉ……おおばかぁぁあーーーっ!!!!」
だが気付いてからでは遅かった。
楓の様々な激しい感情を乗せた絶叫に呼応するように、
目もくらむようなまばゆい極光を宿らせたその拳が、影の塊に突き刺さる──。
*
黒。
ただ只管に、黒い。
上下も、左右も、そもそも平衡感覚すら黒で塗り潰されていた。
今自分が何をしているのか。どこにいて、どこから来たのか。
その思考の全てが淡く、この黒色の空間に薄く溶けて消えていく。
果たしてそれが自分の認識なのかも、感情なのかさえも、消えていく。
そもそも、自分は何者なのか。
一体何故、一体何を。
もう……なにも、わから──
『グリ……ド……き……へ、じ……て…! グ、リ……』
微かに、微かに何かがどうにかなった。
集中しようにもその方法が解らず、集中とはなんなのか。
もう、何も、なにもない──
『グリ』
──あぁ。
幻かくにしては、とてもとても、耳にのこった。
なんだろう どうして、みみに のこった のか。
『ぐり』
おもい だし、
も う、
ごめ ん ね
『ぉ……おおばかぁぁあーーーっ!!!!』
…
≪──ほぁぁ…宝石ですかぁ?とても透き通っててきれい…(ほぁぁ//≫
……まぶし ひ かり
≪えへぇ♡ ご気軽に呼んでくでくださいねぇ?こほん!(下手)≫
≪ほぁ、早速質問ですねぇ?…えぇと…とっても大好きですぅ!
優しくて、わたしがこんなほあほぁだから、とっても頼りになって、
おりょうりも上手ですしぃ…女の子にもてちゃうのはちょっとむぅっとしますけどぉ…(ぷぅ≫
な に か
≪えぇと…えと//…んぅ~///;(ポッ 今のままでも十分幸せですけどぉ…
いつかは黄色いお姉さん達みたいに、ずぅ~っと”連れ添って”いきたいな、っておもいますねぇ♡//
お仕事が大変なときも、辛いことがあったときも、ずっとずぅぅーっと、
笑顔で”おかえり”って迎えてあげたいなぁって…♪//≫
お かえ り
≪ほぁ?挫けそうなんですかぁ?;あ、あわわ…; んぅ(キッ)
だいじょおぶ、わたしがついてますぅ!いつでも一緒に頑張ってきたんですからぁ…≫
いつでも 一緒に、
≪”わたしにあなたの辛さを苦しみを痛さを分けてください”…えへへ、
”はんぶんこ”しましょぉ、ね♡≫
はんぶんこ──
≪…って、やーん恥ずかしですぅ;///(イヤンイヤン≫
このままじゃ、
はんぶんも、渡せやしない。
このままじゃ、
ただいまだって、言えやしない。
目の前に漂う袋と、虹色に輝く結晶のかけら。
手を伸ばし、引きよせて、両手でそっと握る。
暖かくて、優しくて、まるで甘く包み込んでくれるミルクのような光。
もう、忘れたりはしない。どんな辛く哀しい事で覆われたりしても。
ちゃんと『ただいま』と彼女に聞いてもらうために。
もっとちゃんと、二人で分かち合う為に──。
「僕は……もう、見失ったりはしない…!」
気付けば白く輝く空間の中、僕は大きな声でそう宣言して、天に手を掲げる。
すると周りの輝きがその手に集まって、大きな弓の形を象った。
もう片方の手には、既にまばゆいばかりの極光を湛えた矢が握られていて、
それを、見えない弓の玄に引っかけ、思い切り引き絞り、見極める。
グリッド「いつでも、いつまでも、君と一緒にいる為に──!!!」
その放たれた一閃の輝きは、白く輝くこの空間を更に白く染め上げた。
*
極光を宿した楓の拳が影の塊に突き刺さり、その輝きは一瞬で闇に飲まれる。
だがソルガルムは構うものかと、ルクスの作り出した拘束魔法を引きちぎり、
楓ごと影の塊をその大爪で斬り裂こうと飛びかかった、その瞬間。
ソルガルム『──ッ!?』
全身の血の気が一瞬で引くような強烈な悪寒がソルガルムを襲う。
咄嗟の判断で飛びかかろうとする自らの身を宙で捩ったその時、
一瞬の閃光が、理解を超越した速度で自身の身体の脇を突き抜けていった。
そして翻った身を着地させつつも、即座に臨戦態勢で構える。
ソルガルム『オ前……オ前ハ…ッ!』
唸るように問いただした先、球体だった影の塊はひび割れ瓦解していき、
落ちる欠片の中から、畳まれていた翼を勢いよく開き、ゆっくりと1人の影が立ち上がる。
その手には鮮烈な白き輝きを放つ、輪郭を持たない弓が握られている。
とすれば他の誰でもない、今も優しく強かな笑顔を浮かべるグリッド、本人だった。
ルクス「グリッド様!!」タッ
楓「グリッドー!! ヾ(゚ヮ゚*ノシ」ダッ
グリッド「お二人とも…ご心配をお掛けしmげふっ?!」「n(>ヮ<。n」ドスッ!
