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日本連合帝國の鉄道


概説

 日本連合帝國に於いて、鉄道とは地域によって2種類に別れる。都市間旅客輸送が主となる地域と、長距離貨物輸送が主となる地域である。前者は日本列島や台湾といった人口密度が高く貨物輸送は高速貨物を除けば需要地域に近い港湾へ船舶で直接叩き込む地域であり、後者は沿海州や樺太・繁利亜等の人口密度が低く資源地帯が内陸にあり船舶の進入が不可能ながら貨物輸送需要の大きい地域である。特に前者では高頻度運転が求められる一方、後者では低頻度ながら長大編成の運転が求められる。
 その敷設には国家が大きく関与しており、各種整備法によって官民を問わず全土に亘って統一的な規格で整備されているのが特徴である。

歴史

 西暦1825年に蒸気機関を利用した鉄道がイギリスに於いて初めて実用化された。この技術は阿片戦争の頃に大坂政府へと齎され、既に初期の産業革命が進行しつつも、資源輸送の点で多大な負担を抱えていたため思う様に国力の伸長が実現出来なかった大坂政府は、輸送能力改善を齎すものとして蒸気機関共々大々的に導入を図った(そしてその結果、莫大な財政負担が齎され国内の金銀は流出し大坂政府は財政赤字に転落した)。
 鉄道の導入に当って民間資本の参入を見越した大坂政府は、官設鉄道で全国的な長距離鉄道網を整備し、私設鉄道で都市近郊の短中距離鉄道網を整備し、それらを同一規格にすることで相互乗り入れと鉄道網建設費の圧縮を目論見、鉄道敷設法を定めた。
 最初の営業運転は西暦1853年に始まり、旅客輸送に於いて大きな利益を計上した。この事が発端となって鉄道は儲かるという思惑から、大坂時代に蓄積された富を投資して更に増やそうと目論んだ豪商や諸侯らが、その基盤地域での鉄道敷設を図り、大坂政府の敷設する官設鉄道に出資して誘致を図ったり、独自に私設鉄道を敷設したりする様になる。この流れは15年後の西暦1868年、明治維新によって従来の封建制度が崩壊し近代的な天皇主権の立憲君主制に代わっても、鉄道事業を所管した新政府の逓信省に引き継がれた。
 当時の鉄道は蒸気機関一択であったので、木造家屋の多い日本では火災の恐れがありものとされたので、大坂政府の定めた鉄道敷設法では路盤幅員の左右に同幅員の鉄道附属地の確保を必要とした。この鉄道附属地は当初資材置き場などとして機能し、後に電気機関やディーゼル機関が登場すると、蒸気機関車の運行を行わない路線では鉄道附属地の確保が緩和されると、複線化や複単線化、複々線化の為の用地に転用されることとなり、棚から牡丹餅の形で線路用地確保に要する費用を低減することになる。
 西暦1894年からの日清戦争では兵力の集結や武器弾薬の港湾への輸送に於いて鉄道は大きな効果を発揮し、1904年からの日露戦争では、沿海州から繁利亜に掛けて、大兵力を鉄道により迅速に移動することで兵站的にも戦略機動的にも決定的な役割を果たした。また人口密度の低い極北の大地の結束力を高めるためにも鉄道が必要とされ、豊富な地下資源も眠る繁利亜の大地を最大限に利用し固守すべく、繁利亜から神威嘉に至る北方横断鉄道や、対露政策で仲を深めた英国との連繋深化の為の、荒棲家からカナダに至る北米横断鉄道の整備が急がれた。
 大正時代に入ると、主要大都市に於ける鉄道の運行密度と輸送量は既に限界が見え始めており、それに第一次世界大戦に於ける半国家総力戦体制が拍車を掛けた。更に鉄道沿線に鉄道会社が自ら街を造成して利用客を囲い込む等の手法が横行し、沿線人口は更に増加。日本独特の地形要因により隧道(トンネル)が多い事や、長大低速な貨物列車によって長い間踏切が塞がれる事象を嫌い、各地で立体交差化が行われる等の要因もあって、益々蒸気機関車の煤煙が問題となり、逓信省は補助金制度を設置して全国的な電化・無煙化(ディーゼル化)事業に着手する。これには第一次世界大戦の終戦で一挙に余剰した生産力と豊富な外貨が充てられ、終戦直後の戦後不興第一陣を回避することに一役買うことになる。
 更に西暦1923年の関東大震災に於いて、その敷設当初より大きな余裕度を以て確保された線路用地が、防火帯の一端を担った。この教訓を元に、政府や地方自治体、鉄道事業者、民意が揃いも揃って全国を災害に備えた最新の都市計画に基いて大改造を施そうと決意し、東海道本線や山陽道本線を始めとした輸送力強化(具体的には複々線化区間の増加)に協力的となったお陰で、各地で鉄道輸送力の強化が行われた。その一環として、大坂時代の船舶輸送に於いて盛んに用いられており、鉄道輸送に於いても不要であればそれ自体を搭載せずに(有蓋車に比して)貨車を軽量化出来ることから用いられていた船舶用大木箱(海上コンテナ輸送の走りとも言うべき存在で、長さ10尺×幅8尺×高さ8尺の直方体規格)を低床化した貨車に2段重ねにして積載することで、貨物列車の編成長大化に歯止めを掛けることが企図されたのもこの時期であった。この2段重ね輸送(正確には複層貨物輸送)計画に基いて、全国的な電化に於ける統一規格が定められた。
 全国の鉄道電化事業の多くは、隧道区間の多い路線から優先的に着手された。特に東海道本線に於ける加太越え対策は急務であり、勾配緩和や新線啓開が進められた。隧道に於いては元々やや天井高を煤煙対策で高めに取ってあったものの、複層貨物輸送に対応した電化となると明らかに不足であり、関東大震災級の地震に遭遇しても崩壊しない様、改めて当時の最新技術を投入して隧道を掘り直す様な大工事が、西暦1920年代~1940年代に掛けて相次いで行われた。エアコンの装備等、居住性の向上が行われたのも特にこの民意が国家を動かすことが常態化したこの時期である。
 第二次世界大戦ではこれら輸送力向上の施策が功を奏し、試算以上に大きな輸送量を発揮するに至った。またアメリカから一歩遅れて始まったモータリゼーションに関しては、その萌芽時期に資源節約が求められる大戦が起きてしまったことで自動車社会化に歯止めが掛かったことで、鉄道に対する利用者の定着化がより強固なものとなり、一息つくことが出来た。
 第二次世界大戦後、第一次中華事変を経てから自動車や航空機との旅客・貨物両面での競争が激化したものの、大量且つ迅速にヒト・モノを輸送することの費用対効果に於いて鉄道は他の追随を許さず、鉄道では出来ない地域内輸送や小口長距離輸送、到達速度等の点で住み分けが進んだ。西暦1964年には複々線化を推し進めても尚輸送需要の限界に到達しつつ合った東海道本線の純粋な線路増扱いで高速鉄道である新幹線を開業し、当時斜陽の業界と言われていた鉄道界に革命を齎した。西暦1970年代には鉄道事業の規制緩和を行い、高止まりしていた運賃設定の低減や、過疎化対策も兼ねた地域振興すら含んだ赤字路線に対する徹底した梃入れが行われた。西暦1980年代には国鉄が半民営化され、現在に至るまでも船舶輸送に次ぐ国家の大動脈として機能し続けている。

