「―――傲慢さを抱いたコトはあるか?」


「己の為す行いこそが最善にして最高であり、世界の真理に達したが如き絶対の正しさに満ちていると思い上がった事は?」 


「他者の反論にも説得にも耳を貸さず、自己完結してるが故、一分の隙も無い完璧な理論であると酔いしれた経験は?」


「人間の悪性を腑分けした七つの業の形。他者を見下し、驕り、屈辱の涙を導くもの。
 傲慢の罪――――――」


「陳腐な表現と思うか?だがそれこそ、人間が全体として抱える普遍的な概念である証左ともいえる」


「お前達が誰しも備える精神の淀み。高潔さを嘲笑し、病原のように醜悪に爛れさせる甘き毒。
 人生において辛酸を舐める度に沈殿し、逆に悦楽に肥え太る毎に膨れ上がる。生きている限り、地上の汚濁に塗れる以上、決して逃れられるものではないだろうよ」


「この地に集められた者もそうだ。無辜の命を食らい悪の味を知る、腹はおろか魂まで罪に塗れた人間で溢れかえっている。
 奴という病原に蝕まれた街は最早あの監獄にも等しい孤島だ。奴好みの魂を引き寄せて手足を封じ牢に押し込め、万象に及ぶ苦痛を与えその絶叫を堪能する」


「まさに地獄だ。例え罪知らぬ善良な魂だとしても、公正な裁きなど望めるはずもない。何故ならば、此処においては奴こそ法の執行者なのだからな。
 悪辣なる罠にかかり虚偽の罪を被せられ、無念の涙を流すしかない」


「中でも多いのが『傲慢』の化身だ。実に多様な形でこの罪を体現している者が占めている」


「正義。信奉。革命。救済。統制。ははは!まさに傲慢の典型にして境地ではないか!」


「どれも単体としては好まれる要素だが、いざ現実に起こすとなれば即座に火種をばら撒く爆薬と変わる!
 古今これらを掲げた指導者は尽く混沌と戦乱を招いた!先人の教訓を活かし、今度こそは自らが使命を全うするのだと高尚に謳いながらなぁ!」


「絶頂の只中から断崖の淵に叩き落とされた者の見せる、絶望の一瞬を何よりも好むあの女の趣向か?
 それとも正義を名乗り悪を起こす在り方に、自らの傲慢さをこれ見よがしに披露する男が感じ入るものがあったのか。いずれにしろ―――」


「戦い、殺す。つまるところ、起こるものはそれだけだ。
 罪と悪が引き連れる結果は、必ず殺戮に収束する。戦争と名がつくのなら、なおさらな」




◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――


一日目 夜/炎、炯々と吼え浸る




靴を履き、道場から持ち出した木刀を一本袋にしまって肩にかける。
玄関を開けて外に出ると、体が僅かに強張ったのを感じた。
緊張とはまた違う、内に異物を収めた感触。まるで背筋に一本の鉄柱が差し込まれたような気持ち悪さがある。
けど同時に、それにもう慣れているという実感もあった。

しっくりくる、というか。
収まりがいい、というのか。
抱えて前に進むのにさっきまで疑問を持たないでいた。快か不快かどちらといえば不快である筈なのに、平然と受け入れていられる。
まるで、始めから自分にあるものだったように。


これは―――懐かしさ……だろうか?
一体、何の?


「シロウ」

呼ぶ声に呆けた状態から復帰する。

「準備は済みましたか」

「ああ、待ってくれ。すぐ行く」

未明の静寂を揺らす風が心地よい。いつの間にか体温が上がっていたらしい。
これから街の見回りをしようとする時に、どうしてこんな気になってしまうのか。
聖杯戦争はもう始まっているのだ、油断なんかしてる暇はない。意識を切り替え、一歩を踏み出す。

