未だに夢に見る。
卑小で薄汚い欲望に満ちた大人たちによって蹂躙された陽だまりを。
血塗れになって倒れる彼女。いくら泣き叫んでも知らぬふりをする周囲。
その時になってようやく悟った。間違っていたのは世界ではなく自分たちなのだと。
弱肉強食、強きが全てを奪い尽くす。世界の真理はそんな単純でありふれたもので、「格好良い大人」なんてものは何処にも存在しないかった。
そうして視界に色が戻った時、自分は全てを失っていた。
憤りさえ覚えなかった。こんなことになるくらいなら、感情など無くなってしまえばいいとさえ思った。
だから自分は道徳も倫理も捨て去って殺し続けた。今までもこれからも、それだけでいいと思っていた。
けれど。
その果てに、あたしは―――
▼ ▼ ▼
未だに夢に見る。
夢の中の自分は、大きなガラス筒の中で生暖かい透明な液体に浸かって眠っていた。
次々とやってくる人たち。彼らの心は鮮明に頭の中に流れ込んできて、彼らは皆お金か戦争か、そればかりを考えていた。
怖くなった。だから静かになってと、それだけを願って力を込めたら、それだけで彼らは皆動かなくなった。
彼らは何度もやってきた。誰も彼も自分を殺したいか利用したいと考えていた。彼らは次々動かなくなった。
あるとき、優しそうなお婆さんがやってきた。頭の中にはお金でも殺人でもなく、帰りを待っている家族の姿が映っていた。
そのことに、自分は安堵した。けれどお婆さんは自分に銃を向ける。
お婆さんの息が絶える時、頭の中に見えたのは病気で寝ている孫の顔だった。お婆さんは心の中で孫に詫びながら死んでいった。
もう、誰も殺したくなかった。
だから自分はもう終わってよかった。次にやってくるのが誰であろうとも、その人の自由にさせようと考えた。
けれど。
その果てに、僕は―――
▼ ▼ ▼
「失敗しちゃったのね、あたし」
ベッドスタンドの灯りだけが薄ぼんやりと光る部屋の中、簡素な造りのベッドの縁に腰かけた彼は、振り絞るような声音で呟いた。
中性的な外見の男だった。スラリと細く長い手足は男とは思えないほどで、しかし痩身の不健康さとは無縁な均整の取れた体は正しく美麗と呼称できるだろう。顔を彩る耽美さといい、彼が普段から美容に気を使っているのだということは容易に察することができた。
そんな、情をこめて微笑めば大抵の女子は振り返るのではないかと思える相貌は、しかし今は憂鬱の翳りに晒されていた。強い悲しみや喪失感に苛まれているというわけではないようだが、それでも表層に浮かんだ負の情念は隠しようがない。
有栖院凪という名の男は、己の無力を嘆くように、ただ項垂れていた。
「あたしの裏切りも、それで何をするのかも完全に筒抜けだった……尻尾掴ませるようなヘマをしたつもりはなかったけど、"そういうこと"ができる伐刀者がいたってことかしら。
やっぱりメンバーの詳細を掴みきれなかったのが痛かったわね」
「まあ、そっちの事情は大体分かったけどさ」
答える声は高く、それが未だ変声期を迎えていない少年のものであることは一声で分かった。
視線を向ければ、そこにいたのは印象を裏切ることのない小柄な少年だった。黒目に黒髪、特にこれといった特徴のない、普通の東洋人にも見える少年だ。
けれど伐刀者としての眼識を持つ凪には、その小柄な体躯に秘められた規格外の魔力の多寡がはっきりと感じ取れた。単純な総魔力量だけを見ても、自分の知る如何なる伐刀者をも超えて余りある。それはサーヴァントと呼ばれる、凪に与えられた"力"の具現であった。
明らかな超常の力を漂わせて、しかしそんな気配など微塵も感じさせない少年は、凪に問いかけた。
「結局マスターはどうするつもりなの。その暁学園とかいうのを止めたいっていうなら、こんなところで油売ってる暇なんてないでしょ。そいつら止めるためだけに聖杯が欲しいって言うんなら、流石に仰々しいとは思うけどさ」
若干呆れたような口ぶりの少年に、凪は同意を示す苦笑だけを返した。