彼の登場を見てか、それぞれ傍に居たルクスと楓の二人が一斉に駆け寄る。
その内1人は駆けよるどころか突進のような勢いで突っ込んでくるものだから、
グリッドはその鳩尾に後頭部を受けて、思わず沈み込んでしまう。
流石にその様子を見てルクスも突撃しようとするのは止め、心配そうに声を掛けた。
ルクス「あ、あの、大丈夫ですか…?」
グリッド「うん、結構しっかりしたのが入ったけど、大丈夫……!」
苦笑いで返そうとルクスに顔を向けたグリッドは、はっとした。
良かった、と苦笑いする彼女の目元に蓄えられた大粒の涙の後を。
未だに鳩尾でグリグリと頭突きをしてくる楓の瞳も、だいぶ潤んでいるように見える。
恐らく…いやきっと、自分の為にそうまでしてくれたのだろう。
一瞬、全てを手放そうとしてしまった自分を恥じるばかりだった。
グリッド「……うん。大丈夫、もう僕は大丈夫ですよ(^◇^*」
自分を慕って、ここまでしてくれた二人を労うように頭を優しく撫でる。
そうして撫でられた二人もまた、それぞれ笑顔を取り戻したのだが、
ソルガルム『ナンダソノ“力”ハ! オ前ハ一体、何者ダッ!!』
無視されていたのにも関わらず、此方に襲いかかることもなく荒く問うソルガルム。
それを見て、傍にいる二人を一旦自分の後ろへと下がらせ、改めて対峙するグリッド。
まっすぐな視線と共に、大きな声をあげて名乗りを上げる。
グリッド「…僕の名前はグリッド・フィエルティ」
そしてその手に収まっている、煌々と輝く光の弓を突きだしてこう答えた。
グリッド「これは≪僕を想ってくれる、大切な人の輝き≫の力。
この力で…僕は、お前を封印する。二度とこんな事が起こらないように!!」
彼の雄々しい叫びで、戦いの火蓋は再び切り落とされた──。
ソルガルム『戯言ヲ!!!』
先に動いたのは、先手必勝と言わんばかりのソルガルムだった。
力を蓄え、両腕を思い切り広げた瞬間、周囲は黒で飲み込まれ一瞬で暗闇に閉ざされる。
そしてその闇の至る場所から、自らを象った無数の影が次々と産み出され、
その一つ一つが、あらゆる角度から鋭い牙や爪を象りグリッドへ襲いかかる。
グリッド「っふ!」
対するグリッドは輝く弓を構えて引き絞ると、
同時に大翼を羽ばたかせ、軽く浅く宙返りし自分の足元へと光の矢を放つ。
するとその矢は、黒く塗りつぶされた地面へと勢いよく突き刺さり、
太陽でも撃ち放ったかのような強烈な閃光を周囲に発する。
ソルガルム『グアァッ!?』
あまりに眩しい光の波状は彼を襲おうと向かってきた影を全て弾き飛ばし、
相対していたソルガルムを仰け反らせ、同時に暗闇で閉ざしていた周囲をも照らし掃った。
その瞬間にもグリッドは輝く弓を構え、何本もの光の矢を放ちソルガルムを狙う。
が、ソルガルムもその飛来する矢を自らの影で打ち消しながら、
素早く動き回る事で狙撃されないよう対策をしていた。その状態でそれは問いを投げかける。
ソルガルム『──何故ダ、オ前ハアノ時、確カニ精神ヲ…!』
もしかしたらそれは問いではなく、ただの自問自答だったのかも知れない。
ソルガルムは再び大量の影を産み出すと、グリッドへ向けて影を鋭く伸ばした。
対するグリッドも、再び大翼を広げて大空へと飛び立つと、
背後から幾重にも折り重なるように追跡してくる影を空中で撒いていき、
その間も彼から放たれた光の矢は、追跡する影を一つずつ確実に消滅させていく。
ソルガルム『貴様ラガ、貴様ラ鳥ドモガ…!』
