聖杯戦争のマスターに選ばれた少女・橘ありすはあることに不満を抱いていた。
もっと砕けて言うと、うんざりしていた。
そう聞くと大抵の人は彼女の云う『あること』が『聖杯戦争』であると思うかもしれないが、そうではない。
いや、確かにありすはそれにもかなりの不満を抱いていたが、
今現在自分が置かれている状況に比べればそれも些細なことだ、とすら彼女は思えた。

「おやおや? そんな不満げな顔をして、いったいどうしたと言うんです? あっ、もしかしてお腹でも空きましたか? それなら丁度良い! この辺りに美味と評判の洋食店があるはずですから、そこでディナーと洒落込みましょう! 丁度夕食時ですしね。私はサーヴァントなので食事は必要ありませんが、それでもこの世界の食事にはとても興味が…… え? 別にお腹は空いてない? そうですか……ではディナーは帰りの楽しみに取って置くこととしましょう! ところで洋食で思い出したのですが――」

シートベルトを締め、車の助手席にちょこんと座っているありす。
彼女の隣、つまり運転席でハンドルを握りながら、引金を引きっ放しのマシンガンめいたトークを続ける男が此度の聖杯戦争で彼女が召喚したサーヴァントである。
彼の服装は、鋭い髪型にサングラス、白衣、と頭の先から足の裏まで特徴的なものだ。
車を運転していることからも分かる通り、男のクラスはライダー。
聞いた所によると名前を『ストレイト・クーガー』と云うらしい。
そして、彼こそが今現在の彼女を悩ませる存在でもあった。
理由は単純。喧しいからである。
橘ありすは弁論や会話、ディスカッションの大切さを識っている少女だ。
相手が理論や理屈を持った会話を行って来た場合、それと同じくらいの説得力を持った返事を返すくらいのことはする。
しかし、それがただ喧しく、思ったことをそのまま言ってるだけなんじゃないかとさえ思わせられるほど喋りまくる相手だったら話は別だ。
彼女はそういうタイプがあまり好きではない。
ありすはライダーの方へと顔を向け、未だ続いている弾幕射撃に割り込もうとする。

「速さを求める私としてはインスタント食品に並々ならぬ興味がありますが、しかしそれでもやはり一流のシェフが手間暇掛けて作り上げた『美食』にもまたそれに負けず劣らず心が惹かれます! 特に冠に『美』が付いているところが――」
「その……ライダーさん」
「ん? どうしましたか、アリサさん」
「ありすです! それと、私の事は下の名前ではなく、『橘』と呼んでくださいと何度も言ってるじゃないですか!」
「あぁ、すみませェん。私はどうも人の名前を覚えるのが苦手でして……って、さっきもこの下りやりましたっけ? ハハハ!」
「~~~~っ!」

手をワナワナと震えさせながら表情に怒りを見せるありす。
彼女がライダーを苦手とする理由はここにもある。
橘ありすは自分の『ありす』という日本人らしからぬ名前にコンプレックスを抱いていた。
周りから名前で呼ばれる度に丁寧に『橘です』と訂正するほどだ。
そんな彼女を面白がって、わざと名前で呼んでくる人物はたまに居たが……今となっては彼らはまだちゃんと名前で呼んでいただけマシな方だった。
ライダーはありすを下の名前で――どころかそれを間違えて呼ぶのだ。失礼極まりない。
そもそもサーヴァントは己の主に対して呼びかける際、普通は『マスター』と言うものなのだが、ライダーは一向にそう呼ばないし、また橘ありすもその事を知らない。
召喚した当初から名前を間違え続け、しばらく経った今でもそれが直っていない彼に対し、いよいよ令呪による命令を使おうかとすら思ったありすだが、すんでの所で自制する。
彼女の現在の望みは元の世界への生還――即ち聖杯への到達、聖杯戦争の勝ち抜きだ。
こんな所で貴重な令呪を『ちゃんと苗字で呼ぶこと』という命令で一画失うわけにはいかない。

(ここは落ち着いて……クールな大人の余裕を持つんです。そう、大人……)

真横に、落ち着きがなく、クールから程遠いハイテンションで喋り続けているとても大人らしからぬ男が居ることに目を瞑りながら、ありすは必死に自己暗示を行う。
そうだ、私はライダーさんに聞きたいことがあったから話しかけたんじゃないですか――
と、当初の目的を彼女は思い出す。
数秒ほどして、ありすは改めてライダーの方へと顔を向け、話を再開した。

「二つほど聞きたいことがあるんですけど」
「二つと言わずにいくらでもどうぞ! どんな疑問にもこの私、ライダーことストレイト・クーガーがズバババーンッ! とお答えしましょう!」
「……なんで今私はこの車に乗っているんですか?」
「それはさっき貴方が『貴方みたいなヘラヘラした人が私を守れるだなんて信じられません。何か信頼に値する力を見せてください』と言ったからでしょう? 今現在、貴方が乗っている超高速車――これぞ私のアルター能力にして宝具『ラディカル・グッドスピード』です!」