敷地の外ではバーサーカーが待っていた。
赤い軍服。緋の瞳。目の前の女性の性質の苛烈さを端的に顕す色が映り込む。

「これより巡回を始めますが……その前に、健康状態に異常はありませんか?栄養補給は万全ですか?脈拍は乱れていませんか?外傷は隠していませんね?」

……そんなに重症に見えるのだろうか、俺。

「異常が見受けられたら速やかに処置をして家に帰します。貴方は、我慢できない人ですので」

「我慢できないんなら、すぐに痛みを訴えるんじゃないか?」

「いいえ、いいえ。そうではありません。貴方は他者の苦には鋭敏に働きますが、自身の痛みとなると鈍感になります。
 それではいけません。疵口は放置されて化膿し更に広がるばかり。快癒の兆しも見えてきません」

ずいっ、と赤い看護師は前に乗り出してくる。

「先の通り、共に動向する事には同意しましたが、それは貴方を司令官と認めた事とはまた別の話です。
 独断専行、暴走しないよう矯正は続けますから、そのつもりで」

「暴走っていうならそっちも大概変わらない気もするけどな……」

「なにか?」

「なんでも!」

「よろしい。ではこれを」

左手で腰の銃を握りながら、右手で肩に提げていたバッグを差し出す。

「……救急バッグ?」

いつも彼女が身に着けているバッグに近いが、見れば素材が新しい。どうも一般販売されてるのを買ってきたらしい。

「私達はこれから戦場に向かいます。そこには銃弾砲弾が飛び交い、無数の死傷者が待っている。
 私は彼らを救わねばなりません。常に貴方の傍にいられるとは限らない。
 最低限の装備ですが、速やかな応急処置は生存率を大幅に上げます。その為にも、これは必要なものです」

半ば押し付けられるようにして受け取る。
持ち運びやすさを重視したのか、手で持っても意外と見た目ほどの重さはない。

「悪いな、こんなものまで用意してもらって」

「現代の設備……コンビニエンスストアとは素晴らしいですね。食料衣服衛生医療……生活に必要な物資が市民の手に届く距離に常設されてるとは。
 シロウの時代には既にどの地域にも普及されているそうですが、私にとってはこの時代でも喜ばしい環境です」

そうしみじみと感慨にふける狂戦士(かんごし)。
……どうあれ、その行為は全てこちらの身を案じている事には違いないのだ。感謝の念こそあれ、邪険にするのもお門違いというもので。
我が家の家計簿に赤い線が引かれるぐらい、軽いものである。うむ。

「よしっ行くか」

荷を肩に提げて、改めて前へ。
そこでふと、何でもないのに空を見上げた。
雲一つない、とはいえないが、覗く濃藍には散らばる光砂と、巡る月舟がある。
それで、違和感の謎は解けてくれた。


ああ―――そうか。


雰囲気に馴染みがあるのは当然だ。
誰かを隣に夜の街を往くのは初めてではなく。
あの時はずっと、こうしていたのだから。

きらびやかな月下の邂逅。
半月とない時の中、血肉から骨に至るまで染み付いた経験。
今も色褪せない、鮮烈な記憶。
重くのしかかる死があり、纏わりつく闇があっても、その輝きに偽りはない。

十年前の始まりと、半月前の始まり。
衛宮士郎の運命となった聖杯戦争の舞台に、俺は帰ってきた―――




◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「巡回ルートは決めてありますか?」

「ああ、まずは教会に行こうと思う」

家の付近……深山町周りはここ2日間で何度か夜回りはしているので、自然と次の目的地は決まっていた。
中央の未遠川を挟んだ反対方面の新都。といっても、元いた時代から十五年以上も前では記憶にある風景とは似ても似つかない。
まだまだ工事途中のビル群も多く、会社員やデパートの買い物客よりも作業員の方が目にする機会が多いかもしれない。

……そんな逆光故の齟齬を食らっていてなお、変わらないとされている場所がある。

丘の上に立つ教会。実際に足を運んだ機会はまだ無いが、その建物は確かに記憶にある通りの場所に建てられているらしい。
聖杯戦争で戦いを見届ける監督役がいる。サーヴァントを失い、戦う力の無くなったマスターを匿う中立の土地としての役割もある。