最早その問いに意味はなく、ただ怨念の籠った唸り声でしかなかった。
大量に産み出した影の槍は届くこともなく、有効手段を失っていたソルガルムは、
その視界の端に映った、ただ茫然と眺めているだけの2体を捕える。ルクスと楓だった。
考えるよりもまず無意識にその2体へ影を伸ばそうとして、
──その両足の甲へ、光速とも思えるような矢が2本同時に突き刺さった。
ソルガルム『グガッ!?!』
無意識がグリッドから外れた事で、両足の自由は完全に奪われる。
そうなって見上げたかの空でソルガルムが目にしたもの。それは…、
グリッド「…残念だけど、僕はあの時あの場所に居なかった。
だからお前が封印されて味わった絶望感は知らない」
中空で制止し、輝く弓を構えて確かに照準を合わせているグリッド。
その弓が湛えた光は徐々に肥大化していき、彼の背後に大きな魔法陣も浮かび上がる。
グリッド「だけど、だからと言って復讐していい道理にはならない。
だから──これで終わりにするんだ」
構築され完成していく巨大な魔法陣は、膨大な光のエネルギーを周囲へと放っている。
同時に引き絞られている光の矢もまた、恐ろしい程の魔力を纏っていく。
その規模は少しずつだが、確かに空を覆い、遍く輝きに満ちていった。
圧倒的。 ただその一言が、ソルガルムの脳裏を過っていく。
ソルガルム『グ……ダガ、封印サレヨウト…俺ノ憎悪ハ消エナイ、終ラナイ…ッ!!』
そう、何十年、何百年もすれば再び封印は薄れるだろう。
その間に僅かでも力が蓄えられるなら、今度こそ完璧な状態になろう。
そして再び封印が解けた暁には絶望を振りまき、貴様らの子孫末代まで根絶やしにしてやる──!
…ソルガルムそう言いたげに、怨みがましくグリッドを睨みつける。
視線に気付いたグリッドは、しかしそれでも、その視線から目を逸らさず、
グリッド「ううん…終わらせる」
自身の何倍も巨大化した輝く弓と光の矢が一体化し、一筋の煌々とした閃光となった。
そして背後で完成した魔法陣が輝くと同時に、エネルギーのうねりが閃光を纏い一層と煌めく。
その輝きを、グリッドは万感の想いで、地上へと撃ち放つ。
彼の者が背負ってしまった、深い絶望を掻き消して欲しいと願うばかりの、一撃を。
グリッド『──セイクリッド・アロー!』
放たれたその矢は巨大な一閃となり、地上に光の柱を立ち上らせた。
*
途轍もない魔力の奔流をグリッドが放ってから数刻が経過した頃。
ルクスはその攻撃着弾地点にいたであろうソルガルムの存在を探知するも、
それらしい反応は一切見当たらず、また封印されたと思しき跡も発見できなかった。
彼ら2人で話し合いの結果で出した結論は、「存在の完全消滅」だった。
グリッド曰く、終わらせる気ではあったが消滅させるつもりはなかったようで、
本人の戸惑いぶりから、想定だにしていない事態である事が伺えた。
しかし、逆に発見できたものもあった。
それは同じくグリッドが放った魔法のようなものの跡地にて、
不思議な力によって守られるように浮いていた不思議な形の何か。
楓はそれが何なのかが皆目見当もつかなかったようで、頭を捻っていたのだが、
対するグリッドはそれが無事だった事に酷く安堵し、それを回収していた。
恐らくこれは、彼が彼女達と遭遇した際に持っていた、≪小さな木箱≫の中身なのだろう。
…こうして話し合いで現状がまとまった所で。