ライダーとありすが乗っている車は、従来の物とは異なるデザインを施されていた。
車体のあちこちに紫色の装甲が取り付けられ、全体的に流線形のビジュアルをしている。まず、車検を通ることはできまい。
一見俗な、何の神秘も感じられないものだが、これこそが――正確に言えば、これに付けられた装甲こそが――ライダーの宝具『ラディカル・グッドスピード』である。
その能力はズバリ、『なんでも速く走らせることが出来る』という至ってシンプルなものだ。
事実、今現在彼らの乗る派手な車は、ジェットコースター並みの途轍もないスピードで公道を駆け抜けている。

「いや、だからと言って私までがこれに乗る必要はなかったんじゃないですか? こう……外に立って、貴方がこれを乗り回している姿を見せてもらうだけでも十分納得したと思います」

『ラディカル・グッドスピード』のスピードは、ありすにライダーの実力を認めさせるほどのものだ。
しかも、この上ライダーは『ラディカル・グッドスピード』によるスピード増強を己の脚、果ては己の身体全体に行うことまで出来るのである。文句無しに十分な性能だ。
そのインパクト故に、ライダーの言葉に一瞬納得しそうになったありすであったが、彼の言葉の中に疑問点を見つけ、即座にそのような反論を行う。
が、彼女の台詞が最後まで終わらない内に、ライダーはそれ以上のスピードで反論を返した。

「いやいやいやいやいや! それは違いますよ、アリサさん」

思わず『橘です』と突っ込みたくなるありすだったが、ここで話の流れを止めるわけにはいかないのでスルーする。

「慥かに貴方の言っていることは正しい! 『百聞は一見にしかず』。私がどれだけ自分の力を――否、速さを自慢するトークを繰り広げて信頼を得ようとしたところで、それは実際に貴方の目の前で宝具を展開することで得られるそれには到底及ばないでしょう。しかし、です。『されど一見は一行にしかず』とも言います! つまりですねぇ、アリサさん! 貴方が外に立って私のドライブを見るより、車に一緒に乗って私の速さを感じてくれた方が、遥かに多くの納得を獲得できるものです! それに車という密室に入った状態で行われる超高速の体験は、友好関係、男女関係、果ては主従関係さえまでを良好にしてしまうものなのですよ! 常日頃から速さに慣れ親しんでいる私が言うのだから間違いない! また――」
「わ、わかりましたわかりました! わかりましたってばぁ!」

手をブンブンと振りながら、ありすはライダーの喋りを遮る。
いくら弁論を得意とする彼女でも、自分と会話のスピードがあまりにも違いすぎる者に対してマトモな反論を返すのは無理だ。

(全く、どうしてこの人は『速さ』にこれまでの執着を持っているんですか……)

己のサーヴァントの余りの『速度』への執着ぶりに、彼はライダーじゃなくてバーサーカーなんじゃないか、という疑いすら抱きながらも、ありすはこほん、と咳払いを一つし、改めて口を開く。

「……それじゃあ、二つ目の質問です。この車はどこに向かっているんですか?」
「おぉっと、いくらマスターであるアリサさん相手でも、その質問については失礼ながら『愚問だ』と言わざるを得ませんねぇ! 自分が何処に向かっているのか? はんっ! アリサさん、貴方は自分の目の前に広がっている『人生』という白い地図、もしくは目の前にある長い長い長ぁーい道を見て、其処が何処に通じているか分かりますか?」

ありすは首を横に振る。
そんなことが分かっていたならば、彼女は聖杯戦争に参加などさせられていない。

「ですよねぇ? それが分かるのはゴールに辿り着いた時、すなわち死を迎えた時くらいでしょう――おっと、ただでさえ今が聖杯戦争という命の掛かった状況である中、このような言葉を用いるのは些か配慮に欠けていましたね。申し訳ありません。ともかく、人間が自分の歩いた道とゴールを知るのは全てが終わってからであり、それはまた逆に言えば、終わった場所こそが人間のゴールのようなものなのです! このドライブもそれと同じこと!」
「……えぇと、つまり?」
「このドライブに明確な目的地はありません! 車が『ラディカル・グッドスピード』の速度に耐え切れず大破するまで走り続けます! ひゃっほぉぉおおおおおうっ!」
「降ろしてください! 今すぐに! い・ま・す・ぐ・に! 」

汗を流しながら必死にそう言うありす。
しかし、彼女の懇願虚しく、車はますます加速していくのであった。



(しっかし、俺が『英霊』として、こんな戦いに呼ばれるとはねぇ)

ハンドルを握る男――ストレイト・クーガーは思う。
先ほどの喋り口は非常にハイテンションだったのに対して、彼の思考は落ち着いたものだった。

(しかもこんなちっちゃなお嬢ちゃんを守りながら戦えだぁ? おいおい、俺はカズヤじゃないんだぜ?)