……思えば、なんてタチの悪い冗談だろう。
あそこで待つものと、あの地下に沈めてあるものを考えると、今でも吐きそうになる。
同じものがまた待っているかもしれないと想像するだけで、骨の髄から震えてしまう。
あらゆるものが違ってる場所で、そこだけが俺の知る時間のまま留まっているのだとしたら――――――いや、考えるな。そんな思考(きょうふ)は今は不要だ。

「教会ですね。分かりました。
 貴方の知る聖杯戦争では監督役が待機している地点でしたね。
 ならばそこに、あの病悪を生み出す根源もいると。そうお考えですか?」

急に出てきた物騒な単語に、ぼやけた思考が立ち切られた。
沸いた疑念を振り払って、聞かれたものを想像してみる。

「―――ああ、それってルーラーのことか。
 確かにあいつらがいるとしたら思いつくのはそこだけど……だからこそそんな分かりやすく居るわけないよなあ。
 それにルーラーなんてクラス、初めて聞いたぞ。バーサーカーも知らないのか?」

番外のサーヴァントという存在は知っているが、あれは前回の聖杯戦争を生き残ったアーチャー。
これはクラスそのものからして規格外(エクストラ)だ。

「私の方はまったく。ルーラーというクラスはそれそのものが、固く情報の公開を封じているようです。
 聖杯戦争を統括する者。その為の絶対権限を有している。拾える情報はその程度です」

「つまり、教会がやっていた監督役を、サーヴァント自体が担当するって事か」

普通、監督役は教会の人間が就いて執り行う。
だが七人だけでも街中を容易に破壊できてしまうのがサーヴァントの強さだ。
令呪、マスターという魔術師の抑制がいてこそ、ようやく管理が成る。
力で押されてしまう状況になれば、とても人間では太刀打ちできない。
ならば同じくサーヴァントを監督役に据えるのは、なるほど合理的だ。

「けどそれなら、何で冬木じゃルーラーがいなかったんだ……?」

もし、抑止力にサーヴァントがいたのならもっとまともに運営できていたのではないか。
あんな街一つを飲み込む最悪の事態になるより前にもっと対策が……。
そんな嫌な風にも考えてしまう。

聖杯戦争を始める……つまり英霊をサーヴァントとして呼び出すには長い時間が必要だと言っていた。
そこに一騎分余分に召喚するのは魔力が足りないからルーラーが現れなかった?
理屈上では間違いはない。万能の願望器を謳うにしてはずいぶんとケチになってしまうが。

いや、第一詰まってた中身が悪意の塊みたいな泥の聖杯にそんな機能があったのか?
こういう時に知識の差というものは出てくる。魔術を詳しく解析できる技術なんて俺にはない。
聖杯の性質は知っているものの、その正体については遂に分からずじまいだったのだ。


「仮定ですが、ルーラーは異常事態にのみ現れる救護班のようなものなのでしょう」

終わらぬ問いの答えは隣の方から返ってきた。

「通常であれば適用される事のない保険の機能。実際に使われるという事、それ事態が危険という信号。
 痛みが生命活動の証であるように、人間の体に免疫という機能があるように、一刻も早い治療が必要な疾患を生んでいる知らせとなる。
 私はそう考えます」

言葉は膿を掻き出し、適格に患部を執刀していく。

「今回のケースでは更に顕著でしょう。肉眼でも分かるほどに深く、病はこの街に根付いています。シロウは既に理解しているはずです」

「ああ、そりゃあな。まともなマスターならあんなの信じられなくて当然だろ」

まして一度同じ形で経験していれば、嫌でもこの戦争の歪みに気づく。

日の切り替わりと同時に舞い込んだ通知(ニュース)を思い出す。
突如浮かんだ画面で、左右が中心で白黒に塗り分けられた、ルーラーの使いを名乗る、クマに似たなにか。
そこから始まるやりとりはコミカルで、芝居じみていた。
緊張感の欠片もない口調でコロシアイを名乗る。ふざけ合いながら戦争を告げる。
あまりにもちぐはぐで、分かりやすく狂気を演出している光景。

