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パラべラム・アライヴ『半分の月がのぼる空-Walking with her under the half-moon』

走る少年の姿があった。
その姿に勇気や希望といったプラスのものは何一つとしてない。
虚ろな瞳で、汗を垂れ流して疾駆するその姿は、あまりにも無様だった。
もしも仮にここで良からぬ存在が彼に攻撃を仕掛けたとしたら、彼は何の対応を講じることも出来ないままに落命するだろう。
それほどまでに、須藤凛は敗北していた。
自分の失敗に怯え、他人のせいにしてきた彼の『これまで』を省みれば、この救われない姿も自業自得のものかもしれないが。

彼は信じなかった。
仲間が自分の下を離れていったことを、彼らの勝手だとすべて断じた。
銀丘白影が考察したように、最悪の結末を逃れる術はいくらでもあった。
飯島の脱退だって、彼の押し次第では避けられた話だったかもしれない。
そんな未来なら――彼女が悪しき狼に殺害される結末もまた、存在しなかった筈なのだ。
銀丘や一刀両断は強い。
彼らが本気になれば、二人を纏めて相手できる参加者などこの会場には数えるほどしか存在しないのだから。
無力な少女一人守るのは、お茶の子さいさいだ。
それを成し遂げられなかったのは、彼がまだまだ未熟だったから。

考えてみれば、酷な話である。
須藤凛という何の変哲もないキャラクターが背伸びをして請け負ったのは、曲者揃いの徒党を纏め上げることだった。
そんなもの、できるわけがない。
絶対に破綻することが目に見えている、無茶な話。
ただの中学生に押しつけるには重すぎた。それが、この市街地を巡る物語においてもっとも大きく残酷な悲劇だ。

その結果、クラスメイトの一人を破滅させた。
彼はまだ知らないことだが、狭山雪子という彼の級友。
糾弾し、否定し、喧嘩別れした少女。
彼女が茫然自失となっているところに、一人のあまりに巨大な悪性が浸食をし、結果として彼女は変化をしてしまった。
変哲もない世界から、弾かれてしまった。
彼に責任を要求するのは酷だとしても、これは彼の責任というしかない。
彼が狭山とあんな別れ方さえしなければ、少なくとも完全に精神を明け渡してしまうようなことにはならなかったのかもしれないのだから。
そんなことは露知らず、須藤は走る。

(くそっ、仕方がなかっただろうが!)

彼は脳裏で、必死に責任を逃れようと四苦八苦していた。
彼が逃げたのは、加藤清正璃神妹花が殺害し、神谷茜が彼女へと声をかけたあたりだった――身を守るために、だ。
冗談じゃないと思った。
璃神妹花という生物が、あんなにも危険なものだったなんて。
あの場にいれば当然狙われる。もしそんなことになったら、須藤凛にあれをはねのけるほどの力などある筈もない。

だから逃げた。
仕方がないことだった。
あの場に留まっていれば、自分は死んでいた。
ふざけるなと思った。
もう、あんな連中のせいで狂わされるのは御免だ。
俺は悪くない。
悪いのはすべて――

(あいつらなんだっ……俺は悪くないッ)

――そうだ。あいつらがすべて悪い。
飯島遥光が悪い。
銀丘白影が悪い。
一刀両断が悪い。
加藤清正が悪い。
璃神妹花が悪い。
早野正昭がいなければ浅倉は死ななかった。
狭山雪子が自分を糾弾したりしなければこんなことにはならなかった。
――自分を見失ったり、しなかった。
丹羽雄二天王寺深雪と、やり直すことも出来たかもしれない。
俺は悪くなくて――――全部他人が悪い。

「は、はははははは。はっははははははははッ!!!!」

須藤は息を切らしながら笑う。
夕日に向かって走りたくても夕日には時間が早い。
青春ドラマみたいなシチュエーションはここにはない。
あるのはドロドロの、絶望と失望だけ。
だからだろうか。必死に走っているこの状況さえもどこか可笑しく思えてきて、わけもなく笑いがこみ上げてくるのだった。
これは、壊れかけの須藤がただ一つ、失っていないもの。
失いかけて、もう欠片ほどしか残ってはいないけれど、それでも確かに微量ながらも残っている輝き。

