果てのない虚空を進む一機の宇宙船。
その中で船員達は船を目的地へ進めるべく自分達の職務を果たしていた。
そうした船員達の中に、一人の女性と、男がいた。


「ねぇ、あたしを食べてみたいと思ったこと、ある?」
目の前で計器をいじっている男に彼女は声をかけた



「まさか。昔の俺達の種族ならともかく、今の俺達はそんなことがないように訓練されている。
そうでなくても他に食べるものもあるしな」
宇宙服に身を包む男は彼女の倍近い身長と巨大な口を持っていた。

男は、異星人であった。
数世紀前、地球にやってきた宇宙人の子孫。
彼らはさまざまな偶然で地球に流れ着いたあと、失われた自分達の食料に代わる食糧として
地球人を捕食し始めた。
彼らにとって地球人はそれまでに出会ったことのないほどの美味であった。
最初はこっそりと行われた非常食程度のものだった。
しかし、、地球という星とそこに住む人間という生物の美味が語られた後、
彼らはその美味を求めて大挙して地球へと押しかけた。
彼らは地球人を超越する化学力でしばらく地球を「食糧基地」へと変えてしまったのだ。



それが、数世紀前の話。


その後、地球人が彼らと同じ「知的生命体」としての権利を獲得するまでの苦闘も
彼らと「地球人を捕食しない」旨が記された宇宙条約を締結するまでの数え切れないトラブルも
彼らにとっては教科書で学ぶ歴史に過ぎなかった。

彼らは現在生活している地球人に代わって、クローン培養された脳を持たない「人間」
を食糧として獲得、今の彼らにとってはそれが主食の位置にあったのだ。
そうはいっても、彼らの嗜好が変わったわけではなく人間への食欲自体は依然としてあり、
しばらくのあいだは「密猟」が絶えることはなかった。
そこで、そうしたクローン培養された肉に人間への食欲を抑える薬品を混ぜることで、
地球人を食べたくなることがないようにしていた。

そうなったあとの地球人は彼らにとって食糧ではなく、文明を共有する仲間となり、
お互いの間での異種族間結婚すら常態化するほどになっていた。
「…ねぇ、聞いてる?」
しばらく計器に気をとられていた男はようやく彼女の声に気がついた
「あ、ああ、すまん。ちょっと計器の調子がおかしくてな。」
男は彼女のほうを振り向いて言った。
「もう。だからさ、この航海が終わったら、結婚しようって言ってたじゃない。それってさ…」
男は彼女の不貞腐れた声すら愛しく思えていた。
この航海が終わったら、結婚しよう。
それは、男の彼女への愛と、大きな決意の表れだった。

やがて、たわいのない会話も終わり、彼女も男も目の前の任務を続けることにした。
宇宙船の計器異常はトラブルの域に達しようとしていた。

そして、数時間後。
トラブルは致命的なものへと拡大した。

宇宙船はコントロールを失い、手近な星へと漂着した。


「…だめだわ。誰もいないみたい」
「脱出できたのは俺達だけか」

男と彼女は、残骸と化した宇宙船を見つめていた。
不時着の衝撃で炎上した宇宙船から救命艇で脱出できたのは彼らだけだった。
「大気の成分は俺達の星と同じくらい。生活だけは出来そうだ。ないのは…」
救命艇に積んでいた機器で大気を計測した男は周囲を見回した。
あるのは、植物だけだった。
「食糧になりそうな動物は見当たらないな。植物はこれから調べてみないとわからないが…」

動くもの一つない星に彼らは居たのだ。
「ダメだ。食糧につかえそうな植物はどこにもない。今、救命艇にある食糧がすべてということらしい」
救命艇には非常用の食糧が積まれていたが、それはすべて地球人の彼女の嗜好にのみあわせられていた。
「あたしのこの食糧はあなたには食べられないのね」
「とはいっても、食いだめはきくからしばらくは大丈夫だけどな。
なぜ、救命艇の中に俺達にも通用する食糧を入れないんだ!」
男は毒づいた。

