――まいかの人生には、優しいひとがいなかった。
生まれてから、まともに外にすら出してもらえなかった。
地下に閉じ込められて、実の親にさえも嫌われる日々があるだけだった。
おとーさんたちと顔を合わせるのは一日二回、ご飯の時だけ。
『うにゃー』を邪悪だとか気持ち悪いとか、ひどいこともいっぱい言われた。
生まれてこなければよかったんだと、何回言われたか数えられない。
いつからだろうか。
ううん、たぶんいつからでもなかったんだと思う。
まいかには最初から、最初の最初から――誰もいないせかいが、普通だったんだ。
溢れていく。
こんなに泣いたのは、たぶん生まれて初めてだと思うくらいに、透明なものが溢れていく。
綺麗だった。
ぽた、ぽたと地面に落ちながら、その透明な雫は地面に落ちて弾ける。
なのに、ちっともいいものとは思えなかった。
いつからまいかは、綺麗なものを綺麗だと思えないようになっちゃったんだろう。
――まいかは、そこまで壊れてたのかな?
どうしてこんなに哀しいのか、まいかは全然わからない。
自分が正しいと思うことをやっただけなのに、どうしてまいかは後悔しているんだろう。
どうして、目の前で倒れている清正おじちゃんの体が、こんなにまいかの瞳から涙を流させるんだろう。
璃神妹花は、人のために泣いたことがなかった。
だって、今まで誰も優しくしてくれなかったから、誰かを大切だと思ったことさえなかった。
……まいかは、間違ってる。
そんなこと生まれた時からわかってる。
おとーさんたちにも沢山迷惑をかけたし、挙げ句おとーさんたちは――食べさせた。
狂ってるって、みんな言うだろう。
誰だってそう言うのが当然だから。
……おじちゃんは、ちがった。
ひとの死体をうにゃーに食べさせるような悪い子を。
抱き締めてくれた。
叩いてくれた。
撫でてくれた。
間違ってないよって、言ってくれた。
……遥光おねーちゃんも、そうだった。
うにゃーを綺麗だって可愛いって、そう言ってくれた。
まいかは嫌がるふりをしたけど、ほんとはすっごく嬉しかった。
おねーちゃんは何をしてるんだろう。
会いたい。会って――もういっかい、お話ししたい。
涙がぽたぽた地面に落ちていく。
流れてきたおじちゃんの真っ赤な液体に落ちて、ぽちゃんとはねる。
まいかのやったことが、そこにある。
目を瞑りたいけど、それはやっちゃいけないって――おもった。
……おねーちゃん、どこにいるの?
おじちゃんが死んじゃった。
まいかが殺した。
自分勝手に殺した。
お腹をぐさっと刺して、殺した。
やったらいけないことをやった。
ねえ、おねーちゃん。
おねーちゃんはどう思う?
気持ち悪いって、怖いって――思うよね。
気持ち悪い。
こんなに血塗れになった女の子は、怖い。
――……ううん、女の子ですらない。
こんなの、ばけものだ。
お腹がすいたから、誰かをごはんにしたことはある。
それは構わないことだって、生きている者を食べるのは悪くないって、ずっと信じていた。
……今なら、それも良いことじゃないって分かるけど。
信じていたことさえ裏切って、まいかは自分の理由で清正おじちゃんを殺したんだ。
おじちゃんは優しくしてくれた。
自分を殺したばけものに、最期まで笑ってくれた。
いっそ、思いっきり怒ってくれたら――よかったのかな?
でも、おじちゃんはまいかを助けようとしてくれた。
こんな悪い子を。
ばけものを。
どうして?
まいかなんて――まいかなんて。
「死んだほうが――――」
言いかけた時、まいかは目の前に一人の男の人がいるのを見た。
そして、右手は小さな女の子と手を繋いでいる。
男の人は女の子を守るためにいるって感じだった。
女の子は小さく震えていた。
怖いんだなっておもった。
当たり前だ。
でも――その子は、震えながら言った。
「……あの」
おっかなびっくり、って感じの声だった。
まいかはそれを、何も言わずに見つめる。
「……あなたは――どうして、まだそうやってるんですか?」
震えた声。
きっと、この子はまいかより年下だろう。
身長はそんなに変わらないみたいだけど、それはまいかが小さいだけ。
でも、目には何かがあった。
「……なに、が?」
冷たかったかな。
まいかにはもう、そんなことを考える余裕さえなかった。
――人殺しなのに。
助けてくれようとしたおじちゃんを殺したばけものに、何をしろっていうの?