「最低だな! 俺ってよぉ!!」

それは、自己嫌悪。
人間なら誰もが持ち合わせる自虐的な感情が、淡く輝いていた。
須藤は良心をすべて失ったわけではない。
徹底的に喰われてしまっていても、参加者を片っ端から殺していくような真似はしたくないと、そう思っていた。
極度の人間不信に陥っているのは自分でも分かる。
そうやって他人のせいにし続ける自分を忌まわしく思う『須藤凛』と、堕ちていく自分を正当化する『須藤凛』が同時に在るのだ。
理想と現実のギャップレーション。
思春期真っ盛りの少年ならではの課題は、しかし本来のそれよりも明らかに大きな存在として立ちはだかっていた。

ふらふらと、くらくらと、覚束ない足取りで須藤は歩く。
どこかを目指して。
自分を正しいと言ってくれる人を求めて、歩く。
その姿が、彼が糾弾した少女にそっくりであったことなど、知り得ない。
覚束ない足取りはまるで幽鬼のごとき不気味ささえ備えていて、顔にもありありと悲愴の色を浮かべている。
中学生といえば馬鹿の時期で、やんちゃ盛りの元気さこそが取り柄であるのだが――今の彼には、それが欠けていた。
覇気はない。
目の前で親友の死を目撃し、挙げ句間髪入れずに級友の少女に責任を追及されて、まともでいられるほどの強さがなかったから。


そんな彼にとっては、ひょっとすると幸運だったのかもしれない。
たとえ偽りでも、何かに身を委ねたかった者としては。
前からやってくる一人の少女は、あまりに尊く見えた。



「……狭山さん」



狭山雪子。
あの時に別れた筈の少女が、確かな足取りでこちらへ向かってきていた。
一瞬だけ気遅れしてしまったが、見れば様子が変だ。
さっきまでの彼女は、とてもじゃないが冷静ではなかった。
須藤と別れた時の冷たさはすっかり影を潜めているようで、須藤を見つけた途端に安堵の微笑みさえ浮かべてみせた。
――どういう、ことだ?
彼女はあんな風に笑っていただろうか。
浅倉の一件で責任を問う相手を間違えたことに気付いたのかとも思った。
須藤としても、狭山にはクラスメイトということもあり銀丘や飯島とは違う罪悪感の類を微量とはいえ持っていたのだ。
だからこの再会はありがたいものの筈だった。

なのに、違和感がある。
前方の愛らしい少女の笑顔に、違和感がある。
彼女はあんな晴れやかに笑ったろうか。
もっと慎ましく笑っては居なかったか。
瀬戸麗華といる時の彼女はこんなだったろうか?
自分に向ける笑顔は、こんなだったろうか?
思い出せない。
狭山の笑顔が思い出せない。

混乱する須藤に、しかし天使のように狭山は笑った。
元々須藤が狭山に少々特別な感情を抱いていたこともあってか、本当にその笑顔は天使と見まがうような美しさに感じた。
けれど、同時に悪魔のようにも見えた。
天使の仮面を被った邪悪な何かのようだと。

(莫迦じゃねえのか、俺は……!!)

しかし須藤は、それを自分の勘違いとして否定する。
罪悪感を抱えているのは既に述べた通りだ。
その罪悪感が、これ以上狭山を傷つけたら本当に取り返しのつかないことになるぞと、警告していた。
狭山はご丁寧に須藤の前までやってくると、ぺこりと頭を下げた。
愛らしい笑顔だったからこそ、痛ましく思えた。
頭なんか下げないでくれ。
ずっと、笑っていてくれ――――手のひらを返して、そんなことさえ思った。

「ごめんね、須藤くん。私、気付いたんだ」

それは須藤にとって、あまりにも大きな幸運だった。
願ってもないことだ。狭山との和解――ほんの僅かなすれ違いが巻き起こした悲劇で失ったものを、取り戻せる。
それ以上に望むべきことが果たしてあるだろうか?

