聖杯。
主にキリスト教由来の伝説として語られる、人類史上最高峰の聖遺物。
普段の彼にそんな話題を振ろうものなら、一秒と経たない内に「下らん」と切り捨てられること請け合いの与太話だ。
オカルトな神秘論を心の拠り所にするようになっては、人間は終わりだ。
特にそれが、命を賭けて臨む大義の前とあっては。
大義は、己の手で成さねばならない。
愚鈍な神の差し伸べる救いなど待っていては、千載一遇の好機を逃す。
その考えは今も毛ほども揺らいではいない。
たとえそれが、他ならぬ『聖杯戦争』の舞台の只中とあっても、である。
男は、狂っていた。
本人は決して認めはしないだろうが、誰の目から見ても男は精神に異常をきたしていた。
彼は恐れない、死を。
彼は恐れない、破滅を。
全ては、天命により定められた結末なのだ。
無念半ばに自分が果てることがあろうとも、それもまた一つの未来。
そう納得し、覚悟していれば、恐れることなど何もない。何処にもない。
革命家・
佐田国一輝。
それが男の名前であった。
彼が聖杯を求める理由は、その称号が語っている。
彼は、革命を求めている。
より多くの死をもって、腐敗した祖国に愛の鞭を振るわねばならないと。
そう願い、聖杯戦争に参加した。
というよりは――招かれた、というべきか。
「俺と同志の無念が……天に通じた」
彼は、本来既に死んでいる筈の人間だ。
その記憶は、今も脳裏にこびり着いて離れずにいる。
暗闇の中、噴き上がってくる恐怖と絶望。
次第に消えていく酸素、地獄としか言いようのない激痛。
蘇ってくるものを、佐田国は溜息と共に首を振って否定した。
二度と、あのような醜態は晒すものか。
だが、決して忘れ去りはしない。
自らの汚点として受け止め、自分を戒める楔とせねばならない。
……あの作戦で、多くの同志が死んだ。
志半ばに果てる無念、如何ほどのものだったか分からない。
報いなければなるまい、その生き様に。
革命の達成をもって、彼らの墓前に供える花とする。
その為には、聖杯が必要だ。
どんなミサイル兵器よりも万能で、価値ある兵器。
それを手にして、佐田国一輝は本当の祖国に凱旋する。
佐田国には、魔術の心得はない。
あの『立会人』どものような、人外じみた身体能力もない。
覚悟は決まっている。人を殺すことに、今更躊躇いを覚えるような柄でもない。
女子供を撃ち殺すことだって厭わないし、事実それで、心得のない人間ならば思うがままに殺戮できるだろう。
だが、優れた魔術師には勝てない。
あくまでも、佐田国一輝は人間だからだ。
聖杯戦争を勝ち抜くには、サーヴァントという武器で武装する必要がある。
佐田国は当然、立派な魔術回路など持っていない。
しかし、それを埋める手段はある。
魂を燃料としてサーヴァントに食わせ、擬似的な魔力のプールとすることで、魔力面の問題は解決できる筈だ。
まずは、純粋に高い戦力を持ったサーヴァントを引けなければ話にならない。
……結果として。佐田国一輝のもとに英霊の座から舞い降りたサーヴァントは、彼の要求通りの強靭な存在であった。
そう、力だけは。
「そんな目で見んと。火照ってまうわぁ」
佐田国には、この状況が理解できなかった。
自分は、必ずや聖杯を手にしなければならない人間だ。
下らない私欲のためにサーヴァントを召喚し、浅く賤しい目的を達成するために必死をこいているような屑共とは訳が違う。
背負っているものの重さも、此処に来るまでに積んできた努力や払ってきた代償も。
あらゆる点で自分は他者に勝っている。
故に、自分こそ聖杯を手に入れるのに最も相応しい男であると自負している。
そんな自分に与えられるべき手駒は、革命という偉業を共にするに相応しい、有能で従順なサーヴァントであるべきだ。
