「きゃあああっ、ひったくりよ! 誰か止めてー!!」

 今日も冬木に、困った人の声が木霊する。
 冬木市は、別に治安の悪い街ではない。
 少なくとも、今はまだ。
 これからどうなるかはさておき、今この時は、まだどこにでもあるような平和な街だった。
 しかし、全く悪人が居ないといえばそれは嘘になる。

 ひったくり、カツアゲ、詐欺、些細なことから過熱化した路地裏の殴り合い。
 悪が笑い、弱い者が泣くという当たり前の縮図が此処にもある。
 今、買い物帰りの主婦が右手のバックをすれ違いざまに奪い取られた。
 その悲痛な声に反応して周囲の視線が逃げ去る男に集中する。
 追いかけようとする者も居たが、まるで追いつける気配がない。
 被害者にも群衆にも知る由のないことだが、犯人の男は学生時代、短距離走で全国大会に出場したほどの健脚の持ち主だった。

「ひひっ、悪いな……、早急にカネが必要なんだよ……じゃないと俺が海に沈められちまう……!」

 しかし、それも過去の話。
 今の彼は誰が見ても明らかな、社会の屑だ。
 就職に失敗して戯れに入ったパチスロ店で、『不運にも』大当たりを出してしまったこと。
 それがきっかけで何処に出しても恥ずかしい、ギャンブル依存症患者として完成してしまった。
 親の仕送りに手を付けたのなどは早い内で、今や負けが込み、この間などはサラ金に駆け込んだ。
 当然、法外な利息を要求してくる悪徳業者に金を払えるような懐の余裕はない。
 そこで彼が手を出した苦肉の策が、実に安直な、他人の金を盗んで返済に使うというものだった。

 逃走ルートは頭の中にある。
 次の曲がり角を曲がったところで裏路地に飛び込んで、後は道伝いに走っていくだけ。
 暫く進めば、身を隠せる廃アパートがある。
 ひとまずその中に逃げ込んで、日が落ちた頃にでも自宅に戻る。
 あとは素知らぬ顔でその金を持ち、サラ金に返済へ赴けばいいだけだ。
 財布の中身も検めぬ内にすっかり完済した気でいる辺りにも、彼の卑小さが顕れている。

 考えの巧拙は置いておくとしても、現実問題、彼を捕まえるのは不可能に近かった。
 近くに交番はないし、偶然パトカーが通りかかりでもしない限り、男の勝ち逃げはほぼ確実だ。

 しかし男は、不運だった。不運すぎた。
 もしも行為の実行があと一週間早ければ、何の苦労もなく、金が入っていただろうに。
 問題を後回しにし続けていたせいで実行の遅れた愚かな彼は、それに行き遭ってしまう。
 ――目に痛いほどの青空から突撃してくる、少女の姿をした衛星(サテライト)に。

「な、何だありゃ」


 ―――男は新聞を取っていなかった。
 テレビも、前は持っていたが、金に窮して売ってしまった。
 だから知らなかった、彼女の存在を。
 冬木市に六日前から現れた、正体不明のヒーロー少女。
 可愛く可憐なヒューマンサテライト。
 街の端から端までをひとっ飛びする飛行速度、居眠り運転の暴走ダンプを片手で止める馬鹿力。

「そのバッグを離せ」
「な、何だよお前ぇ!」
「ひったくりは、――悪いことだ!」

 降り立った人間衛星、ひったくり犯の前へ仁王立ちで立ちはだかる。
 なまじ陸上競技に精通している人間だから、男にはすぐに分かった。
 通り抜けられない。道の真ん中を塞がれているから、どちらを通ろうとしても簡単に捕まえられる。
 引き返すのは論外だ。後ろには人混みが出来ていて、捕まえてくださいと言っているようなもの。

「ふ、ふざ、けるなっ……このガキ!」

 考えを放棄する。
 拳を大きく振り上げて、少女の顔面目掛け、それを叩き付けた。
 ……びくともしない。
 肌は相応に柔らかいのに、その奥にある骨が、まるで鉄か何かで出来ているように硬い。
 当たり前だろう。彼女は人間衛星、機械生命体。人間と同じ材質では、正義を守れない。