規格

軌間

 大坂政府は鉄道敷設法を定め、財政的余裕(史実と対比した上で)と技術導入元であるイギリスの標準仕様から、鉄道輸送力を決定する軌間を国際標準軌に等しい1435mm(4.736尺)に定めた。

車両限界

 車両限界は、導入当時採用されていた船舶用大木箱(コンテナの前身とも言うべき代物で長さ3.03m(10尺)×幅2.424m(8尺)×高さ2.424m(8尺))を平台車の貨車に載せて輸送可能とすることを求めた結果、次の様に決定された。
  • 最大幅3636mm(12尺)、最大高4242mm(14尺)、最大長21520mm(71尺)
 また複層貨物輸送計画の発動に伴い、この車両限界は落とし込み型低床化車両を用いることを前提に、次の様に改められた。
  • 最大幅3636mm(12尺)、最大高5455mm(18尺)、最大長21520mm(71尺)

軌道

 鉄道敷設法に於いて定められた当初の線路規格は以下の通りである。
  • 甲種:最高速度110km/h、最大勾配15‰、最小曲線半径400m、軸重24t以下
  • 乙種:最高速度100km/h、最大勾配20‰、最小曲線半径300m、軸重20t以下
  • 丙種:最高速度90km/h、最大勾配33‰、最小曲線半径160m、軸重15t以下
 後の車両性能向上を鑑みて、新たに以下の規格が1930年に定められている。
  • 特種:最高速度130km/h、最大勾配15‰、最小曲線半径600m、軸重24t以下
 建築限界は複層貨物輸送計画採用後は総て複層貨物輸送に対応したものに改められている(複層貨物編成が走る予定がなくとも、電化規格に於いて架線高が複層貨物輸送に対応して高い位置にあり、運用上従来規格のままでは集電器が届かないため)。また特種規格で敷設された路線(線路改良により特種化された路線を含む)は踏切が無く信号機が改良された区間に於いて、最高速度を160km/hまで引き上げることが出来る。

電化

 日本列島自体は典型的無資源国であることから、無駄なく電力を使いたいという貧乏性的発想と、地磁気観測所への影響を避け、更に変電所の数を減らし設備投資金額を圧縮し、また当初より消費電力の大きな電気機関車を多数通す意図から、粘着係数が高く電動機起動制御の損失が少ない交流電源による電化が、全線に於いて検討された。これは車両の対費用効果という点で不利であり、況して都市部での旅客輸送に於いては交流車両に比べて軽量な直流車両の方が有利であり、都市近郊の旅客輸送には動力分散方式の方が適していることが、益々都市部に於ける交流電化の利点を薄めることになってしまっていたが、総合的な電化費用を抑制可能なことから、当時の高圧送電網末端の電圧規格と商用周波数を率直に用いた交流電化が採用された。
  • 交流電化:周波数50Hz、電圧25000V
 尚、交流電化採用原因の一因に、車両調達費が高くなることで利益が得やすくなり、金の回りが良くなると踏んだ車両製造者の思惑が絡んだとする説が常に実しやかに囁かれている。この電源規格はそのまま新幹線にも採用されることになり、新幹線の新在直通運転に一役買うことになる。

最終更新:2012年08月05日 04:15