朝日が空に顔を出し始めてしばらくした頃。
冬木の孤児院、二段ベッドの上で暁は布団にくるまっていた。
窓から零れ出た明るみに寝顔を照らされているというのに、暁は未だ寝息を立てている。
枕に頭を預けながら寝返りを打つと、瞼で閉じられた闇が戻ってくる。
あと5分、あと10分と心の中で呟きながら頑なに目を開けることを拒んでいた。

「…そろそろ目を覚ましたらどうだ?」

実体化したアカツキが、布団の中の小さな体を見つめながら声をかける。

「ぅうん……あと、ちょっと……」
「また奴が来て怒鳴られるぞ」
「――はっ!」

それを聞いて暁は何かを思い出したように寝間着に身を包んだ上半身を起こす。
急いで周りを見渡すが、隣のベッドどころか部屋には人っ子一人いない。
孤児院にいる他の子らは既に起床しており、暁が最後だった。

「また暁が最後…鎮守府の頃と同じだわ」

誰よりも遅起きなだらしなさを嘆きつつ、慌てて寝床から降り、ランドセルに勉強道具を詰め込むなどの支度を始める。
一応、現在は朝7時半前といったところで、小学校には余裕を持って登校できる時間だ。
だが、鎮守府も孤児院も定められている起床時間がそこらの家庭よりはかなり早く、結果として暁は寝坊扱いとなってしまうのだ。

「今日ばかりは無理もない。あのような形でルーラーから通達があればまどろみも醒めてしまうというものだ」
「うう~…」

昨晩、日付が変わった瞬間に突如時代設定を無視したモニターが現れたのはマスターの間では周知の事実だろう。
それが為された時は暁のみならずアカツキでさえも驚きを隠せなかった。
何せ、直接出向くでもなく使い魔を寄越すでもなく、従来のサーヴァントとはかけ離れた方法で接触してきたのだ。
アカツキ曰く、『まるで世界そのものを牛耳っている』らしい。
そして聖杯戦争の幕開けとその序章となる討伐令が敷かれたわけだが、あの不快感を催すぬいぐるみと間の抜けた声のせいで暁は深夜まで寝付けず、その分起きるのが遅くなってしまったのだ。

「あんな光景、忘れろって言われても忘れられないわよ…」
「とはいえ、討伐令をこなせば令呪が手に入る。勝利を追及するならば、令呪は蓄えて起きたいところだが、どうするマスター?」

討伐令の報酬は令呪一画と「スペシャルな特典」。
令呪一画につき二画分の恩恵を受けられるアカツキとしては、サーヴァントの役目を果たすためにも是非ともほしいところだ。
「スペシャルな特典」はあのぬいぐるみの態度からして碌なものではなさそうだが…。

「司令官が言ってたみたいに、備蓄は大事だものね。でも…本当にいいのかしら」
「…確かに、悪い奴には見えなかったな」

暁はモニターが変化して受け取った討伐対象の写真を思い返す。
人は見かけによらぬことは承知しているが、あのヒーローとは思えない触覚の生えたマッチョで危なそうなオジサンを除いてはそこまで悪どい人物には見えないのだ。
彼らがこちらの感じた通りの人柄だとしたら、気になるのは一つ。
なぜ彼らが指名手配されたか、だ。
仮に、彼らが暁のクラスメートが犠牲になった先日の誘拐殺人事件のような悪事を働いていたというのならば擁護はできまい。
しかし、アカツキも言っていたように討伐対象となった理由が提示されていない以上は彼らが犯人だという確証はどこにも存在しない。

「何かアーチャーにわかることない?」
「従来召喚される7つのクラスに当てはまらぬサーヴァント、そして未だにサーヴァントを召喚できていないことが気になる」

ルーラーとは聖杯戦争を滞りなく運用することを目的に召喚されるサーヴァント。
ともすれば、ルーラーは極力聖杯戦争で生じたイレギュラーを排除したいのかもしれない、とアカツキは考え得る可能性を挙げる。

「しかし、もしそうであればルーラーが出向き、令呪で自害させればそれで済むはずだ。あるいはそれができない理由があるのか?
ともかく、実際に会ってみないことには何とも言えんな。だが、お尋ね者になったからには奴らも警戒しているだろう。
奴らを狙う手合いとぶつかるのも避けられんと思った方がいい。考えも無しに話を聞きに行くというのは些か危険が過ぎる」
「じゃあ…」
「狩るか、会うか。いずれにせよお前が覚悟を決めん限り、この討伐令には乗らない方がいいということだ」

ランドセルに必要なものを全て詰め込んだ暁の手が止まる。
アカツキの見立てでは、聖杯戦争は短期決戦。
それは足踏みばかりしているとすぐに状況が変わってしまうことを意味する。
討伐対象もその過程で命を落とすといった事態も想定でき、聖杯の奇跡の力を取るか否かという難題よりも早く決めなければならない。