「浅倉くんのことは残念だったけど、須藤くんに押しつけることじゃなかったよね……須藤くんの方が悲しいのに」

狭山は心からそう思っていた。
彼女は多少歪であっても、救われた人間だ。
だから、物事を冷静に考える力を取り戻していた。
浅倉の死は避けられた話だったかもしれないが、その責任を須藤ただ一人に押しつけてしまったのは、間違いだった。
彼は自分と同じ、ただの中学生。子どもなのだ。
間違えることはある。
どれだけがんばってもどうにもならないことが、ある。
自分だって、須藤と同じ状況に立たされたならどうにもできなかった筈。
どうだろうと考えてみた。
目の前でクラスメイトを殺されて、それで――そう、たとえば麗華ちゃんにでも糾弾されたらどう思うか。
……考えただけでも胸が苦しくなった。
そんな思いを須藤はしたのだ。
それであんな風に取り乱してしまうのも、仕方のないこと。

「い、いや……俺の方こそ、ごめん! 狭山さんに、その……ひどいこと、ずいぶん言っちまった」
「ううん、気にしないで」

須藤も、狭山がまさか戻ってきてくれるとは思わず、胸の中にあった違和感を気のせいとして既に切り捨てていた。
良かった――彼女は、分かってくれたんだ。
彼女を追った丹羽たちがどうなったのかを少しだけ考えはしたが、どうせ行き違いだろうと納得することが出来た。
今の須藤凛にとって、理解者の存在はあまりにも大きかったから。
ただし。それが彼をどう導くのかは別として。

「ねぇ、須藤くん。私ね、素晴らしい方に出会ったんだよ」

須藤は気付かない。
目の前の少女がしていた僅かな変貌の理由に。
彼女が自分を見つけた時に、隣にある男がいたことに。
この状況は所詮――その男に仕組まれたステージでしかないことに。

「私を助けてくれたし、私に間違いを教えてくれた。……あの方がいなかったら、須藤くんとこうして話すこともなかった」

誰だかは知らないが、確かに良いやつだ。
人間とは、自分に恩恵を与えてくれた存在を無意識に持ち上げてしまう生き物である。
単純と言えば単純で、面倒と言えば面倒な性質。
実際に出会っていない須藤には、とても狭山雪子を変えてしまった存在が愉悦を美酒とする奇人だなんて気付けない。

「――それでね。その方が教えてくれたの」

狭山の目には、輝きがあった。
艶やかな、彼女らしからぬ光があった。
彼女の親友である瀬戸麗華が見たなら即座に気付いただろうし、今は亡き浅倉翔が見ても疑念くらいは抱けただろうそれ。
繰り返すが、須藤には分からない。
理解者を得られた喜びに支配されているような男には、級友の些細な変化を悟ることなど不可能なことだった。

狭山は語る。
自分を救ってくれた男の、言葉を。
主催者の打倒を語り、そしてすべてを取り戻す手段を嘯いた男。
阿見音弘之の仕掛けた爆弾を、今こそ起爆させるのだった。


「人無結は願いを叶える力を持っている。
それなら――主催を倒した後で、強引にでもその力を手に入れられれば、失ったものは全部取り戻せるって」


それはまるで――禁断の果実を薦めた蛇のように。
狭山雪子は須藤凛を、自覚のない悪意で囲った。


    ◆    ◆


阿見音弘之は、その頃市街地エリアから脱出を果たしていた。
彼には明確な目的があるわけではない。
狭山や須藤への執着もそこまで強かったわけではないし、彼等を使ってやれる遊びはもう大方やってみた後だ。
今回弄ることのできた人間は、なかなかな量だ。
天王寺深雪の尊厳は破壊した。
丹羽雄二には守れない痛みを与えた。
狭山雪子はもう禁断の果実を食らった。
そして須藤凛は――見通しが正しければ、彼もまた果実を食らうだろう。

十分すぎるほど被害は出した。
それが被害になっているかどうかは別として、遊びの範疇で考えるならばかなり楽しむことができた。
これ以上を望んだら、罰が当たってしまうくらいに。

「楽しいですねぇ」

中でも最高に自分の幸運を実感したのは、丹羽雄二と出会うことができたことだろうか。
河田遥への火種とすることは出来なかったが、彼は果たして潰れるか。
須藤凛は狭山雪子から聞いたところで考えるに、潰れた。

ならばあの青年は?
壊れかけの人形の重みを、堪えきれるか?
それとも耐えられずに、放棄するか?

