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私はオペラ座の怪人。思いの外に醜いだろう?
この禍々しき怪物は、地獄の業火に焼かれながら――それでも天国に憧れる。
――――「オペラ座の怪人」より
☆☆☆
居間に置かれたテレビを点けてみると、歌番組の様子が映し出された。
今週のオリコンチャートの発表する司会者が、高らかに第一位の名を宣言する。
二位と大差をつけトップに輝いた名曲、それを生み出した歌手の名は、山口百恵と言った。
テレビをぼんやりと眺めていた少女――
本田未央は、彼女の名前くらいなら知っている。
たしか、1980年代に活躍していた有名なアイドルで、一人で何十億も稼いでいたらしい。
そして同時に、未央が生きている21世紀では、既に姿を消している存在でもあった。
高らかに歌うアイドルを見て、否が応でも認識せずにはいられない。
ここは未央のいる現実ではなく、聖杯戦争の為に造られた虚構の舞台であるという事を。
(キラキラしてるなぁ)
精一杯歌ってみせる少女の姿は、同じ人間とは思えないくらい眩しかった。
所謂オーラという奴なのだろうか、常人とは違う輝きを放っている事が嫌でも分かる。
自分もあんな風にキラキラしたい。アイドルになりたての頃は、そう願っていた。
そしてその願いは、きっと実現すると根拠も無い自信に憑りつかれていた。
そんな感情、現実になんら作用する事もないというのに。
(きっと私とは、全部違うんだ)
テレビの中のトップアイドルは、弱音一つ吐かずに戦ってきたのだろう。
死に物狂いで努力して、無名時代の頃は必至でアピールを続けて。
そうする事で、彼女はようやく栄光(キラキラ)を手に入れたのだ。
(やっぱりダメだよ、私……)
未央が思い返すのは、絶望していたかつての自分自身。
アイドルになってから二度目の舞台、そこで目にした抗いようも無い現実。
それを目の当たりにした途端、未央の心はいともたやすく折れてしまった。
――もういいよ!私、アイドルやめるッ!
善意で宥めようとしたであろうプロデューサー、そんな彼に浴びせた罵倒。
それを思い出す度に、自分がやってしまった事の大きさを嫌でも理解してしまう。
そしてもう、その過ちは取り返しようがないという事さえも。
舞い上がっていた。アイドルという夢を叶えた自分自身に。
思い上がっていた。アイドルになれる力を持っていた己に。
結局の所、こんな弱い自分は相応しい存在ではなかったのだ。
シンデレラの舞踏会に挙がるには、本田未央はあまりに脆過ぎた。
それこそ、落としたら簡単に砕けてしまう硝子の様に。
(……結局、謝れなかったなぁ)
未央がこの聖杯戦争に巻き込まれたのは、あのライブから数日後。
自己嫌悪に陥り、自分の部屋に引きこもっていた最中の事だった。
気付けば自分は、昭和50年にタイムスリップしていて、そこで殺し合いをするよう命じられたのだ。
正直な話、意味が分からないとしか言いようがなかった。
いきなり拉致された上、聖杯狙ってお伴と一緒に頑張って下さいなんて、いくら何でも急すぎる。
聖杯戦争を知った当初は、タチの悪いドッキリではないのかと、まるでアイドルの様な事を思ったものだ。
しかし、実際にサーヴァントが現れて、未央はようやく現実を視認する。
これは決して虚構などではなく、此処で行われる闘争も本物なのだという事を。
そしてきっと、この舞台で命を落とせば、元の世界に死体すら残せない事も。
そう、未央は今、聖杯戦争という名のステージに立っているのだ。
されど、そこでどう動くべきなのか、彼女は未だ決めかねている。
すっかり弱ってしまった心が、決断を鈍らせてしまっている。
――キラキラしてねえな、お前。
召喚されるなり早々、ライダーに言われたその一言。
普段なら気にする筈もないそれが、未だ未央の心に張り付いている。
「当たり前、だよ」
私は最初から、キラキラなんかしてないんだもの。
それはテレビの中のアイドルの物で、私のものなんかじゃないんだもの。
山口百恵が、こちらに向けて笑顔を振り撒いていた。
それは、未央が目指していた輝きで、しかし掴み損ねてしまったもので。
紛れもなく、彼女が聖杯に託すに相応しい願いでもあった。
いたたまれなくなって、テレビのチャンネルを変更する。
アイドルの姿は画面から消えて、代わりに児童番組が映し出される。
適当に触ってしまったせいで、普段は見ない番組に切り替えてしまったようだ。
テレビのスピーカーから流れてくるのは、子供達が歌う童謡であった。
その曲のタイトルは、未央はおろか日本の国民の大半が知っているだろう。
しかしながら、そのきらきら星という曲を、彼女は久方ぶりに聞くのだった。
きらきらひかる おそらのほしよ
まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる おそらのほしよ