答えは始めから明白だ。
聖杯戦争の調停役など偽りの名。
危険要素が見つけられたからルーラーが召喚される?いいやこれは前提が逆だ。
あのルーラーそのものが、この異常な形態を生んだ元凶に他ならない―――。


「間違ってもアレを裁定者(ルーラー)と呼べはしないでしょう。完璧に詐欺の類です。
 管理は雑。精神衛生への配慮は論外。配布する情報には信用性の欠片もない。
 人の上で統べるに足る資格を、何一つ有していない。
 人の体を内側から蝕む死の病、肉を侵し崩しながら無限に増え、宿主を殺す癌細胞(キャンサー)とでも名を改めるべきです」

今度は、物騒だとは思わなかった。むしろ言葉には同意する部分すらもあるくらいだ。

……あの時沸いた感情は、まだハッキリ憶えている。
聖杯戦争は魔術師同士の殺し合いだ。それは分かっている。
奇跡を叶える願望器を求めて、『根源の渦』という悲願を懸けて戦う。
その過程で生まれる、何の関係もない人たちが犠牲になる事は決して許せないし、認める事は絶対にできない。
できないが……少なくとも、あそこでは誰もが真剣に戦っていた。

何年も前から勝つ為の準備を重ねてきた遠坂も。
幼い姿でも凍てつくほどの聖杯を手に入れる意志を持っていたイリヤも。
学校の人間を容赦なく生贄にしようとした慎二も。
娯楽といいながら本気でそれを突き詰めていた、言峰でさえも。
直接出会わなかった他のマスターであっても、きっと。

根源を目指す魔術師達の願望。只の一個人の願い。
何であっても、そこには命を懸けるに足りる理由を持っていた。
だから放送を目にしてる間、意識せず手は握り拳になっていた。
彼らやこの場所にもいる参加者の決意すらも穢され嘲笑われているようで……無性に腹が立ったのだ。


「やはり許されない。これほどまでに疾患まみれだとは、最早許されざる進行度です。
 これは治療には微塵の躊躇のない迅速な患部の切除が必要不可欠です。その後徹底殺菌し……いえそれでも足りない、隔離もしなければ―――」

進む歩を速める鋼の看護師。意志が体に引っ張られてるのか、ほぼ競歩の域だ。
こういう時、彼女の言葉は全て「自分に向けて言っている」為、横から口を挟んでも無駄である。

「シロウ、進みが遅れていますよ。もう少しペースを上げて下さい。私達が早く現場に着くほど、負傷者の生存率は高まります」

こっちが遅くなってるのではなくそちらの歩きが……いや、言うまい。
素直に頷いてペースを上げて隣に並ぶ。少しだけ高い目線からちらりと横顔を覗いてみる。

「どうしました。私の顔に何か?」

「いや……なんか意外だなって。こういうのは全部自分で決めるもんだと思った」

実際理由があったわけじゃない。咄嗟に口にしただけだったのだが、耳ざとく聞き咎めたバーサーカーは小さく溜息をついた。

「貴方は、自分の立場をしっかりと認識すべきですね。
 貴方が何よりもすべき事は、他の参加者と戦うのでも負傷者に奉仕するものでもありません。
 疾患部位―――ルーラーを名乗る病原菌を見つけ出し根本的治療に向かわせる事です。
 サーヴァントを知り、聖杯戦争を知る貴方にしかできない重要な任務です」

「俺にしかできないって、治療がか?」

「この場所が貴方の生地を模しているなら、ある程度土地勘も働くでしょう。
 何より、貴方は既に一度聖杯戦争を経験している。この戦争の形態の前例を知っている。
 初見とそうでない症例とでは状況の対処も予測も、精度に明白な違いがあります。
 前例があれば過去のケースを参照し比較ができる。そこから統計が取れれば全体の傾向が掴める。
 そして確かな客観的事実を証明できれば、後はもう誰がなんと言おうと納得するしかならなくなります」

