新田美波は、二十年足らずの時間を振り返る。

「私、『いい子』だねってよく言われました」

 少しでも興味を持ったことには手当たり次第に手を出した。そして驕るつもりは無いが、事実だけを言えば大抵は努力に相応しい結果を出せた。当然周囲の者達はいつも美波を褒め称え、美波自身も達成感を覚えていた。
 それなのに、どこか満たされないもどかしさが付き纏う。振り払うように、また闇雲に「してみたいこと」を探し回る。また褒められて、また時間制限有りの満足をして。その繰り返しだったと言えば、そうであったのかもしれない。
 確かに新田美波は模範的な優等生の器に収まっていた。しかし、そんな自分自身に物足りなさを感じていたのだろう。

「なのに、アイドルの活動は他の何よりも打ち込めているような気がするんです」

 ある日偶然誘われたことをきっかけに、多数の「してみたいこと」の中の一つだという程度の意識で始めた活動。それが驚いたことに、手の中に溢れる「してみたいこと」の中でも最も熱を入れるようになっていた。
 まるで、魔法にでもかけられたかのように夢中になる新田美波がそこにいる。
 全く不思議な変化。その説明の一つと言える理屈に辿り着けたのは、そういえば何時のことであっただろうか。

「求められることが尽きないんです、アイドルって。仕事のバリエーションの多さもそうですけど、私自身の表現の仕方も画一的じゃなくて」

 綺麗だったり、可愛かったり、色っぽかったり、勇ましかったり。
 そこにいるのは、単なる「いい子」なだけではない新田美波。求められる限りに「偶像(アイドル)」として豊かな色彩を魅せる、新たなる美波。

「プロデューサーさん達がくれた舞台で、仲間の子達と一緒にいろんな経験をしました。得意なこと、苦手なこと。今までの私じゃ知ることも無かったかもしれない、涙を流したくなるような失敗も。そして、立ち上がって乗り越えた先で見える輝きも」

 欲求を散漫に満たす必要は無くなった。生の充実感が「アイドル」の一言に集約されていると気付いたのだから。
 だから、貪欲にならずにいられない。
 未経験の領域を、どこまでも広がる未知の世界を知りたい。行きたい。
 教えてくれる誰かが、共に行ってくれる誰かがもしも脅かされるのならば、守りたい。
 この感情に気付いた時、永遠の願いが成立してしまった。

「もう求められるからだけじゃない。私自身も求めているから、私は行く、頑張る……戦う。負けないために、守りたいものを守るために」

 願いを携えるのがこの地における戦士の条件ならば、既に新田美波も一人前だ。
 今は、そう思いたかった。

「私、聖杯なんて器には何も願えません。それよりも私を求めてくれる人達のために、私が求める人達のために、私は戦います。だって私、アイドルだから」

 ただの「いい子」が、自らの殻を破り優雅に羽ばたくまでの物語。
 それを改めて綴ったのは美波が自らの意思を固めるための準備であり、同時にコミュニケーションの手段でもあった。
 聖杯戦争における美波の従者として現れたセイバーのサーヴァントからの問い。その答えを提示するために。

「……セイバーさん。やっぱり私、あなたのことを悪だとは思いませんよ」
「何故だ」

 凍てつく間際の冷水の如く、熱の無い視線が美波を射抜く。
 一瞬だけ気圧されそうになるのを、どうにか堪えた。

「私は、『悪』だ」

 セイバーは、自らを悪と定義する。他の語彙に頼って例えるならば、セイバーは即ち悪霊である。
 罪の無い魂を貪り、その尊厳ごと食い散らかす。彼女の手に掛かれば彷徨える魂は安息の世界へと辿り着くことなく、哀れな亡者のまま貶められて消えるか、己を陵辱されまた別の悪霊へと変わり果てる。
 セイバーは悪霊であり、そして同じく悪霊となった者達を守るために刃を振るう一人の戦士であった。
 救われない魂を救おうとする大義を掲げた者達がいた。なのに、セイバーはその者達を敵対関係を築いた。
 浄化のための刀から悪霊を庇い、悪霊のままで在らせようとするセイバーの行いこそ、世界全体の中で言えば「死神」と呼ばれるに値する所業な のだろうとセイバーは自ら語る。

「世界に、人に仇なす。いくつもの魂魄を食らって、『犠牲』にすることが私の在り方だ。お前のような無垢な人々を脅かす側で、お前は私の敵。虚とはそういうものだ」

 サーヴァントとなった今、最早セイバーがかつての行為を繰り返す必要性は無い。
 それでも彼女が美波を突き放すような理屈を唱え、本当に私がお前の従者で良いのかと問いかける。