画面に現れる、星降る夜空のアニメーション。
子供向けらしくデフォルメされたその景色は、高校生の視聴に耐えうるものではない。
それなのに、未央にはその夜空の星型達が、あまりに美しく見えてしまって。
夢遊病の様に手を伸ばして、そして当然の様に宙を掴む。
そうした直後、自分でも知らない内に、頬に涙が伝っていた。
落涙の理由が分からない。それでも、無性に泣きたい事だけは確かだった。
きらきら星が流れる中で、少女は独り泣き続ける。
その光景は、キラキラとはあまりにかけ離れたものであった。
★★★
真夜中の空に煌めくのは、数えきれない星々だ。
闇の海で一様に輝くそれらは、どれもが宝石もかくやの光を放っている。
地上全ての民が目にしたであろう芸術、それがこの星空であった。
その光の群れに、独り手を伸ばす男がいた。
掴める筈もないのに、渇望するかの如く腕を動かし、やはり掴み損ねる。
彼とて、夜空の宝玉は手に入れようがない事くらい、当の昔に理解している。
されど、男は手を伸ばしてしまうのだ――その光こそ、彼が求めたものであるが故に。
「……相変わらず、キラキラしてやがるな」
うわ言の様に呟くこの男こそ、未央のサーヴァントであった。
本田未央に召喚された騎乗兵(ライダー)のサーヴァント、その真名は"ゼット"。
シャドーラインなる組織の皇帝にして、最も強大な闇を抱えた魔王である。
闇の住人たるライダーの眼差しは、今も星空に向けられている。
黒色の中で輝く光達を、彼は羨望を込めた瞳で見つめている。
相反する存在である筈のそれを、幾度も掴もうとして、失敗していた。
「羨ましいぜ。未央にも教えてやりてえくらいだ」
夜空の星は、お前よりよっぽどキラキラしてやがるぜ、と。
そう言った後、ライダーは自嘲気味に小さく笑ってみせた。
彼だって分かっているのだ、この言葉がどれだけ矛盾しているのかを。
闇の皇帝が光に言及するなど、考えるまでも無く珍妙な話ではないか。
そう、あろうことか、ライダーは光を渇望している。
かつて触れた"輝き(キラキラ)"を、己のものにしようと目論んでいるのだ。
聖杯に叶えてもらう願望も、勿論その"輝き(キラキラ)"の獲得である。
本来であれば、一度は諦めた願いだった。
どう足掻いても光は自分のものにならないと、自棄を起こしてかなぐり棄てた願望。
しかし、その捨てた筈の願いを叶える為に、ライダーは聖杯戦争に降り立った。
聖杯という万物の願望器は、きっと恐ろしいくらいにキラキラしているのだろう。
それを使えば、闇の皇帝たる自分にもキラキラが宿るのではないか。
末期に見たあの虹の様な煌きに、今度こそ近づけるのではないのか。
求め続け、終ぞ手に入れられなかったキラキラ。
思い浮かぶのは、戦いの最中に消えていった家臣達。
彼等の最期の言葉が、"キラキラ"の込められたそれが、今もゼットの心にこびりついている。
――私は『キラキラ』を手に入れた!
――さよなら、グリッタ……あなたは、もう自由……。
――陛下!失った闇はどうかわらわの闇で……!
――では陛下。偉大なる闇で、再び。
何故だ。
家臣達がキラキラを手に入れて、どうして自分だけそれを掴めない。
同じシャドーラインの住人が光を手に出来るなら、王たる自分にそれが出来ない訳が無い。
なのに、どうして。どうして独りだけ、キラキラを手に出来ないのだ。
闇は闇に還るべき、闇あってこそのキラキラ。
そんな事は百の承知だ、それ位痛い程理解している。
それが分かった上で、なおも諦めきれないのだ――かつて目にした、星の極光に。
その証拠に、ライダーが召喚に応えたのは、ただの少女だった。
アイドルを志し、しかし今まさにその夢を捨てんとしている女の子。
キラキラを抱える者でありながら、闇を生み出さんとしている存在。
正直に言うと、出会った当初は失望していた。
せっかくキラキラに惹かれたのに、その光がほとんど消えかけているとは。
だがそれでも、ライダーが未央を見捨てようとしないのは、まだキラキラが消え失せてないからだ。
(気付けてねえんだろうな……勿体ねえ話だ)
きっと未央自身でさえ、気付けていないのだろう。
昭和の古臭いアイドルソングを耳にする時、彼女の瞳は未練がましく光を灯すのだ。
きっとあれこそ、本来の未央が持っていた心の輝きに違いない。
故に、ライダーは期待せずにはいられないのだ――自分のマスターが、キラキラを掴むのを。
ライダーは小さく歌い始める。
星の歌を、いつか聴いたキラキラの唄を。
きらきらひかる おそらのほしよ
まばたきしては みんなをみてる
きらきらひかる おそらのほしよ
きらきら星を口ずさみながら、ライダーの姿は虚空へと消えていく。
彼は帰っていったのだ。自分の宝具にして根城――キャッスルターミナルに。
柳洞寺の地下に沈む巨大な城に、果たして何人が気付けるだろうか?