グリッド「…よし、それじゃあみんなの所へ帰りましょう(^◇^」
グリッドは安堵したように意気込むと楓とルクスの2人をいざなった。
だが対する二人は、そんなグリッドの優しい笑顔を前にしても動こうともせず、
ただ彼を見つめるばかりであった。「いつものように振る舞う」彼を見ながら。
ルクス「…………」
楓「………じー(゚、゚」ジー
グリッド「…あ、え、えーっと…(^◇^;」
その不服そうな二人の顔を見て、グリッドも少しずつバツが悪そうな表情になっていく。
二人が何故そんな表情をしているのか、一体何を考えているのか。
今ならはっきりと分かる。そう彼は頬を少し掻いた後に、二人へ深く頭を下げた。
グリッド「──本当にごめんなさい。二人には、とても悪い事をしてしまいました」
楓とルクスの二人は、魔物の親玉と戦う事を心配して追いかけてくれたと思っていた。
しかし実際はそれだけではなく、相談も説明もしないその態度に怒りを覚えてくれていた。
それなのに、自分のせいで危険な目に合わせた挙句、泣かせてしまった。
…自分がしたかった事、それは1人で達成しなければならないと思っていた。
そんな身勝手な我儘を、皆に優しく諭すように押しつけてしまっていた。だから…。
グリッド「これからは、みんなにちゃんと相談するようにします。
もしかしたら迷惑かもしれませんが──」
ルクス「迷惑だなんてとんでもありませんっ!!」
少し気まずそうに言おうとしたその言葉は、大きな声によって遮られた。
そして同時に力強い視線が、ルクスからグリッドへと向けられる。
ルクス「むしろちゃんと話して、相談してほしいです。迷惑を掛けられて困るよりも、
何も伝えられず、何も知らされず、力になれない事の方が寂しいですから…」
ぐっと力を込めていた視線が、話を続けると同時に力なく下がっていくのが分かった。
その縮こまった頭をグリッドがそっと撫でていると、隣からも声がかかる。
楓「そうだぞー、こういうのは「ほうれんそう!」ってルナもよくいってるし(゚ヮ゚*」
そのホウレンソウだと、報告義務が発生してしまうのでは…?と喉まで出て、そっと押し籠めた。
けれども、この二人が伝えようとしている気持ちは、きっと同じもののはず。
変な事を言い出した楓のお陰か、ルクスも目元をゴシゴシすると、楓に向き直る。
ルクス「…こほん。 楓様、それはもしかして食べ物のお話ですか?」
楓「え?? たべもの…はっぱのほうれんそう!? いやー!nn(>、<;」ノーノー
ルクス「駄目です、身体に良いんですからちゃんと食べて下さいっ! …ふふっ////」
楓「よしそうだ、はんぶんこ! はんぶんこしよう! Σd(゚ヮ゚*」メイアン!
≪…“はんぶんこ”しましょぉ、ね♡≫
グリッド「はんぶんこ──」
あの闇に囚われ、負の感情に押しつぶされて、自分という境界が曖昧になったあの時。
大切なものだと思い出したあの声が、教えてくれたとても大切なこと。
辛さも、苦しみも、痛みも、きっと分かち合えたなら、乗り越えられるはずだから。
グリッド「うん。今度からみんなの事をもっと頼るようにしますね。
もちろん譲れない所はありますが、あまり心配させませんから」
ルクス「…グリッド様!」 楓「ヾ(>ヮ<*ノシ」
その事こそ、みんなにちゃんと伝えないといけないだろう。
そして、乗り越えた先の未来で待っていてくれる、その人の元へ帰る為にも。
グリッド「帰りましょう。みんなに“ただいま”を言うために!」