かつん、と音がする。
バーサーカーは進む足を止め、強い理性の灯った瞳で訴えるように俺を見て言葉を続ける。
これだけは憶えておきなさいと、窘めるような調子で。

「貴方は、貴方の持つ知識を数多の人々に発信しなければならない。
 新たな犠牲者を生むのを阻止する礎を築く事。受けた傷の痛み、死への恐れ、戦いの無意味さ、齎される災害を教え、二次被害を防ぐ予防措置とする。
 真に争いを止めようと願うなら、剣を取るよりも口を動かすのが最も確実に進展する手段です」

「……」


聖杯戦争を止めるという事は、相手と戦う覚悟を持つ事だと思っていた。
望んで参加したマスターが言葉で止められるなんて、安易な楽観だと思い知っている。サーヴァントは言うに及ばずだ。
最低でも、サーヴァントは倒し無力化させるまでは……そういう思考、方針を前提にして今まで動いていた。

「そうか。そういう見方もあるのか」

魔術師としてはまだまだ一人前には程遠いと自認しているが、経験は肉体に蓄積されている。
この足で駆けて、腕を振るい、血を流して、生き残った。
他にいるマスターにとって、俺は貴重な情報源でもあるわけだ。
せっかくの始めから持つ優位、それを活かすべきだとバーサーカーは言っている。

「上手くやれば、マスターを説得できるかもしれないのか」

その可能性も、見えてくる。目は決してゼロじゃない。

「差し当たっては、与えられた情報の精査と洗い出しからですが。顔が判明している組は最低三組いるわけですし。
 懸賞の実態はまったく信用なりませんが実在しない参加者を選んでいるわけもないでしょう」

激情な性格に見えて、いや実際そんな性格だが、バーサーカーの思考は俺よりもずっと計算高い。
ただ指向性が一方向に定まっている。人を救う、という命題を解決する式に常に挑み続けている。

「ああ、時間をかけてしまいましたね。巡回を再開します」

バーサーカーは話は終わりと、踵を返して背中を見せる。
そんな先を行く姿を見て、いま出てきた話題について言わないでいた事を思い出す。
討伐令、と銘打ってルーラーから配布された顔写真付きの手配書。二組のマスターとサーヴァントと、一人のマスター。
その内の一枚に描かれていた、ある少女の顔。
言わないでいたのは、無論隠す意図があったわけではない。
記されている最低限の―――名前とクラスだけの情報でも、混乱をきたす食い違いがあったからだ。
ただ情報の重要さを聞かされたばかりなのだし、ここは意を決して包み隠さず話しておくべきだろう。


「ところでさ。あの手配書にあった中で、一人知ってるやつがいたんだけどさ」

「―――なんですって?」


……なるべく、深刻さを出さないような口調にしたたのだが。
瞬間、ぎゅるんとバーサーカーの首が凄い勢いで半反転して、こっちを睨みつける。

「なぜ言わなかったのです。そんな大事な情報を、もっと早くに伝えなかったのですか」

「待った。説明、説明を聞いてくれ。そしたら分かる!」

ずかずかと踏み込んでくるが、手前上退いてかわすわけにもいかず止まって待つ。
何か、眼が、怖い。今すぐ銃を引き抜きそうな剣幕をしている。

「それは弁明ですか?」

「違うぞ。言わなかったのは悪いと思ってるけど、ただの勘違いかもしれないし、おかしい部分だらけで俺も分かってないというか」

「意味が不明瞭です。説明は要領よく、はっきりと言いなさい」

「……サーヴァントの方にさ、いたんだよ。学校で会った女の子と同じ顔で――――――」


全てを告白しようとした、寸前。

あらゆる選択肢が、その時意味を消失した。


声が止まった。息すらも忘れた。
代わりに思い出す、蒼銀の鎧を着た騎士の顔。
今までの残滓とは比べ物にならない感情が胸を焼き焦がす。
なぜ急にと戸惑う間もなく―――その光を、見る。