「見てたんです……さっきの」
気付いてた。最初は、隣にいる男の人が危ないからって隠れさせていたみたいだった。
それが戦いに一区切りついたから呼んでいたのを見ていた。
そっか、ずっと見てたんだ。
「……こわくないの?」
「……こわいです。だって……人殺し、だから」
改めて言われると、ずがん――と、頭を殴られたような気がした。
痛かった。痛くないのに、心が悲鳴をあげた。
弱い。まいかって――こんなに弱かったっけ。
そうだ、弱かった。
まいかは、いつからか傷付かなくなっていたんだ。
ようやく、当たり前に戻れたってことなのかな?
「でも、どうしてもわからなくって。どうして――まだ、死にたいって言えるんですか?」
「……じゃあ、まいかはどうしたらいいの?」
まいかには、ほんとにわからない。
清正おじちゃんがどうして、あんなことを言って死んじゃったのか。
まいか以外はみんな分かってるのかな。
やっぱり――ばけものにはわからない?
「まいかはばけものだよ? 人を食べて、殺して、そんな人に生きる価値なんてあるの?」
「……ごめんなさい。それ――本音じゃないですよね?」
「え?」
まったく予想していなかった突っ込まれ方をして、まいかは思わず変な声を漏らしてしまった。
どういうことなのか、わからない。
まいか、ばかになっちゃったのかな?
「だって、自分で言ってるじゃないですか。自分のこと、『そんな人』って」
――うそ、と思って、すぐに気付いた。
こんなのただの偶然って、切り捨てることなんて簡単だった筈なのに。
なのに、反論しようとしているこの口は動かない。
年下の女の子に、言い負かされている。
なさけないけど――なさけないと思えないくらいには、まいかは混乱しているみたいだった。
「ばけものだなんて、逃げ道を作ってるだけで……生きたいって、思ってますよね?」
「ぁ、う――――?」
声にならない音が漏れる。
生きたいって、まいかが思ってる?
そんなの、嘘だ。
「だって、ほんとに死にたかったら、もう行動してるんじゃないですか……?」
嘘だ。
まいかは、逃げようとしてるの?
自分のやったことから、卑怯に?
死ぬことからも逃げて、間違いを直さない気なの?
――って、考えたところで。
まいかの頭の中に、おじちゃんの言葉がよみがえった。
『おぬし自身は間違っていない』。
『前を向いて生きろ』。
「あのお爺さんは、生きろって……言ってませんでしたか?」
言ってた。
清正おじちゃんは喋るどころか、ただ生きているだけでも辛い身体で言ってた。
まいかに間違ってないって、生きろって。
それなのに、まいかは死のうって考えてた。
じゃあ、何が正しいの?
人殺し。
人食い。
そんなまいかは、どうすれば間違ってないの?
清正おじちゃんの言う通りに生きればいいの?
それが正しいの?
どうして?
なんで?