「あまり時間は残されてない…のよね?」
「ああ」
「と、とにかく今日は学校に行って様子を見てみるわ!もしかしたらばったり出くわすかもしれないし」
「無論、そうなれば懸念も杞憂に終わるがな。だが、今日だけでも聖杯戦争は自分の想定している以上に進行するだろう。学び舎に行っても決して気を緩めるな」
「わかってるわよ!」

そう言って暁は寝間着から着替えようと、いつものセーラー服を個人用のロッカーから取り出す。
ロッカーを開くと、暁の普段使う物に埋もれて大きな機械のようなものがあった。暁の艤装である。
セーラー服を広げ、暁が少し睨みを利かせてアカツキを見る。数瞬置いた後、アカツキは何かを察して霊体化した。
そろそろ孤児院の面々が一斉に朝食を食べる頃だ。
早く着替えないと、と考えた矢先に不意に部屋のドアが爆発したような音を立てて勢いよく開いた。

「暁ィ!!!また寝坊か!いつになったら直るんだ!」

大きな怒声をぶつけられ、小さな悲鳴を上げてから声のした方へ向く。

「魏さん…き、昨日はたまたまよく眠れなかっただけよ!」

ルーラーのせいでよく眠れなかったのは事実なのだが。
入り口から顔を出していたのは、モヒカン頭をした、2mは届こうかという強面の大男だった。
一応、こう見えても暁の住む孤児院『黒手院』に務める職員である。
外見通り怒るととても怖いのだが、一方でその義に篤い性格から特に男子から慕われている。
アカツキの言う「奴」とは魏のことを指している。
暁は寝坊の常習犯で、一日の始まりは魏に怒鳴られるところから始まるといっても過言ではなかった。

「それは昨日も聞いた気がするんだが?早く用意を済ませて出て来い。みんな食べ始めているぞ」

暁はすぐに返事を返すと、いつものセーラー服に着替えを済ませて食堂へ向かった。

「あらぁ~、暁ちゃんまた寝坊?いつも通り寝坊助さんだお」
「子供をからかうのも程々にしておけ、マリリン」

魏からマリリンと呼ばれたグラマラスな体型をした女性職員が暁に小言を漏らす。
食卓には、既に暁以外の児童や職員全員が並んでいた。
食堂一帯に立つ食卓はなかなかに大規模で、両端の席にはいつも孤児院で働く大人が座って一緒に食事を摂る。
マリリンの小言にむっとしつつも、暁は他の児童と挨拶を交わしながら空いている席についた。
卓上には、手をつけられていない朝食があった。
「いただきます」と手を合わせてから、一足遅れて食べ始める。

「さて、皆揃ったね。食べながらでいいから、聞いてほしい」

暁が朝食を口の中に入れたところで、食卓の最端、孤児達全員を一望できる場所から声が響く。
他の児童たちと一緒に、暁も声がした方を見る。
そこには、『黒手院』の院長であるインフーという人物が座していた。
銀髪で少々目つきが鋭いが、柔らかい物腰で魏ら職員や児童たちからの信頼は厚い。
まだ新任の院長だが、親のいない子供や仕事のないホームレスを積極的に『黒手院』に招き入れている人格者であり、暁も素直に尊敬していた。

「ここ最近、物騒な事件が相次いで起きている。特に暁の学校では、女子児童誘拐殺人の犠牲者が出てしまった。
知らない人にはついていくな、とはこれまで何度も言ってきただろうが、これからしばらくは今まで以上に気をつけてほしい。
噂をすれば過激派のテロリストも冬木に潜伏しているという話も出てきているからね。
それと、いきなり現れた大きな城にも近づかないように。調査団が派遣されているようだけど、進捗状況は芳しくないようだ。
私は君達を悲惨な事件で失いたくはない。身の危険を感じたらすぐに近くの大人に助けを求めること。いいね?」

インフーの朝礼代わりの注意喚起に、同世代の子供に混じって暁も「はーい」と返事を返した。
自分達のことを気遣ってくれるところから、提督に近しいものを暁は感じていた。

「それじゃあ、ここからは各自で登校してくれ。くれぐれも遅刻しないように」

そう言ってインフーは席を外し、それに続いて他の児童が一人、また一人と席を離れていく。
暁はというと、食べ終わった食器を片づけずにマリリンの所へ持っていき、恥ずかしげに「おかわり」と言って食器を差し出すのだった。

「アンタまたお代わりぃ~?いい加減大食いも大概にしとかないと、太るよ?」
「よ、余計なお世話よ!暁はまだ食べ足りないんだから」
「んで、一人寂しく部屋で食べてくるんでしょ?レディーが聞いて呆れるねェ」
「い、一人前のレディーは優雅に食事を楽しみたいのっ!」

それを聞いてマリリンは「はいはい」と呆れつつも食器に朝食を入れてくれた。
しっかりとお礼を言ってから、暁は元いた部屋へと戻る。
食器棚を両手に持ちつつドアを背中で押し、誰もいないことを確認して食器棚を床へと置いた。

「はい、朝ご飯。そろそろ時間なくなってきたから、早く食べてよね、アーチャー」
「…いつもすまんな。サーヴァントでありながら、どうも腹が減ってしまう性質は残っているようでな」