「シロウ?」

話している間に、目指していた教会も近づいてきていた。
神の家を表す十字架もうっすらと見えかけてきた小高い丘。
その上空に、星が浮かんでいた。
夜を彩る星々の瞬きが、小石程の価値に墜ちるほど一際輝く、黄金の光。
それはこの世で最も貴く在るべき、振り下ろされる剣にも似ていて―――――

「――――――――――」

流星(ほし)が墜ちる。
その価値(いみ)を燃やし尽くす事なく、空を裂いて行く。
地を照らし揺らすこの距離まで届く衝撃も、この胸に懐く感情の前には遠く感じる。

聖杯戦争の兆候。サーヴァント同士の戦闘。

「戦闘行為を確認―――。現場に急行します。話はその後で」

こちらが我に返るより先んじて、バーサーカーは駆け出していた。
見た目に見合わぬ加速、サーヴァントの持ち前の脚力で一気に教会へと直行する。

「あ、しまった……!」

遅れ出たのに気づく頃には、もう後ろ姿も遠目に映るほど離れていた。
もう追いつけはしないが教会の道は憶えている。全力で走れば5分かそこらの誤差で辿り着ける。

「くそ、追いつけるか……!?」

体内の魔力を意識し肉体を活性化させて走り出す。
先行したバーサーカーを追うのと、自分でも分からない、急くような衝動に引っ張られて。






◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




戦場となったのは、教会に続いている坂道の上だった。
ここで起きた戦闘は、過去の記憶に残っていた。
アインツベルンのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
その従僕である、死を具現した威容を誇るサーヴァント、バーサーカー。
今俺が契約している英霊とは多くの意味で違う、暴風雨を思わせる狂乱の戦士だった。

聖杯戦争の概要を知り、戦う決意を決めたばかりで何もかもおぼつかなかった頃に現れた相手だ。
そのまま起きた戦いは、絶望そのもの。巨塊を握った腕を振るうだけで地面が削られ、壁が吹き飛ぶ神話の再現。
サーヴァントの戦いの圧倒的な格差を思い知らされた記憶だった。

そして現在の丘で起きた被害は、それを上回る規模のものだった。
地面は巨人の持つスプーンで掬われたみたいにあちこちが抉られた虫食いになっている。
地下の水道管が破裂したのか至る所で水溜りができている。

「―――っなんだこれ」

特に目を引く陥没跡は、まるで小隕石でも墜落してきたかのようだ。
あまりの破壊で丘が切り崩されて、少しだけなだらかになってしまっている。
これじゃあ、ほとんど天変地異の規模だ。前の戦いだってこれだけの破壊は滅多になかった。
イリヤのバーサーカーと同じだけの力を持っていて、なおかつそれと互角の相手が真正面からぶつけ合えば、こうもなるかもしれない。
荒廃した跡地には誰もいない。敗退したサーヴァントは消失し姿も残さないが、両方共相打った甘い考えは抱かない。
最低でもどちらか一方が、まだ近くにいる―――想像だけで戦慄してしまう。


無人の場所でただ一人立つ赤い背中を見つける。バーサーカーだ。
対峙する者もいない中で、虫の羽音すら聞き逃さないとつぶさに観察している。

「来ましたか。ここまでに誰かと遭遇していませんでしたか?」

「俺は会ってないけど……誰かいたのか?」

「いえ。既に戦闘は終了していました。戦った人も、敗れた人も、それらしき影は見受けられません」

「じゃあ、入れ違いか」

……どうして俺は、その言葉に少し残念に思ってしまったのか。
マスターと接触できるチャンスを逸した。それはもちろん、残念に思うべきなのだけれども。
なんだって、あんな、ただの破壊跡に惹きつけられてしまうのだろう。