「わかん……ない」
まいかにはわかんない。
もう、自分がどうするべきなのかの道筋すら、真っ暗に歪んでしまっているから。
清正おじちゃんがなにを伝えたかったのか、目の前の女の子は一体何が言いたいのか。
わからないまま、まいかはただ涙を流し続ける。
――壊れた、おもちゃみたいに。
「もう、どうすればいいかわかんないよ……ねぇ、まいかはどうしたら――いいの?」
本当は、まいかがこの子のおねーちゃんでなきゃならない筈なんだ。
たぶん、まいかの方がちょっとは大人なんだから。
でも、まいかはちっともおねーちゃんにはなれてない。
遥光おねーちゃんみたいに優しくしたり、銀丘おじちゃんみたいに賢く考えたりできないから。
生きてきた時間がどうであっても、まいかはいつまでも子供。
――大人になれない、時間の止まった存在。
じゃあ、もしかするとおねーちゃんはこの子の方なのかもしれない。
「そんなの、知らないですよ」
――目の前の小さな『おねーちゃん』は、まいかへ答えを返してくれなかった。
相変わらず声も足も震えているし、男の人に隠れるような形にも見える。
とても頼りないのに、彼女は何かを持っているように感じた。
まいかの足下で死んでいる清正おじちゃんを見て、目は恐怖に潤ませているけれど。
――けれど、ただの一回も弱音を吐いていなかった。
ぴちゃ、と音がした。
それが、まいかが血だまりに後退りした音だと、すぐには気付けなかった。
「私は、あなたじゃありません……だから、知らない。……けど」
けど、けど……って、『小さなおねーちゃん』はここにきて言葉を濁らせる。
何か、どう言えばいいのかわからないって様子だった。
頭の中で、言葉を必死に探しているっていうのかな。
とにかく、『小さなおねーちゃん』は一生懸命に見えた。
何もかも諦めようとしているまいかなんかより、ずっと素敵に見えた。
「……けど、きっと私があなたでも……そうなってると、思います。前の私、だったら」
前の私だったら。その言い回しが、引っ掛かった。
何かこの子も、辛いことを経験してきたんだろう。
でもこの子はそれを乗り越えた。
そこが、まいかとの違い。
「でも……人は誰だって、止まったままではいられないんです。いずれは、動かなきゃならない」
難しいよ、『小さなおねーちゃん』。
まいかは頭が悪いから、そんな難しいことを言われてもわかんない。
……分かりたくても、分かれない。
「え、えっと。その……どうせ動かなきゃならないんだったら、早く前を向いた方がいいと思いませんか……?」
前を向く。それは、清正おじちゃんが最期に遺した言葉だった。
まいかがどう考えても分からなくて、こんなになってもまだ分からずにいる言葉。
……今なら、わかる気がする。
清正おじちゃんは優しい人だった。
優しいおじちゃんなら、きっと――――
「……はやく元気になれって、ことなの……?」
「…………」
『小さなおねーちゃん』は無言で、男の人に隠れながらこくりと頷いた。
意味は分かっても、どうしてそういう答えになるのだろうかがまだぼんやりしている。
答えはすぐそこにありそうなのに、どうしてもその取っ掛かりを見つけられない。
それさえ見つけてしまえば何かを変えられるかもしれないのに、まいかの心はあまりにも足りなかった。
誰かと真摯になって向き合ったことなんて、なかったから。
だから、人の気持ちがわからない。
それは――まいかの、紛れもない弱さなんだろう。
「……でも、どうして? ――まいかは、人殺しなんだよ? こんな血だらけになって、誰かを血だらけにして、そんな悪い子が元気になってもいいの? ……教えてよ、もう、わかんないの……」
「……佐原さん」
『小さなおねーちゃん』はここで初めて、隣の男の人に助け船を求めた。
けどその様子はお手上げって感じじゃなくて、どう言えばいいかわからないって感じだった。
言葉が、足りない。頭のなかにある言葉じゃ、追い付かない。
佐原って呼ばれたおにーちゃんは、ちょっと目を反らしてみせた。
助け船を出すのはいいけど、『小さなおねーちゃん』のお手柄にしてあげたいって感じだ。
目を反らしたままで、ぼそりと小さく呟く。
「背負い込みすぎ――だろうな」
「……それです。そういうことなんです、つまり」
背負い込みすぎ……?
それって、悪いと思うなってことなの……?
全部今までのことを忘れ去って、
心機一転しろってこと?
「……じゃあ、まいかは全部忘れたらいいの? 清正おじちゃんのことも忘れて、前を見ればいいの?」
「うー……そういうことじゃなくて」
どうも、まいかはすっごく物わかりの悪い子だったらしい。
『小さなおねーちゃん』はどうやったら伝えられるか、頑張って考えている。
それを見ていたら、なんだか申し訳なくなってきて、まいかも頑張って考える。
やっぱり、最初に答えを見つけたのは『小さなおねーちゃん』だったけど。
「何も忘れないで、全部覚えたままで――それを引きずらないで、いればいいと思います」
「引きずら――ない」
その言葉には、優しさがあった。
そして、思わずうんうんと言ってしまいそうなくらい、まいかには覚えがあった。
今まで、いろんなことを引きずってきた。
人間の醜い部分を見たことばっかり引きずって、いつの間にかこんな異常者になっていた。
今だって、こういう言い方罪から逃れているようで嫌だけど、清正おじちゃんを殺したことを引きずり始めている。
……たぶん、何があってもまいかは引きずっていったろう。
ここで教えて貰わなかったら、死ぬまでにいくつのことを引きずっていくことになったのか、わからない。
……いいんだろうか。
まいかは、楽になってもいいんだろうか?