どちらでも構わない。
どちらにしろ一つの物語の結末としてはとびきり上等だし、どちらに転ぼうが自分は相当楽しめることが約束されている。
丹羽雄二が人間の弱さを露呈する。――それは面白い。
だが、神に蹴落とされた天王寺深雪が自分に一矢を報いるのも面白い。
その課程で命を落とそうと、まったく自分は構わない。
最上とする末路を遂げようと。
最低とされる末路を遂げようと。

「……おや」

――私は運命の展開されるに従うまでだ。

始まる放送を聞きながら、阿見音弘之はそんなことを思うのだった。


【D-6/野原/一日目/昼】

【阿見音弘之@愛好作品バトルロワイアル】
[状態]:健康
[服装]:特筆事項無し
[装備]:拳銃《百発百中》@四字熟語バトルロワイヤル
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品×1、肥後守ナイフ
[思考]
基本:《白鷺の神様》として祟りと称し愉悦を求める
1:ぶらぶらしましょうか
2:深雪と丹羽雄二に期待。自分を滅ぼすのなら、彼等がいい
[備考]
※愛好作品バトルロワイアル参加前からの参加です

    ◇    ◇


結論。
狭山雪子と須藤凛は、行動を共にすることにした。

それは互いの望むところであったし、両者の確執ももう取り除かれた。
故に、共に往かない道理がない。
一刻も早く残る『もう一人』のクラスメイト、瀬戸麗華を見つけだして保護するためにも、一人より二人の方が効率的だからだ。
しかし――彼等は既に、変哲もない自分を失った。
普通ではない、異常なまでのキャラクターを背負ってしまったのだ。
バトルロワイアルは平然と人間の価値観を狂わせ、時にその人生に幕を引くことさえある。
それは、二人の中学生についても例外ではなかった。
この会場に存在する参加者の中では、もはや普通を貫き通している参加者の方が圧倒的に少ない始末だ。
ただでさえ少ないノーマルが、つい先ほどまたふたつ完全に失われた。
狭山と須藤の執ったスタンスはただの対主催ではなく、対主催を名乗っておきながらも、マーダーに近い在り方をするもの。
狭山雪子が阿見音弘之から授かったとある『教え』をもとにして作られた、恐らくは阿見音本人も予想だにしていなかったろうもの。

――――それは、『危険対主催』だった。

主催者・人無結は願いを叶える力を保持している。
そこにどんな目的が在ろうとも、あれが嘘をついていない限りはそう。
ならば、この殺し合いで失われる筈だったすべての生命を、元通りに復元することが可能ということになる。

すべてを白紙(ゼロ)にする。
そうすれば、誰もが笑える筈だ。
最初この話を聞かされた時、須藤は何を言っているのだと思った。
反対したし、何より人としての倫理観がいけないと警鐘を鳴らしたのだ。
でも、よくよく考えればそれで損をする人間は存在しない。
銀丘や早野のような輩までもが得をするのは少し癪だが、バトルロワイアルの爪痕を消せるのなら妥協点だろう。

そして何より、浅倉翔。
自分の目の前で死んでいった親友を、取り戻せるのが大きかった。
責任逃れのために狭山雪子を罵倒したりもしたが、確かに彼に対して思うところはあった。
今冷静になって思えば、狭山がやらなくても自分の中の何かが延々と自分に責任を問い続けていただろうと思える。
だから、取り戻す。
こんなくそったれのゲームで失われたすべてを取り戻す。
だが表向きは対主催だ。
目的も信用ならないヤツには明かさずにおいて、賛同してくれる者のみをよく選んで協力者に据える――。

もしも。
もしも、自分たちの邪魔をするヤツが現れたなら。
マーダーが現れたなら。
生存していても足を引っ張るだけの弱者を見つけたなら。
その時は――――容赦なく殺すのみだ。
それが少年少女の選んだ殺しの道。
彼等なりに考えて打ち出した結論。