一週間後

「たのむ、救助が来るまで俺の前に出ないでくれ」
そういって男は救命艇の中に閉じこもった。
「なぜなの?…まさか…」
彼女は絶句した。
「そうなんだ。あの薬が切れ始めた。今、君を見ると食べてしまいたくて仕方がない。
空腹のせいもあるんだんろうけど、君の体が、今の俺には食べ物にしか見えないんだ」
彼女の目の前には残りわずかな食糧があった。
しかし、それは男が食べることの出来ない食糧。
今の男が食べることが出来るのは、結婚を誓った彼女だけだったのだ。

救命艇の中で、彼女を守るために飢えと闘う男の姿があった。
男は、救命艇の中にこもりながら窓からのぞく彼女の姿から必死に目をそらし、
時折、必死に食欲を抑えようと喚き声をあげる。

その声が、徐々に弱まってきているのが救命艇の外からでもわかるようになっていく。



彼女は救命艇のほうを見ないようにした。

やがて、最後の食糧がなくなるときが来た
「これで、あたしももう食べるものがなくなるのね…」
最後の食糧の封を開けたとき、ある決意をした。

俺は、おかしくなっちまったんだ。
食糧がきれてから、徐々に、彼女を見る目が変わり始めた自分を認識していた。
彼女のはちきれそうな胸、丸みを帯びた尻、肉の締まった太腿。
それらが、途方もなく食べたくなってくる。
その欲求は空腹とともに日増しに強まっていた。
しかし、たとえ飢え死にしても、彼女を食べることなど出来ない。
しかし、体の欲求は、徐々にそれを上書きしていく。



彼女を食べたい…
彼女を食べたい…


不意に、救命艇の外から声が聞こえた
「ねぇ…」
もはや、その声すら食欲を誘う
「やめてくれ!今の俺は君を食べたくなってしようがないんだ。
君の体が、今まで食べた何よりおいしそうな食べものにしか見えないんだ。
だから…」
「いいの…あたしを…食べて…」

その言葉に俺は耳を疑った。
「そ、そんな…」
「もう、あたしの分の食べ物もなくなっちゃったの。
このままだと二人とも死んじゃう。だから、あたしを食べて、あなただけでも生き延びて…」
彼女のほうを振り向いた。
彼女の決意に満ちた瞳は、彼女への食欲を隠せなくなった俺の瞳からまったくそらさず
俺に訴えかけてきた。


俺は、救命艇を出て、彼女を抱きしめた。
お互いに、生まれたままの姿を晒し、お互いに違う体を重ねあう。
必死に湧き上がる食欲を抑えながら、彼女を抱いていた。

彼に抱かれるのはこれが初めてではなかったが、
これほど激しいことはいままでなかった。
食欲を押さえつけながらの激しい抽送はあたしの体を容赦なく突き上げる。
あたしも、最後の女の喜びを全身で受け止めて誰にも遠慮することなく乱れ狂う。

「いい、いいの…あたしの体…もっとあじわってぇ…あぁぁっ!」

やがて、体の奥深くに熱い衝動を注ぎ込まれたことを自覚するとともに、
あたしもこれまでに感じたことのない快感を感じながら達した。

朦朧とする意識の中、あたしの視界が急激に暗くなっていく。
ぼやけた視界が、彼の口の中で埋め尽くされてゆく。

これから、あたし、食べられるんだ。

あたしの首から上が彼の口にくわえられた。
ぬるぬるして、温かい彼の口の中で、彼の舌はあたしの顔や頭を舐めつけてゆく。
生暖かい唾液で顔中を絡めとられ、舌の動きとあわせてあたしの顔がしゃぶりつくされる。
まるで、キャンデーでも舐めるように彼の舌があたしを舐めつくす。
あたしを味わってくれてるんだ。
達した余韻の赴くままあたしは彼に聞いてみた

「ねぇ、あたしって…美味しい?」



誰ひとり見ていない原野の中で獣と化した俺の前に裸身を晒す彼女の姿
目の前にある彼女の顔を、彼はくわえこんだ。
せめて、苦しまないまま、彼女を食糧に変えてあげたかった。
彼女を頭からくわえ込んだ俺は、それでも噛み千切る勇気が持てず、
少しずつ彼女の味を味わおうと舌でしゃぶり始めていた