「でも、サーヴァント……なんですよね。最初から敵として出会ったのではないのなら、新しく関係を築きたいです」
「新しく?」
「セイバーさん、聞かせてください。あなたが守った人達は、あなたを憎んでいたんですか?」
「……いや。慕ってくれていたと、思う」
「じゃあ、大丈夫だと思いますよ」
「……今の答えだけで何を確信した?」

 それでも、敵対以外の道を作る糸口なら見出せると、美波は信じていた。
 人間と英霊。生者と悪霊。そんな難しい理屈に頼らなくたって、話はきっともっと簡単だ。
 だったら、いつもみたいに歩み寄れば良い。共に頑張る仲間を作るように。
 セイバーと向き合うこの状況は一対一。手を取ってくれる誰かは隣に立っていない。
 でも、誰かが手を取ってくれた温もりを覚えている。だから、怖くない。怯えない。大丈夫。

「守りたい人達を、犠牲にしたくないという気持ちを持つ同士なんだなあ……ってことです」

 セイバーに庇護されたという悪霊は、悪霊としての自我を確立させた。こうして一度形成された人格は、守られたいとセイバーに願った。今、ここにいる自分が犠牲になることを恐れたから。
 そしてセイバーは、数多の悪霊達の願いに答えた。
 誰かに求められたから、セイバーは役割を演じ通した。そして、セイバー自身もまた自らの役割を、その役割を与えた者達を愛した。セイバーが己の全てを賭けて護った者達を、新田美波は認めるのか。そんな問いを突きつけるくらいに。

「そんなあなただから、私はあなたを求めたい」

 十分だった。
 誰かと正面から向き合っていた。確かに世界の秩序には反していたのかもしれないけれど、それでも確かにとっての希望であろうとした。この一点だけでセイバーを信じるには十分。
 だって、気持ちは分かるから。新田美波が、アイドルなのだから。

「お願いします」

 願いを一つ、セイバーに託す。
 三十度。片手を突き出す代わりに、すっと頭を下げる。令呪は使わない。これは命令ではなく、頼み事だから。
 今は主ではなく、一人の仲間として。

「私を、私達を守ってください。誰かを犠牲にしないために、戦ってください」

 守れる強さを得た先輩に、確かな愛を心の核の部分に刻んだ女に対して美波は願う。
 犠牲を司る悪霊に願うのは、皆に生き残ってほしいということ。セイバーはその願いを託すに値する者だと思えた。
 誰かにとって、そして今の美波にとって、セイバーこそが希望だから。セイバーと、共に行きたいから。

「今なら私もよく思う。マスター、お前は『いい子』だ」
「えっ」
「だが、そういう人柄は嫌いじゃない」

 視線を上げた先には、口元を隠したまま語るセイバーの姿。
 表情は分からない。それでも、声色に冷たさが無かったのは実感出来た。

「いいだろう。改めて、マスターの剣になると誓う……優しいお前を犠牲にするのは、忍びない」

 手を取り合える関係になれた。その証明の宣誓を、美波は聞けた。
 顔が自然と笑顔になっていく。これから、セイバーと共に生きるのだ。
 感情に任せてありがとうと伝えたけど、特に返事は貰えなかった。でも、今は別にいいかなと思うことにした。
 今日は十分仕事を果たせた。あとは一先ず帰るだけである。
 だから、二人で歩き出す。

「あっ、足!」

 咄嗟に出てしまった声。それに気付いたセイバーは、踏み出していた右脚をもっと前へと動かした。
 そのおかげで一輪の花は踏み潰されず、犠牲にならず、今も咲いている。
 思わず苦笑する美波の前で、セイバーはその花をじっと見つめていた。

「好きなんですか? 花」
「そういうわけではない。ただ、虚圏では見られなかったから珍しくてな」
「……帰りに、花屋さんでも寄っていきませんか? セイバーさんにも何か買いたいから」
「別に構わないが、お前はともかく私には似合わないだろう」
「お花が似合わない女の子はいないんですよ? ……なんて、夕美ちゃんの受け売りですけどね」

 その言葉を聞いたセイバーの両目が、ほんの少し細められた。
 やはり表情は分からない。でも、笑ったんじゃないかという気がした。
 笑ったんだったらいいな、と。




【CLASS】
セイバー

【真名】
ティア・ハリベル@BLEACH

【属性】
中立・悪

【ステータス】
筋力:B 耐久:C 敏捷:B 魔力:B 幸運:C 宝具:B

【クラス別スキル】
  • 対魔力:B
魔術に対する守り。魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは難しい。