だが、果たしてその先に待つのは本当に救済なのだろうか。
彼等には、そんな足下のことを気にかける余裕すらない。
救済者にすべてを委ねた少女と少年。
彼等は盲目に、白紙だけを渇望する。
そんな彼等にとっては、今更放送などどうでもいいことだった。

鳴り響く放送。

放送が始まってもなお――二人は楽しそうに笑っていた。
少し前では考えられないほど和やかに、穏やかに。


【C-6/市街地/一日目/昼】

【狭山雪子@変哲もないオリキャラでバトルロワイアル】
[状態]:マインドコントロールによる洗脳
[服装]:三日月中学の女子制服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、カッター、スタンガン、ランダム支給品×3
[思考]
基本:すべてのものを取り戻す
1:須藤くんと共闘する
2:マーダー、足手まとい、邪魔者については排除する
[備考]
※変哲もないオリキャラでバトルロワイアル参加前からの参加です
※支給品に武器の類はないようです
※阿見音弘之のマインドコントロールにかかりました

【須藤凛@変哲もないオリキャラでバトルロワイアル】
[状態]:顔に腫れ、体中にダメージ(大)、肉体的疲労(大)、左肩に刺し傷(処置済)、色々と吹っ切れた
[服装]:三日月中学の男子制服
[装備]:トンファー
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2、ボイスレコーダー
[思考]
基本:全てを取り戻す。振り返らない。
1:狭山さんと共闘
2:マーダー、足手まとい、邪魔者は排除する
3:これでいい。俺と狭山さんが正しい。
[備考]
※変哲オリロワ参加前からの参戦です
石川清隆の外見のみ把握しました
※一刀両断のルール能力について聞いたようです
※狭山から阿見音の仮説を聞きました
※全てを取り戻す手段を知ったことで、精神疲労などはある程度吹っ切れました


    ◇    ◇


――ここなら大丈夫か。
丹羽雄二は天王寺深雪を腕の中から下ろすと、そっと地面に寝かせた。
白いワンピースが汚れるかとも思われたが、アスファルトの上なのだしそれほどのことにはならないだろう、と判断してのことだった。
狭山に申し訳ないことをしたとは思う。
でも、今は彼女に意識を向けている暇はなかった。
それよりも、目の前の少女をどうにかしてやらなければいけない。
最も信用する存在に、完膚なきまでに打ちのめされた少女。
顔が僅かに腫れているだけとはいえ、悲痛そうな面持ちで眠る彼女の姿は思わず目を背けたくなるものがあった。
最初に出会った時から、彼女は決して強くはなかった。
人殺しの重さに耐えられないような、まだまだ幼い中学生の少女だった。

だがしかし、深雪はどこか凛々しさのようなものを確かに持っていたのだ。
未熟ながらも、阿見音弘之という存在へ寄せる敬意は完成されていた。
ここまで一人の人間を信用することなんて、不可能だと丹羽は思った。
新興宗教だからというのもあるのだろうが、もしも自分だったならここまで貫くことは出来ねえな――そんな風に、思っていた。
そんな凛々しい少女は、今目の前で静かに眠っている。
死んでいるのかと間違うほど静かに、今日この日二度目の気絶をしている。
もしもこれで彼女が死んでいるのだとしたら、それはどれほど報われない死なのだろうか。
こんな顔で死ぬなんて、それはあまりにも不憫だ。
壊れる前の深雪を知っているからこそ、尚更胸糞が悪い。

あの少女が、裏切られて哀しげな顔で眠っている姿が。
出会って数十分程度しか経っていない少女が、ひどく痛ましい表情を浮かべていることが、どうしようもなく腹立たしかった。

もっと下品に言えば、ムカついた。

どうして深雪がこんな目に遭わなければいけないのか。
阿見音弘之だって、彼女が自分のことをどう思っているかくらいは分かった筈だ。ああ、あの男は間違いなく”解って”いた。
解っていた上で――解っていたからこそ、それを弄んだのだ。
あれはそういう生物だ。
最低最悪の肩書きすら生ぬるく思えてくるような外道。
丹羽雄二はこれまでの人生で数多くの事件や事故の話を聞いてきた。腹立たしく思ったことだって、一つや二つじゃあない。
身勝手な動機の殺人犯には怒りを覚えたし。
子どもが命を落とすような事故にも苛立ちを抱いた。