柳洞寺の底に蠢くは、一片の光無き闇の巨城。
されどこの魔城は、光を掴まんと動き始める。
闇の皇帝の終着駅は、栄光の証たる光か、それとも――。
☆★☆
――――彼等は未だ、三ツ星に届かない。
【クラス】
ライダー
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力:C 耐久:D 敏捷:D 魔力:A++ 幸運:E 宝具:EX(人間態)
筋力:A 耐久:A 敏捷:C 魔力:A++ 幸運:E 宝具:EX(怪人態)
【クラス別スキル】
騎乗:EX
乗り物を乗りこなす才能。
ライダーは光に騎乗(しんしょく)する。
対魔力:A
魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。
Aランクであれば、例えどのような大魔術であろうとも、同ランク以下の魔術を完全に無効化する。
事実上、現代の魔術師では、ライダーを魔術で傷をつけることは出来ない。
人理の誕生より存在する"闇"そのものたる彼は、破格の神秘を有している。
【固有スキル】
冥闇の化身:EX
人類が放つ光(キラキラ)と対極に位置する、嫉妬、憎悪、あるいは"悪意"。
ライダー及び"シャドー"と呼ばれる怪人は、それらの負の感情の源泉――"闇"に住まう存在である。
闇を取り込む事により、魔力の回復、能力の強化、傷の治癒などが可能となっている。
カリスマ:B-
軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。
Bランクであれば国を率いるに十分な度量だが、ライダーは部下に謀反される機会があった為、ランクが低下している。
変化:A
文字通り「変身」する。ライダーの場合、戦闘に特化した怪人態へと肉体を変化させる事が可能。
怪人態となったライダーはステータスが上昇し、「皇帝系キラーソード」を武器に戦士達を蹂躙する。
魔力放出(闇):A
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
禍々しき闇が魔力となって使用武器に宿る他、衝撃波如く放出し敵を吹き飛ばす事も可能。
【宝具】
『此処なるは終着駅、常闇の魔城(キャッスルターミナル)』
ランク:EX 種別:対光宝具 レンジ:- 最大補足:-
ライダーが率いる組織――シャドーラインの拠点となる城型の大型駅。
内部には人型兵器に変形する烈車「クライナー」が収容されており、内部ではライダーの配下が待機している。
また、闇を蓄える事も可能としており、ライダーの配下により生み出された闇は、全てこの宝具に蓄積される。
そして、この宝具はライダー自身の力と連動しており、ライダーは宝具に溜められた闇を自在に活用が可能。
現在は柳洞寺の下に沈んでおり、宝具としての事実を隠遁している模様。
【weapon】
『皇帝系キラーソード』
ライダーが愛用する両刃剣。怪人態への変化と同時に出現する。
『クライナー』
シャドーラインが保有する烈車。人型形態への変形が可能。
クローズが操縦する量産型の他、皇帝専用機を始めとした亜種も存在する。
ライダー始めシャドーラインの構成員は、これを用いて地上世界を移動している。
人型形態への変形及び戦闘には多量の魔力が必要であるが、闇さえ蓄えていれば不可能ではないだろう。
なお、クライナーは聖杯戦争の関係者、若しくはイマジネーションが豊かな者――主に子供にしか視認できない。
『クローズ』
闇から生まれるシャドーラインの戦闘員。特定の単語しか話せないものの、知能はそれなりに高い。
僅かな魔力消費でいくらでも生み出す事が可能であるが、戦闘力自体は低い。マシンガンや斧を得物とする。
【人物背景】
男は終ぞ、星を掴めなかった。
【サーヴァントとしての願い】
今度こそ、キラキラを手に入れる。
【マスター】
本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ
【マスターとしての願い】
もし、キラキラを取り戻せるのなら――。
【weapon】
無し。
【能力・技能】
アイドルなので、体力には自信がある。
【人物背景】
少女はいずれ、星を掴むだろう。
【把握媒体】
ライダー(闇の皇帝ゼット):本編第11話から登場。それ以降最終話(第47話)まで登場する。
展開や台詞等を記録した感想サイトがいくつか存在するので、そちらも参考になる。
本田未央:アニメ版6話からの参戦。
最終更新:2016年09月04日 02:16