一時とはいえ同志となる相手。それに敬意を払うのは、当然の礼儀である。
彼の性格を知る者であれば意外に思ったかもしれないが、佐田国はサーヴァントの人格次第では、友好的な関係を築くのもやぶさかではないと考えていた。
聖杯戦争という熾烈な戦場を共に戦う、いわば相棒のような存在。
佐田国はあくまでサーヴァントを兵器と割り切っていたが、それでも、関係を悪化させないに越したことはない。
だがそれは、そのサーヴァントが革命家・佐田国一輝のお眼鏡に適った場合の話だ。
偉業を成す己の使役するサーヴァントは、当然その大義に足る存在でなくてはならない。
……もっと噛み砕いて言えば、己の革命に理解を示すことの出来るサーヴァント。
どれだけ強かろうが、高尚なる革命に理解を示せないような凡愚では論外なのだ。
……そう思っていた。佐田国は、此処に来て思い知ることとなった。
この条件からスペックの問題を差し引いても、それでもまだ、高望みであったということを。
「それにしてもあんたはん、えろう不機嫌そうやねえ。そないに眉間に皺ぁ寄せとっても、なぁんも楽しくあらへんやろ?
どれ、旦那はんも一つ――」
「……令呪を以って命ずる」
素面なのかそうでないのかもはっきりしない、とろんと蕩けきった瞳。
体にまとわり付かせた酒瓶に収められた果実酒の芳香が、嫌でも佐田国の鼻孔を擽る。
挙句の果てに、今、このサーヴァントは何をしようとした?
佐田国のこめかみに、ビキビキと血管が浮き出ていく。
何だ、この淫売は。これが、革命家の戦いに相応しいサーヴァントだと?
「サーヴァント・アサシン。……二度とその薄汚い力で、俺に干渉するなっ!」
あらぁ、と目の前の少女を象ったサーヴァントが、驚いたような呆れたような声を漏らす。
「もう、つれないマスターさんやね。こないなことにポンポンそれ使っとったら、にっちもさっちも行かなくなるんと違います?」
「たかが一画だ。貴様の汚らしい悪臭にあてられて醜態を晒すよりは、こうして楔を打ち込んでおいた方が余程良い」
事実、佐田国の判断は正しかった。
このサーヴァントは一見すると友好的だし、実際にフレンドリーではあるが、しかし彼女に絆されれば破滅以外に道はない。
声、吐息、視線だけでも対象を泥酔させる。
こうしている今も周囲に漂っている果実の酒気。
これら全てが、人を堕落に追いやる悪魔の蜜に他ならない。
腐敗した祖国に鞭を振るうため、聖杯を求める彼にとって……堕落の極みとも呼べる彼女の存在は、到底許せるものではなかった。
彼女は強い。
幸運以外のステータスが軒並み高水準で、筋力と魔力に至っては最高ランク。
近接戦闘で彼女を破れるサーヴァントなど、そうは居ないだろう。
聖杯を手に入れるという大きな目標へ向かうにあたり、申し分のない戦力だ。
だが、何だこの淫売は。
こんなものを、同志と呼べというのか。
戦いの意義も大義も理解せず、薄笑いを浮かべて酒を呷る屑女を。
「……
酒呑童子。大江山に住む鬼種の頭領にして、戸隠山の九頭竜から生まれ落ちた龍神の子」
「うふふ、よく知っとるんやね」
「鬼共を束ねて山の頂点に君臨し、騙し討ちで首を刎ねられて尚その首だけで襲い掛かった悪鬼」
「昔の話やね。そうそう、あん時の小僧は面白うてね――」
「貴様の下らん昔話になど、興味はない!!」
佐田国が声を荒げると、そのあまりの怒気に、潜伏先のアパートが軋んだような音を立てる。
何人もの人間を殺めてきた、死をも恐れぬ革命家。暴力の行使を大前提とする、テロリスト。
その激怒を前にしても、アサシン――酒呑童子は毛ほども動揺した様子を見せない。
「何故に貴様はそれほど堕落している、酒呑童子!