「……楽になりましょうよ。死んじゃった……えと、清正さん? も、絶対それを望んでると……思います」
いいのかな。
まいかは、人として生きてもいいのかな。
もうこの手は血で汚れちゃったけど。
顔は涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになっちゃったけど。
よだれがたらーって糸を引いて、口から涙やら鼻水と一緒に何筋も何筋も垂れていく。
鏡があったら顔はきっと真っ赤になるくらい、無様な姿だと思う。
だけど――あがいても、いいのかな。
清正おじちゃんも、許してくれるかな。
もう一度だけ、頑張ってみることを。
みんな――許してくれるかな?
「う、うぇ……うぇええ……!!」
「……あはは。私は、ヒーローなんて絶対なりたくないですね。疲れちゃう……」
控えめな笑顔で、照れ隠しのように笑う『小さなおねーちゃん』。
ううん、彼女はきっと、まいかなんかよりずっと強いひと。
前はどうだったか知らないけど、今は比べ物にならないくらい強いひと。
だから、彼女のことはこう呼ぶのが正しいんだろうと、まいかなりに考えた結論を出してみようと思う。
「――――ふ、ぇええええええ!! おねーちゃぁああああああん――――!!」
「え、ちょ、きゃっ!!??」
血だらけの身体だとか、そんなことはもう考えてられなかった。
赤ちゃんみたいに泣きながら、まいかは『おねーちゃん』へと抱き着く。
ごめんね。本当は、まいかがこうしてあげなきゃいけないのに。
でも、もう少しだけ、こうやって泣かせてください。
「……え、えーと……よしよし?」
……ありがとう、清正おじちゃん。
まいかは――まだ、頑張れそうです。
◇ ◇
「ひっぐ………ぐしゅ、うぅ」
すっかり泣き疲れたのか、若干ぐったりとした様子で妹花は座り込む。
その場に存在した誰もが、彼女を改めて責め立てるような真似はしなかった。
確かに責める要素は幾らでもあったろう。
なのにそれをしなかったのは、少女たちの戦いを見ていたからか。
他がどうであったのかはわからない。
稲垣葉月や被験体01号がどうであったにしろ、
銀丘白影のように終始沈黙を貫き通している輩もいる。
神谷茜と璃神妹花の戦いはあまりにも小さかった。
だが二人の戦いを経てもっとも多くの希望を獲得したのは、本人たちを除けば
佐原裕二、ヒーローを目指す少年だった。
茜は、初めて出会った時お世辞にも強いといえるような精神力を持っているとはいえないような弱者であった。
佐原のやったことはといえば、少しだけ勇気を授けただけのこと。
それも、スタートのラインへと立ったのは紛れもない神谷茜、彼女自身が確固たる意志で掴み取った選択だ。
間違いない――彼女は格段と強さを得ている。
その証拠に、こうして絶望のどん底からひとりを助け出した。
あれは、佐原裕二には出来なかったことだろう。
稲垣葉月には言葉が足りないし、被験体も同じだ。
銀丘など、もはや論外。
唯一話が通じそうだった佐原でさえも、彼女が固く閉ざしたその心をもう一度希望で照らせるかといえば難しかったはずだ。
彼女へと届かせたのは、神谷茜の純粋さがあったから。
年の近い少女が一切の打算を省いて、ただ己の中の思いを吐き出したその一生懸命さこそが、鍵となった。
――――固い硬い錠前への鍵。
まさしく奇跡だ。佐原は思う。
自分が助けた少女が、こんなことをするなんて。
恩着せがましくする気はないが、誇らしさがないといえば嘘になる。
だってこうして平穏がたとえ束の間のものであっても、戻ってきたのだから。
「良い気分のところ、水を差すようで悪いが」
――と、そこで終始傍観を貫いた男が口を開いた。
足は佐原たちへと向いており、両手をあげて交戦拒否を示している。
彼のサイキックからすれば両手を挙げる行為は白旗でも何でもないのだが、交戦の意志はそれでも見受けられない。
彼もまた、疲れている。
連戦で消耗した体力をこれ以上無駄に減らすのは御免のようだった。
「須藤の奴が逃げた。追おうかとは思ったが、まぁその価値はないと判断したのでな。見送ったよ」
須藤。
その名前に心当たりはなかったが、確かに最初駆けつけた時にはあった中学生くらいの少年の姿が消えている。
さっきまでのドサクサに紛れて離脱したようだ。
だがただ逃げたのならまだいい。
誰もが二人へと意識を集中させていたあの時に襲撃でもされたら、とんでもない犠牲を出してしまうところだった。
