『大迷宮』ファーレード、ここで一攫千金を成して、そのお金で事業を立ち上げたと言う人間は多い。
だが、多くの者にしてみれば、宿賃や武器の維持費、折角貯めたお金も闘技場の掛け金に消えるのだ。
そして少なくない人間がファーレードに入ったまま戻ってこないと言う……。

シーフのイルデは、単眼の魔物を狩るために、後ろへと回っていた。
その魔物は大きな頭を地面につけて、そのまま頭を右に左に動かしながらゆっくりと前に進んでいた。
「なんと言う魔物かしら?」
気にはなったが、仕方ない。誰も気に止めないほど弱い魔物なのだろう。
イルデはそう思って、後ろから近づく。相当鈍いのか、ナイフをそのまま相手の首筋に叩き込む!
カチンと小気味よい音を立てて、イルデのナイフが跳ね返された。
イルデは知らなかった。その魔物の目に潜む邪悪な力を。
ゆっくりと単眼が広がり、イルデを睨みつけ、イルデの体の動きが止まる。
イルデの体が操られるように皮鎧を、服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿のまま、背負い袋から、
生肉保存用の黒スパイスを取り出すと、それを自らの体にまぶしつけはじめる。
『相手の精神に働きかけて、自らに食べてもらう事を最上の喜びに変える』
これがこの魔物の持つ力であり、幾ら動きが鈍くても生き延びていた理由であった。
「ああっんん!!」
もはやイルデの体中に黒い液体がまぶされ、そのままゆっくりと魔物の方へと歩き出す。
そこにイルデの意思は存在しない。魔物が大きく口を開けると、イルデはその中へと躊躇なく入っていく。
ごくりと言う音と共にイルデの姿が口の中に消えた。

胃の中で、イルデは驚愕の表情で回りを見渡した。
自分は何をしてるのだろう?何故魔物の口の中に自ら入っていったのだろう。
「逃げないと……早く逃げないと!!」
だが、回りを覆う肉の壁はあまりにも厚く強く硬くイルデを拘束していた。
唐突に肉の壁が蠢動する。その力で体中の骨がきしみだす。
「あっがっ……」
呻き声と共にイルデの体の各所から血が噴出し始める。
「何が、いけなかったの?」自問した。だが誰も答えを返さなかった。

その後、イルデの姿を見たものはいない。

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最終更新:2008年05月18日 15:33