これは革命の為の聖戦だ!! 俺は私利私欲の為に願望器を使おうとする屑共とは違う!!
俺は革命を成そうとしている!! にも関わらず、俺の手駒である貴様の腑抜けようは何だ!!」
「何や、えらい口の回るマスターさんやね……そないにカッカせんでも、うちはちゃあんと旦那さんの為に戦ったるよ?」
暖簾に腕押しとは、まさにこういうことをいうのだろう。
佐田国は全身の血液が沸騰するような激しい怒りの中で、そう思った。
「……貴様には、自覚が欠けている。
一国の命運を……貴様にとっての祖国でもある日本の行く末を決める戦いに馳せ参じているという自覚が、欠落している」
「まぁ、そらそうですわなぁ。うちに言わせりゃ、心底どうでもいいことやさかい」
その言葉の通り、心底どうでもよさげに放たれた酒呑童子の台詞。
それを聞いた時、佐田国は自分の中の怒りが猛烈な速度で冷え切っていくのを感じた。
それは決して、彼が理性で冷静さを取り戻したというわけではない。
むしろ、その逆だ。憤死するほどの怒りが、一周回って彼を静かにした。
「……どうでもいい、か」
「革命だの、日ノ本の命運だの、そういうんはぜぇんぶ旦那さんの都合でっしゃろ?
あんたはんの大義とやらは、盃を手に入れてからゆっくり叶えたらええやない。
でもうちはほら、鬼やからね。戦が終わるまで、好きに遊ばしてもらいますわあ」
「ああ、そうだな。よく分かった、アサシン」
もしもサーヴァントに物理攻撃が通じるのであれば、佐田国は迷わず、この鬼の額を銃弾でぶち抜いていただろう。
鬼種の魔。堕落の化身。ただ遊びたいがために召喚に応じた化け物。
かつて源頼光が卑劣な手に訴えてまでこの鬼を滅ぼそうとした理由が、今ならよく分かる。
―――酒呑童子は英雄などではない。
こいつは、ただの邪悪で救えない化外だ。
討たれるべき、鬼だ。
「好きなようにやるがいい。俺は貴様を兵器として利用し、革命の準備を整える」
そう言うと佐田国は酒呑に、床へ転がしていた機関銃の銃口を向けた。
彼は直情的な狂信者だが、しかし馬鹿ではない。
サーヴァントに銃弾を使うなど、弾薬の無駄遣い以外の何物でもないと知っている。
だから、これは宣戦布告だった。
酒呑童子という鬼に対して、革命家――否。一人の『人間』が行う、宣戦布告。
「全てが終わったその時が貴様の最後だ、酒呑童子。
この令呪を使い、あらゆる手段で貴様を破壊し、地獄の苦痛の中で貴様を朽ち果てさせ……
俺の大義を侮辱したことを、その魂全てで贖わせてやる。精々それまでは、低俗な酒宴にでも浸っているんだな……!!」
―――革命家、佐田国一輝。酒呑童子から見ても、彼は明らかに狂った男だった。
死の淵から這い上がったことで信仰を取り戻した彼は、偽りの光の中で果敢に戦うだろう。
女でも子供でも、仮に実の親が立ちはだかろうと、彼は構わず撃ち殺すだろう。
全ては祖国への愛国心。大量殺戮。より多くの命を踏み躙る、それが彼の『革命』。
その姿はまさに、賭郎会員を次々と蹴落としていた頃の彼と何も変わらないものだ。
しかし本当に、彼は元通りなのだろうか。
嘘を喰う魔物に植え付けられた死の恐怖を、本当に振り切っているのだろうか。
酒呑童子は、彼の辿った末路を知らない。
ただ、面白い男だとは思う。
今の佐田国一輝は、二重の意味で狂っている。
もし彼が単につまらないだけの男であったなら、酒呑は退屈の余り、既に食い散らかしてしまっていてもおかしくない。
「先に言うたやろ、好きにやるって――言われんでも、こちとら初めからたぁんと遊ばせてもらう腹やさかい」
……佐田国は狂人だが。
彼が酒呑童子というサーヴァントに下した評は、決して間違いではない。
彼女は鬼だ。話の通じる相手でもなければ、共存の望める相手でもない。
人に倒されるべき、悪。享楽で命を奪い、肌を重ね合いながら人を騙す。