「――アースちゃんだ! アースちゃんが助けに来たんだ!!」

 後ろの群衆が、その名を叫んだ。
 アースちゃん――それは彼女の名前。
 冬木市に降り立った、『正義』の象徴。
 アースちゃんは悪がのさばる社会を許さない。
 たとえどんな小さなことでも、困っている人がある限り、アースちゃんはそれを見逃さない。

「そんなものか? じゃあ今度は、私が行くぞ」
「え? ちょっ、待っ」
「待たない!!」

 まったく同じポーズで振りかぶったアースちゃん。
 その華奢な腕が、男の顔面を横殴りにした。
 竹とんぼのように回転しながら、落ちぶれた男が宙を舞う。
 意識が暗転する間際、男はこう思った。

 ――いやいや、待て待て! 何でお前らは、こんな化け物を平然と受け入れてるんだ――

 その答えを彼が知る前に、意識が落ちた。
 無論、アースちゃんは手加減をしていた。
 彼女が本気だったなら、今頃男の首はあらぬ方向に捻れている。
 伸びてしまった男の手からバッグを奪い取ると、アースちゃんは被害者の主婦にそれを差し出す。

 白昼の商店街に、拍手の音色が心地よく響く。
 通報を受けて駆けつけた警官も、「手柄を取られちまったなあ」なんて笑っていた。
 アースちゃんは、すっかり街の人気者だった。看板といってもいい。

 ロケットに体を変形させて、顔だけ出しながらアースちゃんは空に飛んで行く。
 衛星である彼女の戻る場所は、当然大気圏外の宇宙空間だ。
 しかし、今は違う。彼女には帰る場所が、戻る家がある。
 ……待っている人も、いる。




 安家賃のマンションの一室が、アースちゃんの『帰る場所』だ。
 実体化を解除して霊体に戻り、『アースちゃん』から『サーヴァント・ライダー』に意識を変える。
 正体秘匿の原則なんてもの、アースちゃんにしてみればしち面倒臭いことこの上なかったが、これはれっきとした戦争だ。彼女もそれを理解している。
 自分はともかく、彼女はまずい。
 こうは言いたくないが、彼女は弱い。
 同じ機械なのに、自分と彼女の間には、天と地ほどの力の差がある。
 いや……きっとそれだけじゃない。
 アースちゃんは、表情を少しだけ曇らせた。
 階段を登り、廊下を瞬く間に移動して、部屋の扉をすり抜ける。
 そこで霊体化を解除。
 すると、中の彼女がアースちゃんに視線を向ける。

「また、人助けをしてきたんですね」
「ああ。悪いやつと、困ってる人は見過ごせないんだ」

 この昭和に、彼女の居場所はなかった。
 与えられたロールは、アルバイトで生計を立てている平凡な大学生。
 もちろんそれは、大嘘だ。そもそも彼女は、人間ですらない。
 ――アンドロイド。アースちゃんとは違う意味で人を助けるために生み出された、心を持った機械。

「サーヴァントや他のマスターには、まだ会えてない。……アイラの方は、私が居ない間に何かあったか?」
「特には何も。今日はずっと部屋で過ごしていたので」
「そっか。ならいい」

 艶やかな白みがかったツインテール。
 その見た目は、傍目には人間と全く見分けが付かない。
 それどころか、人間の女性の中でも抜きん出て可愛らしい部類だ。
 子供としての可憐さを押し出した顔立ちのアースちゃんとは違い、彼女は少し大人っぽい。
 部屋着の袖から出ている右の手首には、白い肌に似合わない赤い模様が這っていた。

 それは、彼女が『戦争』の参加者である証。
 アースちゃんとマスター・アイラの間を繋ぐ、三画ぽっちのライン。

「……なあ、アイラ。もしも聖杯が悪いものだったら――私は多分、それを壊すぞ」

 普通なら、この発言をした時点で主従が一つ決裂してもおかしくない。
 それほどの爆弾発言を、アースちゃんは堂々と口にした。
 アースちゃんは嘘をつかない。
 嘘の意味を教わったことはある。
 それでも、嘘をつかない。

 アースちゃんは、『善』の履行者だ。
 彼女の生まれた意味は、悪を成敗すること。
 そして、善なるものを守ること。
 力なき者の嘆きを、聞き逃さないこと。
 だからアースちゃんは、聖杯が悪しきものであったなら――きっとそれを破壊してしまう。