「ですが、まだどこかに負傷者が残ってる可能性があります。
 私は周囲を見て回ります。シロウは救急隊員を要請してください。この時代には通信装置もあるのでしょう?」

「通信……ああ電話か。けど公衆電話なんてどこにも……」

「坂道に入る小道の脇に緑色の受信機が置いてありました。電話ボックスというのでしたね?それを使用してください」

そんなところまで気が回っていたのか。
おそらく、ここに向かう過程で使用する可能性を含めて目ざとく発見したのだろう。

「ではこれより救助活動を開始します。本職ではないですが、人員不足は否めません。
 命ある限り、私は見つけ、救ってみせる」

そうして坂道を昇って行き、独り取り残される。
ここで止める意味はない。怪我人がいたら事だし素直に役割分担に準ずるのがいいだろう。
いま来た道を蜻蛉返りで戻って坂を降りる。

「あれか」

言った通り、電話ボックスは坂を降りたすぐ横にあった。
急いでドアを開け、小銭を入れて受話器を取る。番号を入れ返事を待つが……一向にかかる気配がない。

「……?なんだこれ、かからないぞ。壊れてるのか?」

何度かかけなおしてみても結果は同じだった。
こんな状況で故障機を掴まされるなんて、運のない。
けどそれならそれで、やりようもある。

「同調、開始(トレース・オン)」

電話機に手を置き、魔術回路を起動。
意識を集中させ、自己を変革させる呪文を紡ぐ。
物質の基本骨子、構成材質の情報を解析する。これぐらいならもう訳はない。
解析は成功。内部の情報はくまなく把握できた。

「……あれ、どこも壊れてない」

なのに結果は、故障箇所なし。まったく問題なく使用できるという矛盾だ。
繋がらない原因は、内部(これ)には一切ない。つまり外部の――――



「サーヴァント戦の現場で第一にするのが、電話で救助の要請とはな。
 超常舞う幻想の舞台でその現実的な手段。呑気なのか。それとも迅速に過ぎるのか」


「!」


何処からも分からない、しかし確実に聞こえた『声』に、全身のスイッチが切り替わった。
撃鉄が上がる。非常時から戦闘時に、思考は燃え上がりながらも鉄の硬度に冷え込む。


叩き割る勢いでドアを叩き外に出る。狭いボックス内ではいい的だ。出た途端、五月に似合わぬ夜気が肌を触る。

「どちらにせよ虚しい行いには違いあるまいよ。
 この地獄の如き監獄街で、あらゆる救いは意味を持たない。
 喉が枯れるまで悲鳴は続き、命の火種が尽きるまで責め苦は終わらない」

見上げた先。ボックスの上に立つ電柱の天頂。
そこには"影"があった。それは"闇"でしかなかった。
姿形もはっきりとしない影法師。しかしそこから発せられる魔力の密度。威圧の濃さは紛れもなく―――

「サーヴァント……!」

すかさずバッグを下ろし、木刀を袋から引き抜く。
サーヴァントとの遭遇、しかも自分のサーヴァントが傍にいない状況。
強化の魔術をかけようが、そんなもので埋まるほどサーヴァントとの差は浅くない。
サーヴァントにはサーヴァントをもってぶつけるしかない。骨身にまで教え込まされた当然の不文律だ。

勝とうなどとは考えてはならない。重要なのは生き延びる事。バーサーカーが事態を察し戻るまでこの場を切り抜ける。
手の甲の令呪を意識しつつ、対峙した影を強く見据えた。

「―――ホウ。判断が早いな。流石に場馴れしている。
 その通り。俺はこの戦場を踊るべく駆り出された演者。
 貴様らが踏破すべ地獄よりの亡者、その数多の荒ぶる魂のひとつだ」

声からして、男というのだけは分かる。
月の後光を背負ってもないのに顔は見えない。それどころか体格の輪郭すらはっきりとしていない。
視界に収めても、ぶれて霞み、かろうじて長いコート……のようなのを着ているらしい。
幻朧と思うほど現実味がないが……一点だけ、この世に確たる存在感を放っている。

眼だ。
赫く、炯々と光る眼。林から獲物を狙う虎じみた獰猛性。
凄絶な意志がこもっている瞳には、まるで世界に己を刻みつけられた疵痕のよう。
それこそが己の証だと語るかのように誇示された緋眼は、このサーヴァントの印象を決定づけていた。