既に少年には、凪が直前まで何をしていて、そして何を目的に動いていたのかを伝えてある。無論、この状況そのものに疑念を抱いている凪は馬鹿正直に自分の身の上を話すつもりなどなく、当然少年にも虚実入り混ぜた話をでっち上げて話したのだが、不思議なことに少年は凪の話に含まれた虚実の部分のみを正確に看破してのけた。聞けば「そういう機能」があるとかで、流石の凪もこれには観念して改めてこうなった経緯を話した、という一幕があった。
凪の身の上を一言で言えば、とある学園に任務で潜入している暗殺者だ。暁学園という架空の学園組織に協力する形でその行動を補佐するために破軍学園へと入学し、そこの有力者たちと親交を深めた。そして来る前日、ついにその任務を結実させる決行日が到来したのだが……
「そうね……あたしとしても、こんなところに招かれるなんて予定外だったの。正直言えば早く帰りたいっていうのが本音ね」
言って凪はこの昭和の街へと連れられる前、すなわち元の時代で意識を失う直前のことを思い返した。
凪の任務とは破軍学園を裏切り、その構成員へと奇襲を仕掛けることだった。凪はそれを迷いなく遂行した。ただし、裏切る対象は破軍学園ではなく暁学園の側であった。
それは疑う余地もなく、自らの所属する組織への反逆だった。今まで忠実に任務をこなし、勘定さえも捨て去ったはずの凪が何故そのような暴挙に出たかと問われれば、それは情に絆されたとしか言いようがなかった。
任務遂行のために近づいた少女が抱く願いと心が、あまりにも綺麗だったから。理由なんて、結局はそんなものだ。けれど、そんなつまらない理由であっても、自分はこうしてかつての光を取り戻すことができた。
だから後悔などしていないし、今もその少女や周りの人たちを救いたいと思っている。自分の無力は百も承知だが、それでも通したい意地はあるのだ。だからこそ早急な脱出を凪は望んだ。聖杯など知ったことではないし、帰れるならさっさと帰還したい。
……奇襲に失敗して敵に捕まり気絶したところを連れてこられたから、そういう意味では僥倖だったのかもしれないが。
「とはいえ現状分かってる中で一番確実な帰還方法が聖杯の獲得なのよね。はぁ、もういっそ優勝目指しちゃおうかしら」
「マスターがそれを望むなら僕も吝かじゃないけどね。けど、それは難しいんじゃないかな。だってほら、僕アサシンだし」
「あら、あなた言うほど弱いわけじゃないでしょ」
「そりゃ僕だって負けるつもりはないけどね。それでも現実問題として真っ向から華々しく、なんてことはできそうにないからそこは分かってほしいかな」
語るアサシンの少年は、しかし弱気な様子など微塵も感じられない。その口調はあくまで性能的な特徴を語るのみで、本人の言う通り負ける気などさらさらないようだった。
「……実を言うとね、あたしにも叶えたい願いの一つや二つはあるの。それも聖杯なんて埒外の奇跡、そんなものが本当にあるなら、変えたい過去はいくらでもある」
それは例えば、生涯忘れることはないだろう親友の死であったりとか。
あるいは、汚いものを見せてしまった子供たちのことであるとか。
他にも他にも、後悔はすぐ思いつく範囲でさえも数え切れず、自分の半生は間違いと無力と無念で満ち溢れたものだけど。
「けどね、あたしはそれよりも珠雫たちのことのほうが大事。過去を忘れるつもりも蔑ろにするつもりもないけど、でも守れなかった過去よりもまだ守れる今のほうがあたしは大事なの」
凪は俯けていた顔を上げて、言った。
「だからアサシン、あたしは元の世界に戻るわ。そのために力を貸してちょうだい」
「うん、分かった」
その言葉にアサシンは当然だと言わんばかりの態度で向き直る。
「僕にも叶えたい願いはいくらでもある。けど、それは過ぎ去った昨日のことでしかない。そこはマスターと同じ意見だよ。だから」
何か眩しいものでも見るような目で、アサシンは凪を見つめた。
