浦島太郎は惚けたような顔でそこにいた。
さっきまでの人魚たちによるこの世のものとは思えないほどの美しい舞いに
精神を吸い取られかけたようになっていたのだ。
「あんな美しいものがこの世にあったとは…」
感嘆の表情の浦島太郎に隣の乙姫は玉のような声で言った。
「これから料理を出させていただきます。さぞかしお腹がすいたでしょうから
とびっきりの料理でおもてなしさせていただきますよ。」
そして、ほどなく料理がやってきた。
出てきた料理を前に浦島太郎は言葉を失った。
さっきまで華麗な舞いを踊っていた人魚が活け造りにされて出されていたのだから。
「こ、これは…」
腹は裂かれ、下半身は切り刻まれて刺身にされているにもかかわらず、
人魚たちの表情に苦悶の表情はなく、むしろ恍惚の表情すら浮かべていた。
「人魚の活け造りです。彼女たちはそのために生まれてきた人魚たち。
他の魚とは比較にならないほどの美味でございます。」
「し、しかし…これほど美しい娘さんに…」
すでに血は抜き取られ、ピクピクうごくだけが精一杯の人魚を見ながら浦島太郎はそういった。
「人魚は魚と同じく痛覚を持ちません。そして、先ほどいったように
ここの人魚たちはわたくしたちに食べられるために育てられたものです。
だから、亀を助けてくれたお客様に食べられることこそが幸せなのです。」
乙姫の発言を裏書きするように人魚たちは口々に
「あたしを食べてください」
「あたしの体、是非堪能して頂戴」
「味には自身があるの。どうぞたくさん食べてね」
彼女たちの体に乙姫は次々と箸をいれ、浦島太郎に取り分けてゆく。
浦島太郎の目の前には人魚の魚の部分と娘の部分の刺身が美しく盛り付けられた。
こわごわ魚の部分に箸をつけ、食べる。
浦島太郎は再び言葉を失った。
これほどにうまい刺身を食べたことがなかったのだ。
咀嚼し、飲み込むまでのあいだに駆け抜けていった美味についつい皿の上の刺身を
次から次へと口に入れてしまう。
上半身の胸の部分の刺身は魚の部分以上の美味だった。
生きた娘の香りと極上の美味が溶け合った味わいは浦島太郎の心を溶かすほどのものだった。
皿を空にした浦島太郎はそのまま目の前の食卓に横たわる人魚に直接箸をつけ、胸や尻の肉を食べてゆく。
見る見る消えてゆく自分の体に満足するように人魚の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
これほどまでに美味しく食べてもらえることに満足するような顔だった。
人魚の大部分を食べた浦島太郎に乙姫はこういった
「人魚の肝というのはご存知ですか?人魚の肝には、生で食べると不老不死の効力があるのですよ。」
そういって乙姫はどこからかもって来た包丁で彼女たちの切り裂かれた腹部を切り広げた。
そこには、いまだに脈打つ艶やかな内蔵があった。
それを切り分け、太郎によそる乙姫。
「あら?この娘、こんなに卵を持ってるじゃない。これも食べてもらうわね」
そういわれた人魚は腹から引きずり出された卵を感慨深げに眺めているだけだった。
浦島太郎はそのまま人魚の内臓や卵、卵巣を食べ始めた。
もはやそれは、表現すら出来ないほどの美味であったことは付け加えておく。
かくして浦島太郎は連日人魚たちの踊りを見たあと、彼女たちを活け造りにして食べる日々を送っていた。
浦島太郎には時間の感覚がいつしかなくなっていた。
人魚の肝の持つ不老不死の能力ゆえ、浦島太郎はいつまでたっても老いることがなかったからだ。
恍惚の表情を浮かべる人魚から内臓を引きずり出して食べる浦島太郎。
彼はふと、久しく忘れていた故郷のことを思いだした。
「わが身には
もったいないほどのおもてなし。非常に感謝しています。
しかし、私にも故郷というものがあります。そろそろ帰りたいと思うのですが。」
引き止められるかと思ったが、案に反して乙姫はあっさりと浦島太郎が帰るのを許した。
「お名残惜しいが仕方ありません。ですが、せめてものお土産でもおもちいただけないでしょうか」
出してきたのはちょっとした箱だった。
「これは玉手箱といいます。もし、ここでの暮らしが懐かしくなったら、これを開けてください」
かくして、手にお土産を抱えて浦島太郎は地上へと戻っていった。
浦島太郎を待っていたのは絶望だった。
彼が竜宮城にいる間に流れていった長い歳月。
彼のことなど知る人はおらず、ようやく戻った彼の家は荒れ果てて崩壊した姿を晒していた。
田も畑も漁労道具さえもボロボロに荒れ果てていた。
それどころではない。船も、村も、町も、道も、人さえも
彼が知っていたそれとはまったく違っていたのだ。
このままでは彼はいくら若くても生きていくことさえできない。
絶望のはてに玉手箱を抱えたまま浦島太郎が向かったのはかつて亀と会った海岸だった。
その海岸も、彼が知っていた頃とは何もかもが違っていて、はたして同じ場所だったのか
彼自身にも確信がもてなかった。
「もう、こんなところでは生きていく場所はない。この箱だけが、頼りだ」
そういって玉手箱を開ける浦島太郎。
彼の周りにもうもうとした煙がたちこめ、彼の姿を完全に隠した。
再び視界が開けたとき、そこに、一人の娘が立っていた。
「だ、だいじょうぶですか、おじいさん」
彼は、自分にかけられた言葉を理解する前に、その娘に襲い掛かっていた。
見慣れぬ服、スカート、ブラウスを剥ぎ取り、その下の千切れそうな薄布をちぎり取ると、
その下に現れた裸体。彼のかすかな意識に、竜宮城での人魚の活け造りがオーバーラップした。
悲鳴はわずかな間だった。
彼は全裸の娘の頭部を噛み千切り、竜宮城でなじんだ人間の娘の味を堪能した。
彼はしわだらけになった顔から口を拡張させ、さながら般若のような姿になっていた。
その牙をむいた大きな口は、血を滴らせる裸体にむしゃぶりつき、
柔らかな体と、濃厚な味わいの内臓、豊かな胸と、丸みと艶を帯びた下半身を
懐かしさを覚えながら味わっていた。
日が暮れると、浦島太郎は血の飛び散る海岸から森の中へ消えてゆく。
竜宮城で過ごしている間にコンクリートで固められた海岸を越えて、アスファルトで舗装された道を走り去り、
光に満ちた人里を離れ、浦島太郎は山の中で暮らすことになったのだ。
「相次ぐ女性失踪。現場には多数の血痕」
こんな記事が地元新聞の紙面を飾るのはそれから少しばかり後のことだった。
最終更新:2008年05月19日 11:18