――だが、これほどまでに救いようのない『悪』にはお目にかかったことがない。

あれは生きていてはいけない存在だ。

次に出会ったなら、その時は――――。
静かに丹羽は拳を握る。
それはぶん殴ってやる、という意志の現れとはまた違う。
それは、明らかな殺意だった。
次に阿見音とまみえた時には、彼を殺害する覚悟だ。
彼に狂わされたすべての人間の為に、そして何より天王寺深雪の為に。
終わらない神気取りの男が起こした人形劇に終止符を打ってやる。
が、同時に丹羽は自分への怒りも抱いていた。

「畜生ッ……あのとき、俺が天王寺を行かせずにいたら!」

思わず声の調子が強くなる。
今になって考えれば、阿見音を疑うのが遅すぎたのだ。
狭山があそこまでの変貌を遂げている時点で、天王寺には悪いが疑ってかかるべきだった。
そうしていれば――こんなことには、ならなかったかもしれないのに。
阿見音は武装をしていたが、組み倒せばこれ以上の被害を出させずに無力化することだって出来た筈だ。
それをしなかったせいで、深雪は傷ついた。
俺のせいだ。
なんて情けない。
丹羽は地面を無言で殴りつけ、静かに奥歯を砕けんほどの勢いで噛みしめた。

「なぁ、天王寺」

深雪の額に手を当てて、丹羽は呟く。
その目尻には透明な液体が溜まる。
守れなかった悔しさと情けなさが、彼を苛む。
とその時、眠っていた深雪がゆっくりと閉じられていた瞼を開いた。

「うにゅう…………さん」

少女の寝起きを見るのは二度目だ。
一度目はどこか子どもらしい、微笑ましいそれだった。
しかし今回は違う。
疲労を滲ませた瞳で、辛そうに丹羽を見つめている。
眠ったからといって、すぐに精神(こころ)に受けたダメージが癒えてなくなるかといえばそんなことは決してない。
彼女の脳裏には、今も真新しい記憶として刻まれているだろう。
自分が絶対の信頼を寄せていた存在に、自分に生きる意味を与えてくれた尊い存在に、自分のすべてを否定された事実が。

それはあまりに冷酷に、彼女へと降りかかっている。
口腔を中心とした痛みよりも、精神をじくじくと蝕んでいくどす黒くて見えない何かの方が、とても苦しくて耐え難かった。

「天王寺!? 大丈夫なのか、天王寺!!」
「……なんとか」

それが嘘であることなど、誰にだって解る話。
彼女はどう見たって大丈夫そうには見えなかった。
その瞳が、苦しいと訴えていた。
しかし丹羽には、どんな言葉をかけたらいいものか分からない。
彼は決して、恋愛ゲームの主人公のような人生を送ってきた訳ではない。
だから、こんな時どんなことを言えばいいのか分からなかった。
それは責められることではない。
それは人として――普通のことだから。

「えへ……私、全部なくしちゃいました」

渇いた微笑みで、彼女は言う。
このとき丹羽雄二は、笑顔と泣き顔が実は紙一重であることを初めて知った。
深雪は確かに微笑んでいる。
淡い微笑みというのだろうか、元気あふれる笑顔ではないが、慎ましやかであっても確かに彼女の表情は微笑みだ。
それなのに、どうしても丹羽にはそれが笑顔に見えなかった。
泣きたいのを必死に堪えているようにしか、見えなかったのだ。

「阿見音様の役になんか最初からたててなくて」

辛かっただろう。
衝撃だっただろう。
いままですべてを注いできた存在から否定されることは。

「それなら、私の人生なんてやっぱりただの空洞でしかなくて」

そうだ。
阿見音弘之へと仕えたその時から人生が始まったのだとすれば、彼の役に立っていなかった時点で、それは白紙。
真っ白な紙に真っ白なクレヨンで線を描いただけの、とても薄くて、遠目からでは絵にすら見えないような幻想。
――……つまり、空洞。