迂闊――佐原は己の不覚を恥じる。
それにしても、価値がないから見送ったとは、この人物の人間性がだいたい分かったよ……と、佐原はやや呆れ気味に思う。
逃げたのなら心配ではあるが、追う必要はないだろう。
須藤なる人物と面識はないが、おそらく何かしらのアテがあってのことだと判断する。
それよりも今は、少女の勝ち取った平穏に浸っていたい。
「……俺はお前を信用した訳じゃあねえ。そこんとこ忘れるな」
「私も同じ。あなた、すごく危険そうだから」
葉月と01号がほぼ同時にそんなことを言う。
こうなると自分の到着が遅れたのが悔やまれる。
もっと早く到着することが出来ていたなら、この状況でなにをすべきかにも素早く意識を回せただろうに。
とにかく、銀丘白影は『食えない』人物であるようだ。
落ち着いた雰囲気は頼りがいがありそうに見えるが、決して無防備に背中を預けてはいけない、だろうか。
それも今は安心だ。
これからがどうであれ、幸い今は何の火種も転がっていない。
「……ふん。余計な迷惑をかけられたのはこっちだぞ。謝罪を要求する」
ちっとも悪びれる様子がないのも、彼の味か。
「で、これからどうすんだ? そっちの嬢ちゃんもとりあえずは安心ってことでいいんだろ?」
話を切りだしたのは01号だった。
彼を無粋と称するのはあまりに筋違い。
彼が言わなければいずれは銀丘白影が、佐原裕二が、稲垣葉月が言っていただろうことだ。
『これから』――こんなにも密度の濃い物語が展開されているにもかかわらず、まだこのゲームは序盤戦も序盤戦。
時間にすれば、まだ六時間も経過してはいないのだ。
『いままで』に浸っている暇はない。
現実を見なければ、折角手に入れた希望さえも取りこぼしてしまう。
「――あぁ、それについてなのだが」
意外にも、傍観に徹すると思われた銀丘が最初にそれに乗った。
二人から反感を買っているのにこうも飄々としているのは見ていて逆にすがすがしいほどだ。
究極的な効率主義者。
無駄な気遣いや空気を読むことに時間は割かない。
そんな彼が次に発したのは、この場にいた全員が予想だにしない言葉。
つまり――――
「私は現在をもって、この殺し合い(バトル・ロワイアル)から手を引く」
――――殺し合いからの、回帰。
佐原は知らないことだし、銀丘本人がまず他人に漏らしていないことだったが、銀丘は決して殺し合いへ反対していた訳ではなかった。
機能不全のジョーカーの片割れ。
しかしその在り方は01号の反逆とはあまりに異なる。
自らの得が大きい方、より確実に生き残ることができる方をしっかり見定めて、スタンスを決めるというもの。
彼が設定したリミットは第一回放送――即ち、あと数分の後だ。
それまでに殺し合いの本質を見定め、決める腹だった。
「なんだ、信じられないって顔だな。悪いがこいつは本気だぞ。私は分の悪い賭けをするのは大嫌いな人間なんだ」
銀丘は闇に生きる人間だが、ギャンブラーではない。
そりゃあパチンコや競馬もしたことはあるが、よほどの安定したところでない限りは勝負を挑みすらしない。
彼は公平に見て、人無結の打倒を実現するのはまず不可能であるとの結論に一足先に至っていた。
それは、
須藤凛という資料(サンプル)が示した結果だ。
あれだけ勇ましくチーム結成を宣言した男は、それをたったの数時間しか維持することが出来なかった。
人間のエゴが、彼の思いを砕いた瞬間を見ていた。
だから、無理だと思ったのだ。
殺し合いへ乗らず、参加者間で団結して主催の牙城を落とすなど無謀だと、それこそ博打が過ぎると判断した。
だが――ついさっきの、神谷茜と璃神妹花の一件だ。
「璃神は完全に詰んでいた。はっきり言うが、私は璃神を抹殺するのが最善策だと考えていたものでな。そこのガキが出てくることなんぞ完全な予想外だ。ああ認めよう、私としたことが『不意を突かれた』。
正直どうでもいいから撃とうと思って見ていれば、璃神のヤツをころっと戻しやがる。あれには驚いたぞ」
銀丘は確かに疲労している。
しかし、ラハティの一撃に疲労は関係ない。
小娘二人に小僧一人。
衝撃の余波だけで十分に殺せる。なにも問題はなかった。
そこで彼は信じられないものを見たのだ。
打算を超えて、璃神妹花を救うことに成功した一人の少女。
成る程、と彼は思った。
そして、須藤凛がどうして失敗したのかも知った。
すべては簡単なことで、合理的とはかけ離れた希望論にあったのだ。