アカツキは実体化すると、正座して手を合わせてから朝食を食べ始めた。
食事が必要なのは空腹スキルによるもので、極度に腹が減るとうまく力を発揮できないらしい。
そのため、暁はアカツキが召喚されてからというもの、できるだけご飯を大盛りにしてもらうかおかわりするかして、なんとかアカツキに食事を提供していた。
「太る」「大食い」だと弄られるのはいい気はしないが、必要経費だろう。

「いいのよ。アーチャーにはナイトとして頑張ってもらわないと!」
「こうして飯を出してくれるのはとても助かる。だが、あのインフーという男…」
「インフー院長がどうかしたの?」
「いや…なんでもない」

アカツキは、舌鼓を打ちつつ黒手院で垣間見たインフーの姿を浮かべる。
その姿、顔立ち、声は、自らを陥れ、技術を独占しようとしたかつての上司に酷似していたのだ。
この聖杯戦争に奴もいる、とは考えたくはないが、他のNPCからも認知されており、黒手院の周囲に魔力の気配もないので他人の空似だろうと結論付けた。

(まさか…な)

「――ごちそうさま。うむ、美味だった」
「それじゃあ、暁は学校に行くから。アーチャーは――」
「同行しよう。聖杯戦争も本格始動した。今までのようには済まんと思え」

ランドセルを背負った暁の顔が強張る。
マスターであることを隠す以上、艤装を持って行くというわけにはいかない。
そうなると、暁個人の力などたかが知れており、アカツキだけが頼りとなる。
毎日のアーチャーの送り迎えを子供扱いとも言っていられないことを暁は肝に銘じた。








「それじゃあアニキ、オイラも行ってきやすぜ!」
「おう、気をつけてな」

魏に見送られる穂群原学園に通う年長の少年を尻目に、暁は小学校へ向かうべく歩を進める。
黒手院は、どちらかといえば暁より学年が上の孤児が多い。
もちろん年下もいるにはいるが、そこまで多くはない。
どうせなら高校生のロールがよかったと内心で考えつつも、暁は死んでしまったクラスメート・友梨のことを思い出す。
クラスではあまり目立つ方ではなかったが、暁とも遊んだことのある仲だった。

「友梨…すっかり元気になったのに…」
【友の死を悼むのなら、二の舞にならぬようにな】
【こ、怖いこと言わないでよ!アーチャーがいる間は安心だし…】
【慢心していては駄目だ】
【してないわよ。…あ】

すると、暁は思い出したようにアカツキに話していなかったことを持ち出す。

【そういえば、今日って4年2組に転校生が来るって話だったわね】
【転校生だと?】

4年2組への転校生。
これは友梨の死に沈んでいたクラスを活気づけるには十分な話題であり、暁もよく友人とこれについて話していた。
話によれば、車椅子に乗っているらしい。
アカツキはクラスの事情などには無頓着なようであったが、これには食いついた。

【うん。昨日くらいからこの話で持ち切りだったわよ】
【…マスター。その転校生には細心の注意を払え。】
「え?」

暁は念話ではなく、素で声を出してしまう。
周囲にいる同校の小学生から少しばかり注目を浴びるが、構わずアカツキの念話に耳を傾ける。

【どうしてよ?せっかく新しい子が来るのに、おもてなししなくちゃ――】
【考えてもみろ。ルーラーから通達があった日に転校してくる――あまりにも出来過ぎているとは思わんか?】
【あ…】

暁も合点が行ったという風に驚く。
当時は学生気分に浸っていて浮ついていたが、今日は「本当の聖杯戦争」の一日目なのだ。
そんな日に転校してくる小学生などどう考えても怪しい。

【全くの無害という可能性もないわけではないが…少なくとも、お前の苦手そうにしている小娘よりかは怪しいぞ】
【光本さん…】

悪目立ちしており、常に不愛想な表情を振りまいている暁の苦手なクラスメートよりも怪しいとなると、相当なものだろう。

【関わるなとは言わん。だが、お前に危険が及んだ時は独断であってもこの力を振るわせてもらうぞ】
【…うん】

アカツキと念話をしている内に、いつの間にか小学校の校門前に立っていた。
眼前にそびえる、いつもより不気味に感じる小学校を見上げながら、暁は小さく頷いた。


【一日目・午前(8:00)/C-5・小学校門前】


【暁@艦隊これくしょん】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] ランドセル(勉強道具一式が入っている)
[所持金]孤児院から渡されているお小遣い程度しかなく少ない
[思考・状況]
基本:聖杯で全てを解決していいのか決めかねている。
1:討伐令に関してはとりあえず様子を見る
2:転校生を警戒
3:食事時にはできるだけアーチャーにも食事をさせる
[備考]
  • 艤装は孤児院のロッカーに隠してあります。

【アーチャー(アカツキ)@アカツキ電光戦記】
[状態] 健康
[装備] 『電光機関』
[道具] なし
[所持金] マスターに依拠
[思考・状況]
基本:サーヴァントとしての使命を全うする。
1:転校生を警戒
2:インフーは奴に似ている…?

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最終更新:2016年10月30日 05:11