「いいよ、僕がきみに力を貸そう。悔やむのも苦しむのも、まずは諦めず頑張ってからだ」
差し出された右手を取って、凪は己の侍従たるアサシンに軽く笑みを返した。
共に描くはまだ見ぬ未来。忘れ得ぬ過去を胸に抱いて、それでも彼らは明日を往く。
心より助けたいと願った、一人の少女のために。凪はこの身を修羅に堕とそうともその一念を貫くのだと決めたのだった。
【クラス】
アサシン
【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷B+++ 魔力A 幸運B 宝具B
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
気配遮断:B
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。
【保有スキル】
I-ブレイン:A
大脳に先天的に保有する生体量子コンピュータ。演算により物理法則をも捻じ曲げる力を持つ。
また、I-ブレイン自体が100万ピット量子CPUの数千倍~数万倍近い演算速度を持ちナノ単位での思考が可能。極めて高ランクの高速思考・分割思考に相当する。
工作技術:B
敵地に侵入・掌握するための諸般の技術。生前のアサシンは依頼達成率100%の便利屋として数多のプラント等に潜入し、軍の戦艦の中枢すら掌握したことさえある。
ランクはダウンするも陣地破壊・破壊工作・情報抹消の他、電子戦のスキルを取得可能。
仕切り直し:C
戦闘から離脱する能力。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
【宝具】
『元型なる悪魔使い(ウィザーズブレイン・アーキタイプ)』
ランク:B 種別:対人~対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:300
全ての魔法士の雛形にして完成型。世界でただ二人の対存在であることに加え、原初の魔法士の能力を再現したものであるため、神秘の伴わない未来科学の産物としては破格の神秘を内包するに至った。
魔法士としての固有能力は「無限成長」であり、本来書き換え不可能な基礎領域を書き換えることによりあらゆる能力を使用可能とする。
アサシンは自身が長時間に渡り目撃・確認したあらゆるスキルと技能系宝具を、種別や分類・原理にもよるが習得可能である。ただし悪魔使いのコピー能力は仮想的な能力の再現であるため、習得したスキル等はオリジナルと比べてランクが1段階低下する。
また、以下の魔法士能力を使用可能。基本的には2つまで同時使用が可能だがアインシュタインとサイバーグのみ単独でしか発動できない(アインシュタインは機能を制限することにより同時使用が可能)。
「短期未来予測デーモン・ラプラス」
ニュートン力学に基づき、3秒先までに起こり得る未来を可能性の高い順に表示する短期未来予測。極めて高ランクの直感及び心眼(真)に相当する。
「運動係数制御デーモン・ラグランジュ」
騎士の身体能力制御のデッドコピー。
運動速度を5倍、知覚速度を20倍にまで加速する。ただし不自然な動きから発生する反作用を全て打ち消す関係上、加速による運動エネルギーを得ることはできず結果として倍加されるのは単純な速度のみとなる。
「仮想精神体制御デーモン・チューリング」
人形使いのゴーストハックのデッドコピー。
接触した無機物に仮想的な精神体を送り込み、無理やり生物化させて支配下に置く。生み出されるのは大抵は数mの巨大な腕であり、それ単体では10秒程度しか形を維持できず、物理的な強度も元となった素材に左右される。
アサシン単体では同時に生み出せるのは一体のみだが、高度な演算能力を持つ外部デバイスと合わせればそれ以上の数を生み出すことも可能となる。
「分子運動制御デーモン・マクスウェル」
炎使いの分子運動制御のデッドコピー。