クーガーはそう考えながら、一人の男を思い出した。己を曲げずに戦い、己の宿命を背負って争い、そして己の大切なものを守る為に命を懸けた――そして、自分の弟分である男のことを。
『もしあいつがこの戦いに参加していたら……』と思わず過去の人物へと向かっていた思考をライダーは無理矢理現在――横に座る少女、橘ありすへ戻す。

(まったく、可哀想に。普通の一般人、それもまだ十代前半くらいだというのに、突然見ず知らずの時代に連れてこられ、殺し合いに参加させられるとはなあ。戦いに性別や年齢は関係ないとは言え、余りにも酷ってモンだ。表情もどことなく不安に染まっているように見えるぜ)

訂正させてもらうと、今現在ありすの表情が不安に染まっている原因の九割九分は、ライダーと行っている超高速のドライブによるものだ。

(こんな可憐で儚げな、未来ある少女を無理矢理戦いに引き込む『聖杯』……どうにもキナ臭い。まるで『悪意』をもって参加者を選んだかのようじゃないか……。この聖杯戦争、何か裏があるような気がしてならない)

クーガーの心の奥から熱い何かが湧き上がる。
それは怒りなのかもしれないし、正義感なのかもしれない。あるいはその両方か。
彼がハンドルを握る手により強い力がこもる。
ついでにアクセルを踏む力も強まり、それにつられてありすの悲鳴も一段階大きくなった。
車はますます加速し、やがて少女の絶叫だけを残して何処かへと走り去っていった。

かくして、世界を縮める男はシンデレラを無事お城へと送り届けることが出来るのか。
地図が白く、旅路の果てが見えない今、それはまだ分からない。


【クラス】
ライダー

【真名】
ストレイト・クーガー@スクライド(アニメ版)

【属性】
混沌・善

【ステータス】
筋力:D 敏捷:A++(宝具装着時) EX(フォトンブリッツ時) 耐久:C 魔力:A 幸運:D 宝具:C

【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

騎乗:B
騎乗の才能。
下記の宝具により、ライダーは車や機械であるならば、何でも乗りこなせる。

【保有スキル】

アルター能力:A
正式名称は『精神感応性物質変換能力』。
このスキルを有する者は自分の意志や精神力で周辺のあらゆる物質(生物以外)を原子レベルで分解し、各々の特殊能力形態に再構成することができる。
ライダーは宝具であるアルター能力を発動する際に分解/再構築する物質を要する代わりに、発動に必要な魔力量が普通のサーヴァントが宝具発動に必要とするものより少なくなっている。
ネイティブアルター時代に最強と呼ばれ、またアルター使いを生み出す原因と推測されている『向こう側』と呼ばれる世界を(ほんの少しではあるものの)目にしたことがあるため、ライダーのこのスキルのランクは高い。

心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。


【宝具】

『世界を縮める男(ラディカル・グッドスピード)』
ランク:C 種別:対己宝具 レンジ:- 最大補足:-

ライダーのアルター能力。
あらゆるものを速く走らせることができる。
本来ならばアルターは一人につき一種類しか発動しないが、ライダーは、
車などを超高速仕様にアルター化する『具現化型』、
そして、脚部にブーツ状の装甲を纏うことでスピードとキック力を大幅に上げる『融合装着型』、
の二種類を完全に使い分けることが出来る。
更に、最終形態として全身をアルター化させ、装甲で覆う『フォトンブリッツ』では背中の噴射口からアルター粒子を放出することで凄まじいスピードと運動性が可能となっている。

【weapon】
アルター能力『ラディカル・グッドスピード』

【人物背景】

武装組織『HOLY』に所属するアルター能力者の一人。
『速さ』に異常なまでの執着を見せ、車に乗る時はいつもアクセルを全開にし、早口で喋る。
よく人の名前を間違える。が、ライダーが名前を間違えるのは親しい人に対してであり、またいざという時はちゃんと正しい名前で呼ぶので、これは彼なりの親愛の証なのであろう。

【サーヴァントとしての願い】
マスターである橘ありすを元の世界へと連れて帰る。

【備考】
小さな少女さえも戦いに巻き込む聖杯のことは許し難い存在だと思っています。


【マスター】
橘ありす@アイドルマスターシンデレラガールズ

【weapon】
なし

【item】
タブレット

【特技・技能】
歌と踊りが出来る

【人物背景】
兵庫県出身、十二歳のアイドル。
自分の『ありす』という日本人らしくない名前にコンプレックスを抱いているらしく、周りからそう呼ばれるたびに『橘です』と訂正をする。
趣味はゲームと読書(ミステリー)。
イチゴを用いたエキセントリックかつサイケデリックな料理を得意(自称)とする。

【マスターとしての願い】
生きて帰りたい。

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最終更新:2016年08月15日 03:18