「……ここで戦ってたのは、お前か」

時間稼ぎも兼ねて、言葉を投げかける。
本当に、この跡を残した片割れなのかを確かめたい思いも、少なからずあったが。

「いいや?此処で起きた出来事に俺は関知していない。立場でいえば貴様らと同じさ。
 ふん……二振りの剛槍の衝突を見物しに来たつもりだったが、その結果見える第一の敵が貴様とはな。
 皮肉だ。実に気の利いた意趣返しだ。復讐者と同じ読みをする、正義の味方とはな」

「え――――?」

完全に虚を突かれた。
何を言ったのか、何を言われたのかすぐに理解が追いつかない。

「どうした。何を呆けている。
 今しがた言ったろう。貴様がかつての相棒と共にこれまで殺し、死に様を見てきた六騎……いや七騎か?
 それと同じ倒すべき敵(サーヴァント)だぞ。"五度目の聖杯戦争"の勝利者よ」

五度目の聖杯戦争。
今度こそ聞き逃せない単語だった。

「俺を……あの聖杯戦争を、知ってるのか?」

「はは、はははは。
 ははははははははははははははははは!」

何とか絞り出せた言葉に対し、男はさも上機嫌に哄笑を上げた。

「ああ、知っているとも!知らいでか!
 たとえ俺が始めから知っておらずとも!貴様のような男を俺が見過ごす道理がない!」

男を纏っていた、あるいは男そのものだった闇が厚みを増して噴出された。
闇は男を覆い、男は闇となり、だが内にある眼光の鋭さはまるで失われず俺を睨む。

「邪悪なる企みに巻き込まれただけの一般人。罪を負う謂われもないまま幸福を、過去を奪われながらも、貴様は恩讐の念を抱かなかった。
 地獄の中にあっても生きる希望を与えられ、その全てを悪業の報いにつぎ込んだ男の人生とは余りに違う道を選んだ貴様が――――」


「堪らなく、忌々しい!」


叫びと共に、男の胸に吸い込まれるようにして闇が晴れる。
現れたのはコートを羽織り、ポークパイハットを被る白髪の青年。

「さあ、眼を開け。俺を見ろ。
 怒りがないというなら、せめてその具現を知れ。絶望の化身を刻み込め。
 滾々と無限に湧き出る底なしの憎悪。触れるもの全てを蝕み溶かす毒の黒炎。
 "正義の味方(クライムアヴェンジャー)"等とは比べようのない、本物の復讐鬼の忌み名」

隠されたヴェールを脱いだサーヴァント。息が詰まりそうになるほどの波動の濃さを伴って、その姿と座(クラス)を堂々と晒す。


「我が名はアヴェンジャー!エクストラクラスを以て現界せし復讐の化身!
 貴様が斃した人の性を笑う悪とは違う、人の性を怒りし黒き怨念なり!
 ―――果たして貴様は、我が姿に何を見る?」


―――――何処か遠くで、扉の開く音が聞こえた。





【一日目・未明/C-9 破壊跡】

【衛宮士郎@Fate/stay night】
[令呪]残り三画
[状態]健康
[装備]木刀
[道具]救急バッグ
[所持金]一般よりは多め
[思考・状況]
基本:聖杯戦争を止める
1:教会に向かう。
2:ルーラーを元凶と認識。居場所を突き止める。
3:自分の経験を伝え、マスターを説得する?
【備考】


【バーサーカー(ナイチンゲール)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]銃
[道具]救急バッグ
[所持金]緊急時に衣料品を買える程度には所持
[思考・状況]
基本:全ての命を救う。
0:現場での救命活動。
1:傷病者の治療。
2:ルーラーをこの病の根源と認識。速やかに場所を突き止め殺菌する。
【備考】
※現在の治療対象:衛宮士郎
※現在の殺菌対象:ルーラー


【アヴェンジャー(巌窟王 エドモン・ダンテス)@Fate/grand order】
[状態]???
[装備] ???
[道具] ???
[所持金] ???
[思考・状況]
基本:"―――待て、しかして希望せよ。"
1:???
【備考】

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年05月25日 22:10