基本的には大気中から熱量を奪うことで窒素結晶の弾丸や槍、盾を作り出し攻撃・防御に転用する他、一点に熱量を集中させることによる熱量攻撃を可能とする。最大射程は視認できる範囲まで。
二重常駐させることにより、氷の弾丸を制御しつつ同時に熱量を操作して弾丸を水蒸気爆発させるという使い方もできる。
「論理回路生成デーモン・ファインマン」
空賊の破砕の領域のデッドコピー。分類的には情報解体に相当する。
直径20センチほどの限定空間に論理回路を生成し、接触した対象を情報解体し物理的には分子・原子単位まで解体する。ただし事前に空間内の空気分子の数を制限する必要があるため、マクスウェルとの併用が前提となる能力である。
「空間曲率制御デーモン・アインシュタイン」
光使いの時空制御のデッドコピー。
重力方向の改変による飛行、空間を捻じ曲げることによる超重力場の生成、空間跳躍、重力レンズによる防御、対象を無限の深さを持つ空間の穴に30分だけ閉じ込める次元回廊を使用可能。
機能を制限した場合、重力の軽減による落下速度の抑制のみ使用可能となる。
「世界面変換デーモン・サイバーグ」
騎士の自己領域のデッドコピー。
自身の周囲1mに通常とは異なる法則の支配する空間を作り出し、その空間と共に移動することにより亜光速での移動が可能となる。自身のみならず領域内に侵入した他の者も同一の条件下で行動可能。
ただし発動可能時間は主観で3分のみ。それを過ぎればweaponのナイフに埋め込まれた結晶体が崩壊し使用不可能となる。
【weapon】
サバイバルナイフ:
銀の不安定同素体であるミスリルで構成されており、物理・情報の両面において非常に頑強。
柄にはサイバーグ発動に必要な結晶体が埋め込まれている。これが破損した場合は魔力を用いて修復することが可能であるが、相応に時間がかかる。
【人物背景】
依頼達成率100%を誇る便利屋の少年。世界に二人しか存在しない「悪魔使い」の片割れであり、世界最強格の魔法士の一人。
シティ神戸の崩壊、シティロンドンにおける世界樹の種にまつわる騒動に関与し、その身は否応なく世界規模の戦いへと投じられることになる。
【サーヴァントとしての願い】
願う事柄は無数に存在する。
しかしそれらに無理に固執するつもりはなく、マスターの好きにやらせようと考えている。
【マスター】
有栖院凪@落第騎士の英雄譚
【マスターとしての願い】
珠雫の願いを、珠雫の大切な人達の夢を壊させない。
【weapon】
黒き隠者(ダークネス・ハーミット)
【能力・技能】
伐刀絶技:日陰道(シャドウウォーク)
影を対象とした概念操作系の伐刀絶技。影への潜航や影縫いによる行動阻害などが可能。
また、暗殺者としての諸般の技術にも優れる。
【人物背景】
破軍学園の一年四組所属。主人公である黒鉄一輝やその妹である
黒鉄珠雫といった面々の友人。体は男で心は乙女、実際女子力はかなり高い。
元々は国外において親に捨てられスラムで生活するストリートチルドレンだった。しかし無法者の手で無二の仲間が殺されたことをきっかけに「解放軍」と呼ばれる犯罪組織に身を投じ、黒の凶手と呼称されるほどの暗殺者に育つ。
破軍学園に入学したのも本来は解放軍の任務の一貫であり、明るく優しい態度も見せかけのものでしかなかったが……
4巻、暁学園に奇襲仕掛けて返り討ちに遭い気絶した辺りから参戦。
【方針】
早急な帰還、及び暁学園の返り討ち。
聖杯の入手は基本度外視だが必要になったら入手を目指すし、仮に入手して危険性がないことを確認できたら迷いなく使用する。
なお道中での殺人には躊躇なし。
【把握媒体】
有栖院凪:アニメだと参戦時期までやらないので原作読んでください。4巻まで読めばいいです
天樹錬:ラノベです。1巻と4巻読めば大丈夫です。2巻と3巻には登場しないのでこっちは読む必要はないです
最終更新:2016年07月13日 18:17