「――――結局っ! 天王寺深雪(わたし)なんて、どこにも存在しなかったんで「それは違うッ!!」――――っっ!!??」

丹羽は思わず、叫んでいた。
気の利いた言葉なんて、なくたって良い。
こんなちっぽけな存在の戯れ言に、最初からそんな力があるなんて思うな。
思い上がるな。丹羽雄二は、決して特別なんかじゃない。
一度黄泉への道中から戻ってきただけの、ただそれだけのくだらない男だ。
英雄でも主人公でもない、一般People。

「おまえは空っぽなんかじゃない――そんなことは、俺が認めない!」

けれど、自分をぶつけることは出来る筈だ。
自分の思いの丈をすべてぶつけて、それで駄目なら仕方ない。
が、やってみなくちゃ分からない。

――いいや。
そんな小難しいことなんて、最初から考えていなかった。
最初は本当に、どうすればいいのか分からずにただ泣きそうな少女の声を聞いているだけだった。
そのスタンスを崩した理由は、たった一つ。

「な――――」








――――――――天王寺深雪が最初から存在しなかっただなんてふざけた結論に、とんでもなくムカついたからだ。








深雪は思わず目を丸くする。
彼からかけられた言葉は予想外のものだった。
自分のような空洞の存在にそんなことを言ってくれる存在なんて、誰一人としてこの世にはいないと思っていたからだ。
丹羽は確かに目の前にいる。
その目は、阿見音がかつて自分に向けたものとはあまりに異なっていた。
阿見音は、一度だってこんなに真摯な目で自分を見てくれたりはしなかった。
でも目の前の青年は違う。
その瞳に――どきりと、思わず心がざわついた。

「最初から存在してないだぁ? はん、笑わせんなよ。おまえはここに確かに存在しているだろうが!
 気絶したお前を抱えてここまで来たのはどこの誰だと思ってやがる!!」

深雪は、何も言えない。
返す言葉なんて、思いつくわけがなかった。
彼の言葉はとても優しくて、当たり前のことを勢いに乗せて言っているだけなのに――とても、とてもとてもとても、暖かかったから。

「阿見音のクソ野郎がなんだ。おまえを今まで騙してやがったようなヤツのこと、この際忘れちまえ!!」

それは無理だ。考えなくても分かる。
彼の存在はあまりに大きすぎる。自分を助けてくれた存在だから、どうしても嫌いきることができない。
できないと分かっているのに、なぜだろう。彼が言うだけで、それはとても簡単なことに思えてくるのだ――。
肩を震わせて弁を振るう丹羽の姿には、とても嘘があるようには見えない。
我ながら、懲りないなぁと思う。
信じて裏切られたばかりなのに、いま天王寺深雪は、またもや目の前の存在のことを信じ込もうとしている。

「……うにゅう、さん」

やっと、言葉が出てくれた。
声はふるえている。
とてもじゃないが、格好いい台詞を発するなんて無理そうだ。
だけど、言わなきゃならない言葉はある。
それは忠義を捨てること。
かつての自分が最も嫌ったことを、自ら為そうとしている。

「私はもう、何も分からないんです……だから」

何も分からないというのは、比喩かと言われれば怪しいものがあった。
阿見音弘之という柱を失い、天王寺深雪は生きる意味を見失った。
右も左も分からない。



「――――私を、一生守ってくれますか」



それが、深雪の答えだった。
それはひどく一人よがりで、相手のことなんて何も考えてはいない。
でも、それ以外の道を歩くのはまだ無理そうだった。
もし丹羽雄二と共に、恋愛関係なんかじゃなくたっていい。
共に、一生を過ごせたなら。
自分は、せめてこの世に生を受けた本当の意味くらいは、知ることが出来るのではないかと、淡い感情を抱いたのだ。
それに、丹羽は数秒ほど呆気にとられたがすぐに破顔して答える。
わしゃわしゃと深雪の頭を撫でながら、優しく、しかし何よりも力強い言葉で――ほんの微塵も惑うことなく、言って見せた。


「こんな騎士(ナイト)で良ければ宜しくな、お姫様」



深雪は儚げに微笑む。
それはまたも、泣き顔のような笑顔だった。
でもさっきまでのような、悲しさからくる泣き顔ではない。
それは、嬉し泣きだった。
安堵と歓喜が堪えきれなくなって、笑顔を浮かべながらもその両目から透明な塩辛い雫をこぼして。