「悪いやつは、懲らしめなきゃいけない。
 悪いものは、壊さなきゃいけない。
 だから私は、聖杯が悪いものだったら、壊す。
 ……それでも、アイラは私のマスターでいるつもりか?」

 今の時点でも既に、アースちゃんは聖杯というものに対して不信感を抱いている。
 その理由は、聖杯戦争という儀式のシステムだ。
 あまりにも、命を粗末にし過ぎている。
 これでは多くの人が死ぬ。善悪関係なく、サーヴァント以外の犠牲が出すぎる。
 こんなことをしなければ出現しない聖杯とやらは、本当に奇跡の願望器なのか?
 奇跡を騙った、災いを呼び込む悪の器なのではないか?
 アースちゃんがそんな疑念を抱いてしまうのも、もっともな話だった。

「……願い事、ないわけじゃありません」

 ぽつりと、口を開く。
 アイラもアースちゃんも知らないことだが、この聖杯戦争は異形のものだ。
 命を懸ける願いもないのに巻き込まれてしまったマスターは、相当数居るだろう。
 しかしこのアイラという少女は、願いを全く持たないわけではない。
 願いは、ある。
 アイラは、『もう一度』が欲しいのだ。

「でも、私は……誰かを殺して、蹴落としてまで、それを叶えたいとは思わないので」

 人を助ける、心を持ったアンドロイド――『ギフティア』。
 アイラとアースちゃんは、根本的には同じ理念のもとに造られた存在だ。
 ただ少し、そこに懸ける情熱の温度が違うだけ。
 自分の願いのために生まれた意味を忘れ、悪に染まることはアイラには出来なかった。
 それを聞いて、アースちゃんは頷く。

「……お前はいいやつなんだな、アイラ」

 彼女たちは、人に造られた者。
 人のために造られた、人工生命。
 だから彼女たちは、悪に染まらない。

「私は、見極める。この目で、聖杯を」

 アースちゃんは決意する。
 自分が聖杯の善悪を見極める。
 それが良いものなら、それでいい。
 もしも悪いものなら――破壊する。
 奇跡などと聞こえのいい言葉を使って人を惑わした聖杯を、絶対に許しはしない。

「ライダー、今日はまだ外に出るんですか」
「分からない。助けを求める声がしたら、行くことになると思う」
「わかりました……私は、少し休んでいるので……何かあったら、起こしてください」
「……? こんな時間からか?」

 アースちゃんは、怪訝な顔をする。
 まだ時計の針は、五時にすら届いていない。
 昼寝にしては遅いし、本格的な就寝には早すぎる。
 アイラはそれを指摘されると、少しだけどきりとしたように見えた。

「……昨日、少し寝不足だったので」
「…………」

 会話を切り上げて、ベッドへと身を横たえる。
 ライダーを無視するように、目を瞑る。

「……嘘をつくんだな、アイラは」

 その声は、聞こえなかったことにした。






 ――――81920時間。

 数字にすれば多く見えるが、実際には十年にも満たない。
 それが、『心』を持つ高性能アンドロイド・ギフティアの寿命だ。
 いや……耐用期間というべきだろうか。
 彼女達が人間のパートナーであれる時間は、たったそれだけ。
 終末期には高い身体能力が目に見えて低下し、耐用期間を過ぎたギフティアは、人の敵になる。
 ワンダラー。人格と記憶が崩壊した、ギフティアの成れの果て。
 かつて元の世界で、アイラはそういう悲劇が起こらないようにと活動していた。
 そして友情を知り、恋を知り、結ばれて――幸福の中、生涯を閉じたのだ。

 だが、アイラは今、此処にいる。
 耐用期間を過ぎているのに、人格も記憶も崩壊せずに、ギフティアで居ることが出来ている。
 でもそれは、永遠ではない。そのことは、アイラが誰よりもよく分かっていた。

 身体機能の劣化は、この期に及んでもまだ進んでいる。
 これは、アイラの耐用期間があくまで延長されているだけということの証明だ。
 あと何十時間、何百時間。
 もしかしたら、それよりも更に早いかもしれない。
 全てが壊れてしまう時は、迫っている。