あるがままに生き、思うがままに振る舞う。聖杯戦争でも、それは同じ。
――――彼女はまさに、混沌(カオス)の化身。
【クラス】
アサシン
【真名】
酒呑童子@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力A 耐久B 敏捷B 魔力A+ 幸運D 宝具B
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
気配遮断:C
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。
【保有スキル】
神性:C
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
果実の酒気:A
声音や吐息に蕩けるような果実の酒気が香り、視線だけでも対象を泥酔させる。
魔力的防御手段のない存在(一般の人間や動物)であれば、たちまち思考が蕩けてしまう。
鬼種の魔:A
鬼という種類の魔性。
酒呑はその中でも特に格の高い生粋の鬼種で、事実上の最高ランク。
アサシンでありながらステータスが高いのは、この生まれに因るところが大きい。
戦闘続行:A+
往生際が悪い。
霊核が破壊された後でも、最大5ターンは戦闘行為を可能とする。
【宝具】
『千紫万紅・神変鬼毒(せんしばんこう・しんぺんきどく)』
ランク:B 種別:対軍宝具
酒呑の持つ盃から湧き出す毒酒。
触れた相手はダメージを受け、更にその毒によって汚染される。
原作ゲームでは敵全体にダメージを与え、攻撃力・防御力・宝具威力・クリティカル発生率・弱点耐性を全て下げ、スキル封印と毒を付与するというステータスダウンてんこ盛りな効果になっている。
【weapon】
剣
【人物背景】
はんなりとした京言葉を喋る鬼の少女。あるがままに生き、思うがまま振る舞う自由な快楽主義者。
骨董品、稀覯品のコレクターでもあり、珍しい石に最上の反物、器といったものを愛でている。
コレクションの基準は見た目の雅さと希少さが重要らしく、金時の腕に宿る赤龍の尺骨にも興味を示している。
性根から邪悪であり、人を喰う事に対しては特に感慨も持っていないが、一方で恥を知っており、生前の最期に関しては「あれだけ殺したんだし、殺されて当然」とあっけらかんとしている。
また、単に気まぐれと悪ふざけだけではなく、義理人情を通す一面を持っている。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯という極上の美酒を飲み干す
【マスター】
佐田国一輝@嘘喰い
【マスターとしての願い】
聖杯を手に入れ、己の革命の為に活用する。
自らのサーヴァントは聖杯の獲得が確実になり次第、自害させる
【weapon】
銃やナイフなどの凶器
【能力・技能】
全盲で視力がなく、再建手術を行い擬似的に視力を得ている。
その為携帯している眼鏡がないと物を視認することが出来ない。
裏社会の人間や賭郎の立会人をして「イカれてる」と言わしめる、完成した精神性を持つ。
【人物背景】
革命家を自称するテロリスト。
より多くの死を求めており、彼の語る革命の手段は大量殺戮に限定される。
【把握媒体】
アサシン(酒呑童子):
ソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」のイベント、『鬼哭酔夢魔京 羅生門』。
マイルーム会話と戦闘台詞であればwikiで把握可能。
今から新しく把握するのはイベントの開催時期的に不可能なので、動画サイトでの把握をお勧め。
佐田国一輝:
原作コミック『廃坑のテロリスト編』。
巻数は四巻~七巻。
最終更新:2016年06月24日 01:35