――須藤は、疎かにしてしまったのだ。
飯島が離れると言った時、彼には選択肢があった。
言葉でどうにもならなければ、無理に手を掴んだってよかった。
お前が必要だとか、そんな陳腐な言葉でもいいから大人びたことを言ってるガキを説得してやればよかった。
一刀両断は、あれはまぁ、仕方ないかもしれない。
だがあれにはあれなりの考えがあってのことだと、銀丘は既に察していた。
一刀両断が何か一腹抱えているのは銀丘に隠し通せることじゃない。
だから、彼女には警戒した。
しかし。
あれはあれで、そう無駄なことをするようなヤツには見えない。
須藤は、肝心なところで信じ切れていなかった。
飯島も、一刀両断も、自分はともかく他の奴らも。
それがいけなかったのだ。
信じないことはうまく生きる上で絶対に不可欠な心得だが、この場では必ずしも正しいわけではなかった――ということだろう。
「つまり、あれか? お前は勝算が無くなったからこっちに就くってことなのか」
「そうだ。……ああ、そういえばお前等に耳寄りな手土産もある」
そう言うと銀丘は不満げな表情をしている01号へと『それ』を投げて渡した。
一瞬何か分からなかった。
それほど、その金属製の輪っかがもたらす意味は大きかったのだ。
銀丘が投げて寄越したのは、紛れもない首輪だった。
サンプル、と表面に印刷こそ入っているが、寸分狂わず同一の品であることは既に銀丘が人無から確証も得ている。
銀丘と01号が主催側の手先であることは、当の彼らの口から聞き出していたし、今更驚きはしないが。
まさか、こんなものまで持ってくるなんて……!!
「そいつで手を打とう」
全員閉口せざるを得なくなる。
図々しいその立ち振る舞いもここまで来れば圧巻だ。
銀丘白影――本当に、食えないヤツ。
「あのぅ」
おずおずと口に出したのは、未だ小さく鼻を啜る妹花の頭を撫でながら困った顔をしている神谷茜だった。
見れば、妹花に抱きつかれていた茜の服は血で汚れている。
だが何よりも胸元。
胸元は大泣きしている妹花の顔面を直に受け止めていたので、それはもういろんな液体でぐちゃぐちゃになっていた。
涙や汗ならまだいい。
そこによだれと鼻水が混じり、とんでもないことになっている。
あれでは心地がいいわけがない。
「服、取り替えたいんですけど……」
人差し指で胸元を触ると、液体が手に付着した。
伸ばすとたらー、なんて擬音の似合うほど滑らかにそれは糸を引いていく。
慌てて衣服で拭っても、指先にはまだ唾液のやや生臭い臭いが残っていた。
妹花には悪いが、これでは臭いもきつい。
着ているだけでも彼女の唾液の臭いが鼻までやってくるのだ、ずっと着ているともなれば流石にあれだ。
妹花としても、服は着替えたいところだろう。
清正の返り血を浴びたおかげでその見た目は真っ赤。
彼女の為にも、早く着替えを探さなければ。
「妹花ちゃん……だったかな。ちょっといい?」
茜は妹花の顔を近づけると、その息の臭いを嗅いだ。
数時間寝ていたのもあるし、元々彼女が身寄りのない孤児であるからかもしれないが、口臭も結構きついものがあった。
それに、先程感情の高ぶりからか催した失禁と脱糞――これも、衣服ごと片づけておく必要があるだろう。
正直、大便と小便の悪臭も相俟って、璃神妹花という少女は近寄りがたいほどの悪臭を放っていた。
その臭いは01号のあたりまで届くくらいに、濃くキツい臭いだ。
手入れの行き届いていない公衆便所でさえも、もう少しマシな臭いだろうとさえ思える。
とにかく妹花は女の子なのだし、これはいけない。
茜は目の前の小さな少女が自分より年上なことにまだ気付いていないのだが――とりあえず、当面の行動の指針を提示したつもりだ。
「……あー。んじゃ、嬢ちゃん二人の着替えとか風呂とかを探すことにすっか。それならこの市街地にも――――」
01号の台詞は途中で遮られた。
全員が戦慄した。
――――――――放送が、始まったのだ。
【C-6/市街地/一日目/昼】
【稲垣葉月@新訳俺のオリキャラでバトルロワイアル】
[状態]:健康
[服装]:特筆事項なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、治療道具、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:
レックスに会いたい、死にたくない
1:放送を聞く
2:とりあえず、一件落着なの……かな?