 アイラはこう言った。
 誰かを蹴落としてまで、願いは叶えたくないと。
 その言葉に嘘はない。しかしアイラは、アースちゃんに自分のことを喋っていない。
 それを指摘されたなら、弁解のしようもない。
 アイラは、聖杯を欲している。
 水柿ツカサという愛しい人と結ばれるために、奇跡が起きることを望んでいる。

「……ごめんなさい、ライダー」

 小さくシーツの布地を握り締めて、居るかどうかもわからない自分のサーヴァントに、小さく詫びることしか今の彼女には出来なかった。
 ……プラスティックの心は、揺れている。


【クラス】
 ライダー

【真名】
 アースちゃん@コンクリート・レボルティオ~超人幻想~

【ステータス】
 筋力A++ 耐久C 敏捷A++ 魔力E 幸運D 宝具E

【属性】
 秩序・善

【クラススキル】
対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

騎乗:E+
 騎乗の才能。
 別に、乗り物に乗るのが上手いわけではないし、乗る必要がそもそもない。

【保有スキル】
機械生命体:A
 ライダーは狂化のスキルを持たないが、機械であるだけに融通が効かず、話が通じない場面がある。

人間衛星:A
 ヒューマンサテライト。
 ロケット型に変形することでの高速飛行や、巨大怪獣を振り回せるほどの怪力を発揮することが出来る。ただし、電撃とだけは相性が悪い。

正義体質:A+
 誰かの助けを、ある特殊な脳波として受信することが出来る。
 このスキルに範囲制限は存在せず、聖杯戦争の舞台である冬木市内程度の広さであれば、問題なく全範囲の声を聞き取れる。

貧者の見識:E
 ライダーのこのスキルは、正義と悪を見分けることにかけてのみ発揮される。
 だがその精度は極めて微妙で、いささか判断が極端すぎるきらいがある。

【宝具】

『奇準点』
ランク:E 種別:対世論宝具 レンジ:特殊 最大捕捉:1~∞
 彼女が何らかの事態や戦闘に介入を行った際に発現する、周囲の人間への拡大解釈。
 彼女は超人・人間・動物の区別なくあらゆるものを助けてきたことで、世論は善悪のはっきりしない事件に際して、「アースちゃんが付いた方が善」だと解釈し、常に彼女を応援してきた。
 ライダーの行動を目にした人間は、それがどんなものであれ、彼女の行動こそ正しいと認識する。
 マスターに対しての効き目は多少彼女を贔屓目に見てしまう程度のものだが、冬木市に暮らす一般人は例外なく彼女を善、彼女の敵を悪と判断する。
 この宝具によって、ライダーは冬木市民に異常なほど歓迎され、受け入れられている。

【weapon】
 自分自身

【人物背景】
 『人間衛星』の異名を持つ、古株の超人ロボット。
 普段は大気圏を衛星のように軌道周回し、人々の助ける思いに反応し世界中のどこへでも急行する。
 聖杯戦争では冬木市外に出て飛行を行う際に魔力の燃費が急激に悪化。
 また、ライダーも聖杯戦争については正しく理解しているため、聖杯戦争そっちのけで飛び回るようなことは余程のことが起こらない限りはない。

【サーヴァントとしての願い】
 聖杯戦争の善悪を見極める。悪なら聖杯は破壊する。


【マスター】
 アイラ@プラスティック・メモリーズ

【マスターとしての願い】
 聖杯で、ツカサともう一度――

【weapon】
 なし

【能力・技能】
 豊かな表情など高機能な性能を持つ、心を有するアンドロイド『ギフティア』。
 ギフティアは81920時間の耐用期間が過ぎると人格や記憶が壊れ出し、人間に危害を加える『ワンダラー』と呼ばれる存在となってしまう。
 アイラは既に耐用期間を過ぎており、ライダーとの魔力のパスで人格を強引に延命している状態。

【人物背景】
 ギフティアの少女で、水柿ツカサのパートナー。
 耐用期間の超過により、既に身体能力の劣化が激しく生じている。 


【把握媒体】
ライダー(アースちゃん):
 アニメ第一期で大まかなキャラクターは把握可能。
 念を入れたい場合は第二期もぜひ。

アイラ:
 原作アニメ全十二話。

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最終更新:2016年06月27日 02:02