やがて、口の中から聞こえる声

「ねぇ、あたしって…美味しい?」
それが、俺の心の何かに火をつけた
「ああ、とってもうまい…このまま、一思いにかぶりつきたくてしようがないんだ」
「いいよ…このまま食べられるんだね。あたし、とっても幸せ…
このまま、残さず綺麗に食べちゃってね。あたしの体…」
首の部分に、彼の歯があたる。徐々に、それに力が加わり始めていた。
あたし、いよいよ食べられるんだ。
あたしは目を閉じて、その瞬間を待った。

一瞬、抵抗を失った彼女の体を抱きしめながら、俺は口の中の彼女の首を一気に噛み切った。
刹那、体が大きく痙攣し、噴出すように口の中を血が埋め尽くす。
その血を飲み干しながら、口の中の彼女の首を咀嚼する。

彼女の首は、男の口の中で幸せな表情を浮かべたまま食べられてゆく。

脳も、舌も、目も、一緒になって、彼の中へ消えていった。


やがて、男は動きを止めた彼女の胸の双丘にむしゃぶりつく。
彼女の胸は、男の口の中ではじけるような弾力を伝える。
口の中で噛みちぎったとき、彼女の甘い味がした。
彼女の胸は柔らかな風味と、乳首のこりこりした食感がたまらなかった。

男は、彼女の肋骨と、それについている肉、そして、その中の内臓を食べ始めた。
彼女の体を形作っていた肉は、骨と一緒に噛み砕かれ、男の口の中に消える。
残骸と化した胸の大きな空洞から心臓や肺が引きずり出される
プリプリした内臓は、濃厚な味わいとむっちりした食感があった。

これが…彼女だったんだ…

胸を食べつくし、両腕が切り離された残骸を見て、人心地ついた男は思った。
ゴクリとのみこまれる内臓の味が、男の食欲を刺激した。
そして、頭の中にリフレインする彼女の声
「残さず綺麗に食べちゃってね。あたしの体…」
それが、自らの押さえつけられた食欲と結びつき、さらに男を突き動かす
噛み千切られたくびれの下、艶やかで濃厚な味わいの内臓、先刻の営みの結果
白濁した液を垂れ流す性器、そして、むっちりとした尻の肉を一気に食べ進む。

さっきまで、必死で俺を受け止めてくれた彼女の体が、今、俺の口の中で
最高の美味を伝えてくれる。
愛した女の肉の風味は、クローン培養された「肉」とはまったく異なるものだった。
白濁した液がソースのように絡みつく性器を口に入れた瞬間、
ガツガツと彼女の名残を食べつくす男の目に涙が浮かんだ。

しかし、男は彼女を食べるのをやめることは出来なかった。
既に抵抗することもなく、少しずつ男の腹の中に消えてゆく彼女の体。
もう、止められない。彼女がほしい、愛する彼女のすべてを食べたい。
それだけだった。
肉付きの良い太腿、すらりとした両手足を食べつくし、そこに残るのは垂れ流された血だけだった。


「ねぇ、ちょっと、どこみてるのよ」
男の頭の中で声が聞こえる
「なんだよ、ちょっとよそみしただけじゃないか」
「もう、あの女の人を変な目で見てたじゃない。あたしにはわかるんだからね」
俺の頭の中で、彼女の声が聞こえるようになったのは、あの日のすぐ後だった。
「まさか、脳を一緒に食べるとこんなことになるとは思わなかったな」
「え~?あたしを食べておいて、その言い草何?責任とってずっと一緒に居てよ」
生きた地球人に代わって脳のないクローン肉を食べるようになった理由がよくわかった。
既に歴史の中に消えてしまった事実。
生きた地球人を食べると、その記憶が吸収されて、自分の記憶の中に残ることがあるという。
つまり、今の俺のように、俺の頭の中に、彼女がいるような状態になるのだ。

かくして、文字通りひとつになった俺達は救助された後、こうして永遠に一緒の生活を送ることになったのだ
「ねぇ、その娘、あたしの体より美味しい?」
クローン肉を食べるたびに、彼女にこういわれながら…

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最終更新:2008年08月07日 20:11