――――ちゅっ


初めてのキスは、鉄の味だった。
深雪の抱く感情は恋愛感情とはまた違う。
限りなく近いけれど、何気ない会話の中で、彼には既に意中の女性が居ることを女の直感で感じ取っていた。
それに、阿見音が言った『河田遥』の名前で確信に至った。
彼の唯一無二になることはできない。
だけど、このくらいは許してくれたっていい筈だ。
おとぎ話でも古くからの伝承の中でも、お姫様と騎士の契りといったら相場は決まっているのだから。
しばらく合わせていた小さな唇を離す。
丹羽が慌てるような様子を見せているのを見て、最初を奪ったかもと思うと申し訳なくなり、慌てて彼に謝った。
――けど、彼は「仕方ねえお姫様だな」とだけ、笑った。


契りは交わされ。
普通だった青年はまた一歩普通から外れ。
神の傀儡だった少女は新たな一歩を踏み出す。
空を見上げれば、そこには真昼の半月。
半分の月が、静かにのぞいていた。
これが始まり。
いつ終わるか分からない物語の――始まりだった。

          ・・
「そんじゃあ行くぜ、深雪」

      ・・
「……はい、雄二さん」


――半分の月の空は、僕らを照らしている。


放送が流れても、二人はしばらく誓いの余韻に浸っていた。


【丹羽雄二@DOLオリロワ】
[状態]:健康、強い決意
[服装]:パーカー
[装備]:イングラムM10(28/40)
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、お風呂セット、コンドーム数十個、防犯ブザー、チェーンソー、現地調達品[市街地]X@その他、ランダム支給品1~3、ウェットティッシュ、天王寺深雪の歯10本(ウェットティッシュに包んである)
[思考]
基本:守るべき者を守る。
1:『深雪』との誓いを果たすため、彼女の騎士として彼女を守る
2:河田遥を探す
3:阿見音弘之を次に見つけたなら、殺害する。微塵も容赦はしない
4:狭山雪子についてはいったん保留。次に出会ったら逃げるのが得策かもしれない
[備考]
※DOLオリロワ死亡後からの参戦です
※天王寺深雪と誓いを交わしました


【天王寺深雪@愛好作品バトルロワイアル】
[状態]:精神安定、両頬に軽度の腫れ、歯十本欠損
[服装]:白のワンピース、スクール水着
[装備]:アンテニー・ダガー
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:「私」の人生を生きる
1:『雄二さん』に誓いを果たしてもらう
2:彼の探し人とも会ってみたい
3:阿見音様――さようなら。
[備考]
※ロワ参加前からの参加です
須牙襲禅の容姿のみ把握しました
※丹羽雄二と誓いを交わしました
※丹羽雄二に特別な感情を抱いていますが、彼の唯一になろうという気はありません

※丹羽と深雪の誓い
  • 天王寺深雪を、一生かけて丹羽雄二が守ること。
  • 代わりに、深雪は自分自身の人生を見つけること。


※ロワ会場に半分の月が出ています。この月に何か意味があるかそれとも無意味な事柄かは、後の書き手さんにお任せします

※狭山雪子たちとはかなり離れた場所にいるようです






























――――Walking with her under the half-moon.
















【支給品説明】
【ウェットティッシュ】
丹羽雄二に支給。
二十枚の濡れたティッシュが入っている。ほんのりミントの香り。





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076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 加藤清正 GAME OVER
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 璃神妹花 090:EVE
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 須藤凛 :[[]]
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 銀丘白影 090:EVE
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 丹羽雄二 :[[]]
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 天王寺深雪 :[[]]
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 狭山雪子 :[[]]
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 被検体01号 090:EVE
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 稲垣葉月 090:EVE
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 被検体00号 GAME OVER
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 佐原裕二 090:EVE
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 神谷茜 090:EVE
076:パラべラム・アライヴ『目を覚ませ、セツナトリップ』 阿見音弘之 :[[]]

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最終更新:2013年04月29日 15:48