  • 騎乗:C
騎乗の才能。大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。

【固有スキル】
  • 十刃:A
虚(ホロウ)が仮面を剥ぎ、死神の力を手にした種族『破面(アランカル)』。その中でも指折りの戦闘力を持つ者に与えられる称号。
虚の技能である「虚閃(セロ)」という光線、死神の斬魄刀と能力解放を模した「帰刃(レスレクシオン)」、
他に破面の技能である高速移動「響転(ソニード)」や感知能力「探査回路(ペスキス)」、身体特徴である外皮「鋼皮(イエロ)」、
虚閃の派生型として高速光弾「虚弾(バラ)」や強化型虚閃「黒虚閃(セロ・オスキュラス)」など多彩な能力を保持する。
その他、神性を持つ相手に追加ダメージ判定を行う。相手の神性が高ければ高いほど成功の可能性は上がる。
また魂を喰らう種族であるため、魂喰いによる恩恵が通常のサーヴァントより大きい。

  • 直感:C
戦闘時、常に自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。
敵の攻撃をある程度は予見することが出来る。

  • カリスマ:C
軍団を指揮する能力。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
結果的には一国の統治に等しい活動をするに至ったが、元々は単なる集団を率いていたに過ぎないためBランクからは落ちる。

  • 屍者の帝国:A
セイバーの司る死の形は犠牲。
死神達との決戦で彼女は自らが剣を抜くまでに部下達が敗北し、“犠牲”となるのを許してしまった。
その決戦の後も彼女は虚のすむ世界、即ち正しく救われなかった“犠牲”者達のために剣を振るった。
彼女の強さは、数多の犠牲の上に成り立つものである。
セイバーの観測する範囲内で“犠牲”となった者達が多いほど、セイバーの戦闘能力にプラスの補正が掛かる。
効果は特定の戦闘が終了した後もリセットされず、聖杯戦争期間内で蓄積されていく。また、基本的な魔力消費量の底上げが伴うことも無い。
たとえそれがセイバーの、そして彼女のマスターの望まない結果であったとしても。

【宝具】
  • 『皇鮫后(ティブロン)』
ランク:B 種別:対己宝具 レンジ:- 最大補足:1
破面の刀剣解放を宝具と見なしたもの。斬魄刀に封じた虚本来の姿と能力を解き放つ。解号は「討て」。
解放後は鮫を模した大剣を装備し、水を自在に操る戦闘スタイルを取ることが可能になる。
水を塊状にして放つ、または激流の勢いを相手に叩きつける、周囲の氷を水に変換するなど用途は広い。

【weapon】
  • 斬魄刀
通常時に装備している刀。武器であると同時に、宝具解放のキーアイテムとしての側面も持つ。

【人物背景】
第3十刃の破面。在籍時点では十刃の紅一点。
同族を思いやる気持ちが強く、そのため部下達からは慕われている。
藍染惣右介が死神達に敗北して以降は、数少ない生き残りの破面として虚圏を統治した。

【サーヴァントとしての願い】
特に無し。マスターと戦うのみ。



【マスター】
新田美波@アイドルマスターシンデレラガールズ

【マスターとしての願い】
生きて帰る。負けない。

【weapon】
アイドルとして必要な一通りの技能。

【人物背景】
広島県出身の女子大生アイドル。趣味はラクロスと資格取得。
その立ち振る舞いの美しさ故に、周囲からはよくヴィーナスと言われているらしい。
主な活動ユニットは「ラブライカ」「アインフェリア」など。
所属したグループ内でのリーダーを務めることが多い。

【方針】
脱出狙い。勝つためではなく、守るために戦いたい。



【把握媒体】
セイバー(ティア・ハリベル):
原作漫画の破面編。主な出番はコミックス39巻~43巻なので、ここだけでも把握自体は可能。
アニメ版の第284話では過去の姿に、ファンブック『UNMASKED』では藍染敗北後の動向に触れられているため可能ならば把握すると良いかもしれない。

新田美波:
『アイドルマスターシンデレラガールズ』のゲーム版及びアニメ版、『アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ』。
台詞の把握は各wikiで可能なため、把握は比較的容易。アニメ版や『スターライトステージ』のストーリーパートを把握すると理解がより深まる。

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最終更新:2016年10月31日 21:04