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P.T.(Perfect Trooper)事件


 P.T.事件は、日本連合帝國に於いて発生した、遺伝子操作ニ関スル人道倫理的問題ニヨル研究等ニ対シ規制スル法律及び既存ノ社会制度ヲ無視シ急激ナ変革ヲ行イ国民ニ著シイ混乱ヲ齎ス事ヲ禁ズル法律、危険物取締法、他重大犯罪行為を帝國高等行政庁国家警察局が摘発し、重火器を持ち出し抵抗する主犯者らを同国土管理局国土警備部が鎮圧した事件。事件そのものは事故として極秘裏に処理されたが、オホーツク公国南部を中心に交通・物流に対し混乱を招いた。

概要

 P.T.事件のそもそもの発端は、1975年以降の急速なバイオ技術、電子技術の発展にある。この技術に対し、日本軍の一部急進派(極右)勢力は、1992年、極秘裏に遺伝子操作と英才教育により3軍全てに必要な能力・知識を備えた最強の兵士を人為的に作り出すP.T.(Perfect Trooper)計画を立ち上げた。遺伝子操作された子供の『製作』には1999年には成功しており、2005年の第三次世界大戦時には身体の成長速度を極端に速めたP.T.計画の子供が戦場(ハバロフスク戦)にてナイフ一本でソ連特殊部隊40人以上を殺して回った記録が確認されている(なおこの子供は精神崩壊を起こしたため、研究所によって『破棄』されたと言われる)。この計画によって生み出された子供たちはどれも既存の人類に対し著しく身体能力を向上させていた他、知能も極めて高く生後5年の子供に対し小学6年クラスの教育が可能という驚異的なポテンシャルを持っていた。また、一部にはいわゆる超能力(ESP)を発現させる者も居たと言う。

発覚

 戦後の段階的軍縮の流れの中で、それまで外敵(ソ連)と対峙しているからこそ許されていた巨大かつやや財布の紐が緩めな防衛費も、引き締めが図られることになった。国会に提出する予算案を製作する上で過去の予算案を財務省が精査していたところ、辻褄の合わない部分が出てきたため、軍には内密で高等行政庁国家警察局へ捜査を依頼。国家警察局が内偵をすすめていく内に、P.T.計画の一環である『人為生命に対し先進小型並列電算機を組み込み脳処理能力向上を目指すプラン』で製作中であった、その件の先進小型並列電算機のコアとなるCPUとそれに搭載予定であった世界初の情報処理AIデバイス・プログラムを入手。裏づけが取れたため、国家警察局は2009年4月某日、強制捜査で最も中心的な司令塔の役割を果たしていた研究所に踏み込んだところ、研究所を極秘に警備していた傭兵らが武装蜂起した。

鎮圧

 重火器すら持ち出され捜査員らに多数の死傷者が出たため、国土管理局の特務部隊が出動。研究所が山間の人気の少ないところにあったのをいいことに、前日降った大雨で土砂崩れの可能性があるとして周囲十キロメートルを完全封鎖後、激しい戦闘の末に研究所を制圧した。この時の戦闘は、第三次世界大戦での巾呂府攻防戦並に苛烈であったと言われ、100人以上の死傷者を出した。

研究所

 やっと踏み込んだ捜査員らが目にしたのは、最強の兵士を人造する過程で失敗に終わりホルマリン漬けにされた胎児や奇形児、実際に戦闘に出されて精神を病み廃人となって檻に繋がれた子供たちなど、倫理的に極めて問題ある光景ばかりだった。さらに研究所には成長途上の胚の入った人工子宮なども残っており、これを直ちに停止することには問題が多々あった。

事後処理

 自体が明らかになるにつれ、表立って処理した場合軍部及び産業界が崩壊しかねない危険性が明らかになったため、当局は事態を枢密院へ持ち込んだ。その結果、残る胚などの生命の誕生までは研究を続けさせた上で、関係者全員を(社会的な意味で)抹殺することが決定される。これ以降数年間をかけ、軍及び産業界のトップや有力者が相次いで姿を消したのにはこういう裏事情があった。
 研究所は国土管理局による鎮圧後、わざと土砂崩れを起こし、それによって山中の地中に蓄積されていた有毒ガスが流出したとでっち上げ立ち入り禁止とし、以後数年間は面白半分での侵入も取り締まるべく国土管理局の隊員さえ常駐させていた。
 大人のエゴによって生み出された子供たちは、商都沖港区被災児救済センターなどを経由して後に軍が干渉したりしないようにひっそりと社会に送り出されていった、とされる。
最終更新:2008年05月20日 19:13