3:凛君は余裕があったら捜したい
[備考]
※新訳俺オリロワ参加前からの参加です
※
高原正封の外見と名前を記憶しました
※
須牙襲禅の容姿のみ把握しました
【被験体01号@新・需要無しロワ】
[状態]:疲労(大)、全身各所にダメージ(中)
[服装]:特筆事項なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、栄養ドリンク×9、鶴嘴、首輪のサンプル
[思考]
基本:あいつの鼻を明かしてやるぜ。殺人は……あんまやりたくないな
1:放送を聞く
2:とりあえず、場の流れ次第でどうするか考える
3:あの獣(須牙襲禅)とはもう会いたくねぇな
[備考]
※ロワ参加前からの参戦です
※ジョーカーの特権として、首輪を装着していません
※銀丘がもう一人のジョーカーであることを把握しました
【神谷茜@需要無し、むしろ-の自己満足ロワ3rd】
[状態]:健康
[服装]:血で汚れている、胸元が鼻水と涎でべっとり
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:佐原さんについていく
1:放送を聞く
2:……がんばったよね?
3:服を探したい。出来れば妹花ちゃんとお風呂にも入ってあげたい
[備考]
※死亡後からの参戦です
【佐原裕二@サイキッカーバトルロワイアル】
[状態]:疲労(中)、背中に裂傷(処置済)
[服装]:特筆事項なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3、ピッケル、
青木林の支給品一式
[思考]
基本:《ヒーロー》としてこの殺し合いをハッピーエンドで終わらせる。
1:放送を聞く
2:茜ちゃんを守る。
3;これ以上人を死なせたくない。
[備考]
※サイキッカーバトルロワイアル開始前からの参戦です
※サイキックに制限はありません
【銀丘白影@サイキッカーバトルロワイアル】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(小)、爆弾残量1
[服装]:特筆事項無し
[装備]:同田貫正國
[道具]:基本支給品一式、ガソリン(5リットル)、ラハティL-39(9/10)
[思考]
基本:勝算がない。よってゲームへ反逆する
1:放送を聞く
2:場の流れに任せる。険悪になりそうだったら自分は抜けてもいい
[備考]
※ロワ参加前からの参加です
※主催者と契約した『ジョーカー』なので首輪の解除と支給品での援助を受けています
※01号がもう片方のジョーカーであることを把握しました
【璃神妹花@サイキッカーバトルロワイアル】
[状態]:健康、返り血(大)、失禁、脱糞、口臭悪化、悪臭を放っている
[服装]:血塗れ、下着が小便と大便でぐしゃぐしゃ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×3
[思考]
基本:殺し合いをする気はない
1:分かんないけれど、間違った存在なりに正しく生きてみたい。
2:清正おじちゃん――まいかは、がんばります。
3:茜おねーちゃんに着いていく。服とか探したい
[備考]
※ロワ参加前からの参加です
※《うにゃー》の食欲そのものがいけないことであると理解しました。よって、今後彼女が人を食物と認識することはまずないと思われます
※失禁と脱糞をしたことで、下腹部から悪臭を放っています
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最終更新:2013年01月05日 23:44